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第二章 竜騎兵団の見習い
第十七話 駆け巡る噂と傷心の魔術師
それから、バンナムが就寝前の王子のために、夜ミルクを温めていることを知ったエイベル副騎兵団長は、毎夜、緑竜寮の一角にある台所へやって来て、バンナムがミルクを温めている間、彼を誘い続けていた。
カーティス隊長が呆れてしまうほど、エイベル副騎兵団長は飽きもせずしつこく緑竜寮の台所にやって来ていた。椅子に座り、ミルクを温めるバンナムに話しかけている。
ストレートに「私の背中に乗らないか」と誘ったこともあるが、バンナムに断られていた。
「申し訳ないが、貴方の背中に乗るつもりはない」
それをまた物陰から密かに聞いていたらしいカーティス隊長は、噴き出していた。
後ほど、カーティス隊長から「あんなハッキリ断られても、貴方はしつこく誘うんだな」と呆れながら言われたくらいだった。
それにエイベル副騎兵団長は「私はしつこい男だからな。知っているだろう」と少しだけ怒って答えていた。
バンナムに毎回誘いを拒絶され続けていたものだから、エイベル副騎兵団長もムキになっていたのかも知れない。
だが、一週間が過ぎようとした頃、エイベル副騎兵団長とバンナムが、緑竜寮の台所で深夜逢引きをしているという噂が流れ始めた。
夜間二人きりで緑竜寮の台所にいる姿を、緑竜寮の見習い竜騎兵が見てしまったのだ。
そしてその噂は瞬く間に、竜騎兵達の間に広がり、当然のようにレネ魔術師の耳にも入ったのだった。
「バンナム卿とエイベル副騎兵団長が、夜中に緑竜寮の台所で一戦しているって!?」
その頃には、エイベル副騎兵団長がバンナムに誘いをかけているという話ではなく、緑竜寮の台所で激しく一戦を交わしているという噂になっていた。勿論その戦いは剣によるものではない。
事実ではない尾ひれがついている状態であった。
話を聞いたレネ魔術師が、床に両手両膝をついてショックを受けている前で、リヨンネはまた持ち込んだクッキーをポリポリとかじっていた。
リヨンネは、野生竜の観測地点への道が、雪崩の恐れがなくなるまでレネ魔術師の隣の部屋で暮らしているのだ。彼は気軽にレネの元へと菓子を手にちょくちょく遊びにやって来ていた。
「まぁ、バンナム卿がエイベル副騎兵団長に勝利したからね。当然、エイベル副騎兵団長の“背中に乗る”権利を得たというわけか」
「嘘だぁぁぁぁぁぁ」
レネ魔術師はバンバンと両手で床を叩いていた。
彼の脳裏には、裸の麗しいエイベル副騎兵団長が「さぁ、卿も私の背中にどうぞ」とバンナムに手を差し出し、そしてバンナムもそれを受け入れようとする姿が浮かんでいた。
「しかし、緑竜寮の台所でヤルなんて凄いな」
と感心したようにリヨンネは笑っている。
舞台が台所と聞いたところで、リヨンネはそれが噂に過ぎないものだと思った。
あんな真面目なバンナムが、見習い竜騎兵達に見られるであろう台所でヤルことはないだろう。
そもそも王子の護衛を務めている騎士である。とてもそんな不埒な真似を衆目から見られるかも知れない場所でやるとは思えなかった。
しかし、噂を聞いたレネ魔術師のダメージは大きかったようだった。
すっかりしょげきっている。
それが可哀想に思えて、リヨンネは言った。
「私は噂に過ぎないと思う。バンナム卿はそんなことをする騎士ではない。彼はとても真面目だ。レネ先生も知っているだろう」
「…………そ、そうですよね」
レネの知るバンナムはそんな乱れた行為をする騎士ではなかった。清廉潔白な騎士なのだ。そう、リヨンネの言う通りそれは噂に過ぎないはず。
リヨンネの言葉は、暗闇に差し込んだ一筋の光明のように思えた。それにレネはしがみついた。
