異世界オメガ

さこ

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27 反撃

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 つい、眠ってしまった。

 人が運転する車ってどうして眠くなるんだろうか。
 助手席に乗る時は気を遣うよな。常に眠気との戦いだ……じゃなくて。
 隼百は人の図太さについて真剣に考える。

 これから自分は土に埋められるか、はたまた海に沈められるのか、その瀬戸際で寝るとか緊張感が無さすぎる。

 でも長かったのだ。

 最初の30分ぐらいは隼百だって緊張感を持って、ちゃんとビクビクしていた。けど長くは続かないのだ。緊張や集中力には時間制限があるのだ。などと言い訳を並べてみたがちょっと変かなって自覚はある。学生時代、弱い割に大胆不敵と呼ばれた隼百である。怯えるのに飽きた。
 でもどこに向かってんだろ。おかしいよなあ?
 海に捨てるならもっと近いはずなのに。隼百のアパートは海浜公園から車で10分弱だ。

 車内を観察してみる。
 まず解るのは、運転席とトランクとでスペースが隔たれたセダン車って事。観察と言ってもトランク部分には窓も無いから暗く、手元すらよく見えない。たとえ通行人が車を覗いてもトランクの中身は見えないタイプの車種だ。鍵が掛かっていて当然開かない。
 なんだかな。犯行を前提としたような車選びが嫌な感じ。暗闇に恐怖を覚える気質ではないので平気だけど……あれ?
 ふと浮かぶ疑問。
 さっき、この真っ暗闇でどうしてオレは血の色を見分けられたんだ?
 あの時、あかりはあった気がする。今何時かな。
 思考が纏まらない。長時間狭いトランクの中に居るのだ。きっと身体はバッキバキに固まっている。エコノミー症候群になるんじゃないか? などと考えたところで、

 きらきらと七色の光が降ってきた。

 トランク内がぽわりとあかるくなる。

 ……。

 えっと。
 幻覚……?
 ではない。全身の強ばりがすうっと消えてなくなった。

 あかりは徐々に薄くなり、トランク内は再び闇に沈む。

「……」

 ……は。ひとつ謎が解けた。ポーション作用する時って、ちょっとだけ発光するんだな。だから血の色が解った。

 いやいや。
 いやいやいやいやそこじゃない。
 ホッとしたけども!
 人を食ったようなアルファの笑みを思い出す。どうやってかはわからない。でもトルマリンの仕業だ。まさか走ってる車の上に居るのか? それとも遠隔で?
 このタイミングでポーション振りかけるって、考えを読まれた? それぐらいはやりかねないと危ぶんで混乱した隼百だったが……どうやら違ったみたい。

 しばらく時間が経って、その時の隼百は何も考えられなくなってぼーっとしてた。なのに再び虹が──ポーションが降り注いだからだ。

 驚くことにそれは繰り返された。一定の時間が経つと、ぽわりと明るくなりきらきら虹が降ってくる。自動的に。
 はじめは車の外から振りかけているのかと思ったけれど、何度目かで隼百はついにソレが出現する瞬間を見た。

 ふっと宙に浮かびあがる、シャボン玉のような、水晶玉のような水の塊。ぱちんと隼百の上で弾けると、淡く光って虹を振り撒く。

 どうなってんだろ。これだけを転移で送ってきてるのか?
 おかげで全く疲れていないけれども。ポーションって貴重品じゃなかったのか? これだけの大盤振る舞いをしてくるのだ。隼百が考えていたほど凄いアイテムじゃないのかもしれない。……そうだよポーション、ゲームなら最初の街で売ってるし。どうしてだか隼百には高いモノって先入観かあった。ラスボス倒しても勿体なくて残ってるラストエリクサー的な。室長が入手困難っぽいこと言っていたからだけど。
 何度目かのきらきらを浴びながらつらつらと考える。

 それにしたって、これは……気のせいかな。

 過保護では?


 ──ポーションは結局『目的地』に着くまで繰り返し降ってきた。

      †

 トランクが開けられる時、隼百は腰を落として可能な限り身構えていた。

 右手には『武器』
 館長は隼百が死んでいるか、死にかけて行動不能に陥っていると信じてる。武器──バールのようなものはトランク内で見つけた。館長の吐瀉物のついたシートやらと一緒くたになっていたのだ。
 おそらく隼百を殴りつけた凶器が、コレだ。金属の冷たさとずっしりとした重さに殺意の高さが窺える。
 ポーションのおかげで自由に動ける隼百には、自分と同じ場所に武器を置くだなんて不用意な行動に思えたが……よくよく思い返せば犯行現場は外で、いつ通行人が通るかもわからない状態だった。
 慌ただしくトランクに突っ込んだ結果なんだろう。

 館長は、隼百を『仕留めた』と確信している。それはこれまでの数時間、一度もトランクの中身を覗きにこなかった事からも間違いではないだろう。館長からしたら死体とゴミと証拠を纏めて隠しただけなのだ。
 ──ぞくりとする。
 その、怖さに気付いた。
 彼は人を殺す手応えを知っている・・・・・
 行動の大胆さから読み取れるのは、これくらいならどうにかなるという経験から生まれる雑さ。何度か同じ事を繰り返し、回数を重ねた人間ならではの手慣れ感。

