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第二章 世界の果てにみたもの

六話  二人の強者

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 スマート王国と日の丸国反政府組織の会談は和やかな雰囲気の中で行われた。
両者の仲介役である竜馬は吾郎という人物を紹介してきた。
この吾郎という人物は反政府組織の重臣で、改革を進めようとしている中心人物の一人だった。
彼は優れた武人と評されており剣の達人だった。
反政府組織である長口藩はスマート王国海軍と以前に交戦をしたことがあった。
そんな経緯もあって外交官としては面白くない相手ではあったが、取引相手となると話しは別だった。
その場に同席していたオグマはそんな事情とは別に吾郎に興味をもった。
 会談が終わるとオグマは通訳を通して、吾郎に試合を申し込んだ。
日の丸国の通訳が困惑した表情を見せて吾郎と竜馬に訳した。
「これから友好関係を築いていきたいところで、遺恨が残るようなことは避けたい。」
竜馬の反応と違い、吾郎は別の意見を持っていた。
「決闘の申し入れを断れば武士の面目が立たない。日の丸国の武士は臆病者と諸外国の笑いものになる。武士の威厳を保つために、相手の申し入れを受けることは至極妥当であると考える。」
吾郎はオグマの申し入れを受けた。
場はざわついたが竜馬の提案により木刀での試合をすることとなった。
「木刀か・・・。」
それから一同は広場に移動した。
この時、ミットフォードは会談が行われている会場まで来ていた。
彼は広場に両国の人間が集まっていることを不思議に思った。
近くにいる警備隊員に話しを聞いた。
「何かあったのですか?」
「オグマ隊長が日の丸国のサムライと決闘するみたいだ。隊長たちはみんな騒いでいるぜ。」
「オグマ隊長が・・・。」

 オグマと吾郎が木刀を持って向き合う。

ミットフォードは息をのんでその試合を見守った。
「先ほど聞いた話しでは、あの吾郎という人は剣の達人だという。いったいどんな闘いとなるのか。」

両者木刀を構える。

オグマは体格差でパワーとリーチならこちらに分があると思っていた。
しかし吾郎には全く隙がなかった。
「突然の試合の申し入れにもかかわらず、動揺の一つも見せない。落ち着いている様子からやはり本物か・・・。」
吾郎はオグマが帯びていた剣を見た時、両刃とすぐにわかり、どのような戦法をとるのか想像していた。
お互いぎりぎりの間合いを保つ。
オグマはこの国が長く太平の世を過ごしていて、吾郎が戦場で武功を上げて今の名声を得たのではない事を知っていた。
それであるならば、修練を相当に積み上げて実力を身につけた者として考えた。
「実戦向きの剣術ではないとすると、型にハマればこちらは簡単に一本取られてしまうだろう。」
その一方で吾郎はオグマの十字傷を見て、真剣勝負をおこなってきたことがあると思った。
両者は動かない。
多くの見物者が見守る中でナール、ミットフォード、竜馬は二人の駆け引きを自分視点で考察していた。
先にしかけたのはオグマであった。
木刀を短く持って上から小振の一太刀を入れた。
吾郎はオグマの動きに合わせて、横に半歩スライドしながら小手を打ち返した。
吾郎の小手をするりとかわしたオグマは条件反射に吾郎の胴へ突き返した。
オグマの突きに対して吾郎は上体を素早く起こし後ろへかわす。
お互いの一瞬の攻防に見物者たちは息を静めた。
両者は間合いを取り直す。
吾郎は木刀を腰へ引いて右中段構えをとった。
「突きを仕掛けてくるか。」
吾郎はオグマの一太刀を受けて戦法を変えた。
この時オグマは吾郎の肩の力が抜けていることに気がついた。
吾郎が二段突きを仕掛ける。
オグマは吾郎の一突き目を打ち払おうとしたが、しかし吾郎の突きは引きが異常に早かった。
オグマの一太刀は吾郎の木刀を空振り、吾郎の二突き目が首元に来るとオグマは後ろへかわした。
するとかわしきる寸前のところで木刀が伸びたように見えた。
オグマは首元に迫る突きを一寸の距離でかろうじて横にかわした。
「あの脱力した肩は一突き目の引きの早さと二突き目の伸びを可能にする技か・・・。」
吾郎が再び右中段構えに構え直す。
オグマは木刀を短く持ったまま、正面に構えて小さく息をはいた。
吾郎は次にオグマの首を狙って突いてきた。
オグマは吾郎の左側へ横向きにかわす。
吾郎の引きの早さに打ち返せなかったが二突き目は来なかった。
この攻防にミットフォードは手に汗を握った。
吾郎は構えを正面に戻した。
一瞬の隙が勝敗を決める勝負の中で両者は静かに呼吸を整える。
ミットフォードには両者の間に見えない空気の圧力が均衡してふれあっているように感じられた。
オグマは初手と同じように素早く攻撃を仕掛けた。
太刀筋を見切った吾郎は前へかわしながら面を狙う姿勢を見せた。
オグマは手首を返すことなく、とっさに太刀筋の逆に木刀を振り上げた。
吾郎はオグマの反応に対して動きを止めて重心を低く落とした。
そして下から振り上がってくる木刀をすれすれのところでかわすとともにオグマの木刀を下から上へ打ち返した。
その直後に吾郎は素早くオグマの胴へ木刀を振り抜こうとしたが、オグマは木刀を打ち上げられた瞬間に木刀を両手から片手に持ちかえ、迫りくる胴への一太刀を前に出て木刀の根元で受け止め吾郎の面に素早く打ち込んだ。
お互いの一刀が入り相討ちとなった。
オグマの一刀は吾郎の肩に入り、吾郎の一刀はオグマの胴へ入った。
二人の早業に周りは静まり返っていた。
審判はここで試合をとめた。
お互い元の位置にもどり一礼した。

