できそこない

梅鉢

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 心配そうな声で呼ばれたはずなのに、今井を見下ろす深町の表情は冷めたものだった。

「Ωの……」

 ポツリと呟かれた言葉は“Ω”と言う響きに敏感になっていた今井に突き刺さる。頭は熱を帯びて働かないのに聞きたくなかった言葉はあっさりと拾ってしまっていた。

 αの深町には知られたくなかったのに。発情期にはセックスしかできなくなってしまうΩが自分だなんて。βであるなら友人のままいられたのに。

 そもそも深町は第二の性別で差別的な発言も行動も起こしたことがないのは知っていたが、やはり世間のΩに対する評価をそのまま深町も持っているだろうと思っていた。Ωだと知られて軽蔑されるのが怖かった。嘘をついていた自分を軽蔑されることも。

 トイレの床にだらしなく座り、汗と涎でべちゃべちゃの顔。下着も先走りと精液で汚れている。痴態を晒し、魘されるような熱の中、これは夢であってくれと切に願った。
 顔を上げていられなくて、項垂れるよう首を下げた。これ以上見っとも無い顔を晒していたくもなかったし、深町がくれる冷たい視線の理由を考えたくもなかった。

 深町がしゃがみこみ、傍に寄られると体の疼きが増す。

「……しかしすごい匂いだな。ここまでとはさすがの俺でも結構キツイ。さっさと頼ってくれればいいのに」

 深町が何かを言ったようだが今井には届かない。肩で息をし、「何でもいいから抱いてくれ」と言いたくなるのを腕に爪を立てて必死で押さえた。

 しかしその痛みすら快感だ。それほどまでに今井の体は深町のフェロモンに犯されていた。はあはあと息をするのがやっとであった。

「これ、Ωの抑制剤だね。で、……これがアフターピルか。……ふーん。どっちがいい? 手にとってよ。選ばせてあげる、みのる」

 落ちていたケースと注射器を拾った深町は、中身を確認して今井の前にかざした。右手に抑制剤、左手にアフターピル。今井には深町の声など届かないことは知っていてわざと聞いた。

「……はぁっ、た、たすけ……助けてっ……」

 呂律の回らない今井は必死で助けを乞う。

「助けるよ。俺も今日は抑制剤飲むのをやめていたから、みのるをどうとでもしてあげられるよ。どうする?」
「ふか、まちっ、助け……、っはぁ、おねがっ」

 横で薬をヒラヒラと動かしている深町になだれ込むように倒れた。

 深町に触れた途端、腰に電流が走ったように痺れて全身が震えた。体が歓喜している。深町のような極上のαに触れ、Ωとしてαの子を生すことが使命であるとでも言われているようだった。

 気だるさも熱っぽいのも変わらない。しかし確かに体は変化していた。心は拒否しても体はαを求めている。深町に抱きつく感触はこれ以上ないほど馴染むものがあった。

「あれ、俺だけでいいの? 抑制剤も、アフターピルもいらない? 大丈夫?」
「はやくっ! ……はぁっ、はあ、なん、でもいいからっ!」

 背中に回した手で深町の服を引っ張る。子供のような仕草だった。

 Ωの発情はαの精を体の奥で受け止めれば治まる。知らないαが相手ならこんなに悩まずに済んだかもしれない。しかしどこの誰かも分からないやつを受け入れるほど今井の心は頑丈でもない。

 深町は誰もが羨む美貌を持ち、それでいて気取らず話題も豊富だから友人も多い。さらに自分のように話もつまらなく根の暗い男でも一緒にいてくれるような優しい男だ。

 だからこの状況男の自分でも受け入れてくれるはず。優しい深町なら拒否をせず何とかしてくれる。軽蔑でもなんでもしてくれと、すがるような思いだった。

 薬を床に投げ捨てた深町は震えながらしがみ付いてくる今井の頭を優しく撫でた。それだけのことで今井は大きく体を揺らす。そんな今井の反応に応えるよう、深町は満足げに微笑んだ。

「薬はいらないみたいだし、遠慮なく種付けするけどいいよね」

 今井はコクコクと頷いた。必死だった。

 服の上からでも引き締まっているのが分かる深町の胸に抱きしめられ、それだけでまた達してしまう。

「うぅっ、はっ、はっ……んっ、あっあっ、ああっ!」
「抱き締めただけでイったの? かわいいね、みのる」

 本格的な発情期を迎えた今はもう自制は効かない。それに深町に触れてしまったことも加わって本能が現れてしまっては理性が消え去ってしまうのも当然だ。

 こんなに汚い自分を見られてしまい、きっと嫌われることだろう。今この体の苦しみと疼きを消してくれるならもうなんだってよかった。

「さ、移動しよう。ここまで待ったしイヤだって言われてもやめてあげられないかも。今のうちに謝っておこうかな。って言っても聞こえてないか」

 決して軽くはない、平均的な成人男性と変わらぬ体型の今井を深町はいとも簡単にお姫様抱っこし、ベッドまで運ぶ。
 トイレからベッドまでの短い距離を歩く間、機嫌の良さそうに鼻歌を歌っていた。腕の中で揺られながらどこかで聞いたなとぼんやり考えた。だがグズグズの思考回路はそこで停止した。

――深町の鼻歌はクローゼットから布団を取り出したときと同じものだった。

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