 でも──今度は油断しているのは向こうの方だ。ならば先手必勝。
 
 気力を奮い起こしておいて、ふっと不安になる。
 何とか腕でも叩いて相手の無力化を狙いたいけれど、果たして出来るのか? 狙うなら頭か? でもここからの体勢で頭を狙うのは難しいし届かないし、痛いし危ないって違う違う! 痛いようにするんだってばオレ……やばい、困った。ちょっと待ってやばい。人を金属で叩くなんて行為が隼百には出来そうにない。でもやらなければ殺される。そこは冷静に判断出来る。隼百を殴った時の館長の、あの躊躇の無さ。あちらは明らかに暴力の熟練者だ。隼百に勝機があるとすれば不意打ちの初撃しかない。でも。迷ってるうちにトランクが開かれていく。寸前、目の前に狙いやすい的をみつけて咄嗟に狙いを定めた。

 深くは考えず武器を横に振り払う。気分は居合抜き。

「ぎう」
 潰れかけの蛙が鳴くような声。

 金的にクリーンヒットした。

 ……なんで咄嗟に狙ったかって、若干のまぶしさで目がくらむ中、そこが剥き出しで目印になるほどに出張っていたからだ。

「……ぅわ」
 館長がもんどり打って転がった姿があまりに衝撃的で、隼百はバールのようなモノを抱えて戦慄する。

 いまのは幻か……?
 なんか人じゃない生き物みたいな動きを見た。エビみたいに反って跳ねた直後、ぎゅむっと丸まって地面に落ちてった。どすんと重い音がしたから受け身も取れてないんじゃ……いやまあ問題はそっちじゃない。

 どうしよう。予期せぬオーバーキル。

 自分を殺そうとした相手でも、流石にその急所は申し訳ない。やりすぎだった。
 下を覗けば白目を剥いてぐぇっぐぇと呻いて泡吹いている。見てるだけできゅってする。救急車……電話持ってない。
 
 でも何で勃起してたんだ?

 それからぞっとした。理解できない。このひと殺人行為で興奮するのか。まさか屍姦? オレ男だけど? 屍姦するつもりだった?
 また貞操の危機とかあり得ないし。え? 何で剥き出しで勃起?

 ぐるぐる混乱しつつ隼百はゆっくり車体から地面へ降り立つ。
 長時間狭いトランクに居たにも関わらず、身体はスムーズに動いてくれた。連続ポーションのおかげでいつもよりも元気だよ……。

「……トルマリン?」
 つぶやいてみる。応答は無い。
 居ないのか。

 どこだここ?

 ひとことで言うと灰色。剥き出しのコンクリートの柱と壁。
 天井には電灯が並んでいるが、広くて高いからか、薄暗い。周りを見れば車を停める目印のラインが何本も引かれている、どうやら駐車場らしい。ざっと見、100台は楽に駐車できるスペースはあるが、他に車はない。ビルの中か? 無骨な壁に遮られて外の風景が全く見えない事から地下だと推察する。
 ……死体を捨てるのは海じゃないなら山奥がセオリーかなと考えていたけど、乗り心地からして悪路でもなかったし、時折クラクションの音なんかも聞こえてたし、思ってたより都会なのかな?
 ただこの建物、見える範囲に人の姿は無い。そりゃまあ、誰かか居るところで死体を出すのはリスクだろうから人が来ないところを選ぶよな。

 コンクリだけでは古いか新しいかもわからない。何の施設かここからは見当も付かないが、稼働していないビルの地下。

 助けを呼ぶにしろ、トルマリンを探すにしろ、まずは地上に出なければ始まらないか。

 方針を決めた途端、言いようのない不安が迫りあがってきた。館長は無力化したのに。全然安心できない。というか上に行きたくない。
 ──近づいてくる、そんな予感がして。
 隼百は強く思う。

 逃げなきゃ。

「でべえ!」
「え?」
 濁音混じりの怒声。振り返ると館長がそばにいた。しっかりとした立ち姿で、怪我はどこにも見受けられない。
「ふざ、ふざふざふざけるよなんだいまの、いまの、ひっ」

 復活したよ?
 この期に及んで館長の心配をしていた隼百は、結局のところどうしようもなく人が良い。警戒よりも恐怖よりも先に、安堵してしまった。
 よかった股間は元気そう……じゃない、早すぎる。
 首に迫りくる太い両腕をスローモーションのように眺めてしまう。
 がつんと身体ごと車体に押しつけられる衝撃。逃げなきゃいけないのに隼百の視線は相手の腕に着けられた見覚えのある腕時計に吸い寄せられる。
 ふっかつのじゅもん……。

 館長、巻き戻ったのか?

 でも。
 ちらりと違和感を覚えたけれど、その正体を捕まえる前に万力のような力で首を絞められて隼百は思考するどころではなくなった。

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