コメント欄の向こう側

西野おぐ

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22. ただ、それだけで

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 夏月が初めて冬海とやり取りをした時、まさか彼が配信者だとは思っていなかった。

 たまたまリクエストに応えて作ったゲームの再現料理。
 その動画に、少しぶっきらぼうなコメントが一つ届いた。


『この角煮、俺の推しゲーのやつじゃん。普通にうまそう。』


 夏月の動画は、そのジャンル的に男性からのコメントはほとんどない。あっても「うまそう」とか短文ばかりだ。
 コメント欄の中で、その言葉は、夏月の目にはやけにぴかぴかと光って見えた。

 嬉しくて、嬉しすぎて、すぐにでも返信しようと思ったのに。
 打っては消し、打っては消しを繰り返して、気がつけば五回も下書きを作っていた。

 「うれしいです!」「ありがとうございます!」とテンション高く返すのは何か違う気がして、結局いつも通りの文面を送った。


『コメントありがとうございます。再現頑張ってみました~。おいしそうと言ってもらえて嬉しいです♫』


 味気ない定型文のように見えてしまって、少しだけ悔しかったのを覚えている。

 それから彼は、動画を投稿するたびにコメントをくれるようになった。
 再現料理だけでなく、普通の家庭料理の動画にも。
 多分、彼の生活には必要ないはずの離乳食の動画にまで。

 どのコメントも、やっぱりぶっきらぼうだった。
 それでも、やっぱり夏月には光って見えた。


 ある日、何の変哲もない動画で、見たことないほどのコメント数が出た。それはたった一つのコメントに対して、たくさんの返信がついていて。
 そのコメントを残したのはいつもの彼で。

 そこで、夏月は「高遠冬海」という彼の名前を検索してようやく知った。
 彼が、膨大なファンを抱える有名なゲーム実況者「高遠冬海」本人だということを。
 夏月の動画にコメントを残すとともに、夏月の料理動画を見て料理にチャレンジしたものの失敗した、と彼自身の配信で発言したらしい。

 ずっと画面の向こうにいたような、遠い世界の住人。
 その事実を前に、最初はうまく言葉が出なかった。
 あまりにも自分とは違う世界にいる人。
 ただの料理好きで、顔出しもしていない動画投稿者の自分なんて、そもそも相手にされるはずがないと思った。

 なのに、そんな彼が自分にコメントをくれていたという事実が、どうにも信じられなかった。


 けれど冬海は変わらなかった。
 ジャンルが違っても、どこか遠い存在でも、壁を感じさせない人だった。

 気さくで、少しおどけていて、でもふとした時にすごく優しい。きっと彼は、誰に対してもそういう人なんだろうと、最初は、そんなふうに思っていた。


『おはよう。今日は久しぶりに晴れたね。そろそろ梅雨も明けそうじゃない?』
『また明日。おやすみ』


 気づけば、朝には「おはよう」、夜には「おやすみ」と、毎日欠かさずLINEが届くようになっていた。

 最初はもちろん戸惑った。
 コラボ配信の連絡のために交換したはずのLINEだったのに、冬海みたいな人が、自分に毎日メッセージをくれるなんて、どうして、と。
 でも、今ではその通知を心待ちにしている自分がいる。

 朝、携帯を手に取ると、無意識に最初にLINEを開いている。彼の名前を探すのが癖になっていた。

 夜、「おやすみ」と送って、それに「おつかれー」と返ってくるだけで、ふっと肩の力が抜ける。
 返信がないと、そわそわする。
 既読がつかないだけで、理由もなくどきどきしてしまう。

 そんな自分に気づいて、「そんなつもりじゃ……」と思い直すけれど、もう止められなかった。


 お互いの部屋を行き来した。
 冬海とマリカをプレイした。
 彼の友達、エグやメグルとも少し話した。

 今まで知らなかった世界。経験したことのない時間。

 家の中でずっと料理ばかりしていた夏月にとって、それはまぶしくて、ちょっとだけこわくて、でもたしかに心を揺さぶるものだった。


(どうして、冬海くんはこんなに構ってくれるんだろう……?)

