吾輩は時々、黒猫である。

やまとゆう

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第3章 師匠と師匠の師匠

#21.

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目を覚ました頃には時計の針は18時を回っていた。昼寝には十分すぎる時間だった。今日はしばらく眠れないだろうな。少しの罪悪感を抱きながらオレはコーンスープを作った。湯気の立つカップに息を吹きかけ、恐る恐る一口目を口に入れる。熱いを通り越して痛い感覚がオレの舌の先を襲った。やっぱり熱かった。猫の師匠もやはり猫舌だ。オレはスープを冷ましながら部屋の照明を少し明るくしてテレビの電源を入れた。今日もオレの知らないどこかの街で起こった殺人事件のニュースが報道されている。ニュースはいつだって胸が締め付けられる。スポーツ以外に明るい話題はないものだろうかとオレは常日頃思っている。そんなことを考えながらゆっくりとスープを飲んでいると、ドアに設置された鈴がちりんと鳴ってドアが開いた。そこには人間に戻ったニケが帰ってきた。

 「おかえり。可愛い黒猫ちゃん」
 「うるさい。ただいま師匠」
 「今日は優子に会えたか?」
 「ううん、今日はいなかった」
 「そっか」
 「白猫も仙猫さんもいなかった」
 「そっか」
 「小学生たちにもみくちゃにされた」
 「ハハ。そんな日もあるさ」

今日のニケは機嫌も体勢も斜めを向いているようだ。声のトーンもいつもより低い。優子に会えなかった日は最近いつもこんな調子だ。ふふ、謳歌しているねぇ。師匠は微笑ましいよ。

 「コーンスープあるけど飲むか?」
 「うーん、うん」
 「何だよ、意地悪なんかしないよ」
 「その顔は信用出来ないなぁ」
 「バーカ、オレだぞ? 信じろ」

眉間に皺を寄せ、難しいクイズを解こうとするようなニケの顔を横目に、オレは返事を聞かないままニケがいつも使っているマグカップにコーンスープを注いで差し出した。

 「まぁ騙されたと思って飲めよ。今日の味はいつもより自信ある」
 「じゃあお言葉に甘えて」

ニケはオレの言葉に操られるようにマグカップに手を伸ばした。何の躊躇いもなくそれを口にしたニケは、オレの思惑通り勢いよく飛び跳ねた。飛び跳ねすぎて天井にニケの頭が届きそうだった。

 「ハハハ! 飛び上がるほど美味かったか」
 「ざっけんな! 熱すぎるわ!」

オレより猫舌のニケには熱すぎる温度で差し出したコーンスープ。よく見れば、沸き立てのお風呂のような湯気が立ち込めている。それに気づかないニケにますます愛らしさを抱く。

 「まだまだお前はお子ちゃまだな」
 「うるさいな。師匠だって猫舌じゃんか」
 「お前ほどじゃねえよ」
 「そういうとこ、ホントムカつく」

不快感を顔で全面に出すニケは、コーンスープを一旦放置しテーブルの上に置かれたチョコに手を伸ばして口に運んだ。

 「師匠、そういや」
 「うん?」
 「僕のやりたいこと、まだ師匠に言ってなかったよね?」
 「あぁ、そういやまだだったな」

オレの勘が正しければ今日それを知ったが。何てタイムリーなタイミングだ。と、心の中で思った。

 「実は僕ね、物語を書いてるんだ」
 「へぇ! すげえじゃん! どんな物語なんだ?」

オレの勘は正しかった。オレは自分でも認める程わざとらしいオーバーリアクションを取った。

 「黒猫が主人公の物語。僕にしか書くことの出来ない物語になるかなと思って」

オレもそう思う。本心でそう思った。

 「確かにな。へぇ、めっちゃいいじゃん。オレにも見せてくれよ」
 「やだよ。恥ずかしいから。自己満足で書いてるだけだし」
 「そうなのか? 賞に応募したりとかしないのか?」
 「うん。単純に僕が読みたいだけだから」
 「ふーん、オレは良いと思うけどなぁ」
 「え?」

ニケの顔色が明らかに変わってオレを見た。その瞬間にニケの心の声が流れ込んでくるように聞こえてきた気がした。

 「い、いやどうせ作るならオレだったら、そういうのに応募するけどなぁってことだよ」

オレは慌てて誤魔化し鼻の頭を擦った。ニケの疑惑が晴れるはずもなかった。

 「なんだよ、ニケ」
 「僕の部屋、入った?」
 「入ってねえよ。お前も年頃だろ? エロい本なんか見つけてしまったら複雑だしな」

今度はニケがオレの言葉を聞いて慌てた。ニケは慌てると目が泳ぐ。あと、嘘をつく時も。

 「そ、そんなのあるわけないだろ!」
 「そうなのか? オレがお前ぐらいの歳の時にはそういうの欲しくてたまらなかったけどなー」

話の主導権を強引に勝ち取り、話題をシフトしていく。実際、エロ本は見つからなかったが、慌てた反応を見るとどこかに置いてある気がしてならない。

 「聞いてないよ、そんな情報」
 「ハハ! まぁオレも年頃のお前の部屋に足を踏み入れたりしないよ」

すまんニケ。「これからは」って言葉を心の中で付け足しておくよ。

 「絶対入らないでよ」
 「おう、当たり前だ」

上手く言い逃れた自分を褒め、バレそうな事を言った自分を叱った。

 「ニケ」
 「ん?」
 「オレはどんなことをするお前でも見守ってるからな」

オレの言葉を受け取ったニケは、みるみる顔色が変わって涙を流しそうな表情になった。

 「師匠、死なないでね」
 「何でそうなるんだよ!」
 「何かそんな風に聞こえた」
 「アホか! オレは100歳過ぎてもここでオーナーを続けてるわ! 名誉会長になってるわ!」
 「それなら僕の方が先に死んでそうだね」

少し不機嫌な顔のまま愛想の無い言い方でオレに返事をしたニケは、そのままソファに飛び乗って本を開いた。オレに対して背を向けるニケの後ろ姿をとても愛おしく思い、うつ伏せに寝転ぶニケを優しく抱きしめた。ニケの体は驚くように反応した。

 「な、なに? 師匠」
 「うん? ちょっとだけこのままでいさせてくれ。オレの電池が切れかかってる」
 「し、しょうがないね。師匠、ほんとに死んじゃだめだよ」
 「だから死なないって」

寝転びながら抱きつくオレの腕を疲れさせない為に、ニケは少しだけ体を浮かしてくれている。そういうところがこいつは本当に愛おしい。いつもより長い時間抱きしめたくなってなかなか離れないオレの我儘を、ニケは何も言わずに聞いてくれていた。今日は本当に久しぶりに「良い日」だと思った。

            
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