オグマは一礼すると通訳を通じて吾郎に話しかけた。
「最後の二太刀目の振り上げた時、どうしてかわしたのか教えてくれないか?」
吾郎は表情を変えることなく答えた。
「私はあなたと刀で闘っているつもりでいた。
あの時、あなたは手首を返さずに振り上げた。
刀であれば、あの場はそのまま斬りにいくところだった。
しかしあなたの持っている剣は両刃だから私は反射的にかわした。」
オグマはその返事を聞いて満足した。
「会談が始まる前に預けた俺の剣を見ていたのか。しかも抜いてもいない剣を両刃と判断した。木刀での勝利を望まない気骨といい大した男だ。」
オグマは心底嬉しかった。

 ミットフォードは吾郎の返答を聞いて納得した。
片刃であれば振り上げても峰打ちで終わるからそのまま斬ることができる。
ミットフォードはこの時、吾郎の勝負に対する姿勢と武士としての普段からの振る舞いに敬服した。
と同時に、あの時のオグマの振り上げた反応速度とその後の判断に感心させられていた。
「オグマさんは最後の攻防の際に吾郎さんの動作をよみ間違えていた。
オグマさんが一番はじめの攻撃をした時に吾郎さんは小手を狙い、オグマさんに突きで返された。
吾郎さんが前に出てくる予想はしていなかったと思う。
しかしよみ違えても尚、反応できるオグマさんはやはり歴戦の猛者だ。
そして、上に弾かれた木刀を片手に持ちかえて、前へ打ちに行く判断を瞬時にするのは簡単に出来ない。
その判断がなければオグマさんは負けていたと思う。
吾郎さんはオグマさんの初手を受けるまで、どのような猛者かまではわかっていなかった。
しかし初手の攻撃と小手への返しを受けて、オグマさんがただ戦場で勇敢に剣をふるってきただけの猛者ではないと判断したのだ。
その後の右中段構えを見てもそれが伺えた。
あの攻防をみても、吾郎さんはオグマさんの事を軽視するような姿勢は少しも見せなかった。
吾郎さんは精神と技を磨きあげたなんと素晴らしい武人であろうか。」

 ミットフォードは気づいていないが、二人に尊敬の念を抱いている彼は二人の領域にいた。
そしてこの後、彼が全く予想していない展開へと導かれることに気づく余地すらなかった。
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