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第五章 懐かしい友との再会
第一話 辺境伯の息子
空一面に真っ白い雲海が広がる。
首の長いどこか優美なその竜の背に、ゴーグルをかけ、ぶ厚い革の手袋を両手にはめ、膝丈の革製のブーツを履き、しっかりとした防寒の上着を身に付けた竜騎兵の若者が跨っていた。
紫竜は雲の中を、素晴らしい速さで飛んでいた。
やがて、紫竜は雲海の中を羽ばたいて抜ける。
ぽんというように、雲海の雲の中から、紫竜が姿を現わした。
足元に広がるその真っ白い雲の海に、背に跨っていた竜騎兵の若者、そう、アルバート王子は鳶色の瞳を輝かせ、感嘆の声を上げた。
「凄いな」
紫竜ルーシェも心話で応えた。
(うん、凄いね!!)
どこまでも続いていく雲の海は、太陽のある方角ではオレンジや紫、赤の混じった美しい色合いに染まっている。
そこはまるで、空と雲と自分達しか存在していないような世界だった。
空の上で羽ばたく紫竜とアルバート王子は、しばらくの間、黙り込んだままその景色を眺めていた。
やがて王子は紫竜の首に手をやる。
「行こうか」
(うん)
その言葉に、紫竜は羽ばたきをやめた。
一瞬で、自由落下して紫竜の体は真下に落ちていく。雲海の雲を突き抜けてゴウという風を身にまといながら落ちていく。
驚いた王子が自分の首にしがみつくのに、紫竜は笑った。
そして王子も強い風に短い黒髪を揺らし、紫竜の首にしがみつきながら声を張り上げていた。
「ひどいぞ、ルー!!」
くるくると回りながら、真っ逆さまに頭から紫竜は地上へ向かって落ちていく。
そして森にぶつかる寸前に、グンとその身を風魔法で押し上げ、羽ばたいて上に飛んだ。
王子の体に強い圧が掛かるが、それが負担にならないように、紫竜は風魔法で壁を作って軽減させていた。
通常の飛行ルートに戻る紫竜の首を、ポンポンとアルバート王子は叩く。
「私の寿命が縮まるだろう」
(面白いって前は喜んでいたじゃん)
そう。
一時はこの自由落下の感覚が楽しいと言って王子は紫竜にそれをやらせていたのだ。
それでも悪戯好きの紫竜は、突然王子を乗せたままそれをやるので始末に悪い。
「確かにそうだが」
(王子が喜ぶのが俺は嬉しいんだよ)
仕方ないなとため息をつきながら、王子は紫竜の背に手をやると、紫竜はスピードを上げて飛んで行く。
紫竜とアルバート王子は、竜騎兵団長ウラノスからの手紙を、辺境伯バルトロメオへ届けに行く最中であった。現在、竜騎兵団で最も早く飛ぶ竜は、紫竜であった。紫竜は伝令竜よりも早く飛ぶ。バルトロメオの住む居城に一刻もかからずに手紙を届けることが出来るので、ウラノスはよく手紙を届ける役目を紫竜とアルバート王子にさせていた。
そしてまたウラノス騎兵団長は、アルバート王子と紫竜の関係を察していたのだろう。二人だけで楽しめる時間が持てるように、二人にこうした仕事をよく頼んでくれる。
実際、今日もバルトロメオ辺境伯に手紙を届けた後は、夕方までに竜騎兵団へ帰還すれば良いと言われている。
それまで自由時間なのだ。
それから半刻も経たないうちに、紫竜は石造りの立派な城に設けられている離着陸場に到着した。
見張りの兵達が、空から飛んでくる紫竜を見つけていたのだろう。紫竜とアルバート王子が到着すると同時に、バルトロメオ辺境伯に仕える兵士がやって来て、すぐさま王子の手からウラノス騎兵団長の手紙を受け取る。それは木製の筒であり、手紙は丸められて筒の中に入っているのだ。紐で留められたその筒を兵士は受け取るとバルトロメオ辺境伯へ早速届けに向かっていた。
アルバート王子と紫竜は、使者として手紙を届けに来た労をねぎらわれ、別室へ案内される。
紫竜が鞍を背から落とし、小さな竜に姿を変えるのを見ても、もはやバルトロメオ辺境伯の城にいる兵士達は驚きを見せない。最初の頃こそ驚いて声を上げたり目を丸くしていたが、毎回毎回、紫色の竜が小さな竜に姿を変えるものだから、見慣れてしまったのだ。
猫のように小さな紫色の竜を連れて、アルバート王子が別室で用意されたお茶を口にしていると、しばらくして、バタバタと走る音が聞こえてきた。
その足音が近づいてきているのが分かると、紫竜はビクンと身を震わせて飛び上がる。そして急いで王子の頭の上に乗って猫のように丸くなっていた。
紫竜はその足音の主が苦手なのだ。
それを知っているアルバート王子は小さく笑う。
「ルー、それで逃げているつもりなのか」
「ピルルピルルルルルルルルゥ(だって隠れるところがこの部屋にはないんだ。王子の頭の上が一番安全なんだよ)」
「だが、……みっともないだろう」
王子の言葉通りみっともない。
青い軍衣をまとう凛々しい竜騎兵の若者の頭の上に、小さな竜が丸くなっている。
まったく奇妙な光景だった。
それに、部屋で王子達に給仕するために控えている使用人達も、笑うのを堪えているような様子があった。
だが使用人達も、紫竜が王子の頭のてっぺんへ逃げようとする理由を理解していた。
部屋の中に飛び込むようにやって来たのは、辺境伯の息子アーサーで、彼は竜が大好きだったのだ。
首の長いどこか優美なその竜の背に、ゴーグルをかけ、ぶ厚い革の手袋を両手にはめ、膝丈の革製のブーツを履き、しっかりとした防寒の上着を身に付けた竜騎兵の若者が跨っていた。
紫竜は雲の中を、素晴らしい速さで飛んでいた。
やがて、紫竜は雲海の中を羽ばたいて抜ける。
ぽんというように、雲海の雲の中から、紫竜が姿を現わした。
足元に広がるその真っ白い雲の海に、背に跨っていた竜騎兵の若者、そう、アルバート王子は鳶色の瞳を輝かせ、感嘆の声を上げた。
「凄いな」
紫竜ルーシェも心話で応えた。
(うん、凄いね!!)
