ぼくらだけの戦

内川気分

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ぼくらだけの戦

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   ぼくらだけの戦

 小学生の大地がサッカークラブの練習から帰った時に空がライトに照らされた。UFO? と一瞬彼は思った。もう外は暗闇の夜空である。もう一度見るとまだ光っていてその光は雲に当たって円を描いている。大地は怖くなって自転車を急いで漕いで帰った。
 夕食の時、その話題になった。家には祖母と両親と小学校一年生の妹の若菜がいる。
大地は五年生で家族と話をする事はない。だから、さっき見たUFOの事は喋らない。学校で友達には言うつもりだ。
「ああ、さっき、空が光ってたよ。UFOじゃないかねえ」
と祖母が言う。祖母は介護のパートで働いている。
「ああ、あれでしょ、私も見たわよ」
と母親の桃も言う。桃はスーパーでレジのパートで働いている。
「あれは、パチンコ屋がオープンしてライトを回転させてんだよ」
と父親の和介が言う。和介は市役所に勤めていて、婿養子で酒もたばこもやらないけれど、パチンコとゴルフが好きだ。
「なあんだ、そのちゃんとUFOだUFOだって話してたのよ」
と桃が笑った。
 なんだ、パチンコ屋のライトかと大地も思った。
 食事が終るとリビングに行ってテレビを観る。大地は部屋に戻る。大地の部屋には最近プラモデルがある。友達の伸哉の家に行った時に赤い両腕が取れたロボットのプラモデルをもらった。人気のロボットシリーズで小さい頃流行っていた。大地は一人で空中を回転させたりドロップキックをさせたりするのである。そうやって遊んでいるともう一体欲しくなった。するとスーパーのお菓子売り場でそのロボットのおまけがついたチョコを売っていたので買ってもらったけれど中身は何が入っているかは分らない。案の上、あまり人気のないロボットが入っていたけれど、遊ぶのには良かった。するとまた欲しくなりまた買ってもらうとまた同じのが入っていた。双子という事にする。そのロボットをプロレスのようにして遊ぶようになった。五年生にもなって一人でロボットのプラモデルを使ってプロレスごっこをやっているなんて自分でも幼稚だと思ったけれど誰にも言わないでいて、それで自分が楽しいのだから良かった。
 
 良介が空手に行くとありさがいた。ありさも良介も同じ中学二年生である。空手を始めたのはありさの方が早かった。小さい頃は二人とも仲が良かったけれど成長するにつれてお互い距離を取るようになった。ありさは背が高く良介は平均でありさの方が背が高い。ありさは空手の型が得意で美しく大会でも常に上位にあった。良介は組手をやりごつごつとした空手をやっている。最近は眼が合っても喋る事はない。良介は小学生の頃からサッカークラブにも入っていて中学ではサッカー部にいる。サッカーの練習が終ってから空手にも行っているのだ。ありさが仲の良い、空手仲間の玲奈と空を見上げている。
「今の見た」
「見た見た。UFOでしょ」
「そう」
とありさと玲奈は夜空を見上げている。良介は自転車にまたがると夜空を見上げたけれど曇り空で星も見えなかった。ペダルを踏むとお腹が空いたと思いつつ早く帰ってご飯を食べようと自転車を漕いだ。

 桃が帰って来た。友達と出掛けていたのだ。桃はありさの母親の渚と仲が良くて、車で出掛けていてありさも一緒に県内の有名な観光地に行ってショッピングや食事など観光を楽しんで来たのだ。大地が小さい頃は桃に着いて行ってありさの家に行ったりどこかに出掛けたりして、ありさともよく遊んだけれど今はほとんど会わなかった。
 大地は桃がお土産に買って来たプリンをぺろりと食べると部屋に籠ってロボットでプロレスをやった。桃の話ではありさはかわいい猫のぬいぐるみ二体を買ったと言う。渚が動物は嫌いなのでペットを飼わない代りに買ってもらったのだ。猫は声が出て動いて生きているみたいに癒してくれる、と言っていた。プシュー、うりゃあ、とロボットを両手に持ってプロレスごっこをやりながらそんな話を思い出してこのロボットも自分で動いたならなあ、と思った。

 守と言うイケメンで身体が大きくてやんちゃで女子に人気があるクラスメートがいる。矢野と言う地味で大人しいクラスメートをよくいじめていて、良介はそのどちらとも話した事はなかったけれど席替えになって同じ班になり、理科の実験で理科が得意な矢野と話をするようになり、ゲームをやりに矢野が住んでいる団地に行った。団地はじめっとして暗かった。矢野の部屋にはフィギアやプラモデルがたくさんあった。ドアが開いた音がして誰かが帰って来た。
「妹だよ」と矢野が言った。
「へー、何年生なの? 」
「五年生だよ」と矢野が言ったのを聞いて、サッカークラブにいる大地と同じ年齢だと思った。
 ゲームで遊んでいるとノックが聞こえる。
「何?」と矢野がドアの方を振り向くと妹だった。
「お兄ちゃん、おやついる?」
「いるよ」
「牛乳は?」
「うん、いる」
 矢野の妹がお盆にグラスに入った牛乳とトーストにハチミツを塗って持って来てくれた。
「ありがとう」と良介は言うと一緒にやろうよ、と妹も誘い、三人でカーレースゲームをやって遊び、妹は塾に行って良介も帰った。
 守が矢野に怒鳴った。
「やだよ」と矢野が小さい声で言った。
「行ってこいよ」
「やだよ」
「行けよ」
「だって、怖いもん」と矢野が言うと守と周りにいる連中、それは同じクラス―メートの守と仲のいい連中や他のクラスから来ている守と仲のいいやんちゃな連中もいて、そいつらが笑った。
「怖い、一年呼んで来るって怖いんだってよ」と矢野が言い、またみんな笑った。チャイムが鳴って他のクラスの連中は帰り、男子も女子も席に着いた。次は昼休みで、良介の通う中学は弁当である。矢野は理科クラブに入っていて理科クラブの連中とは仲がいいけれどクラスには理科クラブの仲間はいないからいつも一人で弁当を食べている。そこへすぐに食べ終わった守がやって来た。
「おい、行って来いよ」
「やだよ」
「行けよ、何が怖いんだよ。一年だろ、俺が呼んでるって言えよ」
 矢野の箸は止って俯いている。
「行けよ」
 矢野は黙っている。
「おい」
 矢野は顔を上げて首を横に振った。
「お前なめてるだろ。マズイ弁当なんかいつまでも喰いやがって」と守が言うと弁当箱を払った。アルミの弁当箱はカランと音をたてて机から落ちた。カランと金属の乾いた音がした。良介はカレーコロッケを食べながら矢野の団地で遊んでいる時聞いた外から聞こえる団地の子供達の遊び声が浮かんだ。矢野の机の横の下にはまだ半分ぐらい残っていた冷めたご飯のかたまり、さつまあげ、昆布の佃煮、たくあんが落ちた。矢野はそれを拾おうと机の横にしゃがんだ。その矢野の学生服の後ろをつかんで達がらせると胸倉を掴んだ。背が小さい矢野はつま先立ちになった。矢野はメガネを掛けている。矢野の妹もメガネを掛けている。良介はトーストはほとんど食べないけれど矢野の妹が作ってくれたハチミツを塗ったトーストに牛乳がとても美味しかった。矢野の妹のあどけない笑顔。それらすべてを傷付け台無しにされているような気がした。
「おい、止めろよ」と良介が言った。
「なんだてめえ」と守が言った。
「弁当まで落として」
 守が良介の方に来た。
「やんのか」
「おう」
 二人とも後ろに行った。噂を聞きつけて他のクラスからも集まった。弁当を食べ終えたありさがたまたま廊下を通っていて中を覗いた。クラスには玲奈がいる。玲奈は守の事が好きだ。玲奈だけじゃなく、守の事が好きな女子は同級生だけじゃなくて上級生下級生にもいる。
 良介は簡単に守を倒した。うずくまっている守の背中にエルボーを落としてもっとやってやろうと興奮している。廊下にいるありさと眼が合った。もちろん、空手では私闘は禁止されている。良介は大きく息を吐いて止めて自分の席に戻り弁当を食べた。矢野を見ると弁当を拾っていた。廊下を見ると玲奈がありさと話をしていて良介を睨んだ。ありさと良介は眼が合った。関係ないや! と良介は思った。
 
 ありさは双子の猫のぬいぐるみに名前をつけた。オスのねずみ色と黒の縞模様の方が丸で、白いメスがランだ。ニャーと鳴く。その二体をベッドに寝転がって頬づりしたり撫でたりする。撫でながら良介が守をすぐにやっつけたのを思い出したと同時に小さい頃は良介と空手の組手をやって良介をよく泣かせた事も想い出した。今やったらどうだろう? ニャー! と丸が鳴いた。
 玲奈は良介をひどく嫌い空手の稽古の最中もよく睨んだ。それに先生に良介が守とケンカして倒した事も告げ口した。良介は先生に呼ばれたけれど事情を話すと許してもらえた。良介はあれから守の事が好きな女子から総スカンを食っている。守の事が好きな女子だけではなく、その女子達に嫌われる事を恐れる女子達からも無視されている。理科の実験や他の共同作業でやる事も良介は無視されるようになった。
「ごめんね、山野君」と矢野が謝った。
「え? なんで?」
「だって、僕のためにケンカして女子達に無視されてるから」
「そんな事ないよ。元々俺、女子には人気ないし、フダンから喋ってないから」
 矢野の家に遊びに行った。団地にある小さい公園では矢野の妹が小さい子供達と遊んでいてそのはしゃいだ声がよく聞こえる。ゲームで矢野と遊んで帰る時、矢野がロボットを渡した。
「これ、あげる」
「いいの?」それは大地が持っているロボットヒーローアニメで人気があるとくに人気がある主役より人気がある赤いロボットでしかも大きいタイプだ。
「うん、いいんだ。もう一体あるから」
 矢野が残しているのは小さいタイプだ。良介はアニメは好きで観ていたけれどプラモデルには興味はなかったけれどこのプラモデルはカッコイイ、欲しいと思っていたからうれしかった。自転車のカゴに置いて帰りながら壊れないようにスピードは出さないで帰った。

 大地はロボットをR1と名付けた。お墓参りから帰って眠たくなって眠った。ガチャと言う音がして眼を覚ますと机の上に置いてあるR1が倒れていた。なんだ、と思い眼をつぶった。
 眼を覚ますと桃に呼ばれた。キッチンに行くと若菜と渚とありさがいた。ケーキを買って来てくれたのだ。
「ここで食べないさいよ」
「もう五年生だから大ちゃん恥ずかしいのよね」と渚が言った。
 大地はありさの前の席に座ってホークを使ってイチゴのショートケーキを食べる。するとホークをケーキで切ろうとしたらケーキが倒れた。それを見たありさが笑った。ありさは口を抑えてずっと笑っている。
「何よ、ありさ、失礼ね」と渚が言う。
「だって大地面白いんだもん」
「大地って呼び捨てにして大ちゃんて呼びなさい」
 大地はケーキを食べ終わるとすぐに自分の部屋に行った。すると後ろからありさが着いて来た。
「何だよ」
「生意気ね。昔はありさちゃん遊ぼってしつこかったんだから」
「子供の頃だろ」
「今でも子供じゃない」
 大地はドアを開ける。ありさも部屋に入る。
 大地はプラモデルのロボット達を机に並べているのでそれを見られるのが恥ずかしかった。
「あれ?」と大地はR1を見て不思議に思う。さっき眼が覚めた時には倒れていて倒れたままで部屋を出たのに起き上がっている。
「どうしたの? 」
「さっき倒れたんだ。そのままで部屋を出たんだけど起きてる」
「忘れてるだけで自分で起こしたのよ」
「そんな事ないよ。ほら」と大地はR1を見てR1が動いたのでありさに言った。
「このロボット動くんだ」
 大地は勝手に机の上を歩いて動いているR1を黙って見ている。
「何で? 動いてるの?」と大地が言った。
「何で?って電池とかが入ってるんでしょ」
「違うよ。そんなの入ってる訳ないじゃん。プラモデルなんだから、なんだよ、これ」
「だって自分で組み立てたんでしょ」とありさはR1を手に持った。R1はありさに胴体をもたれて足を動かしている。大地はぼうとありさの手の中で動いているR1を見ている。ありさは背中とか足を下から見たりして机の上に置いた。すると前のめりに倒れ頭から下について止まった。
「すごく精工に作られてるじゃない。まるで生きているみたい」
 するとR1が頭を起点にして足をすべらすように中央へ寄せて頭とつま先をつけたまま腰を浮かせると頭を浮かせて立った。
「すごいロボット」とありさがつぶやくように大地と並んでその動きを見ていた。R1は大地とありさの方を見ている。ヘリコプターの音が静かな部屋に聞こえている。
「私は遠い星から来た者だ」とR1は喋った。
 ありさは大地の左肩に右手を置いている。机の上にはR1があり、大地が双子のペアにしたロボットと人気のない敵キャラが乗っていたロボットがもう一体ある。デジタルの目覚ましがあり、郵便ポスト型の貯金箱がある。大地の髪は黒く柔らかい。まだヒゲは産毛であり、顔を剃る事はない。耳には白い産毛が生えていて、皮膚がやわらかく毛細血管が浮かんで見える。
「もうすぐこの地球に暗黒星から送られてくるロボット軍団が地球侵略にやって来るのだ。我々の星はこの地球のようであった。もちろん、イロイロな問題を抱えながらも発展して行ったのである。文明は進み、他の星に移動するための宇宙船も作られ我が星の住民達もお金さえ払えば惑星旅行に行くようにまでなった。惑星旅行が流行っていたけれど我が星以外に生命体がいるかどうかは分らなかった。けれどある日、宇宙船がもう一つの宇宙船に会った。その宇宙船と交信して友好関係を結ぼうと言う事になり、暗黒性の宇宙船は我が星の宇宙船に着いて来た。ところが降りて来たのは他の惑星の住人ではなく、他の惑星が他の惑星を支配いや、他の生命体を抹殺しようとする暗黒星が送り込んで来たロボット軍団だったのだ。私達はこの地球人達よりも発達していてロボットもあり、戦った。戦ったけれど、相手はロボットを送り込んで来る程に闘いに慣れていて我が星は負けた。それは星を滅ぼす程であった。我が星の住人達は戦う者もいれば住めるような星に逃げる者もいたけれど、追跡され撃墜された」
「なんでロボットが喋ってるの?」と大地がぼそっと言った。
「だから、そういう事なんだ。もうすぐこの星にも暗黒星のロボット軍団がやって来て、支配されるか、戦争になるか、を選択する事になる。けれど戦争になったら、間違いなく負ける。なぜなら、我が星の方がこの地球より発展してるに、負けたんだから、勝てっこない」
 大地の手に置いていたありさの手が大地の肩の上で握られて力が入っている。
「友好的に接すればいいじゃない」とありさはロボットいやプラモデルが喋っている事を不思議に思っていた事を忘れて彼の話した事情を聞いてムカッとして言った。
「友好、我が星もそうした。我が国は地球みたいな遅れている星じゃなくて力があった。最初、向こうも友好を掲げて来るのだ。ところが騙し討ちだ」
「私達を支配してどうするのよ?」
「奴隷だ。いや、奴隷以下だ。なぜなら食糧にされる場合もある」
「食糧? 人を?」とありさは掌で大地のシャツを強く握った。
「そうだ。君達地球人が人間以外の動物を食べる時のように首を切って皮をはいで食べる。人ってのは喋って交流が出来るから、相手と喋りながら食べるんだ」
「そんなの野蛮人よ。文明が発展しているのにそんな野蛮な事ってあ。、普通人間ってのは進んで行くとそんな野蛮な事はしなくなるのよ」
「そうだ。我が星だって、そうだ。そりゃすべてがそうじゃないけれど、この地球よりは紛争するような事は少なかった。平和だった。ハッキリ言えば暗黒星はみんなお金持で労働もロボットがやるからほとんど働いていない。そして、紛争どころかケンカもない宇宙の中で一番平和な星なのだ」
「なんだ、じゃあ、友好を結ぶじゃない」
「いや、そうじゃない。暗黒星も昔は戦争や紛争を繰り返して今の星内の平和を手に入れた。ケンカさえもない。だから、ロボット同志でケンカをやらせたり、戦争ゲームをロボット相手にやるんだ。所が奴らは暇ですごく発達しているからもし、他の星に生命体がいたら、支配しようじゃないか、と言う事になった。最初は宇宙旅行で見物したり、いろんな事を教えてやったりしたらしい。7番目ぐらいに訪れた星がこんな地球よりももっと遅れた星だったのだ。そこでいろんな事を教えてやった。だいたい文明ってのは、どこの星でもそれは一緒で長い時間掛け、自分達でいろんな事を試行錯誤して発展するんだ。ところがいきなり、すごい文明の宇宙人が来て、未来の答えをいきなり教えてくれるから心を失くすのだ。その星の文明は一気に加速して暗黒星に近づいた。暗黒星も喜んだと思っていたら、生意気な中学生みたいくまだ社会も出ていないのに、身体つきは大人になった不良みたいになった。この国の80年代の荒れた中学生のように、男はリーゼントして女はロングスカートでアフロにして薄っぺらの中に鉄板入れたカバンを持って相手を威嚇しながら歩いて堂々と大人の前でタバコ吸ったり、お年寄りがいるのに、席を譲らず、喋ってる。暗黒星はそれはダメだよ、って言ってやったけれど、相手はもう体力はあって、でも心は着いて行ってないからうざいと思ってうるせーとなる。そうするとぶち切れる。いい人が切れたら怖い。歯止めが聞かないって言うか、それでも、説得したけど、相手は言う事を聞かず、とうとう力でやろうと、暗黒星の連中はロボットを作って送り込んでその星の連中は発達してるけれどでもそこは中学生だから、ぼこぼこにされる。でも、結構やる。でも暗黒星の連中は戦争ってやるって言ってもやってるのはロボット軍団だから、自分の星で送り込まれる映像を見ているだけ、すると映画のような娯楽になる。それと組み込まれたDNAで戦う事が面白くて、実際戦ってるのはロボットだから、戦略は暗黒星の連中がやる訳だ、それが面白くて、あの星を消滅させる。さらに、今までいろんな事を教えてやり、友好を結んでいる星も逆らうんじゃないかと言う不安と戦いたいと言う欲求でロボット軍団を送り込んでめちゃめちゃにする。中には暗黒星とやっても勝てないからと支配される事を望んだ友好同盟を結んでいた星もいた。するとそうか、そうか、と言いつつ、調子に乗ってじゃあ、と言って奴隷にしたり、ペットのペットのように扱う。暗黒星にも犬とかいて、犬って四人家族でパパだけには吠えまくる。どうしてかってペット専門のトレーナーに聞いたらそれはパパだけ、自分より下と思って舐めているんだ、となる。だから、暗黒星の犬達は送り込まれた違う星の人達を自分より下とみなして噛みついたり、わざとぶつかったりする。さらに、送り込まれた人達は奴隷はまだいい。食糧にされる。しかもむごい食べ方。さらに、そのペットのえさにもされる。暗黒星にも虎やライオンがいて、虎やライオンがいる檻の中に放たれて食べられたり、サファリパークに放たれて、虎やライオンに喰われたりする。そんなむごい事を人はやるんだ」
「止めてよ。地球人はそんな事はしないわ」
「今度やって来る宇宙人達はそういう事をやる」
「絶対に許せない。絶対に嫌よ」とありさはむごい事実を聞かされてショックのあまりつい大声を出した。すると桃と渚がやって来た。
「どうしたの? 大声なんか出して!」と渚が言った。
「別に何でもないわよ」
「ケンカ?」と桃が言った。
「違うわよ」
「大地君をいじめたんじゃないでしょうね」と渚が言った。
「いじめないわよ。プラモデルを見せてもらってたの」
「仲良くするのよ」と渚が言った。
「子供じゃないんだから分ってるわよ」とありさが言った。桃と渚が部屋を出て行った。
 R1はずっと動かないでいた。ありさはR1を見た。R1は歩いて机のギリギリで座りぶらりと足を垂らした。
「だから、それを阻止しないとそうなるよって言ってるんだ」
「どうすればいいの?」
「それは君達に掛っている」
「私達?」
「そう君達だ」
 ありさは大地の顔を見た。
 いったいどういう事なのだろうか? 小さいプラモデルのロボットが動き出したと思ったら喋り出して宇宙から来たのだと言う。さらに、地球にもうすぐロボット軍団が征服しにやって来ると言うのだ。そしてこの握って持ち上げ床に思い切り叩きつければ壊れそうなロボットが味方で助けに来た、と言うのだ。
「何で私達なのよ」
「それはたまたまではない」
「何よ、それ」
「私達の文明は発達している。計算によってこの地球のこの場所に来て、君達を選んだのだ」
「アナタいったい何者なのよ」
 
 良介が家の廊下を歩いていると自動掃除機が床の上を動きながら掃除をしている。母親から昼食代にお金をもらっている。両親と若菜と祖母は出掛けていて、お昼はもらったお金で好きな物を食べるのだ。カレーショップのドライカレーが大好きだ。白いご飯の上にひき肉やみじん切りにした野菜を炒めてカレー粉やいろんな味付けがされてたっぷりと乗っていて、その上に干しブドウが三個乗っている。お昼は混むので少しずらして行こう、と考えていた。自転車に乗って15分ぐらいの所にある。休日で他の中華料理屋やハンバーガーショップ、ドーナツショップ、ファミレスなどのレストランの駐車場には車が多く停まっている。カレーショップの前に来て自転車を停める。カレーのいい匂いがする。前に家族で来た時は同級生の女子達が来ていて、ちょうど無視され始めた頃だったので、恥ずかしかった。学校で山野は家族でカレーを食べていて、山野は大盛のカツカレーを食べていたと噂され、仲のいい男子のハジメから聞かされた。その時もドライカレーで大盛だったのに、何でカツカレーになったのだろう? 中を覗くとピークは過ぎて空席が見える。良介は余ったお金でコンビニでアイスを買って帰るつもりである。カウンターに座る。窓側の席に親子が座っている。駒野のおじさんと由美がいる。おじさんは気の優しい怒った事がないような人で身体もずんぐりとしている。眼が細く顔も面長だけれど丸く米ナスみたいだ。結婚は遅く四十代でしたけれどずっと子供がいなかった。奥さんは三十だった。ところがおじさんが五十を過ぎてから奥さんが妊娠した。奥さんも四十を過ぎていて高齢出産だったけれど無事に生まれた。おじさんに似ていた。性格も大人しく控えめで恥ずかしがり屋でのんびりしていて、優しい女の子である。去年、奥さんが病気で亡くなった。良介は家族で通夜に行った。おじさんはそんな時でもニコニコとしていて、おじさんの同級生の古田のおじさんに自分の女房が死んだ時ぐらい、もっとしんみりとしろよ、と言われていた。
 二人は奥のテーブル席で向かい合ってカレーを食べている。良介はカウンターに座ってドライカレーを頼んだ。待っている間ちらちらとおじさん達の方を見る。おじさんは由美に何かを話掛けながらいつもの優しい笑顔を向けている。おじさんは腹が出ていてだらしない格好をする時がある。だから、おじさんの事をバカにする連中もいるけれど、良介はおじさんの事が好きだ。由美が小さい頃、よく遊んだ。桜が満開の頃、まだ奥さんが生きていて三人で大きな桜の木の下でおにぎりを食べていた姿を見た事がある。おじさんはゲラでよく笑っている。
 良介がドライカレーを食べていると食べ終わったおじさんと由美が通った。
「良ちゃん、一人?」
「うん」
「お母さん達は?」
「出掛けてる」
「そう、じゃあね」
 おじさんは由美と出て行った。
 良介はドライカレーを食べた。

 ベッドにありさは座り、大地は椅子に座った。
「私は一人ではない。つまり私の星のいろんな人達の記憶や思い集められて小さなチップに埋め込まれている」
「なんでそんな小さいプラモデルなんかに入ったのよ」
「カッコイイからだ。私の星で流行った映画のヒーローに似ている。小さくて腕がないのは怪しまれなくて済む。それに私が闘う訳ではない。それとこのロボットは持ち主に大事にされていた」
「戦うのはアナタじゃないってどういう事よ」
「戦うのはキミ達だからだ」
 ありさはふふっと笑った。
 R1は大地を見た。ずっと何も喋らないでいる。
「すごい作り話で引き込まれて思わず聞いてたけれど、冗談なのよね」
「冗談ではない。本当の話だ」
「それがもし本当の話なら、政治家の人とか、もっと都会にいる人に言えばいいでしょ」
「大げさにしたくない。パニックになる」
「大げさも何も、責めて来たらパニックになるでしょ」
「いや、相手を我々が作った時空間に入れてそこで戦う」
「よく分らないわ」
「とにかく君達は選ばれたのだ」
「何で私なのよ。私は久し振りに遊びに来ただけよ」
「いや、もう分っていた。それぐらいの予知能力はある」
「あのさ、アナタ達が勝てなかった相手に私達が勝てると思う」
「確かにその疑問は分る。けれど、力だけじゃ勝てないのも分っている。力で勝てたり、頭の良さで勝てるのなら、大人を選ぶだろう」
「じゃあ、何よ」
「心だ。私達が出した結論はあのロボット軍団を倒す方法は心なのだ。大地の心はとても純粋である」とR1は言い大地を見た。大地はR1を見た。
「心って何よ」
 足音が聞こえた。ドアが開いた。
「もう帰るわよ」と渚が言った。
「うん」とありさは言い立ち上った。
「大地君バイバイ」と渚が言った。大地は渚を見た。
「バイバイ」とありさは大地とR1を見て言った。
 ドアが閉まると大地は手を伸ばしてR1を掴んで顔に近づけた。
「何を見ている?」とR1。大地は立ち上って右腕を高く上げてた。
「止めろ!」とR1は言った。大地はR1を床に叩きつけようと力を入れた。

 外に出た時に自転車で良介が通っていた。自転車のカゴの中にはコンビニの袋が入っていて中にアイスが入っている。ありさと眼が合った。
「山野君でしょ」と渚が言った。
「そうでしょ」とありさは答えた。

