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第3章 離れてはいけないし、離れたくない
#31
しおりを挟む「大好きだね、佳苗さん。晴樹のこと」
「大好き? いやぁどうだろうね。カッコいいとは思うけど」
「達月くん、佳苗はこの通り、素直じゃないところが可愛いんだ」
「え? 私ほど素直な人、いないと思うんだけど」
「うん。確かに魅力的だと思う」
「でしょ。私も昔からこういう所も好きなんだよね、佳苗の」
「2人して何なんだ。褒めても何も出ないのに」
少しずつ馴染んできた私たちの距離。テンポと気持ちのいい会話をしていると、コートの方が騒がしくなってきた。そこに目線を向けると、ついに晴樹さんたちのチームが公式練習を始めた。遠くから見つめているはずなのに、スパイクの迫力が半端ない。地面に突き刺さるボールはもはや肉眼では直視できない。ほぼ直角に落ちるように見えるそれは、会場全体をどよめかせながらも、それよりも圧倒的な歓声が上がり拍手が起こる。隣で見ている佳苗はすでに恋に落ちた少女のような目で晴樹さんを眺めている。その隣で見つめる達月くんはいつもと変わらず落ち着いた様子でそこを見つめている。
「すっごいね! 音もスピードも! やっぱりプロはレベチだね」
いつもより声が高いし、テンションも高い。うん、やっぱり佳苗はレベチで可愛い。本人に言うと白い目で見られそうだから言わないけれど。
「佳苗がレベチなんて言ったの、初めて聞いたんだけど。それにしても確かにやばいね! あんなの絶対レシーブ出来ないよ」
「確かに晴樹、今日はいつもよりキレのあるスパイク打ってる。表情とか見ても張り切ってると思う」
冷静に分析するように眺める達月くんの目がさっきよりも見開いている。彼もテンションが上がってきているのか、いつもより声も大きくなっていた。
「やばい。テンション上がってきた」
「うんうん! 私も! 佳苗も達月くんも全力で応援しよ!」
「2人とも、そんな大っきい声出るんだね」
「達月くんも出るでしょ!? ほら、はるきー! って!」
「言わないよ」
公式練習を終えてから試合前のアナウンスが終わり、6人のプレーヤーがコートに入った。190センチ以上ある人が白いユニフォームを着ていると、それは一際大きく見える。他の人たちも私よりも遥かに身長が大きい人たちばかりなのに。それに、晴樹さんは店に来た時には見せなかった真剣な眼差しで構えている。
試合開始を知らせる笛が高らかに鳴り響き、赤いユニフォームを着た相手選手の打ったサーブが早速晴樹さんの方へ襲いかかるように飛んだ。晴樹さんはそのボールを簡単に弾き、セッターの元へ柔らかく送ると、セッターのパスをしたボールがそのまま晴樹さんの元へ飛んだ。歩幅の大きな足でステップを取り大きく飛び上がると、彼の目の前に壁のように背の高い人2人がが手を大きく伸ばして飛んだ。次の瞬間。
ドォン。
雷が体育館に落ちたような、はたまた爆弾が破裂したような強烈な音が体育館中に響き渡った。一瞬の静寂の後、それよりも遥かに大きな歓声が晴樹さんを讃えるように響き渡った。喜びを体全体で表現する彼の背中を押すように私も強く手を叩いた。ついに試合が始まった。隣の佳苗からは聞いたこともないような高い声で晴樹さんの名前を叫んでいた。
「すごーい! 見た? 2人とも!? ほら、すごい!」
「見てる見てる。そう言ってる佳苗の勢いがすごいよ」
「ほんとそれ。1点でそんなにはしゃいでちゃ終盤まで体力持たないよ。まだまだ先は長いのに」
「大丈夫。私、3人で一番体力ある自信あるから。それと、達月くん。親友が頑張ってるんだよ? もっと声張らないと」
「日菜さん。佳苗さん、多分僕には似てないと思う」
歓声に紛れて佳苗には聞こえないくらいのボリュームで私の耳元でそう囁く達月くんの口角が普段よりも上がっている。彼も晴樹さんのプレーを見てテンションが上がってきている。かもしれない。佳苗はずっと同じテンションで晴樹さんのチームを応援した(ほぼ晴樹さんのことしか讃えていない)。あっという間に晴樹さんたちのチームが2セットを連取し、次のセットを取れば勝ちというところまで進んだ。佳苗はまだまだ体力は有り余っているようで、むしろ試合が始まった時よりも声が大きくなっているような気もする。こんなに活力のある佳苗を見たのも久しぶりに見た。
