ニンゲン

福島ばなな

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一日目

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「俺、今日も予知夢見たんだよね」
「また?」
「そう」
「まじか。今度はどんな?」
「聞いて驚くなよ? なんとついに、あんたに殺される夢、みちゃった!」
「……いや、それ、この前教室で言ってたやつじゃん。てか予知夢じゃなくてもはやただの夢だし」
「いや、予知夢だね。最近流行ってんじゃん?」
「流行ってるというか、なんというか。でもたしかに、自分のみた夢が予知夢かどうか知ることが出来たら、相当すごいよね。だってほぼ予言みたいなもんでしょ?」
「そうよ。すごいでしょー」
「そうだねー。んで、本当は?」
「いやなんでだよ。本当だって。アオイの部屋で、真っ二つよ? スパーンって」
「ふふっ」
「えっなんでこのタイミングで笑うん」
「いや、いつも通り絶好調でよかったなって」
「そんなこと言うなし。今回は結構マジなやつだったんだよ?」
「ふーん」
「信じてないなー」
「だってそれ、私の部屋に来なければ死なないってことじゃん」
「たしかに。天才」
「はい解決。アオイちゃんの名推理キタコレ」
「キタコレ」
「…………」
「……あのさ」
「んー?」
「俺を殺したくなるぐらい、アオイが怒り狂うのは、どんな時?」
「えっ、なんでそんなこと聞くん?」
「なんか、アオイがガチで怒ってんの見たことないから、ちょっと気になるなって」
「んーどんな時だろ、ちょっと考えさして」
「オーケー」
「…………よし」
「考えた?」
「うん」
「じゃあ教えて」
「えー」
「えーじゃなくて。誰にも言わんからさ。俺、見た目に反して意外と口硬いんだよ?」
「わかった、わかったよ。そこまで言うなら」
「よっしゃ」
「えっと、あんまり思いつかなかったんだけど、強いて言うなら、『自分ジブン』が『じぶん』でいられなくなった時、かな」
「ん、どゆこと?」
「まあ要は、みんなさ、偽りの自分を演じながら生活してるわけじゃん?」
「いや俺は常に素だけど」
「それはリョウがおかしいだけ。普通はそうなの」
「ほーん」
「んで、なんか、わかんないけど、リョウのせいで突然自分を偽れなくなったりしたら、私の私生活めちゃくちゃにしやがって、なんてことしてくれんだーってなるんじゃない?」
「……そっか。なるほどね。つまり、『異星人ジブン』が『アオイじぶん』でいられなくなった時、ってこと?」
「…………」
「どう、俺演技上手くなかった? さあ、俺の任務は、ここまでだぜ」
「はーあ」
「ねえねえ、無視すんなってー。せっかく決めゼリフまで言ったのにー」
「おいニンゲン。まず、無視すんなはこっちのセリフ。私フルシカトされまくりだったってこと?」
「だって、返事したらバレるやん? それに、『秘密警察きみら』の中に何人か『テレパシーこいつ』使えるやつがいるって予想してたし」
「何人か、ねー」
「『お前の弟俺らのボス』はあんたと違って優秀だからな」
「ちなみに言っとくと、使えるのは私一人だよ」
「……は?」
「あっ、通行人来た」
「えっ、それはマズ――」
「なーんてねっ」
「ゔっ……ごほっ」
「おやすみ」



「おつかれー」
「お疲れ様です。こんな時間まで何してたんすか?」
「こんな時間って言ったってまだ六時じゃ――」
「女子高生が一人で歩いて帰ってくること自体危ないんです!」
「私は別に襲われても――」
「危ないのは襲った側っすよ! 署長は思ってるより馬鹿力なんすから」
「褒めてる?」
「褒めてないっす!」
「ふふっ。そっかー」