 自転車に乗って中学校まで一人で大地は来た。ありさと良介が通っている中学で日曜日でグラウンドではサッカーの練習試合をやっている。いくらサッカーをやっているからと言って中学生の練習試合をワザワザ日曜日に一人で観に来る事はフダンはないけれど、R1が行くのだ、と言ったから、自転車のカゴの中にR1を入れて持って来た。R1はかごの中でガチャガチャと揺れていた。
大地は和也にR1の事を聞いた。と言うのは、R1が大事にされていたと言うから、大事にされていたのなら、なぜ、両腕がなく、手放したのか、と疑問に思って聞いたのだ。つまり、R1が適当な事を言ってウソをついていると思ったからだ。すると、実は和也が買ってもらって作ったのではない、これは近くに住んでいた転校生のお兄さんが持っていて、すごく仲が良くてよく遊んでもらっていて、家に遊びに行くとそれこそいろんなプラモデルが飾ってあり、二人でプラモデルで闘いごっこをやって遊んでいた。お兄さんがまた親の転勤で引っ越す事になった時、この大事にしていたプラモデルをくれたのだ。和也は大切に遊んでいたけれど、ある日、落として両腕が外れて壊れたと言う。直そうといじったけれど直らずプラモデルにも飽きたので大地に譲ったと言う。
 R1は大地の肩に座って一緒にサッカーを観ている。補欠の部員達が声を出している。大地は離れた芝生の所に座って一人で観ている。
「あの今ボールを持った男の子は知っているか?」
「うん、良介君って言って、サッカークラブの先輩だよ。空手もやっててありさちゃんと同級生だよ」
 風が吹いた。大地のもみあげや顎などには産毛が生えている。ボールを蹴る音やそれを追い掛けている周りの選手達の声が聞こえる。
「あの子にも協力してもらう」とR1が言った。

 シャワーの音が聞こえる。頭からシャワーを浴びながら流れているお湯を良介は見ている。髪には砂埃がついていたはずだ。シャンプ―を手に取って掌で薄めると髪に絡めて指先の腹でこすった。汚れが泡立ったシャンプーの中に混ざっていてそれを洗い流した。
 気が付かなかった。誰かが来ているのだ。両親と若菜と祖母も出掛けている。慌ててタオルで身体の水分を拭いてトランクスを履いてジャージを着ると玄関に向った。
「お、なんだ大地か」と良介は大地が家に来るなんて初めてなので驚いた。大地もサッカークラブではかわいがってもらっていたけれど友達ではないので緊張している。
「どうしたの?」
「うん」
「とりあえず中に入れよ」と良介は大地を玄関の中に入れた。よく見ると手にはプラモデルを持っている。
「お、それどうしたんだ?」
「もらったんだ」
「そうか、俺もこの間もらったぞ」
 良介は飲み物をいつも我慢して家に帰ってから飲む。家に帰ってまず、牛乳をパックのままラッパ飲みしていて、シャワーを浴びてから炭酸を飲むつもりでいたので早く飲みたかった。
「中に入れよ?」
「うん」
 良介は何だろう? と思う。まさか、プラモデルを自分がもらったのを誰かから聞いて自分のプラモデルをワザワザ見せに来たとか、それともプラモデルで闘いごっこでもやろうと思って来たのかと考えた。
 大地はリビングのソファに座っている。そこへグラスにサイダーを注いだ良介がやって来た。一つを良介の眼に置いてもう一つは口をつけると大地の眼の前でゴクゴクと半分程一気に飲んだ。大地も一口飲んだ。炭酸が効いて美味しい。家では炭酸ジュースを飲む事はほとんどないので久し振りに飲んだ。
「どうしたんだ?」
「うん」良介の隣にR1が座っている。
「俺の家にワザワザ来るなんて何かあったの?」
「うん」
「なんだよ? 」と良介は言いまたサイダーを飲んだ。少しだけ残してテーブルに置いた。本当はテレビを観ながら飲みたいのだ。ソファに良介は持たれた。
「僕から話すの?」と大地がプラモデルに言ったので良介は驚いた。
「僕から話すのって当たり前だろ」と良介は大地に言った。
 大地は良介を見てからR1を見た。するとR1が首を動かして大地を見た。
「俺から話そう」とR1が喋った。良介はぽりぽりと湿っている髪の毛の頭を掻いた。
 R1が良介の方を向いた。R1が良介に喋り始めた。
「これ、何?」と良介は大地に言った。

 ありさは毎日英語の教科書のレッスン1からレッスン12までの文章を一つ選んで繰り返し十分分間音読している。キッチンタイマーを机の上に置いてちょうど十分たったら、最後まで読んで終る。終ると教科書に正の字を書いて何回か読んだか印をつけている。この方法は大好きな叔父、母親の弟の優介が中学生になった時に勉強方法を教えてくれてそれを実行しているのである。英語の文章を暗記するのではなくて少しでもいいから英語に触れる事が大事だと叔父は言い、だから、眼をつぶって音読して暗記しようとはするな、もう完全に憶えていても必ず目に触れて読むのだ、と言った。英語はさらに辞書に載っている単語の例文の短文をピックアップしてそれを繰り返し音読する。音読すればラインマーカーで印をつけるのだ。英語はだいたい三十分やり、国語は漢字を五分書いて、本を五分読む。社会は十分分間キッチンタイマーで計りながら黙読する。終った所に印をつけて読む。数学と理科は問題集を十五分やる。学生なのだからしっかり勉強する。勉強もして音楽も聴いてテレビも観て、本や漫画を読んで友達とも遊ぶ。勉強だけするんじゃないぞ、遊びだけするんじゃない、勉強もやって遊びもやるのだ。と叔父は言いおこずかいをくれた。叔父はお金持なのだ。図書館に美咲と行って勧めてくれた宇宙旅行と言う小説を今読んでいる。主人公の姉弟が宇宙船に乗って様々な星を旅する物語で、外山キブンが書いた小説だ。楽しい旅行をしている兄弟がある星で宇宙人に襲われる。もう弟と他の旅行者達は宇宙人に殺された。宇宙人は感情がないみたいで、その星の宇宙人同志も平気で他人を殺している。
「キミ達に友情はないのか!」とメガネを掛けた公務員で新婚旅行で宇宙旅行がクイズであたった男性が奥さんを人質に取られて叫んだ。宇宙人は普通の顔をして奥さんを殺した。
「宇宙になんか来るんじゃなかった。地球で暮らしてたらよかった」と定年退職したのを記念に宇宙旅行を選んだ夫婦の奥さんの方が泣きながら言った。タイマーがなり、ベッドで寝転んで読んでいてタイマーをオフにした。とんでもない小説だわ! とありさは思う。長い髪を左肩の前に持ってきて触りながら大地の部屋で喋っていたR1の話を思い出した。暗黒星のロボット軍団によってRの星の人達はめちゃくちゃにされた、と言っていた。ウソみたいな話で、信用なんかしてないけれど、あんな小さい壊れたプラモデルのロボットが動き始めて喋ったのは本当なのだ。
「地球にもうすぐロボット軍団がやって来る」と言っていた。そしてそれを阻止出来る唯一の方法は自分と大地に掛っているのだ。私中学生で高校受験の事も考えなくではならないのに! 
 ありさは再びベッドに横になると音楽を聴いた。

 大地のクラスに転校生がやって来た。黒縁メガネを掛けている男の子で根元風太と言い大都会の大きな街からやって来たと言う。
「僕はガチャガチャが好きで、前の学校ではあだ名はガチャガチャと言います。みんなもガチャガチャと言って下さい」と風太が言うとみんな笑った。
「見ためと違って面白いね」と女子が話していた。大地の隣の席が風太の席になった。

 中学では球技大会が行われていて一年生、二年生、三年生と三日間行われる。男子はサッカーで女子は体育館でバスケだ。二日目のバスケットの試合が終ったありさは外を見た。男子達がサッカーをやっていて良介がロングシュートを蹴った。見事に入った。
 空を見ると曇り空でありさは雲間からUFOが出て来るんじゃないかと思ってドキッとした。
「何よ、ありさ、空見て驚いた顔して」とののちゃんが言った。
「UFOでも見た?」と美弥が笑った。ありさは笑って首を横に振った。

 大地と良介は並んで歩いている。大地の肩にはR1が座っている。
「何で俺が有野の家に行かなきゃならないんだ」と良介は文句を言った。
「同級生で空手仲間だろ」とR1が言った。
 良介はあたりを見回している。大地がインターホンを押した。
「あら、大ちゃんいらっしゃい、山野君も珍しいわね」と渚が言い、部屋にいるありさを呼んだ。呼ばれて、大地と良介が来ている事を知ったありさはトタンに眉間に皺を寄せると玄関に向った。
「何しに来たのよ」とありさは言った。玄関の中に大地と良介が立っている。
「せっかく来てくれたのに、何て事言うの!」と渚が言った。
「変に思われるでしょ」とありさは二人を見下ろして言う。
「恥ずかしいのよ」
「ママには関係ないでしょ」
「話があるんだ」と良介が言った。大地の肩にはR1が動かないで座っているのをありさは見て分っている。
「大ちゃん、珍しい事やってるのね。肩にロボット乗せて、落ちないの?」と渚が聞いた。
「うん」と大地は頷いた。
 ありさはぶーぶー怒りながら部屋に行った。渚にはお茶やお菓子は入らないから、部屋には来ないでよ、とありさは言った。はいはい、と渚は答えた。
 ありさはため息をついてベッドに座った。良介と大地は並んで立っている。
「何で、いるのよ」とありさは良介に対して言う。子供の頃、空手を一緒にやっていて仲が良かった頃は良ちゃんと呼んでいたけれど、今は良ちゃんなんて呼べない。今、大地がそばにいるけれど大地がいなくて二人切で誰も他に聞いていなくても名前でなんて呼べない。
「このロボットが話をしてそれで有野が仲間だって言うからオレも来たくないけど来たんだよ」と良介が言った。自分の事を有野と呼んだ事に引っ掛る。と言うのは子供の頃はありさちゃんありさちゃんと言っていたのだから、いきなり他人行儀に有野って言われたからだ。ありさはこの間の球技大会でたまたま見たロングシュートを決めた良介の姿が浮かんだ。クラスの女子に無視されてるくせに!
「大地が誘ったの?」
「違うよ。R1がもう一人いるって言って、決めたんだ」
「何で俺なんだよ」
「こっちだって何で私なのよ。しかも中学生よ。女の子よ。三年生になったら受験があるのよ。そんなヘンテコな話信じてるの?」
 コンコンとノックの音がした。
「はいっ」ととありさが大きな声で答える。ドアが開いてお盆にサイダーを入れた渚がいる。
「入らないって言ったでしょ」
「アナタはいらないけど大ちゃんや良介君がいるでしょ。お客さんなんだから」
「いいわよ」
「何よ、怒って、ゴメンね。座ってもらわないで立ったまま、座って座って」
 渚がジュースを絨毯の上に置いた。大地と良介は絨毯の上にあぐらをかいた。
「ごゆっくり」と渚が出て行った。
 良介は警戒するようにありさの部屋を見る。同世代の女の子の部屋に入ったのは小4の時に学芸会の舞台の打ち合わせで医者の娘の今野さんの家に行った時以来だ。部屋にはアイドルグループのポスターがたくさん貼ってあり、ぬいぐるみがたくさんあったけれどありさの部屋はぬいぐるみは猫そっくりのぬいぐるみが二体あるだけでポスターも貼ってない。
「何が」
「何よ」
「何なの」
「何だよ」とありさと良介がケンカ腰でいる。
「二人は仲が悪いのか?」とR1が大地に喋った。
「さあ、僕、分んない」
 R1が改めて暗黒星の話をした。ありさはあぐらをかいていてその膝に掌を置いている良介の拳を見た。昔は小さい手だったけれど、拳だこが出来ていてゴツゴツしている。
「ねえ、その話なら、もういいわよ。彼にだけしてすれば、私聞いたでしょ」
「俺も聞いたよ」と良介。
「僕は二回聞いてるから、これで三回目だよ」
「キミ達に掛ってるんだ。この地球は、いいのか? 地球がどうなっても」
「いいわよ。私来年受験なのよ。そんなロボット軍団と戦ってる暇はないわ。漫画じゃないんだから」
「地球がロボット軍団に占領されたら、受験とか関係ない」
「あ、そ、じゃあ、その二人にやってもらえばいいじゃない。二人で充分でしょ」
「ダメだ。三人いる」
「何で私なのよ。じゃあ、他の人でいいじゃない。高校生の森岡君で。空手強くて彼とも仲良いんだから」とありさは言った。森岡は空手の先輩で強く、いろんな大会で入賞する程の実力があり、後輩達の憧れの男だけれど、イケメンではない。ゴツゴツした顔でヒゲも濃く、顔の半分が青々としている。ありさはスーパーに渚と夕飯の買い物をしている時、森岡が五枚刃のカミソリを選んでいるのと、昔からある床屋の前を通り中を見た時、ヒゲを剃られている所を見た事がある。その床屋の娘がクラスメートの梨央でこの間ヒゲが濃くて顔がゴツゴツした高校生が来てヒゲを剃るのに苦労したと父親が言っていたと梨央が話をして、すぐに森岡君だとありさは思った。
「ダメなんだ、君達じゃなきゃ」とR1が言った。R1は大地の肩から飛び降りた。三人の真ん中に立った。
「何で俺達なんだよ」
「それはもちろん理由があるのだ」とR1が言う。良介はありさの素足を見る。ゴリラみたいに指が長い。ありさは背が高くスタイルもいい。彼女の型は素晴しい。でも性格は悪いと分っている。
 大地は勝手に動いているR1を見てこの間までプロレスごっこを自分でやっていて面白かったと思う。今はもうやってない。
 良介は後ろに両手をついた。
「キミ達は単なる中学生の男子と女子、それに小学生だ。普通なら勝てる訳がない。ところが君達は特異体質だ」
「特異体質?」と良介が言う。
「そうだ」
「どういう事?」とまた良介。
「キミ達には過去の人間を呼んでついてもらう事が出来るのだ」
 ありさがR1を睨んだ。
「良介には侍。ありさには忍者を呼びついてもらう」
 揉めた。やってられない。アホだ。漫画だ。アニメだ。現実を見ろ。良介とありさから厳しい言葉がR1に浴びせかけられた。
「じゃあ、なぜ、私が喋っている。こんなに流暢にだ。こんな小さいプラモデルが喋っている」
 良介とありさは一瞬黙った。
「なぜだ。私は高性能ロボットじゃない単なるプラモデルだ。口も開いていないのに、どうして喋っている」
「それは」と良介は説明出来ない。
「今、現実を見なければならないのはキミ達の方だ。地球が君達の星が故郷が仲間が暗黒星のロボット軍団に寄って壊される。相手はロボットだ。感情なんてない。だから、やつらは自分達の手を汚す事なく、送り込んで来るんだ。それを映画のように見て楽しんでいるんだ」
 R1は首をぎこちない動きで横に動かして良介とありさを見た。
「ロボットだ。感情のないロボット。だから、何でもやる。小さい子供、大地より小さい子供も容赦なくやる。やつらは」
 ありさは大地を見た。髪質の柔らかい髪の毛。まだ細い腕。あどけない顔。
「どうすればいいのよ」
「だから、私の言う事を聞くんだ。霊媒師の所へ行く」
「マジかよ」と良介がつぶやいた。

 以外に近かった。もっと大きな街や大都会に行かなければならないと思っていたら、近所の山のふもとの地域であった。自転車でそれでも三十分ぐらいだった。途中、ありさが自動販売機でお茶を買った。もちろん、自分の分だけだ。別にお茶を飲まなくても、我慢しろよ、とがちゃんとペットボトルが取り出し口に落ちた時に良介は思った。中二の異性同志で良介は女子達にシカトされているのである。二人は一緒に並んで行く事を避けていて、ありさと大地が先に行っていた。
 民家だった。奥野と表札が出ている。引き戸を開けると老人の男性が立っていた。
「分っていた。お前さん達が来るのは」と老人は言った。玄関に上り奥の和室の部屋に入った。
 ありさと良介と大地は座布団を出すようにと言われて隅に重ねてあった座布団を出して正座した。
「まあ、硬くならず、足を崩しなさい」と老人は言った。良介もありさも空手で正座は慣れているけれど良介と大地は足を崩した。
「先生、彼と彼女の二人にお願いしたい。ただ、二人ともまだ子供ですから」
「分っておる。いや、本当に小さいロボットが喋るとは思わなかったから、さすがに驚いた。と言うのはワシはよく予知夢を見る。ある星からやって来た小さい人が来てワシに侍と忍者の霊を呼ぶようにとお願いするであろう、とワシの祖父が出て来て言った。ワシの祖父も冷媒体質であった。さすがのワシも宇宙人が来るとは思わなかったから、予知夢ではないと思っていたけれど、本当だった」
「いや、先生、彼と彼女が年頃のまだ子供である事もそうですが、お金はないのです」
「うん、何? 金はない」
「金はないのか?」
「はい」
 ありさと良介は黙っている。そりゃそうでしょ、何で私達が望んでもいないのに、お金を払わなければならないのかとありさは思う。老人はため息をついた。白髪で髪の毛は薄く。やせているから皺が目立ち、マユも白髪になって伸びている。老人は眼をつぶった。老人は椅子に座っている。あれ? 寝たのかな? とありさは思う。するとうん、うんと老人は頷いた。
「そうか、じいさんが出て来て、ただで、やってやれ、と言う。地球がこの若者達に掛っていると言う。信じがたい話だけれど、じいさんが言うからにはタダでいいだろう。本当は二十万は掛る」
 たけえ!信じられない二十万も掛けて霊を呼び人なんているの?と良介。じいさんじいさんておじいさんが言っているのでややこしいわ。とありさ。
「では、その男の子と女の子だな」
「ちょっと待って! 大地は?」とありさが言った。
「大地は私と一心同体だから」とR1が言った。
「えー、なんかずるい!」
「ずるくない」とR1が言った。
「ではいいかな」と老人。
「ちょっと待って、呼んでその生活に影響はあるの?」とありさ。
「ない。ただ、うっとうしいかも知れぬ」
「えー一番やじゃん」
 老人は呼び寄せた。眼をつぶっていた良介とありさにはっきりと人が見えた。眼をつぶっている良介とありさを見てくすぐったらどうなるだろう? と大地は思う。
 良介には顔中ヒゲを生やした総髪の侍が見えた。ありさにはテンパで髪がもさもさしているけれどキリッとした顔立ちでイケメンで細身で背が低い忍者が見えた。
「ワシを呼んでどうする?」と良介は侍に聞かれた。
「え、分らないよ」
「俺を呼んでどうする?」とありさは忍者に聞かれた。
「分らないわ。アナタ男なの?」
「そうだよ」
「えー、九ノ一じゃないの!」
 揉めた。眼をつぶって良介とありさは喋り侍と忍者と揉めている。老人が仲裁に入る。老人も詳しい事は分らないのでR1に聞いた。
「ロボット軍団! そんなのがこの地球にやって来るのか」
「そうです」
「ロボット軍団て、この野暮な連中には分らないだろ」と老人。
「誰が野暮だよ」と忍者。
「老人、口の聞き方に気をつけられよ」
「どういう意味だ。ワシを斬れるか、斬れる訳ないだろ、お前らは実態がないのだから」
「老人を殴れ」と侍が良介に言った。
「やだよ」
 すごく揉めた。本当は老人はすごい能力者で十分もあれば、例えば悩み事のある依頼者などの相談は片付くのだけれど、揉めたので時間が掛った。ありさは正座を崩した。いやいや、と拒否する。僕もいやさ、こんなオッサン。と良介も言った。R1が説得する。揉めて、でも、結局、一応、侍と忍者はそれぞれ良介とありさに着く事になった。
「理由はともあれ、戦う事が出来るのはいい」と侍は言った。侍は平和な時代に生まれ育った。剣の腕はすごかったけれど、戦う相手も理由もないので有名ではなかっただけだった。忍者は戦国時代に生まれたけれど実家は米を作っていて、その合間に修行をする。天性の運動神経の良さと忍術修行が好きなので、面白かったから、すごい忍者になった。今ならばプロ野球選手やサッカー選手やオリンピックに出てメダルを取るだろう、とおじいさんが言ったからオリンピックを知らない忍者と侍が揉めた。
 ありさは自転車のカゴにお茶を入れていてさっき少し飲んだけれど、また開けて飲むと大地と自転車に乗って帰った。

 玲奈と自転車でショッピングに行って家に帰ると来客があるのが靴で分った。渚に呼ばれてリビングに行った。てっきり、桃と大地かと思っていたら、同じような母と息子が座っているけれど二人ではなかった。
「根本さん、根本のおじさんの家のお嬢さんで律さん私と幼馴染なのよ」と渚が言った。
「止めてよ。お嬢さんなんて」と律は言った。
「こんにちは、ありさです」
「こんにちは、この子は風太」
「こんにちは」と風太は言った。
「大地君と同じ五年生でクラスメートなんだって」
「頭良さそう」とありさは心の中で思った事が口に出た。
「そんな、普通よ、普通」
「だって、私立に通わせてたんでしょ」
「ダンナの母親がうるさい人だったから」
 ありさはドアをゆっくりと閉じて階段を上った。
 勉強をする。タイマーを出してセットする。眼をつぶらなければいいのだ。つぶると厄介だ。いつもつぶらないで音読しているから関係ないけど、とありさは思った。

 庭で木刀を振る。友達の山崎が剣道部で木刀を持っていたので、祖父がやっていて今は使ってない木刀があるからと言うので譲ってもらった。
「何だよ、剣道部に移る気か?」
と山崎は言った。
「いや、空手の修行に使うんだよ」
「サッカーもやって大変だな」
 もらった木刀を振る。毎日、一時間近くやらされた。サッカーもやり、空手もやっているのだから、身体はヘトヘトになった。眼をつぶると侍が出て来た。
「なんだ、その体力はまだ若いのに」
「うるさいな、こっちは空手やってサッカーもやってんだぞ。もうヘトヘトだよ」
 眼を開けると中に入ってお風呂に入った。勉強なんてやる体力がなかった。

 大地の生活は変らなかった。サッカーをやり宿題をやり友達と遊んだ。ただ、瞑想をやった。ありさや良介と別に特別連絡を取り合う事もなかった。プラモデルを使ったプロレスごっこももうやらなくなっていた。
 友達の家から自転車で帰っていた。川沿いを自転車で帰る。すると風太がいた。周りのみんなは彼が言った通りがちゃがちゃとあだ名で呼んでいるけれど、彼は呼ばなかった。名前すら呼んだ事はない。風太は道路のコンクリートの堤防から下を流れる川を見ていた。良介は気づかれないように通り過ぎようと思った。するとこっちを風太が向いたのでブレーキを掛けて停まった。
「どこ行ってたの?」と風太が声を掛けて来たので驚いた。
「内村の家」
「近いの?」
「刃物町」
「包丁とかたくさん作ってる所?」
「そうだよ」
「行ってみたいな」
「今度行く?」
「うん」
「何見てたの?」
「川見てたんだ。そしたら、ほら、鯉がいるよ」
「ほんとだ」
 川には黄金色やオレンジや赤色の鯉が泳いでいる。大地も自転車に乗ったまま鯉を見た。
「すごいや」と風太が言った。大地は風太がすごい、と言ったので驚いた。そんなにすごい事だろうか? 
 風太は都会から来たのだ。都会にはこの小さい街にはない物がたくさんあるだろう。でも、風太がいいって言うのならいいと思った。ちょっとくすぐったかっただけだ。
 途中まで一緒に帰って別れた。

 良介は学校ではよく眠った。窓の外を見ながら歩いている。その後ろをありさと美弥が歩いている。ありさは美弥と喋りながら歩いている。良介はありさが後ろを歩いているのを声で気づいている。その声が聞きながら彼女も厳しい特訓をやっているのだろうか? と思った。
「山野君って何か大きくなってない?」と美弥が良介の後ろを姿を見て小声でありさに言った。
「そうお? 成長期だからね、何気になるの?」
「冗談、みんなに嫌われちゃうわ」と美弥は笑った。ありさも笑った。

 休み時間はドッジボールをやる。男女入り混じってやる。大地はみんなと遊びながら風太もドッジボールを一緒にやり喜んでいる姿を見て良かったと思う。
 サッカークラブに風太が入った。都会の小学校では塾に通っていてスポーツはやってなかったけれど自分からやってみたいと言って入ったのだ。良介は大丈夫かな? と心配した。
「おい、大地何やってんだ!」とコーチに言われ大地は自分の所に来たボールを空振りしてみんなに笑われた。

 眼を長くつぶるとオッサンが話し掛けてくるのだ。髭が生えて汚い着物を着た侍のオッサン。そのオッサンが言うにはその敵と闘うには刀がいるだろうと言う。今は木刀で練習をやっているけれど実際の刀はもっと重いと言う。
「刀なんてないよ」
「売ってないのか?」
「ここは包丁とかの刃物が有名で作ってるけれど刀はないよ。海の方に行けば有名な所があるけれど」
「どんな刀だ?」
「緑刀って言う刀だよ」
「何? 緑刀!」
「知ってるの?」
「知ってるさ。緑刀は俺が欲しくて欲しくて手に入らなかった刀だ。その刃紋の美しさ、そして緑色に輝く鋼、相手は斬られた事を忘れるぐらいに恐ろしく斬れる。確か刀鍛冶の文也がこれ以上の者は作れない、と言った程だ、ぜひ、行こう」
「行こうって、遠いよ。それにお金持ってないもん」
「親からもらえよ」
「やだよ、って言うか、そんな金もらえる訳ないじゃん」
「働けよ」
「俺、中学生だよ」
「何、言ってんだ。俺が生きていた頃はみんなもう働いてたぞ」
「時代が違うんだよ」
「とにかく手に入れろ」
「無理だよ」

 ありさはまったく、忍者のあんちゃんを無視していた。喋りもしなかった。おじいちゃんがステレオを趣味にしていてクラシックやジャズをよく聴いていてヘッドホンも持っていて、一ついいのをもらってそれをしてよく音楽を聴く。ヘッドホンをして立ってパパが好きな80年代のアイドルの女の子達の音楽を聴いていた。机の上にナイフを置いてある。鉛筆を削る為だ。そのナイフを持つとさっと柱に向って投げた。ナイフは柱に刺さった。
「まだまだだな」とあんちゃんは腕組みをして言った。
 夕食は外食にする。パパはグルメでこれと言って趣味を持たないけれど食べ物に関してはうるさい。休みの日には自ら料理を作ったり、おやつまで作る。米粉を使ったドーナツやパン、さらには和菓子まで作るのだ。今回は洋食を食べに行く。昔からある店だ。パパの実家の近くにある。パパの実家に車を停めて祖父母と歩いて行く。まだ、外は明るい。小学生の男の子の二人連れが自転車を漕いで家に帰っている。ありさは何を食べようか考える。この間行った時はハンバーグステーキだった。だいたい食べる物は決っていて、ハンバーグステーキかミートソースハンバーグ、ミートグラタンの三つだ。渚はオムライスかハッシュドビーフ。祖母はミックスフライ。祖父はカツレツカレー。パパはビーフステーキかビーフカツレツなのだ。パパはよくステーキやビーフカツレツを一口食べさせてくれていたのに、中学生になった頃、ちょうだいよ、と言うとちょっとムッとした顔を見せたので、それからもらわなくなった。分厚いステーキは肉汁が出て、パパが食べる姿を見ると自分も食べたくなるのだけれど、やっぱり、ハンバーグステーキかミートソースハンバーグかミートグラタンを食べたいのだ。
「かすみ!」と声がした。あんちゃんの声だ。別に眼をつぶっている訳ではないのにいきなり言うので、何よ! と思う。家族には自分に忍者がついているなん言ってないので忍者に驚かされても反応は出来ないのである。前を見ると髪が長い、スカートを履いた美しい女性がスーパーの袋を持って歩いている。
「かすみ!」
「何よ、何を急に言ってるのよ」とありさは家族に聞こえないように腹話術みたいに口を動かさないで小声で言った。
「あの女をつけてくれ! 頼む」
「何を言ってるのよ。今からご飯を食べに行くの」
「行けよ」
「嫌だ!」とありさは立ち止まった。女性とすれ違う。それにしても美しい人だとありさも思う。髪が少し顔を隠している。風が吹いた。もうすぐ夏を感じさせる心地よい風だ。
「おおい、ありさどうした?」とパパが言った。
「うん、ちょっと」
 ありさは家族の方へ歩いた。
「一生恨むからな」とあんちゃん。
「うるさい」とありさは言い振り返った。女性の後ろ姿を見ると前を向いて進んだ。