「楽勝だね。晴樹たち」
「だって晴樹さんがいるんだし。強すぎるよ。このままストレート勝ちだね。私の予想は。日菜はどう思ってる?」
「んー、まぁ何事もなければ晴樹さんたちのチームが勝ちそうだけど」
「だよね。まぁまだ試合は終わってないから油断せず最後まで見届けたいね」
「うん、間違いない」
3セット目が始まっても晴樹さんたちのチームから勢いがなくなることはなく、あっという間に15点目を取った。
「あと10点でこの試合も終わっちゃうね」
「名残惜しそうだね、佳苗さん」
「そりゃそうだよ。だって晴樹さんのプレー、もう終わっちゃうじゃん」
「また観に来ればいいんじゃない?」
「うん、絶対、次の日も晴樹さんに教えてもらわないと」
「その頃、僕もいるんですか?」
「もちろん。またこのメンツで来るよ」
「無言で目線を変えたあたり、案外乗り気でしょ? 達月くん」
「いや。そんなことははない」
そんなやりとりを3人でしていると、突如会場に悲鳴のようなどよめきが響いた。視線の先には左足を両手で押さえて倒れ込んでいる晴樹さんの姿があった。
「え? 晴樹さん? 」
「ん? 何があったの? さっきの一瞬に何かあった?」
「多分だけど晴樹、ネット側の向こうの選手の足に乗ったように見えた」
晴樹さんを囲むように味方の人たちが衝撃を受けて立ち尽くしている。キャプテンマークをつけた人と晴樹さんくらい大きなコーチの人が晴樹さんの両肩を抱いてベンチの後ろへと運んでいく。敵の選手たちも同じような表情で晴樹さんの方を見つめている。ベンチにはすぐ救護用の担架が持ってこられ、大人4人ほどで晴樹さんはその上に乗せられた。大きな腕で顔を隠しながら体育館の外へ運ばれていった晴樹さんを観客を含めた全員が心配そうに見つめているようだった。どよめきに包まれる体育館はさっきとは打って変わって異様な雰囲気に変わっている。
「ちょ! ちょっと!? 佳苗! どこ行くの!?」
「決まってんじゃん! 晴樹さんのとこだよ!」
「ちょっと待って! わ、私も行くから!」
✳︎
すれ違う人たちはみんな、慌ただしい足音を立てる私たちの方を見ると同じように目を大きく見開いて道を開ける。ギャラリー席から救護室に向かうだけでも相当な距離があった。普段、こんな速度で走ることのない私は、佳苗や達月くんに遅れながらも必死に足を動かして2人の後をついていった。すると、「選手関係者出入り口」と書かれた張り紙の貼られたコーンが見えてきて、そこから下へ階段で下りられるようになっている場所が見えてきた。きっとあそこから晴樹さんの元へ行けるはず。佳苗もそう思ったのか、さっきよりも足が速くなった。そうだ、佳苗は昔からクラスの中で、いや、学年の中でも相当足が速かった。ここへ来て、佳苗のポテンシャルがいかんなく発揮されている。
「すみません! ここから先は関係者以外、立ち入り禁止です!」
慌てて私たちを止めようとする、胸に「スタッフ」と書かれたゼッケンをつけた男の人2人が私たち3人を止める。そんな制止を佳苗は軽々と振り切るように「だったら尚更通してよ!」とその人たちを威嚇するように大きな声を出した。
「関係者です! 私、小早川晴樹の恋人です!」
「え?」
まずい。彼はマスコミにも出たりするだろう。都合が悪いことは無いかもしれないけれど、私は本能的に佳苗の声を否定しようと脳が働いた。
「あ、ち、違います! 私たち友人です! だから、彼に会わせてもらえませんか? お願いします!」
「え、な、何で? 日菜」
スタッフの人たちには聞こえないように、佳苗には「いいから」と伝えてその人たちに頭を下げた。
「申し訳ありません、今は指示があるまでお通しすることは出来ませんのでご理解ください!」
「で、でも……!」
「すみません」
「はい!」
「この許可証があれば通れますか?」
「た、達月くん……!」
誰よりも冷静な達月くんは、シャツのポケットから取り出した彼の手のひらぐらいの大きさの「通行許可証」をスタッフたちに見せた。その許可証には大きな文字で「小早川晴樹関係者」と記されていた。
「わ、分かりました……! 少し確認します」