どこまでも続いていく雲の海は、太陽のある方角ではオレンジや紫、赤の混じった美しい色合いに染まっている。
そこはまるで、空と雲と自分達しか存在していないような世界だった。
空の上で羽ばたく紫竜とアルバート王子は、しばらくの間、黙り込んだままその景色を眺めていた。
やがて王子は紫竜の首に手をやる。
「行こうか」
(うん)
その言葉に、紫竜は羽ばたきをやめた。
一瞬で、自由落下して紫竜の体は真下に落ちていく。雲海の雲を突き抜けてゴウという風を身にまといながら落ちていく。
驚いた王子が自分の首にしがみつくのに、紫竜は笑った。
そして王子も強い風に短い黒髪を揺らし、紫竜の首にしがみつきながら声を張り上げていた。
「ひどいぞ、ルー!!」
くるくると回りながら、真っ逆さまに頭から紫竜は地上へ向かって落ちていく。
そして森にぶつかる寸前に、グンとその身を風魔法で押し上げ、羽ばたいて上に飛んだ。
王子の体に強い圧が掛かるが、それが負担にならないように、紫竜は風魔法で壁を作って軽減させていた。
通常の飛行ルートに戻る紫竜の首を、ポンポンとアルバート王子は叩く。
「私の寿命が縮まるだろう」
(面白いって前は喜んでいたじゃん)
そう。
一時はこの自由落下の感覚が楽しいと言って王子は紫竜にそれをやらせていたのだ。
それでも悪戯好きの紫竜は、突然王子を乗せたままそれをやるので始末に悪い。
「確かにそうだが」
(王子が喜ぶのが俺は嬉しいんだよ)
仕方ないなとため息をつきながら、王子は紫竜の背に手をやると、紫竜はスピードを上げて飛んで行く。
紫竜とアルバート王子は、竜騎兵団長ウラノスからの手紙を、辺境伯バルトロメオへ届けに行く最中であった。現在、竜騎兵団で最も早く飛ぶ竜は、紫竜であった。紫竜は伝令竜よりも早く飛ぶ。バルトロメオの住む居城に一刻もかからずに手紙を届けることが出来るので、ウラノスはよく手紙を届ける役目を紫竜とアルバート王子にさせていた。
そしてまたウラノス騎兵団長は、アルバート王子と紫竜の関係を察していたのだろう。二人だけで楽しめる時間が持てるように、二人にこうした仕事をよく頼んでくれる。
実際、今日もバルトロメオ辺境伯に手紙を届けた後は、夕方までに竜騎兵団へ帰還すれば良いと言われている。
それまで自由時間なのだ。
それから半刻も経たないうちに、紫竜は石造りの立派な城に設けられている離着陸場に到着した。
見張りの兵達が、空から飛んでくる紫竜を見つけていたのだろう。紫竜とアルバート王子が到着すると同時に、バルトロメオ辺境伯に仕える兵士がやって来て、すぐさま王子の手からウラノス騎兵団長の手紙を受け取る。それは木製の筒であり、手紙は丸められて筒の中に入っているのだ。紐で留められたその筒を兵士は受け取るとバルトロメオ辺境伯へ早速届けに向かっていた。
アルバート王子と紫竜は、使者として手紙を届けに来た労をねぎらわれ、別室へ案内される。
紫竜が鞍を背から落とし、小さな竜に姿を変えるのを見ても、もはやバルトロメオ辺境伯の城にいる兵士達は驚きを見せない。最初の頃こそ驚いて声を上げたり目を丸くしていたが、毎回毎回、紫色の竜が小さな竜に姿を変えるものだから、見慣れてしまったのだ。
猫のように小さな紫色の竜を連れて、アルバート王子が別室で用意されたお茶を口にしていると、しばらくして、バタバタと走る音が聞こえてきた。
その足音が近づいてきているのが分かると、紫竜はビクンと身を震わせて飛び上がる。そして急いで王子の頭の上に乗って猫のように丸くなっていた。
紫竜はその足音の主が苦手なのだ。
それを知っているアルバート王子は小さく笑う。
「ルー、それで逃げているつもりなのか」
「ピルルピルルルルルルルルゥ(だって隠れるところがこの部屋にはないんだ。王子の頭の上が一番安全なんだよ)」
「だが、……みっともないだろう」
王子の言葉通りみっともない。
青い軍衣をまとう凛々しい竜騎兵の若者の頭の上に、小さな竜が丸くなっている。
まったく奇妙な光景だった。
それに、部屋で王子達に給仕するために控えている使用人達も、笑うのを堪えているような様子があった。
だが使用人達も、紫竜が王子の頭のてっぺんへ逃げようとする理由を理解していた。
部屋の中に飛び込むようにやって来たのは、辺境伯の息子アーサーで、彼は竜が大好きだったのだ。
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