 
 良介は叔父がやっているパン屋へ行った。パン以外にもパティスリーもやっていて、市内に数店舗と県内の二つの大きな街にそれぞれ一店舗ずつ店を持っている。叔父はだから、すごいお金持であった。良介は料理に興味はないけれど、お金を貯めないと行けないので働かせてもらった。叔父もお金を持っているけれどじゃあ、お金をやろうとは言うタイプではないのだ。ただ、中学生なので労働基準法に引っ掛るので内緒で働かせてもらった。良介は一番下っ端で今年地元の高校の調理科を卒業して就職した矢野さんと言う女性が気になった。色白ですぐ頬をピンクに染めてひたむきに頑張っている。まだ入社して数か月しか経ってないから失敗も多い。でも、中学生の良介にも彼女がこの厳しいパン職人と言う世界でくらいついて行こうと全力でぶつかっているのが伝わって来る。もちろん、良介にはカンタンな仕事、良介はケーキの方をおもに任されてクリームをつけたり、果実をケーキの上に乗せたりその果実にゼリーを塗ったりする仕事をやっている。彼は社長の甥と言う事もあって気を使われているのが良介にも分る。それと中学生でもあるからかわいがられているのだ。叔父はでも厳しかった。
「おい、良介、ケーキが歪んでるぞ。ちゃんとそろえておけ。フルーツももっとバランスよく並べろよ」
 良介はかわいい甥っ子だから楽させてくれると思っていたらそうでなかった。焼き菓子を作る時も、叔父と組んでやらされたり、粉に牛乳を混ぜるのもやらされて、腕が痛く成程かき混ぜさせられた。
 良介はヘトヘトになった。休みがなかった。けれど、矢野さんは朝早くから働いているのだ。だから、自分がへこたれてはダメだと思って働いた。
 家に帰るとご飯を食べてお風呂に入るとすぐに眠った。

 ありさは祖父母の家の近くに自転車で来ている。
「ああ、かすみ!」とあんちゃんの声が聞こえる。
「うるさいな、なんで私がストーカーみたいな事をやらなきゃならないのよ」
「ストーカー?」
「人の事を付け回す事よ」
「あ、いた、かすみだ」
 この間中華料理を食べに行った時にすれ違った女性である。ありさはあんちゃんがうるさいので自転車で後をつける。自分は男ではないので女性は怪しまないだろう。
「もっと前に行け、顔を見たい、顔が見たいのだ」
「嫌よ! だいたいあの人がかすみな訳ないでしょ、かすみって人に似てるだけよ」
 女性はコンビニの袋を持って歩いていて一件家に入って行った。表札には遠藤と書かれている。
「中に入れ!」
「入れる訳ないでしょ、勝手に人の家に」
「おじゃましますって言えばいいじゃん」
「誰よ、私って、まったくの他人なのよ、頭がおかしい中学生の女の子って思われちゃう」
 ありさは玄関の前で自転車にまたがっている。
「ああ、かすみに会いたい、会って話をしたい」
「何なのよ」
「何とかならないのか?」
「ならないわよ」
 ありさは自転車で帰る。祖父母の家に寄って行こうかなと思うけれども、止めてゆっくりゆっくりと帰る。川沿いの道路を帰る。川をたまに見る。魚は泳いでいるのだろうけれどそこまで意識して見ていないので見えない。ただ、水は透き通っていて石が見え、水の中にある青い草は見える。
「かすみと俺は夫婦だった。俺は敵の領地にもぐり込み戦の情報を得ている役目だった。敵の忍者にばれて戦ったりして危ない目にあったけれどいつも潜り抜けて帰って来た。子供は出来なかった。忍者は多産を要求される。つまり、たくさんの子供を産み子供の頃から忍者として育て上げて領主の駒として働かされる。俺達は子供は出来なかったけれど、その方がいいと思っていた。ただ、親からは子供は出来ないのか、と言われた。とくにかすみは言われ続けた。俺はいる時はかばったけれど、留守の間はいろいろと愚痴を言われたと分る。俺達は猫を大事に可愛がった。猫は多産であった。子猫を両手に抱え抱いて名前までつけた。かすみが子猫を抱いている姿を見るのが俺は好きだった。ある時、隣国の同盟国に行った。するともう一つの隣国が我が国に責めて来て戦になった。隣国は我が国と同盟を結んでいたけれど密かに責めて来た隣国とも同盟を結んでいたのだ。我が国は挟み撃ちにあった。俺は戻った。家に戻るとかすみが死んでいた。うつ伏せに倒れてお腹から血を流していた。その周りには子猫達がいてニャーニャーと泣いていてかすみの長い髪を引っ張っている子猫もいた。かすみの髪は長くて艶があり美しかった。春になるとつくしや蕨を取りに行ったのだ。れんげが咲いていた。たんぽぽもだ。俺はタンポポを抜いてかすみの耳に乗せた事もある。かすみに会いたい。会って守ってやりたい。俺は復讐したい。俺は復讐したいんだ」
 ありさは自転車を漕ぐのを止めて高校のグラウンドを見ていた。グラウンドではソフトボールの試合が行われていて、女子部員達の声が聞こえていた。
「もう、かすみさんはいないし、復讐する相手もいないわよ」とありさは言った。スーパーに寄って地元で愛されているチョコバーのアイスクリームを買った。
「またそれか!」とあんちゃんは言った。
 良介が叔父の店でごみを捨てに行くと矢野さんがしゃがみこんで背中を丸めて泣いているのが分った。彼はドキッとした。見ちゃいけないと思った。けれど矢野さんは振り向いて気づいて涙を拭ぐう、と笑った。
「どうしたんですか? いじめられた?」と良介は言った。きっとメガネを掛けて細っ歯の山崎だろうと思った。アイツは自分が社長の甥っ子だから他のみんなと同じように自分に対して気を使って話し掛けて来るのは分るけれどちょっとずれててあまり好きではない。それに自分には気を付かっているけれど後輩、とくに最近では一番下っ端の矢野さんをいじめているのだ。何で叔父はあんな奴を雇っているのだろう?
「ううん。私出来ないから、でも、パン作るの好きで辞めたくないけれど、自分には向いてないんじゃないかと思うの」
「そんな事ないよ。誰だって最初はそうだよ。むしろ、不器用な人の方が成功するって言うよ。僕空手習ってんだけど、そこの先生が言ってたんだ。それで、僕の先輩にすごく強い人がいてその人は最初、いじめられっこで、身体も細くて運動神経がなくって、空手も教えても下手だったけれどコツコツコツコツと基本を繰り返して練習も真面目にやってたんだ。そうしたら、誰よりも強くなって身体も大きくなってすごい人になったんだから」
「へえ、良介君空手やってんだ。すごい」
「いやあ」
「良介君ってでもお菓子作りのセンスあるね」
「そんな事ないよ」
「ううん、私そう思うよ」
「おーい、良ちゃん」と橋本と言う男性が顔を覗かせた。良介は矢野さんと喋っている所を見られたので急いで作業場に戻った。
 矢野さんは色白でオーブンの熱で暑い作業場にいると体温が上がりその頬がピンクになる。可愛いと思った。私服はどういうのを着ているのか分らない。白いコック帽をかぶっていてそれを外した姿は見た事がある。長い髪を後ろで団子にしてまとめているのだ。ピンク色に染まった頬で真剣な眼でまとめた生地にナイフで線をつけたりバターを塗ったりしている姿が良介には焼き付いてよく想い出した。
 叔父には店で会うけれど店ではほとんど喋らない。挨拶は他の従業員のようにキチンとする。こっちだってサッカーや空手をやっていて挨拶はきちんとやるのだ。
 叔父が家に来た。四十手前でまだ独身だからたまに来てご飯を食べて行くのだ。母親も良介が自分の弟の店で働いている事を知っている。夕食は叔父の好きなすき焼きで肉は叔父が買って来る。叔父は金持だからすごく高いいい肉を買って来る。脂が入った高級な牛肉は舌でとろける。それをといた生卵につけて食べれば最高だ。別に叔父の店での自分の話は出なかった。母親が洗い物をやり父親がお風呂に入っていて良介と叔父はテレビを観ている。叔父は事あるごとに勉強しろ勉強しろっと言って来て、中学に入るとさらに言って来ている。でも、学校の成績がいいと分ると言わなくなった。
「叔父さん」
「何?」
「何でパン屋やろうと思ったの?」
「何でパン屋か、うん、いや、料理人にはなりたいと思ってたんだ。小さい頃から料理が好きだったから。ただ、パンは嫌いじゃないけど、そんなに好きでもなかった。けれど作り手としては面白いだろうと思って、ケーキも出来るからね、で、やったら、成功さ、店もごらんよ、市内だけじゃなく、いろんな所にあるだろ、ここだよ、こことここだ」と叔父は自分の右腕を左手で叩き、さらに自分のこめかみを右の人差し指で差した。
「それは分ってるよ」
「俺は普通の勉強は嫌いだ。嫌いだったけれど大学に進学して都会に出て見ようと思った。だから、小さい英語塾に通ってそこの先生に勉強の素晴しさを教わった。成績も上がり、勉強も面白かった。でも、自分のやりたい事ななんだろう、と考えて料理の方に行こうと思って大学進学は辞めたんだ。だから、勉強のやり方の面白さ、どうすれば成績が上がり、勉強する素晴しさが分るか気づいた。だから、お前にも将来別に大学に行かなくてもいいんだ。いいけど、勉強はやっておけっていうんだ。俺はそれが役に立ってると思っているからね」
 良介はそんな事が聞きたいんじゃなかったけれどでもまあ、いいかと思った。
「ねえ、矢野さんってどう思う?」
「瞳か、どうしてだ? お前まさか、好きになったのか?」
「そういうんじゃないよ。ただ、この間、泣いてたから、理由を聞いたら、自分が出来なくて、センスがないって言うんだ。でも、僕は不器用な人程大成するんだって言ったんだ」
「いや、そりゃそうだよ、お前いい事言ったぞ」と叔父はソファに凭れて座っていたけれど身体を起こした。
「そうだよ。俺も不器用な方なんだ。実は、けれどさっきの勉強の話じゃないけど、先生は勉強を教えてくれた先生は基本が大事なんだ。基本をやれ、基本をやれ、勉強の基本は教科書だ。俺は教科書を毎日、三十分、音読したんだ。もちろん、教科書以外にもだ。、それはパン屋でも同じ事、不器用で俺が作る形は上手い人と比べて下手だったりするんだ。でも俺はそれでいいと分っていた。基本基本と思っていた。俺はバゲット一万本って言うんだ。それをやれって、するといろんな事が見えてくるんだ。それはひょっとしたら、本当に自分には向いていないかも知れないって言う事かも知れないけれど、それと意志の問題だな、パン作りを好きだという気持が大切だよ」
「いや、彼女はパン作りが好きだって言うんだ」
「そうだろ、何で俺に怒るんだよ」
「だって、山崎って人いるだろ、あの人なんで雇ったのかなって思うんだ。だって、アイツ、矢野さんに嫌味ばっかり言ってるよ」
「それは俺も分ってるよ」
「じゃあ、何で」
「だって、雇っちゃったものは仕方ないじゃん。人は雇ってみないと分らないよ」
「なんだ、それ、えらそうな事言って分ってないんじゃん」
「別に俺が山崎で苦労はしないからいいんだ。それとアイツは仕事は出来る。ただ、性格は悪いのは分ってる。俺もあまり好きではない」
「首にすればいいじゃん」
「あのなあ、俺はパン職人だけど経営者でもあるんだぞ、自分の好みで簡単に辞めさせられる訳ないだろ」
「自分の好みで例えばかわいい女の子雇ったりすることって出来るじゃん」
「それは出来るけれど、じゃあ、例えばそのかわいい子が仕事出来なかったり、そういう自分の好みだけで雇ってたら、会社の経営がダメになるだろ、それにかわいい子なんてたくさんいてあきたら、首なんて中学生の発想だぞ、あ、中学生か」
 良介は納得出来ない。
「アイツも修行してるんだ。そういう所に気づいて直せるかどうかも修行の内だ」
 嫌いな人間を雇って一緒に仕事をやっている事に良介は驚いた。人間は複雑なんだと思った。
 叔父が帰る時、いつもは車まで送らないのに、良介はジャージのズボンのポケットに両手を入れて叔父の車のそばまで送って行った。
「瞳はいい子だ。大切にしないとな」
「じゃあ」と良介は叔父にまた噛みつこうとする。
「でも、まだ許容範囲だ。でも、まあ、別にそういうのなくてもパン作りには関係ないんだけど、いや、逆に山崎の修行になってるんだよ。瞳は瞳でいいパン職人になるだろう」
「俺は矢野さんはきっと素晴らしいパン職人になれると思ってるよ。でも、なる前に辞められたら意味ないだろ」
 叔父はピッとキーでドアを鳴らして開けた。夜の闇の中にあまり車内は見えていないけれど良介は乗った事のある皮の感じとか雰囲気を感じる。
「あの子は両親がいないんだ。おじいちゃんおばあちゃんに育てられてる。だから、辞めないよ」
 良介は歯を食いしばった。矢野さん、父親と母親がいないんだ、と思った。叔父め瞳だなんて呼び捨てにして、と拳を握った。
 エンジンが掛ると怪しげにまるでロボットが起動した眼のようにいろんな所が光っている。車はゆっくりと動き始めるとクラクションを鳴らして叔父は帰って行った。

 ありさは祖父母の家の近く、つまり、かすみの家の近くに住んでいる友達を探して、かすみの事を知っているかどうか聞いた。するとあまり話した事はないけれど美緒ちゃんが知っていると言う。
「あずさちゃんでしょ、小さい頃よく遊んでもらったわ、でも、なんで有野さんがそんな事聞くの? 」
「いや、知り合いの人がね、一目惚れして私に調べてくれ、自分じゃストーカーになるって言うから、私だと中学生の同性だから怪しまれてもストーカーとは思われないじゃない」
「なるほど、そういう事ね」と美緒は笑った。ありさも笑った。なんで、私がこんな探偵みたいな事をやらないと行けないのだと思う。
「でもあずさちゃんには恋人いるよ」
「ああ、やっぱりすごく美人だもんね」
「もうすぐ結婚するってママが言ってたわ」
「へー、じゃあ、私の知り合いに言わなきゃ」
 ふふ、と美緒は笑った。ありさも笑った。
 家に帰るとあんちゃんが出て来た。
「結婚するのか」
「そうよ、いいじゃない」
「いいよ、かすみがシアワセになってくれれば」
「だから、かすみさんじゃないって」
 ありさはベッドに座って音楽を聴いた。渚が好きなニューミュージックの女王の歌で渚はカラオケに行くとよく歌う。それでありさも好きになって自分で聞くようになった。
 ありさは自分の長い髪を触りながら音楽を聴いていた。

 良介はケーキを早くキレイに飾る事が出来るようになっていた。
「良ちゃん、そんなに金貯めて何に使うの?」と橋本が聞いた。
「ちょっと」
「何よ、教えてよ」
「刀」
「刀? 刀ってあの刀」
「そう」
「真剣?」
「うん」
「またすごい趣味だね」
 良介は叔父に呼ばれた。
「お前刀が欲しいんだって」
「橋本さんが言ったの?」
「そうだよ。俺がさぐり入れたんだ」
 作業場内は甘い香りがする。良介は断ならねえ、と思う。
「お前、誰か殺すつもりか?」
「そんな訳ないだろ。殺すんならワザワザ刀買わなくてもさ。包丁とかでいいじゃん」
 良介は人は殺さないけれどロボットを壊すために使うんだけど、と思う。
「そりゃ、そうだ。どんな刀が欲しいんだ」
「どんな刀って緑刀だよ」
「緑刀ってお前いくらするか知ってるのか、何百万とかするんだぞ」
「そんなにするの?」
「そりゃするさ、だって、あれは緑町の緑介さんが代々一人で作ってるんだ。人間国宝だぞ」
 良介は眼をつぶった。オッサンが出て来た。
「高いのか?」とオッサンは心の中で良介に聞いた。
「うん、俺のバイト代じゃあ、到底買えないよ」と良介は腹話術のように口びるをほとんど動かさないで喋った。
「おいおい、眼つぶって独り言つぶやいてお前そんなに欲しいのか」
「まあね、でも、じゃあ、安いのにするよ」
 良介は家に自転車で帰った。オッサンが話掛けて来た。
「手に入れる方法はないのか?」
「ないよ」
「あの叔父さんに買ってもらうとか借金をするとか」
「やだよ。何で俺が借金してまで買わなきゃならないんだよ。別に普通の刀でいいだろ」
「いや、欲しいよ。侍なら絶対に欲しいよ」
「だって生きてる時、買えなかったんだろ、すごい贅沢言ってるよ。こっちはくたくたなのに」
 良介が自転車で夕焼けの中、不機嫌な顔をして帰っているのをありさはたまたま見ていた。

 風太が家に遊びに来た。大地は部屋に入れた。風太は部屋の中を見た。動いていないR1を見た。
「これ、僕も持ってるよ。ダイズーも持ってるんだ。このワイラ両腕がないね」
「うん、友達にもらったんだ」
「ふうん」風太はR1を持ってじーと眺めている。ゲームをやった。桃がおやつがあるから下に来て食べなさい、と言う。パパの伸哉もいる。伸哉がパチンコに行って来て大当たりを出したのでケーキを買って来たのだ。
「何人家族なの?」と桃が風太に聞いた。
「ママとおじいちゃんとおばあちゃんの四人です」
「お父さんは?」
「離婚してます」
「じゃあ、今、離れて暮らしてるの?」
「はい」
「お母さんは働いてるの?」
「はい、介護の仕事をやってます」
 大地は桃が風太の事をイロイロ聞くのが嫌だったのでケーキを食べると外に遊びに行った。グローブとボールを持ってキャッチボールをやろうと思った。ところが風太はキャッチボールをやった事がないと言う。じゃあ、サッカーやる? と言ったら、いや、キャッチボールをやってみたいと言うのでやった。女の子みたいな投げ方を風太はする。大地はよろよろと届かないボールを受け取って優しく投げ返す。風太は上手く取れなかったけれど、笑っていた。だんだん、上手になった。
 長い時間キャッチボールをやった。
「キャッチボールって面白いね。ただ、ずっとボールを投げて受け取るだけなのに」と風太が言ったので大地はそうか、と気づいた。ただ、投げて受け取るだけなのに、面白いのだ。
「すぐ上手になったね。サッカーもそうだけど、運動神経いいね」と大地は言った。
「そんな事ない。また、キャッチボールやろうよ」と風太は笑顔で言った。
「うん、いいよ」と大地は答えた。
 風太がそのまま帰って大地は家に戻り部屋に行った。R1があぐらをかいて机に座っていた。

 叔父さんが車でドライヴに連れ行っくれた。海の方に行くと言う。マシンみたいな車内に乗るのは緊張する。緑町まであと1キロと看板が見えた。ひょっとして緑町に行くのだろうか? と思う。緑町は海に近い。
 やはりそうだった。緑町は焼き物の町であり、鍛冶物の町でもある。古い家に行った。表札には佐野緑介と書かれている。
 ゴメンください、と叔父が引き戸を開けて言った。すると中からジャージを着た白髪のおっさんが出て来た。
「あ、私、小山さんの紹介で来ました。山口ですけれど、緑介先生ですか」
「ああ、ああ、そうそう、もうちょっと待ってね、今着替えるから、ま、お茶でも飲んで待ってて、さ、上って上って」と緑介は言う。叔父さんと良介は家に上った。すると奥さんがお茶を出してくれた。部屋にはなぜか人気グラビアアイドルの和田ねねちゃんのカレンダーが飾ってある。赤い水着を着て大きな胸を強調したねねちゃんが写っている。緑介先生が来た。刀鍛冶が白い袴姿で来た。手には大きな本を持っている。
「はあ、お待たせ、お待たせ、ふうん、口臭くないでしょ」
「はあ」
「娘がいてね、年頃の時、臭い臭いって言うからこっちも腹が立って毎朝磨くようにしたの。電動歯ブラシで、そしたらぴかぴかになって、人に会う前とかは必ず磨くの。他にも体臭を気にしてね、洗濯物には最近流行りのいい匂いがする奴使って香水じゃないけれど、女性がつけるスプレー掛けて、いい匂いでしょ、あれ、同級生に魚屋いるけど、今までそんなに魚臭いと思わなかったけれど匂いを気にするようになってからはもう臭いから、最近会ってないんだ」
 確かにいい匂いだけれど、いい匂いといい匂いがぶつかり合ってめまいするような匂いだった。
「刀作ってるとこ、見たいの?」
「どうなんだ?」と叔父が聞いた。
「刀が欲しいんです」
 緑介はじっと良介の眼を見た。
「子供は娘が二人でどちらもこういう商売だから跡は継いでいない。弟子が一人いてどうしても弟子になりたいと言うの。弟子にしたんだけれど、才能は普通だ。見ためよりかなり老けてるんだ。太っててエラがはって髭がこくてテンパでもじゃもじゃ頭で黒縁メガネで昔の大学生みたいでそれで訪ねて来る人が息子さんですかって言うから冗談じゃないって言うの、俺と似てないよ」
 奥さんがお茶を持って来た。録画された緑介が出た地元のテレビ番組を一緒に観る。画面にはその弟子が映っている。
「ね、これなんだ。、娘婿さんですかって言われて、娘がムッとして困ったよ」
 叔父と良介は笑った。作業場に行くとその弟子がいて、叔父と良介は口を抑えて笑うのを我慢する。弟子は口を抑えている叔父と良介を不思議そうに見ていた。
「これ、あげる」と緑介がさやに収められた刀を良介の前に差し出した。
「これって?」と叔父。
「先生!」と弟子。
「いいんだよ。彼が刀を本当に好きでどう扱うかはワシにも分らん。けれど、緑刀自体が彼の所に行きたがっているのが分る。それは長年刀を作って来たから分るのだ」
「しかし、先生、これ、何百万もするんじゃ!」と叔父。
「二百万だよ」と弟子。
「金ではない。金をいくら積んでも緑刀は不思議と嫌ならその人の手には渡らない。渡ったとしてもすぐに離れる。そういう力を持った刀が緑刀なのだ」
 良介は刀の重みを感じている。さやから刀を抜き出して刀紋を見る。刀に光が少しでもあたると成程怪しいぐらい緑色を帯びて輝いている。
 良介は帰りは後ろの席に乗り刀を抱きかかえるようにして持つと眠った。
 オッサンは何度も何度もさやから出して開けて見せろとうるさかった。良介はうっとうしがったけれどさやから出すたびにその美しさに心を奪われた。

 隣の家のランちゃんが夏休みに帰って来た。と言ってもまだ中学校は夏休みではない。
 ランちゃんは大都会の大学に今年から通っていてお土産を持って来てくれた。お土産にクッキーとありさにはTシャツを買って来てくれた。ランちゃんは夜、ありさの部屋で話をした。ベランダに出て外の空気を吸った。ありさの長い髪が生暖かい風を受けて少しだけなびいた。
「ありさちゃんはどうするの? 高校卒業したら」
「出て見たい気もするけど、でも、一人娘だから」
「そんなの関係ないじゃん。私だってお姉ちゃんだってそうよ」
「ランちゃんは大学卒業しても帰って来ないの?」
「うん、そのつもり、そのまま就職するわ」
 ランちゃんはまだ十九歳で居酒屋で働いている。夜のバイトが楽しくて仲間が出来たりお客とも仲良くなっている。友達とショッピングに出掛けたり、スイーツのバイキングに行ったりすると言う。
「面白いよ」とランちゃんが言った。夜空には輝かしい夏の星座が近くにある。ランちゃんはそれを見上げていたけれどくるっと廻ってベランダの手すりに背中をつけた。食事は朝は食べないで昼食は学食、夜はバイトの日は居酒屋で賄を食べ、バイトがない日は好きな物を買って食べていてスイーツも毎日食べ今は夏だからアイスを毎日食べていると言う。車のクラクションが鳴った。ランちゃんとありさが下を見ると車があった。
「おーい、帰ったんだろ。今からドライブ行こうぜ」と運転席からランちゃんの同級生と男性が出て来て言った。助手席からも男性が出て来ている。
「車買ったの?」
「そりゃ買うさ、会社まで車で通ってるんだから、高校生じゃないぜ」
「ありさちゃん行く?」
「ううん、私はいい」
「そう」
 ランちゃんは下を見て、じゃあ、ちょっと待ってと言い、ありさにまたね、と言ってベランダから出て部屋も出て行った。ありさは一人ベランダにいた。ランちゃんの声が聞こえる。男性達と話をしている。下を見るとランちゃんが後ろの席に乗ってドアを閉めた。車は動き出した。ありさは星空を見上げた。

