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第十二章 黒竜、再び王都へ行く
第七話 兄への挨拶(下)
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リヨンネは、北方地方で出会ったアンヌという女性を妻として迎えたと兄ジャクセンに報告した。
その妻の腹には、もうリヨンネの子がいるという。
年明けくらいには産まれるという話に、ジャクセンは驚いた。
末の弟のリヨンネは、王都と北方地方をふらふらと移動して落ち着くことなく暮らしていた。従者のキースという若者がそばにいることで、だらしない生活も随分とまともになっていた。気が利くキースを、少年の頃からそばにおいて可愛がっていたリヨンネ。そしてどうもキースも、こんな弟に想いを寄せていることにジャクセンは気が付いていた。
目端の利くキースを、ジャクセンは自分の商会に迎えても良いと考えていたが、キースはそれを断り、リヨンネのそばに留まってその後も仕えている。リヨンネに、孤児のキースを拾い上げてくれた恩義があるといっても、あそこまでずっと彼に忠実に仕え続けることはなかなか出来ないだろうと傍目から見て思っていた。
それなのに、リヨンネは自分に想いを寄せているキースではなく、別の女性の手を取った。
奥手といっても良いリヨンネのその行動には、正直に言って、ジャクセンは驚いた。
実際、リヨンネが妊娠した妻を連れて帰ってきたという話を耳にした商会の従業員達は「あのリヨンネ様が」と一様に驚愕していた。
リヨンネの傍らにいるキースは、無表情であった。
そのキースの心情を思うと、少しばかりジャクセンにもキースに対して同情が込み上げていた。
キースが一途に想いを寄せていたリヨンネが、別の女性に靡いてしまったのだから。
「お前が妻に迎えたアンヌという女性に会ってみたい」
更にリヨンネの背中に汗が流れ落ちた。
だらだらと流れていく。
「に、兄さん」
バンクール一族の長たる兄が、末弟の妻に会いたいと述べるのは極めて自然で当然のことであった。
マズイ
王宮に出入りし、王族達の顔全てを完璧なその記憶力で記憶しているジャクセンには、マリアンヌが髪の色を変えても、そばかすをその顔に付けたとしても、王国の三番目の王女マリアンヌであることはすぐに分かってしまうだろう。
絶対に、兄ジャクセンに会わせてはならない。
「アンヌ様は、王都に到着してからご気分が優れないようで、寝込んでしまわれています」
そこにキースが助け舟を出した。
キースを見つめるリヨンネの目には感謝の光が輝いている。
キースは内心深くため息をつき、(自分は一体何をしているのだ)と思いながらも、リヨンネのフォローを続けた。
「北方地方からの長旅です。今日も休んで頂いています」
本当は、今頃マリアンヌは、黒竜シェーラと一緒に荷解きをして、元気に荷物を棚に仕舞っているだろう。妊娠中とはいえ、マリアンヌは随分と体調が良く、気分が悪くなった様子を見たことがなかった。健康的な妊婦であった。
「昨日の今日だ。すぐに会わせてくれという話ではない」
長い足を組み、優雅に微笑みながら、逆らうことを許さない口調で兄ジャクセンは言った。
美貌の男故に、彼には迫力があった。
「落ち着いたら連絡をくれ。私と妻の二人で、お前の家を訪ねよう」
「……………………………………………はい」
絶対に連絡したくない。
そう思うリヨンネであったが、蛇に睨まれた蛙のように、コクコクと頷くしかなかった。
バンクール商会の本店を出て、だいぶ離れたところで、リヨンネは自分で自分の頭を抱えこんで叫んでいた。
「あ――――――――――――――、どうしよう!!!!」
道行く人々が驚いて振り返る。
「リヨンネ様、目立ってしまいます」
「詰んだ。詰んでしまったよ、キース。兄さんに知られたら終わりだよ。ハハハハハッ」