「こんな時こそ、レネ先生はバンナム卿を信じて差し上げないとダメですよ」
「分かりました!! 私はバンナム卿を信じます!!」
そう思い込んで、落ち込もうとする自分をなんとか自力で救い上げようとするレネだった。
しかし、彼を更に奈落の底へと容赦なく突き落とす者がいた。
その日、青竜寮の自室から、これから行う授業のために本を抱えて出てきたレネと、エイベル副騎兵団長がすれ違う。
青竜寮の階段の途中で、エイベル副騎兵団長は細身の魔術師を呼び止めた。
「レネ先生」
「……はい」
エイベル副騎兵団長は、見れば見るほど綺麗な人だった。
同じ男であるのに、何でこの人はこんなに綺麗なんだろうと、レネはエイベル副騎兵団長の玲瓏たる美貌を見ながら思っていた。
彼の前に出ると、平々凡々な容姿の自分が恥ずかしく思えるほどだ。
更に、この副騎兵団長は綺麗な上に、凄く強い人である。
バンナム卿には負けてしまったけれど、普通の騎士なら歯が立たないほどに強い人。
羨ましいと思う。
きっと彼なら、バンナム卿と並び立っても見劣りしないだろう。
実力・容姿ともに揃っている人なんだもの。
自分は魔術の才だけはあると思うけど、それ以外は人より秀でたものなど何もなかった。
エイベル副騎兵団長は微笑みを浮かべて言った。
「バンナム卿につきまとわないでくれないか。私と卿の仲のことは知っているだろう」
「…………」
言われたことに驚いて、レネは目を見開いた。
「知らないはずがないよね。私達は毎晩会っているんだ」
嘘ではない。
緑竜寮の台所で、いつも絡んでいるのはエイベル副騎兵団長だった。
誘いを向けてもバンナムからは相変わらず無下に断られている。
「私の言いたいことは分かるだろう」
そうエイベル副騎兵団長から面と向かって言われたレネ魔術師は、蛇に睨まれた蛙のようになり、とても小さな声で「ハイ」と答えたのだった。
「可哀想な事をするなよ」
またしても物陰から、エイベル副騎兵団長とレネ魔術師のやりとりを見ていたカーティス隊長は、顔をしかめてエイベル副騎兵団長に言った。
「…………いいだろう」
「この竜騎兵団にいてくれる貴重な魔術師だ。それをあんな風に苛めるなんて。もうここにはいたくないと言われたらどうするんだ。副騎兵団長としてあるまじき行為だ。ウラノス騎兵団長も聞いたら怒るぞ」
ウラノス騎兵団長の名を出され、エイベル副騎兵団長は眉を寄せた。
「……………怒られるかな」
「ああ、貴方を怒るだろう」
「嫉妬してくれないかな」
「……………」
その台詞を聞いて、カーティス隊長は深く深くため息をついた。
エイベル副騎兵団長が長年想いを寄せているのは、ウラノス騎兵団長であった。しかし、あの武勇に優れたる騎兵団長は、エイベル副騎兵団長の想いに応えたことはない。
その昔、抱いてくれと迫ったこともあるが、拒否されたと酒に酔ったエイベル副騎兵団長に、昏い目で話されたことがある。
長い間、エイベル副騎兵団長はあの騎兵団長に想いを寄せ続け、拗らせ続けている。
「さぁな。それよりも困ったことをしてくれたと怒ることの方が先だろう。バンナム卿も貴方がしたことを知れば怒るぞ」
「別に構いやしない」
「エイベル!!」
名を呼ばれ、エイベル副騎兵団長は笑った。
「それにこんなことくらいで壊れる恋なら、最初から壊れる運命だったんだ」
そう言い放っていた。
エイベル副騎兵団長に「バンナム卿につきまとわないでくれ」と言われたレネ魔術師は、その後、見習い竜騎兵達に対して、いつものように授業を行ったが、その様子はひどく元気のないものだった。
自分でも、一気に力が無くなっていることが分かる。ドンと押されたのなら、きっとその場にへなへなと座り込んでしまっただろう。
だが彼を押すような竜騎兵達はおらず、レネは「また来週」と見習い竜騎兵達に静かに言って、青竜寮の自室へ向かって歩いて行く。