 良介は勇造に誘われてテレビ局が地元を取材に来ると言うので和菓子屋まで自転車で行った。地元のテレビ局の女子アナウンサーとまあまあのお笑い芸人がいる。良介はテレビで観るまあまあのお笑い芸人が以外に大きいので驚いた。テレビと同じである。アナウンサーも同じだ。まあまあのお笑い芸人は銘菓の饅頭を食べて、こりゃ美味いと言い、お茶を飲んだ。
「サインもらえよ」と勇造が良介に言った。
「何で俺がもらうんだよ。別にファンじゃないよ」
「もらえよ。話題になるだろ」
「いいよ。サイン何て持っててもしょうがないだろ」
「もらえよ」
 カメラはもう廻ってない。
「おい、そこの中学生達、さっきからサインいらないって失礼な、書いてやるからこっちへ来い」
 勇造と良介は呼ばれてまあまあのお笑い芸人に近づいた。
「こんなスターに会えるなんて、滅多にないんだぞ。ほら、紙とペン出せ」
 勇造は用意していたノートとボールペンを出した。まあまあのお笑い芸人はノートに大きくサインを描いた。
「そっちは?」
「僕はいいです」と良介は言った。
「キミかいらないって言ってたんだな、なら握手だ」と言われて良介は右手を差し出した。
「お、良い手だな、何かやってるのか?」
「サッカーと空手です」
「ほう、二つも、キミは?」
「僕もサッカー」
「なんかキミはすごいオーラだな」とまあまあのお笑い芸人は良介の事を言った。良介は驚いた。
「そうか、勉強しろよ。お笑い芸人なんか目指すなよ。故郷を大事にしろよ」
 勇造は親のデジカメも持って来ていてアナウンサーとまあまあのお笑い芸人と良介の四人で撮った。
 和菓子屋に来た他の客は写真をねだって一緒に撮ってもらった。まあまあのお笑い芸人は車に乗って次の取材先に行った。
 勇造は喜びながら自転車を漕いでいる。
「いい人だったよな」
「うん」
「大きかったよな」
「うん」
「結構面白かったよな」
「うん」
「やっぱりオーラが違うよな」
「うん」
「良介、オーラがすごいって言われてたじゃん」
「うん」
「優しいよ。俺、ファンになったよ」
「うん、俺も」と良介は自分のオーラがすごいと言われた事がうれしかった。それとあのまあまあのお笑い芸人をテレビで観ていていつもまあまあだと思っていたけれど、やっぱり面白い人だと思った。握手した手は大きくて柔らかかった。
 勇造に写真をもらうと何度も見てテレビで観ているまあまあのお笑い芸人が実際に自分の眼の前にいてさらに話をして握手をして写真まで一緒に撮った事を確認した。実際にテレビの中にいる人はいるんだと思った。

 期末テストも終わり夏休みが始まった。サッカー部の練習は猛暑の日中行われ、部員達は暑いので上半身を脱いで短パンだけでサッカーの練習をやり日に焼けた。
 小学生達はプールの時間があり、決められた時間に水着を持って泳ぎに行って友達と遊んで終ると友達と遊んだ。
 良介は空手の稽古では暑くて大量の汗が流れ終ると帰りにコンビニでアイスを買って食べながら帰った。

 良介とありさは大地に呼ばれて部屋に入った。家には若菜と祖母しかいない。平日で両親は仕事に行っている。
 大地は椅子に座り、ありさは良介のベッドに座って、良介は立っている。
「何よ?」とありさは大地に行った。
「いよいよだよ」と大地は言った。
「来るよ」
「何が?」
「だからロボットが」と大地が言った。ありさは大地がまだ子供なのに、すごく大人っぽい事を言ったと思った。
「ロボットって、ロボット?」
「だから、ロボットが本当に来るんだ」
 良介は大地はうそを言っているのだろうと思う。いや、自分にそういう実感がない。それに来たからどうすると言うのだ。
「どうするの?」とありさが言った。
「もちろん、やっつけるよ」
「やっつけるって」とありさは言い良介を見た。
「どうやって?」と良介が言った。
「戦うんだよ」と大地は言った。良介は大地を見る。良介は大地はいい顔だ、と思った。
 ありさは自転車に乗って帰ろうとする良介に声を掛けた。
「ねえ、本当にやるの?」
「やるさ」
「信じてるって事?」
「そりゃ、疑っている所もあるよ。けれどこうやって僕には侍のおじさんが実際に眼に見えるし、大地のあの小さいプラモデルが喋るんだから」
「そうだけど」
 二人は並走して自転車を漕いでいる。あ、と言う顔をしたのは良介と同じクラスの飯田さんである。ありさは良介と喋りながら帰っている姿を見られたけれど、それぐらいどうでもいいと思った。
「山野君は、そりゃ鍛えてるからいいけど」
「山野君、ふふ」と良介は笑った。
「何よ。山野君じゃない」
「そうだけど」と良介は言ったけれど小さい頃は良介君と名前で呼んでいたからおかしかったのだ。
「私は忍者の男性がついているけれど別にこれと言ってやってないから」
「やってないんだ」
「やってないわよ。忍者ごっこなんて」
 おい、と心の中であんちゃんがありさに突っ込みを入れた声が聞こえた。
「そっちは随分と鍛えてるみたいね。男性だからいいけど」
 ありさの家に近づいた。
「あ、私、行かないと思うわ。行っても塾があるから遅れるから一人でやっつけてよ。その宇宙からのロボット軍団っての。男の子でしょ、そういうの好きなの私女の子でそういうの好きじゃないから」とありさは言ったけれど小さい頃は戦隊ヒーローのテレビが好きでそれで空手を習い始めたのだ。
 良介は自転車を漕いで帰って行った。

 クラスではありさが良介と仲良く喋って自転車を並走して漕いでいたと噂になった。玲奈はありさに怒ったけれどありさは機嫌が悪くそんな事別にどうでもいいじゃん。空手やってるの知ってるでしょ、と玲奈に答えた。

 夏休み平日の午後、サッカーの練習はない。学校から帰ると良介は木刀を持った。
「緑刀は持って行かないのか?」とオッサンが聞いた。
「うん、初めてだから、どんな相手か分らないだろ。それに本当かなって、疑ってるんだ」
「まあ、そうだな、緑刀を使うのはもったいないと俺も思う。木刀で充分だろう」
「頼むよ」と良介はつぶやいた。
「いや、俺も実践は初めてだから」
「そうなの?」
「そうだよ。だって平和な時代に生まれたんだから、試合はやった事あるけど」
 良介は首を傾げた。
 大地の家に行った。大地はR1をリュックの中に入れた。
「ありさちゃんは?」と大地が言った。
「さあ、来ないかも」
「それはマズイ、電話で呼んだ方がいい」とR1がリュックの中から言った。
「いいよ、別に」と良介が言った。
 良介はゆっくり大地と自転車を漕いで森の方に向った。良介は真夏日の暑さと訳の分らない事からとても疲れていた。
 森の方に近づいた時、隕石が流れるのが見えた。いや、それは隕石ではないのだ。その衝撃で本当なら森は吹っ飛ぶのだけれどR1のなぞの力によってその力は吸収されたのだ。自転車を降りて大地と良介は森の奥深くに歩いて行った。セミの鳴き声が雨のように降り注ぐように聞こえている。木陰を歩いて奥まで来ると扉のようになっていてそこを良介と大地はそのまま進むと自動ドアのように扉みたいに開いて中に入った。
 そこは別空間だった。それはR1の力だった。よく見えると誰かがいる。そしてこっちに近づいて来た。地球人と変らない姿で見ためは叔父さんでスーツ姿だ。背は低く大地ぐらいである。
「アナタ方は?」と宇宙人は言った。良介はよく分らなかった。これがロボット軍団なのだろうか? 
「僕達は地球の代表さ」と大地が言った。
「ほう、そうですか、しかし、子供ですね。代表と言うならもっと大人、つまりこの国の政治家が出て来る筈では?」
「僕でいいよ」と大地が言った。宇宙人は不思議な空間を見渡した。
「どうやら着陸も私が予定していた所とは違うようだし、ここは地球ではありえない空間、つまりアナタが作ったと言う訳ですね」
「そうだ」と大地が言ったので、良介は驚いて大地を見る。
「かなりの能力者、地球と言う星にこんな能力者がいるとは思いませんでした。いいでしょう。アナタをこの地球の代表として認めましょう。私は遠い星からやって来た使いの物です。この地球と言う美しい星とぜひ我が星と友好関係を結びたいとそう思っているのです」
「いや、そんな関係は結ばない」
「結ばない?」
「帰れ!」
 宇宙人は冷たい眼で大地を見ている。大地も宇宙人を見ている。
「随分と無礼ですね。地球人とは。もしや、私達を疑っている?」
「疑っているんじゃない。もう分っているんだ」
「ほう、ならそういう口の聞き方はしない方がいいですよ。アナタの口の聞き方でこの美しい星が傷付く事になる」
 大地は冷たい眼で宇宙人を見ている。良介は大地の大人っぽい言い方に驚いているけれど、相手にケンカを売る事をしていいのだろうか? と怖い。
「地球は他の惑星に行く宇宙船を作れる能力もない未熟な星。そんな地球が私達にケンカを売って勝てるとでも思ってですか?」
「勝つよ。勝たなきゃ奴隷にされる」
「ほうじゃあ、どうしてもやるんですね」
「やらなくても奴隷にされる」
「分りました相手をしてあげましょう」
 良介は怖くて足が震えている。あの宇宙人がロボットなのだろうか? いや、ロボット軍団と言うのはウソで宇宙人と闘うのだろうか? 背は低いけれどどんな力を持っているのか分らないからとても怖いのだ。
「お前はやらないんだろう。やるのは自慢のロボット軍団だろ」と大地が言うと宇宙人の顔付がかわり怒った表情になった。
「いいでしょう」とパチンと指を宇宙人が鳴らすとバイン、バインと地面から重たい足音が伝わって来る。宇宙人の後ろから人型をしているけれど金属で出来たロボットがやって来た。ロボットは宇宙人より大きく大人の男性ぐらいある。
「良介、相手は一体だ。あっちは様子見で一体しか連れて来てない。でも相手はロボット。油断するな」とR1の声がリュックから聞こえた。
「おい、俺一人かよ」
「だってありさは来ないんだろだから、でももうやるしかないんだから」
「いや、大地はやんないのかよ」
「大地はやらないよ。戦うのは良介とありさだけだ。相手は来ているあのロボットはいつも様子見だ。動きは鈍い。けれど攻撃は重いから気をつけろ」とR1が言った。
 良介はため息をついた。動きの鈍い重そうなロボットが近づいている。良介の息は荒い。木刀を強く握ってみる。掌に出来ている豆を感じる。どう戦えばいいのだろう。相手はロボットだけれど殺すような感覚で戦った事はない。空手をやっていて試合は試合であり、ケンカはやった事がないのだ。そう考えているうちにロボットが間をつめて来た。良介は相手の攻撃を待ってみる事にする。
 ロボットはパンチを打って来た。良介はそんなにスピードがないのでかわせると思って横にかわす。すると連続してパンチを打って来てそれを全部かわした。何だ大丈夫だ。これなら侍のオッサンのきつい練習なんてやらなくても勝てると思った。良介は蹴りを入れた。けれどやはり相手はテツなので痛かった。ならばと足の裏で蹴った。でも壁を蹴っているみたいだ。でも、痛くはないから蹴りの攻撃を続ける。思い切り蹴った。するとロボットは後ろに倒れた。起き上がってくるロボットにまた蹴りを入れた。また倒れた。これは効いていると思いまた思い切り蹴った。ロボットは倒れた。これは勝てると思った。良介はじっとロボットの動きを見ている。ロボットが起き上がった時を狙うのだ。ロボットが起き上がった。また蹴りを強く力を込めて蹴るのだ。蹴ろうと思った。その時、良介はお腹を抑えた。ロボットの手が伸びたのだ。ロボットの手はハンマーみたいに硬い。続けて肩を上から叩かれた。良介は転がって遠ざかるけれど手は伸びて来る。木刀を強く握る。近づいて来たロボットにさっと起き上がると木刀を振り上げて面を打った。
「そこだ!」と侍のオッサンが言った。面は見事に決ったけれど硬い木刀は折れた。手がしびれている。ロボットの動きが止まった。身体は痛むけれど戦闘中の興奮で痛みがマヒしている。上段廻し蹴りで首のあたりを蹴って決めてやろうと思った次の瞬間下からロボットのパンチが突き上って来るのを感じてボクシングよろしく背中を反らして交わした。ロボットのパンチの重さの風を感じる。するとロボットは左右のフックを打って来た。左を交わしたけれど右は鼻先にあたり血が出た。かすっただけなのに大量に出た。ダメだ。勝てない。ロボットのパンチが胸に当たり良介は後ろに足をよろつかせながら倒れた。
「間を開けろ!」と侍のオッサンの声がする。良介はそのままゴロゴロと転がりロボットから遠ざかって獣のように手と足を地面に着いてロボットを見る。鼻から流れている血を感じる。鼻を通り鼻下から唇に掛けて生温くて不快な液体を感じるけれどそれを拭う余裕もない。ロボットの手がすごく伸びって来た。それを交わした。するとその手は上に上りハンマーパンチで良介を狙う。良介は交わす。すると今度は左手も伸びて来た。それを交わす。右からはハンマーパンチ。左右の連続攻撃に良介はもうダメだと思った。その時、流れ星のように光が動いた。はあはあと自分の呼吸を聞いた。ロボットの眼にナイフがささっている。良介は首を動かした。胡坐をかいてR1を肩にのせて座っている大地のそばに立っているのはありさだった。
「何やってるのよ。そんな鼻血なんか出しちゃって」
 ロボットはありさの方を向いた。ロボットの腕がそのままスライドしてありさに向う。
「当たるな。逃げろ」
「分ってるわよ。アンタ見れば」とありさは横からバーのように来た腕をしゃがんで交わした。右手はありさ左手は良介を責める。
「ちょっとこれ」と責められて腕にありさの身体が当たる。うっとありさは身体に痛みを感じて倒れた。そのまま腕は倒れたありさを上からハンマーパンチで攻めようとした時動きが止った。良介がロボットに折れた木刀で喉を差したのだ。木刀を抜いた。伸びていた左手を戻した時。良介の左足の上段回し蹴りが頭にスカッと当たると火花を出して右手をありさの近くに伸ばしたままロボットは倒れた。
「よく分りました。アナタ方の実力は、前に攻めた星と比べると幼い子供みたいな実力ですね。それでもやるのですか?」と交渉係の宇宙人は言った。
「やる!」と大地が言ったのでありさも良介も大地を見た。
「ふふ、前に攻めた星は宇宙船を他の惑星に跳ばせる程の発展した星でしたよ。それでも一年ぐらいでした。アナタ達はこの小さい太陽系すら出た事がないのに、あっと言う間ですよ。アナタ達の勝手な判断で他の全地球人を闘いに巻き込む事になる。それでいいんですね」
「いいんだ」と大地が言った。良介は無茶だ、と思う。鼻血と闘ってスタミナが消耗していてハアハア、と言う。止めようと思ったけれど謝ったって奴隷にされるんだ、と思って止めた。
「いいでしょう。まあ、我がロボット軍団の弱小チームだけですぐに決着がつくでしょう。でも、この空間を作り出したのだけは褒めてあげますけれど、では、また次に会う時まで、その時間までせいぜい、生きている事を楽しむんですね。見た所まだアナタ達は若いから」と宇宙人は言い、笑うと空間から出た。
 良介の身体に痛みが走った。特に最後に決めた上段回し蹴りで足が痛んだ。ありさは座っている良介のそばに来てハンカチを出した。良介は女の子のピンク色のハンカチが眼の前にあるのを見ている。それで鼻血を拭けって言うのは理解出来ているけれど疲労と痛みでそれに手が伸びない。
「ほら、血拭いてよ」
 良介はハンカチからありさを見上げた。責めているような眼だとありさは思う。けれど良介は責めているのではなかった。これから戦いが始まるとか、痛みとかいろんな物がごちゃごちゃになってすべてを疑い、どうしればいいのか、分っている事はすごく自分はツライ立場にもうなっていて逃げる事が出来ないと言う事であり、と同時にありさお前もだぞ、と言う気持も含まれている。良介はハンカチを取らないでそのまま仰向けに倒れた。
「ちょっと」とありさ。
 大地が立ち上がりゆっくりと歩いて来た。

 その日の夕方のニュースで森の方から斜め下から斜め上に光が飛んで行ったのを見た人がいると言う噂が立ち上った。

 良介はサッカーの練習を休んでいる。足には包帯が巻かれている。当然空手も休んでいる。
 ありさは森に来ていた。真夏日が続いているけれど森には木陰があり、心地良かった。川が流れていてその流の音も聞こえている。
「あの敵を見たでしょ。どうするのよ?」とありさは森に立って笑いながら独り言を言ったけれどそれは忍びのあんちゃんに話し掛けているのだった。
「心配するな。そのために俺がついている」
「相手は人じゃないのよ。空手の練習もやり侍のおじさんがついていて練習をして身体付も大きくなった良介がボロボロになったのよ。しかも相手は弱小よ。勝てっこないわよ。これなら、もう相手の奴隷にでもなった方がいいわよ」
「それはダメだ。国が亡ぶのを俺は経験している。それは惨めだ。言葉では説明しきれない屈辱だぞ。それが嫌でこうやって真面目に修行をする気になったのだろう」
「そうだけど、やっても意味ないと思うわ。どう考えたって勝てっこないじゃん」
「俺には経験がある。数々の実践をくぐり抜けて来て俺は97まで生きたのだ。あの時代の97だぞ。数え年だけど。今なら200ぐらいだろう」
「そんな訳ないわよ」
「まあ、いい。とにかく長生きしたのだ。それとハッキリ言うけれどあの侍のオッサンは平和な時代に生きて実戦経験はないのだ」
「おじさんの事はいいわよ。どうする気? 手裏剣の練習?」
「いや、相手は人ではない。だから、俺の術が行かされるのだ。ハッキリ言えば俺は晩年は術の開発をやった。けれど歳老いてそれを試す事は出来なかったのだ。今は違う。若い姿で現世にこうやってお前の身体に宿る事が出来て術を試せる事が出来るのだ。ようやくやる気になった。だからすべて教えてやる。やっと託せる弟子が出来た」
「弟子って何よ! 師匠気取は止めてよね。勘違いしないで、私は中学生よ。いい? 勉強しなきゃならないの。友達とも遊ばなきゃならないの。好きな人を作ったり、音楽聞いたりテレビを観たりとやる事がいっぱいあるの。宇宙人の奴隷になったってそれぐらいは出来るでしょ」
「分った分った。お前は分っちゃいないけれど分った。とにかくでも、やるんだから、やるぞ」
 ありさは川のそばに咲いている小さい花を見た。

 自転車から降りると良介は足を引きずっている。もう刀は手に入れたけれど叔父さんの店の事が気になっていた。と言うより矢野さんを見たかった。橋本がいた。
「どうしたんだ? 足なんかひきづってサッカーで傷めたのか?」
「空手の方」
「ああ、空手ね」
 矢野さんは背の高い青木と言う男性と話をして笑っていた。良介はショックだった。
「叔父さんいる?」
「いるよ」
 事務所に行った。叔父さんがいた。
「おう、どうした? 姉ちゃんから聞いたぞ、足怪我しただって? 大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
「まさか、ケンカなんかしたんじゃないだろうな」
「する訳ないよ」
「そうか、ま、夏休みなんだから、身体動かせないだったら勉強しろよ。そうしたらどこか連れてってやるぞ」
「いいよ、それより、刀持って行くよ」
「持って行くってお前まさか、ケンカに使うんじゃないだろうな」
「だから、ケンカじゃないって、使ったら俺人殺しになっちゃうだろ」と良介は言い、ロボットを殺すんだけど、と思った。
 叔父さんは夜取りに来い、ご飯を一緒に食べようと言った。

 街の中央に大きな図書館がある。市役所のそばだ。自習室も大きくて小学生から高校生、社会人まで勉強をやろうと思っている人が勉強をしている。夏休みで多くある席もほぼ埋まっている。大地は座って本を読んでいる。カタと本が置かれる音がした。隣に誰か座った。
「暑いね」と声を掛けられた。見ると風太だった。
 風太も本を読み始めた。
 図書館を出ると自転車で街中を走って家に帰る。
「アイス食べない? スーパーで買おうよ」
「僕はいいよ。お金持ってないから、でも、スーパーには寄ろう」と大地は言った。大きなスーパーで駐車場も大きい。停まっているボンネットは太陽で熱を帯びて目玉焼きが焼ける程熱せられている。店内に入るとひんやりと涼しい。夏休みで昼間から母親と買い物に来ている一年生の女の子が母親が押すカートに手を置いて一緒に歩いている。よく日焼けしている。野菜コーナーと果物コーナーがあり、スカイが丸ごと置かれイロイロな大きさに切られたのもある。黄色いすいかもある。ブドウやパイナップルもある。いろんなコーナーを歩いてアイスを風太は選ぶ。
「どれがいい?」と風太が聞いた。
「どれって僕はいいよ」
「奢ってあげるよ」
「いいよ。ママに怒られるから」
「どうして?」
「子供が奢ったり奢られたりするもんじゃないって言うんだ」
「そうなんだ。僕なんか前の学校では奢ったり奢られたりしてたけど」
 風太はアイスバーを選んでレジに並んだ。イートインコーナーがあり、そこでは買った物を食べたり、そこで売っているソフトクリームやジュース軽食などを買って食事する事が出来る。小さい子供を連れた母親が子供達とソフトクリームを食べ、老婆がジュースを飲んでいる。水も置かれていてそれはタダなので、大地は水をコップに入れて飲む。風太はアイスを食べている。大地は水はほとんど飲まない。飲む時は薬を飲む時ぐらいで、食事の時は麦茶か牛乳を飲み、何と言っても暑い日サッカーの練習が終って飲むのはサイダーやファンタで水をよく女性がペットボトルでちょっとずつ飲むのはもったいないように思うのだ。それに水はやはり美味しいとは思わないのである。水を飲みながら美味しくない早く帰ってサイダーを飲みたいと思う。風太がアイスを食べると一緒に帰った。大地は冷蔵庫を開けた。サイダーはなかった。牛乳があったので牛乳をグラスに入れてゴクゴクと飲むと水でグラスをよく洗うと借りた本を持って自分の部屋に行った。

 汗が身体から流れている。上半身裸でトランクス一枚である。部屋のクーラーはつけている。緑刀を抜き身で素振りをやっているのだ。緑刀は木刀とは違いやはり重かったけれどそれをあまり感じなくなっている。ただ、身体に刃が触れぬよう、もちろん、部屋にあるものに触れぬように気をつけている。少しでも刃にあたると斬れてしまう。それと刃こぼれするのがやはり惜しいのだ。刀をさやに収めると押入れの奥にしまった。母親に見つかるとうるさいからだ。一階に降りてシャワーを浴びて出て来る。洗面所の鏡に映った自分の肉体の変化が分る。汗が染みついたトランクスは洗濯機の中にもう入れている。トランクス姿でキッチンに行って冷蔵庫を開けて牛乳をゴクゴクとパックのまま飲む。身長も伸びたかも知れない。ロボットのパンチがあたった場所には痣が出来たけれどその痣もほとんど消えている。冷蔵庫にある食パンにマヨネーズを塗ってその場で立って一枚食べると残りの牛乳を飲み干した。夕食はお替りを三杯する。サッカーと空手をやっているけれど食生活は普通でご飯はいつもお茶碗一杯だったけれど、最近では三杯食べるようになった。自分でも身体付も心も変わっているのが分る。けれどそれは成長期であるから当然である。自分はもっと変わらなければならない。こんなものではロボットには到底勝てない、と自分の足の長い指を見ながら思う。部屋に戻ると先程までの熱気は去ってクーラーの冷気が漂って心地良い。ベッドにそのまま仰向けに寝ると英語の教科書を持って音読を始めた。

 ありさは椅子に座りずっと英語の教科書を音読している。そばには鉛筆と紙があって正の字が書かれている。十回読んだので止める。もう同じ文章を何度も繰り返して読んでいる。教科書を読む前に辞書に載っていた短文は三十回読んでいる。単語を覚えるために例文も三十回読んでいるのだ。教科書を閉じた。一階のキッチンに行って缶詰の桃がガラスの器に入っているのでそれを手でつまんで食べてシロップも飲んだ。顎にシロップが垂れたので手で拭い水で洗い口もゆすいだ。そのまま自転車に乗って出掛けた。
 森に着くと木にナイフを投げた。ナイフは一本は家にあった。安いナイフはまさか女の子の自分が買うのは恥ずかしいので大地に買わせた。バイトをやっていた良介がタダで刀を手に入れたのを知っているので買わせようとしたけれどやだ、と否定された。機織町の梢ちゃんと仲が良く梢ちゃんは金物町の丸尾君と幼馴染だからナイフを欲しいと言った。どうして? と驚いていたけれど適当にウソをついた。ママの友達の子供、つまり大地が忍者になりたいらしく手裏剣にこっていてたくさん欲しいと言うので親に言うと怒られるから、私に頼んで来て手裏剣大会に出て優勝を狙える程になっているから自分も応援したいと言ってうそをついたら、梢ちゃんが丸尾君に話をしてくれて自分が作ってやると言う。薄いのでいいから、と言うと岡部の細長いチーズケーキみたいな手裏剣を十本、花札みたいな手裏剣を十枚作ってくれた。
 チーズケーキみたいな手裏剣はチーズケーキと名付けていて花札みたいな手裏剣は花札と名付けている。チーズケーキを投げた。的にあたるとありさは走った。ジャンプも高くなっている。走りながら投げて的に当たる。ジャンプして木を蹴り、体操選手みたいにバク宙をやったりひねり一回転をしている。体操部に入部すれば大会で優勝出来るぐらい、いや、オリンピック選手なみの技術をもう手に入れている。
「ふふ、良くなった」とあんちゃんは言った。ありさは荒い呼吸を整えている。
「でも、これだけじゃロボットには勝てないわ。鉄で出来ていて身体は固く攻撃も重いのよ。それにこの間は一体だけだったけれど何体もいたら」
「一体一とは限らない。戦では数が多い方が勝つんだ」
「そうよ。良介があてにならないじゃない」
「そりゃそうだ。あんな侍のオッサンがついてたって無駄さ、なあお前がアイツを呼んで一緒に忍術の稽古をやれって言えよ」
「嫌よ。何でそこまで私がやらなきゃならないのよ。私が強くなればいいだけよ」
「うん、そうだ。侍は頑固だ」
「他に何か忍術ないの、指から水が出るとか、口から火をはいちゃうとか」
「そんな奇抜なの化け物みたいで嫌がってたのに、でも、いいだろう。相手は人間ではないのだ。俺もこの間、ちょっと見てロボットがどういう物か分った。それにあれより強い奴がこれから来るんだろう?」
「そうよ、この間たくさん見せてあげたでしょ」
「おう、アニメとかだろ、あれは面白かった」
「ああいうのが来たら、どうするの? あれが来たら勝てないわよ」とありさは言ってため息をついた。勝てる訳ないと思っているからだ。
「大丈夫だ。だから、今からああいうのにも勝てる術を教えてやる究極の術だ」
「ほんと? 勝てるの?」
「勝てるさ。この術は俺が死ぬ寸前でようやく体得した術だ」
「あのねえ、私、おばあちゃんになっちゃうでしょ」
「だから、コツは分っているからすぐに覚えられるのさ。さあやるぞ」
 ありさはため息をつくと身体をストレッチをして身体を再び動かす体制を作った。