「まったく。ってか、上層部が言ってましたよ。今日の討伐、まさか下校中にやるとは思わなかったって」
「だって、あのタイミングがベストだと思ったから」
「殺るだけならベストっすけど、事後処理が大変なんすよ?」
「たしかに。ちょー大変だった」
「ってかこの報告書の隅っこに、一般人にバレるリスクがない屋内で殺れ、って書いてありますね」
「あっ」
「……やっちゃいましたね」
「えー、やっぱ、上に報告しないとダメ?」
「当たり前じゃないっすか」
「まじか、めんどくさ……うわ、やっば! これ全部埋めるの?」
「もちろん」
「なんか、見てるこっちがどうかしちゃいそう」
「本来は署長の仕事だったんすけど、暇だったんで」
「あっそーなの? ありがとね。……よいしょ、っと、今日はコーヒー?」
「はい。豆から引いてますよ」
「へー」
「えっと、要はちゃんとしたヤツってことっす」
「ほえー。よくわかんないわー。そんなことより、今回の事件、もうそろ取り返しつかんくなる段階なんじゃない?」
「え、なんでっすか?」
「今日殺ったあいつ、任務完了って言ってた」
「……なんの任務だったんすかね」
「わかんない。多分、学校関係者全員に予知夢をみさせる、とかじゃない?」
「んーなるほど……」
「……えっこの椅子変えた?」
「変えときました」
「そうだよね! 肘掛けの色違うなーって」
「少し遅めの就任祝いっす」
「まあ、警察署長なんて、肩書きだけでしょ」
「何言ってるんすか。署長が一番活躍してるじゃないっすか」
「それは、相手が宇宙人だからでしょ? 地球人相手だったら君らの方が活躍できるよ」
「いや、でも、今日殺ったやつは人間だったじゃないっすか」
「んー、まあ」
「なんか、なんにもできないのはちょっと悔しいっす」
「いやいや、寧ろこっちが悔しいよ。何ヶ月か前のうちに何かしらの手を打っておけばよかったのに」
「それはしょうがなくないっすか? まさか、生徒になりすまして侵入してるなんて思いもよらなかったっすもん」
「でも、あのときちょっと攻めてれば、今の状況もどうにか防げたかもしれないじゃん?」
「たしかに。まあ、それは否定しないっす。だいぶ結果論っすけどね。ちなみになんすけど、もう、生徒全員が予知夢みてんのは確定なんすか?」
「んーだいたいの人は確定してるかな」
「何でしたっけ。予知夢発表会、でしたっけ」
「あー、昼休みにあったやつね。あれはあんまりあてになんなかったっぽいよ」
「え、でもそんだったら、どうやって予知夢をみたかみてないか判断してるんすか」
「私はあんまり詳しくないけど、脳波のデータみたいなのをこっそり取って、それを私の星に残ってる優秀な科学者たちに送ると、いろいろ分析してくれるらしい」
「らしい、って」
「詳しくはわからん」
「あ、そーなんすね。てっきりなんでも知ってるもんだと思ってました」
「ちょっと。私頭悪いんだから、あんま期待しないでよ」
「すいません」
「ふふっ。いいよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ねーねー」
「……はい」
「突然なんだけど、私のことについて、話してもいい?」
「署長のこと?」
「君らはさ、私がどういう生物か、気になんないの?」
「そりゃ気になるっすけど。いつもあんまり触れて欲しくないオーラ出してるじゃないっすか」
「えーそんなことないよー」
「今日に限って、なんか、珍しいっすね」
「なんかね。ずっとどのタイミングで言おうか迷ってたんだけど、今日あったこと考えてたら、もう、そういうフェーズになってきたのかなって」
「そういうフェーズ……」
「まあ、まだなんとも言えないけどね。はい、コーヒーおかわり」
