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第五章 懐かしい友との再会
第十五話 将来のための話し合い
リヨンネの王都の家は、都の中心部にある広場のすぐそばに建っている。
それは王都に複数の不動産を持つ、リヨンネの実家バンクール商会の持ち家の一つであった。
こんな良い場所に、家賃を払うことなく暮らせることに、リヨンネは勿論、極めて自分の恵まれた立場を理解していた。
好きな学問を好きなだけ、自由にさせてもらっている。
有難いことだった。
自分の上に、実家の仕事を継いでいる三人の兄がいるからこそ、末っ子のリヨンネはある意味好き勝手にさせてもらえている。
鍵で扉を開けて入る。
北方地方の竜騎兵団の拠点とこの王都の家の間を、頻繁に行き来して過ごしているものだから、家の中も荒れた様子もなくよく片付けられていた。
勿論それは、キースが整理整頓を尽くしてくれたことによる。
キースは部屋の中に入ると、すぐに明りを点けた。
王都のバンクール商会の店を出た後、夕食を取って帰って来た。
あとは寝るだけである。
「お茶を淹れます」
キースはそう言って、湯を沸かし始めた。
リヨンネは荷物を開け始めた。
「また竜騎兵団へお戻りになるのですか」
「いや、トレナの街に行く」
トレナの街は、バルトロメオ辺境伯の城が置かれている街であった。カルフィー魔道具店が巡回に来る少し前にトレナの街に入るつもりである。
「分かました。お荷物をまとめておきますね」
「有難う」
湯が沸き、キースはお茶の缶から葉を取り出し、ポットに入れ、湯を注いでいく。
そして少し待った後、カップにお茶を注いでくれた。
ほどなく部屋の中に、良い香りが漂う。
リヨンネは自分の前のテーブルの上に、そっとそれが置かれるのを見て、いつものように礼を言った。
「ありがとう、キース」
「いえ」
キースも自分の分のお茶を淹れ、そしてテーブルの向かい側に座る。
淹れてくれたお茶は、相変わらずリヨンネ好みの味と、そして温度になっていた。
リヨンネは熱々のお茶が好きなのだ。
ふいに、それを口にしていると、急にどうしようもない寂しさが込み上げた。
彼を手放そうと思ったのに、惜しんでしまう。
こんなに自分の為にいつも良くしてくれるのに。
(でも、いつまでも親の脛を齧ってばかりいる学者風情についているには、キースは優秀過ぎる)
(私の元にいても、何にもならない)
(もっと彼の能力が活かせる場所にこそ、彼は行くべきだ)
リヨンネは、自分の思いを断ち切るように深々と息をついた後、キースに改まった様子で向きかい、そして言った。
「キース、君は、バンクール商会へ、従業員として正式に入るつもりはないのかい?」
キースは口にしていたお茶を飲み干した後、カップを皿に載せた。
それからやはり改まってリヨンネの目を見つめ、ハッキリと告げた。
「ジャクセン様のバンクール商会に入るつもりはありません」
「…………弟の口から言うのもなんだけど、兄の店の給金は良いし、待遇も良い」
「存じております」
「なら、どうして」
こんなに良い条件の話なのに、どうして、兄の誘いを、自分の勧めを断るのだと言う、少しばかり非難めいた目で、リヨンネはキースを見つめる。
キースは視線を下におろした後、またいつぞやの台詞を口にしたのだ。
「僕は、リヨンネ先生にお仕えすると決めています」
「私なんかに仕えても仕方ないよ」
リヨンネは自分の頭を掻きながらそう言った。
「君にあげているお給金だって少ない」
以前、レネ魔術師にキース少年を引き抜かれそうになって以来、リヨンネはキースにきちんと給金を払っていた。
「私みたいな学者のそばに仕えても、君には何の得にもならないはずだ」
「…………リヨンネ先生は、僕にいなくなって欲しいのですか」
リヨンネがしつこくバンクール商会に自分を入れようとする、その理由に思い至ったキースが、どこか顔色を青ざめさせて言う様子に、リヨンネは慌てた。
「そんなはずがないだろう!!!!!!」
大声で否定する。
