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第二章 世界の果てにみたもの

二話 十字傷の男

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 数日後、ミットフォードはオーダーしたブーツを取りに靴屋へ出かける。
店主から品を受け取り店から出る。
外に出るとガラの悪い二人の男が立っていた。
「よう、お坊ちゃん。こっち来てもらおうか。」
馬車を見るとトムが三人目の男に掴まれている。
ミットフォードはガラの悪い輩に刃物を突きつけられ、靴屋から数軒離れた裏路地へ連れ込まれた。
輩たちはナイフをちらつかせ金品を要求する。
ミットフォードはナイフを警戒しながらトムの方を見た。
「トムさんの後ろにいる奴もナイフを持っている。せめてトムさんだけでも何とかなれば抵抗の余地もあるのだが。」
緊迫した状況の中、一人の男が現れた。
十字傷の男だった。
十字傷の男はトムの後ろにいる男に近づいて、男が持つナイフの腕を片手で掴んだ。
「いててっ。なんだてめぇ。」
他の二人が振り返る。
ミットフォードはその隙に間合いをとった。
「その青年は知り合いで、傷をつけられては困るのだ。」
トムの背後にいた男の手からナイフが落ちる。
ガラの悪い二人の輩が十字傷の男に襲いかかった。
十字傷の男は襲いかかってくる二人を一蹴した。
「ミットフォード君大丈夫か?」
男は表情を和らげた。
「はい。助けていただきありがとうございました。」
「君があの連中に連れていかれるのが見えて、気になって後を追ったら襲われそうになっていたから無事で良かった。」
「本当になんとお礼を申し上げれば良いか。」
「君が剣をたずさえていれば、助けは必要なかっただろうね。」
「・・・。」
「これからは気をつけることだな。」
そう言うと男は立ち去ろうとした。
「あの・・・、お名前を聞かせていただけませんか?」
「オグマ。」
「オグマさん、私に何かお礼をさせてください。」
「礼をもらう程の事はしてないさ。お気になさらず。」
「そんな訳にはいきません。よろしければ、この後食事をご馳走させてください。助けていただいた上に偶然とはいえ、三度もお会いできたこと大変嬉しく思っております。」
「困ったなぁ。今夜人と待ち合わせの約束があるからその場所でも良ければいいのだか。」
「構いません。」
ミットフォードはトムを一度屋敷へ返し、後で迎えに来るよう伝えた。
 二人は町の中心にある大きなパブへ向かい遅めのランチをとった。
「オグマさんは剣を帯びていますが剣士なのですか?」
「そんなところだ。」
「先程助けていただいた後、私が剣を持っていたら助けは必要なかったとおっしゃいましたが、どうしてそう思われましたか?」
「あぁ、それは君の手の平を見たからだ。」
「どこで見たのですか?」
「初めて会った時、丁寧に道案内してくれた際に手の平が見えてね。」
ミットフォードはオグマの洞察力に感心した。
彼はオグマに一番聞きたかった事を質問した。
「オグマさんは港に仕事の依頼を受けに来たと言っておりましたが、それは来月出港する蒸気船と関係ありますか?」
「どうしてそう思う?」
「昨夜、父と叔父が今度出港する船は外交が目的であると話しておりました。外交官、通訳、医者、写真家、護衛官など乗船すると言っておりました。もしかするとオグマさんもその船に乗るのではないかと思いまして。」
「なるほど、君の言うとおりだ。」
「そうでしたか。」
「俺は極東の島国でサムライと闘いたいと思っているのだ。」
「サムライ・・・。」
「我々で言う騎士みたいな存在だ。その国は産業こそ我々の国には及ばないが、豊かな国で文化も発展している。その中で武士(サムライ)と呼ばれる者がいるそうだ。
今は銃や大砲で戦争をするが、その国でも銃や大砲は使うが皆が剣を持って戦うそうだ。聞くところによるとサムライは相当クレイジーとのことだ。お偉いさんの中には野蛮で下劣な民族と言っている奴もいるが、俺はそうは思っていない。一度サムライと手合せしたい。今の時代だからこそ、はるか遠い国に行ける。あと十年遅ければ依頼は断っていた。若くはないが老いて引き篭もるわけでもない、今だから高揚しているのかもしれない。」