「はい」
「まずはじめに、私と君らは生物としての差異がほとんど無い、ってことは知ってるよね?」
「そうっすね。署長がここに乗り込んできてすぐ、科警研かけいけんの人達が署長のことを検査しまくったって話題になってましたけど、性別、血圧、血糖値、その他もろもろ、ほとんど俺らと変わんなかったって」
「ふふっ。そんな話題になってたんだね」
「そりゃそうっすよ。そもそも、見た目普通の女子高生が宇宙人名乗りながら警察庁に乗り込んできた時点で、だーいぶ怪しかったっすよ」
「まあね。でも、君らは私が宇宙人だって疑わなかったよね?」
「そりゃあ、まあ……」
「例えば、この馬鹿力はどっから湧いてると思う?」
「どっから?」
「だって、君らと体の構造はほぼ一緒なんだよ?」
「あーたしかに。気にしたこと無かったっすね。魔法みたいなもんだと思ってました」
「魔法かー間違っちゃいないかもね。ヒントを出すと、魔法は魔法でも、誰でも魔法使いになれる魔法、かな」
「なんすかそれ」
「それに、君らの生活にめっちゃ身近な要素だよ」
「えー、身近な要素…………?」
「そろそろ降参かな?」
「……科学、っすか?」
「おっ、せいかーい」
「ずいぶん紛らわしい言い方しますね」
「だって、ただ単に言うだけじゃ面白くないかなって」
「どうでもいいっすよ、そんなこと。それより、本当に科学だけなんすか?」
「そうよー。私の生まれた星はこの星よりもずっと科学が進んでるだけで、それ以外はと何も変わんないんだよー」
「……そんな奇跡みたいなことあります?」
「それがあるんだなー」
「ちょっと規模感凄いっすね」
「んー……でも、やっぱ今、突然ぱっと言われても納得できてないっしょ?」
「まあ……」
「じゃあ、そうだなー……どんだけ科学の力がすげーか見してやろう」
「おっ、それはありがたいっす」
「そうね…………私、いくつだと思う?」
「うわ」
「ガチで予想立ててみよ」
「ちょっと失礼かもしれないっすけど」
「いーよいーよ、どーせ当たんないから」
「いや、今の話の流れからして、見た目通りの歳じゃないってのはわかるんすよ」
「どうだろうねー。ただ経験豊富なだけのクソガキかもよ」
「そんだったら、ただただやばい人間が俺らのこと仕切ってるってことになりますよね?」
「まあーそうだね」
「そうなったら、日本終了っす」
「ふふっ。たしかに。そんで、予想はいくつ?」
「……三十四、で」
「本気で言ってる?」
「じゃあ、四十二で」
「えっ本気で言ってる?」
「え、そんな見当違いなんすか?」
「全然。カスりもしてない」
「マジっすか? じゃあ、ちょっと分かんないっす」
「答えは、百、七十、七歳でーす」
「……マジで言って――」
「マジでーす。クソガキじゃなくて、クソババアでしたー」
「その言い方ムカつくんでやめてください」
「ふふっ。まあ、ともかく、最新医療をフル活用して体の成長スピードをめっちゃ遅くすると、寿命がめっちゃ伸びて私みたいになれるってわけ」
「なるほど。実質不老不死みたいな」
「無限じゃあないけどね」
「そりゃそうっすけど。え、他にもなんかないっすか?」
「ほか、ねー……」
「例えば」
「例えば、そうね、テレパシーが使えるよー」
「テレパシー」
「百聞は一見にしかず、って言うからね。とりあえず、よく聞いててね」
「はい」
「『テレパシー』」
「………………」
「……何してるの?」
「いや待ってるんすよ。テレパシーを」
「ふふっ、もうとっくに言い終わったよ」
「えっ、まじっすか? まったくわかんなかったっす」
「まあ、だろうね。これ逆に、聞き取れたらそれはそれで大問題だからね」
「そうなんすか?」
