今日から始める最強伝説 - 出遅れ上等、バトル漫画オタクは諦めない -

ふつうのにーちゃん

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竜将軍大会第六回戦・決勝:不死身のクルシュ VS 無傷のアルハザット

・エピローグ 1/2 夢の終わり

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 深夜、私は外廊下のど真ん中で目を覚ました。
 ちょうどすぐそこにあった庭園に出て、酔い醒ましに月を見上げた。

 高揚感が胸から消えていた。
 いや、私の胸の中から熱い意思が消滅していることに気づいた。

 あれほどまでに恋い焦がれていた勝利への渇望は、もはや私の胸の中にない。
 月を見上げ、冷たい夜の空気を肌で感じるほどに、私の中の異変が広がっていった。

 目の前の全ての物がどうでもよくなってゆく。
 資産。夢。家族。友人。
 あれほど大切だったものが、かすむように私の胸から消えていった。

 部屋に戻り、私は旅の支度を始めた。
 次の夢が私の胸の中に芽生えていた。

 世界中をこの目で見たい。
 探検家になって世界中を回り、世界の全てを見届けたい。

 そうだ、船に乗ろう。
 世界中を旅して、どんな環境でも生き延びられる力を付けよう。

 私は鎧を部屋に残し、いくらかの金と刀、旅に役立つ道具だけを持ってイーラジュ邸を出た。

 星が綺麗だ。
 旅立ちには最高の夜だった。

 イーラジュ邸のある漆喰壁の通りを少し進んだ。
 すると私の行く先に、見知った顔が立ちはだかった。
 キョウコさんと、聖帝ジントその人だった。

「やはりワシの推測通りになってしまったか……。クルシュくん、考え直してはくれないかな?」
「なぜ? 俺のここでの役目は終わった」

「バカを言うな、終わってなどおらぬ。これからが始まりだ……!」
「今ならわかる、全部爺さんの推測通りだった。頂点にたどり着くと、俺は新しい夢に支配されるよう、そう設計されていた」

 人の心はなんとはかないものだろう。
 ある日突然、人は覚める。
 古い夢を忘れて、新しい夢へと歩き出す。
 それが人の人生だ。

「どうしても行くのかね?」
「遺伝子データは手に入れたんだろ、もういいだろ」

「ほぅ、それはこれでもかね……?」

 イーラジュ様とソウジン殿が通りの陰から姿を現した。
 私がこうすると、聖帝から聞かされていたのだろう。

「クルシュ殿」
「なんだ、ソウジン殿」

「クルシュ殿のおかげで、自分は成長の壁を越え、めきめきと成長した。行かれては困る。共に高みを目指そう。お前ならはいつかは、イーラジュ様を超えられる」

 なぜ私はソウジン殿という大切な友人を捨てるのだろう。
 今日まで鍛えてくれた恩を返さずに行くのは不義理だ。
 しかし、私の中の何かが私を突き動かす。

「よう、バカ弟子」
「引き留める気あんのか、おめー」

「俺は行きてぇってなら止めねぇけどよ……そいつは、本当に、テメェの意思か?」

 わからない。
 だが、私の中の何かが私を突き動かす。
 私に強い遺伝的特徴を獲得せよと、要求する。

 私はこれに逆らえない。

「俺ぁこういう生き物だからよ、ガキとか持てねぇしよ……。案外、悪かねぇと思ってたんだぜ……」
「何がだよ……?」

「ココロだよ……。ココロがお前の嫁になってよ、お前が俺の息子になってくれる未来も、そんなに悪かねぇかねぇ……ってよ……」

 身が震えた。
 師匠が私のことを息子のように思っていてくれたなんて、知らなかった。

 だが、私の中の何かが私を突き動かす。
 私は一歩を踏み込んだ。

「次じゃ、次!」

 聖帝の命令により、路地裏からカロン先生とバース・マルティネスが現れた。

「導いてほしいべ! 行かねぇほしいべ! おら、クルシュ様の読みたい漫画いっぺぇ描くからよっ!! 行かねぇでくれよぉ、おらたちを捨てねぇでくれよぉ!!」

 私はなぜ、漫画家を支えたいという夢を捨てようとしているのだろう。
 私はまだ青騎士物語の続きを読んでいない。

「一緒にメジャーリーガーになるって、約束したじゃねぇかよ、若造!!」
「いやしてねーよっ!!」

 バースの方は論外だった。
 説得が無理だとわかると、聖帝は次の役者を用意した。

 新たな役者はナルギスとロシュだった。

「君には返しきれないほどの借りがある。君の生き方がボクとハディージャの未来を変えたんだ。行かないでくれ、君がいなくなったら誰を目標にすればいい」

「いっそ舞台役者にならないか? 君と僕が組めば、さぞ素晴らしい演目になるだろう。なあ、悪くないと思わないか?」

 ナルギスもロシュも、夢を追いかける私とは正反対の人間だった。
 そんな彼らの前で、私は夢を捨てようとしている。

 だが、私の中の何かが私を突き動かす。
 私はこの欲求に逆らうことができない。
 一歩を踏み出す。

 その次に路地裏の向こうから現れたのは、私の兄弟子、百鶫長ナフィとそれに付き従うヒビキさんだった。

「貴方はココロを捨てるのですか?」
「そ、それは……」

「それは誤った決断かと存じます」

 そうかもしれない……。

「残れ、イーラジュ様ももうお年だ。お前が行くなら、俺がイーラジュ様を倒し、大陸最強の座をお前から奪い取ってやる。お前はそれでいいのか? お前はこんな中途半端なところで夢を捨てるのか?」

