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1巻
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「セイって……薬草学が得意なのよね。確かセイルートのダイアナは……薬漬けにされて殺されるんだわ‼ うああああ!」
とにかく! 仲良く! そうよ! 兄妹になるなら、仲良しに!
「平和が一番よ‼ よぉおし! 気合よ‼ クールに華麗に私は乗り越えてやるわ!」
「……お嬢様……」
「あっ……」
またもやタイミングが悪く、変なところをクラウドに見られてしまう。彼に残念な目で見られた私は、しょんぼりしつつ朝のジョギングに向かったのだった。
そして、日曜日の朝。義理の兄となる人物がやってきた。
彼は青い髪色で中性的な顔立ちの少年だ。
あれ? こんな感じなのね。前世の私がチラッと見たセイは高校生バージョンだから、また違う印象だわ。ふふ、子供の頃ってみんな可愛いのね。クラウドが一番だけどね!
お父様が彼を紹介してくれる。
「一度会ったことはあるだろうが、セイ君だ。さあダイアナ、挨拶を」
「ダイアナですわ。よろしくお願いします」
行儀よく挨拶をした私に、セイは少し驚いていた。
「セイです。これからよろしくお願いします」
「ダイアナ、彼に屋敷を案内してあげてちょうだい」
「はいっ」
お母様に頼まれた私は、セイに案内してあげることにする。まずは我が屋敷自慢の庭園に誘った。
けれど、ピタッと急に立ち止まるセイ。どうしたのかしら?
「おい、デブっちょ。お前……何企んでる?」
「え? 企んでるって……」
あら、デブっちょ、って私のことね。
セイはプルプルと怒った赤い顔をしていた。
「お前……覚えてないのか? 一年前おれにしたことをっ」
え? 何? 私なんかしたの!?
私はクラウドをチラッと見る。すると彼は、少し困った顔をしながら説明してくれた。
「……セイ様の本を池に落とされたり……」
えっ‼
「……セイ様の分のおやつを食べたり……」
なんとっ!?
クラウドは少し考えて黙った後、「……とにかく……まあ、このくらいでよしとしましょうか」と締めくくる。
クラウド!? よくないわ! 省いていたけど、ダイアナはもっと酷いことしていたのよね!? ダイアナは私だけども!
私はセイのほうへ振り返る。
「セイお兄様っ! ごめんなさいっ! 本当にごめんなさい‼」
頭を下げて謝った。もう謝るしかないわっ!
チラッと見ると、セイお兄様はプルプル震えてまだ怒っている。
「な、おまっ! お、お兄様って……」
どうやらお兄様呼びがいけなかったようだ。でも……と私は首を傾げる。
「え? 一つ上でしょう? お兄様に……家族になるんですもの……あの……?」
「こここっち来るな! 頭を冷やしてくる‼」
「あっ! そこはーあぶなっ」
バシャーン‼
なぜかセイお兄様は慌てて後退り、池に落ちてしまった。私はすぐにセイお兄様のもとへ行き、安心させるようニッコリ笑って手を差し伸べる。笑顔、大事!
「セイお兄様、大丈夫? 早く私の手をとって」
すると、セイお兄様は顔を真っ赤にして俯いた。
ふふ、少年の頃のセイは、意外とおっちょこちょいだったようね。
「……さっき、悪口言ってすまなかった……」
彼は私の手を握ってポソッと謝ってくれる。
でも、悪口って何か言われたかしら?? とりあえず和解した、ってことでよいのよね!? 私、薬漬けはごめんだもの。仲良くならなきゃねっ。
ところが、目の端に映ったクラウドがぶすっとしている。
「あら? クラウド? どうしたの?」
「……いえ……別に」
今日の推しのクラウドはご機嫌斜めの模様だわ。
それでも飴っこをあげると笑顔になったクラウドを見て、私は癒されたのだった。
「――雨だわ……」
「えぇ、雨ですね」
「雷……くるかしら」
数日後。雨が降った。屋敷内で腕立て伏せかスクワットしかできず、私はストレスがたまる。なら、今日はセイお兄様と仲良くなりましょう!
クラウドと一緒に屋敷の書斎へ行くと、セイお兄様は難しそうな本を読んでいた。彼が本を読むのが好きなのを、私は知っていたのだ。
「あら、セイお兄様もお勉強ですか?」
「あーうん。てかダイアナは本を読むのか?」
そんなに驚くことかしら? ま、確かにゲーム内のダイアナは食べてばかりの太っちょ悪役令嬢だものね。
「本は知識の宝庫よ。立派なレディとして勉強になることが沢山あるわ」
「……ふーん」
興味なさそうにパラパラと本を読むセイお兄様。あら? その本は……
「ふふ、やはりセイお兄様は薬草に興味があるのね!」
「やはり? なんで知ってるの?」
「え!? いや、お父様達に聞いて! お兄様の亡くなられたお父様は、立派な薬学者さんだと‼」
って、公式ブックに記載されていました! はい!
すると、セイお兄様が少し笑う。
「うん、父さんは凄い人なんだよ! 俺はいつか父さんのような立派な人になりたいんだ」
あら、お父さんっ子なのね! 父親の話をしているセイお兄様は可愛らしい笑顔になる。私はずっと彼の話を聞いていた。
セイお兄様の話は面白かった。美容にいいものや、ダイエット効果があるものまで薬草にはそろっているんだもの!