「だって、これの存在自体、私の星でも秘密裏に隠されてたからね。それを他の星の生物に渡したら、まあ、それはそれは、めちゃくちゃ怒られるだろうね」
「……それ、怒られる、で済みますか?」
「ううん。全然済まない」
「ですよね」
「まあ、君にはテレパシー使えること言っちゃったけど、あんまりよくわかってないでしょ?」
「はい。なんせ、聞き取れないんすから」
「じゃあ、セーフ」
「……なんか、意外とそういうとこ緩いんすね」
「まあね……んーほかあるかな」
「……あっ、そういえば。昨日言ってた、傾向のデータがなんとかかんとかってやつ。あれ、なんなんすか?」
「あーそれね。なんかよくわかんないけど、君らの行動は統計データにしてあって、それを元に最適な行動を取れるようにするような仕組みがあるんだー、って言ってた」
「言ってた」
「なんかよくわからん」
「たしかに、よくわかんないんすね」
「ただ、最初、私たちがここに着いたばっかの時は、もちろん君らのデータとかなかった――」
「ちょっと、ちょっと待って下さい」
「ん?」
「え、私たち、って。他にも宇宙人いるんすか?」
「あれ、言ってなかったっけ。私、弟と一緒に乗ってきたんだよね」
「あ……そー、だったんすね」
「ってか、なんならあいつがこの事件起こすまで、一緒に生活してたしね」
「え」
「いや、でも、ちょっと聞いてほしい。そんときはまだ、ここの生活に慣れてなかったから、普通に生活してただけで、あいつは別に何も悪いこと企んでなかったんだよ? それなのに、あいつ、急にいなくなって、んで、気づいたら大犯罪の主犯格になってて、なんか、もう、ふつーに意味わからんくね?」
「……いなくなる前日、なんかで揉めたりしました?」
「そういうのがないから、よけー意味分かんないんよねー」
「なんか、癪に障ることがあったんじゃないっすか?」
「どうなんだろうね。あいつ、私と違って頭いいからさ」
「そんなにっすか?」
「……私が今当たり前のように喋っていられるのも、多分、あいつのおかげだったりするんだと思う」
「……へ?」
「あいつはここに着いてまず、私を宇宙船に置いたまま一人で周りを探索しに行ったんよ」
「はい」
「そんで、眠くなってちょっと昼寝してたら、なんでかわかんないけど病院のベッドの上にいて」
「え」
「そんときにはもう地球人として普通に生活できるようになってたから、多分あいつがなんかやったんだと思う」
「いや、全然意味分かんないっす」
「正直、私もなんでか分かってないんよねー。でも、言葉も通じたし、君らのことどういう生物かも知ってたから……」
「なんとなく、弟さんが天才ってのは伝わりました」
「…………」
「……ん?」
「…………」
「どうしたんすか、急に黙って」
「……あーごめん。えーっと、その、ほかの能力は、なんかないかなーって」
「まだあるんすか?」
「んー、やっぱ無い、かも」
「いや、そんだけ考えたのに、無いんすか?」
「うん……」
「…………」
「…………」
「……それにしても、今回の事件、結局何人不登校になったんですっけ?」
「何人だっけ。確か、四十三人じゃなかった?」
「え、珍しく覚えてる」
「そんな驚くなよ。失礼なやつ!」
「すいません」
「まあいいけど。学校の先生が毎日毎日騒ぎ立てるから覚えちゃっただけ」
「なるほど。たしかに、先生方が一番大変ですよね」
「…………」
「署長?」
「…………」
「大丈夫っすか署長? なんか顔色悪いっすよ?」
「……ごめん。ちょっと、今日はもう帰ってくんない?」
「わっ、かりました。えっと、じゃあ」
「あっ荷物はそのままでいいよ」
「あ、了解です」
「急にごめんね」
「いえいえ」
「じゃあ、また明日」
「はい。じゃあ、失礼します」
「はーい…………はーあ」
「『帰った?』」
