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第1章 街

第078話 潜入

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 タイタの迷宮の地図では長細い廊下が続くだけのハズだった……が、人の手が加えられていた。
 左右に鉄格子付きの小部屋が出来ている。
 その構造は先日調査した遺跡のそれとそっくりだった。

 奥から流れる風に乗って……声……いや、悲鳴が聞こえてくる。

 出入り口にいれば十分だからか、ここには見張りが立っていない。

 僕は足音を殺して、悲鳴が聞こえる部屋を格子越しに覗く。

 裸にされた男女数名が吊るし上げられ、陰惨な拷問を受けている。
 例の首枷が嵌められ、殆どの者がグッタリとしていた。

 その光景を見たカヨもセイナも顔が青い。
 僕らもしくじれば死ぬか、もしくはこの拷問を受ける側になる。

 拷問を行っている……恐らく帝国の人間は武器らしい物は持っていない。
 半裸なので厄介なギアも装着していないだろう。

 最悪、戦闘になったとしてもコイツはほぼ戦力外で、射殺すのも簡単だ。

 小声でカヨとセイナに話しかける。

「よく聞いてくれ、このまま奥に抜けて調査を優先する」

「彼らを……助けないの?」

「先に迷宮の中がどうなってるか知りたい。助けてる最中に別の連中に襲われたら、今度は僕らが捕まってしまう」

「……分かった。ジンに従う」

「私もそれが最善だと思います。だから後で必ず、助けましょう」

 コクリと頷き、悲鳴響き渡る廊下を後にする。




 ………………




 廊下の奥には本格的な迷路があるはずだったが、大きく変わっていた。
 煌々と灯りに照らされている、ぶち抜きの大部屋。
 テーブルやソファー、食事の匂いまで漂ってくるということは、キッチンもあるのだろう。
 周囲の壁には木の扉がある。格子付きではないので牢屋や拷問部屋の類では無いだろう。

 そして幸運な事に、大部屋には誰もいなかった。

 一通り見た感じ、連中は衣食住をここで行なっている。
 それも昨日今日の話ではない。
 もしかしたら、遺跡でも探せばこのような生活の場があったのかもしれない。

 セイナが少し開いた扉から小部屋の様子を覗いた。

「シャワーまであります……ここがアジトで間違い無いですね」

「迷宮を改築してアジトを作るって、よくやる事なんですか?」

「私も聞いたことありません。普通に考えれば魔物が発生して危ないと思うのですが……」

 そうだ、遺跡も魔物に囲まれた環境だった。何を好き好んであんな場所に……?

 その時、奥から人の……それも複数人の足音が聞こえてきた。
 素早くハンドサインを出して、2人に隠れるように促す。

 僕もソファーの影に隠れ、様子を伺う。

 ガチャガチャと奥の扉が開き、数名が大部屋に入ってきた。
 見たところギアも装着してなく、冒険者といった感じの出立だが……灰色の濁った瞳……アレは……

「セイナ、もしかしてアレはフィラカスですか?」

「間違いありませんね……でもなぜ死人である彼らがここに?」

 フィラカス達はウロウロと誰かを探している風だった。
 僕らの事がバレて、こちらに来るという感じでは無い。


 ーーガチャ。

 今度は別の部屋の扉が開く。中からは下着姿の男が大きな欠伸をしながら現れた。こちらは生身の人間だろう、寝起きとしか言いようがない。
 半分魔物であるフィラカスと対面する装いではなかった。

「ふあぁあ……おぅ、戻ったか」

「ご、ごれを……」

「はいはいご苦労さん。ほら行っていいぞ」

 男はフィラカス達から無警戒に小袋を受け取り、彼らを追い払った。
 明らかにフィラカスと敵対していない。むしろ使役しているように見える。

 ……そんな事、可能なのだろうか?
 スキルブックには生前の思考が強く反映されるとあったが、生前に冒険者だから誰かに依頼をこなしているとか?
 半分魔物の彼らに、そこまでの信を置けるとは思えない。

