ラララとルルル

内川気分

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ラララとルルル

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   ラララとルルル
       
 私は家に帰った時もらった塩で身体を清める事をためらいました。だって、亡くなったのは幼馴染の葉ちゃんなのです。この塩を振りかけたら葉ちゃんのすべてを振り払うようで、でも振っちゃいました。あんなに泣いたのは久し振りです。小さい頃から私はほとんど泣きませんでした。姉の美郷とは十歳も離れているから姉妹ケンカをやった記憶がなく、両親からも優しく育てられていて泣く事がほとんどなかったからです。葉ちゃんの母親と私の父親は幼馴染です。だから葉ちゃんとは家族ぐるみの付き合いでした。葉ちゃんは未熟児で生まれて、身体がとても弱く大人になるまでもたない、と言われていました。私はそんなか弱い葉ちゃんの事が大好きでした。守ってあげたい、という気持と頭が良く本をよく読んでいて利口で繊細な感覚があってそういう私にはない部分にとても魅力を感じていたのです。パパも葉ちゃんの事が好きで、男の子が欲しかったけれど娘二人なのでとても葉ちゃんの事をかわいがり私と葉ちゃんをよくどこかに連れて行きました。
「ミーちゃん」と葉ちゃんは私の事を言いました。私の名前は未来なのでミーちゃんなのです。私は小さい頃はみんなにミーちゃんと呼ばれていましたけれど、大きくなるにつれて未来と呼び捨てにされるか、未来ちゃんになりました。でも、葉ちゃんだけはずっと私の事をミーちゃんと呼んでくれていました。
「ミーちゃん、これから、続くんだね」と消毒臭いベッドのそばに座っている時、葉ちゃんは言いました。
「え? うん」と私はそれが最初何だろう? と思ったけれどすぐに人生だと分りました。もうその時は葉ちゃんは長くないと私も分っていて、私はいつも悲しい顔をしていたのです。病室は個室に変わり、窓には白いカーテンが掛っていて少しだけ窓を開けていたので風が入りカーテンを揺らしていました。照明やベッドの柵、そばにある引出、テレビそれらはすべてこの白いキレイな病室の中にあり、とてもつまらない物に見えたのです。
「僕はもういいよ、肉体はいい。つらいもん。ミーちゃん、ミーちゃんはシアワセにならなくちゃいけないんだよ、フシアワセなんてこれっぽっちケイケンしなくていいんだからね、そんなものいいからね」
 いつも葉ちゃんが見ていた世界は白いレース越しの世界です。
 私は斎場で泣いていると守君がそばに来てくれました。守君は葉ちゃんのお兄さんです。
「未来ちゃんありがとう。よく葉の所に来てくれて」私はわんわん泣きました。守君は私の背中に手を優しく置きました。
「こんなに葉のために泣いてくれるなんて良かったなあ」と守君は葉ちゃんに言うのです。私はすごく泣いてブレザーのすそで目元を拭きました。別の場所には料理が用意されていて、葉ちゃんの高校の生徒や、小中学校の同級生達はもう帰りました。会場には親戚や近所の人が残っているだけです。私と私のパパとママはおじさんに呼ばれ席に着きます。守君が私の両肩に両手を置きました。
「さあ、未来ちゃん、ご馳走だろう。いっぱい食べてよ、その方が葉も喜ぶんだから」と守君は言
います。私は眼の前にあるご馳走を見ます。ご馳走ばかりで私の好きな物ばかりです。大人達はビールを注いで飲んでいます。守君やおじさんは来てくれた人達にビールを注いでいて、おばさんは元気がなくパパとママがなぐさめています。守君が戻って来て、パパにビールを注ぎます。
「さ、おじさん飲んでよ」
「いや、車だから」
「おばさんが運転すれば、ねえ、おばさん」
「うん、いいわよ。私運転するから、パパ飲んでよ」とママが言い、パパはそれじゃあとグラスを持って守君にビールを注いでもらっています。
「あ、美郷ちゃん、来てくれたんだ」と守君が気づいた先には私の姉が立っていました。姉は背が高く美しく小さい頃から才女で大学時代にはミスキャンパスに勝手に選ばれました。でもその美しさは高級品のナイフみたく冷たい感じがしていて、妹の私ですら近づくのをためらうのです。今は外資系の企業に勤めていて忙しく働いていてきっとここには来ないで電報で済ませるのだろうと思っていました。
「ごめんなさい、遅れました」
「いやあ、来てくれてありがとう」と守君も照れて言います。私は美人なら何でも許されるのか、とこの姉を見るといつもどこかでそう感じるのです。
「今朝着いたのか? 」とパパが姉に聞きました。姉は出張で海外に行っていて知らせを聞いてそのまま着替えて来たのです。姉は今一人でマンションを借りて暮らしています。姉はおばさんとおじさんにあいさつをして戻って来ると守君に言われ彼の横つまり私の正面に座りました。
「ビール飲む? 」と守君が姉に言いました。
「大丈夫」と姉は首を振りました。
「美郷ちゃん飲まないんだっけ? 」
「ううん、今日はいいの」
「お腹減ってるんだろ、いただいたら」とパパが言いました。
「うん、じゃあ、食べていい? 」
「どうぞ、どうぞ、遠慮なく食べてよ」と守君は言いました。
「いただきます」と姉は正面に飾ってある葉ちゃんの写真に手を合わせると食べ始めます。まずお椀の蓋を開けるとそこに割り箸の先を入れて濡らしてから飲みました。私はお腹が減っているけれど食欲が失せて割り箸を置きました。姉は喪服です。キレイです。相変わらず美しいです。髪も長く後ろで束ねています。眉毛もきりっとしています。私の髪は耳に掛るぐらいのショートで眉毛は重く、高校の制服です。守君は姉に気をつかい話掛けています。私のお腹がぐうと鳴りました。
 姉は私のことなどまったく気にせず、食べています。お吸い物を飲んでいる姉を見ていると眼が合いましたが姉はさっと他の方を向いて天ぷらを食べます。
「おい、未来、食べないのか」とパパです。まったく鈍感です。幼馴染が亡くなったんですよ。悲しくて食欲がないんだな、と分かりそうなものでしょう。ああ、私は天ぷらが大好きです。食べたい、姉が早く帰ってくれれば急いで食べるのです。パパがなんと私の天ぷらに手をつけました。
「未来食欲がないみたいだから、美郷食べてやれよ、さわらとか刺身とか好きだろ」
「ええ」とパパが勝手な事を言って私の眼の前で私の料理を二人で分け合います。図々しい親子です。もう、嫌! 結局私はほとんど何も食べないまま食事は終りました。
 姉はおじさんとおばさんにあいさつをして、守君と話をするとパパとママに話掛けて一人マンションに帰って行きました。贅沢にもタクシーで帰りました。電車で帰ればいいのに! と私は空腹のお腹で思いました。
 翌日の月曜日には私は普通に学校に通います。いつもとまったく変わらない。幼馴染を失っていても誰も私の心の中にまで介入する事なくいつもと同じ学校生活を送るのです。私は何かを叫びたい、と思うような思わないような、幼馴染が亡くなったの、と誰かに伝えないような、伝えたくないような気分で心はざわめいています。葉ちゃんが亡くなったのは葉ちゃんと葉ちゃんの家族と葉ちゃんの事が好きだった人達の不幸で他人には関係ないのです。私は生きているのだからシアワセなのかなあ、と最近よく考えるのです。
「ミーちゃんはこれからいろんな事があるんだから、大変だな、でも絶対シアワセにならなきゃいけないよ」と葉ちゃんが言ってくれた言葉が思い浮かびます。
 私は窓を開けた教室で中に入ってくるそよ風を受けながら授業を受けます。

 私は私の住んでいる街が緑丘だと言う事を知っています。でもそれがカレーの街だとはまったく知りませんでした。それもそのはず、この街はニュータウンで同じような住宅が並んでいてさも人が多く発展しているのかなと思えばそれはもう何十年も昔の話でマンションも老朽化して、住んでいる人達も当時若くてやれヒッピーだパンタロンだ、それこそ男性もロン毛に口ひげをはやしていて就活の時にはそのひげを剃り髪も短く刈り込みサラリーマンとなって住み着いた人達ですがもう会社を定年になって老後をすごしている昔のロン毛のせい男性は剥げている人がほとんどで、その子供達は独立して新しい街の新しい住まいで生活しているのです。私の家は一軒家なのでそんな現状を知りませんでした。人口の流出が激しくて街に活気がないので昔の活気を取り戻そうと町おこしでカレーを名物にしようと始めたのです。そこで今度やるカレー祭りの大鍋カレーを作るメンバーの一人に女子高生代表で私は選ばれました。メンバーのリーダーはインドやタイなどカレーの美味い国に一回も行った事がないくせにカレーショップを経営している田上のおっさんで、他のメンバーは弁当作りが好きでブログとかやっている主婦のメグミさん、単なるベテラン主婦の星村のおばさん、ほとんど毎日インスタントのカレーを食べている工業大学の大学院生の矢部です。私達は会議室に集まって意見を出し合い真っ二つに別れました。私とメグミさんとおばさんは普通のカレーがいいと言い。おっさんと矢部は本格的にいろんなスパイスを入れて作りたいと言うのです。おっさんの店のカレーは私は食べた事はないのですが、食べた事がある人によると家庭のカレーのような味だそうです。
「本格的なカレーじゃなきゃ意味がないじゃないか! 」とおっさんはどんと机を叩いて言います。
「そうですよ。ルーも作らなきゃ、そんなスーパーで売ってるルーを入れて家で食べてるカレーを出してどうするんですか? 」と矢部は生意気な事を言いました。
「そんなの、本格的なカレーなんてめんどくさいわ。野菜切って肉炒めてルーを何種類か入れれば美味しいんだから」と星村のおばさんがもっともな事を言います。
「何い! カレーをなめるな」とリーダーのつもりでいるおっさんは怒って立ち上がりました。タバコを吸って来るとそのまま会議室から出ると、メグミさんも、と出て行きました。タバコ吸うんだ、と私はメグミさんにそんなイメージがないので驚きました。おばさんは退屈しのぎにポータブルゲームをやり、矢部は教科書なんか出して勉強をしていますけれど、かわいい女子高生の私が気になって仕方ないのかこちらをちらちらと見ているのがとてもよく分かります。ハハハハとチーフのおっさんがメグミさんと笑って来たので私は安心しました。議論は続き本格的にやるならばナンを焼かなければ行けないじゃない、とおばさんが言うと、男性チームの勢いが弱くなりました。おっさんの店は洋風カレーなのです。
「ナンぐらい焼けばいいじゃないか! 」と矢部は言いましたけれど、窯はどうする? 作り方は? ネットで調べるさ、めんどくさいからアンタ達が焼けば、と女性チームと言ってもおばさん一人がまくしたて、と言ってもメグミさんも私も同意見なのです。おっさんはナンを焼くのは素人だから焼きたくないらしく、断ったので矢部が孤立! インド人に教えてもらって修行すれば、あんた一人でやりなよ、ナンを何百枚も焼きなよ、と母親でもない年配の女性にきつく言われた若い男性の矢部は生気を失い、それ以後はまったく発言しなくなりました。結局、カレーは私達が提案した普通のカレーにまあちょっといろいろ、スーパーで売っているスパイスを混ぜればいいじゃんって事に決まりました。私は家に帰ると制服夏バージョンのまま冷蔵庫から冷たい牛乳を取り出して一リットルの紙パックをそのままシステムキッチンにもたれたまま飲みます。外は暑く良く晴れています。制服は白い半袖シャツに紺色のスカートとシンプルです。靴下も白、私は短い髪がよく似合うね、と髪を思い切ってからよく言われます。由美も圭ちゃんも長かった髪を切って短くしました。由美なんてぜんぜんもてなかったのに思い切って切ったら良く似合って最近では男子の注目が集まっていて最近よくCMで見掛けるけどあの子だれ? みたいなこれから売れるだろうなあという女優みたいです。私はクンクンと汗がひいた自分の脇をかいでみるけれど臭いません。からになった牛乳パックを洗って解体して平べったくします。あとでスーパーに持って行くのです。私はそのまま自分の部屋で昼寝をします。私は寝る事が大好きです。姉も寝る事が大好きで一緒に暮らしていた時はよく寝ていました。だからあんなに背が伸びたのかも知れません。友達が寝不足だの、昨日、三時間しか寝てないよ、と自慢するように言うのが少し大人みたいに中学生の頃思えて、私もあまり眠らないように深夜まで起きていたけれどそれがとてもアホらしいと分って今では眠れる時は寝ておこうと寝ています。
 翌日はカレーの研究費のためもらったお金でマキと由美を誘ってカレーをあちこち食べに行きます。私は予想していましたけれど矢部に一緒に食べに行かない? と誘われましたけれど、行かない、とハッキリ断りました。私は実行委員から他の人よりたくさんもらいました。だって、他の連中はカレーなどあまり食べないで飲んだりパチンコや競馬に使うに決っています。私は友達の分も請求します。だって一人でカレーを店で食べさせる気? と言いました。当然、交通費、その後のデザート、太ったらエステに行かなきゃと請求してお金をもらいました。バスに乗りました。バスの運転手はベテランですけれどどこかやさぐれていて、もちろん帽子はまっすぐかぶっていますが、なんか斜めにかぶっているみたいに見え、耳にかかった伸びた髪が余計感じを悪くさせていて、足も大股で開いていて、アナウンスも乗客が何を言っているのか分らないようなやから口調で喋るのです。運転も乱暴でゆっくりと入って来たおばあさんは不安で震えています。外は曇っていて小雨が降り始めています。停留所に停まって扉が開いた時、ゴールデンレトリバーが飼い主の主婦とカッパを着て散歩していて、カッパから出た部分はしっとりとその長い毛並が濡れています。アスファルトも濡れ、肉球濡れないのかしら? と私はぼんやりと席に座って見ています。カレーを食べる気分ではありません。カレーはやっぱり晴れた日に食べたい。赤く細長い円柱が眼に入り、それが赤い唐辛子に私の中で変わりました。私はカレーの事なんて考えちゃいけないわ! と思いつつ深く深く考えます。キャンプのカレー、子供会でキャンプに河原に行った時に食べた。あの時葉ちゃんもいたんだっけ、あの頃は体調も良くキャンプをしても大丈夫だった。あまりそういう体験をした事のない葉ちゃんはイワナ釣りやカブトムシを採ったりしてとても喜んでいました。私達は五年生でした。もう中学一年生だったけれど特別に参加した剛君が葉ちゃんをとても気遣って周りの子供達と仲良くさせたり、さらにちょっと危険な沢を歩く時などはおんぶまでしました。私はあの時の事を想い出すと涙が出ます。マキと由美は後ろでお喋りに夢中です。ああ、あの時の葉ちゃんはみんなと走ったり、相撲までとっていて小さい子供とやっても勝てませんでした。それでも剛君は手を抜く事なく葉ちゃんを投げていて葉ちゃんは投げられても投げられても立ち上がってうれしそうに笑っていました。ああ、だめ、もう嗚咽しちゃいそう! 私は学校が違っていたのでフダンはどんな学校生活を送っているのか分りませんから、ドッジボールをやらず、教室に残って窓の外で遊ぶ同級生の元気な姿を見ているのだろうと思っていたからこうやって男の子同志で遊んでいる仲の良さを見るとうれしいのです。私は剛君と仲が良かったけれど決して男の子達の邪魔はせず、女の子達といて見ていたのです。花火もやりました。打ち上げ花火を見上げている葉ちゃんのあの横顔、身体は弱いけれど精神の強さを見ていたのでしょう。私は涙を拭います。剛君は大きくなると金髪で暴走族オレンジアイアンのトップ5にまでなりましたがずっと心優しく葉ちゃんの告別式に来ていて私の頭をなでて帰りました。今は高校を卒業して大工さんとして働いています。頭は金髪です。
「ここよ」とマキが案内してくれたのはカレー屋と言うより、昔の喫茶店という感じの建物です。中に入るとカウンターの中の厨房に四十代ぐらいの女性が立っています。私達だけかと想像していたら、カップルやおっさんや家族などがいます。カレーとバナナジュースを頼みました。他に美味しそうなオムライスやナポリタン、ミートソースもあります。カレーは美味しかったです。カレー屋なのに喫茶店みたいに何でもあるのね、とマキに言うと、何言ってるの、カレーが美味しい喫茶店よ、と言われ納得しました。次の店は大盛チャレンジの店です。私達が入るとすでにデブが二人挑戦しています。店内はデブばっかりでデジャヴみたいです。よく分からないけれど。衝動的にデブ! と傷付ける言葉を言いたくなりました。チャレンジコースは大盛カレー、激辛カレー、大盛で激辛カレーです。それを三十分以内に完食すればただになります。
「チャレンジしますか? 」と店の店員の男性に笑顔で言われましたけれど、そんなに食べれないし、それに味が美味しいかどうか分らないのでする訳がありません。案の定デブは二人とも失敗して高い料金を払っていました。もったいない。カレーの味が不味かったら普通の量でも残すわ、と私はデブ達が残したカレーを見て思うのです。私達は七倍カレーを一皿だけ頼みます。店員は三人いるのに一皿しか頼まない私達を不思議な眼で見ていますけれどいいじゃん、と思うのです。カレーは辛くて美味しいのか不味いのか分りません。けれど私はもったいないので残りを全部食べました。
「はい、お客さん見事達成です」と店員に言われ、メガネを掛けた暗い二十代の男性は汗をハンカチで拭きながら驚いています。店員に写真を撮られようとして断っています。
「僕は普通に辛いカレーを食べたかったからでチャレンジしたんじゃないんです」
「ぜひ、百倍カレーを食べた人は初めてですからぜひ」
「困ります」
 男性と店員の奇妙なやり取りが続き、店員はなぜかぶち切れ気味で男性は客なのにそのまま金を払って恥ずかしそうに出て行きました。
 私達も店を出ました。口の中が辛く熱いのでコンビニでアイスを買って食べました。次は本格的なカレーで店もエキゾチックでお香を炊いています。店内は洞窟のように暗く奥に長く続いています。なるほどいろんな種類のカレーがあります。私達はもうお腹はいっぱいなのでまじめにレポートなんて書かなくてもいいと最初から思っていたのでアイスティーだけ頼んで、奥の小部屋で占いをやっていると言うので、由美が占って欲しいと言うので行きました。奥の部屋を覗くとショールを肩に掛けたエキゾチックな顔をした女性が座って少年あ、ジャンピを読んでいました。私は今週号を読み忘れていてコンビニに行くともう売ってなかったので読みたいと思いました。
「ただですか? 」と由美が聞きました。
「もちろん、お金はもらいます。どうぞ」と女性は座るように言いました。とんでもない、カレーを食った客から金を払うなんて、客寄せパンダのくせに! 由美が占って欲しいと言うので、私はいいよ、とお金を経費から払う事にします。由美には好きな男性がいて、その人と結ばれるかどうか、と聞きました。私は女性が少年あ、ジャンピをそばに置いたので読んでいいか? と聞くとうん、と頷いたので読み始めました。
「その人には今、恋人も好きな人もいないわ。だから、告白すれば、いいじゃん。きっと上手くいくわ。二人の相性はばっちりよ」と由美は言われ喜んでいます。私はまだ読み終わらないのでマキも占ってもらったら、と占わせました。占いが終ると残ったお金で映画に行き、カフェでパフェを食べました。帰りにカレーパンの評判の店がありましたけれど興味ないのでさっさと帰って適当にレポートを書きました。案の定、発表するとみんなこんなものだろうと言う感じで聞いていました。だいたいもう作るカレーは決っているのですから。
 前日は大きな鍋でカレーを作ります。みじん切りにした玉ねぎを大量にじっくりと弱火で炒めます。そうすれば甘味と深みと濃くが出て美味しいんだとチーフのおっさんはみんなが知っている事を言います。そんな、忙しい家庭でじっくりと玉ねぎを炒めている暇はありません。矢部がなぜかおっさんに言われ、炒める事になりました。おっさんにいつもそうやって作っているのだから、店で作ったのを持って来てよ、とおばさんが言うとおっさんは忙しいし、あれは店のだから、と断りました。おばさんが私にあそこの店自分でほとんど作ってないのよ、業者に頼んで業務用のレトルトを買ってそれに味付けをしているのよ、と教えてくれました。私はそんな事だろうと思います。野菜に肉は安上がりの豚のミンチを使います。情熱はどこへ? と言った感じですが、そんなもの最初からないのです。出来上がったカレーは普通のカレーを大きい鍋で大量に作りましたよ、と言った感じで、普通に美味しいです。カレーうどんも作る事を言っていましたけれど、どこにでもあるのでカレーパスタになり、茹でたパスタにカレーを掛けるだけで、食べてみて、そうだね、パスタにカレーを掛けただけだね、と私は納得します。私はそれでも女子高生で若いからちょっと情熱を持っていて、カレーパンを提案しました。するとあれは油を大量に使うので危険だ、それに中の具をまた作らなきゃ、いけないと却下になり、気分を害しました。当日は良く晴れています。カレーフェステバルが始まりました。誰も来る訳ないじゃん! 由美もマキも行く訳ないじゃん、と言っていました。その通りだと私も思いました。ところが予想に反してすごい人です。家族やカップル、老人、さらにはお腹を空かせたブサイクな男の集団、どこかの大学の汚い体育会系の連中でしょう。さらに暇な中学生達でいっぱいなのです。さらに私が驚愕したのはプロジェクトの一員である私の知らないぬいぐるみキャラがいます。カレーライオンと名乗っていて、まるっきりかわいい顔をしたライオンで、カレーが好きなのだそうです。そいつは風船を持っているからちびっこ達に大人気です。風船をもらってちびっこは大喜びです。でもしくじって持っていた大量の風船を放してしまい大空に舞い上がっていて、手が肉球の奴だから持ちにくいんだよ、とキレ気味に関係者に言っています。誰が入ってるんでしょう、がらが悪いです。もう安いからデブや貧乏人がカレーをたくさん食べていて、さらにテレビ局も来て取材しています。
 私が企画した激辛チャレンジコーナーは恥ずかしいから誰も食べに来ないと思っていたら多くの人がやって来たので私は驚きました。成功すれば商店街の割引券がもらえます。百倍とか何倍とか基準がこっちにはないので適当にでも成功されるとこの不景気なのに割引で買い物されても困るのでたくさんタバスコを振ってやりました。辛いなあ、と参加者は一口食べて適当な辛さを実感しています。結局成功者はそれでも数人でました。えらく若い男性が多いなと思っているとなんてことはない、セクシータレントをゲストで呼んでいたのです。集まっている大半は矢部の通う工業大学の大学生達です。舞台に立っているセクシータレントの写真を撮っています。カレー喰って、写真撮って、みたいでとても私は嫌な気分です。私はお昼休憩にはおにぎりを食べました。予定よりも早く用意したカレーが完食になりそうで、調子に乗ってまだ作ろうとか言っているのでもういいじゃん、と私は思いますが、さすがにフツーのカレーだけれど一晩寝かせているので時間が掛かるからと言い、大量にレトルトのカレーを買って来てそれをみんなで切って鍋に入れて温めました。これを試食するとっても美味しかったです。テレビのクルーも来て取材しています。ちょっと有名なグルメポーターがカレーを食べて美味しい、と言っています。家族連れのおじさんも取材を受けていて、手作りで大量に作っているから美味しいと言っています。レトルトなのに。この街のカレーは何が特徴なのか? とリーダーが聞かれ、スパイスです。と完全にウソをついていました。由美の好きな男性がぶさいくな女性を連れて来ていました。メグミさんの作ったプリンが好評でした。これを名物にした方が良いと私は思うのです。カレーフェスタはごちゃごちゃでしたが好評でした。私はカレーの香が取れなくて不快な思いをしました。街はそれからまったく何も変わっていません。カレーの街なんて誰も思っちゃいません。公園は寂しくそれでも子供が来て遊んでいます。カレーフェスタのポスターがまだ貼ってあったりもします。それでもメグミさんの作ったプリンが評判でインターネットで販売され爆発的な人気になっています。ミユキちゃんが遊びに来て映画に行きました。お昼にカレーを食べたいと言うのでカレーを食べに行きました。インドカレーでとても美味しかったです。来年、ミユキちゃんはインドにカレーを食べに行くつもりです。
 
 ちょっとブレイク! 未来の女子高生アンケート。女子高生に聞いたよ、街でハゲでデブに会ったらどう思う?
 あ、デブだと思う。30% あ、ハゲだと思う。20% あ、デブでハゲだ50%。
 デブでハゲだと答えた人に聞いたよ、どっちが先に眼にとまる? デブ70% ハゲ12% 回答拒否8%。
 Aちゃん「ハゲはもう取り返しがつかないけどデブは怠慢でしょ、痩せろって感じ」
 Bちゃん「でもハゲでもカツラがあるじゃん、増毛もあるわ」
 Cちゃん「どっちでも手は打てよって感じじゃない」
 Aちゃん「私には関係ないからどうでもいいわ」

