できそこない

梅鉢

文字の大きさ
6 / 20

6(深町1)

しおりを挟む
深町視点



 深町がαと診断されたのは13のときの国で決められた第二の性検査のとき。

 αとΩの子として生まれ、兄達はαだったし早熟な自分もαだろうとは思っていたし、実際そうだった。

 おかしな匂いを感じはじめたら飲みなさい、Ωの発情期にあてられないようにしなさいと親に注意を受け、抑制剤を渡されたがそれを飲むことはなかった。親の言うおかしな匂いを感じ取ることもなかったし、Ωの発情期とやらも誰からも感じたことがなかったからだ。

 15歳くらいからだろうか、深町の傍にいた人がいきなり深町を襲うことが年に二、三度あった。そのうちの半分は警察沙汰になっている。

 後から聞けばΩだったとのことだ。発情期はまだだったのに、深町のフェロモンにあてられて無理やり発情期に突入してしまったのだと。周りの証言もあり深町は被害者と認められたが、法律の前だとΩ相手ではαは立場が弱い。

 確かに発情期に入ったΩのフェロモンは甘い、それでいて淫靡な香りがした。しかし深町が感じられるのはほんの僅かなものである。αとしての授業で教わる『理性を失うほどの』ものではなかった。

 寄ってきたΩを相手にするには分が悪くてもっぱらβの女を抱いた。出せば気持ちよくても何一つ満たされるものはなかった。

 Ωが相手なら違うのだろうかとも思うが、Ωにはやはりいい思い出もなくただ日々を過ごしした。

 五度目にΩに襲われそうになったとき父親の友人が先生をしている病院へ行った。誰がΩなのかも分からずにいるのに、隣にきては勝手に発情されて困ったからだ。

 ホルモン検査で異常はなかった。じゃあこのΩをΩとも認識できない体はなんなのだと医者に詰め寄った。

「たまにいるんだよね、キャパの広い人。Ωのフェロモンを体に取り込んでも大丈夫な人って」
「俺は匂いも分からないんですけど」
「ああ、そうだったね。あれだ、深町クンは鈍い人なんじゃないかな」
「鈍い?」
「鈍感ってこと。フフフッ……Ωを認識できないにっぶーいα」

 何が可笑しいのか、ころころと笑いながら話をする白衣を着た父親の友人。本当に友人なのかどうかが怪しいくらいだった。

「それでいて無意識にフェロモン振りまいてΩの発情期を誘発しちゃうんだから、本当に出来損ないだね、キミ。いや、むしろ優秀なのかな、あはははっ!」

 デスクに頬杖をついてにんまりと、人の悪い笑みを浮かべているこいつは本当に医者なのか。ただの気味の悪い親父なのではないか。

 バカにされて無意識に拳を作っていたが、力を抜いて腕をだらしなく下げた。

 ニタニタとした笑顔を張り付かせた男に礼など必要ない。黙って部屋を後にした。

 父親は祖父から受け継いだ複数の会社を経営しているが、途中、いくつもの会社をつぶしている。情勢が悪くなったときは生き残るためにつぶしてきた会社も多い。恨まれるようなことも沢山して生き残ってきたはずだ。白衣のアイツが友人とはいっても、本当の友人ではないのだろう。

 なんにせよ、身内に頼ったのが運のつきだとばかりに、ネットで調べて評判のいい医者に行きなおすことにした。

 そこでも異常はなかった。ただαとしてのホルモン値は高めであると。だからフェロモンを安定させてもまた襲われるだけだから、抑制剤を服用してフェロモンを抑える方がいいのではと言われた。

 毎日飲み続ければΩが突然発情しだして襲われることはなくなるだろう。そのかわり、少しだけ感じていたΩの発情期のフェロモンも一切感じられなくなるし、運命の番と会っても分からないかもしれないよ、と。

 もともと鈍いものがさらに鈍くなるだけで運命の番なんてものも興味もなかったから「襲われなければなんでもいいです」と答えて抑制剤を3ヶ月分受け取った。薬の影響を考えて3ヵ月毎に血液検査をすると言われたが、フェロモンが減ろうがホルモンバランスが崩れようがどうでもよかったから薬を1年分くれと言ってみたが怒られて却下された。

