コンフィズリィを削って a carillonist

梅室しば

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7話

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 マカロンみたいに角の丸い軽自動車の助手席で、佐倉川さくらがわ利玖りくはスマートフォンを取り出した。メッセージが届いた時には振動する設定にしてある。それが、さっき震えた気がしたからだ。
 片手で画面を操作すると、熊野史岐からメッセージが届いていた。写真も一緒に送られているようだが、文面を見る限り、急を要するものではない。
 その判断をして、すぐにポケットに戻したのだが、液晶のバック・ライトで気づいたのだろう。
「電話?」
と隣でステアリングを握っている阿智あち茉莉花まりかが訊いてきた。
 ぽつねんと一般道を走っているだけなのだが、今の彼女からは、およそ余裕というものが感じられない。
「いえ」利玖はわざと素っ気なく答えた。「別に、他愛ないメッセージですよ」
「他愛ないなんて、わざわざ言われたら、気になるわね」
「え、そうですか。困ったな」
「熊野先輩から?」
「まあ……」
「聞かせて、聞かせて」茉莉花が体を弾ませる。
「運転の邪魔になると思います」
「まあ」茉莉花は前を向いたまま目を丸くし、ぐっとステアリングを握りしめた。「良いわ。じゃあ、もう少し行った所にコンビニがあるから、そこでじっくり聞かせてもらおうじゃないの」


 宣言した通り、茉莉花はそこから交差点を二つパスした所で車をターンさせてコンビニエンスストアに入った。
 いかにも郊外の店舗然とした立地で、建物の方がおまけに思えるくらい駐車場が広い。左右どちらも空いている区画を見つける事は容易だったが、そんな場所でも、茉莉花はミラーを睨むようにして慎重に車をバックさせた。その真剣さといったら、見ている利玖の方が息を殺して見守ってしまうほどだった。
 エンジンを止め、二人は車から下りる。
「ふうぅ……」茉莉花は大型溶鉱炉のようなため息をついて車の正面に回った。少し姿勢を低くして、タイヤの辺りをじっと見る。「いやあ、難しいな」
「そうですか? まっすぐ入っているように見えますが」
「角度は、まあまあかな」茉莉花は厳めしい顔つきで、頷いた。「だけど、駐車する度にこんなに神経を尖らせていたんじゃ、そのうち乗るのも嫌になっちゃうわ。もっと華麗に、ずばっと、一発で決めたい所よね」
「茉莉花なら出来るようになりますよ」利玖は片手で拳を作って掲げる。「実践あるのみです。練習なら、いくらでも付き合います」
「ありがと」茉莉花は微笑んだ。「一人だと、どうにも寂しいのよね。何回か試してみたけれど」
 先月と先々月、つまり、大学が春休みの間に、茉莉花は教習所に通って運転免許を取得していた。車を持っている事が、特に薙野なぐの県内では、就職活動をする上で有利に働くのだと両親を説得して、中古のものをお金を借りて買ったらしい。大学を卒業して働き始めたら、少しずつ返す約束なのだと利玖に話した。
 利玖は今日、元々、一人で出かけるつもりで予定を組んでいた。しかし、行き先が大学からかなり離れている事を知った茉莉花が、それなら自分が車を出そうと言ってくれたのだ。
 兄・佐倉川さくらがわたくみには頼みにくい事情があり、また、熊野史岐に叶えてもらうのはそもそも不可能な状況だった為、これには大いに助けられた。雪は大方溶けたとはいえ、目の前でバスが停まってくれるような場所ではなく、かといってタクシーなど使ったらいくら掛かるかわからない。当初は自転車で行くつもりだった。不可能ではないが、それなりの準備と覚悟が必要だな、と考えて、若干のプレッシャを感じ始めていた所だったのだ。
 茉莉花には、出かける目的はキャンプだと伝えている。嘘ではないが、その一言に集約出来るほど、経緯は単純ではない。
 二人はコンビニエンスストアで飲みものを買い、車に戻ってきた。
「それで?」茉莉花が早速、運転席から身を乗り出して訊いてくる。「熊野先輩は、何て?」
 利玖はスマートフォンを操作して、送られてきた写真を見せた。
「ひゃあ」茉莉花は口を押さえる。「ちょっと、どういう事? 女の子じゃない」目を細めて、さらにディスプレイに顔を近づける。「というか、この子、潟大生じゃない? 構内で見た事ある気がする」
「そうなんですか?」利玖はディスプレイを自分の方に向ける。美蕗と似ている、という最初の印象が強くて気づかなかった。
「この子、誰?」茉莉花が訊く。
「誰なんでしょう」
「ひぇえ」
「それより、この野菜は何でしょうか」
「嘘でしょう?」
「訊かれているんですよ。茉莉花も見てくれませんか?」
 茉莉花は「いぃ……」と呻きながら写真に目を戻す。しかし、すぐにけろりとした表情になって「あら」と呟いた。
「これ、花豆じゃない?」
「花豆?」
「そう、えっと、本州ではほとんど生産していないのよね。主な産地は、確か北海道だったと思う」
「へえ……、よくわかりましたね」
「ちょっと前にテレビで、特集をやっていたの。この模様が特徴的よね」
「なるほど」利玖はテレビを見ない。全面的に茉莉花の発言を信用する。「花豆ですか。美しい響きの言葉ですね」
 利玖はリプラィのテキストボックスを立ち上げた。
〉花豆だそうです
とだけ書き込み、スマートフォンを仕舞おうとする。
 それを茉莉花が「ちょいちょい」と手を伸ばして遮った。
「それだけ?」
「あまり、食事の時間を邪魔しても……」
「え、熊野先輩、その子と一緒に北海道でごはんを食べているの?」
「そんなに遠くには行っていませんよ」
 だんだん、混乱させているのが申し訳なく思えてきて、利玖はココアのペットボトルに口をつけながら「あの……」と上目遣いに茉莉花を見た。
「ごめんなさい。ちゃんと話します。本当は、キャンプする事が目的じゃないんです」
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