 私は優遊亭風太師匠の弟子になりました。師匠は落語家の中でも数少ない名人と言われる人物であります。話もピシッとしていて余計な物がなくそれでも面白いところがとても良いと思うのです。若い頃はとてももてたそそうで、白髪のオールバックでとても痩せています。師匠はもう二十年近く弟子をとっていませんでした。と言うのは一番弟子の優遊亭風像師匠は名人と言われ、たくさんのお弟子さんがいて、他のお弟子さん達もみんな真打でお弟子さんがいます。だから大師匠である風太師匠の所に弟子入りに来る人はほとんどいません。弟子入りすると失礼と考えているのとたまに来ても師匠がお弟子さんの中から紹介して弟子にするつまり孫弟子になると言った具合なのです。私はそんな事情は知らないので弟子入りに師匠の家に行きました。家は下町にあり小さい庭に縁側があり昔風の家なのです。部屋へ通してくれました。奥さんはもう二十年も前に亡くなっていて二人のお嬢さんも結婚して嫁いでいてお孫さんもいます。私はダメでもいいから何事も経験と自分に言い聞かせながら師匠に弟子入り志願しました。私はなんせ女子高生でそれに女性ですから。でも師匠はすんなりオーケーしてくれました。単純にかわいいと言うだけではないでしょう。なぜなら女性の孫弟子も三人いて三人とも最初、師匠に弟子入りしたのですが、師匠のお弟子さんを紹介されたのです。ちなみに美薗師匠はとてもキレイで、鶯師匠はふつう、小熊師匠はブスです。だから見た眼ではないのでしょう。もしそんな事が理由なら美薗師匠は弟子になっているからです。私は理由は分からないけれど弟子になれました。もし断られてお弟子さんを紹介されていたら私は断っていたでしょう。師匠の弟子になりたかったのですから。断られたらストーカーみたいについてまわったり、家の前で土下座したりなどやろうなんて考えておらず、あっさり下町を歩いてかき氷食べて帰ってベッドの上で音楽を聴こうと考えていたのです。だからとてもラッキーでした。ところがその数日後、大学を卒業した若い男性が弟子入りに来ました。もちろん、師匠は断りました。お弟子さんを紹介しました。けれど、男性は師匠の弟子じゃないと意味がないと言います。でも、もう弟子は取ってないと言ったのですが、私を取ったばかりでそこをつかれて、師匠も仕方なく男性を取りました。
「私はでも厳しいよ」と師匠はいつも優しい笑顔ですがそこだけはきっと鬼のような顔で言いました。男性もその時はびびりました。けれど弟子入り出来て喜びました。男性はテツヤと言います。私より年上ですが私の方が入門が早いから弟弟子になります。この世界は上下関係がとても厳しいのです。ある時、師匠の家に手伝いに来てくれる近所の主婦の竹ちゃんがテツヤに聞いたそうです。何で、師匠を選んだの? って。すると、師匠はもう弟子を取ってないから上に兄弟子がいないから気を遣わなくていいでしょ、それに師匠はもう年寄だからいろいろこまごました用事は言われないと思ったから、これ内緒にして下さいよ、と本音を言ったそうです。私は腹が立ちました。師匠の落語、芸人としての資質に惚れて来たのではないらしいのです。腹が立ちましたけれど、内緒の話なので私は我慢しました。でもそのあても私がいるから外れたのです。もちろん、私がいたから弟子入り出来たのですが、年下の女子高生を姉さんと呼ばなければならず、言う事は聞かなければならないのです。そこはなめていたのでしょう。私も年上だからどう呼んでいいのか悩みましたけれど、テツヤと呼び捨てにすることにしました。初めて呼び捨てにすると彼の私を見る眼は泳ぎ複雑な表情をしましたけれど、すぐはい、と返事をしました。それは私だけではなく同門はもちろん、他のお弟子さんの先輩達に対しても同じです。私と同期の高校を卒業したばかりの梅木ちゃんに対してもそうです。梅木ちゃんは梅林師匠の弟子です。私より年上ですが私とほぼ同じ時期に弟子入りして女の子同士でもあるのですごく仲が良いのです。彼女はもう前座名をもらっています。私達は掃除や雑用が仕事です。最初こそ、テツヤは仕事をよくやっていましたが、どうもそうではないようなのです。
「あれ、テツヤ遅いなあ」とつかいを頼んで帰りがちょっと遅いので口にしました。
「タバコ吸ってるのよ。この間も掃除あったじゃない、それで裏に行ったらタバコ吸ってたの」
「え、ほんと! 」
「うん、私注意したのよ。そしたら、すいませんて、すぐ消して戻ったけど、姉さんには言わないでくれって言ってた」
 私はあいつ、と心の中で言いました。最初はまじめな青年だと思っていました。けれど人は最初の印象と違う物だと分りました。人を判断するのは修正しなければならないと私はここで勉強したのです。どうもこいつさぼるくせがあるのではないかと思うのです。テツヤがいました。たばこの臭いがします。タバコは修業時代は禁止なのです。私は注意しようと思いましたけれど止めました。
「ちょっとこれ、竹ちゃんに頼まれた物買って来てよ」と私はメモを渡しました。テツヤは少し不服そうな顔をします。私はそれには我慢出来ません。
「あのねえ、私は他の用事があるのよ。何不服そうな顔、普通姉弟子にやっちゃいけない事じゃなくって」
「すいません」とテツヤは謝りましたけれど、心の中ではどう思っているのやら、どうぜ、女子高生め! となめているのです。けれど、けれどです。こういう所では人間関係を学ぶのが修行なのです。落語を単純に教えてもらい稽古する事だけが修行ではないのです。だから、自分より年下の人間に頭を下げたり気をつかったりするのも大切な勉強なのです。好きな人嫌いな人、合う合わないとか関係なく付き合わなくてはなりません。師匠が好きで入門しても兄弟子と合わなかったりする事だってあるのです。人は見かけには寄らないのもあります。テレビで人気があり落語会もいつも満席にする麦雲師匠が大嫌いです。まだ四十歳で、よく持てます。そのくせに私が高校の制服で楽屋に行くと嫌らしい眼で見たり、セクハラな言葉を使うのです。私はそれをセクハラだと言って訴える事はしない、それも勉強だと我慢しているのですから。だいたいテツヤは高校時代はサッカーをやっていたスポーツマンだそうで、身体も大きいのです。だから自分の方が腕力があるから上だと考えているのでしょう。けれどそんなのは子供の世界だけなのです。もし私がテツヤに殴られたら師匠がすぐ破門にするでしょう。それに警察に言います。警察で逮捕されて牢屋に入るのです。悔しい事もあるだろうけれどそういう経験をたくさんしてそれを落語にぶつければいい、そうして良い落語家になるのだろうと私は思うのです。
 夕食は三人で食べる事もあります。竹ちゃんが来ない日もあってその時は私が作ります。人参が安かったので人参のサラダに肉じゃが、ねぎの味噌汁を作りキュウリの浅漬けはスーパーで買った物です。テツヤはキュウリの浅漬けや味噌汁、肉じゃがの肉や玉ねぎ、糸こんにゃくは食べますがその中に入っている人参や人参のサラダは食べていないのです。
「人参食べなさいよ」と私は注意しました。
「私人参大嫌いなんです」とテツヤは苦笑いして言います。私はカーとなります。これがまだ小さい子供で私が小学校の先生ならじゃあ無理に食べさせても、子供がトラウマになっても、帰って親に報告されて文句を言われても困りますけれど、もういい大人なのです。姉弟子が作った料理を嫌いだからって食べないなんて逆の立場だったら私は我慢してまで食べます。
「テツヤさ、あんたもう大人よ。好き嫌いってあってもいいけど、修行中よ、しかも姉弟子の私が作ったのよ、食べなさいよ。これで他の師匠の家の食事に招待されておかみさんが作ってくれた料理ならどうなの嫌いなんですって残す? そんな失礼な事出来る? 」
「そん時は食べますよ」
「今も食べなさいよ。大人なんだから好き嫌いあっちゃダメよ、ねえ師匠」
「はは、まあね」師匠はトマトが嫌いで竹ちゃんから絶対に出さないように言われています。
「姉さんすいません、やっぱりダメです」とテツヤは食べないでギブアップしました。それに私は腹が立ちます。ウソでもいいから喰ってから吐けよ、です。
「ダメって避けてたらいつまでも克服出来ないじゃない、そうやって子供の頃から甘やかされてここまで来たのよ。眼をつぶってゴクリと飲み込めばいいんだから」
「いやあ、無理ですね」
「何でさ、やってもみないで言うの」と私は腹が立って持っていた茶碗をテーブルにきつく置きました。テツヤは生意気に溜息をついてうらめしげに私を見ます。それで肉じゃがの人参を箸でつまむとそれを口の中に入れました。それでいいの! テツヤは私にアピールするように口の中でそれを転がしてさらに思い切って噛むときつく両眼をつぶって噛みそれをゴクリと飲みました。一個食べるのに随分と大げさです。
「出来たじゃない、ほら、次はサラダよ」
「いや、それは生です、無理です、吐きますよ」
 根性なしめ! と私はテツヤを睨みます。
「じゃあ、いいわよ、今日は」と私はきつく言ってやりました。後片付けをしながら私は自分の不幸を考えます。兄弟子に嫌な奴がいるのも不幸だけけれどまさか弟弟子が気に入らないのもイヤです。お風呂から上った師匠の肩を揉みます。師匠はテレビで歌謡番組を観ています。師匠が観る番組や時代劇とかニュースとかは老人が観るような物ばかりなので私はつらいです。私は肩揉みが終ると家に帰ります。
 今度師匠の孫弟子にあたる風弥師匠が風助を名乗る事になり、その襲名公演が各寄席もそうですが、師匠の故郷の島でも行わる事になり、大師匠の風太師匠も島に行く事になりました。私とテツヤもついて行きます。師匠の着物はテツヤに持たせ私はバッグを持ちます。電車に三人で乗って駅弁を食べます。師匠は腰痛持ちで、電車に長い事乗って腰が痛いのか腰を触っています。
「師匠大丈夫ですか? 」と私は優しく声を掛けました。
「ちょっと痛いな、あっちについたら揉んでくれるかい」
「はい」
「未来ちゃんは腰を揉むのが上手いからなあ」と師匠は褒めてくれました。電車からフェリーに乗ります。師匠は疲れて眠っています。私は一人、船尾に行って船が通った後の海を見ています。潮風が私に触れます。私は耳に掛っている髪を耳の後ろに指でやります。もうすぐ島に着くので師匠の所に行きました。師匠は起きていました。テツヤは近くでポータブルゲームを熱心にやっていました。島に着くと風助師匠とその師匠の風鈴師匠が出迎えてくれました。他にも一門の人が何人もいます。協会から副会長の棒立師匠や風鈴師匠のライバル、餅介師匠も来てくれています。私は公演が行われるセンターの楽屋で師匠のマッサージを始めます。上に乗ったり首をボキボキと鳴らしたり、足の裏のつぼを指で押さえたり一時間以上マッサージを施しました。私も師匠も汗だくでした。
「ありがとう、楽になったよ」と師匠は褒めてくれました。
 開演時間前には会場はお客さんでいっぱいになりました。襲名披露の口上が行われます。各師匠が爆笑を取っています。風像師匠が入門した頃のエピソードを話し始めました。島では貧乏で島を離れて弟子入りに来た頃はやせっぽっちのまだ中学を卒業したばかりの子供で、やっていけるのだろうか? と思った。訛りがひどく兄弟子や先輩からバカにされ、一人でよく泣いていた。ある日、漫才の若手とケンカになりぼこぼこにされたけれど決して負けなかった。ケンカの理由は島をバカにされたと自分の前で正座して泣きながら腕で涙を拭いながら話した。努力では負けず、何度も何度も話した。小さい頃から押入れが好きで押入れでよく練習をしていた。長い努力の成果が真打になる前に急に出て変った。ちょうど今の年上の女房と付き合い始めた頃だ。固定の客もついた。マスコミでも知られて売れた。何よりいいのはこの島に恩返しをしたいとずっと思っていた事でそれには自分が売れる事だとあきらめなかった事だろう。それがいい名前を名乗る事になったのだ。これからも応援をよろしくお願いします、と頭を師匠が頭を下げると会場は拍手で沸きました。最後に大師匠の風太師匠です。
「この風助は私の孫弟子にあたります。風像が私の所に来たのはもう四十年も前の話です。風像は一度大病を患い生死をさまよいました。私も周りももうだめだろうと思っていましたが奇跡の復活をとげました。きっと内緒で食べたカステラが良かったのでしょう」会場は大爆笑です。私もきゃははと袖で笑います。ああ、見て島の人達のうれしそうな顔、隣のおばさんが隣のおばさんの肩を叩いて笑っています。
「その時いろんな芸人仲間がお見舞いに来てくれてその見舞い金でりっぱな家まで建てました」
 会場大爆笑。やるな! と私はお年寄りが素晴らしい笑顔で大笑いしているのが自分もうれしくなって笑顔になります。小さい子は笑ってないけど。何がおばあちゃんおもしろいの? という顔で隣のおばあちゃんを見上げています。
「その入院中にいろいろ本を読んだり、落語のテープを聴いたりしていたのでしょう、でも復活した時、つまらなくなった。けれど、この風助が一番弟子で入ってからまた変わりました。とても良くなった。弟子に教わる事もあるのでしょう。私も久し振りに二人の弟子を取りました。一人は女の子でまだ女子高生です。とても純粋で良い子です。私には娘が二人いてもう結婚していて離れて暮らしていますが、その子達の小さい頃を最近よく想い出すのです。小さい口でガムをかんでよく風船を膨らませていました。大きいね、って褒めてやると、いつか飛びたいって言ったのを思い出すのですな、やっぱり娘はかわいいです」
 師匠は私の事がやっぱりかわいくてかわいくて仕方ないのでしょう、師匠の前でガムを噛んだ事はまったくありませんけれど、でも、私はうれしくて感動しました。
「私はこの間、この孫弟子の落語を聴きました。良いんですなあ、とてもいいんです。どうか、皆様この風助を応援してやって下さい」
 風助師匠はずっと頭を下げています。会場は大きな拍手に包まれました。私はなんて温かいのだろうと感動してましたがふと背中に寒気を感じました。後ろを見るとテツヤの野郎が冷たい眼でこっちを見ていました。フン! 自分の話題が出なかったのですねているのでしょう、心の狭い奴です。その夜は地元で獲れた魚が並び宴会が開かれました。私は給仕をしながら美味しい刺身をいただきました。私はどこに行ってもだいたい一番の美人なのでいろんな人に呼ばれて師匠達にビールを注いだり話を聴いたりします。テツヤも餅介師匠にビールを注ぎます。
「いやいや、あのお嬢ちゃんの方がいいなあ、お嬢ちゃんこっちに来てよ」
「あ、はい」と私は呼ばれて行こうとします。
「いい、いい、こっちにいなよ、餅介なんかいいよ」と風像師匠が私の腕を掴みました。
「このスケベ何どさくさに紛れてお嬢ちゃんの手を持ってんだ、お嬢ちゃんこっちに来てよ、そんなどスケベのとこにいてもつまらないよ」と餅介師匠と風像師匠が私の取り合いで場を盛り上げます。
「いいなあ、師匠、こんなかわいい子を弟子に取って」と餅介師匠が風太師匠に言いました。師匠は笑顔でした。私はとにかく各師匠に呼ばれて忙しくてとても疲れました。翌朝早く眼が覚めて一人で海に行きました。波うち際で潮風を浴びながら私はとても遠くを見ていました。朝食を食べてみんなで帰ります。フェリーまで行っても各師匠に話掛けられて人気者でした。フェリーで見る海はキレイでした。良い想い出です。師匠を見ると師匠は一人黙って海を見ていました。みんなでよく写真を撮りました。その写真が楽しみです。フェリーを降りて駅でみんなで立ち食いうどんを食べました。とても美味しかったです。家に帰ってお土産の饅頭を食べてお風呂に入り晩御飯を食べて自分の部屋に行きました。私は海を想い出しながらラジオを聴きました。
 寄席に行くと掃除、お茶運び先輩のお世話など大変です。私は楽屋でも人気があり大人の師匠達の話し相手になったり、まだ若い先輩方の話し相手や確実に口説いて来る人もいてそのあたりをうまくかわしながら仕事をやっています。
「ちょっと誰かボンド、接着剤を買って来ておくれ」と布団師匠に頼まれました。私は忙しいのでテツヤを探しますがいません。外に出ると裏でテツヤが携帯をいじくりながらジュースを飲んでいました。
「こら! 何さぼってんのよ」と私が注意するとテツヤは一瞬やべえ、と言う顔をしましたけれどすぐに不服そうにムッとしてこっちを見ます。最近特にそうです。もちろん、理由は私が女性でしかも年下なのに注意されたり、命令されるのが嫌なのです。
「ちょっと私忙しいんだから早くこっちに来て、布団師匠が接着剤を買って来てって買って来て」
「は? 」
「は、じゃない! 早く」
「へん」とテツヤが言ったので私はムッとしました。どういう事なのでしょう? 完全になめられてる。私は腹が立ちました。
「早く」
「ふん! 」
 私は怒鳴ろうと思います。いい加減にしろって! テツヤは私を睨みながらスポーツドリンクを飲みそのペットボトルの蓋を廻しながらこっちをうかがっています。私も睨んでいます。でも私は女性らしく優しく冷静に対処するつもりです。
「どうしたの? 」と私が優しく言うとテツヤは不敵に笑いました。私に逆らうつまり姉弟子に逆らうと破門だと言う事を分っているのかしら?
「接着剤」
「やなこった」とテツヤは言いました。私はドキドキしました。言っちゃったわね、この人、スタートを切ったと言う事は同時にゴールのテープを切ったと言う事でもあるのです。アクセルを踏んじゃったんだ。鍵を廻しちゃったんだ。ボールを投げたんだ。イロイロ始まりの表現はありますがとにかく始まったのです。
「どういう事? 」と私はゆっくりと近づいて行きます。
「自分で行けや」とテツヤはにたにたしていた表情を止め厳しい口調で言いました。私はその瞬間足が止まり身体が固まりました。
「私は姉弟子よ」
「それがどうかしたのかよ」
「どうしたですって! 先輩の言う事は絶対よ。まして私は貴方の姉弟子よ」
「弟弟子が姉弟子に逆らわないとでも言うのかよ、ああ! 」とテツヤは言いました。まるで不良です。立ち上がりました。私はビビりました。テツヤが近づいて来て私に顔を近づけました。私は自分の足がふるえている事に自覚的でそれがテツヤにばれている事ももう分っています。私は完全にビビッているのです。だって私はか弱い女子高生なのです。これから何が起こるのでしょう。不安です。何が怖いと言って何が起こるか分らない事がとても怖いのです。私は間違っていないのです。完全に逆ギレした怒りに対してどうしたらいいのか分りません。私が男性で格闘技の経験でもあればぶん殴ってやればすみますが、中学の時バスケをやっていて高校では何もやってないのです。地域で護身術の先生を招いて行われた教室で、先生からとにかくあなたは逃げなさい。危険な場所には近づかないようにと言われてから危険な繁華街には行かないようにしているのです。
「おい女子高生、お前生意気なんだよ。俺は大卒の年上だぞ。それが姉弟子だからって調子に乗って呼び捨てにしやっててめえ、ぼこぼこにしてやろうか! 」私はテツヤに胸倉をつかまれました。
さんづけすればいいんですか? 
「や、やめてよ」と私は小さい声で言いました。私は見たくないのにずっとテツヤさんに眼を見ています。ああ、もうすでに心までビビッていてさんづけしています。楽屋から声がします。
「おーい、接着剤だ! 」
 テツヤは私の胸倉から手を放しました。
「は、はーい」と私は精大きな声で言いました。私は急いで楽屋に戻ろうとします。
「おい、分ってるんだろうな」とテツヤに言われ私は自分が情けなくなるぐらい素直に頷きました。それで行こうとするとテツヤは私の腕を掴みました。
「いいか、もし師匠や他の連中に言ってみろ、ただじゃおいかないぜ、何しろ俺の人生が掛っているんだ。俺は大学を卒業して就職をやめてこの世界に入ったんだぞ、それが今破門にされてもろお前のせいだぞ、人の人生めちゃくちゃにするんだぞ」ああ、そうか、もし、この事を言えばテツヤは破門彼は落語家になれないのです。テツヤの腕に力が入りました。テツヤに睨まれました。
「分ったんだな」と私は脅されうん、と頷きました。私は背中を反らせてなるべくテツヤから身体を遠ざけようとするとテツヤがいきなり腕を放したので私は勢いよろけながらそのまま走りました。私はドキドキしています。ずっとドキドキです。楽屋に戻って先輩や師匠達の顔を見てもドキドキでちっともおさまりが着きません。まるで勃起した中学生のチンポみたいです。ああ、こんなお下品な表現が平気で頭に浮かぶ程私のテンションは低くなっているです。師匠からお金を受け取り雑貨屋に走りました。走っているからドキドキしているのかそれともやはりまだビビッているからドキドキしているのか分らないのです。雑貨屋の優しいおじさんに触れても先程のテツヤのあの顔や態度、低い声が蘇ってずっと私は不安なのです。走って帰って師匠に接着剤を渡しました。
「おお、これこれ、ありがとう、お、どうした顔色悪いぞ」
「いえ、走ったからです」
「そうか、じゃあ、お釣りはあげるぞ、ジュースでも飲みな」
「ありがとうございます」私は師匠の優しさに触れても自分のテンションを上げる事は出来ず、逆に低さを求めるようにテツヤを意識して働きました。帰って電車に乗っても私はずっとこの状態が続いてご飯も食べないで眠りました。
 それからテツヤと私の立場を逆転しました。姉さん、兄さんが用があるって行って来てよ、姉さん遅いよ、姉さん早く早く、姉さん掃除は? 姉さんおつかい、姉さんちょっと肩揉んでよ、姉さん何その顔文句あるの、姉さんへへ何でもないぜ、ハハハハハハとテツヤの影でする高笑いが私の耳に響きます。完全に私達の立場は逆転したのです。これではよくあるエロ小説です。もちろん私は女子高生なのでエロ小説なんて読んだ事はないのですが、おっさんが大きな声で音読しているのを聞いた事はあるのです。私はすっかり痩せました。私は辞めようと思います。でも、実はそれさえもテツヤに脅かされているのです。今辞めると影で俺がいじめていると思われるだろ、辞めてみろ住所は分っているんだからね、姉さんと肩に手を置かれた時はすごく重かったです。
「未来ちゃん最近すごく疲れてない? 」と竹ちゃんに言われました。私はテツヤにみんなの前では元気よくふるまえ特に師匠の前ではじゃないと疑われるだろ、と脅されているのですが、やはり、疲れは隠せる物ではありません。
「ううん、ちょっと高校生だから疲れているの」
「そう、無理はダメよ」と竹ちゃんは優しく言ってくれます。夕食後私が帰ろうと思ったらマッサージをしておくれと師匠に言われてお風呂から上って来た師匠にマッサージをしました。テツヤはお風呂に入っています。私は師匠の痩せた身体をマッサージします。師匠の肩そしてうつぶせになった師匠の背中を押します。私はマッサージは上手でしたけれどもっと上手になりました。私は背中を両手で押しながら辞めさせて下さい、と言おうか考えました。でも今辞めたらテツヤが疑われテツヤに報復されると思い私は言えないでいます。私は思わず師匠の背中に涙を落としてしまいました。でも師匠にばれる事はなく涙を拭い再び力を入れます。
「未来ちゃん、最近はどうだい? 」
「え? 」
「修行はつらくないかい」
 私はこのタイミングで師匠に聞かれたので驚きます。
「はい、いえ、修行ですからいろんな事があります」
「そうか、でもねえ、最近はつらそうだねえ、何かあったのかい? 」
「いえ、別に」
 私は師匠の白髪と白髪になりかけの銀髪のつむじのあたりを見ています。
「テツヤか」
 私はドキッとします。背中を押していた手から力が緩みます。ひょっとして竹ちゃんが気づいて言ったのかな、と思います。
「そんな何もありません」
「隠さなくても分るよ。なんせ俺は随分と長い事師匠をやって何人者弟子を育てて来たんだから」
 私はどうしようか考えます。いっそ師匠に告白しようか、師匠ならもちろん秘密にして下さるでしょう、でも、やはりテツヤの報復が怖いのです。
「言ってごらん、悪いようにはしないから」私は師匠のハリネズミみたいな銀髪を見ながらしっかりとつけていた指は背中に触れるか触れないかぐらいで空中に浮かせています。師匠の背中は薄いです。身体も痩せています。けれどその背骨はとてもごつごつしているのです。葉ちゃんと似ているかもと思いました。私は師匠を信じようと思います。私は師匠の耳に顔を近づけ話しました。私の涙は畳の上にぽたぽたと音を立てて零れ落ちています。
「分った。後はまかせときなさい」
「はい」と私は答えて再び師匠の背中を強く強く押し続けました。私はどうでもいいという気持と師匠を信じる気持に掛けてテツヤの事を話したのです。

