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29.夏休み 街(Ⅴ)
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長いスカートでもつれそうになる足を必死に動かし、前を走っていた藍髪の男を捜す。さすが足の速いハワードだ。いや、自分が遅すぎるのだろうか、最初こそそこまで離れていなかった距離が、十数秒で姿も見えなくなるほど開かれてしまった。
(もう、いったいどこに行っちゃったのかしら?)
あたりをきょろきょろ見回すが、目当ての人物は見つからない。早々に息切れを起こした身体をなんとか奮い立たせて、再び走り出そうとした時だった。
「あれ、クラリス様?なんでこんなところに?」
振り返れば、おそらく郵便局から広場に戻る途中だったのだろう、カーティスが立っていた。
「カーティス様、丁度良いところに!あの、ここに来るまでにアンジェ様かハワードを見かけなかった?」
「アンジェ?…君と一緒に広場にいたんじゃないのかい?それに、ハワードって、あの学年委員長のハワード=スタンフォードのことかな?」
「ええ、その通り、委員長のハワードよ。…アンジェ様は、ちょっと色々あってどこかに行ってしまったの。ハワードは彼女を捜しているところ。そして私は今その二人を捜していますの。」
「ええ!!そりゃあまたいったい何が……」
「詳しい話は後でしますわ!とりあえず今は私と一緒に二人を捜してくださいまし!」
「あ、ああ…!」
クラリスの必死の形相から、只事ではないと察知したらしい。カーティスはそれ以上何も聞かないでくれた。
「じゃあ僕はこっちの大通りを捜すから、クラリス様はそっちの小道の方をお願い。」
「ええ、任せてくださいまし……ふぎゃっ!!」
指示された道の方に向き直った途端、ついにスカートに足がもつれ盛大に転んでしまった。
「だ、大丈夫かい!?」
「ええ、あまり走り慣れてないので少しへまをしましたが、何のこれしき……!!」
そう言うとクラリスは体制を立て直し、全速力で走り始めた。……のだが、
(お、遅い……クラリス様、足おっそ……!!!!)
心配そうに様子を見ていたカーティスは、クラリスのあまりの鈍足さに仰天する。そういえば、彼女が頭がいいのは知っていたが、カミラのように武道や運動で話題に上ったのは聞いたことがない。年中本を読んでいるから、よくよく考えれば運動神経が悪くてもおかしくないのかもしれないが、いかんせん白ウサギのような見た目をしているので、なんだか少し惜しい気がしてしまう。とはいえ本人は必至で走っているわけだし、おそらくここでばったり会うまでもずっと走り通しだったのだろう。カーティスは持ち前のフェミニスト気質がうずき、どうしても彼女を一人で行かせることができなかった。
「クラリス様、待って。やっぱり俺も一緒に行くよ。」
「え、でも二手に別れた方が効率が……」
「大通りに来たなら、おそらくそのまま広場に戻る可能性が高い。そうすれば、やがて帰ってくるパティやカミラ様と合流するだろう。」
「でも…」
「……君、運動苦手だろう?正直、そんなに苦しそうに走るレディを一人で行かせるなんて心苦しいんだ。万一途中で倒れたりしてみろ、俺のポリシーが一生俺を許さないぜ?」
そういうとカーティスはきざな笑顔をこちらに向ける。クラリスは苦笑しつつも、彼の心遣いに感謝してた。
「ふふっ。では、お言葉に甘えて。頼りにしてましてよ?騎士様。」
悪戯っぽい笑みを返せば、どうやら意外だったらしい。カーティスは目を丸くした後、困ったように頭を掻いた。
「君ってなんだか、読めないねえ。」
路地を抜け、裏の小道を抜け、どんどん人気のない方に進んでいった。道を選んだのは全てカーティスだ。
「基本、人は一人になりたいとき、静かな場所を選ぶだろう?…それに、ああ見えてアンジェは一人の時は閑散とした場所を好む。…そうだなあ、この街なら河沿いなんてうってつけだよね?」