「セイお兄様、凄いわ! 私、この美容にきく薬草を色々調べてみたいから教えてくださいっ!」
「あぁ、い――」
けれどセイお兄様は、ドア付近で待機しているクラウドをチラッと見てため息をつき、「……うーん、また今度な」と言う。
「えぇ! ぜひ!」
――その時、低い音が轟いた。
ゴロゴロ……
え! あ、雷が近い!? そうよね!?
そう思った瞬間、ピカッ‼ と光り、雷が落ちる。
屋敷内の電気は全て停電‼ 数人のメイドや執事達がロウソクを持ってきた。
「電電草を使えば大丈夫ですので、お嬢様達はここで待機しててくださいな」
電電草とは私達の国で使う電気の材料だ。
この国に近代的な冷蔵庫や洗濯機などが存在する理由が、なんとなくわかったわ。そんなことを考えるのと同時に、セイお兄様がプルプル震えているのに気づく。少しだけど涙目にもなっていた。
「セイお兄様? ……雷が怖いの?」
「……どーせお前も、笑うだろ……」
彼は必死で耳を塞ぎ、目をつぶっている。
「笑わないわ! 誰にだって、苦手なものや怖いものはあるもの」
私はセイお兄様を安心させるため、ギュッと彼の手を握って頭を撫でてあげた。
まだまだ子供だもの。それに、ついこの前まではご両親がいたのに……
セイお兄様は少し照れながら私に「あ、ありがとう……」と言ってくれる。
ふふ、少しだけ仲良くなれたかしら?
やがてお兄様は、すぅっと寝てしまった。私はメイドを呼び、彼を部屋に運ぶようにお願いをする。
「さっ‼ さて、私も部屋へ戻るわっ!」
そしてクラウドに送られ部屋に戻った私。
「クラウド、あとは大丈夫よ。ありがとう」
部屋へ入り窓を見つめる。
ゴロゴロゴロゴロ。
「……雷……」
雷鳴を聞いた私は、ダッシュでベッドへ向かう。
そうなんです‼ 私いい大人なのに、いや、今子供だけど! 雷が苦手なのよ!
怖いのっ! さっきは我慢したのよ‼ 色々我慢していたけど、もう限界だわ!
「うぅ……クールな令嬢は雷なんかに負けてはダメよっ!」
またしても雷が鳴る。
ふっ、大丈夫よ! 私は生まれ変わったの! この立派で大きなベッドに守られているもの‼ 頑張れ! ベッドよ! そして毛布よ! 私を守ってちょうだい!
私はくるくる布団にくるまり、芋虫体勢を調えた。そこにクラウドが顔を出す。
「あの、お嬢様……」
「きゃっ‼ ク、クラウド!? ど、どうしたのかしら!?」
もぞもぞと動いたせいで、ベッドから転げ落ちてしまった私。あぁ、なんて情けないっ! 芋虫のように布団にくるまっている私に、クラウドはガッカリしたかもしれないわ!
「……あの? クラウド?」
彼は口を押さえて耳が赤くなっている。クラウドも雷が怖いのかしら?
けれど、彼は私のほうに寄り、頬っぺたに触れた。
「……雷が苦手だとは知りませんでした。配慮が足りず申し訳ありません」
そう言って、私を抱きかかえベッドへ戻してくれる。
「……我慢してたこと、あの、わ、笑わないでね……」
そんな私にクラウドはクスッと笑う。
「先程お嬢様がセイ様に言ってたじゃないですか。笑わないと。誰にでも苦手なものはあると」
「クールな令嬢は常に胸を張って弱みを見せちゃダメなのよっ。……あ、今聞こえた!? 雷まだ近くにいるっ」
「……では今度は私がお嬢様の手を握っています。そばにいますから」
雷が苦手な私の手を、クラウドはギュッと優しく握ってくれた。
さすが推しのクラウド君だわ! なんだか安心できるもの。
「ふふ、クラウドに怖いものはあるかしら? 私はね、実は雷以外にも結構あるのよ。みんなには内緒よ」
しばらくして、雷はどこか遠くへ行く。けれど、クラウドは近くにいてくれる。
「私は……お嬢様と離れてしまうのが怖いですね」
あらあら! なんて可愛いことを‼
「ふふふ、嬉しいわ。私達はずっと一緒よっ」
「……ずっと、でしょうか」
貴方がいつかヒロインと出会えた時は離れてしまうかも。でも、私はそれを温かく見守るわ。
「それまでに……」
そこで私は眠ってしまう。
だから、クラウドが「その言葉……けして忘れないでくださいね」と切ない顔で呟いていたことは知らなかった。
* * *
本日はラウル王子主催のお茶会。
王宮のお茶会なのにお菓子やケーキはなく、野菜スティックや、ヨーグルト、ナッツなど簡単な軽食ばかり並んでいる。
あら! 野菜プリンが沢山あるわ! やった!