「帰ったよ。ねえ、さっきのってほんと?」
「『ほんとに決まってるでしょ? 今まで嘘ついたことあった?』」
「無い」
「『でしょ?』
「無いけど、でも――」
「『ってか、姉ちゃん顔に出すぎ。助手のコ、めっちゃ心配してたよ?』」
「うるさい。ってか、どこにいんの? このままじゃ私、独り言言ってるやべーやつだから」
「たしかに、それはやべーやつだね」
「ぬるっと床から出てこないで」
「便利でしょ、ホログラム」
「はいはい。んで、何しに来たの?」
「冷たいなー久しぶりの再会なのに」
「こっちは疲れてるの」
「ちょっとお話しに――」
「じゃあ帰って。もう寝る時間」
「俺のことどんだけ追い返したいんだよ!」
「冗談だって。そんで、話は?」
「えっと、姉ちゃんって今、『故郷あっち』の通信局から送られてくるマニュアルに沿って行動してんだろ?」
「なんでそれ知ってんの?」
「知ってるの、って言われても、姉ちゃん頭悪いから、自分で考えて行動なんて出来ないだろうなって」
「……ルイに頭悪いって言われてもなー」
「納得できないって?」
「ちょっとね。まだ受け入れられてないかも」
「そっか……まあ、そんなことはどうでもよくて、話ってのは、俺がこれから『日本この国』を混乱させるから、さっき言った通り、通信局が役立たなくなるよ、ってだけ」
「……え?」
「よくわかってないでしょ」
「ん」
「じゃあ、そうね……三回だけ、質問していいよ」
「三回?」
「そう三回」
「少なくない?」
「忙しいのにわざわざ来てやったんだから、文句言わないで」
「はーい。じゃあ、一つ目。マニュアル使えなくなるのはなんで?」
「マニュアルねー。あれはあくまで、ニンゲンの表面的な行動をまとめて、それに合った行動をいい感じに出すだけだから、これまでのデータが役に立たなくなるほど環境を変えられちゃうと、もっかいニンゲンたちの新たな行動データを取得しないといけなくなるんだよね」
「んー、なるほど?」
「ただ、マニュアルがなくてもアオイ自身が得た言語能力とか身体能力はそのままだけど、さすがに学校で今までどおりの『アオイ姉ちゃん』を演じるのは難しいんじゃないかな」
「え、なんで?」
「だって、言ってしまえば、今まで高性能な半自動ロボットとして指示もらいながら生活してたのに、突然その指示を丸投げにされちゃったら、姉ちゃんパニックになるでしょ?」
「んーよくわかんないけど、ルイがそこまで言うなら、なんか、やばいのかも」
「納得した?」
「んーまあ、ちょっとだけ」
「ちょっとだけかい。……んーと、実際、さっきちょっと通信途絶えたとき、やばくなかった?」
「……うん」
「そういうことよ。姉ちゃんは特に、演技めっちゃ下手だから気をつけてね」
「んー、なんか癪だけど、わかった…………じゃあ、次の質問。混乱を起こすって言ってたけど、いつ、どうやってか教えて」
「それは後でテレビ局乗っ取って全国放送するから、テレビつけといて」
「りょーかい……」
「…………」
「…………」
「……どうした? 三つ目は?」
「……ちゃんと悪者だね」
「え、なにそれ。今さら?」
「なんで?」
「…………」
「なんでなの? 私の知ってるルイはもっと頭が良くて、かっこよくて、素直な子だった」
「褒めすぎ、でしょ」
「なのに、なんで――」
「それが最後の質問でいいの?」
「……うん」
「……姉ちゃにんは、もっと色んなものを『見てみて』欲しいな」
「見て欲しい、って、今もなにかしら見てるじゃん」
「……そう、だね。じゃあ、例えばさ、姉ちゃんは、今見えてる世界が『真実ほんと』だと思う?」
「『真実ほんと』?」
「そう。もちろん、今の姉ちゃんにとっては見えてるもの自体が『真実ほんと』だと思うんだ」
