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第二章 世界の果てにみたもの

四話  謎の女

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 浜辺に降り立つスマート王国一団に日の丸人が出迎えた。
ミットフォードは初めて見る日の丸人に衝撃を受けた。
「あれが日の丸人か。あの頭はなんだ・・・。」
通訳同士があいさつを交わすところをミットフォードは最後尾から観察した。
「通訳の横にいる者とそれ以外では服装が若干違う。上官と部下の違いか。日の丸国の兵隊は皆刀を持っていると聞いたが、ここにいる者たちは小さな刀しか持っていないようだ。」
 その後、一団は日の丸国が用意した宿舎に案内された。
宿舎は木造でできた立派な建物だった。
夕食になると大広間で食事が提供された。
「ダイニングテーブルや椅子はないのだな。地べたに座って食事をするのか。」
大広間には御膳、座布団なるものが用意されており、不便には感じたが不潔と呼ぶ程ではなかった。
「寝室もそうであったが、この畳と呼ばれるものが床板の変わりをしているのだな。
板より柔らかく素材の独特の匂いが印象的だ。
寝室で寝そべってみたが痛くなかった。」
 ミットフォードはこの国の文化に好印象という訳ではなかったが関心をもった。
周りの大人たちは自国の暮らしと違う様式に抵抗があるようだったが、ミットフォード自身は貴族育ちでありながらこの国の様式にさほど抵抗はなかった。
「しかし床で座って食事をするのは違和感ある。それに料理を食べるための木の棒が二本あるが使いにくくて食べづらい。」
ウィリアムは料理を運んでくる女性に箸と呼ばれる物の使い方を聞いた。
「器用だな。この国の者はこのような面倒な物を使うのか。」
ウィリアムは苦笑いした。

 宿舎に滞在して数日が経った頃、東の都の上役と会談があるということで、オグマが護衛役として外交官に随行することとなった。
「オグマさん、気をつけて行ってきてください。」
「案内役もいることだし、たぶん大丈夫だろう。」
ミットフォードはその間待機となった。

