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二章 温泉郷の優しき神

盤上遊戯と花の香り

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 早船鶴真が、自ら利玖達を率いて本殿に向かう事を告げると、能見正二郎は苦笑まじりに『老体には山道がこたえるもんで』と言って旅館に戻って行った。
 能見と別れた五人は、一列になって本殿を目指す。
 利玖の胸の高さまで草が生い茂り、道も拝殿の裏を通っているので、すでに自分の手元も定かに見えないほど暗い。いくら懐中電灯があるとはいえ、こんな時間になってから入っていくような道ではないのではないか、と利玖はひそかに考えた。
 梓葉はさっきのやり取り以降、口を閉ざしたまま黙々と歩き続けている。時折、闇に白く浮かび上がる横顔には、触れた途端に指が切れそうな緊張が宿っていた。
 梓葉と鶴真からやや距離を取って歩き、やがて藪が途切れると、素朴な印象の祠が現れた。
 オカバ様の御神体を祀った本殿である。
 利玖の頭上、清史や充にとっては目線の高さに古風な錠前が取り付けられ、両開きの格子戸が閉じられている。
 祠の中に明かりはない。鶴真の言葉通り、本殿のある狭い平地の付近は枝を取り払って日が当たるように作られているが、近づかないと中の様子はよく見えなかった。
 利玖は格子戸に顔を寄せ、背伸びをして中を覗き込む。
 奥行きは二メートルほど。仰々しい造りではなく、少し古びた印象がある。奥の方に祭壇が一つあった。
 能見は、オカバ様は翁のような姿をした神様だと話していたが、それを模した像などは見当たらない。箱宮、筆で文字の書かれた札、手前には御神酒おみきや供物の白い陶器が並ぶ。
 それよりもさらに手前の方、格子戸を開けて手を伸ばしたらすぐに触れられそうな近さには、思いも寄らない品物が置かれていた。
 碁盤と碁笥、そして将棋盤など、古くからこの国で嗜まれてきた盤上遊戯の道具である。それも一組ではなく、様々な大きさや形状の物が、まるで祠を訪れた参拝客が賽銭代わりに置いていったかのように雑多に寄せられている。
 能見は話していなかったが、オカバ様は盤上遊戯にもゆかりがある神様なのだろうか?
 身を屈めて、捧げられた品々に目を凝らそうとした利玖は、ふいにぞくっとうなじの毛が逆立つのを感じた。
 何の前触れもなく、むせかえるような濃い花の香りが背後から流れてきたのだ。
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