「クラウド! よかったわね! ほら、野菜プリンがあるわ! 今度こそみんなで一緒に食べましょうね」
「はい、お嬢様」
くー‼ 今日も笑顔が可愛らしいクラウド‼ 私はそれだけで満足よ‼
すると、「執事が笑ってる……」と隣を歩いていたセイお兄様が驚く。
え? 笑うわよ? 何を言っているのかしら。
そこに、なぜか不機嫌な顔のルクアと、ニコニコ笑っているラウルがやってきた。
「「……で、誰? そいつ」」
二人はセイお兄様をじろじろと見る。セイお兄様は少し緊張しているみたいだ。そうよね、この二人は王族だもの。
「セイ・レイモンドです。このたびはお茶会に招いていただき、ありがとうございます」
お兄様は二人にきちんと挨拶する。
「お兄さん? ……でも血は繋がっていないよね?」
「ダイアナ、これ以上増やすなよなー」
「何も増やしてないわよ? 体重は減っているわ」
「いや、違うっ」
ラウルはニコニコしているものの、二人共不満そうだ。
「セイお兄様は優秀なのよ。レイモンド家を継いでくれるつもりみたい。ほら、私は女だし、いつかお嫁さんにいってしまうからって。ふふ、お父様ったら、考えすぎよね」
「あーっ、なるほど。それならしょうがないな」
「うん、まあ、お嫁さんになるのなら仕方ないね。……今のうちに妃教育とかありかな」
急にあっさりとセイお兄様を認める二人。お兄様の優秀さに勝てないと思ったのかしら。
「ところでラウル。さっき何か言っていたかしら?」
「んーん、なんでもないよ! あ、ほらプリン沢山あるからみんなで食べよう」
私が食べたいのはかぼちゃプリン! 砂糖を使わずかぼちゃの甘みを際立たせたプリンなの‼
「んふふ、美味しそうねっ! クラウドも食べましょう!」
「いえ、私は仕事中なので……」
誘ったのに、首を横に振るクラウド。貴方……かぼちゃ好きじゃない。なら、後でクラウド用に持ち帰ろうかしら。そこでふと、隣でプリンを食べているセイお兄様が目に入る。
「セイお兄様、左側の頬にプリンがついてますわ」
「え? そうなの?」
私は自分のハンカチでセイお兄様の頬を拭こう――としたのに、ガシッとその手を止められる。
「……ここは執事である私が、セイ様の頬を拭きましょう」
クラウドが無表情で淡々と言ってきた。
「いやいや。未来のお兄さんには、俺が‼」
ルクアまで参加してくる。ルクア、貴方沢山の兄がいるのに、これ以上欲張りはダメよ。
「ここは僕が拭くよ。ダイアナがやるべきことじゃない」
そして、率先してセイお兄様の頬を拭き始めたラウル。
「ちょっ!? いや! 何!? いたっ‼ いった‼ なんで石なんだよ! それハンカチじゃないだろ! どうして雑巾っ‼ おい! 執事! 今お前どさくさに紛れて――」
何やら、クラウドとルクア、ラウルはセイお兄様に懐いたようだ。とても楽しそう。
「ゲームでは、特別仲良くなってなかったのに。いいことよね?」
ここは男同士にしてあげて、私は友人達を見かけて楽しくお喋りをした。
そして無事、お茶会は終了する。
セイお兄様とみんなの顔合わせもいい感じで終わってよかったわ!
でも、セイお兄様は屋敷に戻るとすぐに、ぐったりとして部屋へ帰る。そんなにはしゃいだのかしら?
いえ、そんなことより!
「クラウドっ。ふふ、はい! かぼちゃプリンを少しおそすわけよっ」
飴っこは切らしてしまったし、かぼちゃ好きなのは前世のゲームからの知識で知っているため、今回のご褒美はかぼちゃプリンにした。
「……はいっ、ありがとうございます。お嬢様」
あー! やっぱり推しの笑顔は可愛いわね‼
そんな風に充実した一日が終わったのだった。
* * *
年が明け、長い冬休みがやってきた。
私はアーモンド女学園を三月に卒業し、四月からトルテ学園へ通うことになっている。
アーモンド女学園の卒業式まであと二ヶ月くらい。
本日は我が家でのんびりとお茶会中。ラウルとルクアが遊びに来てくれて……二人とお茶をしながら、私は今日も推しのクラウドを見守っている。
「今年の春からトルテ学園の中等部へ入学だね。ダイアナと同じ場所で学べるのは楽しみだな」
ニコニコと紅茶を飲むラウル。そんなに勉強が楽しみとは、さすがゲームのメインヒーロー! 私も負けていられないわね!
「中等部かー! なんか俺らも大人になったよなあ」
ふふ、まだ貴方は子供よ、ルクア。
私はチラッと後ろに控えている執事のクラウドを確認する。
今日も可愛らしいわっ‼ ……あら? 肩に小さな蜘蛛がついている‼
クラウドはその蜘蛛をジッと見つめてから、優しく手に載せて、そばにある花壇に逃がす。そして、何食わぬ顔でいつもの体勢に戻った。
くー‼ ハイ! 可愛いわ‼ 優しさ満点ね‼
私達がそんなお話をしていた時、ちょうどトルテ学園へ編入手続きをしに行っていたセイお兄様が帰ってきた。
「あ、お兄様、おかえりなさい。学園はどうだったかしら? その制服、凄く似合ってるわ!」
「あー、うん。ありがとうな。ま、今日は顔合わせだけ。本格的に通うのは春からだから」
ふふ、推しのクラウドもこの制服を着る予定なの。楽しみだわ! まだ作ってはいないけど!
