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伊桜は奏の体を綺麗に拭いて布団を掛けてやり、奏が眠るベッドに腰掛けた。
髪をかき分けて頭を撫でると無意識かその手に擦り寄ってくる。
その姿にさっきまで自分がやってた事に罪悪感が残る自分の弱さに嫌悪した。
相変わらず奏の布団を握る手には力が入っていた。

「やっぱり寝顔綺麗だな…」

奏の頬をそっと撫で、伝う雫をすくってやる。
まだ少し重い体をゆっくり動かしあの屋上で出会った時と同じように奏を抱きしめ目を瞑る。

~~~~~~~~~~~
目覚めると夜中になっていてカーテンから入ってくる光もなく辺りは真っ暗だった。

起き上がろうとするが何かにホールドされていて動けない。昔のトラウマが脳裏に過る。

「やだっ、怖い!出して!!怖いぃ…やだぁぁぁぁぁ!!!」

もう何も考えられない。パニック状態になった奏は涙を流し、本能のままに暴れるとホールドされていた力が強くなり記憶に残る温もりが伝わってきた。

「奏!」

大きく放たれた一言に奏の体は止まり、肩で息をする。

「い…お?」

「そうだ、俺はここにいるから。もう大丈夫だから、落ち着いてゆっくり息をしろ」

伊桜の声を聞き、ゆっくりと呼吸を整えると冷静さが戻ってきた。

「伊桜、ランプつけて」

「電気は付けなくていいのか?」

「この時間はそっちのが落ち着くから…いい…」

「分かった」

伊桜は奏に従いベッドの周りにたくさん付いているきのこ型のランプのスイッチを入れた。
まるで異世界の森の中に来たみたいな明るすぎず暗すぎない落ち着いた空間が出来上がる。

「綺麗だな、なんかこれで落ち着くの分かる」

「母親の趣味で作って気に入ってるやつ、この温かい感じの灯りが好きなんだ」

「俺もこれ好きだな」

首筋優しい伊桜の言葉の息がかかり、一瞬ピクッと震える。

「そっか…なぁ伊桜、そろそろ離してくんないか?」

スイッチは枕元に常に置いてあるため少し手を伸ばせば押すことが出来た。そのため片手で簡単に操作した伊桜の片手はまだ奏の体を抱きしめていて身動きが取れないままでいた。

「んーこうしてると落ち着くんだよ、それにお前がちゃんと話してくれるまで離さないって決めたから」

「何それ…もう話すから一旦手離して、座りたい」

「ん」

話すと行ったらすぐに力を弱めてそっと手を離してくれた。
奏は起き上がり壁に寄りかかって座った。

「奏、キッチン借りてい?」

「うん…」

「すぐ戻るから大丈夫、ちょっと待ってて」

寂しそうな目を向ける奏に一言言って部屋を出る。
キッチンに行き冷蔵庫に入っていた牛乳を飲みやすい温度に温め、蜂蜜をたっぷり入れる。

(この蜂蜜家のと同じだな、わざわざ取り寄せてる家が他にあるとは…)

伊桜は2人分のホットミルクを持って奏の部屋に戻る。
部屋に入ると足を抱えて座っている奏がベッドの隅に縮こまっていた。
伊桜はホットミルクをベッドの近くにある机に置いて奏の方を見る。

「奏、こっちおいで」

奏はなかなか顔を上げてくれない。

「そーう!」

「うわぁっ」

「やっぱりお前軽いな…飯食ってんのか?」

「下ろして」

「あーちょっと待ったな」

奏を犬を抱き上げるように持ち上げベッドの端に座り膝の上に奏を座らせる。

「こうすると動物って落ち着くんだよな、ほら、ホットミルク」

「俺は動物かよ…」

そう言いながらも奏は全く抵抗を見せず伊桜に体を任せていた。
もらったホットミルクのカップを両手で持ちちょっとずつ飲む。

(ほんと…小動物かよ…)

「落ち着いたか?」

「うん…」

「ゆっくりでいいからな」

「面白くないぞ?」

「うん、それでも聞きたい」

伊桜は優しい声でそう言い、そっと抱きしめた。

「俺の両親、そこまで怒ったりしないし、催促とかもあんまりしてこないんだけど、なんか成功するとめっちゃ褒めてくれるの、良くやったって」

「いい親御さんだな」

「うん…自慢の両親だよ」

奏の顔に影が刺したのを伊桜は見逃さなかった。

「だから喜んで欲しくて…いっぱい勉強して…勉強以外も興味もったやつはどんどん手付けて研究した…友達もまぁいる方だと思う」

「うん」

「それで高校も首席で入ってその後のテストも頑張って上位に入った。凄いでしょ?」

泣きそうな笑顔で尋ねてくる奏を見て伊桜は何も言えずただ手に力が入る。

「やめる?」

「いや、聞かせてくれ…」

「うん…、高一の夏休み明けくらいかなぁ…すれ違う時に一言、出てけやら、死ねやら言われるようになって、まぁその時はちょっとしたいじめかなんかだと思ってスルーしてたんだけど…その後それが紙に変わって…最初は一言書いてあるだけだったんだけどだんだんエスカレートしていって…他にもいろいろされて…捨てればよかったんだろうけどそれもなんか違う気がして全部とってある、よくあるいじめだね」

「そうか…」

「もう離して大丈夫だよ」

「まだだ、全部話せ」

「…伊桜?」

「ん?」

「俺が話終わるまでこのままでいて 今後なんかあっても俺を信じてくれる?」

「あぁ」

「まわりの仲良いやつにはバレたくなくて…紙も隠してたんだけど、下駄箱に入ってるの友達がみつけちゃって、気づいたらそいつクラスのやつらに怒鳴り散らしてた…他の仲良かったやつらも集まってきてそいつ落ち着かせようとしてたんだけどさ、俺そいつのそんな姿見たの初めてで、俺のために怒ってくれたのに、怖くなって動けなかった……」

伊桜の腕にポツリと雫が落ちる。腕の中にいる奏の拳はどんどん固くなっていった。

「嬉しいはずなのに怖くて頭ん中ぐじゃぐじゃになって、そんな自分がまた怖くて…そんな時クラスの1人が言ったんだ『おめぇらキモイんだよ、そいつ庇うなんて人間じゃねぇな、お前らも消えろよ』って…俺、もうなんも考えられなくて、ただ許せなくて、そいつのこと殴ってた…そん時の記憶はほとんどないけどそいつの声と嘲笑った顔はずっと頭に張り付いてる…」

伊桜は相変わらず黙って聞いていた。

「まぁそんなことがあってからだな。あんなことしたのに親は俺の見方して期待もしてくれてる。それにすら罪悪感が出てくるようになって、顔もまともに見れなくて、だんだん起きてられなくなった。でも仲良かったやつは仲良くしてくれてるし、今はそんなに酷くないよ。そんなとこかな~」

震えながらも軽い話のようと振り返って笑顔を見せる奏の姿をじっとは見ていられなかった。

「えっ」

伊桜は奏のカップをテーブルに置き、向かい合わせに座らせ直し自分の胸に奏の顔を埋めた。
ただ一言…

「お前は大丈夫だ。」

伊桜の胸は静かに奏の涙をすくい濡れていった。

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