 理由はわからない。
 ただ、画面越しでも、言葉一つで心を動かせる人なのに。
 その彼が、自分にこんなにも時間を割いてくれている。
 それが不思議で、どこか信じられなかった。


 でもそれと同時に、怖くなることも増えた。
 冬海のファンの一部から届く、冷たいコメントだ。


【また出てるの?】
【売名でしょ】
【ごはん、飽きた】

 “なつごはん”じゃなく、ただの“ごはん”と呼ばれること。
 どこか無機質で、人間扱いされていないような気がして、季節はもう夏なのに背筋が寒くなる。



(もしかしたら、自分は彼のそばにいてはいけないんじゃない?)
(仲良くしてもらえることを、勘違いしてはいけないんじゃない?)

 そう思ってしまったことも、一度や二度ではない。
 だって、夏月は冬海の実況チャンネルの五分の一ほどしか登録者数がいない。
 登録者数で優劣が決まるわけじゃないのに。
 自分の動画を楽しみにしてくれている人たちが何よりも大切なのに。

 自分のせいで冬海のリスナーが減ったらどうしよう。
 どうしよう。
 どうしよう……

 無機質なコメントを読むたびに、傷口はどんどん大きくなっていく。
 傷口は冬海に優しくされるとすぐにふさがるくせに、何度も何度もかさぶたが剥がれ落ちてしまったせいか、血を流したまま固まらなくなってしまった。


 でも、八方塞がりでどこにも進めなくなってしまったぼくを引っ張りあげてくれたのも冬海くんだった。

 二人で一緒にごはんを作るだけで楽しい。
 二人で向かい合ってごはんを食べるだけで嬉しい。
 会いに来てくれた理由が「動画じゃない」だけで泣きたくなった。
 配信者だけじゃない自分を、見てくれている。



 まだ夜も明けきらないうちに、届いたDM。
 差出人はエグだった。


『冬海の昨夜の配信は見たか?』

 いいえ、と答えると、すぐに既読がついて『今すぐ見てくれ。終わり三十分でいい。』と返ってきた。

『あの配信ではぼかして話してたが、あれはなつくんのことだな。なつくんをずっと心配してた』
『あの日は俺もメグルも、君を守ってやれなくて悪かった』

 イヤホンを着ける。
 最新の配信アーカイブを再生する。
 エグの言った終わり三十分は、「リプレイ回数が最も多い部分」だった。


『俺が仲良くしてる人を悪く言うのはやめてください』


 耳に飛び込んできたのは、冬海の真剣な声だった。

 俺が仲良くしてる人――「あれはなつくんのことだな」と書いてあったエグのDMをすぐに思い出した。


 もしかしたら、自分は冬海のことを「好き」なのかもしれない。
 でも、その「好き」が、どんな意味の「好き」なのか、ずっと自分にはよくわからなかった。

 ――男の人だよ。
 ――配信者仲間だよ。
 ――友達だよ。

 優しくされたから、それで気になっているだけかもしれない。だけど——ひとつだけ、はっきりしていることがある。

 朝の「おはよう」を、毎日待っていること。
 夜の「おやすみ」で、心が安らぐこと。
 そして、そのたった二言が来るかどうかで、自分の一日が決まってしまうこと。

 それが恋なのかどうかなんて、今でもまだわからない。
 ただ、自分の中で冬海が——何よりも特別な存在になっていることだけは確かだった。

 それだけで、いいと思った。
 「一緒にいたい」と思ってしまう、その気持ちがすべてだった。
 名前を呼ばれるだけで嬉しくなる、この感情が何であれ、今はただ、ずっと、一緒にいたい。

 ただ、それだけで、今の自分は満たされている。
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