本当なら、昼は食堂で、アルバート王子に仕えるバンナムの様子を見ることが楽しみであったのだけど、今日は食堂へ行く気にならなかった。
昼食を抜いても別に構わないと思った。
大体、王宮に勤めていた頃は朝も昼もろくに口にしないでよく働いていたものだ。
そのせいで今よりもずっと痩せていた。この竜騎兵団の拠点にやって来てから三食しっかり食べるようになって健康的に肉付きも良くなってきた。
(そう考えると、ここへ来ていいこともあったということか)
少しだけ笑いが零れる。
彼を見ているだけでも、幸せだったのに。
それすらもダメだと言われたらどうすればいいんだろう。
見ているだけでも幸せだったのに。
あの綺麗な副騎兵団長に「私達は毎晩会っている」と言われた。
ただ会っているだけのはずがなかった。
リヨンネ先生は「バンナム卿を信じて差し上げないとダメ」と言っていたけれど、当事者の一人からそう言われたのなら、その信じる心だって大きく揺らいでしまう。
(本当にバンナム卿は、あの副騎兵団長と……)
考えまいと思っても、思考はそこにいってしまう。
そうなると、心が散り散りに乱れ、胸がひどく締め付けられるように苦しい。
見ているだけで、いいと思っていた。
でも、本当は違うんだ。
分かっている。
リヨンネ先生にも言われた独占欲が自分の中に確かにある。
見ているだけでいいと、自分で自分に言い聞かせていた。
でも本当は。
本当はもっと彼の近くにいたいんだ。
もっと彼の声を聞いていたい。そばにいて彼に触れたい。
そんなことを考えながら、力なく歩いているレネの前に、突然、バンナムが現れた。
息を切らして現れた彼は、何故か急いで走ってきたようだ。
(あれ、殿下は?)
いつも殿下のそばにいて、護衛を務めている彼が一人でこの時間、こうしてやって来ることなど本当ならあり得ない。
でもバンナムは、青竜寮の自室に向かって歩いていたレネのそばまでやってくると、レネを見てホッとした様子だった。
「今日はレネ先生が食堂にいらっしゃらないから、どうなさったんだと思いました。どこか具合が悪いのですか」
「……」
レネは頭を振った。
「具合が悪いわけじゃないです。卿は、王子殿下の護衛はいいのですか」
「ウラノス騎兵団長が、今の間は見ていて下さっています」
「……騎兵団長が?」
「はい」
ウラノス騎兵団長から、団長室に王子とバンナムは呼び出され、しばらくの間、自分が王子殿下のお側についているので、レネ先生と話してくるように言われたのだ。
そしてその場でバンナムは、自身について囁かれている噂話を初めて耳にしたのだ。
「レネ先生の誤解を解いておくように、ウラノス騎兵団長に言われました」
「…………………」
風がバンナムの短い茶色の髪を揺らす。
レネは目の前の長身の騎士の姿を見つめていた。
「私は、副騎兵団長とは一切関係を持っていません。貴方には誤解されたくありませんので、お伝えしておきます」
そしてバンナムは綺麗に一礼し、そのまま王子のいるであろう方角へ歩いて行く。
その姿が消えるまで、レネはずっとその背中を見つめていた。
それからローブが汚れてしまうのも忘れ、ぺたりと地面に腰を下ろして座りこんでしまった。
「……………」
頬が赤くなる。
レネの瞳は先ほどとは打って変わって、今や生き生きとした光を浮かべだしていた。
素直に嬉しかった。
彼が、副騎兵団長とは関係がないと、彼自身の口から否定してくれたことが嬉しかった。
誰に何を言われようと、彼の口から言われた言葉が一番、そう、一番信じられる。
それからレネは「ヤッター」と叫び、ばね仕掛けの人形のように勢いよく立ち上がると青竜寮の自室の部屋に駆け込み、もう一度「ヤッター」と叫んで寝台に飛び込んだのだった。