そして、リヨンネはまた髪を掻き上げ、ため息混じりに言ったのだ。
「君が、……君みたいな優秀な子が、私なんかにいつまでも仕えているのは、勿体ない。そう、勿体ないんだ。もっと君にふさわしい場所にいった方がいいと思ったんだ。君の優秀さを、能力をよく理解している兄の店に行けば、もっと君は豊かな生活を送ることができる」
リヨンネが自分のことが嫌になって、別の場所に行って欲しくてそう言ったわけではないことに、キースは胸を撫で下ろしていた。
それなら、まだ大丈夫だ。
「僕は、この命を助けて頂いた時からリヨンネ先生にお仕えすると決めていました」
「…………そんなに恩に着なくていい。今まででも十分仕えてくれた」
「僕が一生、リヨンネ先生にお仕えすると言ったら」
そのキースの言葉に、リヨンネは心底びっくりした顔をしていた。
だが、キースは言葉を続けた。リヨンネの目を真っ直ぐに見つめて。
「リヨンネ先生はお嫌ですか」
「……………………」
リヨンネはしばらく眉を寄せている。
「だめだ」
「嫌なのですか」
「嫌とかそういうのじゃない。それはだめだ」
「どうしてですか」
「私みたいな男のそばに、君みたいな優秀な子が」
「じゃあ、僕が優秀な人間じゃなかったら、お側に置いて下さるのですか?」
「君は!!」
まるで売り言葉に買い言葉のようなやりとりに、リヨンネはため息をつく。
「…………」
ああ言えばこう言う感じで、キースは非常に頑固に思えた。
いつもは頭の良い、素直な子のはずなのに。この件に関しては良い返事をしてくれたことがない。
「とにかく、よく考えておいてくれ。すぐに返事はくれなくていいんだ。君が兄の店へ行ってもいいと言ってくれたら、すぐに兄に頼むから」
「考えるお時間を下さるのですね」
「そうだ。君はよく考えるようにするんだ」
そう大人ぶってピシャリと言うリヨンネ。だが、キースはその彼をどこか冷静に眺めていた。
(この人は……もし、僕がずっと返事をしなかったらどうするんだろう)
(やっぱりずっとお側に置いて下さるのかしら)
そんなことを意地悪く思っていたのだった。
それは王都に複数の不動産を持つ、リヨンネの実家バンクール商会の持ち家の一つであった。
こんな良い場所に、家賃を払うことなく暮らせることに、リヨンネは勿論、極めて自分の恵まれた立場を理解していた。
好きな学問を好きなだけ、自由にさせてもらっている。
有難いことだった。
自分の上に、実家の仕事を継いでいる三人の兄がいるからこそ、末っ子のリヨンネはある意味好き勝手にさせてもらえている。
鍵で扉を開けて入る。
北方地方の竜騎兵団の拠点とこの王都の家の間を、頻繁に行き来して過ごしているものだから、家の中も荒れた様子もなくよく片付けられていた。
勿論それは、キースが整理整頓を尽くしてくれたことによる。
キースは部屋の中に入ると、すぐに明りを点けた。
王都のバンクール商会の店を出た後、夕食を取って帰って来た。
あとは寝るだけである。
「お茶を淹れます」
キースはそう言って、湯を沸かし始めた。
リヨンネは荷物を開け始めた。
「また竜騎兵団へお戻りになるのですか」
「いや、トレナの街に行く」
トレナの街は、バルトロメオ辺境伯の城が置かれている街であった。カルフィー魔道具店が巡回に来る少し前にトレナの街に入るつもりである。
「分かました。お荷物をまとめておきますね」
「有難う」
湯が沸き、キースはお茶の缶から葉を取り出し、ポットに入れ、湯を注いでいく。
そして少し待った後、カップにお茶を注いでくれた。
ほどなく部屋の中に、良い香りが漂う。
リヨンネは自分の前のテーブルの上に、そっとそれが置かれるのを見て、いつものように礼を言った。
「ありがとう、キース」
「いえ」
キースも自分の分のお茶を淹れ、そしてテーブルの向かい側に座る。
淹れてくれたお茶は、相変わらずリヨンネ好みの味と、そして温度になっていた。
リヨンネは熱々のお茶が好きなのだ。
ふいに、それを口にしていると、急にどうしようもない寂しさが込み上げた。
彼を手放そうと思ったのに、惜しんでしまう。