 サッカーの練習が終ると良介は谷田と雨野と叔父の店に寄った。濡れたTシャツに泥っぽい身体。香ばしいパンと店内のガラスケースには鮮やかなケーキが並んでいる。ソフトクリームも置かれている。
「叔父さんいる?」とレジの横山さんに聞いた。
「いるわよ」と横山さんは叔父さんを呼んでくれた。
「お、なんだ、サッカーの練習が終ったのか?」
「うん。ソフトクリーム食べたい」
「お前なあ、しょうがない、梨央ちゃん俺の奢りだ。作ってあげて」
 横山さんは笑って三本ソフトクリームを作って少年達に渡した。店内で他の客にジャマにならないように食べた。良介は作業場の矢野さんを探した。矢野さんはいつもいる所にいない。どうしたのだろう? 
「あれ、矢野さんは?」と横山さんに聞いた。
「夏休みよ」
「ああ、そうなんだ」
「誰? かわいい子?」と谷田が聞いた。
「うるさいよ」と良介は言った。
 ソフトクリームを食べると自転車に乗って帰る。良介はイロイロ二人に突っ込まれたけれど仲の良い男性だよ、とウソをついた。
 夕食は外食になった。中華料理か和食のファミリーレストランに行く。良介は中華料理の方がいっぱいおかずを注文出来ていいと思っていたけれど母親がさっぱりした寿司を食べたいと言うので良介はどっちでもよかったのでファミリーレストランの方に行った。駐車場を降りると生暖かい風が吹いている。三名だと定員に伝えると案内される。矢野さんがいた。白い頬だった。一日中作業場にいるのだ。そう言えば、最近車を買ったと橋本が教えてくれた。矢野さんの前には祖父母がいる。矢野さんは良介には気付いていない。矢野さんは天ぷらうどんを食べていた。
 良介は松セットと言う。刺身がついてうどんがついて天ぷらがついている高い定食にする。
 矢野さんは食べ終わって帰る時、良介に気づいた。少し恥ずかしがった。祖母は笑顔だった。レジでは矢野さんがお金を払っていた。

 大地は図書館で借りた本を乱読している。難しい本とか関係なくいろんなジャンルの本を読んでいる。そばにはタイマーが置いてあり、一冊十分で五冊読む。ピピッとなると読むのを止めて次の本を読むのだ。本を読み終わるとプールに行った。

 ありさは渚に庭の掃除をするようにと言われている。麦わら帽をかぶって軍手をして庭の草を抜いたりほうきで掃くのだ。暑さでイライラする。汗が流れる。小学生達はプールに元気な声を出して行っている。笑い声が聞こえた。中学生の女の子二人が自転車で話をしながら通り過ぎた。地球はヤバイのだ。私はみんなの為にこの暑い中修行をやっているのだ。ホースを出すと水を巻き始める。空中にちらばった水玉。虹が出来た。嫌になってホースを投げた。ホースから水が出て水が貯まっている。
 夕食前にありさは両親に文句を言った。
「どこか連れてってよ。夏休みなんだから」
「子供みたいな事言って」と渚。
「いつもじゃない。子供の頃から忙しいからってどこの家でも夏休みぐらいどこかに出掛けてるわ」
「今日は盆踊りがあるじゃないか、行ってくればいい。お金やるよ」とパパが言った。
「盆踊りって子供じゃないんだから」
 ありさは盆踊りに一人で行った。パパからお小遣いをもらった。公園で盆踊りはある。自転車で行くと浴衣を着た小さい女の子や友達と一緒の小学生の男子達が公園に行っている。ありさは公園に早く行こうと自転車を力強く漕いだ。もう始まっていて音楽が流れ太鼓を叩き踊っている。周りには夜店が出ている。かき氷、アメリカンドッグ、タコ焼き、おもちゃ、やきそば、ヨーヨー救い。スーパーボール救いなどだ。

 中学生達もいる。男子が集まっている。良介もいるかと思ったらいない。由香がいた。
「一人?」と由香。
「うん、一人?」
「ううん、弟と妹が来たいって言うから」と由香のそばには小学三年生と弟と保育園の年長の妹がいる。櫓の周りでは浴衣を着た婦人会のおばさん達が音楽と太鼓に合わせて踊っている。その中に若い人や小さい子供が見よう見まねで踊っている。
「山野君と待ち合わせ?」
「ううん、どうして?」
「付き合ってるんじゃないの?」
「付き合ってはないわ」
「最近、二人で自転車をこいでどこかに出掛けているって聞いたけど」
「ああ、まあ簡単に言えば空手の稽古よ。彼も私も空手やってるでしょ。一緒に練習をやってくれって言うから、彼、クラスで女子に無視されてるんでしょ。だから私に頼んで来るの」
「あ、そうなんだ」
 由香と長い間話をしていて、弟と妹がもう帰ろうと言うので由香は帰った。
「緑町音頭でいいから、次は金町包丁音頭でやってくれる」と町内会のおじさんが指示を出している。
 ありさはかき氷を買った。イチゴにする。かき氷よりもアイスの方が好きだけれど気分を出すために買って食べながら夜店を歩く。小学生の所に大地がいた。大地はアメリカンドッグを食べている。友達もいる。風太だ。声を掛けようと思ったけれど止める。
 ヨーヨー救いとスーパーボール救いでは子供達がしゃがんでやっている。ありさはヨーヨー救いを覗く。すると野澤のおじさんがいて、由美ちゃんが救ってやっている。随分とたくさん取っている。店のおじさんに大きなスーパーボールと小さいスーパーボールを袋に入れてもらって受け取っていた。
「金町包丁音頭でいいから、いいよ」
と町内会のおじさんが言っている。
 ありさはアメリカンドッグを食べたかったけれど夕食を食べてないので帰った。

 良介は部屋にいて疲れてベッドに寝転がり扇風機をつけている。外から盆踊りの曲が聞こえている。カランコロンと浴衣を着た女性が下駄を履いて歩いている足音も聞こえて来る。緑町音頭が聞こえている。

 良介は絵を描く道具を持って森の中に行った。図画の宿題が残っているのだ。森の中は静かで自分の歩く足音が聞こえて奥に入って行くと自分が研ぎ澄まされて行くような感じがする。
 ありさがいた。自分の左腕を右のチョップで傷めつけている。
「痛いよ」と自分でやっているのに文句を言っている。変な奴と思うけれどきっと忍者のあんちゃんに文句を言っているんだろうと思う。
「ヘンな奴だ。あれが修行か!」と侍のオッサンが言った。
 ありさはさっとこっちを見た。良介と分って睨んだ。
「何よ!」
「何が!」
「ヘンな眼で見て分ってるんでしょ」
「だから、別に何も言ってないだろ」
「じゃあ、そんな眼で見ないでよ」
「見てないよ」
「あんたも修行に来たの?」
「絵の宿題だよ」
「そんなの家で描きなさいよ。ワザワザこんなとこに来なくてもいいじゃん」
「いいだろ、別に」と良介は言い奥に行った。
 森の木や地面の自然を描く。侍のオッサンが侍は刀だけではなく絵や書道もやらなくては本物の侍ではないとかゴチャゴチャ言っている。
 気配でありさが近づいているのが分った。
「わ!」とありさが驚かせたけれどやられるだろうと分っていたので驚かない。
「下手な絵ね」
「ほっとけよ」
 ありさは持って来ているペットボトルの水を飲んだ。

 二学期が始まり大地はたくさんの宿題を持って学校に行った。久し振りに会う友達もいて日焼けしている。海外に旅行に行ったり、大都会のテーマパークに行ったりしたと自慢している同級生達。大地はどこにも行かなかった。いつもそうだ。両親と祖母は働いていて夏休みを同時期に取れないのである。祖母と若菜とバスで花の展覧会に行って帰りにうどん屋でうどんを食べて漫画を買ってもらったぐらいだ。その時、うどん屋で駒野のおじさんと由美に会った。おじさんが車で一緒に帰ろうと言うので祖母が喜んだ。大地は嫌だった。同級生の誰かに見られたら嫌だと思ったけれど断れなかった。祖母と若菜と後ろの席に乗った。祖母とおじさんは話をしている。大地は外をずっと見ていた。家の前まで送ってもらいお礼を言った。車を降りようとした時、由美が大地に大きなスーパーボールを上げると言った。大地は欲しくなかった。
「まあ、ありがとう、いいの?」と祖母が言った。
「うん、家にたくさんあるから」と由美は言った。
「大ちゃんお礼を言って」
「ありがとう」と大地はお礼を言って受け取ると由美はニコッと笑った。
 スーパーボールは欲しくないと思っていた。夜店でやっていて周りの子供達は救っていたけれど大地は別に欲しくなかったからやらなかった。けれど部屋の中でつくと面白かった。たまに部屋の中で壁にあてて遊んでいる。

 大地に呼ばれて森に行った。次の敵が来るのだ。良介は緑刀を持って自転車を漕いでいる。緊張する。この間より強いロボットだろう。またあんな風にやられたら、いや、もっとひどい事、つまり今度は死ぬかも知れない。ありさは来るだろうか? 来ても自分が闘わなければならない。女の子だし、空手をやっていると言っても型中心だし、忍術の修行って言ってもこの間森で見たような事をやっているようじゃ頼りにならない。自転車があった。大地とありさのだ。来ているのだ。
「遅かったわね。怖くて来ないと思ってたわ」とありさが言った。良介は緊張しながら少し睨んでふーと息を吐いた。袋から刀を出すと着物の帯をもうすでにズボンの腰に巻いていてそこに刺した。ありさはまだ熱い季節でだいたい半ズボンで過ごしていたけれどズボンを履いて来ている。
「じゃあ、入るよ」と大地が座りその場に胡坐をかくと時空間が出来た。
 良介は刀を左手に持っている。
 真正面からこの間の交渉役の男がやって来た。
「アナタ達の実力は分っています。高性能のコンピュータで実力はデータ化されています。我が星が持っているロボットの下の上で充分ですが念の為に中くらいのロボットを持って来ました。映像でわが星の連中に見せてやるのです。だから、少しは面白い戦いをやってもらいますよ」と交渉役は言い笑った。すると後ろからロボットが出て来た。今度はスマートな人間に近い。ロボットだ。しかも六対もいる。
「一体じゃないんだ」とありさは言うといきなりそのロボット軍団に向って走って行った。
「おい!」と良介は驚いて叫んだ。足は震えている。この間戦ってロボットの強さとその痛みが分っている。それは注射の痛みは実際にはちくっとして泣くぐらいではなく、本当に一瞬で終わるのだけれど、やはり何度やっても刺される前は緊張する感覚と同じである。それに確実に前のロボットよりも強くしかも六体もいるのだ。敵はこの間一体で今回六対体だからこの間の敵よりも強いのだろうか? それとも一体自体がこの間の一体よりも強いのか? R1に聞きたかったけれどありさがもう行っている。
「もう」と良介は追い掛けた。ありさはいきなりとび蹴りを一体にくらわせた。一体は後ろに転んだ。他のロボットがさっと散らばった。するとありさは手裏剣を投げた。ロボットに刺さった。ロボットはやって来てありさにパンチを繰り出す。ありさは飛んで避ける。けれど後ろにいたロボットに蹴られる。
「きゃ! 」と悲鳴をあげて前に倒れる。そこへ違うロボットがパンチを浴びせようとする。すると良介が蹴りを入れてロボットは後ろに転んだ。
「ジャマだよ、下がってろ」
「何威張って」
 ロボット達に囲まれた。良介は大きく吸い込んだ行きを履いて刀を抜いた。怪しく緑色に光るロボット達。さやをベルトにしまう。ふーふーと息が荒い。ロボットが来た瞬間だった。ばっさりとロボットをたたき斬った。一体が倒れた。次に一体。一体。三対になった。交渉役は驚いている。
「よく斬れる。鉄をもカンタンに斬るのが緑刀、別名、風切り刀」と侍のオッサンが言った。
「危ないわね」とありさが立ち上がりこめかみから汗をかいている。
「離れてろよ。お前まで斬ったらしゃれにならないだろ」
「お前って私をまるで役立たずみたいに言ってくれるじゃない。あとで憶えててよ」とありさは言うと一体に向って走った。やって来たありさにパンチを出すとありさはそれを回転しながら交わして立ち上るとロボットの顔面に上段回し蹴りを入れた。良介は二体を立て続けに斬った。斬ると大きく息を吐いた。ありさが顔面に蹴りを入れたのを見て、バカだなあ、足痛めるのに! と思っていたら、痛がらないのが不思議に思えた。倒れたロボット。
「心臓の部分が弱点だ」とR1がありさに言った。ありさはそこに手裏剣を至近距離で投げた。するとロボットは機械が故障する時のように止った。
 良介とありさは交渉役を見た。良介とありさは走った。交渉役は走って逃げた。時空間の外に出て宇宙船が一瞬のうちに空へ上って行ったのが空間の中から見えた。良介とありさは空を見上げていた。

 良介とありさは自転車を漕いでいる。良介はあまりいい気分ではない。森に行って、木刀で剣術の練習をやったのだ。ありさと合同練習を初めてやった。この間来た敵、つまり初めて戦った敵にはやられそうになり、ボロボロになってそれよりも強いロボットが来た。しかも、一体ではなかった。交渉役が言うように最初の一体よりも強かったと二人も思う。けれど、二人は勝った。怪我する事なく勝ったのだ。けれどR1に言われた。相手はこれぐらいではない。油断するな、もっともっと強い相手がやって来ると、言った。それは良介もありさも分っている。だから、鍛練は続けていて、良介も森で練習をやる事にしたら、ありさも来ていたので一緒にやったのだ。ありさに対しては女の子と言う事もあり、空手でもありさは型の練習をメインにやっていて良介は組手の練習をメインにやっているのであるから実際戦えば体力的にも自分が上だと分っていたけれど、忍者のアクロバティック的な動きもあり、良介の方が押された。ありさは手裏剣の代りに小石を投げて来てそれがことごとく良介の身体にあたった。
「手裏剣だったらやられているわよ」とありさに言われて屈辱であった。合同練習の時でさえ、中学生の女の子らしくルンルン的な気分で良介は圧倒されたのが気にくわなったのだ。それと帰りに疲れたので叔父の所でソフトクリームを奢ってもらおうと思っていたら、ありさもそれを読んでいてついて来ているのだ。
 店に入った。横山さんがいる。小さい女の子を連れてまだ一歳の男の子を前に抱えている若い母親がケーキを選んでいる。ありさと良介はその様子を見ながら店内で待っている。ありさが肩口に触れたのに良介は気づいた。
「葉っぱがついていたのよ」とありさは言って葉っぱを見せた。
 横山さんが叔父を呼んでくれた。
「またか、お、女の子連れてるぞ、彼女か?」
「違うよ」
「じゃあ、なんだ?」
「同級生、空手やってる」
「ほう、空手の練習があったのか?」
「まあね」
 店内でソフトクリームを二人は椅子に座って食べる。疲れているから甘さがよい。いつもバニラのソフトクリームを食べているけれど、モカやモカとミックスも好きであるけれどどうしてもバニラを選んでいる。食べながらモカが食べたくなった。ありさもバニラだ。
「橋本と横山さんの結婚式、お前も出るか? 橋本が良介も呼びたいと言ってたぞ」と叔父さんが横山さんを見ながら言った。
「ほんと? 店は?」
「その日は休業するさ。出ろよ」
「うん、いいけど」
「私も出たい」とありさが言った。
「何でだよ。まったく関係ないじゃん」と良介はそのルンルンした図々しさに驚いた。何でもルンルンだ。敵との戦いも、こういう関係のない場所でもルンルンなのだ。
「いいじゃない。良介の友達だから」とありさは言った。ありさが久し振りに名前で呼んだ事に心が揺れる。いや、今までは良ちゃんや良介君だったのだ。良介と呼び捨てにされたのだ。
「いいよ、ね」と叔父は横山さんの方を向いて言った。
「はい」と横山さんはシアワセそうな顔で答えた。
「やったー私結婚式に出るの初めて」
 良介は矢野さんが気になった。矢野さんも出るのだろうか? 
「あの、叔父さん」とありさが言った。叔父さんとありさが言うので良介は図々しいと思う。
「もう一つ食べたいな」とありさが言ったのでコーンを食べていた良介は驚いた。
「もう一つ、まあ、いいよ。じゃあ、何がいいの?」
「モカ下さい」
 図々しいルンルン女め!

 夏休みの図画の宿題で由美の描いた風景画が金賞を受賞した。その絵はまるで大人が描いたのではないかと思うような上手さだった。由美は教室内で前に出て表彰された。
「カピは絵だけは上手いんだ」と園田が言った。カピとは由美の事で由美の父親つまり駒野のおじさんはカピバラに似ている。それは園田がつけた。参観日の時、運動場を歩いて教室にやって来ているおじさんを見て園田が由美に向って、お前のお父さんカピバラじゃん、と言ったのだ。みんな笑った。大地は不謹慎だと思ったが笑わずにはいられなかった。来て他の親と並んでいてもみんなそのあだ名がまさにその通りだと思いおかしくてクスクスと笑った。由美は顔は丸顔で穏やかな顔をしていて顔は似てないけれど雰囲気は似ている。それ以来由美のあだ名はカピになった。
 調理実習の時間になった。ご飯を炊いて味噌汁を作る。班ごとに別れていてそれぞれ、お米や味噌汁の具や味噌は児童が持って来る。大地は園田と由美と一緒の班だ。大地はジャガイモを持って来ている。ジャガイモとワカメの味噌汁を作るつもりだ。園田が由美には味噌を持って来い、と言っていた。由美はビニール袋に入れた味噌を持って来ている。他の班の味噌を持って来た児童はスーパーで売っているパックに入った味噌をパックごと持って来ている。
「なんだこの味噌、薄いそれに少ないだろ、おいおい、考えろよ」と園田はきつく由美に言った。
「どこで買ったんだよ」と飯野が言った。
「おばあちゃんが作ってるからもらって来たの」
「今時手作りかよ。大丈夫か」と本坂が言った。
 味噌汁は見た眼は薄いけれど良介は家で飲むより、店で飲んだ味噌汁より一番美味かった。
 体育の授業でポートボールを男女一緒にチームに別れてやった。由美は運動神経が悪く動きが鈍い。一緒のチームの園田がいらついていた。園田が唯にボールを投げた。それが顔面にあたり鼻血が出て由美は後ろに倒れた。先生は慌てて保健室の先生を児童に呼びに行かせた。幸い、鼻血が出ているだけですんだ。ホームルームで園田や他の男子が由美をいじめているのではないかと言う事が話題になった。
「ワザとじゃないよ。パスしただけだよ」と園田は言った。
「でも、カピってあだ名つけてるじゃない」と植木さんが言った。
「みんなもカピって呼んでるだろ」
「私は呼んでないわ」と小松さんが言った。他の女子も言った。
「男子はみんな呼んでるでしょ」と大竹さんが言った。
「空野君は言ってないわ」と風間さんが言った。風太の事が好きなのである。それに言ってない。
「それは転校して来たからでしょ」と小池さんが言う。小池さんは女子だけどカピと陰で言っている。
「山野君も言ってないわ。ちゃんと駒野さんと言っています」と副級長の杉岡さんが言ったので大地は驚いた。確かにカピとは陰でも言ってないけれどそもそも話をしないのでフダン名前を呼ばないのだ。
「まあ、あだ名を呼ぶ呼ばないはいい、それよりもカピとはどういう意味だ?」と先生が園田に聞いた。園田はヤバイと思って黙っている。
「それは駒野さんのお父さんがすごくカピバラに似てて、お前のお父さんカピバラにそっくりだなって園田君が最初に言ってそれからカピって言うようになったんです」と大竹さんが言った。
「うん、それはつまりいい意味で言っているのか、それともバカにして言っているんだろうか?」
と先生。
「私はバカにしてると思います」と沢田さんが言う。
「え、カピバラってかわいいじゃん、愛嬌があって」と星野君が言った。
「そうだけど、カピバラってどんくさいじゃん。バカにしてつけてると思う」と植木さんが言った。
「俺なんかブーだぜ、太ってるから、でも俺はそれを受け入れてるぞ」と太っている真鍋が言った。
「ブーはいいんだよ、自分で気に入ってるんだろ、真鍋って呼ばれるより」と小池さんが言った。
「じゃあ、気に入ってたらいいのか?」と横沢が言った。
「先生は中学の時、あだ名は大盛だったんだ。弁当いつも二つ持って来てたのと先生が婿に入る前の名前が大森だからだ。でも、それは悪い気ではなかったぞ」
 それは名前が大森だから、あだ名じゃないじゃん、何言ってるの! とちょっとざわついた。
「ちょっと待て、小学生の頃はあだ名は背が低かったからチビ助だった。でも悪い気はしなかったよ」
「それは先生、忘れてるんでしょ、その時は嫌な気分だったんじゃない」と大口さんが言った。
「うん、最初はそうだったけれど、背は伸びると思ってたから、実際、平均身長になったから」
「だから、駒野さんがどう思っているかよ、あだ名の事と園田君からいじめられてると思っているのかって」と井上さんが言った。
「そうだよ、そこだよ、どうなんだ野澤?」と先生が聞いた。
 いつものように由美は議論には参加しないで俯いていた。鼻の周辺が少し赤くなっていて鼻血を抑えるためにガーゼを保健の先生に詰めてもらっている。由美はみんなから注目されている。
「別にあだ名だから気にしてないです」と由美は言って笑った。
 夕日に染まっている。サッカーの練習が終り疲れて帰って来た良介は家に着いて自転車を停めて降りた。すると駒野のおじさんが会社から車で帰って来た。
「良ちゃんサッカーの練習かい」
「うん」
「じゃあね」
 良介はおじぎをした。由美が小さい頃よく家に来たので一緒に遊んだ。よく笑っていた。良介は家に入るとグラスに牛乳を注いで一気にそれを飲むとグラスをゆすいでから二階に上り学生服から私服に着替えると降りて来てアンパンを立って食べグラスに注いだ牛乳を飲んでグラスを水で洗うと空手の稽古に行った。
 大地は祖母の手伝いで畑でねぎを採って来た。そこへ駒野のおじさんが車で通り止まって窓を開けた。
「ああ」と祖母が言った。
「おばあちゃんの手伝い?」
「畑でねぎを採って来てもらったのよ」
「えらいね」
「ねぎ採って来ただけよ。由美ちゃんの方がえらいわよ。洗濯物中に取り込んでいるんだから。食事は今から作るの?」
「いやあ最近は由美が作ってくれるんだよ。なかなか女房の味に似てて美味しいんだ。あっちのおばあちゃんに教えてももらってるから」
「由美ちゃんはえらいね。心が優しいじゃない」
「まあ、それだけだから」
「そんな事ないけど、それが一番よ」
「じゃあ」
「じゃあ」
 大地は手にねぎを持っている。空は夕日で赤く染まっている。

 山に紅葉の赤や黄色、オレンジが目立ち始めている。小学校では遠足に行った。バスで大きな街にあるプラネタリウムや博物館を見学するのだ。500円以内と決められているお菓子をみんなバスの中で食べながら楽しそうに話をしている。大地は風太と隣同志で座った。大地はリュックの中に手を入れた。
 前日の夕方、桃にお金をもらってスーパーに行って何にしようかと考えて買ったのだ。途中のコンビニで園田と持田がおやつを買っているのが分った。コンビニで買ったら高いじゃないか、と大地は分っているからスーパーで買うのだ。ロボットのおまけがついているチョコも売っているけれどもう買わない。今はもうプロレスごっこはやってないのだ。ガム、飴もある。ガムは噛むと味がなくなり食べた感じがしないから嫌だ。飴はただ甘い汁が出て舐めているだけで嫌だ。やはりチョコがいい。ラムネもある。ポテトチップスもいい、ファミリーサイズのビッグサイズがある。これを持って行ったらみんなに受けるだろうか? でも、さすがに食べ切れないだろう。お、キットカットの大袋がある。これがいい。みんなきっと小さい奴を買うのだ。そう思って大地はキットカットの大袋とチップスターを買った。レジには近所の古田のおばさんがパートで働いている。
「あら、大ちゃん一人? チョコレートなんか買ってこれがご飯?」
「違うよ、遠足のおやつ」
「ああ、遠足、どこ行くの?」
「プラネタリウムを観に行くんだ」
「そう」
 キットカットの大袋を持って来ているのは自分だけだと思っていたら、冬野も持って来ていて自慢気に出して見せた。するとすごい! と女子にも受けている。ちょうだい、ちょうだいと言われてあげてたらあっと言う間に自分の食べるキットカットが一つになっていて茫然とした顔をしているのを見たので受けるけどヤバイ事が分ったので大地はリュックの中で開けて出して食べようと思った。風太にキットカットを一枚あげた。ありがとう、と風太は言いお礼に風船ガムをくれた。
 隣のクラスの林が大きな袋を持って来ていてすぐにポテトチップスの大袋だと分った。みんなに受けていたけれど隣の担任はヒステリックな中年のおばさんなので怒られていた。大地は自分の担任は怒らないだろうけれど、持って来なくて良かったと思った。
 プラネタリウムを見て博物館を見学して丘にある公園で弁当を食べる。大地は風太と長野と飯田と食べる。大地の弁当はいつものようにおにぎりとソーセージとポテトフライにミニトマトが入っている。風太はキレイな弁当でご飯が栗ごはんになっている。弁当を食べると丘から街を見ようと歩いた。由美は大人しい友達の東さんと保健室の先生と食べている。由美の弁当がちらっと見えた。オムライスとソーセージとブロッコリーと人参の温野菜にウサギの形に切られたリンゴがあった。野澤のおじさんが作ったのではない、きっと自分で作ったのだろうと大地は思った。
 帰りのバスの中では大地はもらった風船ガムを噛み、それを膨らませた。窓の外を見ていた。山があり紅葉が目立っている。太陽の光が車窓に反射して眩しそうな自分の顔が窓に映っている。