 それから数日が経った快晴の日。
ミットフォードは宿舎から見える小高い山へ登ることにした。
その山の頂上には大きな岩がはだけており、そこから景色が一望できると彼は思った。
宿舎を出発して近隣にある田んぼを越え、川を越え、細い道を進み、山道へと入っていく。
山道は傾斜がきつく足場を固めながら木を掴み頂上へ向けて登っていく。
山頂に辿り着くと岩の展望台から景色を眺めた。
畑がきれいに区分けされていて作物が多く育っているのを見て彼は心を落ち着かせた。
鳥の鳴き声がいくつも聞こえ会話を楽しんでいるように思えた。
耳をすますと蜂の飛ぶ音まで聞こえてくる。
体をまとうようにほのかに吹く風が心地よく感じられた。
木の葉を照らす光が反射して輝いている。
「気持ちいい。自然と調和しているみたいだ。」
ミットフォードはそのまましばらく景色を眺めていた。
 日が少し傾いた頃、下山を始めようと立ち上がる。
風上に視線を向けると、一人の女性が景色を眺めていた。
「いつの間に来ていたのか。この辺りの住人なのか。この国の者が着ている服装に似ているけど、どことなく違う。華がある感じがする。山を登ってきたわりに服が乱れてもいないし、足元も汚れていない・・・。」
ミットフォードはその女性に近づいていった。
すると景色を眺めている女性が振り向きお互いの目があった。
澄んだ瞳に色白の肌、艶のある髪。
ミットフォードは不思議な気持ちになった。
「なんだろう・・・。この女性から感じる悲しみのような寂しさのようなものは・・・。」
「良い眺めだね。言葉通じないか。」
「綺麗な目。」
彼女の懐かしむような者を見る視線にミットフォードは困惑した。
「あちらを見てください。」
女性の言葉にとっさに反応して振り向く。
しかし、振り向いた先に何かあるわけではなかった。
ミットフォードが視線を彼女に戻すと女性の姿はなかった。
「彼女は一体どこへ消えた!?」
その晩、ミットフォードは山頂で出会った女性の事ばかり考えた。
 それから十日後。東の都からオグマが帰ってきた。
会談は一進一退で話しは進まず、まだまだ時間がかかるとのこと。
外交官たちは各地へ情報収集をすることになった。
この国の要人たちと度々接見の機会をつくり、商いの交渉を徐々にこちらに向くよう努めた。
そんなある日の夜、事件は起きた。
「火事だー。」
外国人追放を目論む過激派浪人の夜襲だった。
警備隊が襲撃され、建物に火が放たれた。
外交官や通訳の寝室めがけて刺客が館内に侵入してくる。
「夜襲か。」
警戒を強めていたオグマとナールが館内一階で応戦した。
二階へ繋がる中央階段で刺客とはち会う。
「相手は五人。この中では一度に通過することはできない。ここは俺に任せてナールは二階に上がり別働隊に備えてくれ。」
「わかった。」
オグマは剣をかまえる。
刺客の一人が刀を抜かずに間合いを詰めてきた。
次の瞬間、抜刀の音とともにあらわれた刀がオグマを強襲する。
オグマは刺客の攻撃をかろうじてかわした。
「危ないところだった。あんな戦法があるとは。」
刺客は一太刀目が失敗に終わると全員が刀を抜いた。
そして刺客は勢いよくオグマに襲いかかってきた。
一人目が大振りをして、二人目がオグマの動きに合わせて突いてきた。
「くっ、連携が速い。これでは剣を受けることもできない。」
一瞬たりとも気の抜けない状況の中でオグマは呼吸を整える。
刺客が再度攻撃をしかけてきた。
オグマは一人目の斬撃をかわし、二人目の攻撃が入る前に一人目の刺客の太ももを浅く斬った。
そして二人目の斬撃を受け流した反動を使い素早く相手の急所を斬った。
暗闇に血しぶきが飛ぶ中、二人の刺客が同時にオグマに斬りかかってきた。
オグマは体格差を活かして一人に体当たりして攻撃を押さえかかり、刺客を盾にするように二人目の攻撃を防ぐ。
刺客が一瞬重なり合ったところを瞬時に斬り捨てた。
オグマの強さに刺客は怯む。
そこへミットフォードが廊下の奥から数名の隊員とともに大声を上げて現れた。
気を取られた刺客をオグマが斬り伏せた。
過激派浪人の夜襲は失敗に終わった。
 襲撃された直後の駐屯地は騒然とした状況であちこちで救護班が動いていた。
その中にウィリアムの姿もあった。
ミットフォードはオグマの命を受け、ウィリアムの手伝いをするため彼の近くへ向かった。
すると、ウィリアムは負傷して逃げ遅れた過激派浪人へ治療を施していた。
ミットフォードはその光景を見て驚いた。
「襲ってきた相手方の怪我人を治療するなんて・・・。どうしてこんな事をするのか。」
ミットフォードと同じ意見を持った警備兵がウィリアムに話しかけた。
「決まっている。私は医者だ。そこに怪我人がいれば私は治療をする。ただそれだけだ。」
ミットフォードはウィリアムの言葉を聞いて不思議な感情を抱いた。
以前、ハルバートがミットフォードの父に話していたことを思い出した。
「ウィリアムという男は変わった男で、医療に国境などないと言っておった。彼の中にある信条は私とは別の所にある。」
その時のミットフォードはハルバートの話しを理解できなかったが、実際にウィリアムの姿勢を目の当たりにした時、彼の行為には強い信念を感じた。
 オグマたちは夜襲に備えていたおかげで負傷者を最小限に抑えることができた。
これはミットフォードのおかけでもあった。
 ミットフォードは不思議な女性と出会ってから心のどこかでまた出会えるのではないかと外へ出歩くことが多くなっていた。
「やはり見つかる訳ないか。あの女性はなぜあの場所に現れたのであろう。綺麗な目・・・。透き通るような麗しい声だった・・・。いかん。私は一体この国に何をしに来たのだ。あの日以来、彼女の事ばかり考えているじゃないか。」
ミットフォードは不埒な男になってしまったと自らを蔑んだ。
そんな時に見かけない姿の数名の男を目撃した。
「あの者たちのいでたちは妙だ。農民のように装っているが顔つきが農民に見えない。我々に用がある使者であれば尚更だ。」
ミットフォードはこの事をオグマに報告していた。
オグマは念の為、夜間警備を倍に増やしていたのだ。

 夜襲が起きてから一ヶ月が経ったが、政府との話し合いに進展はなかった。
そんな折に西側の拠点から通達があった。
それは西側の領地で日の丸国の反政府組織から武器の取引がしたいと申し出があった。
そのため上官たちは中崎という港町へ移動をすることに決め、半数の兵を残し移動を開始した。
ミットフォードはオグマたちと供に西側の拠点へ移動することになった。



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