クラウドの制服姿を想像していると、その本人に声をかけられる。
「ダイアナお嬢様、申し訳ございません。今日は予定がありまして、席を外させてもらいます」
ぺこりと頭を下げるクラウド。
月に一度、執事のクラウドきゅん――いえ、クラウドはスラム街の教会へ服や食べ物を分けに行く。あの辺は、まだ働く場所のない人が沢山いてゴミだらけらしく、「掃除」もしていると聞いていた。本当に推しのクラウドはいい子ね‼
「へぇー? レイモンド家の執事君はスラム街でお掃除してるんだ。まだ、子供なのに。……僕も王子として、見習うべきかもね」
ニコニコとそう話すラウルに、クラウドは「……国の上の者達は下については何も知らないのが普通ですから」と返す。二人はなぜか見つめあい、セイお兄様は「はぁ、この場からさっさと立ち去ろう……」と呟いた。
ラウルとクラウドはあまり仲良くないのかしら……なんとなくそう感じちゃうんだけど。それにしても、私もクラウドと一緒に何か人の役に立つことをしたいわ。
「……私もお掃除や料理くらいできるのに、やっぱり私も一緒に――」
「「「「ダメです(だよ)(だ)」」」」
あら、ビックリ。四人全員同じタイミングで声を出したわ。
「ふふ、みんな仲良しさんね。見事に声がそろっているわっ!」
少年達はお互いの顔を見て、照れあう。可愛らしいわね。四人は否定していたけれど、なんだかんだで仲良しで微笑ましかった。
「――それでは、失礼します」
しばらくして、クラウドは出かける準備をし屋敷の裏口へ回った。私はみんなを少し待たせて、クラウドを追いかける。
「待ってちょうだいっ! クラウド!」
「ダイアナお嬢様?」
黒のトレンチコート姿に着替えたクラウド。……珍しいわね! その格好は!
「あの……ダイアナお嬢様? なぜ両手を合わせ目をつむるのです?」
「ふふ、そうね。これは尊い、いえ、貴方が無事に早く帰ってきてと祈ったのよ」
クラウドはクスッと笑う。
「……祈り方が独特すぎますよ」
その顔は今日も可愛らしいわ‼
あら……? 気のせいかしら? でも――
「今まで気がつかなかったけれど……クラウド……」
私はクラウドに顔を少し近づける。クラウドはなぜか固まった。
「……あ、あの、お嬢様……?」
その様子を気にすることなく、私は少し背伸びをして、彼の頭を撫でる。
「ふふ、やっぱり! 貴方、背が伸びたのよ! こうやって、これから先も成長していくのねっ」
もう少ししたら、このショタ姿も見られなくなっちゃうわね。
「スラム街が危険な場所なのは確かだわ。だから私ね、お守りを作ったのよ。毎月貴方が出かけていくたび、心配だったんだもの」
これは、前世の神社とかでよく売っているお守りの形を真似して、自分で縫ったものだ。模様はうさぎさんよ! 可愛らしいクラウドにピッタリだもの。
「……これを私に、ですか?」
「ふふ、そうよ。初めて作ったものだから少しほつれているけど、変な狼さんには気をつけて行ってらっしゃい」
「はい、ありがとうございます。大切に……します」
頬っぺたを赤くした可愛らしい笑顔のクラウドを見るとほっこりするわね。
こうして私は手を振り彼を見送る。
クラウドはお守りを大切そうに胸元へしまい、馬で去っていったのだった。
* * *
クラウドは暗い森を進んでいた。しばらくすると光が見えてくる。森を抜ければ、この国の端の端、スラム街のみすぼらしい教会だ。
クラウドが教会のドアを叩くと、少し頬のこけた、とても優しそうな神父らしき人物がそのドアを開ける。
「おや、レイモンド家のクラウド君だね。いつもありがとう」
「……いえ、私はただ命令されているだけですから」
クラウドは白い袋を神父に渡した。神父はクラウドの頭を撫でる。
「クラウド君は相変わらずいい子だねぇ。君をここで拾ったのがつい昨日のようだ。少しゆっくりしていきなさい。今みんなを呼んでくるよ」
少し照れたクラウドは、コクンと頷く。彼は教会の礼拝堂の椅子に座った。その時、オレンジ色のセミロングの女の子がお祈りをしていることに気づく。
その女の子は、クラウドを見てニコッと笑顔で挨拶した。
「こんばんは」
クラウドもぺこりとお辞儀をする。自分の黒髪と黒目姿を見て驚かないのはダイアナくらいかと思っていたのに、少しも驚かずに挨拶をしてきた少女に、彼は内心ビックリしていた。
女の子はなおも明るく話しかけてくる。
「貴方もこの教会でお世話になった人?」
「……ずっと前にお世話になりましたが……」
「そうなの? 私もね、つい最近までお世話になってたんだよね、でもね、本当のお父さんが見つかって、来週から家族と一緒に住むの! 貴方は? 今何してるの?」
色々と話をする見知らぬ女の子に、クラウドは無表情で無難に応えた。
「執事をしてます」
すると女の子が少し首を傾げる。
「……え……私達くらいの子供は家族や友人と遊ぶものなのに、貴方はもう働いてるの……?」
「世間一般の子供がそうだとしても……私は幸せですよ。良きご主人と出会えたのですから」
「そっか、ごめんね。なんだか嫌な思いさせちゃったかもしれない。……私ね、ずっと街から遠い場所に住んでたから、よくこの国のこととかわからなくて……あ、でも! みんな平等な関係って大事だと思うの! 私、みんなが幸せな毎日を過ごせますようにってお願いをしてたのよ」
「……そうですか。とてもいい願いかと」
「うん! ありがとう! あ、迎えが来たみたい! 久しぶりに同い年くらいの子に会って興奮しちゃった。私ばかり話してごめんね。さよならっ! お仕事頑張ってね」
オレンジ色の髪の女の子は、立ち去った。
ようやくクラウドは一人になり、一息ついてちょこんと座る。間をおかず、何人かの黒服姿の者が彼の背後にやってきた。
「クラウド、準備はできたか。狩りに出るぞ。また悪巧みをしている輩がいる」
とにかく! 仲良く! そうよ! 兄妹になるなら、仲良しに!