 先を越される。それは悔しい。
 私こそがイーラジュ様を越える男のはずだった。

「頭ではわかっている。だが、この胸から、情熱の炎が消えてしまったんだ……」
「情けない! お前のような男を一度でも好敵手と思った俺が愚かだった!!」

「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないか……」

 今のは効いた。
 今のは私の胸を強くえぐった。
 なぜ私は今日の仲間を捨てて逃げ出さなければならないのだ……。

 だが、私の中の逆らいがたい欲求が私を突き動かす。
 私は迷い苦しんだ。
 そんな私の前に、今一番会いたくない二人が現れた。

 ティティスとココロさんだった。

「ちょっとクルシュッ!!」
「クルシュさん……」

 動揺のあまりに私は後ずさっていた。
 惹かれていた女性二人を捨てて、なぜ自分がキョウを去ろうとしたのかわからなくなった。

 私はここに残りたい。
 だが私をククルクルスからキョウに導いた本能が、私のわがままを許さない。

 私が後ろに逃げても二人はこちらを追いつめてきた。

「事業全部あたしに押し付けて逃げようなんて、いい根性してんじゃんっ!!」
「う……っっ?!」

「大会が終わったら手伝ってくれるって約束、忘れたの?」
「わ、忘れてない……」

「ならなんで行くのさ! あたしたちで理想の漫画を作り出すって、約束したじゃん! あたしたちを捨てないでよっっ、ずっとあたしとココロと一緒にいてよっっ!!」

 楽しかった思い出が脳裏を駆けめぐった。
 私はガールフレンドが欲しかった。
 こんなに素敵なガールフレンド、旅立てばもう二度と手に入らない。

 なぜ私は行かねばならないのだ……。
 ああ、誰か、私を最強にしてくれた私の身体を止めてくれ……!

「お願いします、残って下さい……。私の全て、何もかもを捧げますから……」
「な、何もかもっ!?」

「それで足りないなら、奴隷にだってなんだってなります! 私に貴方のお世話をさせて下さい!」
「お、重い……ですね……?」

 ココロさんは奉仕と自己犠牲を好む女性だ。
 そんな女性だからこそ、おかしな男に騙されそうで心配でならない。

「だって、だって私、私……クルシュさんなしではもういられないんですっっ!! 貴方が私をかばってくれたあの日からずっとっっ、ずっと……貴方を思うと、胸が、痛くて……!!」
「コ、ココロさん……」

 こんなに私のことを思ってくれる女性を捨てて、旅立つ必要があるだろうか。
 ない、絶対にない。この旅立ちにはなんの意味もない。

 だが、私の中の何かが私を突き動かす。

「好き!! クルシュさんが好き!! 好きで好きで好きで頭の中全部クルシュさんなんですっ!! だから絶対っ、絶対っ、行かせませんっっ!!!」

 公衆の面前で、こんな深夜に、そんな大声で、そんな……!
 は、恥ずかしい……。

「ココロほどじゃないけど、なーんかココロがアタックかけるとー、胸がモヤモヤするくらい、あたしもクルシュが気になってる! あたしだって雑居牢に監禁してでも行かせないんだからっっ!!!」

 どうもさっきから頭がズキズキと痛む。
 せめぎ合う二つの私が頭の中で暴れ回って、混乱してどうしようもない。

 私を生み出した何者かは、私に自由な人生を与えてはくれないようだ。
 勝利への祝福に思われた私の強い肉体は、私を縛り付ける呪いだった。

「キョウコさんねー、愛の力で目を覚ますのを期待したけどー、ちょっと足りなそうねー……?」
「うむ、キョウコさんや、アレをぶち込んでおくれ」

 アレ……? アレって、どれ……?

「みんなー、クルシュくんを拘束してちょうだーい♪」
「な、何をするお前らっ?! ちょ、抵抗する気はないっ、止め、ウガガガッッ?!!」

 私たちは竜将大会で対峙した選手たちに拘束された。
 俺だって困ってるのだから拘束なんていらないというのに、何を言っても聞き分けのない連中だった!

「はーい、今からー、頭がスッキリお薬をお注射しちゃおうと思いまーす♪」
「ちょ、ちょまっ、その薬大丈夫っ?! ちゃんと説明してっ?! 頭の薬って具体的に何っ?! ギャッッ?!!」

 キョウコさんは私の首にインジェクターを打ち込んだ。
 なんだ、この薬……力が、抜けてゆく……。

「な、何を、した……」
「抑制剤よー♪ 頭の中に埋め込まれたマイクロチップからの、命令を妨害するお薬♪ あとー、鎮静剤も入ってたかもー?」

「そ……そりゃ……そんなのあるなら、最初から、打ってくれよ、キョウコさん……」
「愛の力を検証したかったのー♪」

 愛の力なんてそんな都合のいいものはなかった。
 私の頭は怖いくらいにスッキリしてゆき、そしてすぐに気を失うことになった。
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