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3.心配と暗闇の中
空港へ向かう車の中で、僕は窓の外を眺めていた。なぜか胸騒ぎが止まらない。
「大丈夫ですか、佐伯様」
運転手が気遣いげに声をかけてくる。
「あ、はい。大丈夫です」
嘘だった。大丈夫じゃなかった。胸の奥がざわざわして、落ち着かない。
カバンの中には、六人が描いてくれた絵が入っている。昨日の帰り際、怜央が「これ、持ってって」と渡してくれたものだ。開けてみると、六枚の絵が入っていた。
どれも、僕と子どもたちが手をつないでいる絵。クレヨンで描かれた下手くそな絵だけど、その一枚一枚に「はるせんせいへ」「すきだよ」「まってる」と書いてある。
胸が締め付けられた。すぐ帰る。絶対に。
空港に着いて、叔父の知人という男性と合流した。スーツ姿の厳つい男性で、簡単な挨拶だけを交わす。
「では、ホテルへご案内します」
車に乗り込む。海外の街並みは見慣れないもので、少しだけ気が紛れた。でも、心のどこかでずっと、あの六人の顔が浮かんでいる。
今頃、保育園で遊んでいるだろうか。代わりの先生と、ちゃんとなじめているだろうか。
「佐伯様、ホテルまであと――」
その瞬間だった。
激しい衝撃。
視界が回転する。
割れるガラスの音。金属が軋む音。誰かの悲鳴。
体が宙に浮いたような感覚があって、次の瞬間、何かに激しくぶつかった。
痛い――。
「佐伯様! 佐伯様!」
遠くで誰かが叫んでいる。でも、声が遠い。体が動かない。まぶたが重い。
ああ、ごめん。子どもたちに、約束したのに。すぐ帰るって、言ったのに。
絵を、渡せなかった。お土産、買うって言ったのに。
怜央、陽太、奏、颯真、湊、蒼――。
ごめんね。
意識が、途切れた。
****
「――緊急手術を」
「意識レベル3。バイタル不安定」
「至急、佐伯様に連絡を」
断片的に聞こえる声。でも、意味が理解できない。体が冷たい。痛みさえ感じない。
「はる! はる!」
叔父の声だ。珍しく、取り乱している。
「なんとかしろ! 金ならいくらでも出す!」
「申し訳ございません。現在の医療技術では……」
「技術が追いついていない? じゃあ、追いつくまで待つ。コールドスリープだ。今すぐ手配しろ」
「しかし、それには――」
「いいから、やれ!」
叔父の怒鳴り声が響く。
コールドスリープ? 何を言っているんだろう。
「すぐ帰るって、約束したのに……」
僕の声は、誰にも届かなかった。
****
それから、どのくらい時間が経ったのか分からない。
真っ暗な世界。何も聞こえない。何も見えない。ただ、漂っているような感覚だけがある。
夢を見ていた気がする。保育園の夢。六人の子供たちが笑っている夢。
「はるせんせー!」
その声が聞こえて、僕は手を伸ばす。でも、届かない。どんなに手を伸ばしても、声が遠ざかっていく。
待って。置いていかないで。
僕が、約束を破ったのに。僕が、悪いのに。
「先生……」
遠くで、誰かが泣いている声がした。
ごめんね。ごめんね。
僕は、何度も謝った。でも、声は届かない。
時間の感覚がない。一日なのか、一年なのか、わからない。ただ、暗闇の中で漂い続けた。
そして――。
「――さい」
遠くで、声が聞こえた。
「――きなさい」
誰かが、僕を呼んでいる。
「……佐伯陽さん、聞こえますか」
まぶたが重い。体が動かない。でも、確かに誰かが僕を呼んでいる。
ゆっくりと、ゆっくりと。
意識が浮上していく。
これは、夢? それとも――。
「瞳孔、反応あり。意識レベル、上昇中」
医療機器の音。消毒液の匂い。
僕は、生きている?
「お目覚めですね、佐伯さん」
白衣を着た男性が、安堵の表情で僕を見下ろしている。
「こ、ここは……」
声がかすれる。喉が痛い。
「叔父様の所有する医療施設です。あなたは事故に遭われて、十三年間、コールドスリープ状態でした」
十三年。
その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
「じゅう、さん……ねん?」
「ええ。当時の医療技術では治療が困難だったため、叔父様の判断でコールドスリープ処置を施しました。そして今年、ようやく治療法が確立されまして――」
医師の説明が、頭に入ってこない。
十三年。
十三年も、眠っていた?
あの子たちは――。
「あ、あの、子ども、たち……」
かすれた声で尋ねる。医師は優しく微笑んだ。
「ご安心ください。みなさん、お元気ですよ」
そう言って、医師はドアの方を見た。
「それに――もう、子どもではありませんが」
ドアがゆっくりと開く音がした。
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