 日曜日の朝、よく晴れている。良介は学校が休みでサッカーの練習試合もないのに学生服を着ている。車の音がした。やって来たのは叔父さんだった。オシャレなスーツを着ている。
「ははは、なんだ、良介その髪型はきっちりとまとめておっさんみたいだぞ」と叔父さんに笑われみんな笑った。
 良介はありさを迎えに行った。ありさは時間に家に来る事になっているのにまだ来ないのだ。良介は自転車で行った。早く来いよ、と思う。別に何も目新しい物なんて買ってもらわず、そのつもりもなかったけれど靴を叔父さんが買ってやると言うのでスニーカーの高いのを買ってもらった。蛍光色でかっこいい色がたくさんあったけれど目立つからと黒にした。最新式で軽く運動するには膝や足に負担が掛らないのであると店員に言われた。成程、底は厚いけれど軽い。歩いているのも心地良い。大地は前野の畑の前を通った。前野のおじさんがいた。
「ありゃ、良ちゃんオシャレな髪型で大人っぽくなったな、どこ行くんだ?」
「あ、結婚式」
「ほう、結婚するのか? 学生結婚」
「僕、中学生だよ」
「ああ、まだ中学生か、じゃあ、誰の?」
「叔父さんの会社の人」
「ほう、そりゃいいなあ」
 良介は光を浴びて眩しそうな顔で歩いている。アスファルトは乾いている。小さい石が転がって音を立てる。前から車が通った。上村さんの沙織さんが子供二人を乗せて通った。
 ありさの家のチャイムを鳴らした。渚が出た。
「ごめんね、ありさ、何やってるの、良介君が迎えに来たわよ」
「今出来た」と階段をばたばたと降りて来た。ありさはセーラー服ではなく、私服でオシャレなドレスを着ていて、メイクもしていて、長い髪をいつもは後ろでまとめているけれどそのまま伸ばしている。思わずそのおしゃれっぷりに引いた。
 ありさは急いで階段を降りていたけれど玄関にいる良介を見て動きが一瞬止まり階段をゆっくりと降りた。思わず吹き出しそうになり、吹き出した。
「何笑ってるのよ」と渚。
「だって、その髪型」
「自分だって、何だよ化粧なんかして」
 ありさはつんとしてオシャレなパンプスを出した。
「もう、ごめんね。セーラー服でいいって言うのに、オシャレしておじいちゃんにお金出させて、服や靴まで買ってもらってるのよ」
「いいじゃない。あら、良介だって靴、買ってもらってるじゃない」と良介の最新式のスニーカーに気づいてかがんでそのつま先をありさは指で押した。
「何、呼び捨てにして、良介君って言いなさい!」と渚が注意した。
「この為に買ってもらったんじゃないよ。前から買ってもらって履いてたよ」
 二人は歩いた。なんでまったく関係のないありさが出席してこんなおしゃれまでするのだろう。
「お、良ちゃん、お嫁さんか、その人」と前野のおじさんの畑の前を通った時、おじさんが言った。
「違うよ。有野のありさだよ」
「あら、ありさちゃんか! へー、こりゃたまげた。とても小学生には見えないね」
「おじさん、私中学生よ。良介と同じよ」
「ああ、そうだったか? この間までアイスキャンデー舐めながら歩いてたからまだ小学生と思ってたよ」
 ありさは良介を見た。
 家に戻ると叔父さんの車に乗った。ありさが一人後ろの席に乗り、良介は助手席に乗った。叔父さんは太陽の光が眩しいのか、サングラスを掛けている。
「やあ、ありさちゃん、すごいキレイだね。もう二十歳のお姉さんと言ってもいいよ。若い男に声掛けられるんじゃない、なあ?」と叔父さんは良介に言った。
「メイクして大人ぶっているからだよ。おじいさんにワザワザ服とか靴買わせたそうだよ」と良介は嫌味を言ってやった。
「女の子はいいなあ、そういうオシャレが出来るから。良介は俺が靴買ってやったぐらいだもんなあ」
「あ、やっぱり靴買ってもらったんじゃん」
「うるさいな。セーラー服でいいんだ。中学生なんだから」
「いいの」
 ホテルには叔父さんの会社の各店の人が集まっている。叔父さんのそばにいるありさに若い男性達は驚いている。
「社長、あれ誰です?」
「あれ、うちの甥っ子だよ」
「いや、あんなのどうでもいい。女性の方ですよ」
「いや、甥の同級生だよ」
「え! 中学生ですか」
 良介はありさが得意気にしているのが気に入らなかった。きっと会場では浮いて笑われて恥をかくだろうと期待していたのだけれどその逆でありさがきっと思い描いていたような感じになっているのだ。
 良介ははっとする。ありさはどうでも良かった。矢野さんに驚いた。いつもはノーメイクで白い頬が自然とピンクに染まり白いコック姿で帽子をかぶっている彼女。長い髪もいつも団子にまとめているけれど、今日は髪は誰にやってもらったのかオシャレに編み込まれていてドレス姿でメイクされた顔はメイクも決っていて雑誌に載っている美しいモデルみたいだ。矢野さんは同僚の男性と話をしていた。
 叔父さんにカメラを渡された。
「橋元がカメラでたくさん撮ってくれって」
 良介はなんで俺何だよ、と思ったけれど撮る。叔父さんは社長だから一枚。席は叔父さんのグループだ。そこに入ろうとするありさ。それをレンズを避けて写さないようにする良介。
 主役の二人は着飾っている。スーツにウエディングドレス。
 キレイだ。かすみ、とあんちゃんが言った。
「かすみさんじゃないでしょ、似ている人とも違う」とありさは小声でつぶやいた。
 料理は豪勢で和洋折衷である。
 良介は料理を撮ったり、社長である叔父さんや仲間があいさつをしている写真を撮る。さらにカメラを隣の矢野さんがいるテーブルに向ける。矢野さんは気づいた。すると周りの仲間も映ろうとする。良介は撮った。矢野さんが気づいてない横顔とかも撮った。
「ちょっと、あの人ばかり撮ってるじゃない。ああいう大人しい人がタイプなの?」とありさが言った。
「うるさい」
 橋元の高校時代のラグビー部の連中がラガーシャツに着替えてスクラムをやろうと橋元を呼んだ。良介が写真を撮ろうとする。
「ああ、橋元の友達の写真はいいぞ。撮らなくて」と叔父さんが言った。
 ステーキが出た。良介は久し振りだった。もう切られていて箸で食べる。
「美味しい。ステーキなんて久し振り」とありさは食べている。ありさは出された料理を残さず食べている。よく喰う女だ。
 ケーキ投入のケーキは仲間の従業員達が作ったのだ。四角い大きなケーキで橋元と横山さんの顔が描かれている。フラッシュがたかれている。良介もみんなに混ざって写真を撮っている。席に戻る時、矢野さんを撮った。矢野さんは良介に気づいて驚いた顔をしていた。良介はその美しさに心が動いた。
 主役の二人が和装になった。
「おお、やはり和装がいい」と侍のオッサンが言った。酒を当然、良介は飲めないけれど、オッサンはホテルの従業員がビールやウイスキー日本酒を運んでいるのを見て、酒を飲めよ、と良介に言った。飲める訳ないだろ、と良介。めでたい席だ。いいだろ。と侍のオッサンが言う。飲んだら怒られると侍のオッサンに言って写真を撮った。
 デザートが出て叔父さんはいらないと言い、ありさに食べる? と聞いたら、食べる、と言って皿に盛られたケーキを皿ごともらって食べた。良介はそんなありさを見てよく食べるよ、と思った。
 披露宴が終って会場を出る。叔父さんと車で帰ると思っていたら叔父さんは従業員達に二次会に行こうと、社長も嫁探しをして下さい、と誘われた。叔父さんは財布から一万円を出して良介の前に出した。
「悪いけどこれでタクシーで帰ってくれ。お釣りはやるよ」と叔父さんは言った。良介とありさは会場を去って行く親戚や出席者を見ていたけれど外に出た。
「お釣りもらえるんでしょ、バスで帰ろうよ」とありさが言った。
「いいけど、お釣りは俺のだからな」
「半分ちょうだいよ」
「何でだよ」
「私と良介にくれたんでしょ。セコイ」
 良介とありさは離れたバス亭まで行ってバスが来るのを待った。学生服の中学生と華やかなドレスを着た大人びた中学生。アンバランスなカップルだ。バス亭のベンチにはお年寄りのおばあさんが座っている。バスに乗る。良介もありさも一人掛けの席に座り窓の外を見る。良介もありさも地元の路線バスにはほとんど乗った事がない。自転車か車で街を移動するからだ。いつもより高い所から流れて行く自分が育って今も生活をしている風景を見ている。病院があり、銀行があり郵便局があり、コンビニがあり美容院があってスーパーがあり、本屋がある。車を持っている若い人や家族はそれでも遠くの大きな街に買い物に行ったりする。カレー屋の前も通る。駐車場に停めた車から小さい子供が勢いよく出て来て女の子は母親と手を繋ぎ男の子は勢いよく入ろうとしている。良介は眠たい眼で見ていた。
 近くのバス停まで来た。ありさを見ると眠っている。このままほっておいて降りようかと思う。
「おい」
「うん」とありさは良介に声を掛けられて起きた。背伸びなんかして子供じゃないか! と良介は思う。ポケットを探る。一万円札がない。あれ? 
「どうしたのよ? 」
「ないよ」
「うそでしょ」
「マジか?」良介は汗をかく。
「とりあえず、自分のお金で払うよ」
「俺、財布なんか持って来てないよ」
「うそでしょ」
 ありさはポーチから財布を出して二人分のお金を払った。ブーンとバスは行った。
「やばいよ、落としたのかなあ」
「どこのポケットに入れたのよ、上着? ズボン」
「いや、上着だと思うよ」
 静かな住宅街のバス停。日曜日の午後、次のバスまでは一時間ぐらいの時間があり誰も待ってない。少し目立つ格好をしたありさ。静かな住宅街には出る。
「もう一度探してみてよ」
「分ってるよ」
 良介はズボンのポケット上着のポケットに手を突っ込んだ。あらゆるポケットにはもう手を入れているのだ。胸ポケットに指を入れる。あ、あった。
「あった」
「何やってんのよ」
「良かったああ」
「それ全部私にちょうだいよ」とありさに言われ、お金があった安堵から思わず上げようと思ったけれど、冷静になった。
「何でだよ!」
 二人は両替するためにコンビニでジュースを買ってお金の半分をありさに渡した。
 コンビニから歩いて帰る。小さい女の子がゴムボールをついて遊んでいる。
 良介の家に着いた。ありさとは何も言わず別れた。ありさの後ろ姿を振り返って見た。
 良介は部屋に戻ると叔父さんにもらったお金を貯金箱の中に入れた。
 着替えてベッドに寝転がっていると母親に大地が来たと言われて下まで降りた。疲れていて闘う気になれない。
「今から?」
「ううん、多分来週の日曜日だから」と大地は言うと帰って行った。
 良介はジュースを飲もうかと思ったけれど階段を上って部屋に戻った。

 雨が降っている。カッパなんか着なくてもいいかな、と思って部屋の窓から外を見ていた。山の上にあるそれには青色はないけれど白い雲で覆われている。アスファルトを見てやっぱりカッパを着ていた方がいいと思って学校に着て行くカッパを着て刀はビニール袋をかぶせた。途中でありさにあった。ありさもカッパを着ていた。大地がいて黄色いカッパを着て長靴を履いていた。
 時空間に入るとカッパを脱いで刀を取り出そうとした。
「来るよ」とありさが行った。待たねえのかよ、と良介は思った。敵はプロレスラーみたいな大きな大人の格好をしたのやら痩せてスピードがあるやつもいて、とにかく数が多い。ありさ、大丈夫かよ、と良介は思う。
「大丈夫かよ」と良介は敵に囲まれながら声を掛けた。
「大丈夫よ。人の心配しないで自分の心配しなさいよ」とありさも囲まれながら言った。
 大きい初めに来た奴が進化したような奴がありさの方についている。ありさはスピードのある奴には対応しているけれど、逆に動きは遅いけれど重い奴は苦手じゃないかと良介は思っている。まともな大人のような奴がいる。コイツは手強い。まるで空手の試合で高校生の強い人を相手にするみたいな感じだ。斬った! と思ったら交わされていた。
 ありさは手裏剣を投げて他の連中は倒した。さらに大型にはとび蹴りをしたけれど、あまり効果はなくその反動で後ろに着地する。
 良介は手強い奴一体とさらに二人組で攻撃してくる双子型にてこずっている。双子型の攻撃をかわす。
 ありさはささっと回転しながら大型の周りを動きながら手裏剣を投げる。
 良介は双子型の攻撃をかわしながらそのパターンに気づいて余裕が出来た。手強い奴も気にする。手強い奴は良介から離れた。ありさではない。後ろで胡坐をかいている大地を狙うのが分った。R1はどうなのだろう? 良介は双子をほっておいて向かおうとする。けれど双子型に回られた。
「ありさ、大地」
「分ってる」とありさは大型の後ろにいてその向こう側にいる大地の所へ向かおうとジャンプして大型の頭を蹴って跳んだ。さらに跳んだ時、大型の腕が伸びて足首を掴まれてうつ伏せにこけた。
 良介! ふーと息を吐いて一気に双子を回転して斬った。そして手強い奴の前に走った。もう手強い奴は大地の前まで来ていて手を挙げていた。その時、緑刀が怪しく光ると稲妻の如く恐ろしいスピードで手強い奴を斜めに袈裟斬りにした。手強い奴の身体は斜めに斬れて上半身がそのまま斜めにすべった。大地はそこにいた。良介は驚いた。あぐらをかいて肩にR1を乗せて冷たい眼でじっとしているのだ。自分やありさだっていつも緊張して恐怖を覚えてながら戦うのだ。闘い終えた跡は武者震いで足が震える。まだ小学生の大地はきっと怖くて泣きだしそうな顔をしているのかと思ったら、違う。感情がないような顔でいるのだ。ありさの方を見た。ありさはまだ戦っている。ありさの方へ行くとありさは大型の伸びている腕のラリアットを回転しながら交わすと大型のロボットの弱点に手裏剣を直接刺した。
 交渉役を良介とありさは見た。交渉役は舌打ちすると空間から出て行った。
 ありさは敵を倒した手裏剣を拾いながらやって来た。大地は立ち上った。良介はさらさらのストレートヘアの大地を上から見た。
 外に出ると雨は上がっていた。カッパを自転車のカゴに入れてこいだ。山のそばには虹が出ていた。

 大地は炊き込みご飯が大好きで炊き込みご飯の時は三杯食べる。三杯目の炊き込みご飯を食べるとお腹がいっぱいになった。でもまだ食べたかった。リビングでテレビを観た。お風呂に入った。部屋に行った。R1はじっとして動いていない。石田から借りた漫画を読んでいると眠くなったので眠った。

 ありさは空手から帰るとお風呂に入った。筋肉が疲れているのが分る。濡れた頭でリビングで一人だけご飯を食べる。両親はもうご飯を食べているのだ。おかずは肉じゃがとにんにくのドレッシングのサラダである。ありさはサラダが好きで野菜をたくさん食べる。ご飯を食べると歯を丁寧に磨いた。部屋に行ってベッドに座り壁に凭れて音楽を聴いた。女性ボーカルのバンドの曲だ。時計を見た。まだ眠たくはなかったけれど電気を消して眠った。

 良介はお風呂に入り疲れて眠っていたけれど眼を覚ました。またすぐに眠ろうと眼をつぶり矢野さんの事を考えていると眠れなくなった。ベッドの中でロボットとの戦いの事を考えた。どうやって倒すか、倒される事があるだろうか? 倒されれば自分は終わりだ。いや、多分、大地もありさも終わりでこの地球も終わるのだ。本当だろうか? でも実際に夢の中の話ではない。自分一人の出来事なら夢を見ているのかも知れないけれど大地もありさも一緒に戦っているのだから。ベッドから起きるとお腹が減っている事に気づいてキッチンに行った。パンを食べようとマヨネーズを掛けて焼いて牛乳でリビングで食べた。テレビを観る。食べ終わると部屋に戻ってベッドに入った。矢野さんの事を想っていると眠くなって眠った。

 ありさがどうしてもソフトクリームを食べたいと言うので叔父さんの店に行った。駒野のおじさんと由美がいた。
「ああ、良ちゃんこんにちは」
「こんにちは」
「今日は由美の誕生日でバースデーケーキを予約してたんだ。それでさっきカレー食べて来たの。二人ともカツカレーが好きだから」
「そうなんだ」
 横山さんがバースデーケーキをおじさんと由美に見せた。おたんじょうびおめでとうとチョコレートの板に書かれている。
 ケーキを箱にしまってリボンがつけられて箱がビニール袋に入れられた。それを由美が両手で大事に受け取った。
「じゃあね」と野澤のおじさんと由美は出て行った。
 良介は横山さんに叔父さんを呼んでもらった。叔父が来るとありさとソフトクリームを食べた。

 教室では給食を食べている。給食のご飯は栗ごはんだ。児童達はみんな栗ごはんが大好きで給食係がご飯をよそう時、栗をたくさん入れてくれるように言う男子児童がいる。大地も栗ごはんが好きだ。家ではまだ今年は食べてない。栗の甘さとご飯の塩加減がちょうどよい。男子児童達はお替りをしている。
「私、今度お父ちゃんと栗拾いに行くのよ」と由美が友達の女の子に言っているのが大地には聞こえた。大地も祖母とよく栗拾いに行った。栗拾いにまた行きたいと思う。拾った栗を茹でて包丁で半分に切ってそれをスプーンですくって食べるのだ。

 家に帰るとR1が窓の外を見ていた。

 良介とありさは自転車で森に向っている。よく晴れている。友達は友達や家族と出掛けている。紅葉の季節で行楽地に行くのだ。食欲の秋、スポーツの秋でもあり、美味しい物を食べに行ったり、スポーツを楽しんでいる。
 車があった。見憶えのある車だった。
 もう大地とR1は来ていた。大地が胡坐をかいて眼をつぶると時空間に入った。
 交渉役がいて、その後ろから奇妙な形態のロボットがいた。今までは人型であったけれど大蛇の形をしている。さらに、大きな手裏剣の形をしたロボットが二体いる。
「あれもロボット? それともあのヘビみたいなロボットの武器?」とありさが聞いた。
「いや、あれもロボットだ」とR1が言った。良介は刀を抜いた。ありさは手に手裏剣を持った。
「今日、栗ごはんが食べたかったからママに言ったら、作ってくれるってだから夕食は栗ごはんなの。だから早く終らせて早く帰りたいの」
「俺だって早く帰りたいけど、相手は手強いぞ。油断するなよ」
「分ってる」
 良介は走って敵の方へ向かった。
 するとヘビ型のロボットが伸びて来てその尖った口で良介を襲う。良介はそれを袈裟斬りで斬り落そうとしたらその首はぐにゃりと避けた。手裏剣型ロボットが良介に迫るけれどありさが手裏剣を投げる。投げるけれど効かない。ありさは蹴りを入れた。すると手裏剣型はかわして停まりありさにやって来た。ありさはそれを頭を下げて交わす。もう一方も来たけれど横に向いて避けた。
 ややこしい相手だ。と良介は思う。ヘビの首や頭は金属なのにくねくねと動いてスピードが速くなかなか捉えられない。刀を振り回しているだけではこっちが突かれるだけだ。
「うわ!」と良介は声を上げて倒れた。手放した緑刀が鋼の渇いた音を立てる。頭ばかりに気を奪われて尻尾が横からバットを振り回したようにやって来て良介の身体をはじき飛ばしたのである。ありさは刃のついた二つの大型手裏剣の連係した攻撃をかわすだけで精一杯だ。良介は立ち上がり刀を持った。そこへ頭がやって来た。それを回転してギリギリでかわした。
「おい、ありさと代れ、良介が手裏剣をやれ、ありさがヘビの方がいい」と侍のオッサンが言った。
「ありさ、かわれ」と良介がありさに近づいて言った。
「私があんな大きなヘビをやるの? でもその方が良さそうね」とありさは回転レシーブよろしくゴロゴロと回転するとヘビの方に行った。良介は手裏剣を避ける。
「態勢を整えるんだ」と侍のオッサンが言った。
 良介は緑刀を構えて息を吐いた。そしてやって来た手裏剣を袈裟斬りで一体斬った。そしてもう一方は避けた。ありさはヘビの攻撃をかわしながら手裏剣を投げる。手裏剣は金属で跳ね返される。
「どこが急所なのよ」
「分らないけれど攻撃を続けるんだ。良介がもう一体を倒してやって来るまで」と忍者のあんちゃんは言った。
 緑刀は傷付いている。今まで、ロボット達を斬り傷付いているけれど家に帰ると研いでいる。ヘビや手裏剣のロボットを刀で受けてボロボロになっているのだ。
 ありさはアクロバティックに後ろにバクテンを繰り返す。さらに横に側転をしてヘビの攻撃を交わす。
 交渉役はニヤッとして見ている。勝てると思っているのだ。
 大地はいつものように冷静に胡坐をかいて瞑想するように闘いを見ている。その肩にはR1が立っている。
 ありさと良介は気づいた。つまり相手はロボット、ロボット軍団は地球より発達した星から来たすごいロボットとはいえ、攻撃にパターンがあり、そのパターンを自分達が理解出来始めている事をだ。
 大地が驚いた顔をした。
「どうした?」とR1が言った。もうすぐありさと良介はロボット達に勝てるとR1は思っているのにだ。
 大地の眼の向こう側には交渉役がいる。その途中にありさと良介がいてヘビと手裏剣と闘っているのだ。
 大地の眼に映ったのは女の子だ。それは右手に拾った栗が入った地元のスーパーの袋を持った由美だった。由美は驚いている。
「マズイな」とR1は言った。交渉役が気づいた。ありさも良介も気づいた。
「何で?ここにあの子がいるのよ」とありさは言った。その時、頭の攻撃を交わしていたけれどその頭が地面についてさらにありさの方に向ってありさは倒された。由美を見て驚いて隙が出来たのを狙われたのだ。交渉役が音を立てた。ヘビは交渉役の方を向いた。そして由美に狙いを定めた。由美は見た事のない大型のヘビに睨まれて震えた。由美は走った。
「ありさ!」と良介が叫んだ。良介は手裏剣の攻撃を緑刀で受けていて力を入れ歯を喰いしばっている。ありさはすぐに起き上がった。
「逃げて!」とありさは叫んだ。ヘビはすごいスピードで由美に迫った。手裏剣を投げるありさ。けれど手裏剣は通じない。手裏剣はもうない。ありさは疲れているけれど力一杯走った。良介は手裏剣を斬ろうとするけれど手裏剣は後ろに下がった。自分はどうなってもいい! 由美を助けなければ。良介は、刀を横に振り、良介が敵に背を向けて由美の方に走った。と同時に足を斬られた。良介はこけた。立ち上った。血がスポーツウエアから出ている。
 ありさは尻尾をとらえようとしたら尻尾が動いてはじきとばされた。
 良介は血の温かみを感じながら身体を動かした。歯を喰いしばった。ありさは自分のあばらを右のひじのあたりで抑えた。
「おかあちゃん、おかあちゃん!」と由美が泣き叫んだ。由美はこけた。由美は起き上がった。
「由美どこだ? 由美」と駒野のおじさんが入って来た。その時、尖ったヘビの舌が伸びて由美の胸を突き刺した。
 大地。
 良介。
 ありさ。
 おじさんは驚いている。ヘビはゆっくりと舌を抜いた。由美は涙を流している。ヘビの冷たい金属の舌には由美の暖かい血がついている。由美は倒れた。ビニールが右手から離れて栗が少しだけビニールから出た。
「由美」とおじさんが倒れた由美に迫った。おじさんも拾った栗をビニールに入れていてそれを手放している。
 良介は振り向きざま手裏剣を叩き斬った。
「おのれー!」とでかい声を出してヘビに迫った。ヘビが振り向いたと同時にヘビの身体を踏みつけて首を叩き落とした。さらに無茶苦茶突いた。
「由美、由美」
 良介は現実を見た。今まで空想だと思っていたこの現実を見ている。ぐっと交渉役を見た。交渉役は出口から出て行った。良介の後ろにR1がいる。ありさが起き上がった。口を開けておじさんと由美を見ている。
「由美、由美おい由美」
「おじさんには悪いが記憶を書き換える、良介がお前が悪いが対応してくれ」とR1が言った。良介はそれを無視して由美とおじさんを見ている。ありさが良介に近づいて持っている緑刀を持った。その時、温かい良介の手に触れた。そしてその硬く自分の意志では動かない、いや、外される事に抵抗する指をほどいた。どうだっていい。もう。ありさは良介の心をそう読み取った。ありさは緑刀を良介の腰につけているさやに入れる。こんなに重いのか、それをカンタンに振り回している、とありさは思う。カチャンと緑刀がさやに納まった音がした。良介の横顔を見て驚いた。涙が流れているのだ。小さい頃から知っているけれど泣いているのは初めて見た。いや、声もたてず、涙がゆっくりと流れているのだ。その涙を自分の手で拭ってやりたい思う。右足を見るとズボンが斬られ血が出ている。その傷の手当もする事も彼は拒否するだろう。ありさは何も言えず。大地達と行った。
 川が流れて崖になっている。そばには竹藪があり竹が斜めに斬られている。それに崖から落ちた由美のお腹にささっていたのだ。
「おじさん、どうしたんです?」と良介が聞いた。おじさんは涙を流しながらゆっくりと良介の方を向いた。
「良ちゃん、由美が由美が」
「由美ちゃん」
「良ちゃん悪いけれど、救急車呼んで来てくれる」とおじさんは小さい声で言った。そばには叔父さんと由美が拾った栗が入ったビニールがあり、由美が拾った栗はビニールからこぼれて川に落ちていいて透き通って川の水の中にあるのが分る。
「うん」
 良介は傷付いた足を引きずりながら自転車まで行った。
 ありさは栗が入っていたビニールがあった場所に何かあるのに気付いた。大きなスーパーボールだ。それを拾って握った。

 ありさはシャワーを浴びると眠った。起きた。お腹が減っている。すごく減っている。
「駒野って人知ってる?」と桃が聞いた。夕食は天ぷらだ。人参と玉ねぎのかき揚げ。かぼちゃの天ぷら。シイタケの天ぷら、ピーマンの肉詰。桃はテーブルに出来た天ぷらや他のおかずなどを置いている。
「なんで?」
「お嬢さんと栗拾いに行ってお嬢さんが崖で転んでそこにたまたま竹のとがったのがあって胸に刺さって亡くなったそうよ。なんでも一年前にも奥さん亡くされて、親子二人暮らしだったそうよ。かわいそうに」
 ありさは天ぷらを食べる。かき揚げを食べながら涙がこぼれた。良介の涙を思い出したのだ。由美が走って逃げてこけて、おかあちゃん、おかあちゃーんと泣き叫んでいたのを思い出した。由美が父親と二人暮らしと言うのも初めて知った。
「どうしたの?」と桃が泣いているありさに聞いた。
「かわいそうじゃない」
「そうだけど」
 桃と父親は驚いて泣いているありさを見ていた。

 ずきずきと痛む。ようやく病院と警察から帰って来た。疲れている。頭だけシャワーを浴びると夕食も食べずにベッドに入った。
 おかあちゃん、おかあちゃーん。良介はなくなったおばさんの事を思い出す。子供が長い間で出来なかったおじさんとおばさんにはかわいがられたのだ。由美をとてもかわいがっていた。何で、自分はあの時、助けられなかったのだ。いや、もっと早く。倒していればこんな事にはならなかった。眠りたい。R1に自分の記憶も書き換えてもらいたい、と思った。