リヨンネの目が虚ろになっている。
「こんなことなら、アンヌ様を私の妻ということにしなけりゃ良かった。策士、策に溺れるとは言ったもんだね。いや、策というほどのことでもないか。誤魔化そうとしただけだから」
「…………リヨンネ様、まだ手はあります」
「無理だよ。私の兄ジャクセンの記憶力は飛び抜けている。一目で正体が判ってしまうだろう」
キースは他人に自分達の話を聞かれないように、声を潜め、リヨンネの袖を掴んで道を移動しながら話し続けた。
「幸いなことに、黒竜シェーラがいるじゃないですか」
そのキースの言葉に、リヨンネは目を開いた。
しぼんでいた花が、満開に花開くが如く、顔色が一気に良くなった。
「キース、君は凄いよ!!」
「リヨンネ様はジャクセン様のことで頭が一杯になってしまったようですね。いつものリヨンネ様なら、すぐに気が付かれていたはずです。シェーラの“呪い”の力を使えばいいのです」
「そうだ。今回シェーラが私達と一緒に来たことは、きっと神のお導きなのだろう!!」
すっかり神頼みになっているリヨンネ。両手を組み合わせて祈るような仕草まで見せている。
リヨンネは兄ジャクセンのことをよく知っていた。非常に頭の良い、全てにおいて優秀な兄のことを尊敬して頼りにしている一方、兄の事をとても畏れていた。誰も絶対に敵わない美貌の、全てにおいて完璧な兄ジャクセン。その兄に睨まれたとあっては、もはやこの世の終わりがやって来たような、絶望さえ覚えるのであった。
だが、黒竜シェーラが兄ジャクセンに呪いを掛ければ良いのだ。
マリアンヌと会ったとしても、彼女が王女マリアンヌではなく、北方地方出身の、平民のアンヌだと思わせるように呪いを掛ければ良い。
そうすれば問題ない。兄に睨まれることも叱られることもない。
「キース、君は本当に素晴らしい」
そう言って、リヨンネは恋人になったばかりのキースの体を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめたのだった。
その妻の腹には、もうリヨンネの子がいるという。
年明けくらいには産まれるという話に、ジャクセンは驚いた。
末の弟のリヨンネは、王都と北方地方をふらふらと移動して落ち着くことなく暮らしていた。従者のキースという若者がそばにいることで、だらしない生活も随分とまともになっていた。気が利くキースを、少年の頃からそばにおいて可愛がっていたリヨンネ。そしてどうもキースも、こんな弟に想いを寄せていることにジャクセンは気が付いていた。
目端の利くキースを、ジャクセンは自分の商会に迎えても良いと考えていたが、キースはそれを断り、リヨンネのそばに留まってその後も仕えている。リヨンネに、孤児のキースを拾い上げてくれた恩義があるといっても、あそこまでずっと彼に忠実に仕え続けることはなかなか出来ないだろうと傍目から見て思っていた。
それなのに、リヨンネは自分に想いを寄せているキースではなく、別の女性の手を取った。
奥手といっても良いリヨンネのその行動には、正直に言って、ジャクセンは驚いた。
実際、リヨンネが妊娠した妻を連れて帰ってきたという話を耳にした商会の従業員達は「あのリヨンネ様が」と一様に驚愕していた。
リヨンネの傍らにいるキースは、無表情であった。
そのキースの心情を思うと、少しばかりジャクセンにもキースに対して同情が込み上げていた。
キースが一途に想いを寄せていたリヨンネが、別の女性に靡いてしまったのだから。
「お前が妻に迎えたアンヌという女性に会ってみたい」
更にリヨンネの背中に汗が流れ落ちた。
だらだらと流れていく。
「に、兄さん」
バンクール一族の長たる兄が、末弟の妻に会いたいと述べるのは極めて自然で当然のことであった。
マズイ