その様子を見て、勝手にレネの部屋の扉を開けて、レネの分の昼食のパンの入った袋を持ちながら入ってきたリヨンネは苦笑していた。
カーティス隊長が呆れてしまうほど、エイベル副騎兵団長は飽きもせずしつこく緑竜寮の台所にやって来ていた。椅子に座り、ミルクを温めるバンナムに話しかけている。
ストレートに「私の背中に乗らないか」と誘ったこともあるが、バンナムに断られていた。
「申し訳ないが、貴方の背中に乗るつもりはない」
それをまた物陰から密かに聞いていたらしいカーティス隊長は、噴き出していた。
後ほど、カーティス隊長から「あんなハッキリ断られても、貴方はしつこく誘うんだな」と呆れながら言われたくらいだった。
それにエイベル副騎兵団長は「私はしつこい男だからな。知っているだろう」と少しだけ怒って答えていた。
バンナムに毎回誘いを拒絶され続けていたものだから、エイベル副騎兵団長もムキになっていたのかも知れない。
だが、一週間が過ぎようとした頃、エイベル副騎兵団長とバンナムが、緑竜寮の台所で深夜逢引きをしているという噂が流れ始めた。
夜間二人きりで緑竜寮の台所にいる姿を、緑竜寮の見習い竜騎兵が見てしまったのだ。
そしてその噂は瞬く間に、竜騎兵達の間に広がり、当然のようにレネ魔術師の耳にも入ったのだった。
「バンナム卿とエイベル副騎兵団長が、夜中に緑竜寮の台所で一戦しているって!?」
その頃には、エイベル副騎兵団長がバンナムに誘いをかけているという話ではなく、緑竜寮の台所で激しく一戦を交わしているという噂になっていた。勿論その戦いは剣によるものではない。
事実ではない尾ひれがついている状態であった。
話を聞いたレネ魔術師が、床に両手両膝をついてショックを受けている前で、リヨンネはまた持ち込んだクッキーをポリポリとかじっていた。
リヨンネは、野生竜の観測地点への道が、雪崩の恐れがなくなるまでレネ魔術師の隣の部屋で暮らしているのだ。彼は気軽にレネの元へと菓子を手にちょくちょく遊びにやって来ていた。
「まぁ、バンナム卿がエイベル副騎兵団長に勝利したからね。当然、エイベル副騎兵団長の“背中に乗る”権利を得たというわけか」
「嘘だぁぁぁぁぁぁ」
レネ魔術師はバンバンと両手で床を叩いていた。
彼の脳裏には、裸の麗しいエイベル副騎兵団長が「さぁ、卿も私の背中にどうぞ」とバンナムに手を差し出し、そしてバンナムもそれを受け入れようとする姿が浮かんでいた。
「しかし、緑竜寮の台所でヤルなんて凄いな」
と感心したようにリヨンネは笑っている。
舞台が台所と聞いたところで、リヨンネはそれが噂に過ぎないものだと思った。
あんな真面目なバンナムが、見習い竜騎兵達に見られるであろう台所でヤルことはないだろう。
そもそも王子の護衛を務めている騎士である。とてもそんな不埒な真似を衆目から見られるかも知れない場所でやるとは思えなかった。
しかし、噂を聞いたレネ魔術師のダメージは大きかったようだった。
すっかりしょげきっている。
それが可哀想に思えて、リヨンネは言った。
「私は噂に過ぎないと思う。バンナム卿はそんなことをする騎士ではない。彼はとても真面目だ。レネ先生も知っているだろう」
「…………そ、そうですよね」
レネの知るバンナムはそんな乱れた行為をする騎士ではなかった。清廉潔白な騎士なのだ。そう、リヨンネの言う通りそれは噂に過ぎないはず。
リヨンネの言葉は、暗闇に差し込んだ一筋の光明のように思えた。それにレネはしがみついた。
「こんな時こそ、レネ先生はバンナム卿を信じて差し上げないとダメですよ」
「分かりました!! 私はバンナム卿を信じます!!」
そう思い込んで、落ち込もうとする自分をなんとか自力で救い上げようとするレネだった。
しかし、彼を更に奈落の底へと容赦なく突き落とす者がいた。