ミットフォードはオグマの話しを聞いて、彼の生い立ちが気になった。
先程の記憶がよぎる。
「片手で相手のナイフを手から落とす程の握力、素手で二人を瞬時にのしてしまう体術、頬の十字傷・・・。オグマさんは今までどんな人生を歩んできたのだろう。」
 日が沈みかかった頃、店内入口から一人の男がやってきた。
「オグマ・・・。」
「ナール、来たか。」
ナールはミットフォードに視線を向ける。
「ミットフォードといいます。昼間、強盗にあったところをオグマさんに助けていただき、お礼にこちらのお店に同席させてもらいました。」
ナールは長髪で色白の肌に綺麗な顔立ちをしていた。
「ナールさんも剣を持っている。」
ミットフォードは二人の事をもっと知りたいと思ったが何も言えないでいた。
そんな時にトムが迎えにやってきた。
「オグマさん私はこれで失礼します。今日はほんとうにありがとうございました。」
「気をつけて帰りな。」
ミットフォードは二人にお辞儀をして店を出た。
 ミットフォードはオグマと会話した日から剣を振る時間が増した。
澄みきった空気の中、白い息を細くはく。
頭の中はオグマ、ナール、そしてサムライのことを考えていた。
「あと半月もすれば船は出港する。極東の島国とはどんな所であろうか。」
 オグマと出会ってからミットフォードは複雑な心境でいた。
現状の生活と未開の地への好奇心、平穏な日々から刺激のある日々への憧れが彼の心を揺さぶっていた。
 休日になるとミットフォードは港へ出かけた。
港から数キロ離れた見通しの良い丘を馬車で進んでいると、そこから海が一望できる絶景地点があった。
ミットフォードは馬車の中でサンドウィッチを食べながらその景色を眺めていた。
「蒸気船は港に停泊している。遠くから見てもその存在は大きい。」
港に到着する。
ミットフォードが船を見上げていると甲板から声が届いた。
「おーい、ミットフォード!」
「オグマさん!」
オグマは甲板から降りてきた。
「こんにちは、オグマさん。」
「やぁ、ミットフォード。船を見に来たのか?」
「はい。」
「俺たちもさっき船内に入ったところだ。」
「そうだったのですね。それにしても大きな船ですね。」
「船内見てみるか?」
「いいのですか?ぜひみたいです。」
甲板に上がるとその広さにミットフォードは感動した。
「広いなぁ。何人くらい乗れるのだろう。」
「三千人はゆうに乗れるそうだ。」
「三千人ですか!」
ミットフォードは気持ちが熱くなっていた。
見学を終えたミットフォードは港町で一泊した。
彼はその日の就寝前にベッドの中で自分の人生について考えを巡らせていた。
いままで安全なレールの上を歩いていたミットフォードは、これからどんなことをしたいのか広く自分事として考えることが少なかった。
それはこれからも住み慣れた町で生きていくものだと思っていたからだ。
「オグマさん達についていきたい。けど現実的ではない。未成年の私が乗れる訳もないし、家族のことや学校だってある。」
翌朝、ミットフォードははやる気持ちをおさえて港を後にした。
休日が終わり学校へ登校する。
蒸気船を見学した時に思った感情とは裏腹に、今までと変わらない学生生活を過ごした。
学校から帰宅すると剣の稽古を始める。
いつも行く丘まで走り身体を温める。
剣を握り基本動作の型から始める。
ミットフォードはいつも剣を振る時相手を想像していた。
この時彼は強盗にナイフを突きつけられたことを思い返した。
「あの時、もしオグマさんが来なかったらどうなっていただろうか。」
あの時の事を深く思い返す。
ミットフォードは今まで身を危険にさらされることがなかった。
初めて危険の場に遭遇したというのに、恐怖心が出なかったことが後になって不思議に思えた。
 翌日学校へ行くとブラウンが話しかけてきた。
内容は鉄道が完成したというものだった。
「完成したんだね。」
「次の納品にぎりぎり間に合ったと父が話していた。」
「いつ運搬する予定なの?」
「週末だって。」
ミットフォードはブラウンの話しを聞いた後から口数が減った。
彼は授業中に窓の外を眺めて、ある決心を固めようとしていた。
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