上 下
16 / 33
第三章  導く者選ばれし者

一話  大魔道士の村と導く者

しおりを挟む
 中央大陸の人里離れた辺境の地に大魔道士の村と呼ばれる小さな村があった。
そこに齢九十歳を超える一人の老人がいた。
彼はその村の最長老である。
最長老はある決断を迫られていた。
それは十五歳になる曾孫のマーヤに大きな試練を与えるというものだった。
 この日はマーヤの十五歳の誕生日で村人たちが集会所に集まり、マーヤの誕生日を祝っているところであった。
「マーヤ、誕生日おめでとう。」
「ありがとう。」
皆が祝いを楽しむ中に最長老がやってくる。
「最長老様、今日はマーヤの十五歳の誕生日です。マーヤに何か一言祝いの言葉をかけてあげてください。」
村人たちはあたたかい眼差しで最長老の言葉を待った。
「マーヤ十五歳の誕生日おめでとう。」
「ありがとうひい爺様。」
「マーヤ、これからわしが言う事を良く聞いてほしい。」
「はい。」
「これからお前に試練を言い渡わたす。」
最長老の言葉に村人たちはざわついた。
「最長老様、試練とはなんのことでありましょう?」
「皆の者よく聞いてほしい。マーヤはこれから村を離れて旅に出なくてはならない。」
村人たちはさらにざわついた。
「マーヤはある使命をもって、この世の異変に立ち向かわねばならない。」
「それはいったいどういうことなのですか?」
「これはマーヤが生まれた年にお告げをいただいたことによる。マーヤが十五歳をむかえる日に南西の地におもむき、ある人物の元に行くようにと告げられた。」
「ひい爺様、南西の地とはどこですか?」
「聖地エレム。そこにマリクという男がおる。その者に会いに行くのだ。」
「聖地エレム。マリク・・・。」
「最長老様、そんな無茶です。ここは人里離れた辺境の地です。一番近くの村でも数百キロあるというのにエレムとなると不毛の大地を越え、山々が連なる山脈を越えねばなりません。十五歳の少女に旅など危険です。」
「それは承知の上だ。開祖大魔道士ムサレ様がこの地に村を興して二千七百年。奇跡ともよべる一族の存続の中で最も困難な試練をお与えになった。マーヤ、これから途方もなく長い旅をしなくてはならないが、一族の使命を背負って聖地エレムの地へ向かってくれ。」
 最長老の突然の使命に村人たちは困惑の色を隠せないでいた。
「まだ幼さが残る少女になんという困難な試練をお与えになるのか。」
「最長老様、それでは私どもがマーヤをエレムまで送り届けます。」
「お主たちの気持ちはよくわかる。しかしこの村はお主たちの先祖によって守られてきた。村を担う者たちが抜ければ、この村は終わってしまう。マーヤが帰る場所を皆には守ってもらいたい。」
村人たちは下を向いて黙ってしまった。
「皆の者、安心されよ。」
静かに声を上げたのはマーヤの祖父ムサイだった。
「私が無事マーヤを聖地まで連れていく。」
「ムサイ様。」
「父上、それなら私が行きます。」
「お前は皆とともにこの村を守ってくれ。最長老様、息子の事を頼みます。」
「うむ。マーヤの事を頼んだぞ。」
「はい。・・・マーヤ。」
「はい。じぃじ。」
「お前の事はわしがしっかり守る。使命を一緒に果たしに行こう。」
「わかりました。」
 マーヤの十五歳の誕生日はその後旅立ちの準備で大慌てとなり、村人たちはマーヤとムサイを総出で見送った。
十五歳の少女は皆の思いを受けとめて笑顔で出発した。

「マーヤ、出発からすいぶんと進んだ。ここで少し休憩を取ろう。」
「じぃじ、マリクって人はいったいどんな人だろうね。」
「会ってみないとわからないの。」
快晴の空を見上げるマーヤとムサイの旅が始まった。

 聖地エレム近郊の牢獄施設。
薄暗い鉄格子の部屋に収監されていた一人の男が出所した。
彼の名前はマリク三十七歳。
マリクは考古学者である。
彼はエレムのとある大聖堂の立ち入り禁止区域に入り不法侵入の罪で逮捕された。
 このマリクという人物は導く者としてこれより選ばれし者を導くのだが、当の本人に導く者としての自覚はない。
誰かに使命を受けたわけでもなく特別な家柄でもない。
しかし彼が探し求めている物が選ばれし者へ導くこととなる。
 マリクは幼い頃から神話や聖書を好み本ばかり読んでいた。
次第に歴史書を読むようになり引き篭もりがちな少年だった。
マリクの両親は外に出ない彼を見て、人付き合いが出来なくなるのではないかと心配をしていた。
しかし両親の心配をよそにマリクは社交的で明るく活発な青年となった。
十八歳を過ぎると幼い頃から探したいと思っていた遺跡を求めて聖地エレムを訪れる。
その遺跡とは摩訶不思議な長方形の箱であった。
考古学者の間でよく話題となる古代文字が書かれた石板があった。
その石板に摩訶不思議な長方形の箱があり、その中身を見た者はいまだ誰もいないとされている。
マリクは子どもながらその長方形の箱の中身に興味を抱き、いつかその箱を見つけたいとロマンを抱いた。
それから大学へ進学し考古学の道へ進み更なる探求に没頭した。
二十二歳の時、とある老人とエレムで出会い、数日間その老人と長方形の箱について語り合う。
そこでマリクは探し求めているものは必ずあると悟り、さらに探索に没頭する。
二十五歳の時に考古学者のパートナーであったサリーと結婚し、二人の子どもに恵まれた。
その後も彼は遺跡の発掘に没頭し続けた。
三十五歳を過ぎると聖地エレムで研究をするため、家族の理解を得て別居となる。
 それから一年が過ぎた。
彼が研究の成果を論文にまとめている時に、それまで書いていた内容とは全く異なることを無意識のうちにノートに書き記した。
「聖地エレムの大聖堂の地下に何かが埋まっている・・・。」
なんの根拠もないが彼は必ず何かが出てくると思った。
それからマリクは発掘作業をするために大聖堂の発掘許可の申請をした。
しかし根拠もなく申請が下りることはなかった。
マリクは何度も申請をしたが許可が下りることはなかった。
そしてマリクは強行手段に出た結果逮捕された。
 釈放されたマリクは帰郷した。
家族と感動の再会を喜び合い、しばし平穏な日々を過ごした。
しばらくたったある日、マリクはサリーに相談を持ちかけた。
それは聖地エレムの大聖堂の事だった。
「あなたはまだあきらめていなかったの。」
「なぜだかあきらめてはいけないような気がするのだ。」
「どうしてその場所にこだわるの?」
「わからない。でもあの場所の地下に何かあると思う。それがとても重要なことである気がするのだ。」
「どうしたのかしらね。昔から研究熱心なあなたが根拠もないのにそこまで重大に考えるなんて。」
サリーはマリクが牢獄で監禁されて、疲れが溜まっているのだと思った。
しかしマリクの事をよく知るサリーはそうまでして気にする彼をむげにはできなかった。
「私も考古学者の一人としてあなたをサポートするわ。」
「ありがとうサリー。」
マリクは大聖堂の周辺にある枯れた井戸から穴を掘り進めて、大聖堂の地下を目指すことを決めた。
しおりを挟む

処理中です...