その日、青竜寮の自室から、これから行う授業のために本を抱えて出てきたレネと、エイベル副騎兵団長がすれ違う。
青竜寮の階段の途中で、エイベル副騎兵団長は細身の魔術師を呼び止めた。
「レネ先生」
「……はい」
エイベル副騎兵団長は、見れば見るほど綺麗な人だった。
同じ男であるのに、何でこの人はこんなに綺麗なんだろうと、レネはエイベル副騎兵団長の玲瓏たる美貌を見ながら思っていた。
彼の前に出ると、平々凡々な容姿の自分が恥ずかしく思えるほどだ。
更に、この副騎兵団長は綺麗な上に、凄く強い人である。
バンナム卿には負けてしまったけれど、普通の騎士なら歯が立たないほどに強い人。
羨ましいと思う。
きっと彼なら、バンナム卿と並び立っても見劣りしないだろう。
実力・容姿ともに揃っている人なんだもの。
自分は魔術の才だけはあると思うけど、それ以外は人より秀でたものなど何もなかった。
エイベル副騎兵団長は微笑みを浮かべて言った。
「バンナム卿につきまとわないでくれないか。私と卿の仲のことは知っているだろう」
「…………」
言われたことに驚いて、レネは目を見開いた。
「知らないはずがないよね。私達は毎晩会っているんだ」
嘘ではない。
緑竜寮の台所で、いつも絡んでいるのはエイベル副騎兵団長だった。
誘いを向けてもバンナムからは相変わらず無下に断られている。
「私の言いたいことは分かるだろう」
そうエイベル副騎兵団長から面と向かって言われたレネ魔術師は、蛇に睨まれた蛙のようになり、とても小さな声で「ハイ」と答えたのだった。
「可哀想な事をするなよ」
またしても物陰から、エイベル副騎兵団長とレネ魔術師のやりとりを見ていたカーティス隊長は、顔をしかめてエイベル副騎兵団長に言った。
「…………いいだろう」
「この竜騎兵団にいてくれる貴重な魔術師だ。それをあんな風に苛めるなんて。もうここにはいたくないと言われたらどうするんだ。副騎兵団長としてあるまじき行為だ。ウラノス騎兵団長も聞いたら怒るぞ」
ウラノス騎兵団長の名を出され、エイベル副騎兵団長は眉を寄せた。
「……………怒られるかな」
「ああ、貴方を怒るだろう」
「嫉妬してくれないかな」
「……………」
その台詞を聞いて、カーティス隊長は深く深くため息をついた。
エイベル副騎兵団長が長年想いを寄せているのは、ウラノス騎兵団長であった。しかし、あの武勇に優れたる騎兵団長は、エイベル副騎兵団長の想いに応えたことはない。
その昔、抱いてくれと迫ったこともあるが、拒否されたと酒に酔ったエイベル副騎兵団長に、昏い目で話されたことがある。
長い間、エイベル副騎兵団長はあの騎兵団長に想いを寄せ続け、拗らせ続けている。
「さぁな。それよりも困ったことをしてくれたと怒ることの方が先だろう。バンナム卿も貴方がしたことを知れば怒るぞ」
「別に構いやしない」
「エイベル!!」
名を呼ばれ、エイベル副騎兵団長は笑った。
「それにこんなことくらいで壊れる恋なら、最初から壊れる運命だったんだ」
そう言い放っていた。
エイベル副騎兵団長に「バンナム卿につきまとわないでくれ」と言われたレネ魔術師は、その後、見習い竜騎兵達に対して、いつものように授業を行ったが、その様子はひどく元気のないものだった。
自分でも、一気に力が無くなっていることが分かる。ドンと押されたのなら、きっとその場にへなへなと座り込んでしまっただろう。
だが彼を押すような竜騎兵達はおらず、レネは「また来週」と見習い竜騎兵達に静かに言って、青竜寮の自室へ向かって歩いて行く。
本当なら、昼は食堂で、アルバート王子に仕えるバンナムの様子を見ることが楽しみであったのだけど、今日は食堂へ行く気にならなかった。
昼食を抜いても別に構わないと思った。