「まあ、そりゃあそうよ」
「でも、例えば、ニンゲンと他の地球上の生物とでは見えてる世界が違ったりするみたいに、『異星人おれら』と『地球人かれら』では見えてる世界が違うんじゃないか、って思わない?」
「いや、ぜんぜん。全く」
「まあ、そっか。姉ちゃんは思わないか。自分で考えなくても、マニュアルがあるから」
「そうよ?」
「……じゃあさ、さっき助手のコに、殺る直前の会話をなんで伝えなかったの?」
「それは、マニュアルがきて、伝えるなって」
「なんで?」
「それは……知らないよ。私はただ、通信局からくるマニュアル通りに――」
「マニュアル、使い物にならなくなるんだよ?」
「あっ……」
「通信局からの連絡も途絶えるんだよ? どうすんのこれから」
「……じゃあ、そんときはルイが助けてよ」
「俺に頼っちゃ、意味ないじゃん。姉ちゃん自身が色んなのを見て、学ばんと」
「見て、学ぶ……」
「……直接助けらんない代わりに、これから毎晩、この時間、日本時間十九時に、一つだけ質問に答えてあげる」
「質問?」
「そう。答えられる限りでは答えるよ。姉ちゃんこれからわかんないことだらけになるだろうから」
「……えー、でも毎晩はめんどくさいなー。それに――」
「は? めんどくさい、じゃねえんだよ。姉ちゃん、ほんとに何もわかってねーんだな」
「何キレてんの?」
「キレてねーわ」
「キレられる筋合い無いんだけど」
「だからキレてねーって」
「どう見てもキレてんじゃん」
「あーめんどくせーなーこのクソガキが」
「ガキじゃねえわ。ってか私のほうが歳上ですー」
「そういうことじゃねえよ。精神年齢の話してんだ」
「そんだったらケンカしてる時点であんたも同レベルだわ」
「じゃあ、やーめた。これから忙しいし」
「あ、にげたー」
「…………」
「まあ、結局姉ちゃんにはかなわないってことよ。諦めな」
「……姉ちゃん、さ」
「んーなに? 負け惜しみするつもり? いいけど、あんたの負けは決まって――」
「前に言った約束覚えてる?」
「約束? あー」
「あれ、絶対に守ってよ?」
「いや、あんたなんかに言われなくても――」
、だからね」
「……わかった」
「それじゃ」
「じゃーねー。わっ、消えた。ほんとにホログラムだったんだ」


 
「こんばんは、皆の衆」
「わ、びっくりした! テレビ勝手についたんだけど」
「日本中のテレビを少し乗っ取らせていただきました。五分だけ、時間をください」
「えっ、あいつってこんな真面目に喋れるんだ。初めて見たー」
「まずはじめに、最近SNSで話題の○○高校をご存知でしょうか。なんとも、予知夢、を使って未来予知をすることが出来る、と噂されていますが」
「え、○○高校って、私が通ってるとこじゃん」
「あの噂、本当です。なぜなら、予知夢をみせていたのは私なのですから」
「知ってるわ、何を今さら――」
「えー……多分今、○○高校の生徒のほとんどは困惑していることでしょう。無意識のうちに自分の夢が操作されていた訳ですから」
「あ、そっか」
「ふぅ。さて、実は今日、日本在住のニンゲン全員に、予知夢をみさせる手術を施し終わりました。まあ、手術と言っても、粉薬を飲ませるだけなので、皆さんが思ってるより小規模なものだと思われます。あ、もちろん今日一日で終わらせたわけではございません。日本中にいる私の仲間が少しづつ時間をかけて服用させていって、今日、やっと全国民に届き渡った、ということです」
「……は?」
「……私の知り合いは、みた夢が予知夢かどうかを知ることが出来れば、それは予言に等しいと言っていました。どういうことか、分かりますか?」
「私が、言ってたやつ……」