 私が昼の片付けをしてテーブルにある器を片付けていると師匠がテツヤを呼びました。
「これを軽部さんとこに持って行っておくれ」と師匠がテツヤに言いました。
「あ、私はちょっと、姉さんに行ってもらったらどうですか」とテツヤは最近師匠にまでこんな事を言うのです。
「どうして? 私はおまいさんに言っているのだよ」
「あ、すいません」と師匠は珍しく厳しい口調で言いました。テツヤは師匠に頼まれた箱と手紙を持って行きます。私とすれ違う時にニヤッと奴は笑いました。私はお昼が終ると最近ようやくブルーレイレコーダーを買った師匠が貯めていたビデオテープをダビングします。師匠の若い頃テレビでやった落語や他の名人の落語や漫才、テレビ番組をダビングするのです。私はこの作業が好きです。なんてったって落語を観れるのですから。
「ちょいと未来ちゃん着替えて和室の部屋に来なさい」と師匠に言われて私は浴衣に着替えました。師匠も和服に着替えていて座布団の上に正座していてそばにはセンスもあります。
「稽古をつけてあげよう」と師匠は言いました。私は驚きました。師匠はあまり稽古をつけたがらない人だと楽屋で先輩から借りた師匠が昔出した本に書いてありました。とくに最近は稽古をつけていません。私は驚きましたがこんな機会はないとうれしいのです、ああ、テツヤにいじめられてこの子はかわいそうだと同情してくれたのかなあ。でも理由はなんでもいいのです。私は初めて聞いた稽古屋というネタを眼の前で聴きました。稽古と言っても師匠が眼の前で一席やってくれただけです。私は感動しました。ちょうど稽古が終った頃、テツヤが帰って来ました。私が稽古着に着替えているのを見て驚いています。
 私は師匠の家から商店街をフラフラと帰りました。師匠が私のために落語を一席やってくれた感動でまっすぐ歩けないほど感動しているのです。テツヤの嫌な顔も今日は思い浮かばない程です。
「おい」と後ろから声を掛けられました。自転車に乗ったテツヤです。テツヤもアパートに帰る所です。テツヤは自転車で通える所にアパートを借りて住んでいます。私は商店街の裏の人目に着かない路地裏に連れて行かれビルとビルの間に立たされ壁に背をつけています。テツヤはグーパンチを私の顔の横に少しきつく叩きつけました。
「おい、調子乗るなよ」と言われ私は首を横に振りました。奥歯を噛みしめています。こわいよう、こわいよう、おしっこちびりそうです。私は同じお化け屋敷に何度も何度も行けばきっと慣れると思うのですがテツヤの恐怖にだけは慣れる事は出来ません。と言うのはそれは恐怖が同じではなく増しているからです。
「お前勘違いしてないか! 」と言われ勘違いヤローに勘違い呼ばわれされたのでずっとまともなのです。でもそんな事は言えず眼に涙を浮かべて首を横に振ります。
「自分でもかわいいと思ってんだろ」と言われ、私は客観的に見てもそうだと思うので首を振りませんが頷きもしません。去年ハンバーガーショップでバイトをした時も三台のレジがあって私を含めた三人の同じぐらいの年齢の女の子が並びました。一人は普通でもう一人はかわいい子でした。にもかかわらず、三人組の高校生の男子があ、あの子がかわいいから俺あのレジに並ぼう、俺もそうしよう、俺もだ、と順番が長くなるのにワザワザ私のレジを選ぶのです。それで、声掛けろよ、電話番号を渡せよとか言っているです。ま、結局何も言わず三人は注文だけ受けました。それに空いている時も男性は三人を見比べて必ず私のレジに並ぶのです。
「俺にはなあ、彼女がいるからお前をどうこう思うって事はないんだよ。周りの師匠連や先輩達みたくお前と話たいとか触れ合いたいとか中には食事に行きたいとか飲みに行きたい付き合いたいとかデートしたいとかキスとか空想の中ではキスとか身体を触っている奴もいるんだぜ」と完全にセクハラ発言を少し笑っていいます。そりゃそうでしょう、これぐらい可愛いと私は男性達の中で芸人さん以外でも街を歩く人やクラスメートの男子からそう思われてるって事分っています。私はだからと言って他人の心の中まで止めてよ、と注意する事は出来ないのです。
「じじい連中に好かれているからって調子に乗るなよ」私は優しい師匠達をじじい呼ばわりするテツヤを睨みあげました。
「何だよ文句あるのか」
「じじいってひどいわ」
「うるせえ、俺はな落語が好きなんだ、それには弟子にならないといけないから一番楽そうな師匠を選んだんだ、それがイロイロ用事を言いつけやがってよう、もっと楽しい所だと思ってたんだ」
 私は自分の師匠をこんな風に思っていたテツヤがさすがに許せず睨みます。
「何だよ、やるのかよ」
 私はやろう、負けてもいいからやろう、思い切り蹴ってやろうと思います。でも怖いので止めます。私はもう嫌だから修行を辞める事に決めました。私の知らない所で私の好きな人が傷付くのに耐えられないのです。私は一度、葉ちゃんの学校の女の子と知り合いになりました。その時、葉ちゃんが中学校でどんな生活をしているのか気になって葉ちゃんの事をたずねたのです。
「草野君でしょ、知ってる知ってる、あの身体の弱い痩せた子でしょ」と予想に反した言葉が返って来ました。と言うのはその女の子は優しそうな普通の子だったから葉ちゃんの事を悪く言わないと思っていたのです。
「よく学校を休んで走るのも遅くて何より笑うと笑顔が気持悪いの」とその女子は言い、私はショックでした。私は葉ちゃんの笑顔が大好きなのです。
「この間のスポーツテストやったの、身体弱いじゃん、だからやらないと思ったらやってて、それで走ってて靴脱げてこけてるの、周りも超受けてた」とそいつは笑って言いました。私は冷静に聞きながらこいつを殺さなきゃと思いました。私は葉ちゃんが必死で走りこけても粘り強く起き上がって歯を喰いしばってゴールを目指して走る姿を描きます。私は興奮して腹が立ちました。やっぱり、やろう。
「何よ! やってみなさいよ」と私は反撃します。テツヤはお、と驚いた顔をしました。
「ぼこぼこにしてやろうか? 」
「やってみなさいよ! 」と私は強い意志で言いました。見た眼はか弱いどこにでもいる女子高生ですが、いや、かわいさは抜群なんだけれど、実は相当暴力には自信があります。けれど女の子でも弱い人間に暴力を振う事は許されないと思うから私は今までどんなに腹が立つ事があっても暴力には訴えて来ませんでした。でも、私はそれを破り暴力に訴えようと決めたのです。やりました。私は案の定、ぼこぼこにされました。私は身体や顔を抑えて帰りました。私は師匠に辞めようと勇気を持って言う事に決めました。 
 それから数日経ったある日、来客がありました。二人の初老と言ってもいい師匠より若い男性ですが、師匠の弟子や後輩の落語家や芸人さんではないようです。でも二人ともどこか貫禄がありスーツ姿です。竹ちゃんも知っているようで二人に笑顔であいさつをしています。私とテツヤは来客が来ている和室の部屋に呼ばれました。私は静かに襖を閉めます。先程まで談笑していた笑い声が消えシーンとしています。私とテツヤは座布団のない畳に直に正座します。
「これが今俺の弟子と未来ちゃんとテツヤだ、未来ちゃんはまだ女子高生でこっちは大学の落研だったんだけれど、弟子はもうとらないつもりだったんだがね、この未来ちゃんがかわいいんでとっちゃったんだ。それでこのテツヤの方もとったんだ」
「そうですか」と私達から見て師匠はテーブルの正面にいて恰幅のいい角刈りのスーツ姿の男性は右側に座り、メガネを掛けた男性は左側に座っています。角刈りの男性は座布団の上に正座をしていてメガネを掛けた男性は胡坐をかいています。メガネの男性のスーツにはテレビで観た事のあるようなバッチがついています。政治家かな? 
「二人とも学生の頃から私のファンでこっちが警視庁の弓矢君。こっちが弁護士の渡君だ」
 私はドキッとしました。テツヤを破門するんだ、と分りました。テツヤはその事に気づいていないでしょう、私はテツヤを覗きみするのです。
「いやあ僕はじいさんが落語が大好きでよく寄席に連れてってもらって中でも若い頃から師匠のファンでじいさんも大好きだった。師匠がよく行っていた将棋倶楽部に僕も通って一緒にさすようになって知り合いになって家にまでよく来るようになった。最近は仕事が忙しくてご無沙汰していたけれどこうやってこれてうれしいです」と弓矢さんの方が言いました。
「私は高校生の頃、地元に師匠の一門が来て落語会をやってくれてそれを観に行ってファンになって大学で落研に入りまして師匠に会いたくて手紙まで出したら稽古をつけてくれるってうれしかったなあ、落語家になるか子供の頃からの夢だった弁護士になるか大学を卒業するまで決めようと思ってて、それで掛けをしたんです。卒業するまでに弁護士試験に合格したら弁護士、なれなかったら師匠の所へ入門しようって」
「へえ、そうなんですか? でも弁護士試験は大変でしょう? 」と弓矢さん。
「そうなんです、と言うのはかなり落語家になる方に傾いてましてね。勉強は学校の図書館で一日やってましたけれど受かるとは思ってないからもうほとんど落語になるんだと決めてたら、受かっちゃたんですよ。それで弁護士になってまあ、未だに落語家になっておいた方が良かったなあと思う事はあるんですが、こうやって師匠の家に遊びに来れるのだからまあいいかとは思うんです」
「そうですよ」来客の二人は笑った。テーブルには竹ちゃんが出してくれた緑茶がありお菓子もあります。弓矢さんはもうペロリと食べていて渡さんと師匠は手をつけておらずそれは近所の梅桜という和菓子屋さんの風の心という御饅頭です。
「この未来ちゃんの方が先に入って来て年下だから、このテツヤもやりにくいとは思うけれど、それは今まで私もそんな先輩はいたし弟子の中でもそういった関係はたくさんいるんだ。そうだろう? 」
「ええ、警視庁にもそんな複雑な関係はたくさんありますよ」
「もちろん、弁護士にもあります」
「ところがこのテツヤってのはどうもダメなんだ」と師匠が言うと隣のテツヤが驚いてビクッとしました。
「私が気づいてないと思ってこの未来ちゃんをいじめてるんだ。姉弟子なのにだ」
「そりゃいけないですね」と渡さんが言いました。
「君はよく修行ってのを分ってないんじゃないか」と弓矢さんがテツヤに言います。
 テツヤはふくれっ面をしています。修行中の弟子があきらかにやってはいけない態度です。でももう自分が破門される事を悟ったのでしょう。
「姉さんが言ったのですか? 」とテツヤは正座したまま太ももにぐーにした両手を置いて師匠を睨んでいます。師匠はいつもの顔です。その隣の二人の顔が変りました。
「未来のやつが言ったんですかって聞いてるんだよ」とテツヤが言いました。
「お前師匠に対してその口のきき方はなんだ! 」と弓矢さんが言いました。
「へん、どうせもう破門でしょ、じゃあ、もう関係ないや、一生落語は出来ないんだから、こんなじいさんとは関係ないんだ」とテツヤは完全に開きなおっています。私はそれが怖いのです。
「今まで世話になった関係があるだろう、それはないんじゃないか」と渡さんが冷静に言います。
「こっちはもう落語家になれず、就職もこれから大変なんだぞ、じゃあどうしてくれんだ、良い就職口でも世話してくれんのかよ。ああ、じいさん。もうあんたは師匠じゃないただのじいさんだ。そうだろ」
 師匠の眼付が変りました。初めて見る怖い眼です。
「そうだ、お前はもう落語家にはなれない。その資格はない。私の弟子でも何でもない。就職口は自分で探せ。二度とこの家にも寄席にも近づくな、それとこの子の前にも現れるな」と師匠が言うとテツヤは崩した足で口を曲げながらふざけた態度のまま私を見ます。
「それは分からないねえ、俺が破門になった原因はこいつにもあるんだから」とテツヤは不敵に笑います。それが怖いちゅうの!
「君それは犯罪だよ」と渡さんが言います。
「ふん、犯罪を犯してもおかしくないでしょ」とテツヤは不敵に笑います。
「おい、警察と弁護士の前で犯罪を犯すなんてよく堂々と言ったな、てめえ」と弓矢さんがテツヤに顔を近づけて言いました。その迫力にテツヤは少しビビりました。
「犯すかも知れないと言ったんです。僕はまだ犯してない」
「やかましい、このくそガキ! 」と弓矢さんはテーブルを思い切りたたきました。上にあった湯呑が憂き音を立てます。私もテツヤもビビッて身体が浮きました。
「おうこのガキが聞いてりゃいい気になりやがって、何が犯罪をやるかも知れないだと、やってみろよ。牢屋にぶち込んで臭い飯ずっと食わしてやる。、牢屋の生活がどんなもんか分ってねえんだろ、親に迷惑掛けていいのか、牢屋出ての生活はどうなんだ? てめえその覚悟があるのか! 」テツヤは怒鳴られてすっかりビビッてしまいました。
「いや、僕はそんなつもりじゃ」
「どうなんだよ。大人しくこのまま辞めるのかそれとも犯罪を犯かすのか、お前にそんな根性あるのか言えよ」
「ありません。ごめんなさい」とテツヤは泣きながら謝りました。テツヤは私にごめんなさい、ごめんなさい、と泣きじゃくって謝罪しました。私はテツヤの嗚咽が聞こえ、いい大人がこんなに泣いている姿を見て戸惑いました。テツヤを私は許しました。テツヤは師匠達に謝り、家を出て行きました。
 噂では師匠の所に手紙が来てテツヤは無事に就職したそうです。私に謝ってくれと書いてあったそうです。私はテストがあるのでいつもより早く師匠の家から出ました。
「未来ちゃんもう帰るの? 」と商店街を歩いていると後ろから竹ちゃんに声を掛けられました。私は立ち止まって竹ちゃんと長い間話をしてから帰りました。

 ちょっとブレイク! 未来の女子高生アンケート!
 男性のお医者さんが結婚している女性で多いのはどんな人だろう?
 一位看護師、二位一般女性、三位父親が医者をやっている女性、四位お見合いパーティで高収入の男性を狙っている女性、五位女性の医者。
 Aちゃん「ぜったい看護師よ。不倫とかも絶対看護師と医者ってやってるわ」
 Bちゃん「そうそう」
 Cちゃん「不倫はやってると思うけれど、結婚はしてないんじゃない。同じ職場でどういう働き方をしているかお互いよく分かっているから避けると思うけれど」
 Dちゃん「入院しているキレイな女性と結婚とかあるんじゃない」
 Aちゃん「ないよ、だって手術してその人の内臓とか見てぜったいやだと思う」
 Bちゃん「医者って出会いってとても多いよね。それに高収入だからとても人気あるよね。だから、入院しているお年寄りとかが自分の孫とか近所の若い子を紹介するってとかもあると思うんだ」
 Dちゃん「それよ、それ」
 Aちゃん「先生同士はどう? 」
 Bちゃん「それって少ないと思うよ。同業者でプライドが高いから」
 Eちゃん「女性の先生って男性の看護師と結婚しないのかしら」
 Aちゃん「それはどうでもいいわ」
 Bちゃん「そうよどうでもいいわ」