どうやらカーティスは予想以上に頭の回転が速いらしい。とっさの判断でここまで導き出せるのだからたいしたものだ。彼の推理の元、河沿いの小道を進んでいくとやがて遠くの橋にアンジェの姿が見えた。きらびやかな服のおかげで遠目からでもすぐに判別できた。
(カーティス様、当たりね!…こういう時、派手な服装の人は分かりやすくていいですわね。)
どんどん近づいていくと、彼女のそばにハワードもいることが分かった。何やらまた言い争いをしているらしい。
「クラリス様、ちょっとここで様子を見ようか。何となく雲行きが怪しいし、下手に刺激しない方がいいと思う。とりあえず、こっちに…」
カーティスの提案どおり、すぐ傍の路地裏に身を潜める。橋からは少し遠いが、人が全くいないおかげで耳を澄ませば何とか二人の声が聞き取れた。
「……………同情とかいう御託はいいから、もう放っておいてよ!!」
「…………なるほどね。君が落ちこぼれと呼ばれる所以が分かったよ。」
次の瞬間、ぱんっと乾いた音が虚空に響いた。
クラリス達は思わず息を呑む。数秒のあいだ思考停止した後、とても小さな、それでいて興奮を抑えられない声で騒ぎ立て始めた。
「ちょ、ちょちょ…ちょちょちょっ!?クラリス様、今の見た!?え、え、何、あれ??」
「ちょちょ、ちょっとちょっと、カーティス様ったら、貴方、女性慣れしてるんじゃなくて!?あれはもう、あれよ、あれ!!よくある、男女のもつれ??修羅場??ってやつよ!!ま、ままままさかハワード、実はアンジェ様のことが好きだったっていうの……!?そんな馬鹿な…」
「いや、それはないでしょ!?え?無いよね?な、無いよ!……無いって言って!!」
「ちょっと貴方、いくらアンジェ様絡みだからって狼狽えすぎよ!……それにしても、今までヒロインのフローラ様ばかりに気を取られていてけれど、まさかこんな展開ってアリ!?……いやでも、真面目なハワードが不真面目なアンジェ様を注意しているうちに気がついたら…みたいな?ええ、嘘……ヒロインならぬ他ルートのライバル令嬢がライバルって、もはやどうなってるのよ!?いや、そもそも私自身がルート予想を盛大に間違えたとか!?ハワードルートのライバル令嬢は、もしかしてアンジェ様!?そんな、乙ゲ制作課のマネージャーともあろうこの私が、そんな大幅な読み間違いすることなんてある!!??もしそうだったら、正直そっちの方がショック……」
「なんで今フローラ様!?てかルート予想?ライバル令嬢?いったい何の話をしてるんですかクラリス様!?」
「何でもない、こちらの話ですわ!!!!」
部外者のから騒ぎなど知る由もなく、アンジェはハワードを憎々しげに睨みつけた。その目元は少し潤み、夏空に照らされ、水面のように乱反射している。
「貴方なんか……大っ嫌い…っっ!!」
震える声でそう叫ぶと、アンジェはそのままくるりと向きを変え、足早にその場を去ろうとした。
「僕は来期から生徒会に入る。生徒会は学校設備の管理も担っているから、おそらく音楽室の貸し出しも融通を利かせられるようになるだろう。……もし、必要になったらまた来てくれ。」
ハワードが大きな声でアンジェの背に言葉を投げた。はたかれた左頬が赤く腫れて痛そうだ。しっかり聞こえているだろうに、アンジェはハワードの言葉に無視を決めこんだまま路地の向こうへと消えてしまった。
「アンジェっ!!」
カーティスが勢いよくその場を飛び出す。ぎょっとするハワードに構わず、そのままアンジェの去った方へと走っていった。仕方なくクラリスも橋の前へと姿を現す。
長いスカートでもつれそうになる足を必死に動かし、前を走っていた藍髪の男を捜す。さすが足の速いハワードだ。いや、自分が遅すぎるのだろうか、最初こそそこまで離れていなかった距離が、十数秒で姿も見えなくなるほど開かれてしまった。
(もう、いったいどこに行っちゃったのかしら?)
