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第1章
第4話
午後の授業は全く頭に入ってこなかった。放課後のことばかり考えてしまう。
二人の先輩と一緒に過ごす。それだけのことなのに、なんでこんなに緊張するんだろう。
《遙真が来てくれないかなって、ちょっと期待してたけど》
《昨日から遙真のこと、ずっと気になってたんだよな》
二人の心の声が頭の中でリフレインする。
俺のことを、そんなふうに思ってくれている。それがなんだか嬉しくて、でも少し怖い。
この能力で聞いた心の声を、俺は信じていいんだろうか。
「綾瀬、大丈夫?」
隣の席の田中が心配そうに声をかけてくる。
「あ、うん。大丈夫だよ」
「なんか今日、ずっとぼーっとしてるよ?」
「ちょっと考え事をしてて……」
《綾瀬って、こんなに表情豊かだったっけ。なんか最近、変わったな》
田中の心の声が聞こえる。
変わった……か。確かに昨日から、俺の世界は変わり始めている。
この能力のせいで、人の本音が聞こえるようになって。
そして、二人の先輩と出会って。
これが良いことなのか悪いことなのか、まだわからない。
でも、少なくとも今は──放課後が楽しみで仕方ない。
****
放課後、俺は千隼と奏多に報告した。
「えー!二人の先輩と遊びに行くの?」
千隼が目を輝かせる。
「遊びっていうか……ただ一緒に過ごすだけだと思うけど」
「それって実質デートじゃん!」
「違うよ!」
俺は慌てて否定する。
「でも、よかったね。遙真、友達が増えて」
奏多が優しく微笑む。
「うん……でも、心の声が聞こえるのが申し訳なくて」
「それは仕方ないよ。遙真が望んだわけじゃないし」
千隼が慰めてくれる。
「二人の先輩のこと、どう思う?」
奏多が真剣な表情で聞いてくる。
「どうって……優しい人たちだと思う」
「心の声は?」
「二人とも、俺のことを気にかけてくれてる。口で言ってることと、心の声に差はない」
「それって、すごく誠実な人たちってことだよね」
千隼が言う。確かにそうかもしれない。
普通、口で言ってることと心で思ってることは違うものだ。でも、二人の先輩は表も裏もない。
「気をつけて行ってきてね」
「何かあったら連絡して」
二人に見送られて、俺は昇降口へ向かった。
昇降口には既に二人の先輩が待っていた。
「遙真!」
橘先輩が手を振る。
「お待たせしました」
「全然。俺たちも今来たところ」
「どこ行きたい?」
不破先輩が聞いてくる。
「えっと……先輩たちの行きたいところで」
「じゃあ、カフェでも行くか」
「賛成。遙真、甘いもの好き?」
橘先輩が聞いてくる。
「はい、好きです」
「よし、決まり。駅前に美味しいケーキ屋があるんだ」
三人で学校を出る。
不破先輩が自然と俺の右側を歩き、橘先輩が左側を歩く。まるで俺を守るように。
《人混みで遙真が流されないようにしないと》
《細い身体だし、ぶつかられたら危ない》
時折、二人と肩が触れ、心の声が聞こえてくる。平凡な俺なんかに優しくしてくれて、胸が温かくなる。
こんなふうに誰かに大切にされるのは、千隼と奏多以外では初めてだ。
「遙真、学校は楽しい?」
橘先輩が話しかけてくる。
「まあ、普通です。幼なじみの二人がいるので」
「さっきの二人?」
「はい」
「仲良さそうだったな」
不破先輩が言う。
「小さい頃からずっと一緒なんです」
「いいな、そういうの」
橘先輩が少し羨ましそうに言う。
「橘先輩も幼なじみとかいないんですか?」
「俺?俺は転校が多くて、ずっと同じ友達ってのはいないんだよね」
「そうなんですか……」
「でも、春樹とは中学からの付き合いだから、結構長いかな」
「お前が勝手についてくるだけだろ」
不破先輩が呆れたように言う。
「いいじゃん、仲良しなんだから」
二人のやりとりを見ていると、微笑ましくなる。
《遙真が笑ってる。可愛い》
《もっとこの笑顔を見たい》
また二人の心の声が聞こえた。
俺、笑ってた?自分では気づかなかった。
「着いたぞ」
不破先輩が立ち止まる。
目の前には小さくて可愛らしいケーキ屋さんがあった。
「ここ、美味しいんだよ」
橘先輩が扉を開けてくれる。
店内は甘い香りで満たされていて、ショーケースには色とりどりのケーキが並んでいる。
「好きなの選んで」
「え、でも……」
「俺たちが奢るから」
不破先輩が言う。
「そんな、悪いです」
「遠慮しないで。今日は俺たちが誘ったんだし」
橘先輩が優しく言う。断るのも失礼だと思い、素直に甘えることにした。
「じゃあ……このショートケーキをお願いします」
「俺はモンブラン」
「俺はチーズケーキ」
三人でケーキを選び、二階の席に座った。
窓際の席で、外の景色が見える。
「どう?美味しい?」
橘先輩が聞いてくる。
「はい、すごく美味しいです」
本当に美味しくて、思わず笑顔になる。
《やっぱり可愛い》
橘先輩が頬についたクリームを拭ってくれた。その動作があまりにもスマートで感心してしまった。俺には到底できそうにない。
「ありがとうこざいます」
「どーいたしまして」
今度は不破先輩が頭を優しく撫でてきた。
《連れてきて正解だった》
二人の心の声が聞こえて、また顔が熱くなる。
「遙真、何か悩みとかない?」
不破先輩が真剣な顔で聞いてくる。
「悩み……ですか?」
「ああ。もしあるなら、俺たちに話してほしい」
「力になれることがあるかもしれないし」
橘先輩も続ける。
たしかに、心の声のことで悩んでいるけれど、もしかして顔に出ていたのか。
でも、このことは話せない。千隼と奏多にしか言わないと決めたから。
「今は……大丈夫です。ありがとうございます」
「そっか。でも、何かあったらいつでも言ってね」
「俺たちを頼っていいから」
二人の言葉が嬉しくて、俺は小さく頷いた。
この能力のことは言えないけど、二人といると安心する。
それは確かだ。
日が傾き始め、オレンジ色の光が店内に差し込む。
「そろそろ帰るか」
不破先輩が立ち上がる。
「遙真の家、どっち方面?」
「東側です」
「じゃあ、途中まで一緒だな」
三人で店を出て、駅に向かう。
電車の中でも、二人は俺を挟むように立ってくれた。
《遙真を守らないと》
《大切にしたい》
二人の心の声が優しくて、胸が締め付けられる。
こんなふうに思ってくれる人がいる。
それが嬉しくて、でも少し怖い。
もし、この能力がなくなったら──
二人は俺のことを、どう思うんだろう。
「遙真、また明日」
「またな」
駅で別れる時、二人は笑顔で手を振ってくれた。
「はい、また明日」
俺も手を振り返す。
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