 私は今度緑ヶ丘街にやって来るイブフェン国の若者達を迎えるメンバーに選ばれました。イブフェン国は小さい島国で産業は栄養があるB木の実でそれはとても栄養がありそこからとれる栄養でサプリメントは食べても太らないと話題で世界中のデブがそれを買って値段があがり品薄なのです。世界にデブは多いのです。さらにその実の皮は美しくて丈夫なので皮製品として今注目されています。B木で大変潤っている国です。でもそれだけに頼っていると心細いので人材を育てようといろんな国に若者が留学していて緑ヶ丘街はその国と仲が良いので今度留学生を受け入れる事になったのです。もちろんいろんな風習や伝統があって違うからその変のギャップは当たり前! ですけれど一番面倒なのが言葉なのです。イブフェン国の言語はどの言語体系にも当てはまらずずっと独自の言葉を使っているため、まったく理解出来ず通訳もわずかしかいないのです。だから今度来る若者達にも通訳はついておらず、こちら側にも言葉を理解出来る者はいないのです。そのへんのいい加減さを担当者はみんなに怒られストレスで酒ばっかり飲んでアル中になりました。とにかく外国人なのだから受け入れてそこから始めようじゃないか、若いから理解するのも速いだろうとすさまじい考えなのです。今度来る若者は留学生の第一期生でもちろん外国に留学するのも初めてなのです。でも我が町は貧乏で若者が減っているため、それに昔のベッドタウンなのですからいい大人達は繁華街に働きに出ていて今回の留学生の受け入れに対して白けていてその年寄はあてにならず、結局学生の私達がしっかりとしなければならないのです。その中で特別の世話係が学生から五人選ばれその中の一人が私です。その上に森野のおっさんがリーダーに選ばれたのです。森野のおっさんは緑ヶ丘街の駅前商店街で花屋を営んでいて、花屋も最近ではスーパーで切り花が売られたり隣街にはフラワーセンターと言う花の激安店が出来て、そんないくら安いからと言って花をわざわざ車で買いに行くかいな、と花屋のくせに花の事をばかにした発言をしていたのですが、実際その店がオープンするとすごい人気でおっさんの店はただでさえ不況で花が売れなくなっていたのにほとんど花の売れ行きがなくなっていて、とっても暇なのです。それでもおっさんは株と土地を売ったお金があって生活は出来るのです。選ばれた若者は緑ヶ丘大学政治学科の所君二十歳緑ヶ丘女子学園の教育学科の池野さん二十一歳、有名進学校に通う二年の綾部君、緑ヶ丘高校の普通科に通う二年の畑さんと私です。最初の顔合わせの時に綾部君と所君が私の方をちらちらと見るのであ、これは私に気があるなとすぐに分りました。一目惚れです。私と畑さんは制服ですが、池野さんは大学生ですから私服で緑色のデザインのワンピースに首には水玉の模様が入った青と白のスカーフを巻いていて目立ちます。畑さんはメガネを掛けていていたって普通でした。所君も綾部君もやせていて所君はメガネを掛けていて綾部君はいわゆるイケメンで甘いマスクをしていますが私は別に何とも思いませんでした。
 会議室はおなじみのパイプ椅子に白い机にホワイトボード壁には丸いアナログ時計が掛っています。とにかく言語が分れば辞書を使って勉強なんかやるのですがそれがないから、他の情報が頼りです。おっさんが集めた情報によると見ためは白人に近くでも髪と眼は黒で体格は私達に近いけれど太った人はほとんどいなくて逆に痩せている人が圧倒的だそうです。それと外国との交流はないから内向的であるが内戦を繰り返して来て戦闘的でもあるから決してからかったりしてダメで、独自の格闘技オリタが得意で怒るとレンダと言う技を使うから気をつけるようにと言われました。レンダとは鼻を掌底で叩く技でイブフェン国には鼻がぺっちゃんこの人が多いそうです。それに警戒心が強く、心が純粋であるがそれゆえにお世辞や社交辞令が大嫌いで心にもないことを言うとキレるそうです。それに痩せている事にコンプレックスがあり痩せてますねと褒めたつもりで言うとすぐに胸倉をつかまれるそうです。それにとても懐疑的で言葉が通じないからと言って本人達の前で悪口を言うと心を読むのが得意だからこれまたキレられるそうでとても扱いが難しいそうです。私達はその情報を聴いてどっと疲れました。
 初日の帰り私は高校生同士、綾部君と畑さんの三人で帰ります。
「それにしても面倒だわ」と畑さん。
「そうね、でも時間があるのだから、少しでもいいから言葉のテキストが欲しいわ」と私。
「まったくさ、みんな受験で大変じゃないか、特に僕なんて進学校だから周りは勉強ばかりしていてこんな事をやる余裕はないんだ。松本さんはどうしてメンバーになったの? 」と綾部君はまず好意を持っている私に聞きます。
「森野のおじさんと知り合いでどうしてもって頼まれたの。学校の担任とも知り合いで先生からも頼まれて結局仕方受けちゃったの」
「ふーん」と綾部君は私にだけ聞いといて畑さんには聞こうとしないので私が聞きます。
「畑さんは? 」
「私は外国に興味があって私も海外留学やりたいと思っていて、でももっと普通の国の人が良かったわ。こんな難しい人達ってやだ。私来年こっちからあっちの国へ留学してくれって選ばれたら絶対に断る」
「僕は校長と親が仲が良くてどうしてもって頼まれたんだ、まあ外国人と交流を深めるのもいいかなって思ったけれどやるんじゃなかった」
 バス停で綾部君と別れて私と畑さんはバスを待ちながら話をします。
「池野さんてカッコイイと思わない? 」と畑さんが言いました。
「そう、フツウの女子大生だと思うけれど」と私は姉を客観的にてとてもカッコイイと思っているからまったく池野さんがフツウに見えます。スカーフを巻いていたからそう思ったのかしらと考えます。
「私ああいう女性にあこがれているのよ」と畑さんは言いました。けれど私は別にスカーフを巻いていただけど目立たなかったので、何が彼女をそんなに惹きつけたのかがよく分かりません。私はバスを降りて彼女と別れるとコンビニで少年キックを立ち読みしてから帰りました。
 次の会議では池野さんは白いワンピースに今度はピンクのスカーフを巻きさらにトンボの眼みたいな大きなサングラスを頭に掛けています。所君と綾部君は私を気にする回数が多くなっています。会議では言葉が通じないからジェスチャーの練習をしたり、絵を使ってガイドをしようと言う事になりその絵を描くのは私に決まりました。さらに町内のみんなに留学生達の事を知ってもらうためのパンフレット作りも始まりました。結構充実した会議でした。会議が終ると森野のおっさんは黄色い車でさっさと帰ります。暇なくせに急いで帰ります。近くに住んでいるのだから私を送って行け、と思います。
「ねえ、みんなでご飯でも食べて行かない? 」と所君がみんなに言いました。これはきっと私だけを誘うと警戒されるのでみんなに声を掛けたのでしょう。私は家で夕飯を食べるのでそれにお小遣いは少ないから断りました。所君は他の三人はどうでもよくて一番肝心な私に断られたのがとてもショックですごく残念そうな顔をしました。
「あ、僕勉強があるんでいいです」と綾部君。
「私は夕食作らなきゃならないの」と畑さん。
「私もバイトだから」とクールに池野さん。みんなに断られて所君は荒野に立って冷たい風を受けている人みたいな顔になりました。だいたいちょっとチーフみたいな気分を出そうとしているのにみんな気づいているのでしょう、それにみんな実家暮らしで池野さんは大学生だからまだ分るけれど他の三人はまだ高校生なのです。家で夕飯は食べるに決っているじゃない、そんな事も分ってないの! と私はこの人の資質を疑います。バスに今度は畑さんと池野さんの三人で乗りました。彼女には高校生の彼がいて野球部で甲子園の予選が始まるから応援に行くと言っていました。そんな事も畑さんには刺激になったらしく二人になるとまた彼女を褒めました。一人になると私はどんな絵を描こうかしら、と考えました。夕飯は私の大好きな炊き込みご飯で鶏肉、ささがきごぼう、ニンジンに油揚げが入っていて、他には豆腐に刻んだキュウリを乗せごま油と塩を乗せたやっこ、ホウレンソウのお浸し、ねぎと溶き卵のお吸い物です。
「未来は炊き込みご飯だと三杯は必ず食べるね」とパパがうれしそうに言います。
 自分の部屋に戻ると絵を早速描きます。ピストルに×をつけた絵、注射器を腕に刺して×をつけた絵。満員電車で女性のおしりを触っている手に×をつけた絵を描いてなんだか禁止事項ばかりだわ、と気づきました。握手をしている絵やおばあさんを背負っている絵など描きましたけれどこんなの意味ないと思います。久し振りに絵をたくさん描いたので疲れて眠ります。
 翌日の朝食は夕食の残りの炊き込みご飯のおにぎりとなすの味噌汁です。
「卵入れるの? 」とママが聞きました。
「入れて」私は卵を固くしません。黄身が半熟でそれを途中で割ると濃厚な黄身が出て来てそれが美味しいのです。学校の帰りに会議に出て絵をみんなに見せました。
「へー、いいじゃない、絵上手ね」と池野さんが言いました。またスカーフを首に巻いています。今日は赤いスカーフで白いパンツスタイルです。遅れてやって来た所君が私の絵を見ました。
「何これ? 」と私の絵を否定しました。
「言葉が通じないからイロイロな禁止事項を絵にしてくれたんです」と畑さんが言ってくれました。所は指でメガネを上げてさらに私の絵を不服そうに見ています。
「でも、こんなスケッチブックみたいな大きな絵をイチイチ見せる訳? 街中でさ、小っちゃいカードなら分るよ、こんな大きな物じゃどうしようもないじゃん」と所は言いました。所め! 私の事が好きで気になっているくせに昨日夕飯を断ったからすぐにこんな態度を取るのです。
「別に街で見せる訳じゃないわよ。ここに来た時にここで見せるんだから」と池野さんがフォローしてくれます。私は歯を喰いしばって所を見ています。私の腹の中は煮えくり返るぐらい腹が立っています。このまま両手で顔を抑えて大仰に泣いてやろうかと思いますがワザとらしいので止めます。
「そうさ、彼女が一生懸命描いてくれたんだろ。いいじゃないか! 」と綾部君が言いました。綾部君は素直です。私の事が好きな一途な気持を隠そうとしません。いいぞ、いいぞ、綾部君。
「一生懸命描いたって、結果がダメならダメなんだよ。一生懸命やればいいって言うのならコンクールやスポーツの試合なんて成立しないのさ」
 くー、所はもっともらしい事を言います。
「じゃあ、アンタは何やって来たんだよ」と綾部君は私のために興奮します。
「あんたって誰に言ってんだよ」
「あんたはあんただよ。じゃあお前」
「俺は年上だぞ」
「関係ねえよ。ケンカした事あるのかよ」
「ふ、ないね、けど僕はずっと空手を高校まで習ってなんだよ。やるのか」と所が言うと綾部君は空手にビビったのかギクッとなりました。分りやすいです。でも、私のためにケンカになったのなら私は絶対綾部君に味方に付きます。池野さんや畑さんだってそうです。もし綾部君がやられたら後ろからパイプ椅子で殴ったり、常に持ち歩いている香水スプレーを眼に吹きかけたり、知り合いの警察の園田さんを呼んでくればいい。園田さんは柔道有段者でしかも数々の犯罪者を捕まえています。そんな事を考えているともう状況は変っていて所がいやらしく笑いながら綾部君に近づいて胸倉をいきなりつかみました。ううっとした顔に綾部君はなりました。見ため所はメガネをかけやせているのでとてもひ弱でケンカも弱そうですが、綾部君が押されています。
「いい加減にしなさいよ」と池野さんが一括しました。すると所は笑ってその手を放しました。綾部君ははあは荒い呼吸をしています。所め! 帰れ! 大嫌い、カ、エ、レ、カ、エ、レ、と私はずっと心の中で帰れコールを所に浴びせます。森野のおっさんがやって来て会議が始まりました。私は絵を説明しました。けれどさっきのケンカのやりとりもあったせいかすごく冷めてしまって、せっかく一生懸命描いたのに、もう運動会が終ったのにまだ貼ってある小学校の児童が描いた運動会のポスターみたいな感じになってしまい、私はスケッチブックを閉じました。会議中私は閉じたスケッチブックの表紙を見ながら昨日食べた炊き込みご飯の美味しさを想い出しながらその美味しさも否定されたような気持です。会議が終ると所が森野のおっさんに話をしています。私達が帰ろうとするとおっさんが来ました。
「何か揉めだんだって? 」
「所君が悪いのよ。おじさん」と私は知り合いなので言ってやります。
「ふーん、辞めたいって言ってるけれど」
「いいんじゃない、いらないでしょ。学生はこの四人で」と池野さんがあっさり言いました。
「そうだな、世話役が仲悪くても仕方ないもんな、四人で充分だよな、じゃあ、言っとくよ」とおっさんは所に言いに行きました。所はそれをおっさんから聞いてすごく驚いています。止めてくれると思ったのでしょう。私はおかしくてたまりません。これでかわいいな、付き合いたいなと思っていた私ともさよならね、新しいバイト先にすごい美人がいてバイトをがんばって彼女とも付き合いたいと思ってたけれど先輩の男がやな奴ですぐに辞めちゃって結局関係なかったのね。所にとって私はそんな存在でしょう。所が帰った後私はおっさんに何て言ってた? と聞くと、大学で選ばれて辞めるとマズイとか言ってたけど、辞めたいと言ったのは君だろ、それに仲良くなくちゃ、こっちはホストなんだから、と言ってやったと言っていました。
 次の会議に所は来ませんでした。やったー! と私達は喜び会議も弾みます。留学生と地元の人達との交流、お年寄りや子供達との触れ合い、芋掘り体験、野球鑑賞、餅つき大会餅つき大会は私が提案しました。それと緑が丘はカレーの街なのでカレー大会などの提案がありました。
 夕食に私はたまに納豆を食べます。納豆は我が家ではパパもママも嫌いではないけれどあまり食べません。だから、私がスーパーの買い物で付き合った時に気づいてカゴに入れて思い出した時に食べるぐらいです。姉がいた頃はいつも冷蔵庫に納豆がありました。姉は納豆が大好きで朝食や夕食によくパックのまま混ぜてそれにたれを入れ、それをそのままご飯に乗せて海苔で巻いて食べたり、たまに大きな手巻き寿司にご飯を乗せさらに納豆を乗せて巻いてかぶりついていました。美人なのに納豆を食べる姿を見て、やだな、と私は思っていて姉がいた頃は私はあまり納豆を食べませんでした。私は納豆が好きですけれど姉がいた時は嫌いになって長い間食べない時期がありました。それに未だに納豆をそのまま食べるのはあまり好きではなく、そこにキュウリを刻んだり漬物を刻んだり、炒めたベーコンを入れ、オリーブオイルやバルサミコを入れてさらにマヨネーズかタルタルソースを入れてそれをレタスで巻いたりする、サラダ感覚で食べるのです。電話が鳴りママが出ます。
「未来電話よ」
「誰から? 」私は口の中が納豆でねばねばしてあまり喋りたくないからヤダな、と思います。
「所さんて人から」
「え! 」と私は大きな声で驚きます。なんで、所から、しかも電話番号知ってるなんて、ヤダ!
そうだ、留学生に納豆や梅干しを食べさせるのもいいかも! それにしても何なのかしら?
「はい、松本です」
「ああ、所です」
「何ですか? 」と私は不機嫌に答えます。
「この間はごめん」
 私は朝納豆を食べたいとは思いません、と言うのはこの口の中のねばねばはよっぽど歯を丁寧に磨かないとその汚れが落ちないからです。歯磨き粉を余計にたっぷりつけないと臭さが残るでしょう。朝の忙しい時間にそんな余裕はないのです。姉がご飯の上に納豆をだらりと掛けていた姿とその後よく歯を磨いていた姿が浮かびます。それにしても歯磨き粉がない時代、納豆を食べた人は朝口の中がねばねばしてとても臭かったと思います。
「何がです」と私は冷たく突き放します。もう辞めたんだからどうでもいいです。あの絵もみんなは使おうと言ってくれたけれど私はもう使うつもりはありません。私は食事の途中なのです。それに納豆で口の中がとても汚れているからこの状態で長くいたくないのです。
「いや、この間は無神経すぎたんだ。俺」フン! 俺だってこっちは何も言う事なんてありゃせんのじゃい!
「俺それで、会議に戻る事にしたんだ。森野さんにも言ったんだ」ちょーめんどう、ちょーめんどう、いいよあんた。
「え、戻るんですか! みんなはなんて言ってるんですか? 」
「いや、みんなにはまだ連絡してないんだ」
「じゃあ、みんなに連絡してください」
「いや、みんなには会議で謝るよ」ちょーめんどう、そんないきなり戻って来て謝られてもそんなのあり? ダメでしょう。
「何で私に電話したんです? 綾部君に電話して謝るのがフツウですよ」
「うん、いや、絵をバカにしたからさ」バカにしてたんかい! このメガネやろう。
「それに彼にはやっぱ同性同士で恥ずかしいから直接謝るよ。それと、さ」もう嫌な情報をきかされたのと口の中の不快感で頭が混乱です。
「俺、君の事好きなんだ」なんでここで告白なんだ! 分ってたけど、もう、こっちは納豆食べてるのよ! はい、私は嫌いです、ってすぐに答えれば良かった。好きって言われるのは相手が誰でもうれしいって言うのはうそです。それはもてない人はそうかも知れないけれど、私は持てるのでこっちが好きだと思っている相手じゃないとうれしくはないのです。
「私は好きではないです」とハッキリ言ってやりました。絶句か沈黙。どっちか分らないけれど間がありました。
「うん、いいんだ。それでも、俺は今度の会議に出てみんなに謝るから、じゃあ」
 私は先に電話を切りました。食事に戻ると納豆がなんかもう止まってじっと動いてない状態って当たり前だけれど、それがなんか食欲をそぐような気がしたので改めてまたかき混ぜました。
 所はやはり会議に来て綾部君に謝りました。綾部君は複雑な気持で受け入れます。と言うのは森野のおっさんだけが、よく謝った、と受け入れたのです。池野さんも畑さんも私もしら~としていて、当然、とんだ茶番だわ、と受け入れるつもりはないけれどそこまで否定も出来ないでいたのです。
「僕は会議は会議としてちゃんと僕の意見は言いますから」と言いました。何の宣言でしょう。一番うざいタイプです。空気読め! だから嫌われるのだ。
「餅つきだけれど臼は用意出来るって、後はもち米とそれを蒸す道具ね」と池野さん。
「私も楽しみだわ。私餅つきって見た事ないから」と畑さんは言います。
「私は小さい頃あるよ。ママの実家で」と私はママの弟つまり私の叔父さんが住んでいる桜山に行った時、叔父さんが近所で餅つきがあるので連れてってもらい、出来たての餅を食べたのを覚えています。叔父さんが杵で餅をたんとんたんとんと何度もついていたのを私はずっと見ていました。
「ところで彼らの主食はなんですか? パンですか、それとも米? 」と綾部君が森野のおっさんに聞きました。
「イモだよ」と森野のおっさん。
「でも餅って僕らが食べると美味いけれど、外国人が食べるとさ、味のないガムみたいでそれを飲み込むって感じがしないってよく言うんだよ。実際はあまり評判はよくないんだ」と所が余計な事を言いました。
「味がないってそのまま食べればそうでしょ、そのためにあんこを用意すればいいのよ」と池野さん。いいぞ、いいぞ。
「あんこも苦手な外国人って多いんだよね」
「じゃあ、きな粉やずんだもいいじゃない、鍋用意して雑煮にしてもいいんだから」と池野さんに言われて所は撃沈です。
「納豆なんかと合わせてもいいんじゃない」と畑さんが言いました。私は昨日の納豆が頭に浮かびます。昨日所に告白された事を畑さんに帰りに話そうとずっと思っていましたけれど、それもなんだか面倒臭い気がしてどうしようか、と考えます。
「餅を気に入るかどうかなんてやってみなければ分らないでしょ。気に入らなかったらいらないでいいじゃない、餅が苦手な人ってたくさんいるんだから、それよりも体験に意味があるんだから。文化をまず体験してみるって事。それが留学の意味でしょ。何も留学生達の気に入るような事ばかりやってたんじゃ、勉強にならないじゃない」と池野さんに言われ所は完全に黙りました。
 私は帰りに綾部君にライブに誘われましたけれど断りました。綾部君はあっさりと引き下がりすべて悟りました。
 留学生達は超フレンドリーで言葉も向こうで覚えて来ていて、コミュニケーションもすんなり出来ました。地域の人達との交流も上手く行き、餅つきも気に入り、大きな男の子がつかせてくれと何度もついてそれを廻りの仲間が見ていてゲラゲラゲラゲラとよく笑いました。餅を食べる時も伸びる餅を見てゲラゲラゲラゲラとよく笑い私も大笑いしました。あんこをとても気に入り、あんこだけをなめたりもしました。納豆は不評で、超クセー、超クセーと覚えた言葉で何度も言い、ゲラゲラと笑い、私が納豆をかき混ぜ顔に近づいてかがせると大笑いして顔を背けました。どこが戦闘的なのでしょう。おっさんの情報はウソばかりです。留学生達は緑ヶ丘街に出来た彼らの留学生会館から超有名な大学に留学生として入学して毎日難しい勉強をしています。私にたまに会うとゲラゲラと笑い納豆ガール、納豆ガールと言います。違うちゅーの! と私が笑いながら怒るとまたゲラゲラと笑います。久し振りに畑さんに会いました。彼女の話では池野さんと綾部君が一緒に手を繋いで歩いていた、と言っていました。どうでもいい事です。
 
 ちょっとブレイク! 未来のちょっと家計簿!
 大きな激安スーパーに行ってたくさん買ったよ。そのレシートを紹介しちゃいます。キャベツ半玉、88円。スイートコーン100円。ねぎ三本、200円。納豆三パック、88円。とんかつ用豚肉三枚800円。生醤油ラーメン三人前198円。カルピスウォーター158円。ファンタオレンジ188円、ファンタグレープ188円。フルーツグミ88円。クランキーチョコ大袋198円。メロンパン四個入り、198円。ベーコン100円。アイスクリーム三個198円。ショートケーキ二個入380円。ポテトチップス88円。マヨネーズ188円。マカロニサラダ88円だったよ。