「ありがとうございます。お願いします」
「少々お待ちください!」
「はい。分かりました」
スタッフの人たちはスマホを使って連絡を取り合ってくれた。流石にどのような会話をしているのかは聞こえない。達月くんは指示があるまでじっと動かず、スタッフたちの方をじっと見つめていた。
「た、達月くん、今のは?」
「晴樹にもらった来賓許可証。たまに来るだけなのにいい場所で見てほしいからって、それこそ関係者だけが座ることが出来る観客席みたいな所があるんだ。それを見せたらって思ったんだけど」
「そっか。さすが親友だね」
「いや、たまたまだよ。まだ通してもらえるか分からないし」
「すみません。お待たせいたしました」
「はい」
「3名とも通していいとのことでした! お通り下さい!」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
「晴樹さん……!」
私たちの声を聞く余裕がない佳苗は、スタッフたちからの許可が下りると、まるで競技が始まったかのように勢いよく足を動かして駆け抜けていった。さすがにもう追いつけない。達月くんも諦めたのか、私と同じ速度で徐々に小さくなってく佳苗を見つめながら救護室へと向かった。
「晴樹さん!!」
「お、おぉ佳苗ちゃん……! ごめんな、かっこ悪いとこ見せちゃって」
最終的に佳苗に追いつき、彼女が勢いよく部屋のドアを横に動かして開けると、そこにはさっきまで試合をしていた人とは思えないくらい穏やかな表情で治療を受けている晴樹さんの姿があった。へらっと笑う晴樹さんは、すでに佳苗には身も心を許しているような状況だと確信した。
「何言ってんの!? それどころじゃないでしょ?」
「へへ、やっぱり調子が良すぎると良くないことも起こるんだね、あ、桜井さん。お久しぶりです」
私の方を見る晴樹さんは、佳苗を見つめていた時とは異なり、少し表情が凛々しくなって私の方をじっと見つめてからゆっくりと頭を下げた。それに応えるように私もゆっくりと頭を下げた。
「お、お久しぶりです。足、どうなってそうなったんですか?」
「ネット側にいる相手選手の足がこっち側に出てたみたいでね。僕がその上に乗っちゃって。その足元ですごい音がしたから、これは相当やばいんじゃないかなって正直思ってる。今、こうしてアイシングしてるけど見ない方がいいよ。エグいぐらい腫れてるから。佳苗にはキツイかも」
「1人じゃ立てないでしょ? 相当やばいんじゃない?」
「おぉ、達月も来てくれてありがとうな。久々に来てくれたんじゃないか?」
「そうだね。久々に見に来たらこんなことになるなんてね。正直、びっくりしたよ」
「はは。全力でプレーした結果だよ。相手だって故意にやったわけじゃないだろうしさ。それこそ、踏んじゃった相手選手の子は大丈夫そうだった?」
「うん、ネット側で凍りついたような顔で晴樹を立って見てたから多分大丈夫だと思う」
「そっか。良かったよ。あいつも日本代表に選ばれてたからな。2人して離脱しようもんなら、めちゃくちゃ迷惑かけちゃってただろうからなぁ」
晴樹さんは胸を撫で下ろして安心した様子でそう呟いた。晴樹さんはゆっくりと呼吸を繰り返しながら、私たちを悲しませないように振る舞ってくれているのが伝わってくる。佳苗は涙を流さないようにしているのか、両方の掌をぎゅっと握りしめている。
「……あいつも? あいつもって?」
首を傾げる佳苗を見て、晴樹さんは何かを悟ったかのように含んだ笑みを見せてからゆっくりと頷いた。
「佳苗ちゃん、ごめん。ほんとは今日、試合に勝ってから言うつもりだったんだけど、俺、ちょっと前にね、来年日本で開催されるワールドカップに日本代表として選ばれたんだ。絶対、喜んでくれると思ってたから言わなかったんだけど、こんなことになっちゃったら、もうなぁ。うん、多分絶望的だろうなって思ってる……」
「佳苗?」
佳苗の左目からは、一筋の涙が綺麗に頬を伝って流れている。それを見た晴樹さんは、慌てながら佳苗の背中を撫でた。
「晴樹さん、私ってさ晴樹さんの側にいたら迷惑?」
「何言ってんだよ? 迷惑じゃないよ。むしろ嬉しいよ?」
