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第2章 ちびっこ怪獣三匹、事の次第を知る

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「え、オレ名前で呼んでいいかちゃんと聞いたぞ?」

 きょとんと不思議そうにする光太は、コズエがなにを嫌がっているのか、たぶん本気でわかっていない。

 名前で呼んでいいか問いかけて、許可をもらった。
 光太にとっては、それがすべてだ。
 女の子の繊細な気持ちのゆらぎなんてものをわかれと言っても無理だろう。

 そういうところが、光太の短所であると同時に長所でもあるのだが。
 裏表のないまっすぐな性格は、時としてまっすぐすぎて人を傷つけることがある。
 けれど、そのまっすぐさが、人を暗闇から引っ張り出してきたりもする。
 金堂がいい例だが、それとこれとは話が別だ。

 確かにコズエは名前呼びを許可したが、呼び捨ては許可をしていない。
 なぜなら--。

「だから、彼氏でもないのに呼び捨てにしないでって言ってるの」

 コズエにとって異性からの呼び捨てとは、特別な関係であるという証であるからだ。
 前に読んだ恋愛小説で、好きな男子だけに名前の呼び捨てを許す。
 そんなシチュエーションの素敵な場面があって、以来、コズエのあこがれとなっている。
 仲のいい友達程度では、名前呼びは許せても、呼び捨てまでは許せないのだ。

「そんじゃあ……コズエっち?」

「あんたねえ。コズエちゃんとかコズエさんとかあるでしょ? なんでそうなるのよ」

 ちょっと考えた後、真顔でふざけた呼び方をする光太に、コズエは一瞬本気でムッとする。
 からかってるの、とキレかけたコズエは、けれど。

「あきらめなよう、コズエちゃん。光太くんってほら、上書き保存できないタイプだし?」

「あー、光太はなあ。まっすぐすぎて曲がれねえんだわ。あきらめろ、ハタナカ」

 親友のカエデにそっと右肩を叩かれ、一年生の頃から光太を知っている金堂には左肩を優しく叩かれ、脱力する。
 言われてみればそうだった。
 馬鹿じゃないのにどこかズレてる。
 草下光太はそんなヤツだ。

 でもだけど。

「だって名前の呼び捨ては彼氏だけって決めてるのにぃ」

 いままで誰にも告げたことのなかった心の声が、ついポロリとこぼれて落ちる。
 恥ずかしいから言えなくて。
 なのに、言わなきゃずっと光太には伝わらない。
 もどかしさと恥ずかしさで赤くなりながらも、コズエは勢いに任せて本心を吐き出す。

 そんなコズエの決死のカミングアウトに対する光太の反応はしかし。

「そうなんだ? なら、付き合っちゃう?」

 どこまでも軽かった。
 そもそもおまえ、付き合うってどんな意味かわかって言ってるのか? と突っ込みたくなるレベルで軽い。
 もちろん、そんな光太に対するコズエの返事はひとつきりだ。

「え、絶対ヤダ」

 条件反射のようなはやさで、考えることすらせず、サクッと短く切って捨てる。

「ひどッ」

 光太がショックを受けたような顔をしたって気にしない。
 もののついでのような申し込みをする方が悪いのだ。

 それに--……。

「ひどくないもん。アタシにだってタイプってものがあるもん」

 そう。コズエにだって理想はある。
 白馬に乗った王子様が、なんてことは言わないけれど。
 いざという時にさっそうとコズエをかばってくれるような、そんな人がいいのだ。
 光太のような、ちょっと目を離すとなにをしでかすかわからないタイプは、コズエの好みからは外れている。

 しかも、ノリで交際を申し込んでくるような男は、完全に圏外だ。
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