 雪は雪の上にさらに降り続けています。真っ白な世界は壁に囲まれた狭い部屋に閉じ込められたみたいで不安です。A班B班に分かれてそれぞれ六名です。私はB班の副隊長です。A班の隊長は大男で顔中髭だらけです。髪の毛も多く伸ばしていて雪男みたいで威圧感があります。B班の隊長の内村さんは色白でメガネを掛けていて銀行員みたいで大人しく優しい人だから私はB班で良かったと思います。ただ内村さんはまだ女子高生の私を他のメンバーを差し置いて副隊長に選びました。私は断りました。と言うのは残りの四人はよっちゃん、元プロレスラーの田淵さん、外国の特殊部隊にいたベテランの谷さん、生活費のために入隊した大学生の星空君です。星空君は何とも思ってないでしょうけれど、年上で経験もある田淵さんと谷さんは私に不満でしょう。私が逆の立場なら私も不安になります。田淵さんと谷さんは隊長に文句を言いましたけれど内村さんは優しく首を振りました。私は脅かされて私が副隊長になるのはやっぱり辞めになると思っていたけどそれは覆りませんでした。二人がしつこく内村さんに言い寄って田淵さんが机をドンとげんこつで叩いた時、内村さんのメガネの奥の眼が冷たく田淵さんを見上げたようにえたのです。二人は不満だけれどそれで引き下がったように思えました。私達の目的は大金持の森高夫人が飼っているベッキーと言うレトリバー犬の捜索です。犬は逃げたと言われていますが、お手伝いが何人もいて世話をしているのに逃げるなんてありえない、私は誘拐だと思っています。それにしても雪国は寒いです。慣れていない私は何枚もヒートテックのシャツとタイツを重ね、腹巻をしてヒートテックの靴下も重ねて履いて居るのですがまだ寒いのです。それは痩せている隊長もそうみたいです。よっちゃんは雪国出身で平気、田淵さんと谷さんも鍛えていて平気、星空君は太っているので平気みたいです。私達は途中で暖を取ります。
「ちょっとA班と連絡を取ってくるから」と隊長がそばを離れました。
「おい、副隊長、トレーニングしようぜ」と田淵さんがこっちを見て笑いながら言います。そばにいる谷さんも笑っています。
「いえ、寒いから身体を休めないと」
「おい、副隊長がそれじゃ困るぜ」と田淵さん。
「そうさ、それに身体を動かした方が暖まるぜ」と谷さん。私は身体は普通です。普通のか弱い女子高生なのですよ。空手や柔道と言った格闘技の経験もなくスポーツは水泳とバスケをやっていたぐらいです。
「さあ、早く、訓練だぜ、こういう時は訓練さ、訓練は必要さ、事前の訓練で非常時に冷静に対応が出来るのさ、早く副隊長」と田淵さん、ああ、やっぱり副隊長になんかなるんじゃなかった。私は谷さんと田淵さんと雪の上に立ちます。私は二人の前に立ちました。田淵さんが雪を掴むとそれを丸めて私に投げてぶつけました。雪は私の来ている赤いビニール素材の防寒具にカサッと乾いた音を立ててぶつかって壊れました。女子高生だからと言ってなめているのです。私は冷たい眼で田淵さんを見ます。ケケケと田淵さんと谷さんは私を見て笑います。
「雪合戦さ」と田淵さんは言いました。私はもちろん、それは冗談でそれならば私も小学生の子供のようにはしゃいで雪をぶつければいいのかしらって訳には行かないって事はまだ半分子供の私だけどすごく分るのです。二人は雪を丸めて投げて来ます。私はそれをよけたりチョップで叩き壊しますが、二人がエスカレートして大量の雪を投げて来てそれが身体にぶつかり始めます。顔面にもあたりました。すごく冷たいです。鼻水が止まりません。ほっぺがひりひりします。私は眼をつぶります。すると谷さんが近づいていてそばにある雪を手で下からかいて私に水遊びみたいに私の顔面にあてようとします。私は手でそれをよけます。気づくと田淵さんが走って来て前にいます。見上げるととても大きな雪の塊を作っていてそれを持ち上げ私の頭からドーンを降ろしました。私は少し脳震盪を起こしてくらくらしました。二人の笑いが雪のせいで指で耳を塞いだ時のようにあまりよく聞こえないけれど笑っています。
「何するんです。私は副隊長よ」と私は怒りました。
「訓練ですよ。若い副隊長は経験がないから」
「そうさ、無能の上司って奴は世の中にはたくさんいるんだ。そんな奴のせいでこっちが迷惑掛けられたくはないのさ。女子高生のくせによ」と谷が言いました。
「年齢は関係はないわ。実力よ」と私は言ってやりました。
「うるせえ! 」と田淵が言いました。私はビクッと威圧的な身体とその低い怒鳴り声にビビります。すると谷が田淵に耳打ちします。
「あ、隊長熊だぜ。熊、熊が襲って来たぜ」と谷が言いました。私はえ! と驚いて後ろを向くと熊なんていません。ただ、白い雪で覆われた自然があるだけです。前を見ると谷ががおーと両手を上げて襲って来ました。私は逃げます。積もった雪に私のブーツが埋もれてその足型がいくつも着いて行きます。思うように走れずこけました。顔面が雪に埋もれ冷たい。それでも起き上がります。私の吐く息は当然白いですが周りも白いでのよく分かりません。私はいきなり抱きつかれてそのままフロントスープレックスで投げられました。田淵は落ちぶれた人気のないプロレスラーだったけれどアマレスのベースはあるのです。ああ、雪がクッションで良かった。私は受け身なんて取った事がないけれどそのまま起きます。するとそこへ丸太のような太い腕のライアットをくらいまた倒れます。ラリアットは私の顔の小ささと田淵の腕のでかさで喉には刺さらず顔面と胸のあたりにあたりました。これが喉に入っていたらウエッと吐いているでしょう。私はブレーンバスターまで受けました。二人の笑い声が倒れている私にも聞こえます。
「こりゃいいや、田淵さんもっとやれよ」と谷が笑っています。私は疲れました。それでも起き上がると逃げます。私は小さい頃大好きな叔父とよくじゃれて遊んでもらいました。そこである時、柔道の払い腰を教えてもらい、大きな叔父を何度も何度も投げて練習しました。私はやれるのでないだろうか、いややってやろうと立ち止まり振り向きます。田淵を睨みます。田淵はおっという顔をして私を見ます。私のするどい眼を見て何かあると感じとったのです。アイオブザタイガー、私の眼はトラの眼になりました。田淵は警戒して近づきません。隊長が私を副隊長に抜擢したのだから何かあると思っているのでしょう。何もないんだけれど。私と田淵の間に間が出来ます、容易田淵は来ません。私は大きな田淵の両足を見ています。来た瞬間素早く投げるのだ! 行けると私は思いました。その時、後ろから蹴られました。いつの間にか谷が後ろへ周って前蹴りで私の腰を蹴ったのです。私の方から田淵に近づいた形になりました。田淵は私を抱きついて捕まえました。またフロントスープレックスで投げられると思いました。すると違ってベアハッグでした。
「出た田淵さんの得意技ベアハッグ」と谷の声が後ろから聞こえます。私の防寒具と田淵の防寒具のビニール素材同志がこすれ合った乾いた音がします。と当時に背骨がボキボキときしむ音がします。私はギブアップと言いそうになります。言えば言いのになぜか言いたくないのです。私は思い出します。小さい頃、ママの実家に帰ると大好きな叔父がよく遊んでくれました。叔父はママと年齢が離れていてとても若かった。姉と私をよく可愛がってくれて、でも、私が産まれてからはもう大きくなっている姉とは話ばかりでじゃれてくる私とよく遊んでくれました。叔父はプロレスが好きでよくテレビで観ていました。私が小学一年生の頃でしょうか、ドラゴンマスクと言うマスクマンがヒーローでブームになりました。そのドラゴンマスクが同じマスクマンのドッグマスクとの対決で負けた方がマスクを取る事になっている試合が行われました。その試合をリビングの大きなテレビで観ようと思っていたら、ママがダメと言いました。ママはプロレスが大嫌いで、さらに裏番組の学園ドラマが大好きで毎週観ていました。実際マンションではテレビが一台しかなくて私はプロレスを観る事はありませんでした。だけどママの実家に帰った時はビデオなどでママが出掛けている時に観ていたのです。私は仕方ないから叔父の部屋の小さいテレビで観る事にします。その前のじじい二人のタッグと外国人のタッグの試合はどうでもよかったけれど以外にじじい二人が活躍して盛り上がり、ま、その後のメインイベントの影響でしょう、とても良かった。私は叔父にぴったりとくっついて観ています。いよいよ、メインイベントの試合が始まりました。二人はタッグでも対決した事がなくて初対決なのですが、ドッグマスクはとても強いと解説者が言っていました。私はドラゴンマスクが負けるのではないかと心配になりました。ドッグマスクの方が身体が大きいのです。ドッグマスクが先に入場してドラゴンマスクが入って来た時、部屋のドアが開きました。なんと姉でした。姉はプロレスなんて興味ないと思っていました。姉は私の反対側の叔父の隣に座り足を前に伸ばして座っています。私は姉がプロレスを観るなんてとても不思議でしたけれど試合が始まるとそんな事どうでもよくて私は興奮しました。試合はドッグマスクが優勢でドラゴンマスクがやられるのでないかとハラハラしました。アナウンサーがドラゴンマスクがいつもの動きではない、キレが悪いですね、と解説者に言うと、実は前日の試合でドッグマスクのタッグパートナー、サッカーマンが反則技でドラゴンマスクを徹底的に攻撃して足を痛めつけたと言うのです。私はだからだ、と小さいのに納得しました。でも結局、試合は時間切れ引き分けに終わりほっとしました。私は興奮してそのまま叔父とプロレスごっこをしました。汗をだくだく流しました。小さい私が一方的に攻めました。叔父は小さい私を持ち上げたり投げたりします。姉はそれを足を延ばして見ていました。私は部屋に来たママに怒られ、着ていたパジャマを脱がされもう一度お風呂に入れられたのです。
 私はきしむ背骨の痛みを感じながらビッグボス事、ジャイアント細野の耳そぎチョップを想い出しました。これだ、と思い、私は田淵のニット帽を取り耳そぎチョップをやりました。うぎゃーと言って田淵は私を放して耳を押えています。私はすぐに腰を丸めます。
「どうした? 田淵さん」
「耳が! 耳が! 」
「てめー」と谷が睨みます。そこへ内村さんが来て私達は出発しました。二人は内村さんの前では大人しくなっています。ホテルに戻り、私は湿布を背中に貼りました。食事の時、仲の良い、よっちゃんが心配してくれました。夕食はちゃんこ鍋で私は冷えた身体を温めるのと栄養とスタミナをつけるためたくさん食べました。その横で星野君がどんぶりでご飯を三杯もお替りしました。
 翌日は途中の地域でうどん祭りがおこなわれていて、手作りのうどんやうどん打ち体験をやるコーナーがありました。私も手打ちうどんを作ってみたかったのですが腰がまだ痛くて止めます。昼食はここでうどんを食べる事になりました。そこへA班も加わりました。そこではうどん大食い大会があり、優勝すると一〇万円の賞金がもらえます。谷、田淵、A班からも数人出ます。星野君はその看板を睨んでいました。
「出ないの? 」と私は星野君に言いました。デブだし、昨日の夕食でもよく食べていたので優勝するかも知れないと思いました。
「出るさ、絶対に優勝するんだ」と私に熱く言います。この仕事の報酬が結構もらえるので別に賞金にこだわらなくてもいいのに、軽いノリ出ればと私は思うのです。でも、こういった大食いは以外と痩せている人の方が良く食べて優勝するんだ、と私は分っています。案の定、田淵も谷もすぐにギブアップで残ったのはA班のマッチョな身体の隊長と地元の普通の身体の女性、それに星野君です。
「おいおい星野もうダメだろあきらめろよ」とよっちゃんが言います。星野君はそれを聞かずまたお替りをします。
「星野君もう無理しないで」と私はそばに行って言いました。子供の頃、葉ちゃんの家族と日帰りの旅行に行った帰りうどん屋に入りました。葉ちゃんは大盛を頼みました。葉ちゃんのパパはそんなに食えるのか! と言いました。みんな食べ終えて葉ちゃんだけになりみんな待っていました。それを気にしながらも葉ちゃんは食べ続けました。
「守、食べてやれ」と葉ちゃんのパパは言い、守君が食べようとしました。
「僕が食べる」と葉ちゃんはだだをこねました。
「吐いたらどうするんだ。それにみんな待ってるんだぞ! 」と葉ちゃんのパパは自分の子供なのでハッキリと言いました。結局守君が残りを食べたのです。
 隊長はギブアップしました。優勝争いは星野君と地元の女性になりました。地元の女性はまだ余裕があり星野君はもう無理だと誰にでも分ります。主催者がこれはもう無理だと決めて地元の女性に優勝は決りました。星野君は口に大量のうどんを入れたままそれでも箸をかろうじて持ち動かないでいます。
「もう吐き出せよ」とよっちゃんが言います。星野君は口にうどんを入れたまま星野君を見ます。そしてそれを飲み込みさらにどんぶりのおつゆも飲み干しました。私達はそれを見て驚きました。星野君は会場から離れて地面に横になりました。
「そこまで無理しなくても」と私は言いました。
「僕はうどんが大好きなんだ。おばあちゃんが食堂をやっていてそこのうどんは近所でも評判で僕も大好きだった。だから負けたくなかった」
 私達は星野君が動けるまで待ってから出発しました。山奥に入って行きます。
「やはり、この先にベッキーを連れて来たようだ。夫人には家族はいない。だから愛するものは犬ぐらいなのだ」
 私達は山奥に入って行きます。私は緊張します。
「や、大きい小屋があるぞ! 」と谷が言いました。大きい小屋って、大きいのか小さいのか、どっちなんだ? 
「あそこに犯人達がいてベッキーを隠しているんだ」と隊長は言います。と言う事は犯人は一人じゃなく複数の可能性もあります。私はずっと一人だと思っていたのです。私達は慎重に近づきます。こっちは警察ではないのでピストルは持っていません。でも相手は持っているかも知れません。隊長がドアを開けて入ると何とそこにいたのはAチームの連中でした。
「遅かったな、どうやら犯人達はここにいたけれど我々に気づいて移動したらしい」とヒゲのAチームの隊長が言います。さっきうどん喰ってたからじゃん! 
「じゃあ、すぐに追いましょう」と内村隊長は言います。
「もちろん」とヒゲの隊長が言い私達はA,Bと別れてさらに奥に行きます。雪山で滑ります。優しい顔の内村隊長も近づいているからか険しい表情です。洞窟がありました。中からワン! ワン! と犬の鳴き声が聞こえます。中に入ると中にはなんと白髪のおじいさんとその孫でしょう、中学生の男の子と小学生の男の子がいます。小学生の男の子はベッキーを抱いてこっちを睨んでいます。
「やっと見つけたぜ」と内村隊長は先程までの優しい口調ではなく荒い言葉づかいで言いました。私にはこの老人と兄弟が犯人だとはどうしも思えません。すると後ろからA班の連中が来ました。
「お、見つけたな」とヒゲの隊長は言いました。
「ああ、手間取らせやがって」と内村隊長は言いました。A班の隊員達はにやにやと笑っています。
「お、何だ、こんなじいさんとガキが犯人なのかよ」と田淵は言います。私も驚きです。
「フン! 犬を連れているんだ。俺らは犬を取り返すのが任務だ」と内村隊長は田淵に言いました。
「俺らはじじいをやる。このじじいは見ためはじじいだけれど武術の達人でな、数人でかからないとダメだ! そのガキも気をつけろよ。特に大きい方は、じじいに小さい頃から鍛えられているからな」とヒゲの隊長は言います。おじいさんも子供達もそれぞれ木刀を持っています。
「うるさい、お前らには絶対鍵は渡さないからな」と小学生の男の子が言いました。鍵? 何でしょう鍵とは?
「フン! ガキが、お前はまだ小学生だろう」
「うるさい、僕をなめると怪我するぞ」と弟の方が言うとA班の連中が笑いました。
「おい、女子高生と星野と吉野でお前ら小学生のガキをやれ」と優しかった内村隊長が冷たい眼で言いました。吉野とはよっちゃんの事です。
「ど、どういう事ですか? あんな小さい子供を僕らがやるんですか? 」と星野君は驚きを隠せません。私もずっと驚いています。
「いいから、言われた通りにしろ、命令だ」と内村隊長は言いました。
「まあまあ。いいか、我々の任務は悪い奴からあの犬を取り戻す事が任務だろ、と言う事はあのじじいとガキが悪い奴に決っているじゃないか」とヒゲの隊長は言います。そっかあ、とんでもないおじいさんなのね! と納得は出来ません。どう見たってこっちが悪者でしょう。それに鍵ってなによ?
「おかしいよ。絶対、それにあんな小さい子供が犯人なんて訳がないです。説明して下さい」と星野君は食い下がります。そうです、やっぱりこの大人達が悪い方です。そっかあ、でも谷も田淵もよっちゃんもそれは知らなかったみたいです。つまりこのおじいさん達を私達で助ければいいでしょう。
「おい、副隊長早くしろ」と内村は言いました。
「そんな、おかしいです。この子供達が犯人だなんて、犯人はあなた達でしょう」と私は震えながら言います。この震えは寒さから来る震えでしょうか、それとも恐怖から来る震えでしょうか?
「優しくしてりゃ付け上がりやがって」と内村は言いました。
「そうさ、こっちが悪者さ、俺達はその犬もそうだが、首輪にある鍵も探していたのさ、この犬を連れて帰り鍵は合鍵を作れば宝の山もいただける。ばあさんはもうろくしているからだ」
「内村、お前はご主人と奥様にかわいがられていたのに、とんでもない奴だ」とおじいさんが言いました。ベッキーも吠えます。犬のそばにはやはり寒いのでたき火があり、おじいさんと兄弟と犬はあったかそうです。
「ふん、すべては金さ、そりゃ確かに助けてもらったのは感謝してるけれど、毎日、上から命令されると嫌になるんだよ。俺はもともとどSだからな」
「おい、そこのデブと女子高生はじゃあ、どうするんだ? 正義感からそっちにつくのか、せっかく金を山分けしてやろうと思ったのにさ」とヒゲ。
「いや、この二人はガキだ。いつかばれるだろう。だから、殺してしまうつもりだったからちょうどいい」と内村。私は余計震えました。背中から洞窟の中に入って来る外からの冷たい風を感じます。あの向こうに出て逃げよう、おじいさん達には悪いけれど私は単なる女子高生、助けてあげたいのは山々だけれど助けにならない。それよりか一人逃げて誰か助けを呼んでこの事を警察やマスコミに報告するのがいいと思います。私はチャンスがあれば逃げます。A班を見ます。おっさんばっかりです。B班も谷と田淵とよっちゃん、この三人がどっちに着くかが重大な分かれ目でしょう。
「おいおい、俺らも殺す気かよ」と田淵は言いました。
「田淵さんと俺は手間取るぜ」と谷。
「いや、お前らは悪そうだ。今後の悪事にも役立ちそうだ。協力するなら仲間にしてやる」と内村。悪い奴です。こんなに悪い奴だとは思わなかった。
「じゃあ、あんたらに着くぜ、なあ」と谷。
「ああ」と田淵。バカばっかり。よっちゃんはどう? 
「お前は? 」と内村が聞くとよっちゃんはメガネの眉間の所を人差し指で上げて少し笑って頷きました。えー完全にやばいよ。するとおじいさんとガキどもいや兄弟は立ち上がりました。それぞれ、木刀を持っています。星野君は元柔道部です。でも相手は悪い奴らそれに田淵は元プロレスラーなのですから、田淵、相手でも勝てないでしょう。A班の連中はリュックから鎖、ナイフ、ナックルなどそれぞれの武器を出しています。飛び道具は持っていません。良かった、と安心は出来ません。いくら武術の達人でもおじいさんはじじいです。それに人数が多い、便りになる中学生は172センチぐらいあって中学生としては大きな方ですが、相手はそれよりも大きいです。緊張が高まります。星野君と私はいつの間にかおじいさん側に立って内村達に対して対峙しています。これでいきなり、子供の木刀を取り上げて親分、やりましたぜ! なんて内村側についたらおじいさん達はおろか、内村達もびっくりするでしょう。でも、多分、殺されるでしょう。どうせ、殺されるなら、正義の味方でいたい。内村が近づいた時、吉野の裏切り者が内村の腕を掴みました。そして、メガネを外しました。
「お前は」
「そうさ、吉野さ」てずっと吉野って言ってるじゃん。
「あの吉野か」
「そう、料理人の吉野さ、矢沢さんお久し振りです」と言って内村を投げました。そして、リュックからなんとヌンチャクを二本出してこっち側に着いたのです。さすが、よっちゃん。いいねえ、大勢を相手にする時はヌンチャクに限りますな。
「てめえ、メガネで変装していたから分らなかったぜ。長い間会ってなかったから、それとフダンはいつもコック帽をかぶって白衣姿で滅多に会わなかったから」ってそりゃ、分らないわって分るでしょ。おうおう、さっそく、よっちゃんはヌンチャクを振り回しています。相当練習してないとああ、上手くは廻せない、でも狭いからあたりそうで怖い。
「松本ちゃん、君は逃げるんだ、さ、早く」
「はい」と私は洞口に反響するぐらいの大きな声で素直に答えました。私は敵どもの間をさっと抜けて急いで洞窟を抜けました。私を追いかけようとする輩はよっちゃんがさっと通りを塞いでくれました。ありがとう、よっちゃん。疑ってごめんね。ああ、大丈夫かしら、敵は大の大人ばかりです。しかも中には私が知っているかぎり元傭兵の谷、元プロレスラーの田淵と強者ばかりで、A班の隊長を始めやばそうな連中ばかり、こっち側はよっちゃんが強そうだけれど、後は武術の達人とはいえ、おじいちゃんと少年、それに子供で、星野君は柔道やっていたけれど、相手は何でもやるずるい奴らなのです。でも私がいたってどうにもなる訳ではないでしょう。だってか弱い女子高生で足手まといになるだけです。私の今出来る事は一刻も早く人のいる所に降りて助けを呼ぶ事なのです。村には交番がありました。多分警官は一人でしょうが、警察官はピストルを持っています。これは心強い、ピストルさえあれば、どんな大男だって心臓や頭撃っちゃえば一発です。あの二メートル三十センチ以上ある大巨人のマウンテンジャイアントだって心臓を撃てば一発です。簡単です。私だって勝てます。ああ、早く警察官に会いたい。外は雪は降っていませんが、積っていて真っ白で風は弱いですが雪を通って冷たく寒いです。雪を進むけれどなかなか進めません。でも私は急ぎます。吐く息は白く私のほっぺはもう赤いです。誰も追って来ていません。中はどうなっているのでしょう。よっちゃんが二本のヌンチャクであの内村とヒゲのどたまをぶち殴っているかも知れません。少年は谷の喉元を木刀で突き、おじいちゃんと児童はA班の連中をぼこぼこに叩き、おじいちゃんが後ろからやられそうになった時、あの犬が敵の金玉に噛みつき、星野君は田淵を投げてるでしょう。私はゆっくりと歩いて少し息を整えましたけれど走ります。私は普通の家庭で育ったのです。両親はとも働きで二人とも会社の重役で結構良い稼ぎです。姉は美人で頭が良く、外国語もペラペラで大企業で活躍しているキャリアウーマンです。私は、姉程ではないけれど勉強も出来てかわいいと評判でだいたい街を歩くと男性は私を気にします。恋人はいません。どこにでもいる半分処女の女の子です。半分処女ってどういう事? 思わず自分で笑いました。は! 後ろを振り向くと大きな生き物がこっちにやって来ています。熊だ! 油断しました。敵は奴らだけではなく自然にもいたのです。余裕こいて笑っている場合ではなかった。でも待てよ、熊は冬には冬眠している筈じゃないかしら? 私は逃げながらもう一度振り返りました。違う! 田淵だ! 田淵はタックルをしてきました。私はギリギリでよけましたが片足の足首のあたりだけ掴まれ雪の中にこけました。田淵はアマレス仕込みのするどいタックルです。私と田淵は雪の中にこけました。足で奴のおでこを蹴って離れました。どうやらやるしかないみたいです。
「あんた、何で? 」
「ふふ、中は他の連中がやっているさ。俺はお前を殺すために来た。耳そぎチョップのお礼もあるからな。俺が志願したんだよ。さあて、今度こそベアハッグで背骨を折ってからフロントスープレックスで山底へ投げてやる」捕まる訳には行かない! 今度ベアハッグを受けたならもう耳そぎチョップは使えない、なぜなら奴は今ニット帽を耳元まですっぽりとかぶっているからです。私はまだ痛い背中を触りました。ホテルウーマンに貼ってもらった湿布は冷湿布でもうその効果はないですがまだ貼りつけてあります。どうする? 私は普通の女の子、フツウの家庭に育ちました。やばい、かなりやばいです。普通の女の子がこんな状況にいるなんてないです。おうおう奴は余裕で笑っています。私は背負い投げを狙います。奴は多分腰の高いタックルで私を捕まえに来るでしょう。そこを格闘技をいろいろやっていた大好きな叔父に教えてもらった払い腰で投げる。でもこの雪です。クッションになってしかも奴はプロレスラーで受け身は上手いから効かないでしょう、素人の私ですら奴にフロントスープレックスで投げられても平気だったのです。問題は、どうする? 殴る? か細い私のパンチって効くかしら? 何発も何発も殴る? どうする? 来た、来た。やっぱり腰高のタックルだ? 奴がやってたのはグレコローマン? それてもフリー? そんな場合じゃない! 私はタックルを避ける事が出来ました。けれど続けざまに来ます。その時さっと身体を斜めにして足を固めそのまま腰を入れてでかい田淵をえいやーと投げました。完璧に投げました。でも雪と完璧な受け身で効かないでしょう。私はとっさにさっと後ろに引いてやつが起き上がった顔面に向ってジャンプしてドロップキックを放ちました。あたりました。けれど奴は大男で元プロレスラー軽い体重の私のドロップキックなんて効きません。もう一発です。奴は後ろに倒れました。でも効果はそれほどないです。
「このガキー! 」と奴は顔を抑えて起き上がります。私はここで大好きな叔父に鍛えてもらった廻し蹴りをやろうと決めます。いくら大男でこっちは軽い女子高生でも顎にあたれば倒れるハズ!当たれ! 当たれ! お願い当たってちょうだい! その刹那蹴った足に軽い衝撃がありました。スコーン! よく見ると田淵はうつ伏せで倒れています。やっぱりだ! やったー、やっぱり当たったんだ。でも相手は大男でスタミナがあります。油断は出来ないので田淵を仰向けに起こしてまずお腹あたりにダイビングセントーンを浴びせます。体重が軽く下が雪なのであまり効果はないかもしれない。これが水の上だったら効果抜群でしょう、と言うのはプールの時間、私が背泳ぎをしていると、プールサイドは走ったらダメよと言われていて常識なのに北野のぶーちゃんが走ってすべってなんと背泳ぎをしている私にダイビングセントーンを浴びせてるように背中から落ちて来たのです。私はプールの中で溺れかけ先生や由美達に助けられました。ぶーちゃんは悪気がなかったのか泣きそうな顔で私の事を心配していたので私は許しました。私は不安なので馬乗りになって顔面を何発も何発も殴ってやりました。白い雪には真っ赤な血がついています。奴の顔面はごつこつして私の手が痛いので私はもういいだろう。洞窟でみんながやられていたら追っ手が来るから急ごうと再び走りました。山は自然がいっぱいです。白い下には緑が埋もれているでしょう。多くの木があり雪が溶けて春になれば本当に美しい緑豊な場所です。それにしても良かった。払い腰が見事に決まったなあ、それでドロップキックはあれは無意識に出た。それが当たった。それで何と言っても最後のハイキック、気持良かった、感覚がほとんどなかったけれど、ズバッと決ったもん。スコーンって感覚、そうだなあ、ピンボールで上手くはじき返したような、素晴らしい、良かったあ、でも腰が入っててそれでちょっと背中が反ってたでしょ、あれが良かった。多分、客観的に見るとすごくきれいなフォームだったと思うよ、やっぱりホームラン打った時のバッターってスイングが美しいもの、あれと一緒、でも、背中曲げて背中が痛いなあ、帰ったら、華ちゃんの家に遊びに行って、高級マッサージチェア貸してもらおう。 
 私はそれから何回も自分を褒め頭に払い腰やドロップキック、ハイキックの映像を反芻させ、自己分析を繰り返しました。
 洞窟の中はよっちゃんと少年の活躍であっと言う間に内村やヒゲは倒されていました。田淵の顔ははれ上がり一番ひどかったそうで、よっちゃんは苦笑いしました。私はそれでも警察に感謝状を贈られ、婦人から予想以上の報酬をもらいました。ベッキーは犬があまり苦手な私をどうも気に入ったらしく唇を舐めたり御尻に鼻をつっこまれたりして困っているとそれを見ていた婦人は、あなたの事が好きなのよ、と言って笑いました。私は苦笑いしました。でも犬が苦手な私ですけれど、好かれるとうれしいです。華ちゃんの家のマッサージチェアは心地良く何度も使わせてもらい、腰が治った今でも時々お邪魔して使わせてもらっています。

 ちょっとブレイク! 未来の女子高生アンケート。 
 心が傷付いた時、男性教師におごってもらいたいものは?
 一位、ラーメン。二位、そば。三位、うどん。四位、タコ焼。五位、アイスクリーム。
Aちゃん「やっぱラーメンでしょ、泣いているとさ、覚めないうちに食べろとか言われて先生のチャーシューもらったり、またおっさんの先生はそんな事したがるんじゃん」
Bちゃん「分る、分る、でもさ、その店もさ、ラーメン専門店じゃなくてさ、昔からある赤い暖簾の中華料理屋でしょ、有名店でさ、行列が出来る店だと待っている間に心が覚めてさ、そろばん塾があるから私帰るって、なっちゃうわ」
Cちゃん「そう、それでやっぱ醤油ラーメンでしょ」
Dちゃん「醤油、醤油あっさりしたの、そこでこってり味噌やとんこつでスタミナつけたくないわ」
Aちゃん「そう、だから、そば、うどんはあってるけれどタコ焼きってどうなの? アツアツで先生のそばで泣きたいのに、熱くて食べるのに苦労して、傷付いて泣いているのか、舌やけどして泣いてるのか訳分んないじゃない」
Bちゃん「青のりとかつけてちゃ余計みじめよ」
Cちゃん「タコ焼き好きだけれど、近所にないもん」
Dちゃん「家の近所にはあるけれど、狭いし、ガキばっかりで先生とそんなとこで食べて泣けないわ。外ではガキが水鉄砲や縄跳びで遊んでるんだから、テイクアウトにして下さいってなって、結局食べるとこなくてお互い持って帰って家で冷えたタコ焼き食べる事になるんだから」
Aちゃん「アイスクリームはいいけれどソフトクリームは話をしている間に溶けるからベロベロ急いで舐めなくちゃいけないから泣いている暇がないわ」
Dちゃん「でもそんな私達に奢ってくれる金持の先生なんていないわよ」
Bちゃん「そりゃそうね」

 姉が来ました。仕事が忙しく一人暮らしを始めてからは滅多に家に来ません。パパはいつもと変わらない平気な顔をしているけれど内心はうれしくて仕方ないのがよく分かります。
「今度の土曜日空けといてよ」と姉がパパとママに言いました。
「え? 何? 」とパパは敏感に反応します。テレビを観ていた私もひょっとして、と気づきます。美人で小さい頃からいつも注目され、女子校に通っているにも関わらず、中学や高校では男子から言い寄られスカウトもしょっちゅうされ、大学生なると友達が応募したミスキャンパスで優勝するほどです。頭も良く成績はいつもトップでそのまま一流企業に入社してバリバリに働いています。でも姉に恋人の噂は今まで一度も聞いた事はありません。それがとうとう家に恋人を連れてくるのです。
「今、付き合っている人がいるの。紹介したいと思って」と姉が言うとさっきまでご機嫌だったパパは暗くなりました。やっぱり! どんな人だろうと私はイロイロ考えます。会社の同僚で仕事も出来るイケメンかなあ? それとも会社を経営している若いやっぱイケメン? でも姉はあまり金持とか関係なさそうに思えるのです。それと外見とかも以外に関係なく、すごいブサイクなオッサンだったらどうしょう。そんな人が私の義兄になったらヤダ! 話す事なんて何にもないじゃん。
「どんな人? 」とママが聞きました。こういう場合女親は娘の彼なんてどうでもいいと思っているのか平気なようです。
「うん、土曜日会えば分るからそれまでのお楽しみね」
「そう」とママは笑いましたけれどパパは黙っています。
「いい? パパ、土曜日ね」
「ああ」とパパは答えました。
「未来、あなたもよ」と姉が私に言ったので、私は驚きました。
「はい」と私は答えました。
 私は姉の彼がどんな人かと気になって考え続けました。楽しみであり、いったいあの姉がどんな人を好きになるかとても興味があるのです。
 土曜日になりました。お昼はママが作ったラーメンをパパと三人で食べました。姉は午後から彼を連れて来ます。三時になり、玄関のチャイムが鳴りました。そわそわしていたパパはテレビのチャンネルをリモコンをずっと持ったまま何度もかえていました。私も緊張してリビングでパパと一緒に待っています。スタスタとスリッパの音が聞こえ振り向くと姉がいます。でも、男性はいません。姉はケーキの箱をテーブルの上に置きました。ケーキはミサの夢という店の紅茶のブリュレでみんな大好きです。
「相手は? 」とパパは来て欲しくないけれど早く来て欲しいと複雑な心だったので疑い聞きました。その気持はよく分かります。姉はいつも家に来る時は仕事の帰りなのでカッコイイスーツ姿ですが、今日はカジュアルな服で長い髪は降ろしていてウエーブがよく掛っています。
「後から来るわ」と姉が言いました。
「後からって家分るのか? 」
「大丈夫」と姉が言いました。携帯で連絡を取り合うのだろう、とそれにしても一緒に来ればいいのにと私は思います。ママが紅茶を用意してケーキもテーブルに並んだ頃、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴りました。ママが立ち上がって玄関に行きます。男性ではないでしょう、携帯で近くまで来たら姉と連絡を取り合うだろうから、多分、宅配の人か近所の人だと思うのです。
「あら、守君」とママの声が聞こえました。お! とパパの顔も緊張から解けて立ち上がり私も玄関に行きます。パパは男の子が欲しかったらしくでも二人とも娘だったので、守君を大変かわいがっていました。
「どうしたの? 珍しいわね」
「こんにちは」
「よく来たね、さ、入って、お姉ちゃんも来てるんだ」とパパはうれしそうです。
「はい」と守君が答えました。姉の彼が来るとお互い緊張して空気が和まないけれど守君がいてくれれば話をそっちにシフト出来るからパパはうれしいのです。
「それがまあちょっと来客があるんだけどね」とパパ。守君はなかなか上がろうとしません。私の笑顔が崩れます。は? もしかして!
「さ、上って、今日は遊びに来たの? 」
「いえ」と守君は笑顔で首を振り二人を見上げています。パパとママは顔を見合わせました。玄関には姉の彼氏が履くスリッパが用意されています。スリッパでスタスタと歩いて来る音がします。姉が来ました。
「ひょっとして、守君? 」とパパ。
「はい、そうなんです」
「えー! 」とパパとママは驚きました。やっぱり、と私は膝から崩れ落ちそうになります。
「何だ、そうなのか! 」とパパは元気になりました。
「そうなの? 」とママもうれしそうに困った顔をして守君と姉を交互に見ました。
「はい」と守君。姉はさらっとした笑顔です。みんな笑顔ですが私だけ瞼が重く眠たくなります。
「早く言ってくれよ」とパパが言うと、守君は照れて姉を見ました。どうやらパパもママも確実に大歓迎です。守君が私をちらっと笑顔で見て通り過ぎます。私以外の家族はスタスタとうれしい音をたててリビングに行きました。私は力が抜けました。ショックです。だって私はずっと守君の事が好きで未だに多分間違いなく守君は私と結婚すると信じていたからです。それが事もあろうに姉と結婚するなんて! 
 リビングではもう新しい家族がうれしそうに会話をしています。テーブルには姉の買って来たブリュレの他に守君が買って来たモンブランも並びます。
「おうおう、未来早く座れよ」とさっきまで姉の彼が来るのが嫌だったくせにパパははしゃいでいます。私は魂が抜けた人みたくいや実際半分以上幽体離脱した状態でゆっくりと動いていて仕方なくソファに座ります。もう家族ってやだ。似てるくせにちっともお互いの心が分ってないのだから。
「何で黙ってたんだ? 俺が反対するとでも思った? 」
「いやあ、美郷ちゃんが黙ってって言うから、多分家の両親やおじさんとおばさんを驚かせようと思ったんじゃない」と守君が姉を見て笑いました。
「まあそれもちょっとあるけれど、ちゃんと結婚しようと思って付き合いたいと思ってから、それでやっぱり結婚しようと決めてから報告するのがいいと思ったの」と姉は笑顔で言いました。私は眠たくて身体が重くなりソファにもたれています。テレビがついていますが誰も観ていません。
「未来、なんだ、元気なさそうに、お姉ちゃんと守君が買って来てくれたケーキ食べろよ。大好きだろ」とパパのはしゃぎようがむかつきます。
「それで咲ちゃん達は知っているの? 」とママ。パパと守君のママは幼馴染です。
「うん、先週ね。二人とも驚いてたけれど、それで美郷ちゃんがおじさんとおばさんには黙っててって」姉は守君を見て笑っています。ハ! 私は姉の手が守君の太ももの上にあるのに気付きました。パパもママも気づいているのに注意しません。これが知らないおっさんの彼だったら怒っているでしょうに。守君たらジャケットなんか着てかっこつけて玄関で見た時はカッコイイと思ったけれど、今はちっとも思わないわ、プイって感じ。それにしても姉は二歳も守君より上の二十六歳なのにいいの? 自分より早く老けるわよ。痩せてるから皺も人より多いと思う。それに美人でもてて来たから、いろんな男性と付き合って来たに違いないわ。その数が多いから今まで家族には紹介出来なかったんだ。そんなワルと結婚していいの、ねえ、守君!
「ハハハハハハハ」だって、みんな大笑いしている何が面白いのよ。
「で、いつから? 」とママ。
「実は葉の葬儀の時、美郷ちゃんが来てくれたじゃない、あの時久し振りに会って話をしてご飯を食べに行くようになってからなんだ」不謹慎極まりないお兄さんね。絶対葉ちゃんは天国で許さないと思ってるわ。それと恥ずかしいって自分のお葬式の時に恋に芽生えるなんて許さないと思う。
「じゃあ、葉ちゃんが二人を会わせてくれたのよ」とママ。何を言ってくれてんのよ。ママのババア! 葉ちゃんはねえ、守君と私が結婚するのを一番望んでいたの!
「そうだよ、きっと」とパパ。ジジイ!
「それ、二人で言ってたのよね」と姉は守君と顔を合わせます。冷たい女のくせに! また手を彼の太ももの上になにげなく置いています。家族の前でいちゃいちゃ! 家族の前だからわきまえるのが本当でしょう。
「僕もそう思う」守は何を言ってるんだ! 弟の本当の気持を考えないで自分勝手な事言って! 私は腹が立って手づかみでモンブランを、相変わらずモンブランは美味しいって来たもんだ!
 け! それから具体的な結婚式の予定などを話し合いました。夕食はヤキニクを食べに行く事になりました。お昼、ママの作った生ラーメンを食べている時、ママが夕食はお寿司でも取る? と言うと、いいよ、さっさと帰るだろ、とパパは不機嫌に答えていたくせに! 
「僕のおごりだからいっぱい食べてよ」
「いいよ、守君お客さんなんだから」と二人のやりとりが車の中で続きました。私は関係なく肉を食べます。守君のおごりになり、好きな物たくさん食べてよ、と言うので、どっちみち私には関係ないので、高級なロースやカルビをたくさん頼んでいっぱい食べてやりました。
 私は帰ってお風呂に入り身体を洗いました。ゴシゴシと性器をタオルで激しく洗います。お湯を頭から桶で何杯も掛けました。お風呂から上がり机の上に飾ってある葉ちゃんの写真を見ます。あああ、と私は声を出しました。