大体、王宮に勤めていた頃は朝も昼もろくに口にしないでよく働いていたものだ。
そのせいで今よりもずっと痩せていた。この竜騎兵団の拠点にやって来てから三食しっかり食べるようになって健康的に肉付きも良くなってきた。
(そう考えると、ここへ来ていいこともあったということか)
少しだけ笑いが零れる。
彼を見ているだけでも、幸せだったのに。
それすらもダメだと言われたらどうすればいいんだろう。
見ているだけでも幸せだったのに。
あの綺麗な副騎兵団長に「私達は毎晩会っている」と言われた。
ただ会っているだけのはずがなかった。
リヨンネ先生は「バンナム卿を信じて差し上げないとダメ」と言っていたけれど、当事者の一人からそう言われたのなら、その信じる心だって大きく揺らいでしまう。
(本当にバンナム卿は、あの副騎兵団長と……)
考えまいと思っても、思考はそこにいってしまう。
そうなると、心が散り散りに乱れ、胸がひどく締め付けられるように苦しい。
見ているだけで、いいと思っていた。
でも、本当は違うんだ。
分かっている。
リヨンネ先生にも言われた独占欲が自分の中に確かにある。
見ているだけでいいと、自分で自分に言い聞かせていた。
でも本当は。
本当はもっと彼の近くにいたいんだ。
もっと彼の声を聞いていたい。そばにいて彼に触れたい。
そんなことを考えながら、力なく歩いているレネの前に、突然、バンナムが現れた。
息を切らして現れた彼は、何故か急いで走ってきたようだ。
(あれ、殿下は?)
いつも殿下のそばにいて、護衛を務めている彼が一人でこの時間、こうしてやって来ることなど本当ならあり得ない。
でもバンナムは、青竜寮の自室に向かって歩いていたレネのそばまでやってくると、レネを見てホッとした様子だった。
「今日はレネ先生が食堂にいらっしゃらないから、どうなさったんだと思いました。どこか具合が悪いのですか」
「……」
レネは頭を振った。
「具合が悪いわけじゃないです。卿は、王子殿下の護衛はいいのですか」
「ウラノス騎兵団長が、今の間は見ていて下さっています」
「……騎兵団長が?」
「はい」
ウラノス騎兵団長から、団長室に王子とバンナムは呼び出され、しばらくの間、自分が王子殿下のお側についているので、レネ先生と話してくるように言われたのだ。
そしてその場でバンナムは、自身について囁かれている噂話を初めて耳にしたのだ。
「レネ先生の誤解を解いておくように、ウラノス騎兵団長に言われました」
「…………………」
風がバンナムの短い茶色の髪を揺らす。
レネは目の前の長身の騎士の姿を見つめていた。
「私は、副騎兵団長とは一切関係を持っていません。貴方には誤解されたくありませんので、お伝えしておきます」
そしてバンナムは綺麗に一礼し、そのまま王子のいるであろう方角へ歩いて行く。
その姿が消えるまで、レネはずっとその背中を見つめていた。
それからローブが汚れてしまうのも忘れ、ぺたりと地面に腰を下ろして座りこんでしまった。
「……………」
頬が赤くなる。
レネの瞳は先ほどとは打って変わって、今や生き生きとした光を浮かべだしていた。
素直に嬉しかった。
彼が、副騎兵団長とは関係がないと、彼自身の口から否定してくれたことが嬉しかった。
誰に何を言われようと、彼の口から言われた言葉が一番、そう、一番信じられる。
それからレネは「ヤッター」と叫び、ばね仕掛けの人形のように勢いよく立ち上がると青竜寮の自室の部屋に駆け込み、もう一度「ヤッター」と叫んで寝台に飛び込んだのだった。
その様子を見て、勝手にレネの部屋の扉を開けて、レネの分の昼食のパンの入った袋を持ちながら入ってきたリヨンネは苦笑していた。
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