目覚めたら成長した園児たちに囲まれる話

七瀬

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4.止まった時間 side:怜央

Side:一条玲央

あの日から、俺の時間は止まった。

「玲央様、佐伯先生は事故に遭われて、現在意識不明の重体です」

園長先生がそう告げた時、俺は何も言えなかった。隣で陽太が泣き叫び、奏が震えていた。颯真と湊は顔を青くして、蒼は本を落とした。

「うそだ」
「怜央様……」
「うそだ!先生はやくそくを守る人だ!ぜったいに帰ってくるって言ったんだ!」

叫んだのは、あれが初めてだったと思う。
その日から、俺たち六人は毎日、園長先生に「はる先生はいつ帰ってきますか」と聞いた。園長先生は困った顔で「まだわかりません」と答えるばかりだった。

一週間が過ぎた。一ヶ月が過ぎた。
代わりの先生が来た。優しい人だったけど、違う。はる先生じゃない。

「はるせんせいは?」

奏が毎日、新しい先生に聞いた。新しい先生は笑顔で俺たちを安心させるために「きっと大丈夫だよ」と答えたけど、それが嘘だってことは、俺にはわかった。

****

小学生になった。
俺の父が、佐伯陽の情報を教えてくれた。

「コールドスリープ?」
「ああ。叔父上が決断されたそうだ。いつか医療技術が発達したら、目覚めることができる」
「いつですか」
「それは、わからない」

わからない。その言葉が、一番辛かった。

「でも、死んではいないんですよね」
「ああ。生きている」

ならば、待つ。何年でも。
先生は、俺の初恋だった。五歳の時に恋に落ちた。それが何を意味するのか理解したのは、もう少し後のことだったけど。

****

中学生になった。
俺たちは六人とも、同じ中学に進学した。離れたくなかった。あの頃を、はる先生を、忘れたくなかった。

「なあ、一条」
「はる先生、本当に帰ってくるのかな」
「帰ってくる」

俺は即答した。

「絶対に。先生は約束した。だから、絶対に帰ってくる」
「……そっか」

陽太は少し元気になった。この馬鹿は、単純でいい。
奏は相変わらず無口だったけど、たまに「先生……」と呟くのを聞いた。颯真と湊は、二人でよく佐伯陽の話をしていた。蒼は図書館で医療の本ばかり読んでいた。

「コールドスリープの成功率を調べてる」

そう言った蒼の目は、真剣だった。
ある日、颯真がぽつりと言った。

「俺たち、全員先生のこと好きだったよな」
「…………ああ」

俺はうなずいた。六人とも、はる先生が初恋だった。そんなこと、言葉にしなくてもわかっていた。だから一緒にいた。だから離れなかった。

****

高校生になった。
俺の身長は伸びて、もう170センチを超えていた。鏡を見ると、大人びた顔が映っている。

「先生が目覚めた時、俺を認識できるだろうか」

ふと、そんなことを思った。あの頃の俺たちは、小さくて、幼くて。今は、全然違う。

「認識してもらえるさ」
「俺たち、毎日先生のこと話してるし。忘れられるわけない」

颯真と陽太が言う。でも、不安だった。十年以上も経って、俺たちのことを覚えていてくれるだろうか。

「大丈夫。先生は覚えてる」

湊が断言した。

「先生の目覚めを、六人全員が待ってる。その想いは届いてる」

根拠のない言葉だったけど、少し安心した。

****

大学生になった。
その年、父から連絡があった。

「怜央、佐伯陽の治療法が確立されたそうだ」

心臓が跳ねた。

「本当ですか」
「ああ。来月、目覚める予定だそうだ」

来月。あと一ヶ月で、はる先生に会える。
俺はすぐに、他の五人に連絡した。

「来月、先生が目覚める」

その一言で、全員が理解した。

「やっと……やっと会えるんだな」

陽太が電話口で泣いていた。

「先生……」

奏も、珍しく声を震わせた。

「十三年か。長かったな」
「でも、終わりじゃない。始まりだ」
「僕たちの、新しい始まりだ」

颯真、湊、蒼が順番に言った。

十三年間、待ち続けた。
保育園の時、俺ははる先生が好きだった。大好きだった。先生の笑顔、優しい声、温かい手。全部、全部、忘れられなかった。

そして、その想いは消えなかった。薄れなかった。むしろ、年を重ねるごとに強くなっていった。
初恋は、終わらなかった。

「先生」

一人の時、何度もその名前を呼んだ。

「俺は、もう子どもじゃない」

鏡に映る自分に言い聞かせる。十八歳の俺は、もう保育園児じゃない。先生と生徒の関係じゃない。

「だから、今度は――」

言葉を飲み込んだ。来月、目覚める。その時、俺は先生に何を言おうか。

「おかえりなさい」

それが、一番最初の言葉だと決めた。そして、その次に伝えたいことがある。十三年分の想い。ずっと胸に秘めていた想い。今度こそ、伝える。

「先生、俺は――」

その先の言葉は、まだ。目覚めた先生を見てから、決めよう。

病院へ向かう車の中で、俺は緊張していた。

「大丈夫か、怜央」

隣に座る陽太が心配そうに聞いてくる。

「ああ」

嘘だ。大丈夫じゃない。心臓がうるさい。

「先生、俺たちのこと覚えてるかな」
「覚えてる」

それだけは、信じている。
車が病院に着いた。六人で並んで、廊下を歩く。

「――佐伯陽さん、聞こえますか」

医師の声が聞こえた。ドアの前で、俺たちは顔を見合わせた。

「行くぞ」

俺が先頭に立つ。ドアを開ける。

そこには、白いベッドに横たわる、はる先生がいた。十三年前と、変わらない顔。茶色い髪。小さな体。

ああ、先生だ。本当に、はる先生だ。

「――はる先生」

俺は、ゆっくりと近づいた。先生の瞳が、俺を見た。

「れ、お……?」

かすれた声で、俺の名前を呼んだ。覚えていてくれた。

「ずっと、待っていました」

俺は、ベッドの脇にひざまずいた。

「おかえりなさい、はる先生」

その言葉を伝えられて、よかった。十三年越しの初恋は、まだ終わっていない。


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