 あっと言う間に結婚式になりました。その前日、姉はこっちに帰って来ました。その夕飯は姉の大好きなママの手作りの骨付きのから揚げがテーブルに並びました。私は食べると美味しいけれど、骨つきは手が汚れるし、骨についた肉をどこまでも食べて言いか分らないので好きではありません。パパは嫁入りの前日なのにご機嫌でした。
 ホテルにはたくさんの人が集まっています。学校の制服姿なのは私だけです。姉の会社の人や友人、守君の会社の人や友人がたくさんいます。学校も企業も有名な所でなんかセレブみたいなたくさんいて、豪華なドレスや高級なスーツを着ています。私はそんなのに興味はなくシラーと白けていますが、ママの実家から大好きな叔父さんが来るので久し振りに会うのが楽しみなのです。叔父さんは知り合いが私だけなのでお互い孤独な者同士仲良くやろうと思います。最近、やっと美人なミレイさんと言う会社の後輩と結婚した叔父さんです。ミレイさんは妊娠中でまだ動いても全然大丈夫なんだけれど遠出なのとおじいちゃんとおばあちゃんがもう年寄で今回出席しないから二人の世話もあってやめておくと言って叔父さん一人だけです。私達は両親と親族の控室にいます。お互いの家族は知り合いなので別に緊張はしないけれどこっちはパパは一人っ子でもうおじいちゃんとおばあちゃんはいません。ママの兄弟は弟の叔父さんだけです。それにしてもおじいちゃんとおばあちゃんもまだ畑をやっていて丈夫なのだから呼んであげればいいじゃない、と私がママに噛みつくと二人がめんどくさいと言ったそうです。あ! 叔父さんが来ました。叔父さんはドアの近くの席に座っていた私に気づいたくせに何も言わず、無視してママの所に行きました。照れてやんな! すると美郷の所にちょっとあいさつに言って来ると言って険しい顔でまた前を素通りして出て行きました。姉は新郎新婦の控室で来客者達の相手をしているから叔父さんはすぐ帰って来るだろうと思って待っているとなかなか帰って来ません。私は心配になって見に行くと大勢の人がいて姉や守君を取り囲んでいますがなんとその姉の横に立ってドレスを着て座っている姉と話をしています。私はツーンとなって中に入って待っているとずっと二人は喋っていて、叔父さんは腕組みなんかしちゃって厳しい顔なのに姉は指で唇を隠すようにして何度も笑っています。私は腹が立ちました。花嫁を独占していいと思っているの、と注意してやろうと乗り込んで行くと姉か守君の知り合いか知らないけれどスーツ姿のメガネの男に写真を撮ってと言われて図々しいと思いましたが、姉の結婚式なので笑顔で撮ってあげようとカメラを受け取ろうとすると、いや私と撮りたいと言うのです。まあ、分らないくはないです。アイドルだと言ってもおかしくない美人の姉とはまた違ったととても可愛い妹なのです。それにキレイ系ばかりの女性なのにそこにかわいいしかも制服姿の女子高生がいるのですから、その持てないーズの男性どもは写真を撮りたいと思うでしょう。それに姉とはもう付き合う事は出来ないので、違う女性、しかもかわいいノーメイクでまわりのけばけばしい連中、よく言うと大人っぽい、素直に言うと粉っぽいババアばかりなのです。私と写真を撮ったメガネの青年はうれしそうでした。姉の方を見るとまだ叔父さんは喋っています。フリートーク番組か! そんなに話芸に自信がある芸人か! と、私はイラ立ちうーと飼い主に忠実で守ろうとする柴犬のように私は歯をくいしばってきりきりさせてうーとうなって叔父さんを睨みます。前に進もうとしますが来客が多く、私はもう、と外に出ました。帰って来るだろうと思い、控室に戻って来ますがなかなか戻らないのでもう一度姉の控室に行くと姉はもう友人達と写真を撮っていて叔父さんはいません。叔父さを探しに行くとエレベーター前の休憩室みたいな所では守君の方の親戚の小さい兄弟達がヒーローごっこをやっています。二人は母親にしかられて連れて行かれました。他の家の子供でした。窓側のソファの方を見ると叔父さんがいました。あんなところにいた。と注意してやろうと近づきます。叔父さんは背もたれにもたれてぼうとしていて、私に気づくと背筋を戻してポケットからなんとポータブルゲームを取り出してゲームを始めました。なんという屈辱、私はそばに座って見てやります。叔父さんは格闘ゲームをやっていてこれだ、暇つぶしにはいいわい、と私がやらせてよとおねだりするとゲームを持ったまま背中をひねって私からゲームを遠ざけます。それで格闘ゲームが終了して貸してくれるのかと思うとなんとカードを買えて麻雀を初めてたのでこりゃ分らんとルールを知らない私は叔父さんの隣でずっとつまらなさそうにしていたけれど姉と守君の悪口をずっと叔父さんに語っていました。私達はそこに長くいすぎてママに式に遅れるでしょ、と怒られてあわてて親族の控室に戻りました。結婚式が始まり、姉と守君は指輪を交換しました。披露宴にはたくさんの人が来ています。私の席は末席でパパ、ママ、私、叔父さん、とパパの叔父さん、それに近所の松村のおばさんと娘の恵さんが座っています。姉と守君の会社や友人達のスピーチやパフォーマンスが続きます。料理は和食中心で金を掛けているだけあって豪勢です。おじいちゃんとおばあちゃんも連れてくれば良かったのに! パパの叔父さんはもう年寄なので和食が良かったと勝手に思いつつビールを飲んで顔を赤くしていて酔っぱらって大丈夫なのかな? と思います。姉の友人達の歌唱や守君の友人達のパフォーマンスは下らなく私は隣の叔父さんばかり見ています。
「おい」と私は叔父さんに言われました。
「何? 」
「お前、あのおじさんの相手してやれよ、一人で黙って酒飲んでるじゃないか。話相手なってやれよ、お前の親戚だろ」
「そんな、私といくつ違うのよ! それに私知らないもん」
「いいから、ビール注いでやれよ」
「嫌! 」
 大好きな叔父さんは私をひどく睨みながらおじさんにビールを差し出しました。
「さ、おじさん、どうです? 」
「ああ、これりゃ、すんませんのう」
「いえ、遠いとこわざわざこっちには今日来られたのですか? 」
「ええ、新幹線ですわい」
「そりゃお疲れでしょう。夜はこちらへ泊まられるのですか? 」
「いやあ、こっちに親戚がおりますから、そこへ泊まりますわい」
「そうですか、いや、私は新婦の叔父ですがね、母親の弟なんですが、あの子は小さい頃から、よくてねえ、姉も義兄も嫁に行くんで残念に思ってるでしょう。でもまあそんな年齢ですから、ちょうどいい年齢ですから」
「はあ、そうですなあ、あの美郷ちゃんは小さい頃、よく家の方にも遊びに来て知っておりますわい」
「なるほど、これが妹なんです」
「ああ、妹さんかね、ふうん、そうそう、生まれた時に一度見せに来たけれどもう大きいですなあ」
 私は叔父さんに紹介されてさっきもあいさつしたけれどまたあいさつします。
「おじさんはお子さんは? 」
「はあ、二人おります。二人とも娘で次女が婿をもらって姉も近くに住んでますからな、いいです」
「それはいい、お孫さんは? 」
「ええ、姉の方が四人で、男、女、男、女、娘が三人で女、女、男です」
「そりゃ賑やかだ。それはいい」
「はあ、もう、畑仕事や家の事よく手伝ってくれますがな、上の男の子は野球をやってます。ピッチャーで小学生ですけど背が高いです」
「なるほど、それは頼もしい、将来はプロ野球選手ですな、さ、もう一杯」
 何の会話だよ。せっかく、守君の会社のはげでデブの部長が緊張して汗流しながら結婚式のスピーチ集で暗記したような話をしているのに! ママはずっと松村親子と喋ってばかりでパパは守君の親戚の人などと話をしています。私はそれにしても長いなあ、と私はホテルマンを呼んでジュースのお替りを頼みました。前では守君の上司が二人にジョークを交えた話をしていて新郎と新婦はよく笑っています。全然つまらないけれど。みんなよく食べよく喋りよく笑っています。反対側の守君の家族の席の方を見ます。葉ちゃんが元気で生きていたならばあの中に座っていたでしょう。私はひょっとしたら葉ちゃんを連れ出して外に出てどこかに座って話でもしていたかもしれません。
 叔父さんが外に出ました。なかなか帰って来ないので私も気分転換に外に出ます。叔父さんを探します。叔父さんはいません。すると壁にもたれてまたゲームをやっています。
「ひどい、ゲームなんかやって! 」と私が近づきながら言うとこっちに気づいてチラッと見ましたが、またゲームをやります。
「だって、つまんねえんだもん」そりゃそうだけど、大人でしょ、と私はあきれます。私は叔父さんの隣の壁に両手を腰のあたりで合せてもたれます。たまに通る人はなんだろう、この二人みたいな感じで見ます。叔父さんはロールプレイングゲームをやっています。私は何を考えようかと何かを見ながら何かを探しています。叔父さんのスーツ姿を見るのは久し振りです。叔父が結婚する前、ママの実家に遊びに行った時、ミレイさんを紹介されました。とてもキレイな人でした。叔父さんに私は結婚式に呼んでよ、と言うと呼ばない、結婚式はやらないから、と言われました。実際、叔父さんはミレイさんと二人だけで新婚旅行を兼ねてハワイに行って式を挙げて来たのです。シアワセ? なんでしょう。私は? ロールプレイングゲームに叔父さんは夢中です。
「ああ、そうか、何だ」と叔父さんは一人言います。私達は随分とここにいます。もう式も終わるのではないかな、と心配になりますが叔父さんと二人だからいいか、と思います。
「鍵は倉庫の中だってよ。何だよ、あそこかよ」と叔父は私に言いました。知らないわよ、そんなの! 
「ちょっと何やってるのよ! 」と言われ、振り向くとママでした。
「帰って来ないと思ったら、こんなとこで、もう、早く帰って来なさい」
「もう終わったのか? 」と叔父さん。
「もうすぐよ。もうすぐ花束贈呈で私も出なきゃならないんだから」
「何だよ、いいだろ、別に俺がいなくても、下らない。今やっと鍵が見つかって世界が救われるんだぞ」と叔父さんがママについて歩きながら言うとママは叔父さんを振り向いて睨みました。
 席に戻りました。オレンジジュースがコップに半分残っています。それは空気になじんでいて多分とても生温く、埃も入っていて今更飲む気にはなれません。花束贈呈でパパやママ達が金屏風の前に並んでいます。会場は暗くピンスポットです。姉は守君の両親に花束を渡し、守君はパパとママに渡します。ま、ホテルマンから渡されたのを渡しているだけです。
「最悪兄弟みたいに花束持って急に暴れたらおもろいのになあ」と叔父さんが随分昔に観たプロレスの事を私に耳打ちするので私は噴出すのを我慢しています。と言うのは最悪兄弟は本当に最悪の悪役プロレスラーで顔もブサイクで二人ともデブで一人はアフロで一人はハゲで口の周りにヒゲをはやしていて反則技ばかり使います。それに花束嬢から花束を受け取ろうとすると花束嬢はびびってすぐにリングを降りそれでも最悪兄弟は受け取ったらすぐにベビーフェイスのチームに必ずその花束で襲い掛るのです。私は姉と守君がパパ達にそんな事をする訳がないのに想像するととてもおかしくてたまりません。姉が感謝の手紙を読み始めました。みんな静かに聞いています。
「美郷め! 言うようになったなあ、お、おい、おじさん見てみろよ。ビールの飲み過ぎて眠てんじゃないか! 」と叔父さんがまた余計な事を言うのでおじいさんを見ると赤い顔をしえうつらうつと眠そうなのでおかしくて右腕で唇を押えます。
「だあれも泣いてないのに、義兄さんだけじゃん、悲しそうな顔してるの」と叔父さんがまた耳打ちします。
「もう! 」と私は叔父さんの腕を叩いてやりました。確かに悲しそうな顔をしているのはパパだけです。またおじいさんを見ると完全に眠っていています。
「BGMもこんな感動的な奴じゃなくて美郷が口三味線でもやればいいんだよ、べんべらべんべらべんべらべんべんってなあ」と叔父さんがまた私に耳打ちするので私はおかしくて口元を押えます。誰が感動的な披露宴で新婦が口三味線なんかするのでしょう。そんな訳ないのにあの美しい姉がそれをやっている所を想像すると私はおかしくて口を両手で押さえますが他人が見たら完全に笑っていると分かるでしょう。近くにいたホテルマンが感動せず笑っている私を見てびっくりしてこっちを見ています。守君のお父さんのあいさつがありました。
「続きまして新郎の守様より皆様にごあいさつがあります」と司会者が言うと守君はマイクの前に立ちました。
「本日はお忙しい中、私と新婦美郷の結婚式並びに披露宴に足を運んでいただきまことにありがおうございます。先程、私達のアルバムを使った紹介にもありましたけれど、私の母と美郷の父は幼馴染で家も近くでありますから家族は非常に仲が良く私と美郷も姉弟のような関係でした。私には弟がいました。美郷には妹がいます。二人は幼馴染でした。弟は生まれた時から身体が弱く、二十歳まで生きればいい方だと言われていて、十五歳で亡くなりました。その葬儀の時に私は美郷はもう社会人だったので滅多に会わなかったのですが久し振りに再会して付き合いがはじまりました」
 オレンジジュース。みんな大人しく守君の話を聞いている。じっとしている私の心。オレンジジュースに手を伸ばそうと思うけれど私の心が動くな!と私の身体を止めます。
「弟が小学三年生の時、その頃は身体の調子も良く水泳を習い始めました。二十五メートル泳げるようになって、先生のすすめもあって大会に出ました。私も両親もまさかそんな大会に弟が出場出来るとは思ってなかったので家族で観に行きました。美郷の妹も大会に出て彼女自身もアルバイトでインストラクターをやっていました。弟は二十五メートル競技に出ました。弟は他の子供に比べて非常に遅くそれでも教えてもらった通りに丁寧に泳いでいました。私のそばにいた人が、溺れているんじゃないのと笑いました。他の人達も遅い弟を見て失笑していました。弟はそれでも一人プールの中誰の助けも借りず足もつかず最後まで泳ぎ切ってごゴールしました。最低記録でした。会場は弟の独占で白け覚めていました。私はどうする事も出来ず二階席から見ていました。弟を迎えに行こうと下に降りて行くとその前にジャージ姿の彼女がいて弟の前に立ち膝を曲げて抱きしめました。弟はまだ濡れていて身体も細く壊れそうなぐらいです。メガネを掛けてとても弱弱しい。そんな弟を彼女は褒めて抱きしめてくれたのです。私はあの時の光景が未だに忘れられません。彼女はとても優しい人です。これからどんな事があっても彼女と助け合って生きて行きます。本日はどうもありがとうございました」
 姉が濡れたとても痩せて小さい、外していたきつい度つきメガネを掛け白い肌で冷たそうなとてもヨワッチイ葉ちゃんをしっかりと抱きしめていた姿を私は想い出しました。姉はうつむいています。守君の母親は泣いています。私は叔父さんを見ました。叔父さんはまっすぐ前を向いています。その横顔は歯を喰いしばっているためえらが出てその分頬がかけています。私は何か叔父さんから想い出そうとしています。でもそれは止めておこうとしているのか、それとも想い出せないのか分りません。私の心は身体に動くなと言っただけでなく心も動くなと言ったのです。あとでじっくりと考えるんだ、と今は言っているのです。
 見送りにパパ、ママ、守君の両親、それに新郎新婦が立っています。私は恥ずかしいので叔父さんに隠れるようについて行きます。叔父さんは来客に頭を下げて声を掛けたりしているのにその後ろを何事もないようにすっと通り抜けて行きました。私もあわてて行きました。
「お前はあのおじいさんを見送ってやれよ」とまた無茶を言います。おじいさんが出て来ました。
「どうも、おじさん、これから、その親戚の家ですか? 」
「はあ、地下鉄で行こうかと、おもうとりますが、なんせ、複雑で、まあ、誰かに聞いて行きます」
「そりゃ、タクシーで行った方がいい、疲れますよ。さ、これ、で」と叔父さんは生意気に一万円を取り出して渡しました。
「いや、こんな事は」
「いいんですよ。この娘の母親が後で私に払うんですから、おい、未来、お前おじさんをタクシー乗り場まで送って行先を言ってやれ、何なら、お前家までついて行け」私はおじいさんの手前、強く否定する事が出来ず、笑顔で叔父さんを睨みます。おじさんをタクシー乗り場まで送り届けると叔父はさんまたソファに座ってゲームをやっています。知らない小さい子供達が叔父さんのまわりに集まってゲームを見ています。
「ちょっと自分はゲーム? 」
「当たり前じゃないか、俺は来客だぞ、お前は新婦の妹だろ」
 小さい子供は他の披露宴会場の子供達で親に呼ばれてどこかに行きました。パパとママが来ました。
「じゃあ、俺は帰るぞ」と叔父さんはゲームをしまいソファに深く座っています。
「泊まらないの? 」とママ。
「泊まらねえよ。あ姉ちゃんおじさんにタクシー代三万円渡したから一万でいいからくれよ」と叔父さんは言い、立ち上がりました。ママはなんでそんなに渡すのよ、と怒っていましたけれど一万円渡しました。叔父さんは嘘つきです。
「叔父ちゃん、泊まってってよ」
と私は叔父さんが大好きなので言いました。
「やだよ」
と叔父さんは言いました。
 私はてっきり私の家に泊って仲良く夕飯を一緒に食べると思っていたのでとても残念です。
「どうも遠い所ありがとう。お義父さん、お義母さん、ミレイさんによろしくね」とパパは云いました。叔父さんはそのままスタスタとさっさと帰って行きました。と私はさっさと自分の居場所に帰る叔父さんのの背中を見ていました。

 ちょっとブレイク! 未来の女子高生アンケート! 一番すけべそうな職業は?
 一位、演出家。二位、漫画家。三位、サラリーマン。
 Aちゃん「もう、演出家ってやりたい放題よ、違う、違うって何度もダメだしして触りまくるんだから」
 Bちゃん「そう、ラブシーンなんかでも違うって最後に自分でやってみせるんだから、ちっとも違やしないのにさ」
 Cちゃん「そうドスケベの塊ね、八十パーセントが女優をどうやってやろうかとかしか考えてないんだから、揚句の果てもり盛り上がっちゃって結婚までするんだから、笑っちゃうわ」
 Bちゃん「ほんと、盛り上がってんじゃないわよ」
 Dちゃん「プロデューサーとかもじゃない」
 Aちゃん「いや、そうでもないみたい、だって女優が売れると、バラされて立場が危うくなってばらすぞ、ばらされたくなかったらもっとつかえっておどかされるんだから」
 Bちゃん「漫画家ってのも性質悪いよ、だって自由自在でしょ、簡単に頭に浮かんだスケベな事を絵に出来るんだから本当の変態よね、キレイな女性を街で見たらすぐに家に帰って裸を描いちゃうんだもの、サイテーよ」
 Cちゃん「サラリーマンは単純に数が多いからスケベの確立も多いわ、男ってだいたいスケベよ」
 