 小袋を受け取った男は近くのイスに座り、中身を広げた。
 ガラガラっと音ともに小石がテーブルの上に転がる。

「ちっ、こんなもんか」

 そう言って小石を集めて近くの木箱の中に投げ入れ、欠伸をしながら男は部屋に戻った。

 再び大部屋は無人となる。

「……ねえ、今の魔石でしょ? これってフィラカス達に魔石を集めさせてるって事じゃない?」

「なるほど……だから迷宮や遺跡に……」

 カヨの言う事は最もだ。
 フィラカス達との関係性はともかく、それなら迷宮を根城にする理由も分かる。

 木箱の中身を確認すると、大量の魔石が入っていた。

「さて、ここからどうするか……」

「ジン、もういいです。ニールの手掛かりもありません。一度戻って立て直しましょう。私が思っていたよりも事が大き過ぎる……」

 セイナは目を伏せ、首を横に振っている。
 確かにその通り、本格的なアジトを僕たち3人だけで制圧するのは余りにも無茶だ。

「……そうですね、せめてさっき見た捕らえられてる人だけでも……」



『ーーいや、やめ……!!!』



 先程男が戻った扉から微かに声が聞こえる。
 女性の悲痛な泣声だった。

 間違いない、アイツらここでも……

「カヨ、少しの間、周りを見ていてくれ」

「え? いいけど、どうして?」

「……あと出来れば、こっちを見ないで欲しい」

「まさか、また……」

 カヨに言うだけ言って、僕は扉に張り付いた。
 僅かに開けて中の様子を確認する。

 薄暗い部屋の中で女性が3人、両腕を広げた状態で鎖に繋がれていた。
 そのうち1人に先ほどの男が迫っている。
 別の寝台ではいびきをかいて寝ている男が2人。

 さっきの男は“行為”に夢中だった。

 息を殺し、足音を消す。
 誰も僕が扉を開け、身体を滑り込ませた事にも気付いていない。
 当然刀を抜いて構えている事にも。

 角度的に女性からも、僕の姿が見えていないのが幸いだ。

「うっ!!あぁッ!!や、やめて……家に……帰して……」

「ヘヘッ……何言ってんだ? お前に帰る家なんて無いだろ? ウゴッ……!?」

 この村か、あるいは似たような場所から連れ去られた女性だろうか。
 家族ごとコイツらにやられてしまったのだろうか……

 ただ、それが男の最期のセリフとなった。
 馬乗りになってる無防備な男に、背後から刀を突きさす。
 刀は骨のない肋骨下の脇腹から心臓に目掛け、深く深く突き刺さっていく。

 この角度は短剣であっても致命傷だろう。それを長い太刀で行なっているのだ。
 まず助からない。


 念のために、刀で内臓を抉りながら蹴り飛ばした。
 体から抜かれた刀身は真っ赤に染まっていた。

「ヒィッ!!た、たすけ……」

 女性にとっては、僕も暗殺者か何かに見えたに違いない。

 一瞥して別の寝台に向かう。

「グガ……!」

「オゴ!?」

 寝ている連中には振り下ろしを入れるだけだった。
 首から噴き出す血によって、白かったシーツは一瞬で真っ赤に染まる。

 女性達はベッドの上で無体な姿を晒していた。
 彼女らの介助はカヨとセイナに任せよう。

 部屋から出ると、カヨの表情は明らかに怒っていた。

「終わったよ、女の人が3人捕まっていた。後は頼む」

「……絶対ぶん殴るから」

 ボソリと言いながら、カヨは部屋の中に入っていく。

 また殴られるのか……でもいいさ、こんな役目をやらせる訳にはいかないだろ。

 僕は静かに次の目標へ移動した。
 言うまでもなく、先程通り過ぎた拷問部屋だ。



 …………



 半裸の男は嬉々として、動けない男女らに非道な行為をしていた。

 彼らには良心が無いのだろうか……なら、僕も捨てて冷酷になるしか無い。

 弓を構え、引き絞り、放つ。
 格子の隙間から矢が飛び出していった。

 ーーヒュ!

 この距離で外す訳もなく、深々と男の背中の中心に矢が突き刺さった。

「うっ!?……何だ……?」

 振り返る男と、僕の目が合った。
 僕は第二射を顔面目掛けて、放つ。

「し、侵入ッ……ガァ!?」

 開けた口に矢が刺さり、喉を潰したようだ。
 口を押さえて男はもがいている。
 僕は格子扉を開け、中に入った。血と汚物の臭いがキツくて気持ち悪い。

 男は近くにあるナタのような刃物を拾って構えた。
 だがチャンバラに付き合う必要も無く、僕は冷静に矢をさらに二本射る。

 矢は両太ももに刺さり、男はその場に倒れ込んだ。

「鍵は何処だ?」

「ガアァ……ゴポッ」

 男の口には矢が刺さっている。血を吐いて呻きながらテーブルを指をさした。天板の上に鍵がある。

「じゃあ、目を閉じて」

 そう言って僕は刀に手をかけた。これが僕にできる慈悲。

 だが男はヨロヨロと立ち上がって、ナタを振って抵抗する。
 まともに踏み込めていない攻撃。
 彼も必死だが、僕らにも時間が無い。

 ナタをかわした後、反射的に出した後の先。どう斬ったかも曖昧だが首を半分以上切り飛ばしていた。
 陰惨な部屋の床を赤い染みが彩っていく。

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