 クラスで由美の葬儀に出る。
「かわいそうになあ」と近所のおじいさんが近所のおばあさんに言っているのが聞こえた。児童達は静かに並んで待っている。先生からきつくきつく静かにしてるようにと言われた。
「キミ達、それぐらい出来るだろ」と先生は怖い顔で言ったのだ。
 学級委員の北野さんが別れの手紙を読んだ。泣いている女子達の声が聞こえた。
 大地はおじさんを見た。おじさんはうなだれている。大地は誰かが自分を見ているのに気付いた。それは風太だった。風太と眼を合わせた。風太から視線を外した。自分の小さい掌をじっと見た。
 良介も学生服を着て出た。足を引きずっている。家に帰ると塩を家族で振ってから家に上ると部屋に行って学生服を脱いだ。

 ありさはベッドに寝ている。風邪を引いたのだ。ベッドのそばには良介の緑刀がある。

 カレーライス
         五年一組 駒野由美
 私は食べ物の中でカレーライスが一番好きです。小さい頃から大好きです。おかあちゃんがよく作ってくれました。おかあちゃんは看護師さんをやっていて夜勤や忙しい時はカレーです。夜勤に出掛ける前に作ってくれて一緒に食べて行きます。お母ちゃんの作るカレーにはじゃがいも人参玉ねぎに牛肉が入っています。どれも好きです。お母ちゃんが夜勤で家にいないのは寂しいけれど、カレーが食べられるのでうれしいです。カレーの日は私はお替りを必ずします。お母ちゃんはいつもたくさん作ってくれて残ったカレーはいつも朝、食べます。
 おかあちゃんは病気で去年亡くなりました。一度家に戻った時に作り方を教えてくれました。
 それからは私がカレ―を作りましたけれど上手に出来ません。似ているけれどやはり違うのです。
だから、今ではカレーハウスにお父ちゃんと食べに行きます。
 いつも私もお父ちゃんもカツカレーです。カツがサクッと上っていてとても美味しいです。
 でも、一番好きなのはやっぱりお母ちゃんのカレーです。
 また、お母ちゃんのカレー食べたいな。お母ちゃん、と私はお母ちゃんの写真に手を合わせて言います。
 私は看護師になるのが夢です。それで結婚して子供が出来たら私のカレーを子供に食べさせて喜んでもらいたいです。

 大地は由美が書いた作文を由美がみんなの前で読んだ時の事を思い出した。クラスの男児は笑っていた。ステーキ喰った事あるか? と由美に言っていた橋元は笑っていた。大地は言い作文だと思ったから笑わなかった。

 ありさは誰も寄せ付けない良介に声を掛けなかった。良介が現場にいた事は知られている。
 廊下を歩いている時、良介とすれ違った。
「ちょっと話がある」とありさは言った。良介はありさを睨むようにして見た。人気のいない階段の踊り場へ行った。
「何だよ」
「何だよじゃないわよ。刀私の家にあるんだけど」
「じゃあ、今日帰りに取に行くよ」と良介は言い、階段を上る。まだ足は引きずっている。ありさはその後ろ姿を見ていた。
 夕方、ピンポーンとチャイムがなったので緑刀を見た。違う人かも知れないので緑刀は持たずに玄関に行った。ドアを開けると立っていたのは良介だった。
「ちょっと待って、刀取って来るから」とありさは言い二階に上って部屋に置いてあった緑刀を持って玄関に行った。刀を良介に差し出した。良介は何も言わず受け取った。
「重いのね。そんなに重い刀を振り回してたなんて思わなかった」
 良介は何も言わず刀を受け取ると振り向いてドアを開けようとする。
「悪いと思ってるわ。由美ちゃんだっけ? 私がもっと強くなってれば、もっと修行をしていればこんな事にはならなかったと思う」
 良介は振り向いてありさを見た。その表情は無表情だ。
「私を責めてるの?」
「ふざけるな」と良介は小声で言ってドアを開けて外に出た。ありさも外に出た。自分をもっと攻めて欲しいのか、それともそんな事ないよ、と慰めて欲しいのか? ありさは分らない。でも、良介にもっと何かを言って欲しい、伝えて欲しいと思う。あの時、由美が殺された時、おかあちゃん、おかあちゃーん、と泣き叫びながら逃げ惑う弱い少女、そして涙を流した良介が忘れられないのだ。
「ね、ちょっと家の中で話しない」
「帰るよ」と良介は刀を背負って自転車に跨った。
「修行するの?」
「どうだっていいよ。もう、俺には無理だ。これ以上」
「私達強くならなきゃダメでしょ」
「弱いままでいいよ。こんなツライ想いするんなら」
 ありさは良介と眼が合った。言葉とは裏腹に怒りの籠った強い瞳だった。良介は自転車で行った。
ありさは部屋に戻ってベッドを見た。疲れた。ベッドに座った。ありさはファーストキスの相手が良介であったらいいと思った。

 ベッドの淵に背中を当ててありさは座っている。拾った由美のスーパーボールを部屋の壁にあてていた。スーパーボールはよく跳ねて面白かった。
「あの女の子、逃げる時、おかあちゃんって言ってたわ。もう亡くなっているのに」
「戦国時代は小さい子供はたくさん死んだ。俺の里の子供も容赦なく死んだ」とあんちゃんは言った。
「ねえ、もっと術教えてよ。良介はもうダメかも、だったら私一人でもやるわ。復讐はする」
「よく言った。お前に教えてない術はたくさんあるぞ。その中でも、使える究極の術を二つ教えてやる」
「早く教えてよ。出し惜しみしないで! それに使えない術なんて、いいわよ」
「分ってるよ。早速修行だ。やっとやる気になったな」
 ありさは立ち上がり、ジャージに着替えて外に出た。
「それとお前なんて言わないで、あんたの彼女じゃないんだから」とありさは言いドアを閉めた。

 良介は叔父の店にいた。横山さんがケーキを取り分けている。そばには小さい女の子が待っていて、母親と手を繋いでいる。
 叔父が来た。
 叔父は店の椅子に座って待っている良介のそばに来て、椅子に座った。
「駒野さんとこの葬儀に出たんだろ」
「うん」
「お前もいたんだ。事故現場の所に」
「ああ」
「そうか、かわいそうな事をしたな」
「叔父さん、悪いけど、また刀町に連れてってくれよ」
「うん、いいけど、あした行くか」
「ああ」
 翌日、良介は緑刀を持って叔父の車に乗った。良介は後ろの席に座り、刀を持って窓の外を見ている。叔父は地元のラジオをつけて聴いている。川沿いの車道を走る。山がそばにあり、よく晴れていて、もうすぐ紅葉も終わる。川面には陽の光が反射している。良介は川のキラキラ光っている川面を見ながらあの水の中にきっと大きくて黒い鯉が何匹も泳いでいるに違いないと思った。
 久し振りに刀鍛冶のおじさんにあった。おじさんは良介から刀を預かり、その刃こぼれを見て頷いた。そして、特別にタダで打ち直してやると言って袴に着替えた。火花が散っている。良介と叔父はそれを見ていた。
 刀が出来上がると海沿いまで行って和食の店でお昼を食べた。結構高い店で、新鮮な魚介類が出た。小鉢から刺身、煮物、焼き物と叔父はコース料理を頼んで一緒に食べた。その華やかな料理を良介は別に叔父と話もせずに、けれど、美しいと思いながら食べた。海のそばを車で走り、帰った。良介は大事に刀を抱えて持ってラジオから流れる懐かしい音楽が流れている車内で眠っていた。

 ありさはカゴに野草などを入れている。積んだ野草を手に持った。
「これを食べるの?」
「そうだ」とあんちゃんは言う。
「こんなにたくさん?」
「そうだ」
 ありさは知らない野草を持って口に入れた。苦くて吐きそうだ。さらに、山で採って来たきのこやナイフで削った木の皮まである。家に帰ってそれらも食べる。
「ああ、そのきのこは毒を大量に含んでいるから、そんなに一気に食べたら死ぬぞ」とあんちゃんは言った。ありさはぶーと吐き出した。
「早く言ってよ」ありさはうがいした。
「だいたいこんな訳の分んないもの食べて、本当に究極の術が出来るの?」
「出来るさ」
「ひょっとしてさあ、毒切りを吐けるようになるんじゃないでしょうね」
「そうだよ」
「あんたねえ、相手はロボットよ。人間じゃないの。毒なんか吐いて意味ないじゃない、それに毒を吐く少女って嫌よ。どんなに可愛くてもみんなにキミ悪がれるわ」
「吐かなきゃいいじゃん。フダンは。それと毒切り殺法だけじゃなく、これは偶然が偶然を産んだんだけれど、俺が言っているそれらの物を食べてるともう一つの究極の術に繋がるんだよ、俺もそれを求めててなかなか出来ないでいたら、たまたま毒切り殺法をおじいさんに教えてもらっていろんな物を食べてたら、もう一つの技も出来るようになったんだから、何年もかかっていて術がすぐに出来るんだから、これはすごいぞ」
 ありさは煮だした木の皮から作ったお湯を飲んだ。渋くて顔がずっと渋い顔だ。
「ああ。それとこれら飲んだら、一週間は臭いから、昔みたいにお風呂なんか入らず、あまり臭いとか気にしない時代でも、俺はその時だけは臭い臭いって言われ続けたから」
「早く言ってよ」
 ありさはまず、家族から体臭が異常にきついがどうしたの? と言われた。学校ではパフュームをたくさん振り掛けて言ったけれどクラスが臭い、誰だと犯人捜しが始まったけれどすぐにありさだとばれた。先生も臭いな、と言った。香水をつけた。香水は校則で禁じられていて先生に注意されたけれど、体臭が異常に臭いからと許された。返って心が傷付いた。

 良介はあの森に来ていた。侍のオッサンに言われて、良介もオッサンの究極の技を会得する修行に来ているのだ。
「眼をつぶれ、気配で相手を斬るのだ。この間の相手は相手の速さと動きが読めず、なかなか斬る事が出来なかっただろう。でも、この技は相手の気配で相手を斬る事が出来る究極の技なのだ」
 良介は手ぬぐいを眼を隠すように巻いて木刀を持った。

 児童達が集まり集団で小学校に通う。大地はランドセルを背負って待っている。その中には由美はいない。みんな集まったので学校に向かう。後ろからやって来た車を見た。それは駒野のおじさんの車だった。おじさんは由美がいなくなっても仕事には行くんだ。そう思うとやり切れない思いがする。小さい低学年達がふざけて歩いていて先頭を歩く六年生の女の子に注意されている。

 クリスマスがやって来た。良介は叔父に言われてクリスマス前とイブにはケーキ作りの手伝いをする事にした。朝早く自転車で行ったけれど、もう従業員達は来て作業をしている。パン工房の連中もパンを店に出したら手伝う事になっている。良介は久し振りに白衣に手を通した。クリーニングされてビニールに入っている作業着はのりが聞いていて硬くて清潔な匂いがする。コック帽をかぶり厨房に行った。懐かしいメンバーが迎えてくれた。中には矢野さんがいる。矢野さんは前見た時よりも動きがよくもう慣れている。お昼には店のパンを食べていいぞ、と叔父さんに言われて食べる。甘いパンより、惣菜パンが好きでサンドイッチとカレーパンを食べた。五時になり、橋元が良ちゃん、もう帰っていいよ、と言った。
「でも、僕まだ出来るよ」と良介は言った。
「うん、でも、きりないよ。俺達は夜中までやるけど、ちょっと待ってな、社長、社長」と橋元は叔父さんを呼んだ。夜中までやるのか、と良介は作業を続けている矢野さんを見た。
 叔父さんが来た。
「良介明日もあるから、今日はいいよ。俺が姉貴に怒られるよ」
 良介はみんなに悪いと思いつつ帰る事にする。橋元と結婚して新婚の横山さんは苗字は橋元になっているけれど、同じ職場なので仕事場では横山を名乗っている。その横山さんも帰る。
「みんなすごいな」
「この時期はね」と横山さんが言った。
「いいのかな」
「いいわよ。良ちゃんは中学生でお手伝いなんだから」
「あしたも朝早いんでしょ」
「そうね、ちょっとしか眠らないけれど、お菓子屋さんはクリスマスとバレンタインデーは一番忙しいから」
 良介は矢野さんも少ししか眠らないで大丈夫かな、と思う。
「遠くから通っている人は社長がホテルを予約してくれてるみたいだから。矢野さんはホテルじゃない」
「矢野さんて遠いんですか?」
「そうよ、薬町からだから。車で一時間近く、でもそんなには掛らないか、でも朝早いでしょ、それで、車で通ってるんだから。最初は車の運転も慣れてなくて仕事も新人で最初の頃はすごく疲れてたけれど、今は慣れてきたんじゃない。顔付も違ってるのが分るわ」
 良介は矢野さんの近頃の顔付き変わった、と思った。
「じゃあね」と横山さんは手を振って別れた。もう外は暗い。良介は街中を抜けて帰る。街はクリスマスのイルミネーションを着飾っていて、子供達はクリスマスを楽しみにしている。良介は自転車を走らせて帰った。

 午後から公民館で子供会のクリスマスパーティがある。大地は自転車で公民館に行った。小学生の児童達が集まっていてみんなで遊ぶのだ。風太もいる。みんなでフルーツバスケットなどをする。子供会が用意したケーキを食べると会は終ったけれど子供達は続けて遊んだ。大地も風太も小さい子供達と遊ぶ。風太が小さい子供達にまとわりつかれて遊んでいる姿を大地は見ていた。
 
 ありさは森の中を走っていた。走りながら手裏剣を投げ、木にとび蹴りしたり、バク宙をやったり、動き廻っている。白い息が出る。はあはあと息をして、持って来たペットボトルの飲み物を飲む。中身はいろんな物が混ざった術を会得するために作った物である。飲んで吐きそうになるけれど飲む。匂いは身体が慣れたのか匂わなくなった。味には慣れなかったけれど、術を会得する為に飲んでいるのだ。だから、時々げっぷをするとすごく臭くて飲んだのに吐きたくなるのだ。
 修行が終ると家に帰ってシャワーを浴びた。そしてオシャレしてマフラーを首に巻いた。玄関では桃がいて一緒に外に出ると車に乗った。
 車は良介の叔父の店についた。店内はクリスマスケーキを予約していた人達やそれ以外でクリスマスケーキを買っている人達でいつもより混み合っている。ありさも予約しているけれどもっと食べたいと言い、他のケーキも選んでいるのだ。レジでは横山さんや他の従業員と社長である叔父さんもケーキを渡している。
「お、ありさちゃん、ケーキ予約してくれてたの」
「うん、それと他にも買うけどいい?」
「もちろんさ。お、良介ケーキ作り手伝ってんだぜ」
「へー、出来るの」
「出来るさ。今呼ぶよ」と叔父さんは言い、良介を呼びに行った。叔父さんに呼ばれて良介はコック姿で出て来た。その姿を見て思わずありさは笑った。
「何だよ」と良介が言った。
「だって、似合ってないよ」とありさは言った。
「うるさい、こっちは朝からケーキ作ってるんだ」
「へー、ちゃんと手伝ってるの?」
「当たり前だよ」
「じゃあ、このケーキも良介が手伝ったの?」
「それは俺は手伝ってないよ」と良介は言い、それは矢野さんが作ったケーキだと思った。
「じゃあね」とありさはクリスマスケーキと別に買ったケーキを受け取ると桃と店を出て行った。
 良介は外の車にケーキを持って乗るありさを見ていた。男の子が母親とケーキを選んでいる。母親は前にまだ赤ちゃんを抱いている。その右手は抱いている赤ちゃんの小さい足を握っている。男の子はガラスケースにキスをしている。それを良介は見ている。母親はケーキを選んで買うと受け取りドアを開ける。
「おいで」と母親は小さい男の子に言った。男の子はガラスケースにキスをしたまま横に移動していて母親が外に出るので母親のそばに行ってケーキを持ってない右手を繋いで外に出た。良介は作業場に戻った。
 クリスマスイヴの手伝いが終って良介は家に帰った。まだみんなは働いているのだろう、と思った。ケーキは叔父さんがくれたのを良介がもらって帰り、それを夜食事を終えてから食べた。
 翌日、叔父さんから電話があり、手伝ってくれたご褒美に焼肉を奢ってやるから来るか? と言うので行く事にした。家で待っていると叔父さんが夕方に車でやって来た。夕方と言ってももうあたりは暗い。良介は車に乗った。
「瞳ちゃんも来るんだ」と叔父さんが言った。
「矢野さんも!」
「うん、彼女は初めてで、疲れたろうと思ってね。誘ったんだ。もうクリスマスだから店の方は落ち着いてるからね」
 焼肉屋に着いた。駐車場には矢野さんの軽自動車がある。叔父さんの車に気づいて車の中から矢野さんが出て来た。
「なんだ、店に入ってれば良かったのに」と叔父さんが言った。
 良介は泣いていた時、喋っただけでそれからは恥ずかしくて喋っていない。まとめていた髪の毛は降ろされているけれど上の方が編み込まれていて、結婚式で見た時とはまた違う感じでドキドキする。
 良介は叔父さんの隣に座った。叔父さんと矢野さんが窓際で良介は通路側だ。
「さあ、好きな物頼めよ。アルコールはダメだけど」と叔父さんが言った。
「社長、私まだ未成年ですよ」と矢野さんが言った。
「ああ、そうだった。そうだった」
 良介はメロンソーダを頼んで、肉も頼んだ。タン塩、カルビ、ロースなど肉が運ばれて来た。サラダも来て、ご飯も来た。トングで叔父さんが肉を焼いて良介と矢野さんが食べる。不思議な感じがする。あの素朴な矢野さんがこうやって自分と同じようにやはり焼肉をむしゃむしゃと食べているのが何だか同じ人とは思えないのだ。
「疲れただろう」
「はい」
「でも、もう慣れたな。最初はよく怒られて泣いてたけど。今じゃすっかり一人前だ」
「まだまだです」
「まあ、そりゃそうだけど、もうやっていけるよ」
 良介は叔父さんと矢野さんの会話を聞きながら肉を食べている。焼けたカルビを甘いタレにつけて白いご飯に乗せて食べるのだ。家ではホットプレートの焼肉をするから家族の外食で焼肉を食べる事はないけれど、叔父さんは一人暮らしの金持ちだから、焼肉に誘ってくれるのだ。良介はそれが楽しみであり、将来焼肉を月に一回は食べに来れるぐらいのお金を儲けたいと思っている。
「今日は家に帰るのか?」
「はい、あしたは遅い出勤でいいよ、って橋元さんが言ってくれたんで」
「出勤するのは大変だろう。車の運転も」
「車の運転は好きですよ」
「そうか、でも、雨の日は気をつけてよ。これから雪が多くなるから。雪よりもアイスバーンで凍っているから、慎重に運転しないとダメだよ」
「タイヤ交換しました」
「そうかでも、雪の日は遅れてもいいぞ。それか、ホテル代会社で出すからホテルに泊まればいいよ」
「はい」
「よく喰うな。良介は」
「うん」
「サッカーやってるんですよね」と矢野さんは叔父さんに聞いた。
「そうそう、空手もやってるんだ。瞳ちゃんは? 何かやってたの?」
「バスケです」
「バスケか、中学で」
「中高とやってました」
「以外と体育系なんだな。じゃあ、根性はあるな」と叔父さんが言うと矢野さんは笑った。
 肉を追加する。良介も彼女もご飯をお替りした。
 焼肉をたくさん食べて良介も矢野さんもお腹がいっぱいになった。
「じゃあ、気をつけねて」と叔父さんが言った。矢野さんははい、と元気に答えて自分の車に乗った。
 良介は矢野さんと話が出来なかった。自分とどうにかなるとは思っていない。でも一緒に焼肉を食べる事が出来て良かったと思う。
「彼女は根性あるだろ」
「うん」と良介は助手席で聞いている。
「あの子は将来地元で店を開くのが夢なんだそうだ。いい職人になるよ」と叔父さんが言った。
「へー、自分の店開くんだ」
「まあ、パティシエはだいたいそういう気持でいるだろ。小学生の時からそう思ってたそうだ。地元が好きなんだ。だから、お菓子の専門学校に行こうと考えてたんだけど、俺の店が高校に求人出したのを知って専門学校に行くのを辞めて来たんだ。専門学校は金掛るからな」
「叔父さん」
「何だよ」
「ちゃんと矢野さんに教えてよ」
「何を?」
「お菓子の事」
「当たり前だ。俺を誰だと思っている」
 良介は家に帰るとお風呂に入ってすぐに眠った。

 お正月も終って冬休みも最後の前日に大地から呼び出されて森に行った。
 小さい車のようなロボット達が連携して良介とありさを襲う。良介とありさはそれぞれ、新しい必殺技を取得している最中だけれどまだその途中である。それとこの間の戦いの動揺がまだ良介には残っていて身体と心のバランスが取れてないのがありさには分る。自分は今、必殺技の途中である。良介にはそんな必殺技なんてないだろう。良介はもうダメかも知れない。自分がやらなければならない。ありさは良介も必殺技を取得しようとしているのを知らないからそう思った。
 小さい車の上をとんとんと跳びながらありさはロボット達をやっつける。
 良介はまるで下手になったようにロボット達に刀は当たるけれど斬れない。緑刀は打ち直してもらって良くなったはずである。
 ありさのおかげでロボット達を倒した。
 良介は刀を背負って自転車に乗った。ありさはカゴに入れていたダウンを着た。
「じゃあね」と元気にありさは帰って行った。

 小学校では五年生と六年生はスキー教室がある。大地はスキーをやるのは初めてだった。風太は他の同級生に何回も行った事があるよ、と言っていた。大地はバスの中でスキーを滑っている自分の姿を想像した。
 スキー板は重かった。先生の習ったようにやるけれど滑れず、後ろに転んだりした。すぐに自分はその才能がないと分り、つまらなかった。風太は上手く、すいすいと滑っている。
 うどんを食べた。うどんが美味しかった。

 ありさは毒きり殺法を取得した。と同時にもう一つの必殺技も取得した。毒きり殺法なんてどうでもよかった。でも、もう一つの技は気に入った。

 良介は大地を呼んで木の棒を投げてもらった。それをかわす練習をやった。木の棒がおでこにあたりこぶが出来た。同級生達に会った時に笑われた。

 肌が乾燥するのでありさはフダンから化粧水やクリームを塗っている。保湿クリームを塗ってマフラーとニット帽をかぶり森に来た。
 敵のロボットは何種類もいて多かった。それを見て良介はため息をついた。隣に立っているありさは笑った。
「大丈夫よ。私が全部片づけてあげるから」とありさは笑って言った。良介はありさの方を向いてありさを普通の顔で見た。良介は刀を抜いて鞘を置いてロボット軍団の方に行った。ありさは動かないでいる。自分が全部やるっていって動かないじゃないか! と良介は思いつつ戦った。
 すると敵のロボット達が知らない間に倒れている。
 どういう事だ? と良介は思う。
 眼の前にいる敵も倒れて全部のロボットがあっと言う間に片付いた。
 交渉役も驚いて逃げた。ありさは笑いながら良介に近寄って来た。
「すごいでしょ」
「何なんだ? 」
 大地も驚いてやって来た。
「へへ、消える術、忍びの究極の術よ」
「そんな事出来るのか! 」
「出来るわよ。そのためにいろんな物食べて来たんだから」とありさは言った。
「いろんな物? いろんな物を食べれば消える事が出来るのか?」
「それだけじゃないわよ。でも、毒草とかヘビとか毒蛙とかなめくじとか食べるのよ」
「そんなの食べたの?」と良介は驚きと軽蔑の眼でありさを見て言った。そんな良介の心模様に気づいたありさは動揺する。
「何よ! 私の究極の術のおかげで簡単にやっつけられたのよ。これからどんな敵が来たって私がいればへっちゃら、良介なんていらないわ」とありさに言われて良介はムッとした。
 良介は自転車をこぎながら得意げにありさが術の自慢をしていた事について考えている。確かにありさのあの消える術はすごい。本当に自分がいなくてもあれだとカンタンに相手を倒せる。例えそれがロボットだとしてもだ。自分も早く新しい奥義を完成させたいと思った。

 大地が投げた木の棍棒を良介は斬った。木は空中で真っ二つに見事に斬られている。良介の眼のあたりは手ぬぐいで隠されているのだ。大地は次々の棒を投げるけれどそれをことごとくたたき斬っている。大地はそっと後ろに周り棍棒を投げた。するとさっと振り向いてそれも斬った。
「やったな、うん、認めてやろう」と侍のオッサンが言った。良介は手ぬぐいを取って自分で斬った木の棒の断面を見る。
「見事だ」と侍のオッサンは言った。
「良ちゃんすごいね。これでありさちゃんにも負けないね」と大地が言う。
「そう、この技は気配で相手を斬るのだ。だから、この間みたいに速い相手や動きが分らない相手、さらに跳んで来る武器に対しても恐れる事はない。相手が見えなくてもその相手をぶった斬る事が出来るのだ。つまり、ありさが消える術を使ってもありさをぶった斬る事が出来る」
 大地は苦笑いした。
「ありさを斬ってどうするんだよ」と良介は自分で笑って言った。
 大地も笑った。
 ありさは木に隠れてその様子を見ながら苦虫を噛んだような顔をしていた。

 大地はサッカークラブの六年生を送る会の試合に出ていた。二つのチームに別れて試合をするのだ。六年生チームと五年生チームに四年生を混ぜて試合をする。大地は風太とツートップになった。風太は最初は不器用だったけれどたった数ヶ月であっと言う間に上手くなりレギュラーになった。この試合でも大地のアシストでシュートを決め、風太のアシストで大地もシュートを決めた。試合が終って監督は次のチームは大地と風太のツートップを中心でチームを作ろう、と言った。風太と大地はお互いの顔を見て笑った。