 あなたは貴重なαなんだから、と。
 一方では出来損ないのαと言われ、一方では貴重なαと言われ。

 深町は投げられた言葉たちを頭に巡らせ自嘲気味に笑った。どちらが本当の自分なのだろうか。

 毎日寝る前に抑制剤を飲み始めると不思議、誰からも何の匂いもしなくなった。そして自分のフェロモンにあてられて突然発情しだす人もいなくなった。それでも敏感なΩはフラフラと深町に吸い寄せられることはあったが襲われることはなくなった。

 願ったとおりだったが、αの深町の周りにはやはり同類のαが集まり、そのα達は男同士でも女同士でもΩと仲のよさそうに微笑み合ったり、発情期には二人家に篭りっきりだったり。関係のない自分はまるでβのようだなと気持ちが沈むことがあった。なまじ顔も家柄も頭もいいもんだから女に困ることはなかったが、寄ってくるのはほとんどがβの人間でそれがさらに惨めにさせた。

 誰も好きになることはないだろう。きっと親の薦めるΩと番になって生きていくのだろう。
 まだ20歳だというのに人生を諦めてしまった感があった。

 そんな時だった。ゼミ担の教授が講演会を頼まれたといって1日空けると連絡が入った。無口で仏頂面、無愛想の教授が講演会なんて。想像できなくて冷やかし半分、レポートは提出済みだし暇も手伝って少しだけ行ってみることにした。

 後ろの席で講演に参加した。

 ゼミ室とは打って変わり、教授、三上は饒舌だった。双子の兄弟でもいるのだろうかと思わせるほど、三上は笑顔を振りまいていたし冗談も言っていた。ゼミ室でもこれくらい話をして質問にも答えてくれたらいいのにと思うが、どうしようもないオヤジギャグも入ってきていたので深町の心境は複雑なものになった。

 少し見たら帰ろうと思っていたがもの珍しくて残ることにしたが、妙に体の右側がそわそわし始める。

 隣には誰もいないし、講演会内の人は中年ばかりだ。でも落ち着かない。この正体はなんだろうと構内をぐるりと見渡す。

 真ん中の列の右端、妙に目を引く男がいた。中年だらけの中、数少ない若者だからだろうか。分からない。食い入るように三上を見て時々頷くその姿に、一つひとつの動作に目を奪われる。黒い清潔にカットされた髪型、目鼻立ちもすっきりとしているが全体的に見てどこにでもいそうな風貌の男だ。

 胸の辺りがそわそわして痒い。物理的に痒いのか胸を撫でるがそうじゃない。

 落ち着かない。

 男を見てからというものの、気持ちが浮ついて仕方ない。気がついたら席を移動していた。近づくにつれてドキドキも増す。
 隣に座るとさらに鼓動が激しくなる。初めてのことだった。

 深町が座ってから、隣の青年が落ち着かない素振りで体を揺らしたり足を何度も組みなおしたりした。一緒だろうか。自分と同じように落ち着かないのだろうか。抑制剤を飲んでいるから相手がΩなのかも分からないし、相手も自分がαだと分からないだろう。でもこの2人の間にある空気はなんなのだ、深町は鼻歌を歌いたい気分だった。

 やっとで講演が終わった。この人を見つけてからはずいぶんと長いつまらない時間だった。さっさと終わってこの人と話をしてみたかった。

「ねぇ、名前なんていうの?」

 不審がりながらも『今井実』と名前を教えてくれた。深町はそれだけで飛び上がる嬉しさがあった。

『匂いで分かるんだ』
『見た瞬間、この人だって思ったんだよね』
『運命って結構分かりやすいものだったぞ』

 知り合いや親戚のα達は言っていた。
 そんなものあるか。深町は苦い思いで聞き流していた。自分には味わうことのないものだったから。

 でも違った。

 自分の名前を告げ、そして今井が自分に遠慮がちに振り向いてくれて目が合ったとき、ぶわっと全身の毛穴が開いた。

 この人だ。
 きっと、この人なんだと思った。
 この人が欲しい、理由はないけれど強く願った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?

モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。 平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。 ムーンライトノベルズにも掲載しております。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

クローゼットは宝箱

織緒こん
BL
てんつぶさん主催、オメガの巣作りアンソロジー参加作品です。 初めてのオメガバースです。 前後編8000文字強のSS。  ◇ ◇ ◇  番であるオメガの穣太郎のヒートに合わせて休暇をもぎ取ったアルファの将臣。ほんの少し帰宅が遅れた彼を出迎えたのは、溢れかえるフェロモンの香気とクローゼットに籠城する番だった。狭いクローゼットに隠れるように巣作りする穣太郎を見つけて、出会ってから想いを通じ合わせるまでの数年間を思い出す。  美しく有能で、努力によってアルファと同等の能力を得た穣太郎。正気のときは決して甘えない彼が、ヒート期間中は将臣だけにぐずぐずに溺れる……。  年下わんこアルファ×年上美人オメガ。

忘れられない君の香

秋月真鳥
BL
 バルテル侯爵家の後継者アレクシスは、オメガなのに成人男性の平均身長より頭一つ大きくて筋骨隆々としてごつくて厳つくてでかい。  両親は政略結婚で、アレクシスは愛というものを信じていない。  母が亡くなり、父が借金を作って出奔した後、アレクシスは借金を返すために大金持ちのハインケス子爵家の三男、ヴォルフラムと契約結婚をする。  アレクシスには十一年前に一度だけ出会った初恋の少女がいたのだが、ヴォルフラムは初恋の少女と同じ香りを漂わせていて、契約、政略結婚なのにアレクシスに誠実に優しくしてくる。  最初は頑なだったアレクシスもヴォルフラムの優しさに心溶かされて……。  政略結婚から始まるオメガバース。  受けがでかくてごついです! ※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも掲載しています。

アルファ嫌いのヤンキーオメガ

キザキ ケイ
BL
にわか景気の商店街に建つペットショップで働く達真は、男性オメガだ。 オメガなのに美形でも小柄でもなく、金に染めた髪と尖った態度から不良だと敬遠されることが多い達真の首には、オメガであることを嫌でも知られてしまう白い首輪が嵌っている。 ある日、店にアルファの客がやってきた。 過去のトラウマからアルファが大嫌いな達真はぞんざいな態度で接客するが、そのアルファはあろうことか達真を「きれいだ」と称し、いきなりキスしてきて───!?

【完結】変態αのフェロモン観測記録

加賀ユカリ
BL
欠陥Ωが使用済みマスクを落としたら、変態αにフェロモン値を実況されるようになった話 大学生の天橋瑞樹(あまはし みずき)は、帰り道でうっかり使用済みマスクを落としてしまう。拾ったのは、モデルのようなスタイルと整った顔立ちを持つ青年──神代慧(かみしろ けい)。だが、彼はただのαではなかった。 「このマスクは僕の宝物です」そう言って笑う慧は、瑞樹のマスクを返さないどころか、初対面で「君は僕の運命の番だ」と宣言してくる。 だが瑞樹は、自分が“欠陥Ω”──フェロモン値が極端に低い存在であることを知っていた。 そして、計測器と共に瑞樹のフェロモン数値を実況する“変態α”との、奇妙で騒がしい日々が始まった。 そんなある日。 瑞樹に人生で初めてのヒートが訪れる── 攻め:神代慧(かみしろ けい)。α。瑞樹のマスクを返さないヤバい男。 受け:天橋瑞樹(あまはし みずき)。欠陥Ω。 ・オメガバースの独自設定があります ・性描写のある話には※を付けています ・最終話まで執筆済みです。(全35話) ・19時更新 ・ムーンライトノベルズにも掲載しています ※過去作『番になれなくても』の主人公(天橋和樹)の兄の話です。本作品は『番になれなくても』の本編より前の時間軸になります。それぞれの話は独立しているので、読んでいなくても大丈夫です 【完結】番になれなくても https://www.alphapolis.co.jp/novel/166551580/588945232

運命のつがいと初恋

鈴本ちか
BL
三田村陽向は幼稚園で働いていたのだが、Ωであることで園に負担をかけてしまい退職を決意する。今後を考えているとき、中学の同級生と再会して……

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...