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3.初めての授業
しおりを挟む朝食を終えて、1時間目の教室に向かう。現代国語の授業で、担当は朝比奈先生だった。
「おはようございます。昨日お話しした通り、今日から本格的に授業を始めます」
朝比奈先生は昨日よりもきちんとした印象で、眼鏡の奥の瞳が優しく光っている。ふわふわした髪も、今日はきちんと整えられていた。
「それでは、まず自己紹介を兼ねて、好きな本について一人ずつ話してもらいましょうか」
出席番号順で次々と進んでゆき、順番がまわってきたぼくは、少し緊張しながら立ち上がった。
「えっと……柊凛音です。好きな本は……」
教室中の視線が集まっているのを感じて、声が小さくなってしまう。
「大きな声で、柊くん」
朝比奈先生の優しい声に励まされて、もう一度深呼吸する。
「好きな本は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』です。ジョバンニとカムパネルラの友情が美しくて……星空の描写も本当に綺麗で、読むたびに新しい発見があります」
話し終わると、教室がしんと静まり返った。みんな、なぜか見とれたような表情でこちらを見ている。
「素晴らしい。とても良い感想ですね」
朝比奈先生が微笑みながら言った。その笑顔が、なぜかいつもより温かく感じられた。
「宮沢賢治の作品には、確かに独特の美しさがありますね。柊くんのように、作品の本質を理解している生徒がいると、授業も楽しくなります」
先生の言葉に、頬が熱くなる。褒められるのは嬉しいけれど、なんだかこそばゆい。
席に座ると、真白くんが小さく拍手してくれた。
「すごいね、凛音。先生も感動してたよ」
「そうかな……」
夏目くんの方を見ると、彼はいつものように無表情だったけれど、なぜか少しだけ誇らしげに見えた。気のせいかもしれないけれど。
授業が進むにつれて、朝比奈先生の視線が何度もこちらに向いているのに気づく。質問された時も、他の生徒より丁寧に答えを聞いてくれる気がした。
「それでは今日はここまで。次回は古典の授業になります。予習をしっかりとしてきてくださいね」
授業が終わると、朝比奈先生がこちらに歩いてきた。
「柊くん、少しいいかな?」
「はい」
「君の感想、とても印象深かった。文学に対する感性が豊かなんだね」
「ありがとうございます」
「もし分からないことがあったら、いつでも職員室に来てください。君のような生徒を教えるのは、教師として本当に嬉しいことです」
先生の眼鏡の奥の瞳が、とても温かく見えた。でも、なぜかその優しさに少しだけ戸惑いを感じる。
「あの、先生……」
「何かな?」
「みんな、ぼくのことをじっと見るんです。何か変なことでもしたのかな、って……」
朝比奈先生は一瞬、困ったような表情を見せた。
「そうですね……君は確かに、特別な魅力を持っている。でも、それを自覚していないからこそ、また魅力的なのかもしれませんね」
「特別な魅力……?」
「いつか分かる時が来ますよ。今は、自分らしくいることが一番大切です」
よく分からない言葉だったけれど、先生の優しい声に心が落ち着いた。
教室を出ると、廊下で夏目くんが待っていた。
「次は数学だ。教室を移動する」
「うん」
歩きながら、ふと気になったことを聞いてみた。
「夏目くん、ぼくって変わってる?」
「何でそんなことを」
「みんながじっと見るから……。先生も、特別な魅力があるって言ってたけど、よく分からなくて」
夏目くんの足が、一瞬止まった。
「お前は……」
「何?」
「気にしなくていい。お前はお前のままでいればいい」
その言葉には、なぜか強い響きがあった。
「夏目くん?」
「……行くぞ」
彼はそれ以上何も言わず、歩き続けた。
数学の授業でも、やはり周りの視線を感じる。隣の席の生徒は、授業中なのにちらちらとこちらを見ていたし、先生でさえも、なぜか優しい視線を向けてくる。
(ぼく、本当に何か変なのかな……)
でも、夏目くんの言葉を思い出す。「お前はお前のままでいればいい」。
その言葉に、なぜか安心感を覚えた。
昼休み、食堂に向かう途中で、廊下の向こうから見覚えのある姿が歩いてきた。
「蒼真兄!」
「凛音。調子はどうだ?」
兄は相変わらず爽やかな笑顔で、周りの生徒たちの視線を集めている。
「うん、楽しいよ。でも……」
「でも?」
「みんながぼくをじっと見るの。なんでかな?」
蒼真兄の表情が、一瞬複雑になった。
「……そうか。まあ、凛音は目立つからな」
「目立つって?」
「可愛いからだよ」
さらりと言われて、顔が真っ赤になる。
「蒼真兄……」
「嫌なことがあったら、すぐに俺に言えよ。凛音のことは、俺が守るから」
その言葉には、普段の優しさとは違う、どこか強い響きがあった。
「ありがとう」
兄と別れて食堂に向かうと、夏目くんがすでにテーブルに座っていた。真白くんも一緒で、楽しそうに話している。
「凛音、こっち!」
真白くんに手を振られて、彼らのテーブルに向かう。
今日一日を振り返りながら、ぼくの新しい学園生活は、少しずつ動き出していた。
でも、まだ知らない。
この学園で、ぼくを見つめる視線の本当の意味を。
そして、これから始まる出来事の数々を——。
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