「じゃあさ……! 私、今日から、ううん、今からずっと晴樹さんの側にいる。ケガしたなら治るまで全力で支える! 治らなかったら次のワールドカップの日本代表に選ばれるまで全力でサポートする! 晴樹さんが苦しい時はいつだって私が励ます。私なんかが力になれるかは分からないけど、出来ることは何だってやる。だから……! ずっと晴樹さんの側にいる」
「……」
「……」
ついには両方の目から涙を流して自分の気持ちを伝えた佳苗。こんなに感情を全面に出している佳苗を見たのは初めてだ。それを受け止めるように佳苗を真剣な目で見つめる晴樹さん。救護室には沈黙が訪れ、緊張感が走る。
「ダ、ダメかな?」
痺れを切らした佳苗が、おそるおそる晴樹さんに尋ねると、晴樹さんはふふふと佳苗を抱きしめるような笑顔を彼女に見せた。そして、上半身だけで私たちの体の半分以上ありそうなその大きな体を佳苗にゆっくりと寄せた。
「言ったじゃん。むしろ嬉しいって。ありがとう、佳苗ちゃん。いや、佳苗さん。ずっと僕の隣にいてください。こんなにでっかい体をしているのにこんなにでっかいケガをしてしまうドジな俺だけど、そんな俺でも良ければ一緒にいてください。俺はずっと佳苗ちゃんのことが好きだった。もっとカッコよく見せれた時に言いたかったけど。ごめんね」
「わ、私もだし……!」
「え?」
「私も晴樹さんのこと好きだし……! それに、今日の晴樹さんも十分カッコよかったし……!」
彼の大きな体に顔を隠すように寄り添う佳苗を晴樹さんはゆっくりと抱きしめた。何だろう。今日は晴樹さんの晴れ舞台を見に来たのに。気がつくと、思っていたのとは違う晴れ舞台を目の当たりにした。晴樹さんはもちろん、佳苗の晴れ舞台を目の当たりにした。私の心の中がほわっと暖かくなり、鼻や目元あたりがじんと滲んだ。
「2人ともおめでとう」
平常心を保つことを心がけながら2人に伝え、隣にいる達月くんの方を見ると、彼も私の目をじっと見つめていた。この瞬間、彼が何を考えているか分かった気がして、目を合わせたままゆっくりと首を縦に振った。
「あ、達月くん。私たち、救護の人たちに晴樹さんの状況伝えてこよう」
「そうだね。うん、そうしよう」
棒読みに聞こえる彼の声は、いつもの彼らしくて笑えた。彼は涙も流さなければ、感情も特に変わっている様子はなく私の声に反応して頷いていた。でも、やっぱりそこも彼らしいし、何だか安心感がある。
「いや。もうすぐ救急車が来る。だからそれまでは誰も来ない。それに、俺は桜井さんと達月にもここにいてほしい。今は4人でいたい」
「頼むよ」と言って達月くんを見つめる晴樹さんに対して、彼はゆっくりと腕を組んで晴樹さんの方を見つめた。
「僕は、この状況だと2人にした方がいいと思ったんだけど」
それ、本人たちに言うんだ。少し笑えたけれど、変な空気にならないように私も便乗して言っちゃおう。そう思って私も口を開いた。
「うん、私もそう思って離れようと思ったんだけど」
私がそう言うと、晴樹さんは照れたように頭を掻いて笑った。こんなに体は大きいのに意外と恥ずかしがり屋なんだ。そう思うと、また心の中が暖かくなった。
「いや、達月くんも日菜もいてよ。恥ずかしいじゃん。今すぐ晴樹さんと2人きりは」
佳苗も頬を赤くして私と達月くんの方を見た。何だこの2人。めちゃくちゃ可愛いじゃないか。そう思うと、私の顔も一層緩んでしまう。
「ははは、相変わらず佳苗ちゃんは素直に言うね。なんかデカいケガをしたけど、それ以上に佳苗ちゃんに自分の気持ちを伝えられて、佳苗ちゃんから嬉しいことを言われて、そっちの嬉しさが絶望感を払いのけてくれた感じがするよ。小っ恥ずかしいこと言ってるけど、みんな、来てくれてありがとう。とりあえずこれからはこの怪我を少しでも早く治すことに専念するよ」
「そんだけゴツい足だから、案外軽傷なんじゃないかって僕は思うけど」
「はは、そうだったら俺も嬉しいけどな」
私たちの笑い声が絡まり合うように部屋に響いていると、救護室のドアが突然開き3人の救急隊員が入ってきた。その後、晴樹さんの大きな体を3人がかりで担架に乗せて丁寧に運んでいった。それに寄り添う佳苗の後ろ姿が、たまらなく愛しく思えた。
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