「平和が一番よ‼ よぉおし! 気合よ‼ クールに華麗に私は乗り越えてやるわ!」
「……お嬢様……」
「あっ……」
またもやタイミングが悪く、変なところをクラウドに見られてしまう。彼に残念な目で見られた私は、しょんぼりしつつ朝のジョギングに向かったのだった。
そして、日曜日の朝。義理の兄となる人物がやってきた。
彼は青い髪色で中性的な顔立ちの少年だ。
あれ? こんな感じなのね。前世の私がチラッと見たセイは高校生バージョンだから、また違う印象だわ。ふふ、子供の頃ってみんな可愛いのね。クラウドが一番だけどね!
お父様が彼を紹介してくれる。
「一度会ったことはあるだろうが、セイ君だ。さあダイアナ、挨拶を」
「ダイアナですわ。よろしくお願いします」
行儀よく挨拶をした私に、セイは少し驚いていた。
「セイです。これからよろしくお願いします」
「ダイアナ、彼に屋敷を案内してあげてちょうだい」
「はいっ」
お母様に頼まれた私は、セイに案内してあげることにする。まずは我が屋敷自慢の庭園に誘った。
けれど、ピタッと急に立ち止まるセイ。どうしたのかしら?
「おい、デブっちょ。お前……何企んでる?」
「え? 企んでるって……」
あら、デブっちょ、って私のことね。
セイはプルプルと怒った赤い顔をしていた。
「お前……覚えてないのか? 一年前おれにしたことをっ」
え? 何? 私なんかしたの!?
私はクラウドをチラッと見る。すると彼は、少し困った顔をしながら説明してくれた。
「……セイ様の本を池に落とされたり……」
えっ‼
「……セイ様の分のおやつを食べたり……」
なんとっ!?
クラウドは少し考えて黙った後、「……とにかく……まあ、このくらいでよしとしましょうか」と締めくくる。
クラウド!? よくないわ! 省いていたけど、ダイアナはもっと酷いことしていたのよね!? ダイアナは私だけども!
私はセイのほうへ振り返る。
「セイお兄様っ! ごめんなさいっ! 本当にごめんなさい‼」
頭を下げて謝った。もう謝るしかないわっ!
チラッと見ると、セイお兄様はプルプル震えてまだ怒っている。
「な、おまっ! お、お兄様って……」
どうやらお兄様呼びがいけなかったようだ。でも……と私は首を傾げる。
「え? 一つ上でしょう? お兄様に……家族になるんですもの……あの……?」
「こここっち来るな! 頭を冷やしてくる‼」
「あっ! そこはーあぶなっ」
バシャーン‼
なぜかセイお兄様は慌てて後退り、池に落ちてしまった。私はすぐにセイお兄様のもとへ行き、安心させるようニッコリ笑って手を差し伸べる。笑顔、大事!
「セイお兄様、大丈夫? 早く私の手をとって」
すると、セイお兄様は顔を真っ赤にして俯いた。
ふふ、少年の頃のセイは、意外とおっちょこちょいだったようね。
「……さっき、悪口言ってすまなかった……」
彼は私の手を握ってポソッと謝ってくれる。
でも、悪口って何か言われたかしら?? とりあえず和解した、ってことでよいのよね!? 私、薬漬けはごめんだもの。仲良くならなきゃねっ。
ところが、目の端に映ったクラウドがぶすっとしている。
「あら? クラウド? どうしたの?」
「……いえ……別に」
今日の推しのクラウドはご機嫌斜めの模様だわ。
それでも飴っこをあげると笑顔になったクラウドを見て、私は癒されたのだった。
「――雨だわ……」
「えぇ、雨ですね」
「雷……くるかしら」
数日後。雨が降った。屋敷内で腕立て伏せかスクワットしかできず、私はストレスがたまる。なら、今日はセイお兄様と仲良くなりましょう!
クラウドと一緒に屋敷の書斎へ行くと、セイお兄様は難しそうな本を読んでいた。彼が本を読むのが好きなのを、私は知っていたのだ。
「あら、セイお兄様もお勉強ですか?」
「あーうん。てかダイアナは本を読むのか?」
そんなに驚くことかしら? ま、確かにゲーム内のダイアナは食べてばかりの太っちょ悪役令嬢だものね。
「本は知識の宝庫よ。立派なレディとして勉強になることが沢山あるわ」
「……ふーん」
興味なさそうにパラパラと本を読むセイお兄様。あら? その本は……
「ふふ、やはりセイお兄様は薬草に興味があるのね!」
「やはり? なんで知ってるの?」
「え!? いや、お父様達に聞いて! お兄様の亡くなられたお父様は、立派な薬学者さんだと‼」
って、公式ブックに記載されていました! はい!
すると、セイお兄様が少し笑う。
「うん、父さんは凄い人なんだよ! 俺はいつか父さんのような立派な人になりたいんだ」
あら、お父さんっ子なのね! 父親の話をしているセイお兄様は可愛らしい笑顔になる。私はずっと彼の話を聞いていた。
セイお兄様の話は面白かった。美容にいいものや、ダイエット効果があるものまで薬草にはそろっているんだもの!