「皆さん、一度は経験したことがあるはずです。普通に生活していて、急に、この状況知ってるぞ、ってなるやつ。俗に言う、デジャヴってやつですね。あれは実は、夢の中で一度シュミレートしてあった予測がたまたま現実で起こってしまうことで、自分一人で勝手に既視感に陥っているだけなんですよね。そこで私は、○○高校の生徒を実験体として、夢という名のシュミレーションシステムを、より精巧な予測へとレベルアップさせていきました」
「んーギブ! もはや字幕ついててもわからんわ」
「んー、そろそろ大多数のニンゲンが話についてこれなくなってる頃だと思うので、簡潔に言いますね。要するに、寝るだけで未来予知が出来るかもしれない、ってことです。ただ、ある程度夢の解像度を上げて、起きたあとも覚えていられるようにしたのですが、それでも、みた夢を忘れてしまう場合もあるので、気をつけてください」
「……混乱って、これのことだったのか」
「以上で話は終わりです。それでは、おやすみなさいませ」
「…………」
「速報です。先程、何者かが日本のテレビ局全てを乗っ取り――」
「……やっぱ、あいつ、何考えてるかわかんないわ……」
「警視庁は、緊急対策本部を設置し、犯人の特定を――」
「…………」
「『アオイ?』」
「『はい』」
「『落ち着いて聞いて』」
「『はい』」
「『えっと、さっきも言った通り、これから、一時的にマニュアルを送れなくなる』」
「『……やっぱり、どうにかなりません?』」
「『うーんダメそう。多分一からデータ取りなおしだから……』」
「……『わかりました』」
「『頑張って』」
「『はい』」
「…………でも――」
「ハァ、ハァ、署長!」
「ちょっと、ドアは優しく開けてよ」
「すいません。ハァ」
「どうしたのそんな慌てて」
「テレビ観ました?」
「観たけど」
「なんでそんな冷静なんすか?」
「逆になんでそんな興奮してんの?」
「興奮しないわけないじゃないっすか! 未来予知っすよ?」
「いや、夢で未来を予言できるって言ったって、見る夢は操作できないじゃん」
「そうっすけど、ロマンあるじゃないっすか!」
「ロマン、ねー」
「そうっすよ」
「…………」
「俺結構前に宝くじ当たる夢みたんすよねー、あー今買いに行こうかなー」
「それより、なんか用があってここに来たんじゃないの?」
「あっそうでした。えっと、通報が殺到しすぎて、一一○番繋がらないらしいっす」
「……は?」
「なんか、昨日東京で大量殺人が起こる夢をみた、とか、家が爆発して家族が死ぬ夢をみた、とか、そんなんばっからしいっす」
「あーなるほど」
「まあ、気持ちはわからんでもないっすけど――」
「混乱って、このことか」
「混乱?」
「実はさ、さっきの放送の三十分前ぐらいまで、あいつこの部屋に居たんだよね」
「え!」
「ホログラムだったけど」
「あー。んでも、なんか話したんすよね?」
「あいつは、この国、日本を混乱させるって言ってた」
「混乱、っすか」
「そう。それに……」
「…………」
「やっぱなんでもない」
「え」
「とにかく、今日は遅いから、帰りな」
「は、はい……」
「じゃあ、おやすみ」
「……あ、あの」
「ん?」
「俺らって、これから、ど、どうなるんすか?」
「どうなるって?」
「だって、俺らって多分、この事態を防ぐことが目的だったんすよね?」
「んーまあね」
「じゃあ――」
「まあ、クビじゃないかなー」
「……え?」
「ただ、そんなすぐにはクビにできないと思うんだよねー。今本部はパニクってるだろうし、こんなちっこい部署の構ってる余裕ないから」
「そう、っすか……」
「じゃあ、とりあえずまた明日」
「……失礼、します」
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