王宮に出入りし、王族達の顔全てを完璧なその記憶力で記憶しているジャクセンには、マリアンヌが髪の色を変えても、そばかすをその顔に付けたとしても、王国の三番目の王女マリアンヌであることはすぐに分かってしまうだろう。
絶対に、兄ジャクセンに会わせてはならない。
「アンヌ様は、王都に到着してからご気分が優れないようで、寝込んでしまわれています」
そこにキースが助け舟を出した。
キースを見つめるリヨンネの目には感謝の光が輝いている。
キースは内心深くため息をつき、(自分は一体何をしているのだ)と思いながらも、リヨンネのフォローを続けた。
「北方地方からの長旅です。今日も休んで頂いています」
本当は、今頃マリアンヌは、黒竜シェーラと一緒に荷解きをして、元気に荷物を棚に仕舞っているだろう。妊娠中とはいえ、マリアンヌは随分と体調が良く、気分が悪くなった様子を見たことがなかった。健康的な妊婦であった。
「昨日の今日だ。すぐに会わせてくれという話ではない」
長い足を組み、優雅に微笑みながら、逆らうことを許さない口調で兄ジャクセンは言った。
美貌の男故に、彼には迫力があった。
「落ち着いたら連絡をくれ。私と妻の二人で、お前の家を訪ねよう」
「……………………………………………はい」
絶対に連絡したくない。
そう思うリヨンネであったが、蛇に睨まれた蛙のように、コクコクと頷くしかなかった。
バンクール商会の本店を出て、だいぶ離れたところで、リヨンネは自分で自分の頭を抱えこんで叫んでいた。
「あ――――――――――――――、どうしよう!!!!」
道行く人々が驚いて振り返る。
「リヨンネ様、目立ってしまいます」
「詰んだ。詰んでしまったよ、キース。兄さんに知られたら終わりだよ。ハハハハハッ」
リヨンネの目が虚ろになっている。
「こんなことなら、アンヌ様を私の妻ということにしなけりゃ良かった。策士、策に溺れるとは言ったもんだね。いや、策というほどのことでもないか。誤魔化そうとしただけだから」
「…………リヨンネ様、まだ手はあります」
「無理だよ。私の兄ジャクセンの記憶力は飛び抜けている。一目で正体が判ってしまうだろう」
キースは他人に自分達の話を聞かれないように、声を潜め、リヨンネの袖を掴んで道を移動しながら話し続けた。
「幸いなことに、黒竜シェーラがいるじゃないですか」
そのキースの言葉に、リヨンネは目を開いた。
しぼんでいた花が、満開に花開くが如く、顔色が一気に良くなった。
「キース、君は凄いよ!!」
「リヨンネ様はジャクセン様のことで頭が一杯になってしまったようですね。いつものリヨンネ様なら、すぐに気が付かれていたはずです。シェーラの“呪い”の力を使えばいいのです」
「そうだ。今回シェーラが私達と一緒に来たことは、きっと神のお導きなのだろう!!」
すっかり神頼みになっているリヨンネ。両手を組み合わせて祈るような仕草まで見せている。
リヨンネは兄ジャクセンのことをよく知っていた。非常に頭の良い、全てにおいて優秀な兄のことを尊敬して頼りにしている一方、兄の事をとても畏れていた。誰も絶対に敵わない美貌の、全てにおいて完璧な兄ジャクセン。その兄に睨まれたとあっては、もはやこの世の終わりがやって来たような、絶望さえ覚えるのであった。
だが、黒竜シェーラが兄ジャクセンに呪いを掛ければ良いのだ。
マリアンヌと会ったとしても、彼女が王女マリアンヌではなく、北方地方出身の、平民のアンヌだと思わせるように呪いを掛ければ良い。
そうすれば問題ない。兄に睨まれることも叱られることもない。
「キース、君は本当に素晴らしい」
そう言って、リヨンネは恋人になったばかりのキースの体を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめたのだった。
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