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第2話 異世界転生……?
しおりを挟む心地よい風が駆け抜け、暖かな日差しが体を包む感覚に、俺は長いこと失っていた意識が徐々に浮かんでくる様に感じた。
(ん? 心地よい風? 暖かな日差し? さっきまで俺は五体投地よろしく、冷たいコンクリートの上で無様に転がっていたはずなんじゃないか?)
おおよそ疲れきって轢かれたサラリーマンが体験する環境には思えない。俺は未だ重たい瞼をこじ開け周りを見渡そうかと考えた。
しかし、どうにも春の陽気を思わせるこのそよ風と日差しは、都会の荒波で疲れきったサラリーマンの瞼が開くことを許してはくれないらしい。
(まあ、どうやら生きてはいるようだし、まだもう少し寝ていたって怒られない、だろ、、う、、、)
重くなっていく瞼に比例して意識も深く沈んでいくような感覚に、俺は逆らうことなく意識を手放そうとした。
最後にこの美味しい空気で深呼吸でもして眠ってしまおう。
おおきく息を吸って……吐い――――
ゴフッッッ!!!
突然、何か乾いたものが口の中に現れた感覚に襲われ、俺は反射的に近くの地面にソレを吐き出した。
微睡んでいた意識はとうに覚醒し、俺は吐き出した物の正体を確かめるべく目の焦点を合わせる。
「……は? 」
そこには1匹のカメムシがいた。どこか見覚えのあるようなつぶらな瞳でこちらを見ている。
「……え? カメ、ムシ? いや、そうか。」
一瞬とはいえコイツが俺の口の中に入っていたと考えると少し寒気がするが、冷静になってみれば理解はできる。つまり、深呼吸で口を開けた際に入ってきてしまったのだろう。
こんなに環境の良い草原だ。偶然カメムシが入ってくる確率は、少なくとも会社帰りにトラックに轢かれる確率よりかは高いだろう。
そう考えた俺はカメムシから意識を外し、初めて周りを見渡した。
そこにはだだっ広い草原、パタパタと優雅に飛ぶ蝶、遠くには随分と背の高い木が立っているのも見える。
大都会には存在するはずのないような、なんとも牧歌的な光景に、俺は忘れかけていた違和感について再度考え始めた。
(俺はトラックに轢かれたんだよな? てことはコンクリートの上で転がっているか、せめて病院に居なきゃおかしくないか? ただの夢にしてはリアルすぎる。マジで何処なんだ……?)
どれだけ考えても納得のいく答えなんて出るはずもないことに気がついた俺は、とりあえず辺りを見回ってみることにした。
不思議なことに何処にも痛みを感じない体を起こし、さあ、1歩目を踏み出そうか ――――
そこには1匹のカメムシがいた。どこか見覚えのあるようなつぶらな瞳でこちらを見ている。
「……ああ、そういえば。お前まだここに居たのか。」
なんとも出鼻をくじかれたようで癪に障り、俺はそいつに話しかける。
「お前なあ、人様の口に入って吐き出されたんだぞ? 普通すぐどっかに逃げるもんじゃないのか? 」
そう言うと、さっきまで動かなかったことが嘘のように、あっさりとカメムシは飛び去って行った。
「んだよ、せっかくやる気を出したとこだったのに。まあいい、とりあえず軽く見回ってみるか。」
差し当って、あそこに見える花でも見に行くことにしよう。そう思った俺は今度こそ1歩目を踏み出した。
「なるほど……?」
目の前にはなんとも極彩色な花々が咲き誇り、4本の足をぶら下げる蝶のような生き物が飛び交っていた。
普通の人はこの状況に混乱するのかもしれないが、俺の寂しい人生経験はひとつの答えを導き出していた。
「これは、いわゆる異世界転生っていうやつなのか?」
疲れきったサラリーマン、暴走するトラック、現実離れした光景。思い返してみれば、意識が無くなる寸前に妙なアナウンスのようなものを聞いた気もする。
なんだ、よくある異世界転生モノのライトノベル通りの展開じゃないか。そりゃあ現実にこんな事が起こるなんて非現実的すぎることは百も承知だが、別にあの会社に未練がある訳でもないし。夢でも天国でも異世界転生でも構わない。
ん、待てよ? こういった異世界転生モノにはなんかチートなスキルが付き物なんじゃないか? ほら、めっちゃ魔法が使えるだとか、時間を止められるだとか、変わりどこならスライ○ムになれるだとか。
そう思うと居てもたってもいられない。俺はこの異世界(?)を堪能するために、何とかして確認しようと行動に移すことにした。
「ス、ステータスオープン!!スキルチェック!!能力確認!!!」
心地よい風が駆け抜け、暖かな日差しが体を包む。つまりなんにも起こらないって事だ。
「なんだよ、期待して損したじゃねえか……」
若干火照った頬を冷ますように扇ぎながら、がっくりと肩を落として遠くを見たその時だった。
ガサッ
奥の茂みからでてきたネコのような生き物と目が合った。
「お、どこの世界にもネコっているんだなあ。」
目が合った猫はワクワクしたような足取りででこちらに走ってくる。
「あっちの世界じゃネコカフェなんて行く暇なかったし。モフらせてくれるかなあ。」
距離が縮むにつれ、はっきりと見えるようになってくる。
「おー可愛い可愛い。まるでチュールを目の前にしたネコのような……」
もうその姿は明確に分かる。異常に発達した筋肉。鋭くとがれた爪。獰猛に見開かれた目。まるで獲物を目の前にした猛獣のように、大きく開かれた口からは長い犬歯が覗き。
俺は180度反転して全力で駆けだした。
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