あたりをきょろきょろ見回すが、目当ての人物は見つからない。早々に息切れを起こした身体をなんとか奮い立たせて、再び走り出そうとした時だった。
「あれ、クラリス様?なんでこんなところに?」
振り返れば、おそらく郵便局から広場に戻る途中だったのだろう、カーティスが立っていた。
「カーティス様、丁度良いところに!あの、ここに来るまでにアンジェ様かハワードを見かけなかった?」
「アンジェ?…君と一緒に広場にいたんじゃないのかい?それに、ハワードって、あの学年委員長のハワード=スタンフォードのことかな?」
「ええ、その通り、委員長のハワードよ。…アンジェ様は、ちょっと色々あってどこかに行ってしまったの。ハワードは彼女を捜しているところ。そして私は今その二人を捜していますの。」
「ええ!!そりゃあまたいったい何が……」
「詳しい話は後でしますわ!とりあえず今は私と一緒に二人を捜してくださいまし!」
「あ、ああ…!」
クラリスの必死の形相から、只事ではないと察知したらしい。カーティスはそれ以上何も聞かないでくれた。
「じゃあ僕はこっちの大通りを捜すから、クラリス様はそっちの小道の方をお願い。」
「ええ、任せてくださいまし……ふぎゃっ!!」
指示された道の方に向き直った途端、ついにスカートに足がもつれ盛大に転んでしまった。
「だ、大丈夫かい!?」
「ええ、あまり走り慣れてないので少しへまをしましたが、何のこれしき……!!」
そう言うとクラリスは体制を立て直し、全速力で走り始めた。……のだが、
(お、遅い……クラリス様、足おっそ……!!!!)
心配そうに様子を見ていたカーティスは、クラリスのあまりの鈍足さに仰天する。そういえば、彼女が頭がいいのは知っていたが、カミラのように武道や運動で話題に上ったのは聞いたことがない。年中本を読んでいるから、よくよく考えれば運動神経が悪くてもおかしくないのかもしれないが、いかんせん白ウサギのような見た目をしているので、なんだか少し惜しい気がしてしまう。とはいえ本人は必至で走っているわけだし、おそらくここでばったり会うまでもずっと走り通しだったのだろう。カーティスは持ち前のフェミニスト気質がうずき、どうしても彼女を一人で行かせることができなかった。
「クラリス様、待って。やっぱり俺も一緒に行くよ。」
「え、でも二手に別れた方が効率が……」
「大通りに来たなら、おそらくそのまま広場に戻る可能性が高い。そうすれば、やがて帰ってくるパティやカミラ様と合流するだろう。」
「でも…」
「……君、運動苦手だろう?正直、そんなに苦しそうに走るレディを一人で行かせるなんて心苦しいんだ。万一途中で倒れたりしてみろ、俺のポリシーが一生俺を許さないぜ?」
そういうとカーティスはきざな笑顔をこちらに向ける。クラリスは苦笑しつつも、彼の心遣いに感謝してた。
「ふふっ。では、お言葉に甘えて。頼りにしてましてよ?騎士様。」
悪戯っぽい笑みを返せば、どうやら意外だったらしい。カーティスは目を丸くした後、困ったように頭を掻いた。
「君ってなんだか、読めないねえ。」
路地を抜け、裏の小道を抜け、どんどん人気のない方に進んでいった。道を選んだのは全てカーティスだ。
「基本、人は一人になりたいとき、静かな場所を選ぶだろう?…それに、ああ見えてアンジェは一人の時は閑散とした場所を好む。…そうだなあ、この街なら河沿いなんてうってつけだよね?」
どうやらカーティスは予想以上に頭の回転が速いらしい。とっさの判断でここまで導き出せるのだからたいしたものだ。彼の推理の元、河沿いの小道を進んでいくとやがて遠くの橋にアンジェの姿が見えた。きらびやかな服のおかげで遠目からでもすぐに判別できた。
