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【2話目】

びっくりするやらありがたいやら

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 廉太郎が急ぎ足で十数分かかる距離は、藤堂のバイクだと五分もかからず到着できてしまう距離でしかなかった。
 いつもはせっせと歩いている道のりを、バイクはほんの一分か二分で走り抜けてしまったのだ。
 びっくりするやらありがたいやら。
 バイクのダンデムシートで興奮こうふんに胸を踊らせながら、廉太郎は先ほどまでの自分の行いを反省する。
 自分の都合ばかりを考えて『お約束』を軽んじてしまったにも関わらず、ダイフクも藤堂も、廉太郎を気づかってくれた。
 共同生活なのだから、どんな理由であっても、ルールを守らなかった廉太郎が悪い。
 なのにふたりは、自分たちが廉太郎の時間をうばってしまったからと言って、待ち合わせに遅刻しないよう、手助けをしてくれたのだ。
 実際には、ふたりが廉太郎の邪魔をしたのではなく、邪気にまとわりつかれてイライラしていた廉太郎が、彼らに迷惑をかけてしまったというのに、だ。
  自分たちが声をかけたせいで遅れてしまっては申し訳ない。
 そう言ってくれたのはきっと、彼らなりの優しさだ。
 廉太郎が気兼ねなく手助けを受け取れるよう、気を回してくれたのだろう。

 思わぬ親切に触れ、廉太郎の心はじんわりと温まる。
 困っていたら助けてくれた。
 たったそれだけのことが、うれしくてたまらない。
 廉太郎はもうずっと長いことーー両親と暮らしていた頃から、なんでもひとりでやってきた。
 父親も母親も「仕事が忙しい」と、あまり家にいなかったからだ。
 いまにして思えば、廉太郎が気がついていなかっただけで、両親はずっと前から『もうひとつの家族』の方を大事にしていたのだろう。
 しょっちゅうだった深夜までの残業も、日曜出勤や出張もたぶん、『もうひとつの家族』と過ごすための口実だったのだ。
 なのに廉太郎はなにも知らないまま、両親とも仕事が大変なのだからと、ひとりで一生懸命頑張っていた。
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