こんなに自分の為にいつも良くしてくれるのに。
(でも、いつまでも親の脛を齧ってばかりいる学者風情についているには、キースは優秀過ぎる)
(私の元にいても、何にもならない)
(もっと彼の能力が活かせる場所にこそ、彼は行くべきだ)
リヨンネは、自分の思いを断ち切るように深々と息をついた後、キースに改まった様子で向きかい、そして言った。
「キース、君は、バンクール商会へ、従業員として正式に入るつもりはないのかい?」
キースは口にしていたお茶を飲み干した後、カップを皿に載せた。
それからやはり改まってリヨンネの目を見つめ、ハッキリと告げた。
「ジャクセン様のバンクール商会に入るつもりはありません」
「…………弟の口から言うのもなんだけど、兄の店の給金は良いし、待遇も良い」
「存じております」
「なら、どうして」
こんなに良い条件の話なのに、どうして、兄の誘いを、自分の勧めを断るのだと言う、少しばかり非難めいた目で、リヨンネはキースを見つめる。
キースは視線を下におろした後、またいつぞやの台詞を口にしたのだ。
「僕は、リヨンネ先生にお仕えすると決めています」
「私なんかに仕えても仕方ないよ」
リヨンネは自分の頭を掻きながらそう言った。
「君にあげているお給金だって少ない」
以前、レネ魔術師にキース少年を引き抜かれそうになって以来、リヨンネはキースにきちんと給金を払っていた。
「私みたいな学者のそばに仕えても、君には何の得にもならないはずだ」
「…………リヨンネ先生は、僕にいなくなって欲しいのですか」
リヨンネがしつこくバンクール商会に自分を入れようとする、その理由に思い至ったキースが、どこか顔色を青ざめさせて言う様子に、リヨンネは慌てた。
「そんなはずがないだろう!!!!!!」
大声で否定する。
そして、リヨンネはまた髪を掻き上げ、ため息混じりに言ったのだ。
「君が、……君みたいな優秀な子が、私なんかにいつまでも仕えているのは、勿体ない。そう、勿体ないんだ。もっと君にふさわしい場所にいった方がいいと思ったんだ。君の優秀さを、能力をよく理解している兄の店に行けば、もっと君は豊かな生活を送ることができる」
リヨンネが自分のことが嫌になって、別の場所に行って欲しくてそう言ったわけではないことに、キースは胸を撫で下ろしていた。
それなら、まだ大丈夫だ。
「僕は、この命を助けて頂いた時からリヨンネ先生にお仕えすると決めていました」
「…………そんなに恩に着なくていい。今まででも十分仕えてくれた」
「僕が一生、リヨンネ先生にお仕えすると言ったら」
そのキースの言葉に、リヨンネは心底びっくりした顔をしていた。
だが、キースは言葉を続けた。リヨンネの目を真っ直ぐに見つめて。
「リヨンネ先生はお嫌ですか」
「……………………」
リヨンネはしばらく眉を寄せている。
「だめだ」
「嫌なのですか」
「嫌とかそういうのじゃない。それはだめだ」
「どうしてですか」
「私みたいな男のそばに、君みたいな優秀な子が」
「じゃあ、僕が優秀な人間じゃなかったら、お側に置いて下さるのですか?」
「君は!!」
まるで売り言葉に買い言葉のようなやりとりに、リヨンネはため息をつく。
「…………」
ああ言えばこう言う感じで、キースは非常に頑固に思えた。
いつもは頭の良い、素直な子のはずなのに。この件に関しては良い返事をしてくれたことがない。
「とにかく、よく考えておいてくれ。すぐに返事はくれなくていいんだ。君が兄の店へ行ってもいいと言ってくれたら、すぐに兄に頼むから」
「考えるお時間を下さるのですね」
「そうだ。君はよく考えるようにするんだ」
そう大人ぶってピシャリと言うリヨンネ。だが、キースはその彼をどこか冷静に眺めていた。
(この人は……もし、僕がずっと返事をしなかったらどうするんだろう)
(やっぱりずっとお側に置いて下さるのかしら)
そんなことを意地悪く思っていたのだった。
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