(カーティス様、当たりね!…こういう時、派手な服装の人は分かりやすくていいですわね。)
どんどん近づいていくと、彼女のそばにハワードもいることが分かった。何やらまた言い争いをしているらしい。
「クラリス様、ちょっとここで様子を見ようか。何となく雲行きが怪しいし、下手に刺激しない方がいいと思う。とりあえず、こっちに…」
カーティスの提案どおり、すぐ傍の路地裏に身を潜める。橋からは少し遠いが、人が全くいないおかげで耳を澄ませば何とか二人の声が聞き取れた。
「……………同情とかいう御託はいいから、もう放っておいてよ!!」
「…………なるほどね。君が落ちこぼれと呼ばれる所以が分かったよ。」
次の瞬間、ぱんっと乾いた音が虚空に響いた。
クラリス達は思わず息を呑む。数秒のあいだ思考停止した後、とても小さな、それでいて興奮を抑えられない声で騒ぎ立て始めた。
「ちょ、ちょちょ…ちょちょちょっ!?クラリス様、今の見た!?え、え、何、あれ??」
「ちょちょ、ちょっとちょっと、カーティス様ったら、貴方、女性慣れしてるんじゃなくて!?あれはもう、あれよ、あれ!!よくある、男女のもつれ??修羅場??ってやつよ!!ま、ままままさかハワード、実はアンジェ様のことが好きだったっていうの……!?そんな馬鹿な…」
「いや、それはないでしょ!?え?無いよね?な、無いよ!……無いって言って!!」
「ちょっと貴方、いくらアンジェ様絡みだからって狼狽えすぎよ!……それにしても、今までヒロインのフローラ様ばかりに気を取られていてけれど、まさかこんな展開ってアリ!?……いやでも、真面目なハワードが不真面目なアンジェ様を注意しているうちに気がついたら…みたいな?ええ、嘘……ヒロインならぬ他ルートのライバル令嬢がライバルって、もはやどうなってるのよ!?いや、そもそも私自身がルート予想を盛大に間違えたとか!?ハワードルートのライバル令嬢は、もしかしてアンジェ様!?そんな、乙ゲ制作課のマネージャーともあろうこの私が、そんな大幅な読み間違いすることなんてある!!??もしそうだったら、正直そっちの方がショック……」
「なんで今フローラ様!?てかルート予想?ライバル令嬢?いったい何の話をしてるんですかクラリス様!?」
「何でもない、こちらの話ですわ!!!!」
部外者のから騒ぎなど知る由もなく、アンジェはハワードを憎々しげに睨みつけた。その目元は少し潤み、夏空に照らされ、水面のように乱反射している。
「貴方なんか……大っ嫌い…っっ!!」
震える声でそう叫ぶと、アンジェはそのままくるりと向きを変え、足早にその場を去ろうとした。
「僕は来期から生徒会に入る。生徒会は学校設備の管理も担っているから、おそらく音楽室の貸し出しも融通を利かせられるようになるだろう。……もし、必要になったらまた来てくれ。」
ハワードが大きな声でアンジェの背に言葉を投げた。はたかれた左頬が赤く腫れて痛そうだ。しっかり聞こえているだろうに、アンジェはハワードの言葉に無視を決めこんだまま路地の向こうへと消えてしまった。
「アンジェっ!!」
カーティスが勢いよくその場を飛び出す。ぎょっとするハワードに構わず、そのままアンジェの去った方へと走っていった。仕方なくクラリスも橋の前へと姿を現す。
応援ありがとうございます!
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