「セイお兄様、凄いわ! 私、この美容にきく薬草を色々調べてみたいから教えてくださいっ!」
「あぁ、い――」
けれどセイお兄様は、ドア付近で待機しているクラウドをチラッと見てため息をつき、「……うーん、また今度な」と言う。
「えぇ! ぜひ!」
――その時、低い音が轟いた。
ゴロゴロ……
え! あ、雷が近い!? そうよね!?
そう思った瞬間、ピカッ‼ と光り、雷が落ちる。
屋敷内の電気は全て停電‼ 数人のメイドや執事達がロウソクを持ってきた。
「電電草を使えば大丈夫ですので、お嬢様達はここで待機しててくださいな」
電電草とは私達の国で使う電気の材料だ。
この国に近代的な冷蔵庫や洗濯機などが存在する理由が、なんとなくわかったわ。そんなことを考えるのと同時に、セイお兄様がプルプル震えているのに気づく。少しだけど涙目にもなっていた。
「セイお兄様? ……雷が怖いの?」
「……どーせお前も、笑うだろ……」
彼は必死で耳を塞ぎ、目をつぶっている。
「笑わないわ! 誰にだって、苦手なものや怖いものはあるもの」
私はセイお兄様を安心させるため、ギュッと彼の手を握って頭を撫でてあげた。
まだまだ子供だもの。それに、ついこの前まではご両親がいたのに……
セイお兄様は少し照れながら私に「あ、ありがとう……」と言ってくれる。
ふふ、少しだけ仲良くなれたかしら?
やがてお兄様は、すぅっと寝てしまった。私はメイドを呼び、彼を部屋に運ぶようにお願いをする。
「さっ‼ さて、私も部屋へ戻るわっ!」
そしてクラウドに送られ部屋に戻った私。
「クラウド、あとは大丈夫よ。ありがとう」
部屋へ入り窓を見つめる。
ゴロゴロゴロゴロ。
「……雷……」
雷鳴を聞いた私は、ダッシュでベッドへ向かう。
そうなんです‼ 私いい大人なのに、いや、今子供だけど! 雷が苦手なのよ!
怖いのっ! さっきは我慢したのよ‼ 色々我慢していたけど、もう限界だわ!
「うぅ……クールな令嬢は雷なんかに負けてはダメよっ!」
またしても雷が鳴る。
ふっ、大丈夫よ! 私は生まれ変わったの! この立派で大きなベッドに守られているもの‼ 頑張れ! ベッドよ! そして毛布よ! 私を守ってちょうだい!
私はくるくる布団にくるまり、芋虫体勢を調えた。そこにクラウドが顔を出す。
「あの、お嬢様……」
「きゃっ‼ ク、クラウド!? ど、どうしたのかしら!?」
もぞもぞと動いたせいで、ベッドから転げ落ちてしまった私。あぁ、なんて情けないっ! 芋虫のように布団にくるまっている私に、クラウドはガッカリしたかもしれないわ!
「……あの? クラウド?」
彼は口を押さえて耳が赤くなっている。クラウドも雷が怖いのかしら?
けれど、彼は私のほうに寄り、頬っぺたに触れた。
「……雷が苦手だとは知りませんでした。配慮が足りず申し訳ありません」
そう言って、私を抱きかかえベッドへ戻してくれる。
「……我慢してたこと、あの、わ、笑わないでね……」
そんな私にクラウドはクスッと笑う。
「先程お嬢様がセイ様に言ってたじゃないですか。笑わないと。誰にでも苦手なものはあると」
「クールな令嬢は常に胸を張って弱みを見せちゃダメなのよっ。……あ、今聞こえた!? 雷まだ近くにいるっ」
「……では今度は私がお嬢様の手を握っています。そばにいますから」
雷が苦手な私の手を、クラウドはギュッと優しく握ってくれた。
さすが推しのクラウド君だわ! なんだか安心できるもの。
「ふふ、クラウドに怖いものはあるかしら? 私はね、実は雷以外にも結構あるのよ。みんなには内緒よ」
しばらくして、雷はどこか遠くへ行く。けれど、クラウドは近くにいてくれる。
「私は……お嬢様と離れてしまうのが怖いですね」
あらあら! なんて可愛いことを‼
「ふふふ、嬉しいわ。私達はずっと一緒よっ」
「……ずっと、でしょうか」
貴方がいつかヒロインと出会えた時は離れてしまうかも。でも、私はそれを温かく見守るわ。
「それまでに……」
そこで私は眠ってしまう。
だから、クラウドが「その言葉……けして忘れないでくださいね」と切ない顔で呟いていたことは知らなかった。
* * *
本日はラウル王子主催のお茶会。
王宮のお茶会なのにお菓子やケーキはなく、野菜スティックや、ヨーグルト、ナッツなど簡単な軽食ばかり並んでいる。
あら! 野菜プリンが沢山あるわ! やった!