 春休みになりました。たまに姉と守君が家に遊びに来ます。それで夕飯はたいてい外に外食にみんなで行きます。家は両親がともに会社の重要なポストで働いているから裕福な方ですが、外で食べる時は若いまだ金に余裕がない家族が行くようなファミリーレストランや回転寿司とかです。それで、姉も金持だから、高級な寿司屋とか有名レストランとかに行くのかと思いきややはり、いつも行くファミリーレストランや回転寿司です。姉は自分達はフダンは高級寿司や懐石料理や高級なフレンチなどを二人だけで食べに行っているから私達と食べる時は何でもいいのです。ハンバーグ専門のファミリーレストランに行きます。子供の頃から行っています。子供の頃はうれしくてうれしくてたまらなかったけれど、今ではまたか、と思います。でもやっぱり美味しいからどこか今でも楽しみです。この店には同級生の円ちゃんのお母さんがパートで勤めていて会うと恥ずかしいのです。案の定、ママが話を初めて、姉は久し振りで、守君を紹介しました。私はチーズハンバーグデラックスです。それを食べながら、守君にパパが話掛けたり、ママと姉の会話を聞いていました。それだけです。子供でも出来れば面白いけれど、新婚夫婦がたまに来て飯食って帰るだけです。いつもと変わらない週末です。でも、私はワクワクしています。と言うのはこの春休みにすぐおじいちゃんとおばあちゃんの家に遊びに行くのです。大好きな叔父さんもいます。その叔父さんにやっと子供が産まれました。女の子で夢ちゃんです。ミレイさんの話だと叔父さんはとても赤ちゃんを可愛がっているそうです。私も小さい頃とても可愛がってもらったので、ちょっと嫉妬するかも知れません。ああ、早く行きたいな、と待ちどうしい。朝はまだ寒くそれでも桜の木には桜のつぼみが見えています。私はショートヘアをさらに短くしてさっぱりとしました。くせっ毛で姉みたくキレイなストレートにはならないのです。姉はウエーブを掛けてボリュームがあります。私は私なので耳を出すぐらいにしました。さらに街ですれ違う男性の眼が私に集まっています。
 朝になりました。自然と早く眼が覚めます。もうバッグには荷物をおさめています。始発に乗っちゃう勢いです。ママとパパが起きて来ました。私は朝食も食べずにまだパジャマ姿の二人にあいさつをして玄関に行きます。
「そんなに早く行くの? 」とママはあきれます。
「だって、遠いのよ。今から出ても昼ぐらいになっちゃうんだから」
「お金持ったのか? 」とパパ。
「持ったわ」私はパパからもらったおこずかいとさらに叔父さんの赤ちゃんのお祝い、姉の分もあります。それはバッグに入れてあります。
「気をつけてね。着いたら電話するのよ」
「はーい、じゃあねえ」と私は飛び出しました。朝はまだ冷えています。仕事に向かうサラリーマンが歩いています。バッグを持ったジャージ姿の女の子が歩いています。春休みだからクラブ活動でどこかの学校の練習試合なんかやるのでしょう。コンビニに寄り、サンドイッチとジュースとお菓子をたくさん買って行きます。地下鉄は早朝なのに仕事に向かう人で多かったけれど、新幹線の自由席は空席が目立ちます。私は窓際に乗って新幹線が動き出すとさっそくサンドイッチを食べます。お腹が膨れると早速眠ります。自分のいびきに驚いて起きました。よだれが無茶苦茶出ています。もうそろそろ古都に近づいています。古都には修学旅行で行きました。おばさんの話によると円ちゃんは修学旅行に行って以来古都が大好きで年に四回は行くそうです。一人の時もあるし、おばさんと行く時もあるそうです。それこそ、早朝の新幹線に乗って行き夜遅く帰って来るそうです。円ちゃんとは高校が違うので最近は会ってないけれど音楽の先生になるのが夢で大学は音楽大学に進学する予定です。
 私はチョコを食べながら音楽を聴いています。街を抜けると自然や田園が窓の外に見えます。チョコを食べるのをやめてガムを噛みました。立て続けに三個ミント味のガムを噛みました。甘ったるかった口の中がスッキリスースーしています。私は窓の外を見ながらこうやってじっとしているのにどこかに向っている私を不思議に思うけれど、そんなぼうっとした頭とちゃんとしている口の中のミスマッチで私の中に眠っている大事な想い出を想い出そうと試みます。私は青春間只中です。いろんな想い出を確かめなければならない。私は口の中のガムを紙に包みました。スポーツドリンクを口の中に含むとスースーと冷たい風が通ります。強く濃い鉛筆で強くなぞりながら想い出を想い出さなければならないのです。ちゃんと会って話をしたい。もう葉ちゃんは大事な想い出立です。もう葉ちゃんに会う事は出来ない。けれど一方的でいい。私は出し惜しみする事なく想い出達に会おう。
 もう何回もママの実家には行っています。けれど、小学三年生の時は特別でした。私は葉ちゃんにおじいちゃんとおばあちゃんの住んでいる街の話をしました。山に囲まれて自然が豊富でカブトムシやクワガタもいっぱい取れて、大きなすべり台もあるんだよ、と自慢しました。葉ちゃんは行ってみたいと言いました。私はママに話をしました。もちろん、夏休みに家族で行くつもりであると思っていて、葉ちゃんも連れて行ってもらうつもりでいたのです。ママは今年は行かない、と言いました。パパもママも仕事が忙しく姉はクラブやバイト、友達と旅行に行くので、そのつもりはない、と言うのです。私はだだをこねました。葉ちゃんも家族に話したらしく電話があり、どうしても行きたいと言うのです。葉ちゃんの身体は良くこんなチャンスはないと言うので、私と二人だけ行く事になり、くれぐれも葉ちゃんの身体に異常が現れたら無理をさせない、近くの人に助けを求める事など約束させられました。私はよくそれは分っていました。葉ちゃんと二人だけで行けるのでうれしくて興奮していました。私はくれぐれも葉ちゃんの事をパパとママに言われ、それは私もよく分っていました。朝早く眼が覚めてキッチンに行くとママが朝から私のためにお弁当を作ってくれていました。私の好きな俵型の小さいお結びが六個とウインナーにから揚げに卵焼き、輪にキュウリを入れたちくわ、茹でたブロッコリーにプチトマト、それに缶詰の桜桃が入っていました。ママは二人分作ってくれたのです。仕事に行くパパとママに駅まで一緒に行き、途中の駅で葉ちゃんとおばさんに合流しておばさんに新幹線のホームまでついて来てもらいました。葉ちゃんも私も帽子をかぶっています。おばさんに葉ちゃんの事をくれぐれもよろしくと言われ私はその意味を充分分かっていたけれど、それよりも子供二人だけで出掛ける事にワクワクしていたっけ! 新幹線に子供が座り窓の外をじっと見ていました。葉ちゃんは窓側に座って川や橋を見ていました。私は早速お弁当を食べよう、葉ちゃんの分もママが作ってくれたんだよ、と言うと葉ちゃんもおばさんが二人分作って来てくれていました。それはサンドイッチで二人でお互いのお弁当を半分ずつ食べました。お腹が膨れると眠くなって二人とも眠りました。眼が覚めると二人でゲームをしたりトランプをしたりして時間はあっと言う間に過ぎました。駅に着いて在来線に乗り換えのホームでは迷う事なく行けて列車に乗りました。列車では私達は四人掛けのボックス席に互いに向い合って窓側に座りずっと窓の外を見ていました。ビルもなく家もなく山や川の自然ばかりを見ました。私は何回も通っているので見慣れていてでも葉ちゃんは初めてなのでどう思っているのかな、と思いました。葉ちゃんは度のきついめがねでずっと窓の外を見ていました。駅にはおじいちゃんが来てくれていて二人とも後ろの席に座りました。おじいちゃんはスーパーに寄ってくれてかき氷を買ってくれました。私はイチゴシロップで葉ちゃんはブルーハワイで青いシロップが掛ってました。近くの川は真夏でキラキラしていました。窓を開けると風が中に入って葉ちゃんの帽子が車内に飛んで二人でゲラゲラといつまでも笑っていました。
 
 駅には誰も迎えには来てくれていません。叔父さんは仕事だし、おじいちゃんは寄合、ミレイさんは子守です。それといつ着くかとか迎えに来てくれとは言っていないのです。タクシーに乗ろうかなと思ったけれどもったいないので歩きます。駅前の古びたゲームセンターにはあまり人はいません。それでも画面にはヒーロー達が勝手に暴れています。タイ焼き屋があっておばあさんが買っています。川があり橋を渡ります。その真ん中で停まって携帯で写真を撮ります。すれ違う人がこんな所で写真なんか撮ってどうしたんだろう? と不思議な顔をします。私はしばらくその真ん中あたりで川を見ています。風は冷たく肌に触れてひんやりします。歩くのっていいな、と思います。いつもママが会社の人に買って帰るお土産の和菓子屋さんがあります。そこに入ります。そこでは農作業をしていたような恰好のおじさんがママがいつも買う、春便りという御饅頭を買っていて店のおばさんがすごいスピードで包装を鮮やかにしてひもを結びつけています。あれは簡単そうに見えて実は難しいのです。と言うのは私は真由ちゃんのお父さんがやっているケーキ屋を手伝った時に教えてもらったけれどなかなか出来なかったからよく分っています。おじさんが出ると私も春便りが好きなので久し振りに食べたいと思いました。ばら売りして一個百五円なので買おうと思ったら、あげるとおばさんがくれました。私はうれしくて、ありがとうと言い、外に出て御饅頭を食べながら歩きました。白餡でパイの皮で包んだ優しい味です。帰る時に一箱買って帰ろうと思うのです。だいぶ歩きました。まだ遠いです。ミレイさんが通っていた高校があり、部活をやっていたのでしょう、そこの生徒とすれ違います。私も高校生です。前に来た時は男子は学ランだったけれどチェックのズボンにブレザーにネクタイになっています。女子はチェックのスカートに上は一緒でかわいい制服です。グラウンドではサッカー部が練習をしていました。さすがに疲れて途中のカフェで休みます。まだ寒い季節だけれど喉が渇いて身体も暖まっているのでバナナジュースを頼みました。こりゃ美味いと一気に飲み干しました。ケーキ屋があります。そこは小さい頃、おばあちゃんと姉と出掛けてモンブランを買ってもらった記憶があります。大きなモンブランで甘くて美味しかった。店に入るとあったので五個買いました。家に着くとミレイさんが赤ちゃんを抱いて出て来ました。赤ちゃんとはもちろん初対面です。
「歩いて来たの? 」
「うん、歩いて良かった。もうすぐよね、桜」
「そう、今度の日曜日ぐらいじゃない」
「良かった。間に合うわ。あ、これ、ケーキ、モンブラン買って来たよ。それとお土産」
「ありがとう、うれしい、どこのケーキ? 」
「山崎スーパーの隣にあるケーキ屋さん」
「ああ、藤岡さんね」
「抱かせて」
「いいよ」とミレイさんが私に赤ちゃんを渡してくれました。赤ちゃんは生暖かくてとても柔らかくて抱いているこっちが癒されて心地良いです。なんて小さい顔なんでしょう。指も小さいけれどちゃんと爪がついている。私に抱かれても泣きません。私は頬に頬を摺り寄せたりチュチュ、チュッチュとほっぺにキスをしました。
「泣かないね」
「人見知りしないの」
 私はじっと赤ちゃんを正面から見ています。赤ちゃんは笑いました。
「こっちは寒いでしょう」とミレイさんは紅茶を作ってくれています。私は赤ちゃんを抱いてその後ろ姿を見ています。彼女はまだ二十二歳で姉より年下だから、私にとっても友達みたいな感覚で見た眼も私と変わらない女子高生と言ってもおかしくないぐらいで、眼が深くキレイです。私は背が百六十七センチあり高い方で、前に会った時にミレイさんは百六十ぐらいかなと思っていたけれどもう少しあるように見えます。
「ううん、あっちと変わらないよ、ま、あっちもまだ寒いから」と言い私はまたチュッと赤ちゃんにキスをしました。私達はモンブランを食べます。紅茶の香がします。家は叔父さんが立て替えています。大きな家でモダンになっています。リビングには炬燵があってそこに入ります。赤ちゃんはそばにあるベビーベッドに入ってちょこんと座っています。私は姉の結婚式やおじいちゃん、おばあちゃんの事などイロイロと話をしました。時間はあっと言う間に過ぎて、おじいちゃんが帰って来ました。おばあちゃんも仕事から帰りました。
「今日はカレーだけど、未来ちゃん嫌いな物ある? 」
「ないよ。あ、セロリとゴーヤはだめね」
 ミレイさんが夕食を作っています。お嫁に来て同居するようになってからはミレイさんが家事をやっています。おばあちゃんは子守です。私もキッチンに行って椅子に座り手伝う事なくミレイさんと話ばかりしています。カレーの刺激的な臭いが鼻を突きます。
「叔父さんは何時ごろになるの? 」
「そうね、七時ぐらいね」夕食の準備が出来ても私達は叔父さんを待ちます。地元のニュースを観ます。桜の話題をやっています。車の音が聞こえて来ました。私はドキドキします。いつもクールなので今回はどう反応するかと不安です。不安を抱えながらもテレビを観て背中で叔父さんの発する音を感じています。玄関の音、スリッパの音。
「未来ちゃんが来てるわよ」とミレイさんの声。そのままこっちには入らず、二階に上って行きました。なんでじゃ! ひどい、覗きにも来ない。どうして? 愛は覚めたの? まったく、しばらくして階段を降りて来る音、リビングのドアが開き私は振り向きました。叔父さんは私を見てにっこりしました。やっぱ、これこれ、冷たいフリしてたけれど本当は照れてたのね! 分るよ、イケメンだけれど、純なんだから、だから、四十まで独身だったの。小さい頃から知っている私がかわいくて仕方ないんだね。聞いちゃおうかな? やめとく、でも聞きたいな、姉と私どっちが可愛い? 付き合いは姉の方が長いの、そりゃ向こうの方が先に生まれたんですもの、それで姉なんか、叔父さんなのに叔父さんとは言わず、良介だから、良ちゃんって言うのよ。それで、もう友達感覚なんだ、叔父と姪なのに、話とその関係性がこんがらがっちゃって、二人の会話も、難しい話ばっかりでつまらないの、だって、叔父さんがまだ中学生の時に生まれたのが姉だから、姪と言うよい妹って思ってるんだから。それと違って私なんぞは大人になってから生まれた姪だから。そりゃ、かわいい、大人になるともう自分の子供が欲しいと思っててそんな時に出会えた奇跡みたいな姪だから、可愛くて仕方ないんだわ。私分ってます! 私も自然と笑みがこぼれちゃう! あら、おいおい、そのまま私のそばを通り過ぎたぞ。どこ行くどこ行く。ちょっとちょっおかしいじゃない。あー、おじいちゃん? おじいちゃんの事そんなに好きなの、自分の父親で男同志でっせ? いや、おじいちゃんの膝の上には赤ちゃんがちょこんと座ってらあ。その赤ちゃんを年寄から奪うようにして抱いちゃった。それでちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅと立て続けにキスの嵐、私より、多い、しかもほっぺの次に唇まで! それでそれで、そのままキッチンへ。残ったのは年寄二人ともう大きくなった可愛くない女子高生の姪! 可愛いわい! 私はいつまでも可愛いんじゃい! ちくしょう、大好きな叔父さんめ! こんなに私の心をさかなでるなんて! でも赤ちゃんには負けるは、それは認めちゃう。だって可愛いもん。
 カレーはおばあちゃんが作るカレーとは違い、大人の味です。
 カレーは葉ちゃんとこっちへ来た時の夜も食べました。野菜も肉もゴロゴロとしていて肉は豚バラ肉のブロックをサイコロ状に切ってとても美味しくて二人ともお替りしました。
 ミレイさんのカレーは牛肉を使っていて高級感があって美味しい。ママのカレーは仕事で忙しいからひき肉と野菜を炒めて短時間で煮込んだカレーでルーの力を全面的に頼った普通に美味しいカレーです。お風呂に入ります。叔父め! まだ私と一言も喋ってない! ひどい、ずっと赤ちゃんを抱いたままカレーをむしゃむしゃと食べてさ。すぐにリビングに行って赤ちゃんと遊んでるんだ。なんちゅう子煩悩だ! 私はお風呂から上がるとリビングでみんなとテレビを観て過ごしました。
「未来ちゃんもう眠いんじゃない。二階の部屋に布団敷いておいたからいつでも寝てね」とミレイさんが言ってくれました。叔父さんは赤ちゃんを連れてそのまま眠るみたいです。私も眠く、それでもこっちの地元でしかやってない、あの、桂馬彦がやっている晴れ晴れ元気という大変面白いテレビ番組をみたいのですが眠たくて眠る事にします。ミレイさんに言うとなんと毎週録画しているからと言う事でこりゃ楽しみだわ、と眠る事にしました。二階に上ります。叔父さんは自分達の部屋にいるのでしょう。私はミレイさんについて行きます。家具はないフローリングの部屋に布団がたたんでおいてあります。私はミレイさんにお礼を言って荷物を置いて布団を敷きました。照明はオレンジです。私は布団に座ります。いつもなら叔父さんの漫画を読むのが楽しみなのですが、今回はもういいです。さっと布団に入ると眠りました。よだれが随分とたれているのに気づいて一回眼を覚ましました。よだれを専用のタオルで拭くとまた眠りました。
 朝は家にいる時よりも早く眼が覚めました。よだれタオルは私のよだれで随分と汚れています。おじいちゃんはもう畑仕事に出掛けています。リビングで早朝のテレビを観ていると叔父さんとミレイさんが降りて来ました。叔父さんは赤ちゃんを抱いています。まだ私とは一言も喋っていないのです。
「ねえ、ちょっと私にも抱かせてよ」と私が叔父さんに言うと、あっさり、いいよ、と答えて抱かせてくれました。私に赤ちゃんを渡すとどこかに行きしばらくすると戻って来てすぐに私から赤ちゃんを抱き返しました。単純にトイレに行っている間だけ私に抱かせていたのです。みんなで朝食を食べます。家ではトーストにマーガリンをたっぷり塗ったオシャレな朝食ですが、この家では味噌汁にご飯です。味噌汁はワカメと油揚げの味噌汁でそれに昆布の佃煮、たくあんに海苔があり、叔父は朝から三杯も食べていて、私も刺激されてお替りをして二杯めは味噌汁の中にご飯を入れて食べました。叔父さんは歯を磨いたらすぐに出掛けます。玄関まで赤ちゃんを抱いているのでミレイさんは自然車が置いてあるガレージまで見送る事になります。私もおじいちゃんのサンダルを履いて外に出ます。車のそばでミレイさんに赤ちゃんを渡すと私の眼の前で叔父さんはミレイさんのおしりをぎゅっとつかんで車に乗り込みました。おい! と私は思わず心の中でつっこみました。何のアピールだ! 
「おじいちゃんとおばあちゃんの前ではやらないでしょ」
「うん、やらない」とミレイさんは言いました。私は小さくなる叔父っさんの車を顎を上げて眼を細めてじっと見ていました。叔父さんが出掛けると私達は家に戻りました。
 おばあちゃんも仕事に出掛けてミレイさんは洗濯をしたり後片付けをしています。私はリビングでテレビを観ています。テレビを観ながら外を見ると自然がたくさんあります。私はまた想い出に没頭するつもりです。

 葉ちゃんと家に着くとクーラーのついてない家の中はムッとして汗がとても出ました。私は葉ちゃんをママが使っていた部屋や叔父さんの部屋を案内します。叔父さんの部屋には漫画がとてもたくさん本棚に並んでいて葉ちゃんに読んでいいよ、と言うとあとで、と葉ちゃんは汗をかきながら笑顔で言いました。その日の夕食はおばあちゃんの作ったカレーで、私と葉ちゃんは美味しくてお替りをしました。叔父さんが帰って来たので二人で漫画を借りて読みました。叔父さんは私達を呼んでテレビゲームを私達にやらせました。テニスのゲームで単純だけれど面白くてずっとやっていました。夜遅くまで起きているとおばあちゃんに叔父さんが怒られて私達はママが使っていた部屋で布団を敷いて寝ました。朝早く眼が覚めると近所の神社でラジオ体操をやっていておじいちゃんと三人で行きました。神社には近所の人や子供がいてみんなでラジオ体操をやりました。体操が終ると三人で神社に参拝して帰りました。ああ、そう言えばセミがやたらとうるさくて神社にある木を見るとセミが止まっていたなあ。朝食は夕食の残りのカレーだった。二人ともよく食べたんだ。朝食を食べ終わると二人で宿題をしたっけ。窓を開けて扇風機を廻して机に斜めに向かい合って座ってさ、やったやった。葉ちゃんにイロイロと教えてもらってはかどったんだ。おじいちゃんは仕事をもう退職していて畑仕事をやっていて二人でおじいちゃんの畑に行ってミニトマトやナス、キュウリを採ったりしたなあ。
「おじいちゃんカブトムシとかいる? 」と葉ちゃんはおじいちゃんに聞きました。
「昔はいたけれど、木をたくさん切ったから、どうだろう、良介が帰ったら聞いてごらん」
 お昼はおじいちゃんが作った冷たいうどんを食べてからプールに車で行きました。時間はあっと言う間に過ぎ帰りに車内では遊び疲れてぐったりして家に着くとすぐに昼寝をしました。その日の夕食はバラ寿司で酢飯を作るのに私と葉ちゃんでおばあちゃんが混ぜる酢飯をうちわであおぎました。細く切った人参やタケノコシイタケレンコン油揚げを甘く煮て混ぜる、そこに錦糸卵と紅ショウガそれにおじいちゃんの畑で採れたきぬさやを茹でで細く切って上に飾り海苔も上に掛けました。
お吸い物も美味しくて二人でお替りしたんだ。
 翌日は叔父さんといよいよ山に登るのです。翌日も朝早く起きてラジオ体操に行ってからしっかりと朝食を食べました。ナスの味噌汁に卵を落としてくれてそれにご飯を入れて食べました。葉ちゃんも真似してた。準備が出来ると叔父さんの車で山のふもとまで行きます。おばあちゃんは何かあったらすぐに電話しなさいと叔父さんによく言っていました。それは私も分っていました。車を降りると外は朝だけれどとても暑かった。叔父さんは特別な用意はしてなくてジーンズにTシャツです。葉ちゃんと私はズボンに私はピンクのTシャツ、葉ちゃんはタンクトップ、私は帽子、葉ちゃんはキャップを被っています。おばあちゃんが汗をかくだろうからとタオルを持たせてくれていてそれを首に掛けていて、リュックを背負い、水筒を掛けています。叔父さんは携帯を腰に巻いたポシェットに入れハンディカムを持っています。山に行く前に叔父さんは近くの家に行きました。家からは叔父さんの友達が出て来て何やら話をしていて話が終ると大きな麦わら帽子を借りて出て来ました。登り始めます。山の中は木が多く木陰になっていて涼しいです。山の頂上にはおばあさんがやっている小さい店がありそこでとても美味しいおはぎを売っているから食べさせてやると叔父さんは言いました。
「いのししとかでる? 」と葉ちゃんは聞きました。
「いやあ、動物はいないよ」と叔父さんは前を歩きながら言います。
「カブトムシは? 」
「キャンプ場の方にはいるかもしれないな」
 山を登っている人は誰もいません。途中の急な斜面に座って休みます。叔父さんは麦わらを外してそれを手に持ち扇いでいます。私と葉ちゃんはおばあちゃんが用意してくれた水筒の麦茶を飲みます。叔父さんは私と葉ちゃんを撮影しています。私が叔父さんに麦茶をついであげると叔父さんはいらないと言ったので私はそれを自分で飲みました。叔父さんの撮った映像を観せてもらうとあどけない顔をして帽子をかぶり、汗をかいた私と葉ちゃんが映っています。私は叔父さんにカメラを貸してもらい叔父さんと葉ちゃんそれに山を撮影します。叔父さんが大きな麦わらをかぶって顎ひもを掛けると私と葉ちゃんは笑いました。
「何だよ」と叔父さんは言いました。
「幼稚園の子供みたい」と私が言いました。
「バカだなあ、これは武器になるんだぞ、敵が来たらこれを投げるんだ」
 ビデオで叔父さんの大きな足を撮り葉ちゃんの小さい足を撮ると私はうれしくなりました。再び出発します。
「叔父さんまだ? 」と疲れた私は叔父さんに聞きました。叔父さんは後ろ向きで歩きながら私達を撮影しています。
「もうすぐだ」
 すると本当にもうすぐで頂上が近づいています。頂上に着くと山から街が見渡せます。叔父さんは街並みとそれを見る私達を撮影しています。頂上にはお寺があり、小屋がありますが叔父さんが言っていた店はもうありませんでした。
「おはぎ食べたかった」と叔父さんに言うと叔父さんは私達を並ばせてびんたをするのかと思ったらジーとカメラで撮影します。カメラではないのでいつまで並ばせているのかとこっちも分らなく並んで立っていると、
「動いて! 」と役者の動きによって演技を決める監督みたいな無茶な事を言うので私達はぎこちなくなりました。汗を拭いて水で顔を洗い、遠くを見ます。お寺に参拝をして自動販売機でスポーツドリンクを買って飲みました。帰りはキャンプ場の方へ行きました。何組か来ていて焼きそばを作っていてソースの良い香りがします。葉ちゃんのお目当てのカブトムシは探したけれどいませんでした。下山します。足がだんだんとリズムよく前に行きます。叔父さんはグレープ味の風船ガムをくれ、三人で噛みました。グレープの良い香りがします。葉ちゃんと私は風船を膨らませ合います。大きいのが作りたくてもう一個ずつガムをもらいました。大きく膨らんだ風船は割れて私に顔に張り付き私と葉ちゃんは笑いました。下りは叔父さんが後ろで私と葉ちゃんが前を歩きます。
「付き合っている人いるよ。工藤君とね花岡さん。二人で手を繋いでたりチューとかもするのよ。葉ちゃん好きな人いるの? 」
「ううん。いないよ」
 葉ちゃんが恥ずかしがって言うのでいるんだと思いました。
「叔父さんは好きな人いるの? 」と私は聞きました。
「いるさ、ケイにメグミにサクラさ」と叔父さんは言いました。私は予想外の答えに戸惑う事なくそれでも聞いといて無視して黙って歩きました。二の腕の所が蚊に刺されてかきます。おばあちゃんが虫よけスプレーをまいてくれているのに蚊に噛まれました。かいているとそこが膨れています。
「ミーちゃんいるの? 」
「うん、羽村君とね守君」
「え、お兄ちゃん? 」
「うん」と私はあっさり言いました。羽村君は同じクラスの子です。私は自分の履いているピンクのスニーカーを見ながら歩いています。
「私ね大きくなったらテレビ局ではたらくの」
「アナウンサー? 」
「ううん、テレビには出ないけどテレビ局ではたらくの」
「ふーん」
「葉ちゃんは? 」
「ぼくは、ええと、お医者さん」
「どうしてお金持だから? 」
「ううん、ぼくがよく行くお医者さんはかっこいいから」
 私はその時、葉ちゃんは身体が弱いんだったと思い出しました、後ろを見ると叔父さんが私達をずっと撮影して歩いています。葉ちゃんの頭からは汗が出ています。私は自分の汗を拭きました。葉ちゃんはメガネを外しました。白い顔です。メガネを取るとても優しいいい顔です。メガネをかけるととても弱く見えます。私達はお互いまだ小さい身体特にその細い腕を自然に振りながら歩幅も同じで歩いています。私は腕を掻きます。蚊に噛まれてとてもかゆい。葉ちゃんも腕を噛まれてかいているとこけました。前のめりになりメガネもずれました。
「だいじょうぶ? 」と私は心配します。すると葉ちゃんはずれたメガネのまま腕立てのように顔を上げ私を見て笑いました。起き上がると凸凹の所に石があって膝をすりむいていて血がたくさんでいます。
「大丈夫か? 」と叔父さんも心配しました。
「だいじょうぶ」と葉ちゃんは歩きますが足をひきずっています。叔父さんは私にカメラを渡すと葉ちゃんをおんぶしました。葉ちゃんは恥ずかしがりましたけれど、おんぶしてもらいました。私は叔父さんが他人の葉ちゃんをおんぶして歩いている姿を見てとてもうれしくなりました。叔父さんの友達の家で麦わら帽子を返して傷の手当をしてもう葉ちゃんも痛みがとれて車まで歩きます。
 車にやっと着くと車内はムッとして熱く空気が貯まっていて気持悪くとくに椅子が暖かくて嫌です。
「お昼何食べたんいんだ? 何でもいいぞ」と叔父さんが運転しながら言います。
「何でもいいの? 」
「ぼく何でもいい」
「私はじゃあヤキニク食べたい」
「昼からヤキニクか! 今日の夜はヤキニクだぞ」
「じゃあ、ハンバーグ」と私が言ったのでファミレスに連れてってくれました。店内は超涼しくて汗をかいた身体にひんやりとします。わたしも葉ちゃんもハンバーグを食べました。ナイフとホークを持つとなんだかとてもおかしくて美味しかったなあ。
 帰ってシャワーを浴びて昼寝をしました。起きてアイスを食べながら叔父さんと三人でテレビゲームをやりました。みんなでスーパーに買い物に行き、叔父さんは肉をたくさんカゴに入れました。フダンあまり食べない、ピーマンや人参、かぼちゃもたくさん食べました。もちろん、ソーセージも肉も食べました。とにかく食べたなあ。煙で葉ちゃんのメガネが曇っていたけれど葉ちゃんも遠慮しないでたくさん食べていたっけ。葉ちゃん食べて、もっと食べて。と私は思っていたんだ。だって肉を食べる事って苦痛じゃない。喜びでしょ。そんな事分っていたから。

