上 下
21 / 33
第三章  導く者選ばれし者

六話  戦場

しおりを挟む
 デルーの町に到着したアリシャは町の異変に気がついた。
「戦が始まる・・・。」
町には正規軍がたむろしていた。
この国ではアリシャは有名であるため、全身を覆い隠し目立たないように目的の地へ向かう。

 この国で起きている紛争は数年前に起きた大反乱の影響で、今も各地で小さな紛争が起きていた。
悪政に苦しむ民衆と権力を奪われた小国の王族や、軍に不満を持つ傭兵たちが起こした反乱だった。
 アリシャは反乱軍に加わり戦場で数多くの同胞の死や宗教間での意見の相違による味方同士の内輪揉め、敵軍の謀略による仲間の裏切り、戦争によって被害を受けた民衆の悲痛の叫び声などを経験した。
その中で彼女は一心不乱に戦い続けた。
その強さゆえに味方が増え、強さゆえに敵からめの仇とされ、さらなる奮戦をして多くの敵を討ち倒す。という終わらない戦いを繰り返した。
戦場を転々とする中である日、自分の故郷に辿り着く。
彼女は故郷奪還のために城を攻め込んだ。
戦う相手は政府に降伏をした元同胞であった。
城を奪還した後の戦場を見てアリシャは自分のした事は本当に正しかったのかと自問自答した。
自分の故郷を戦火に巻き込み、多くの同胞たちを殺し、その家族をさらなる悲しみに突き落とした。
戦うためにさらに食糧を徴収した。
周りの仲間たちに異論を唱える者は誰一人としていなかったが、そんな中でアリシャはいつしかあることを思い始めた。
「私が戦い続けることで多くの人が命を失っているのではないか。」
アリシャが戦場に出始めたり頃というのは反乱は鎮圧に向かっていた。
そんな時にアリシャが登場し、一時的に反乱軍は勢いを取り戻した。
しかしそれはアリシャがいる戦場だけで、各地では敗戦が続いていた。
仲間は次第にアリシャの元へ集まり、討伐軍もまたアリシャの元へ集中した。
弱いところから徐々にやられていく中でアリシャたちは戦場を転々とした。
それから士気が上がらない中で敵の謀略にはまり、謀反人を出して敵に奇襲を受ける。
退路に伏兵を置かれて必要以上に追撃をされて隊はずたずたに分断された。
アリシャに多額の賞金がかかり、賞金稼ぎがイナゴの大群のように昼夜を問わず襲ってきた。
逃げ込んだ町でも指名手配となり、仲間たちは散り散りとなって身を隠した。
そうしてアリシャは落ち延びた末、エロ仙人の元へ辿り着いた。


 デルー西郊外の荒野で反乱軍と政府軍が対峙していた。
「あいつらは・・・。」
アリシャと共に戦った同胞の残党が政府軍に戦をしかけた。
明らかに数の違いは見て分かった。
同胞たちは何かを心に決めた様子に見えた。
そして彼らは政府軍へ突撃を開始した。
アリシャには彼らの気持ちが痛いほどわかった。
「追い詰められても誇りと意地をかけて最後まで戦いぬこうとしている。」
アリシャの胸の内が張り裂けそうになる。
「私も同胞とともに最後まで戦いたい。」
アリシャはエロ仙人から受けた使命を忘れて彼らを追った。
しかし時すでに遅く政府軍の最新鋭の機関銃と大砲の前に彼らは一方的に撃ちのめされた。
「あぁ・・・みんな死んでいく。」
アリシャの目に涙が浮かぶ。
「私だけを置いていかないでくれ。」
アリシャが追いつく頃には彼らは全滅した。
同胞の最後まで戦う強い意志がアリシャの気持ちを激情させた。
彼らの無念がアリシャの怒りを爆発させた。
「同胞の仇・・・。」
全身を覆い隠していた衣服を脱ぎさり、黒士念棒を強く握りしめて敵陣へ突進した。
政府軍はアリシャの出現に騒然とした。
「赤い龍の牙が現れた!」
勝利を確信していた政府軍は一変して兵士たちの間に戦慄が走った。
政府軍はすぐさま戦闘態勢をとり直す。
近代兵器が目前に立ち並ぶ中へアリシャは単身で突撃する。
大砲の射程距離より長く伸びた黒士念棒が横殴りに勢いよく叩きこまれた。
その勢いは鋼鉄より硬い黒士念棒を大きくしならせる程であった。
その攻撃は一撃で隊列の前面を薙ぎ払った。
政府軍の指揮官が大声を張り上げる。
「この戦が最後だ。先程までの戦勝気分をなくせ。全力で倒すぞ。」
兵士たちは一斉に鼓舞した。
 正規軍は幾度となくアリシャの強さを経験した。
そんな彼らは本国から誹謗中傷を受けていた。
アリシャを知らない軍人たちは女が率いる一隊に手をやいていることに彼らをあざけ笑った。
それを聞いた彼らは悔しさを覚えた。
しかしあまりにも強いアリシャの戦闘能力と政府軍打倒に向けた闘争心が彼らの見方を変えさせた。
アリシャの事を知らない奴には好き勝手言わせておけば良いと思うようになり、自らを鼓舞し練度を高め、軍人の誇りをかけて戦うことにした。
そんな彼らはいつしかアリシャの事を「赤い龍の牙」と呼び、軍人としてこの上ない好敵手とみなして彼女の強さを称賛した。
 素早く隊列を組み直した兵士たちは次の攻撃に移ろうとした。
そんな彼らを見逃さないアリシャは彼らの動きに合わせる。
アリシャは自らの身を回転させて黒士念棒を振り抜く。
兵士たちは猛攻をしかけるアリシャの攻撃に必死で抗戦した。

 アリシャによって激戦地となった戦場を山岳地帯の岩陰から身を隠しながら覗くように見ていた者たちがいた。
マリクたちであった。
マリクたち三人は反乱軍が突撃をしかけるところから戦場を見ていた。
「ムサイさんどうやら戦が起きているようです。」
「そのようだの。」
「こちらに被害が及ぶ前に早くここから立ち去りましょう。」
「うむ。」
マーヤは戦場を見て孤児たちの事を思い返していた。
各々に戦う理由があることは理解しているマーヤであったが、戦争で命を失う兵士たちと残された家族の事を思うと胸が痛かった。
戦況が一方的になると胸の痛みがマーヤの心を深くえぐった。
「あぁ・・・もうやめて、もうやめて。」
大粒の涙をこぼすマーヤを見てムサイとマリクも辛かった。
目を覆いたくなる惨状の中銃声が止んだ。
全滅した反乱軍を見てマーヤは泣き崩れた。
ムサイはマーヤをそっと抱き、悲しみを和らげようとした。
内心怒りを覚えるムサイであったが耐えるしかなかった。
そんな時である。
静まり返った戦場にアリシャの姿が現れた。
そしてアリシャが黒士念棒を伸ばすとマリクが反応した。
「黒い棒!!」
夢の中で見た黒い棒を背負った女。
マーヤとムサイが顔を上げてアリシャに視線を向けた。
マーヤにはアリシャの行動の意図がすぐにわかった。
ここでムサイが立ち上がり変身した。
「二人はここで待っていなさい。」
マリクはムサイの変貌ぶりに唖然とした。
 政府軍とアリシャが激戦を繰り広げる中へムサイが突如割って入った。
ムサイが戦場に入ると渾身の一撃を地面に叩き込む。
その衝撃で大地に亀裂が走り大きなクレーターができた。
その光景を目にした全員の動きが止まる。
ムサイがアリシャの前に立ちはだかる。













しおりを挟む

処理中です...