「クラウド! よかったわね! ほら、野菜プリンがあるわ! 今度こそみんなで一緒に食べましょうね」
「はい、お嬢様」
くー‼ 今日も笑顔が可愛らしいクラウド‼ 私はそれだけで満足よ‼
すると、「執事が笑ってる……」と隣を歩いていたセイお兄様が驚く。
え? 笑うわよ? 何を言っているのかしら。
そこに、なぜか不機嫌な顔のルクアと、ニコニコ笑っているラウルがやってきた。
「「……で、誰? そいつ」」
二人はセイお兄様をじろじろと見る。セイお兄様は少し緊張しているみたいだ。そうよね、この二人は王族だもの。
「セイ・レイモンドです。このたびはお茶会に招いていただき、ありがとうございます」
お兄様は二人にきちんと挨拶する。
「お兄さん? ……でも血は繋がっていないよね?」
「ダイアナ、これ以上増やすなよなー」
「何も増やしてないわよ? 体重は減っているわ」
「いや、違うっ」
ラウルはニコニコしているものの、二人共不満そうだ。
「セイお兄様は優秀なのよ。レイモンド家を継いでくれるつもりみたい。ほら、私は女だし、いつかお嫁さんにいってしまうからって。ふふ、お父様ったら、考えすぎよね」
「あーっ、なるほど。それならしょうがないな」
「うん、まあ、お嫁さんになるのなら仕方ないね。……今のうちに妃教育とかありかな」
急にあっさりとセイお兄様を認める二人。お兄様の優秀さに勝てないと思ったのかしら。
「ところでラウル。さっき何か言っていたかしら?」
「んーん、なんでもないよ! あ、ほらプリン沢山あるからみんなで食べよう」
私が食べたいのはかぼちゃプリン! 砂糖を使わずかぼちゃの甘みを際立たせたプリンなの‼
「んふふ、美味しそうねっ! クラウドも食べましょう!」
「いえ、私は仕事中なので……」
誘ったのに、首を横に振るクラウド。貴方……かぼちゃ好きじゃない。なら、後でクラウド用に持ち帰ろうかしら。そこでふと、隣でプリンを食べているセイお兄様が目に入る。
「セイお兄様、左側の頬にプリンがついてますわ」
「え? そうなの?」
私は自分のハンカチでセイお兄様の頬を拭こう――としたのに、ガシッとその手を止められる。
「……ここは執事である私が、セイ様の頬を拭きましょう」
クラウドが無表情で淡々と言ってきた。
「いやいや。未来のお兄さんには、俺が‼」
ルクアまで参加してくる。ルクア、貴方沢山の兄がいるのに、これ以上欲張りはダメよ。
「ここは僕が拭くよ。ダイアナがやるべきことじゃない」
そして、率先してセイお兄様の頬を拭き始めたラウル。
「ちょっ!? いや! 何!? いたっ‼ いった‼ なんで石なんだよ! それハンカチじゃないだろ! どうして雑巾っ‼ おい! 執事! 今お前どさくさに紛れて――」
何やら、クラウドとルクア、ラウルはセイお兄様に懐いたようだ。とても楽しそう。
「ゲームでは、特別仲良くなってなかったのに。いいことよね?」
ここは男同士にしてあげて、私は友人達を見かけて楽しくお喋りをした。
そして無事、お茶会は終了する。
セイお兄様とみんなの顔合わせもいい感じで終わってよかったわ!
でも、セイお兄様は屋敷に戻るとすぐに、ぐったりとして部屋へ帰る。そんなにはしゃいだのかしら?
いえ、そんなことより!
「クラウドっ。ふふ、はい! かぼちゃプリンを少しおそすわけよっ」
飴っこは切らしてしまったし、かぼちゃ好きなのは前世のゲームからの知識で知っているため、今回のご褒美はかぼちゃプリンにした。
「……はいっ、ありがとうございます。お嬢様」
あー! やっぱり推しの笑顔は可愛いわね‼
そんな風に充実した一日が終わったのだった。
* * *
年が明け、長い冬休みがやってきた。
私はアーモンド女学園を三月に卒業し、四月からトルテ学園へ通うことになっている。
アーモンド女学園の卒業式まであと二ヶ月くらい。
本日は我が家でのんびりとお茶会中。ラウルとルクアが遊びに来てくれて……二人とお茶をしながら、私は今日も推しのクラウドを見守っている。
「今年の春からトルテ学園の中等部へ入学だね。ダイアナと同じ場所で学べるのは楽しみだな」
ニコニコと紅茶を飲むラウル。そんなに勉強が楽しみとは、さすがゲームのメインヒーロー! 私も負けていられないわね!
「中等部かー! なんか俺らも大人になったよなあ」
ふふ、まだ貴方は子供よ、ルクア。
私はチラッと後ろに控えている執事のクラウドを確認する。
今日も可愛らしいわっ‼ ……あら? 肩に小さな蜘蛛がついている‼
クラウドはその蜘蛛をジッと見つめてから、優しく手に載せて、そばにある花壇に逃がす。そして、何食わぬ顔でいつもの体勢に戻った。
くー‼ ハイ! 可愛いわ‼ 優しさ満点ね‼
私達がそんなお話をしていた時、ちょうどトルテ学園へ編入手続きをしに行っていたセイお兄様が帰ってきた。
「あ、お兄様、おかえりなさい。学園はどうだったかしら? その制服、凄く似合ってるわ!」
「あー、うん。ありがとうな。ま、今日は顔合わせだけ。本格的に通うのは春からだから」
ふふ、推しのクラウドもこの制服を着る予定なの。楽しみだわ! まだ作ってはいないけど!
