そよ風のひとりごと

芋枝 紅音

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 「やーまーよー うーみーよぉー ぼくーのーとーーーもーーだーぁーちーにーなってー」




 雨が降った。空はまだ灰色に汚れている。  

土の匂いがアリアをやさしく包み込む。桜のつぼみが頬にそっとふれた。こぼれ落ちる水滴が冷たさだけをつたえてくれた。
 
 アリアは広すぎるほどの大空にむかって大きく息を吸った。






 「みぃーかぁー!」
トントントントントン 

母さんが走ってくる。でかい声をいっぱいに響かせて。
 
「ごはんだよ!」

にこーと笑うその顔にきしゃなショートヘアーが似合っていた。
 「先食べちゃうぞ~」


 「今いくー」
 嬉しそうなその笑みに適当な返事をして私は靴を脱ぎ捨てた。


 3月31日は私の15回目の誕生日だった。
 テーブルいっぱいにおかれた料理は全て、母さんの大好きな魚料理だった。母さんは自分が美味しいと想うものはみんなも美味しいと想う!という思考の人だ。
 美しく盛られた魚の目が私を冷たく見つめていた。

 「どうしたの?はやくたべよーよー!」
 魚料理を目の前に待ちきれない様子の母さんは子どものように左右に揺れていた。 
 
「いただきます。」

 本当は肉が食べたかった。その気持ちを水と一緒に飲みほし箸を手に取る。

 目をみないで焼き魚を口へ運ぶ。甘さと苦さの切ない味。憎めない。そして、尚且ご飯が進む。あちゃあ...こりゃまた太る。

 ドダドタドダ ガチャ
弟が部屋へ入ってきた。

「咲弥!今日は魚フィーバァーよー!さかなさかなさかなー!さかなーをたべよーうー♪」

母さん、今日はほんとにご機嫌だ。

母さんの笑顔とは真逆に弟の口がへのじに曲がったのを私ははっきり見た。
 
 あ、

 「えー、今日魚かよー。うどんがよかったぁぁ。」


バァチャ

母さんの箸が小さくなり地面に転がった。

 大噴火するまであと一秒もいらないだろう。

弟の方へ歩いていく母に気づかれないようにそっと部屋を出た。

 物の飛び散る廊下を踏み分けそっとドアをあけた。
 
 開くとそこは静かで、暗く。少し肌寒かった。


 雨は今さっき止んだようだ。それでも庭のはげた桜の木には水滴がたくさんとまっていた。

 今年の冬はとても寒かった。雪はあちこちで降り注ぎ受験の日は大雪で後日、雪の被害で受験に落ちたというアホな受験生がテレビのなかで叫んでいた。

 私も受験生だった。普通の私立高校と公立高校を受け、公立高校に合格した。選んだ理由は校舎がきれいなことと自然が豊かでおちつくことだった。

 それだけの理由で片道一時間の高校を選んだとき電車代に母さんはものすごくきれて私の誕生日とクリスマスのプレゼントは小さな定期に変身した

 担任の先生も最終的にはあきれてしまい私に一つ条件を出した。それはその高校に通うべき目的を見つけろ、だ。

 中学時代。部活は陸上部。生徒会も勤めるという超多忙な毎日だった。しかし私の行く高校は最近共学になったため陸上部の女子はなく。生徒会も男子しかいなかった。

 そんな高校に春から3年間かよいつづける。この際だからはっきり言ってもいいだろうか?

「...つまんない」

 自分で選んだのにこんなことは言えない。しかしどこにいってもこの気持ちは変わらないと思う。

 通う目的なんてよくわからない。なぜ私はあんなに必死になって受験勉強したのだろうか?
 私はいったいなにがしたいのだろうか?

水溜まりに呟いた。
そこにいるもう一人の自分はただ黙って私を見つめていた。

ザァァァァァァァァァ


風がなびく。土の香りをたっぷりと含んだみずみずしい風が。水面に波をたたせる。
その風が私の髪に触れたときだった。


「やあ!」


え、

なんかきこえ、た?

とうとう狂ったらしい。さぁ大噴火中の我が家に戻ろう。現実をしっかり見よう!

 「ねーねー!!まってったらー!」

あ、がぢだよ、これ。

ゆーっくりとあたりを見渡す。やはり誰も人はいない。

私がおかしいのだろう。間違いない。半信半疑で口を開く。

「あの、これって私の心の声なの?もう一人の自分的なやつ?」


 返事はない。


 このとき、この声への好奇心を私は押さえきれなかった。

 怖いのに、めんどくさいのに、平穏な日常とは違う刺激を求め私はおそるおそるつづけた。


「私ね、一人の静かな時間が欲しいの、分かる?聞いてるなら返事くらいして。もう一人の私ってそんなに常識ない人間なわけ?」



「プッ」

 な、吹いているのか?


「あははははははは!うけるーぅ!」


笑ってやがる。あれ? 以外に低くてきれいな声だ。これ、

 わたしの声じゃない。

もう一人の自分なんかじゃない。絶対に。これ他人の声だ。 間違いない。



 「だれ?」

トクン トクン
 
心臓が素早く波打つ。

つまらなすぎる私の毎日。
何かが変わる気がして、足でほんの少しだけ地面を踏み鳴らした。



「こんばんは!伊勢野美花ちゃん!」



このあと訪れる荒波の激しさすら知らずに。
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