 ミレイさんが買い物に行こう、と言うのでミレイさんの車に乗ります。カッコイイ車です。ミレイさんは車が好きなの、と言いました。私の隣にはチャイルドシートに座った赤ちゃんがいます。隣ではよくその小さい手が動いています。私はその手に自分の指を握らせています。私はミレイさんがフダン赤ちゃんを抱きっぱなしで大変だという思いと自分が抱いていたいと言う気持で赤ちゃんを抱きます。ミレイさんは近くのスーパーではなくて大きなショッピングモールに連れて行ってくれました。ベビーカーを出して赤ちゃんを乗せてお喋りをしながら歩きます。フードパークでパンケーキを食べて本屋に寄りました。ミレイさんは雑誌を選んでいます。私は漫画コーナーを見ます。本は何も買わず食料品売り場で買い物を済ませて帰りました。お昼にはお好み焼をミレイさんが作ってくれてそれを食べると私は眠くなり昼寝をしました。
 叔父さんはビデオカメラでずっと赤ちゃんばかり撮っているみたいです。いやあ、付き合っていた頃のミレイさんの事も撮っているんだろうけれど、それはどこかに隠しているのでしょう。
「私のさ、小さい頃とかもあるかなあ? 」とミレイさんに聞きました。
「さあ、あるかも知れないけれど私は分からない」とミレイさんは言いました。
 あるのは夢日記と題された赤ちゃんの映像ばかりです。私はそれを見ます。そりゃかわいい映像ばかりです。それを観終わると外に散歩に行きました。近くの家の庭に小学校に低学年の女の子がいてもう一人妹でしょう小さい女の子がいてさらに三歳ぐらいの男の子が歩いてます。その男の子を一番上の低学年の女の子が捕まえて後ろから抱いています。妹は地面に寝転んで歌を歌っています。公園には男の子達がいてラジコンカーを走らせています。私は誰もいないブランコに座りました。

 葉ちゃんは車にほとんど乗らないので叔父さんが遠くにドライブに連れてってくれた帰りに酔ったみたいです。
「葉ちゃん大丈夫か? 」と叔父さんは途中で車を停めました。周りは山ばかりで夏なのにとても涼しい。私と葉ちゃんは車から降りました。空気がとても美味しかった。その先にあるレストランで車を停め自動販売機でジュースを買って外で飲みました。葉ちゃんの体調も戻って帰りました。叔父さんが漫画を買ってやると言ったのでブックアイランドと言うリサイクルの本屋に行き葉ちゃんと選びました。そこでは立ち読みは自由なので多くの人が漫画を読んでいます。私はギャグ漫画を選びました。葉ちゃんの所に行くと葉ちゃんが選んでいました。周りには熱心に漫画を立ち読みしている中学生や小学生の男の子がいます。葉ちゃんが欲しい漫画を選ぼうとして少し年上の男の子が読んでいる漫画の前に手を伸ばそうとして手がぶつかりました。その男の子は葉ちゃんの手が邪魔で漫画で葉ちゃんの手を叩きました。葉ちゃんは驚いて男の子を見ましたけれどすぐに引きさがりました。ひどいと私は思いました。でも私に見られると傷付くかもしれないと思い叔父さんの所へ行こうと思ったら葉ちゃんと眼が合いました。私は何も言わず叔父さんの所へ行きました。
「決ったのか? 」
「うん」と私は元気なく言いました。すると何も持っていない葉ちゃんが来ました。
「葉ちゃんは? 」
「ううん、ぼくいい」と葉ちゃんが言うと叔父さんはそれ以上は勧めず叔父さんの本と私の漫画を買うためにレジに行きました。私は手に持っている漫画を返したくなりましたけれど結局買いました。叔父さんに言ってもらえばいいのに、ととても大きな身体の叔父さんを見ました。でもそれも出来ないのがよく分る。あの時の漫画は未だに持っています。
「ちょっと悪いな」と叔父さんが言ってあのガキをどかせようとするとガキは今度は叔父さんの手を漫画で叩きました。叔父さんはあ、とガキを睨んで胸倉をつかみ思い切りそのまま膝をお腹に軽く入れてやった。ガキは泣いています。叔父さんはさらにガキの頭を掴んで分ったか、と言いました。周りのガキの友達もビビッています。さすが若い頃から格闘技をイロイロやって周りに恐れられていた叔父さんだ。でも、そんな事はやっぱり、やらない。ガキ相手に虚しいじゃん。何より葉ちゃんの心に深く残るでしょう。じゃあ、今の私ならどうだろう。そのガキの頭を思い切りひっぱたいてやった。何とガキは私の足を蹴ったので私は構わずガキの急所を蹴ってやった。ガキは泣いていた。やーい、やーい、周りの中学生が睨んだ。兄弟か? 何よ、文句あんの! 店を出た時、ガキはまだ漫画を熱心に読んでいた。この事は叔父さんにも誰にも言えない。これは墓まで持っていくつもりです。

 仕事から帰って来た叔父さんはずっと赤ちゃんを撮影しています。
「おい、未来、風呂に入れるからお前撮ってくれ」
「え、私もう高校生よ。叔父さんと一緒にお風呂入るの? 」
「バカタレ、お前は撮影をするだけだ」フン! 女子高生の身体に興味があるのかと思った。でも、叔父さんのチンポを見ちゃうじゃない。どんなチンポかなあ? でもそれはミレイさんに叔父さんが怒られて却下になりました。結局、風呂から上った赤ちゃんと遊ぶ叔父さんを撮らされました。
「私も赤ちゃんと遊ぶから撮ってよ」
「ノーさ」
「何がノーよ」
 叔父さんはカメラをしまって赤ちゃんと遊んでいます。
 叔父さんとおばあちゃんが休日になりみんなで海を渡ってうどんを食べに行きます。良く晴れていて桜も咲き始めたのでいたる所にピンクがあり目立ちます。海は真っ青でキレイ。私は感動します。大きな橋を渡りみんなで食べたうどんは美味しかった。公園では桜が咲いていて叔父さんが赤ちゃんとミレイさんと桜ばかり撮影して私とおじいちゃんとおばあちゃんはそっちのけです。帰りの車ではぐうぐうと眠っちゃいました。夜はスーパーの弁当や惣菜で済ませました。明日は帰るのです。何だかとても寂しい。もう赤ちゃんは眠ってしまい、私達大人はテレビでも観て寝るだけです。叔父さんが散歩に行くと言うのでついて行きました。街中の商店街は寂れてほとんどがシャッターをずっと閉じたままです。叔父さんの背中を見て歩きます。暗くて空気が冷たい。
「よかったねえ、叔父さん」
「何がだよ? 」と叔父さんはジーンズのポケットに手を突っ込んで歩きながら振り向きました。
「あんなキレイな奥さんと結婚出来てそれにかわいい赤ちゃんまで産まれてさ」
 ふ! と叔父さんはクールに言い歩いています。私はうつむいて歩きます。
 そうだ、私達はサッカーやったんだ。叔父さんが近所の子供を三人ばかり呼んで来て公園で葉ちゃんと私と叔父さんでやりました。三人のうち一人は私達と同じ三年生で綾ちゃんと言いました。私と葉ちゃんよりも背が高く五年生ぐらいかと思っていました。後の二人は一年生で英輔君と勝彦君と言い勝彦君は綾ちゃんの弟でした。三時頃から初めて叔父さんの買ってくれたスポーツドリンクを飲み中がらみんな汗だくでやりました。葉ちゃんはあまりサッカーなどやった事ないででしょう、とても興奮して来たボールを何度も蹴ろうとして何度もこけていました。
「よしもう止めよう」と叔父さんが言いました。
「ええ、もうちょっとやろうよ」と私は言いました。葉ちゃんがもっとやりたそうだったし私もそうだし、それにあまり時間も経ってないと思ったからです。
「もう五時だぞ」と叔父さんは言いました。
「え! 」私達は驚きました。もう二時間も経っていたなんてまだ三十分ぐらいだと思っていたのです。叔父さんは綾ちゃん達にお礼を言って送り届けて帰りました。私達は汗だくです。
「楽しかった。だってぼくもう五時だなんて思わなかったんだもん」と葉ちゃんは私と叔父さんの後ろを歩きながら言いました。
「私も」と私達は笑い合い、持っていた残りのスポーツドリンクを一気に飲み干して家に帰るとまだ喉がかわいていて冷蔵庫に入っていたカルピスを作って飲みました。
 喪服を着たパパとママと姉、涙を流していたおじさんとおばさん。泣かなかった守君。眠っているような安らかな葉ちゃん。棺桶の中ではメガネを外して眼をつぶっていてメガネはそばにありました。
「ミーちゃんはこれから長い時間生きて行くんだね」と病室で私に彼は言いました。その時、彼はメガネを掛けていませんでした。長いまつげに濃い眉で凛々しい顔でした。窓は開けてなかったはずなのに白いカーテンが揺れていたっけ。
「葉ちゃんてさ。叔父さん憶えてるでしょ」
 叔父さんは何も言わず歩いています。
「葉ちゃんが亡くなったのも知っているでしょ」
 叔父さんは私の方を振り向きました。
「彼はずっと小さい頃のままだった。どんなにがんばってもずっとずっと子供の頃のような細さだったのよ。あのまま生きていても強くはなれなかった、と思うの」葉ちゃんが漫画を取ろうとして漫画でその手を叩かれ驚いた顔、そして諦めた。それが生きていればずっと続いた。その事は叔父さんには言えない。約束したんだから。でも分って欲しい。
「弱くていいんだ。お前が守ってやれよ」
 ドキッ! 叔父さんの背中。そうか、私が強くなって守ってやればよかったんだ。こんちくしょう!ええい、投げて投げて投げちゃえばいい。
「でも、私がいくら強くなったって、ううん、私いろんな経験したのよ。叔父さん知らないと思うけれど、強くなったと思うけれど、でも」
 大好きな叔父さんは私を小さい頃とても可愛がってくれました。キックやソバット、パンチやディフェンス、払い腰、内また、外掛け、ジャンピングエルボー、頭突き、脇固め、そろばん。ミレイさんと結婚する前なんかじゃれつく私を逆さ抑え込みにしてカウントを数えて、はい俺の勝ちーだって! 私は抑え込まれながら大笑いしてよだれがたくさん出ていた。私は眠っている時とうれしい時はよだれがたくさん出るのだ。でももうそんな相手もしてくれません。私は自分の頬をさわります。叔父さんの背中。
「ねえ、これから生きて行ったって良い事なんてある、叔父さん? 」
 泣く理由なんて何でもいい。私は泣きたいの。眼には涙があふれています。泣いて泣いてずっと泣きたかった。悲しい音楽なんて流れてないよ。私をいじめる男の子もいない。今、始まった春の夜の冷たさをそよぐ風に感じながら、大好きな人と散歩しているのに、悲しくないのに未来がとっても不安だから、泣きたいの、でも泣いたってもうどうしようもない未来は変わらないのだろうけれど。
「ないな、たいした事ないよ」
「あんまりだわ」と私は叔父さんの背中に飛びついてその温かい背中に顔面をつけて泣き始めました。良かったでも、本当の事を言ってくれて、うれしい。でも不安。明日帰っちゃうの。
「よせ、ばか、ジャケットが汚れる。お前は鼻水やよだれがひどいんだから」と叔父さんは泣いている姪に向ってひどい事を言いなさる。でも、私は涙以外に鼻水やよ~だれが出ているのを感じています。
「おい、離れろ」と叔父さんは私の抱きついている手を叩いたりチョップで離そうとしています。私はあきらめて顔を背中から話します。確かによだれや鼻水のねっばこさが私と叔父さんを繋げるように伸びています。汚い!
「あ、お前やっぱり、鼻水とよだれ! 」私は思い切り泣いているのでしかもまだ泣きたいのでひくひくと泣きながら笑いました。叔父さんは覚めた眼で私を振り向いて見ています。
「美味しいパフェ奢ってやらないからな」と叔父さんに怒られ私はすぐにハンカチで叔父さんの来ているジャケットで背中についた鼻水を吹きます。けれど拭くと薄く汚れの範囲が大きくなりました。まあいいや、洗濯すれば取れるでしょ。
 そばにあったバッティングセンターで私達はバッティングをしたあと美味しいパフェを食べました。家に帰ると玄関で叔父さんはその大きな手で私の頭をぐっとおさえました。私は思わず舌を出しました。相撲でもとるか! と言ってくれりゃあ面白いんだけどなあ。葉ちゃんと二人で相撲を取らされました。二人ががかりで叔父さんと相撲を取りました。お結びを握りました。なんだか、想い出もぐちゃぐちゃだね。
 翌日私はみんなに見送られて帰りました。叔父さんの車に乗っていると私と同じぐらいの女子高生が自転車で通りました。彼女はノーメイクだけれどとても大人っぽい顔です。笑って叔父さんに笑顔を見せます。叔父さんは女の子に手を上げます。近所の女子高生だろうと思います。車に乗っていて外の景色を見ながらはっと想い出します。彼女は多分、葉ちゃんや私とサッカーをやった綾ちゃんだろう。駅に着いて改札を通りました。みんなはもういません。大きな駅で新幹線で乗り換えるまでに私は一人寂しかったのでそれを紛らわすためにおじいちゃんとおばあちゃんにもらったおこずかいで弁当の他にチョコやポテトチップスなどお菓子をたくさん買って新幹線の中で寝ている間以外はずっと食べていました。もちろん、叔父さんに途中で和菓子屋に寄ってもらい春便りをたくさん買っています。私は夏にまた遊びに来るからと約束しました。
 葉ちゃんと私が帰る日の朝は近くの神社に参拝をしてラジオ体操をやってから家に戻ると朝食を食べました。それから叔父さんが大きな街まで車で送ってくれました。私達は後ろの席に座って外を見ていました。駐車場に車を停めると叔父さんは荷物を持ってくれて新幹線のホームまで見送ってくれました。新幹線のホームには葉ちゃんのお母さんが迎えに来てくれていました。おばさんはとても嬉しそうに私達を迎えてくれました。私は葉ちゃんが無事に帰って来た事をおばさんはとても喜んでいると分かり私もその事が嬉しかったです。
 私はあの時とは違い一人で帰ります。一人で新幹線に乗り車窓の外を見ています。窓際の席には禿げ親父が弁当を食べるとコーヒーを飲んだくせにすぐに眠り大きないびきをたてています。センチメンタルジャーニーもあったもんではありません。私はいい加減にしろ、とその太鼓腹のみぞおちを殴ってやると禿げ親父はうっとなって眼を覚ましましたけれどまた眼をつぶり腕を組んで眠りました。
 ターミナル駅に着くと私はお土産物をもう買っているのに、少し見てから在来線に乗って途中で地下鉄に乗り変えて家まで帰りました。駅を出て背中にリュックを背負い両手に紙袋を持って歩いて帰りました。
 
 叔父さんから封筒が届きました。中にはSDカードが入っていて、テレビで観ると赤ちゃんの成長の記録とさらに葉ちゃんと遊びに行った時の映像が残っていました。あざといな叔父さん。でも大好き。ありがとう。また、夏に会おう! 私の記憶は確かでした。山に登った時の小さな葉ちゃんと私が映っています。汗もかいています。特典映像は相撲を撮っているところとお結びを握って食べているところです。私はこれをもうすっかりプチセレブ気取で遊びに来やがるミサトと私の素フィアンセで裏切り者のマモルに見せようか悩みました。渡すのもしゃくなので彼らが遊びにやって来る日曜日にワザワザ、リビングで計算して私が観ていました。
「あれ、これ、葉と未来ちゃんじゃない」とマモルが食いつきました。
「ほんと、どうしたの? これ」とミサトも夫と同じ疑問を持ちます。私はソファに座っていて黙っていたけれど姉を怒らせると怖そうなので答えます。
「この間叔父さんが送ってくれたのよ」と私は言いました。二人は関心を示して観ています。決して私にではありませんけれど。マモルは葉ちゃんのたくましい姿に感動しているようです。観終わりました。私はこの映像を送ってもらってからもう何度も観ています。やはり私は今もキレイでかわいいけれど小さい頃は余計そのかわいらしさが際立ちとても愛おしいのです。
「一度、叔父さんの所に行ってみたいなあ」とマモルが言いました。セレブのくせに金持っているのだから海外に行けばいいじゃない、と私は心の中でハッキリと言ってやります。
「そうね、良い所よ。温泉も近くにあるから、それにちょっと離れているけれど夏にはひまわり畑があってすごくキレイなの」とマモルの嫁のミサトが言いました。私はミサトが口にしたひまわりにハッとしました。私達が家族四人で夏休みに桜山のママの実家に帰った時です。車で一時間ぐらいかかる所にひまわり畑があり、家族やおじいちゃんとおばあちゃんと行った事がありました。姉はその時高校生で私はまだ八歳でした。姉が一人で列車に乗ってひまわりを観に行くと言うのです。列車はほとんどなく乗り過ごすと一時間以上は待たなくてはなりません。でも高校生だし携帯も持っているので不安なパパにママは大丈夫よ、と言いました。
「私もいきたい」と私は思わず言いました。ママと姉は少し驚いて私を見ました。私はもうその頃になると姉を大人の女性で今まで以上に近寄りがたくなっていたのです。
「いいわよ」と姉は言いました。姉も私もかわいい麦わらをかぶり、姉は水色のワンピースにサンダル、私はピンクのワンピースに靴です。朝からとても暑くて駅までおじいちゃんに送ってもらい列車に乗ります。夏休みなのでかそれとももともとこれぐらいの利用客なのかとても空いていて私と姉は四人掛けのボックス席の窓側に向い合って座りました。横には誰も乗っていません。窓の外は太陽の光と熱で輝いて反射しています。窓を開けて列車は動いて行きます。川を渡り山を抜けてゆっくりゆっくりと列車は進みます。私達は何も喋らず姉はずっと窓の外を見ていて私はそんな姉や窓の外を見ています。やっと駅に着いて少し歩くととても広大な青空とそれがその先でくっついたような黄色いひまわりが咲き誇っています。私はドキドキしました。ひまわり以外に何もないのです。私達が歩く音が渇いて聞こえます。近づくとミツバチがたくさん飛んでいます。姉はデジカメでひまわり畑を何度も撮り私も撮ってくれます。私も姉とひまわりを撮りました。他にも人がいて家族やカップルがいます。私の所にミツバチが飛んで来て私が逃げると追い掛けて来て私はこけました。私は痛たかったけれど泣く程ではないそれにもう泣くような小さい子じゃないと思いましたけれど泣きました。すると姉が来て起こしてくれるのかな、と思ったら、私の泣き顔をパシャリと撮りました。
「大丈夫だから」と姉は私の心を見透かすように笑って言い、私も笑いました。観光客のおじいさんとおばあさんがいたので姉は私とのツーショットを撮ってもらいました。お昼になり近くにあった喫茶店に入ります。姉はサンドイッチを食べ私はホットケーキを食べました。列車の時間がまだあったので近くを歩きました。お寺や畑があるだけで暑く私は赤い顔をしています。姉は自動販売機でスポーツドリンクを二本買いました。私はそれを火照った頬に当てました。列車に乗り帰りました。姉とどこかに出掛けたのはその時だけです。あの時の二人並んだ写真を見るとやはり姉はもう背が高く随分と私と差がありますがまだ親子には見えない、姉もあどけない顔でやはり年齢の離れた姉妹に見えます。私も姉も赤い頬でひまわりをバックに並んでいます。少しだけ間を開けて立っています。写真はどこかにあるでしょう。また見たくなりました。その写真を私は今まで何度も見ました。姉と並んで撮った写真、姉は背が高く私はまだ小さい。そのツーショットが不思議だったのです。
 セレブコンビのミサトとマモルは私達と食事をして帰りました。夕食はファミリーレストランでした。セレブなのに親に奢ってもらっていました。
 想い出はいいなとベッドに寝頃がって想い出を想い出した事に満足しています。暗い不安定な未来なんて考えたって悲しくなるばかり、それよりも想い出は悲しいものでも愛おしくなるから大切なのです。好きです。想い出!

 夏になりました。私は今回も一人で桜山に行きます。母親なんて自分の実家なのに忙しいと言って今年も帰りません。そのくせ夏休みはちゃっかり友達と北の大地に旅行です。ずっと真夏日が続いて熱中症で搬送される人が多いとテレビでは伝えていましたけれど、その日は久し振りの雨でした。パパは仕事です。パパより先に家を出ました。パパがお小遣いをくれました。もっとちょうだいよ、と言うとパパは苦い顔をしていました。けれどフィアンセに裏切られた次女に最近冷たくされているので財布からお金を出します。この間、夕方のテレビでサラリーマンが良く行く店を紹介していました。そこではランチが二千円もしていてそれでも多くの人が食べていました。私はパパが毎日そんなご馳走を食べているのではないかと思って腹が立っています。今度から昼飯はワンコインで余った金を次女のお小遣いに足せ、と言ってやろうと思っていてそれをパパは見抜いていて恐ろしくて私に逆らえないのでしょう。新幹線のホームからは雨と高層ビルが見えます。これから遊びに行くのか、帰省するのか出張かいろんな人が新幹線を待っています。風景は灰色で空気は冷たくてなんだかいろんな距離が近いような気がして窮屈に感じます。ホームに到着した新幹線の先っちょは冷たくひんやりしているように見えます。狭い椅子に乗り、隣のおっさんと並んで座りました。それでもワクワクです。新幹線は雨の中を走っているせいか急いでいるように思えます。少しでも早く私達を届けてくれているように思えます。
 まだ春に会ったばかりなのに赤ちゃんはすくすく成長しています。翌日はよく晴れて仕事が休みの叔父さんとミレイさんと赤ちゃんと私で遠くの街へ遊びに行きます。車内には音楽が流れています。ハイウェイに乗りました。助手席に乗った私は窓の外を見ます。平野に出ました。そこには高いビルはなくずっと青空が続いています。こんなに空が大きく見えたのは久し振りで私の心の中は爽やかな青色の空になったのです。
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