クラウドの制服姿を想像していると、その本人に声をかけられる。
「ダイアナお嬢様、申し訳ございません。今日は予定がありまして、席を外させてもらいます」
ぺこりと頭を下げるクラウド。
月に一度、執事のクラウドきゅん――いえ、クラウドはスラム街の教会へ服や食べ物を分けに行く。あの辺は、まだ働く場所のない人が沢山いてゴミだらけらしく、「掃除」もしていると聞いていた。本当に推しのクラウドはいい子ね‼
「へぇー? レイモンド家の執事君はスラム街でお掃除してるんだ。まだ、子供なのに。……僕も王子として、見習うべきかもね」
ニコニコとそう話すラウルに、クラウドは「……国の上の者達は下については何も知らないのが普通ですから」と返す。二人はなぜか見つめあい、セイお兄様は「はぁ、この場からさっさと立ち去ろう……」と呟いた。
ラウルとクラウドはあまり仲良くないのかしら……なんとなくそう感じちゃうんだけど。それにしても、私もクラウドと一緒に何か人の役に立つことをしたいわ。
「……私もお掃除や料理くらいできるのに、やっぱり私も一緒に――」
「「「「ダメです(だよ)(だ)」」」」
あら、ビックリ。四人全員同じタイミングで声を出したわ。
「ふふ、みんな仲良しさんね。見事に声がそろっているわっ!」
少年達はお互いの顔を見て、照れあう。可愛らしいわね。四人は否定していたけれど、なんだかんだで仲良しで微笑ましかった。
「――それでは、失礼します」
しばらくして、クラウドは出かける準備をし屋敷の裏口へ回った。私はみんなを少し待たせて、クラウドを追いかける。
「待ってちょうだいっ! クラウド!」
「ダイアナお嬢様?」
黒のトレンチコート姿に着替えたクラウド。……珍しいわね! その格好は!
「あの……ダイアナお嬢様? なぜ両手を合わせ目をつむるのです?」
「ふふ、そうね。これは尊い、いえ、貴方が無事に早く帰ってきてと祈ったのよ」
クラウドはクスッと笑う。
「……祈り方が独特すぎますよ」
その顔は今日も可愛らしいわ‼
あら……? 気のせいかしら? でも――
「今まで気がつかなかったけれど……クラウド……」
私はクラウドに顔を少し近づける。クラウドはなぜか固まった。
「……あ、あの、お嬢様……?」
その様子を気にすることなく、私は少し背伸びをして、彼の頭を撫でる。
「ふふ、やっぱり! 貴方、背が伸びたのよ! こうやって、これから先も成長していくのねっ」
もう少ししたら、このショタ姿も見られなくなっちゃうわね。
「スラム街が危険な場所なのは確かだわ。だから私ね、お守りを作ったのよ。毎月貴方が出かけていくたび、心配だったんだもの」
これは、前世の神社とかでよく売っているお守りの形を真似して、自分で縫ったものだ。模様はうさぎさんよ! 可愛らしいクラウドにピッタリだもの。
「……これを私に、ですか?」
「ふふ、そうよ。初めて作ったものだから少しほつれているけど、変な狼さんには気をつけて行ってらっしゃい」
「はい、ありがとうございます。大切に……します」
頬っぺたを赤くした可愛らしい笑顔のクラウドを見るとほっこりするわね。
こうして私は手を振り彼を見送る。
クラウドはお守りを大切そうに胸元へしまい、馬で去っていったのだった。
* * *
クラウドは暗い森を進んでいた。しばらくすると光が見えてくる。森を抜ければ、この国の端の端、スラム街のみすぼらしい教会だ。
クラウドが教会のドアを叩くと、少し頬のこけた、とても優しそうな神父らしき人物がそのドアを開ける。
「おや、レイモンド家のクラウド君だね。いつもありがとう」
「……いえ、私はただ命令されているだけですから」
クラウドは白い袋を神父に渡した。神父はクラウドの頭を撫でる。
「クラウド君は相変わらずいい子だねぇ。君をここで拾ったのがつい昨日のようだ。少しゆっくりしていきなさい。今みんなを呼んでくるよ」
少し照れたクラウドは、コクンと頷く。彼は教会の礼拝堂の椅子に座った。その時、オレンジ色のセミロングの女の子がお祈りをしていることに気づく。
その女の子は、クラウドを見てニコッと笑顔で挨拶した。
「こんばんは」
クラウドもぺこりとお辞儀をする。自分の黒髪と黒目姿を見て驚かないのはダイアナくらいかと思っていたのに、少しも驚かずに挨拶をしてきた少女に、彼は内心ビックリしていた。
女の子はなおも明るく話しかけてくる。
「貴方もこの教会でお世話になった人?」
「……ずっと前にお世話になりましたが……」
「そうなの? 私もね、つい最近までお世話になってたんだよね、でもね、本当のお父さんが見つかって、来週から家族と一緒に住むの! 貴方は? 今何してるの?」
色々と話をする見知らぬ女の子に、クラウドは無表情で無難に応えた。
「執事をしてます」
すると女の子が少し首を傾げる。
「……え……私達くらいの子供は家族や友人と遊ぶものなのに、貴方はもう働いてるの……?」
「世間一般の子供がそうだとしても……私は幸せですよ。良きご主人と出会えたのですから」
「そっか、ごめんね。なんだか嫌な思いさせちゃったかもしれない。……私ね、ずっと街から遠い場所に住んでたから、よくこの国のこととかわからなくて……あ、でも! みんな平等な関係って大事だと思うの! 私、みんなが幸せな毎日を過ごせますようにってお願いをしてたのよ」
「……そうですか。とてもいい願いかと」
「うん! ありがとう! あ、迎えが来たみたい! 久しぶりに同い年くらいの子に会って興奮しちゃった。私ばかり話してごめんね。さよならっ! お仕事頑張ってね」
オレンジ色の髪の女の子は、立ち去った。
ようやくクラウドは一人になり、一息ついてちょこんと座る。間をおかず、何人かの黒服姿の者が彼の背後にやってきた。
「クラウド、準備はできたか。狩りに出るぞ。また悪巧みをしている輩がいる」
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