煙みたいに残る Smoldering

梅室しば

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三章 人面の鹿神

侵入

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 女子棟の方で、部屋の扉が開く、ぱた、ぱたんという音に続いて、廊下に出てきた女子部員の声が聞こえ始めると、一気に辺りが騒がしくなった。
 しばらくすると、最初の大きな物音で目を覚ましたのか、匠もロビーに現れた。
「汐子さんの部屋?」匠が訊ねる。
「わかりません」利玖は、不安げに兄を見上げた。「行ってみた方がいいでしょうか?」
「そうだね。ついでに、僕と史岐君が入ってもいいか、訊いて来てくれるとありがたい」
 利玖は頷き、近くに立っていた女子部員に事情を話してから、匠と史岐を呼び入れた。
 部屋の外に出ていた十名弱の女子部員が、半分は怯え、もう半分はほっとしたような表情を浮かべて、端に寄って利玖達を通した。
「たぶん、この部屋だと思うんですけど、呼んでも返事がなくて……」
 二〇五号室の前まで来ると、背の高い女子部員が立っており、何が何だかわからない、という顔で扉を見上げていた。利玖は躊躇わずにドアノブに手をかけて、
「失礼します」
と言って押し開けた。
 朝もやを含んだ冷気が顔に吹きつけた。
 部屋の中は薄暗く、森に面した窓が開け放たれている。
 中央には布団が二つ敷かれていたが、枕もシーツも、泥や雑草の端切れで無残に汚れていた。ひょろりと首の長い花瓶が窓際で粉々に砕けており、侵入者に対する抵抗の激しさを物語っている。
 その破片のかたわらに、呆とした面持ちで日比谷遥が立っていた。
「遥さん!」
 利玖に腕を掴まれた途端、はっと遥の顔に生気が戻った。
「え……、あれ、なんで……」
「汐子さんは? 一緒ではなかったのですか?」
「鹿が……」
 遥は利玖の問いかけに答えず、震える手で顔を覆った。
「急に、目え覚めて……、窓見たら、鹿がおって……」遥の喉が、ひゅっと細く鳴った。「ちゃう。顔は、人間……?」
 それだけ聞けば十分だった。
 利玖達は、窓枠を飛び越えて外に飛び出した。
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