 良介は叔父とお好み焼を食べて送ってもらっていた。カレーハウスの前を通ると駒野のおじさんが出て来て車に乗っていたのを見た。

 ありさは玲奈達とショッピングモールに来ていて文房具の店にいた。かわいくてキレイな文房具を選んでいる。女子高生二人がいてペンを大量に持ってさっとコートのポケットに入れたのが分った。思わず、あ、と声を出しそうになった。女子高生二人はお互い眼を見てちょっと笑い、そのまま店を出た。ありさは消える術を使ってポケットからペンを取って元に戻そうかと思ったけれど、術は闘いの為に使うものだと決めている。
「どうしたの?」と玲奈が言った。
「女子高生いたでしょ」
「うん、万引きして出て行ったの」
「ばれなかったの?」
「うん」
「私達もやる?」と玲奈が笑って言った。
「冗談」とありさは思わず、怖い顔をして玲奈に言った。
「冗談よ。もし捕まったら、両親が悲しむわよ。それに空手の大野先生にぼこぼこにされるわ」
「そうよ」とありさは言い、お気に入りのペンを持ってレジに行って買った。ありさは袋に入れてもらったペンを鞄に入れた。消える術を使えば万引きなんて簡単だ。他にも悪い事が出来る。のぞきも出来る。痴漢だって! 自分は女の子だからやらない。別に男子の裸なんて見たくない。別に男子の身体を触りまくりたいとも思わないのだ。良介がこの技を身につけたなら、きっとのぞきをやったり痴漢をやったり、万引きをやりまくるだろう。そうに違いないんだから、と思った。一人になった時、忍のあんちゃんに言ってやった。
「そういう事やってたんでしょ」
「やるか! 忍者を忍術をなんだと思ってるんだ」
「ふうん。その変はストイックで真面目なのね」
「当たり前だ。それに俺がこの術を身につけたのはじじいになってからだ」
「じゃあ、若かったらやってたの?」
「バカヤローやる時は正々堂々とやったわ」
「とんでもない奴ね」
とありさは言い本を読んだ。

 天気予報では雪が降ると言っている。電話が鳴り良介は出た。大地からだった。外に出ると異常に寒かった。空は曇っている。大地の家に行った。渚が温かいココアとクッキーを出してくれた。ありさは首にピンクのマフラーを巻いたままでベッドに座っている。
「改めて何よ。どうせまた来るんでしょ」とありさはココアを両手でマグカップを持ってゆっくりと飲みながら言った。
 大地は勉強机の椅子に座っている。
「次が最後の戦いだよ」と大地は言った。
「何でそんな事が分るの?」
「今まで奴らのロボットを見て来てあとは最後のロボットしか残っていない、我々の星もよく戦ったけれど次のロボットが強敵で敗れたのだ。だから、二人にも覚悟して欲しい」と机に立っているR1が言った。
「覚悟って出来てるわよ。それに私はもう負けないわよ。私の術を敗れる訳ないわ」
「油断するなよ。我が星では次のロボットに勝てなかったからどこが弱点か分らなかった。だから相手のすべての攻撃を把握している訳ではないのだ」
「大丈夫よ」
「良介は必殺技は完成しているけどどうだ?」
「やってみないと分らないよ。自分の技が通じるかどうか」
「それでいい。その警戒心があれば勝てるだろう」
 外に出た。自転車のスタンドを良介とありさは足で外す。良介のスタンドは一本で斜めになっている。ありさの自転車は凹型でガチャと鳴った。ありさは手袋をしてマフラーを首の後ろにやって自転車にまたがった。良介を見ると手袋もしていない。ありさは何も言わず自転車を漕いで行った。良介は空を見上げた。今にも雪が落ちてきそうな曇り空だった。

 お風呂に入る。その前に洗面台の前に裸で前に立った。鍛え上げられた肉体があり、ロボットとの戦いで傷付けられた傷が残っている。湯船につかった。
「どうだ、体調の方は?」とオッサンが言った。
「いいよ」
「いよいよ次が最後だな」
「みたいだね」
「死ぬのは怖くないか?」
「うん、分からないよ」
「そうか、俺はな、実はな、切腹して死んだんだ」
「そうなの? 何やらかしたの」
「俺は責任を取らされたのだ。でも言い訳は出来ない。それが武家社会だ。言いたい事はあった。でもそれを言うと俺が世話になった人にまで迷惑がかかる。俺一人が腹を切れば済む事だったから、腹を切ったのだ。今でも思い出す、むき身の担当を腹にあてて首を斬られるように胸を突き出す。何だったのだろう、俺の人生は? と切腹をする瞬間までずっと思っていた。平和の時代に生まれ剣の修行にはげんだけれどそれを生かす事は出来なかった。でも、良介に自分の技が伝えられて本当に良かった。それに緑刀も拝む事が出来た。本当に良かった」
 良介は自分のふやけた掌を見た。手相という物があり、小学生の頃、おじいさんに見てもらった。いい男になると言われた。けれどそれは自分の孫だからかわいいから、そう言ったのだろう、と子供だったけれど良介は思った。
「お前はまだ若い。だから、必ず勝てよ」
「分ってるよ。俺が死んだら、ありさや大地、それに他のみんなもひどい事になる」と良介は言い、由美の事を思った。湯船から上るとシャンプーをたくさんつけて頭を洗った。オッサンがお前つけすぎなんじゃない? 眼に入らないの? とかいろいろ聞いて来た。

 雪が降り始めていた。天気予報では積ると言っている。それでも良介は自転車で行く。フダンは手袋をしない。でもさすがに寒くて指がかじかんで刀が上手くさばけなかったらどうしようと思った。そういえば叔父さんからもらった高級な薄くて暖かい手袋が会った事を思い出してそれをはめた。さらにネックウオーマーもつけてニット帽もかぶって緑刀を背負って森に行った。

 雪はボタン雪になっていて、どんどん積っている。バスのタイヤにはチェーンがとりつけられていて走っている。

 ありさは長靴を履いていて空間に入ると持って来ていたスニーカーに履き替えた。
 大地は耳あてをしていて胡坐をかいた。良介は背中の刀を外して帯をジーンズにつけていてそれに刀が収まっている鞘をいれた。手袋はしたままで戦おうと思っている。敵が来た。交渉役の後ろには大きな三メートルぐらいあるお鍋のようなロボットがいる。その周りには今まで戦って来たロボットが十何台もいる。
「行くわよ。出し惜しみしないから」とありさは言うと消えた。すると瞬く間に今まで戦って来たロボット達に線香花火のような火花が上り、倒れて行った。良介はロボットに囲まれると居合斬りよろしく刀を抜いて斬り独楽のように回転して周りのロボットをたたき斬った。バチバチバチとこっちはもっと激しい花火のように火花が舞った。
「やるわね」とありさの声が聞こえたけれど姿は見えない。
 あっと言う間に今までのロボット軍団を倒した。
「早く帰って虹色五時を観よう」とありさは言った。地元のテレビ局の情報番組である。男性アナウンサーの池田と女性アナウンサーの安田のコンビのトークが面白くて、中高生に人気で学校がある時は録画して観ていたり、それを保存してDVDに残している人もいるぐらいだ。
 ありさは最後の敵の鍋に消えて突っ込んだ。けれど腕が何本も出て来てありさの気配を感じてありさを腕で払った。ありさは回転しながら良介の所に戻るとズズッと滑って止まった。
「やっぱり防御はすごいわね。どこが弱点かしら、やっぱりあの上の部分かしら」とありさが言う。上には蓋のように盛り上がっている。そこには眼のような物がついている。
「だろうな」
「じゃあ、あそこに攻撃を仕掛けますか」とありさは言うと手裏剣を投げた。けれどやはり腕で簡単にはじかれた。ありさは消えていろんな角度から手裏剣だけを投げているけれどはじかれている。そしてありさが蓋のあたりから飛んで倒れた。ありさは消えたまま手裏剣攻撃を続けてジャンプして蓋に攻撃を自らしようとしたけれど腕が感知してありさを叩き落としたのだ。
「痛い」
「下がってろよ。消えても奴には無意味だ。きっと気配を感知するのだろう。いや、あらゆるすべてを寄せ付けないように出来るのだ」
「舐めないでよ。私を」
「いいから、休んでろ」と良介がありさと喋っていると腕がすごいスピードでやって来た。良介はそれを叩き落とした。良介が今度は突っ込んだけれど何本もの手が伸びて来て良介を近づけないようにそして殺すように攻撃をしてくる。良介はこの腕を全部叩き斬ってやる! と思った。腕を斬って斬って斬りまくる。けれどそのたびにまた新しい腕が出て来た。さらにさっき最初の良介への攻撃で叩き落された大きい腕の斬った場所からまた小さい腕が出て来て良介に迫った。良介の身体は傷付いた。傷付きながらも戦った。きゃ! と言うありさの声がした。ありさはまた消えて攻撃したけれどまたやられたのだ。良介はありさの方に行ってありさにさらに攻撃をする腕を叩き落とした。ありさを守りながら斬っていると後手に周り隙が出来た。その時後ろから背中を腕で刺された。良介の顔がゆがむ。
「良介!」とありさが立ち上って叫んだ。
「これぐらい大丈夫だ。それよりも大地のそばまで下がってろよ」
「何言ってんのよ」
 良介は背中から血が出ているのを感じた。眼をつぶった。そして、あらゆる攻撃を跳ね返すと敵の本体、つまりボディを刀でたたき斬れる距離まで来た。その瞬間鈍感な動きだと思っていたボディがまるで暴走トラックみたいに前に動いた。良介はトラックにひかれたようになって後ろへふっとんだ。そしてその瞬間緑刀を放してしまった。鋼の音がした。胸を抑える良介。そこに腕が迫って来た。するとありさが前に立ちはだかって蹴りや手刀でその攻撃を払う。けれど相手の攻撃でありさの身体も傷付いて行く。服の腕の部分が切れて二の腕も切れてかすり傷だけれど血が浮いている。
「下がれよ。邪魔だ」
「うるさい、刀取って来て上げるから」
「よせ」ありさが消えて刀を取ろうとしたら太い腕が出てそれがげんこつになっていてありさをたたいた。ありさは吹っ飛んだ。良介はありさを見ながら刀の所に行った。攻撃をかわしつつ。刀を奪い返そうとした。やって来る腕の攻撃は空手で鍛えた攻撃でかわす。けれどその攻撃の激しさで刀まで近づけない。ありさを見ると動けない。ダメだ! そう思った。刀を見捨ててありさの方に行った。ありさにとどめをさそうとする腕を蹴りでかわした。ありさを起こして担ぎ上げた。これで戦うのか、と思う。ありさを地面に置いた。時空間の入口から新しいロボットがこっちに迫って来た。まだいたのか、これまでか! と良介はさすがに悟った。
 すると入って来たのはどこかで見覚えがある車だと気づいた。車はすごいスピードでロボットに体当たりした。ロボットの手はその車を止めようとしたけれど車は本体にぶつかった。良介はその隙に緑刀を手に取った。
「おじさん!」と良介は叫んだ。車のところに行く。やってくるロボットの手を何本も斬った。
 良介は車のドアを叩き割った。
「おじさん!」
「良ちゃん、分ってたよ。これで由美のところに行ける」とおじさんは言うと眼を閉じて首がガクッとなった。良介は怒りに震えてロボットの本体を蹴り、さらに斬って斬って斬りまくった。ロボットの手が伸びて来て良介の身体を何本か刺したけれど良介はズバッとたたき斬った。勝った、と良介は刺された所を手で抑えた。するとロボットは本体が割れた。そこから人型のスライムのようなロボットが出て来た。
 ありさが立ち上って良介の所に来た。
「大丈夫?」
 良介は血を止めるように手で抑えてロボットから出て来たスライムロボットを見ている。
「よくやったな。褒めてやろう、だが、最後の本当の敵はこの私だ」とスライムは言った。
「おもしろい、私が相手になってあげるわ」とありさが言った。
「それにしても我が星のロボットをここまでやるとは、それにやられるとは」とスライムは言い交渉役を見ると交渉役に向ってスライムの身体からボール型のスライムが出て逃げる交渉役の後ろ姿を撃った。ボールは交渉役の身体を貫通した。交渉役は倒れた。
「役立たずだ」とスライムは言った。
 ありさは消えた。スライム型のお腹がありさの蹴りでへこんだけれどすぐに元に戻った。
 ありさは手裏剣を投げた。投げたけれど手裏剣はスライムに吸収され逆に勢いよく投げ返された。それをありさは避けた。ありさは今度は消えないで手裏剣を投げながらスライムに近づくと突きや蹴りを繰り出すけれどその力は吸収されてまるで効かない。逆に殴られたり蹴りを入れられたりして倒される。良介は緑刀を持って震えながら立ち上った。そして、力を振り絞ってスライムの所に行って袈裟斬りに斬った。スライムの身体は離れた。けれどまたくっついて良介を蹴った。良介を蹴った。良介はお腹を抑えて上半身をかがめた。その背中にスライムはパンチを浴びせようとする。ありさが飛んでキックを放った。けれど頭を蹴ったけれどすぐに元に戻るとありさのお腹にパンチを浴びせさらに蹴った。ありさは後ろに跳んだ。良介は身体を起こして切り刻むように何度も斬った。でも結局、元に戻った。
「無駄だ」とスライムは言い、掌底を良介の顔面に喰らわせた。良介は絶対に放さないと決めていた緑刀を思わず顔が痛くて手放して両手で自分の顔面を抑えた。カタンと金属の音が鳴った。スライムは緑刀を拾った。
「終わりにしよう」とスライムは言った。ありさは手裏剣を探したけれどない。身体が動かない。良介がやられる。そう思った。ポケットに手を入れると由美の落としたスーパーボールがあった。それを掴んで投げた。スーパーボールはスライムのお腹にささりかなりお腹が伸びた。スライムはお腹を抑えた。スーパーボールは転がった。ありさはこれは効くと思いスーパーボールを拾った。
拾うとすぐに投げた。スライムは生身の人間が硬球の野球ボールをくらったかのように痛がっている。身体にあたってはねたボールをありさは拾ってまた投げる。スライムにあたったけれどスライムはそれを拾おうとする。良介がスライムを押した。するとスライムは前につんのめってスーパーボールを踏んでこけた。スライムは起き上がると緑刀で良介を斬ろうとするけれど良介は上段に上げた奴の両腕を持って止めた。スライムは良介のお腹を蹴った。良介は倒れた。するとありさがとび蹴りを食らわすけれどそれは効かない。ありさはすぐにスーパーボールを持ってスーパーボールで殴った。それは効いた。スライムは緑刀でありさに襲い掛ろうとする。ありさはスーパーボールを投げた。お腹にあたった。その隙に良介が刀をスライムから奪った。ありさはスーパーボールを取ろうとする。けれどスライムの方が先に起きてボールを取ろうとしたありさの肩のあたりをサッカーボールのように蹴り上げた。良介はスライムの右足を斬った。斬ったけれどまたくっついたスライムは良介の方を向いて殴り、蹴った。良介はそれでも緑刀は放さない。ありさがスーパーボールを取ろうとした時、スライムは気づいてありさを蹴った。ありさはそれでもスーパーボールを取ろうとするけれど蹴られて蹴られて遠ざかって行く。身をかがめてカメのような形になった。その背中をスライムは踏むように蹴り続けた。
「やめろ、いい加減にしろ!」と良介は言い、スライムを腫れた顔で睨み緑刀を持っている。
 スライムはふっと笑った。良介は緑刀でスライムを斬るけれどすぐにくっついた。スライムは良介のお腹を殴り胸を蹴った。良介は後ろ転んだ。スライムはありさの方へ行った。ありさはずっとカメのようにうつ伏せに背中を丸めている。
 ありさはスライムの足を見ながらゆっくりと立ち上った。スライムはありさを見て良介も見た。
「さて、やはり女からにしよう」とスライムは言った。ありさの長い髪がぐったりと乱れている。身体はボロボロで疲れ切っているけれどスライムを暗闇から睨むように見ている。スライムはありさの胸倉を掴もうとした。ありさは首を垂れた。スライムは胸倉を掴んで起こす。ありさは顔を上げると毒霧を吐いた。ありさの吐いた毒霧はスライムの顔にまともにあたりスライムは顔面を抑えて地面を転げまわっている。
「あら、ロボットでも毒霧は効くのね」とありさは笑いながら唇の口角から垂れた毒を袖で拭った。ありさはスーパーボールを転げまわっているスライムの身体に思い切りぶつけた。スライムはスーパーボールが当たった所も抑えた。するとありさはスライムの顔面に追い打ちを掛けるようにまた毒霧を吐いた。スライムは動き廻っていたけれど動かなくなった。
「勝ったみたい」と良介を見てありさは笑った。良介はありさの唇に残っている毒を見て気持悪いと思い顔が引きつった。ありさが良介に近づいた。
「大丈夫? 顔腫れて」とありさは笑いながら良介の顔についている血を指で拭った。
「やめろよ」
「何照れてんのよ」
 ありさは笑っている。良介はおじさんのそばに行った。車の中にはおじさんが眼をつぶっている。ありさもやって来た。ありさが時空間の入口の方を見て驚いた。良介も時空間の出入口の方を見た。誰かが入って来たのだ。
 ありさはぞっとする。まだ戦うのか! よく見るとどこかで見た事がある。
「あれ? 大地の同級生じゃない」
「間違って入って来たのかな?」と良介は大地の方を見た。大地が肩にR1を乗せて良介とありさのそばまで来た。
「最後の敵だ」とR1が言った。
「どういう事? 同級生じゃないの?」とありさは疲れた声で言った。
「R1の言う通りだ。最後の敵だよ。でも、僕がやる」
 風太は大地達のそばまで来た。
「よく、暗黒星のロボット達、最後のロボットプリンスまで倒したね。すごいよ」と風太が言った。
「あなた、大地の同級生じゃないの?」
「いや、多分、亡くなった子供の身体を借りているんだ」とR1が言った。
「じゃあ、本当の中身は?」
「アイツは俺と同じ星の人間であり、ロボット軍団を操っていた張本人だ」
「どういう事? あなた達の星は暗黒星のロボット軍団に負けたんじゃないの?」
「いや、本当は勝ったんだ。最後の最後で我々は勝利した。それまで我々の星は戦争ばかりやっていた。けれどロボット軍団が攻めて来た時、今まで争っていたけれど団結して戦った。話した通り、奴隷にされた仲間もいる。けれど最後に勝った。我々は戦っている間にロボットを捕らえて研究した。それで我々のテクノロジーは何年も早く発達した。それで何をしたか? 暗黒星に攻めに行った。最初は奴隷になった人達を助ける名目もあったけれど、勝って逆に暗黒星を植民地化した。さらに発達したテクノロジーを盗んだ。企業は大儲けをした。そして、その企業がある国は力を持った。けれど、やはり、平和を望む人達もいて、我が星は二つに別れて戦争を行った。ロボット兵器を作り続けた。さらに違う星を責めてそこで奴隷を連れて来て兵士にさせたりロボットを作らせたりした。そして、地球にもやって来た。私はそれを止める側であったのだ」
「じゃあ、彼が地球を植民地化しようとする側って訳?」
「そうだ」
 風太は立って見ている。
「違うよ。その小さいロボットが地球を自分の物にしようとたくらんでいるんだ」と風太が言った。ありさと良介は大地の肩に乗っているR1を見る。
「騙されるな。今まで何の為に闘って来たんだ」とR1は言った。
「どっちなの? いったい」
 良介は壊れた車の中で眼を閉じているおじさんを見た。
 大地は風太に近づいた。そして、R1を掴むとその前で思い切りR1を叩きつけた。良介とありさは驚いた。
「これでいいんだろ。じゃあ、キミはどうするんだ?」と大地が風太に言った。すると風太はニヤッと笑った。
「よくやってくれたよ」と風太が言った。
「もうR1もキミもいらない。地球にはいらない。だから、キミも帰れ」
 風太は笑った。
 風太と大地。風太はすごい眼で睨むと全身からすごいエネルギーを出した。その風圧をありさと良介は感じた。壊れた車も揺れている。風太の前にいる大地の髪がその風圧で逆立っている。
 壊れたR1がその風圧で大地のそばからすべるようにガーと音を立てて滑って後ろに行った。
 大地は眼をつぶった。
 
 良介が持っている緑刀が緑色に輝いている。ありさと良介は穏やかさを感じだ。風圧を感じていて立っている事も困難なのにだ。緑がよく映えた森の中にいて遠くで虹を見ているような気分になった。ありさは遠くを見ようとする。良介は何かを探そうとしている。
「僕の夢は公務員になる事です。それは安定していて休みがちゃんとあるからです。私の夢は小さいケーキ屋さんを開く事です。昔、美味しいケーキ屋さんがあったけれど、もうおじいちゃんになってそのケーキ屋さんはありません。私はそこのケーキが大好きでした。そこのイチゴのショートケーキとモンブランが大好きでした。小さい街ですが、そこに美味しいケーキ屋さんを開いて小さい子供達に食べてもらいたいです。僕の夢は科学者だ。その為に古都大学に入った。将来は研究室で働きたい。それと、この夢は恥ずかしいけれど、ギタリストにもなりたい。将来バンドを組みたい。でも、こっちはやっぱりないかな、でも、有名になってドームとかでライヴやってみたいとは思っているけれどやっぱり科学者の方が現実的だと思う。私は地元が好き。この街が好き。大学は大きな街の女子大に入ったけれど卒業したら戻って来るつもり、この街で就職して結婚しておだやかに暮らせればいい。それがシアワセだと思う。あ、友達とジャズバンドをやるつもり。それは趣味よ。僕の夢は叔父さんのパン屋で働く事かなあ、でも、分らない。分らないけれど、結婚して子供は三人欲しい。私の夢? 夢って別に、近いところだと、空手の大会で型で優勝する事かなあ。私の型ってすごくキレイだと自分でも思うもの。顔もスタイルもよくて美人だねってよく言われるの。自分でもそう思う。私の夢はね、看護師になる事。おかあちゃんと一緒、おかあちゃんは優しくて働き者だった。スーパーで買い物している時ね、おかあちゃんが勤めている病院で入院していたおばあちゃんと会ってね、元気になって、おかあちゃんにとても優しくしてもらってとっても感謝している、ありがとう、ってすごく喜んでたの。私とってもその時、うれしかった。おかあちゃんが亡くなった時、たくさんの人が来てくれたの、おかあちゃんの仲間の看護師の人が来てみんな泣いていた。病院の先生も泣いていた。お父ちゃんも泣いていた。私、お父ちゃんの涙初めて見た。みんなありがとう、ありがとうっておかあちゃんの遺影に向かって手を合わせて泣いていた。だから、私もおかあちゃんのような看護師になりたい。僕の夢はサッカー選手だ。僕のママはパパと離婚して僕を一人で育てていてあまり裕福じゃない。だから、僕はプロのサッカー選手になってお金をたくさんもらってママに贅沢をさせたい。今度、ママの実家に引っ越すけれどそこでもサッカーをやろうと思っている」
 風圧に負けない大きな声だった。
 風圧は止み、風太は倒れた。
「私の負けだ。まさか、夢に負けるとはな、夢とはすごいな」
「みんなの夢を壊すような事は絶対にさせない。絶対にだ」と大地は倒れた風太を立って見下げて言った。ありさと良介が大地を見ている。
 大地の後ろからR1が足を引きずって来た。R1は風太の上に乗った。
「これでいい。キミ達がいるから地球は大丈夫だろう。私はコイツを連れて私の故郷の星に帰ろう。帰ったら、若者が夢を実現出来る星を目指そう」
 ありさと良介が大地のそばに来てR1の所に来た。
「ありさと良介よくやった。大地、キミとの生活は面白かったよ。君達や君達の仲間の夢が実現出来るように遠い星から祈ってるよ。じゃあ」
 R1と大地から光が出て遠くへ行った。時空間は解けるとあたりは真っ白な雪景色だった。
 うっ、と良介は傷付いた身体の痛みを感じた。
「大丈夫? 」
「これから、家に帰るのかよ。自転車で来てるんだぜ」
「押して帰らなきゃ」とありさは言い、車を見た。
「おじさんどうする? 」
「R1がやってくれるよ。とりあえず帰ろう」
 ありさと良介と大地は積った雪の中を震えながら自転車を押して帰った。もう雪は止んで太陽が覗いている。

 ありさは家に着くとすぐにお風呂を沸かした。傷は擦り傷と打ち身ぐらいで済んで、お風呂から上ると湿布を貼って温かいココアを作り、ドーナツを一袋全部食べて眠った。
 良介は震えた。積った雪にほとんど止っていたけれど血が落ちた。家に着くと血が着いた服を脱いだ。電話をして救急車を呼んだ。救急車は積った雪の中来た。近所の人が覗いた。良介はすぐに手術されて入院した。お見舞いには叔父さんと矢野さんや橋元や横山さんが来た。ありさや同級生達も来た。
「どうしたの? 」と同級生達は聞いたけれど適当に誤魔化した。
 大地は壊れたR1を他のプラモデルと置いている。あれからもうプロレスごっこはやっていない。新しいサッカーチームではキャプテンに選ばれた。
 もう、侍のオッサンも忍者のあんちゃんも出て来ない。

 大地はサッカーの試合をやっている。 
 緑刀は置いてある。
 手裏剣は机の引き出しにしまっている。投げたいと思う事があるけれど投げていない。
 ゴールデンウイークに親戚が花見にやって来た。小さいいとこがいる。忍者体験コーナーが設けられている。手裏剣コーナーがあり的に当てると景品をもらえる。小さい子供達がやっている。いとこがやりたいと言う。ありさはもう大きいけれど景品をいとこにもらう為にまずはやってみせた。あれ?全部外した。いとこがやると見事真ん中に当たって景品をもらった。
 いとこはもらったおもちゃを抱えてありさと手を繋いで歩いている。
 良介だ。もう一人そばにいる。三年生になりまた違うクラスになったけれど三年生になった良介はもて始めた、と噂で聞いた。玲奈達クラスの女性にあれだけ嫌われていたのにだ。それに良介は叔父さんの店で働いていた矢野さんの事が好きだったのではなかったのか。
「有野さんだ」
と言ったのは良介と歩いている結衣だ。結衣は頭の良い色白で背の高い女性だ。およそ中高生時代、恋愛はしない、女子と一緒にいるタイプだと思っていた。
「こんにちは。妹さん?」
「ううん。いとこ」
「かわいい」
 ありさは嫉妬だと自分で分った。なぜ、一緒に戦って来た美人で幼馴染の自分にこいつは告白しないのであろう。唇をいきなり奪って毒切を良介の体内に入れてやれば良かった。
「じゃあ」
と、結衣は言い、良介は何も言わずありさも何も言わなかった。
 親戚が帰るとありさは一人になった。別に良介なんて好きじゃないし、いいんじゃない。恋愛ぐらいして、と自分に言い聞かせた。引き出しを開けると手裏剣がありそのそばにスーパーボールがある。スーパーボールを握るとそれを壁に投げた。
 良介は傷跡がある。空手の稽古で胴着の下からたまに見える。背も高くなり大人っぽくなっている。最近ではカッコいい、と空手に通う女子や男子も言っている。なぜ、あんなに近くにいたのに、自分じゃないのか、ありさは力が入って思わず思い切り壁に投げた。投げたスーパーボールは壁に跳ね返り、反対側の壁にも跳ね返り部屋の中で暴れ廻りやがて収まった。それを握ると引き出しに戻すその前に顔に近づけてキスをした。
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