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9.大人の恋愛
陽太の告白から、僕は混乱していた。
怜央と陽太。二人とも、本気だった。あれは、子どもの憧れじゃない。大人の、恋愛感情だった。
「どうしよう……」
一人になると、そればかり考えてしまう。
水曜日、奏が来た。
いつものように静かに家事をこなす奏。でも、今日は何かが違う気がした。
「先生」
奏が掃除を終えて、僕の隣に座った。距離が、近い。
「聞きました。怜央と陽太から告白されたって」
「あ……うん」
「驚きましたか」
「う、うん。正直……」
「そうですよね」
奏が小さく微笑む。
「僕たちのこと、まだ子どもだと思っていますよね」
「いや、そういうわけじゃ……」
「いいんです」
奏が僕の手を取った。冷たい手。
「でも、僕も伝えさせてください」
奏の目が、僕を見つめる。
「僕も、先生が好きです」
三人目。
「保育園の時、先生に抱っこしてもらうのが大好きでした。先生の温もりが、声が、笑顔が、全部好きでした」
奏の声が、いつもより少しだけ大きい。
「先生がいなくなった時、僕は何も言えなくなりました。誰とも話したくなかった。先生以外の誰かに触れられるのも、嫌でした」
奏が僕の手を握りしめる。
「でも、先生が帰ってきた。だから、もう大丈夫です」
奏が僕に顔を近づける。
「先生、僕を見てください。子どもとしてじゃなく、一人の男として」
その言葉が、胸に響いた。
****
木曜日、颯真と湊が来た。
二人はいつものように並んで座り、僕を見つめた。
「先生、聞いてください」
颯真が口を開いた。
「俺たち双子は、昔から二人で一緒でした。でも、先生だけは特別だった」
「先生は、俺たちを一人ずつ、ちゃんと見てくれました」
湊が続ける。
「颯真は颯真、湊は湊って」
「双子だからって、一緒くたにしなかった」
二人が同時に僕の手を取った。
「だから、俺たちも先生が好きになった」
「ずっと、ずっと」
二人の声が重なる。
「先生がいない十三年間、俺たちは二人で支え合いました」
「でも、ずっと心に穴が空いていた」
「先生という穴が」
二人が僕を見つめる。
「埋めてください、その穴を」
「俺たちのそばにいてください」
颯真と湊。二人も、同じ想いを抱いていた。
****
金曜日、蒼が来た。
蒼はいつものように本を持ってきて、静かに座った。しばらく沈黙が続く。
「先生」
蒼が本を閉じた。
「僕も、他のみんなと同じことを伝えに来ました」
蒼が眼鏡を外して、僕を見た。
「僕は先生を愛しています」
蒼の声は、冷静だった。
「保育園の時、僕は本ばかり読んでいました。人と話すのが苦手で、一人でいることが多かった」
蒼が僕の隣に座る。
「でも、先生は僕に話しかけてくれた。本の話を聞いてくれた。一緒に読んでくれた」
蒼の手が、僕の手に重なる。
「先生がいない間、僕は医学書を読み漁りました。コールドスリープのこと、先生の怪我のこと、回復の可能性のこと。すべて調べました」
蒼の目が、僕を見つめる。
「先生を取り戻すために。先生と、もう一度話すために」
蒼が眼鏡をかけ直す。
「僕の初恋は、先生です。そして、それは今も変わっていません」
六人。六人全員が、僕に想いを告げた。
****
土曜日、六人全員が来た。
リビングに六人が並んで座っている。その光景は、あの頃の保育園を思い出させた。でも、今は違う。彼らは、もう子どもじゃない。
「先生」
怜央が口を開いた。
「俺たち、話し合いました」
「話し合い……?」
「ええ。俺たち六人とも、先生が好きです」
怜央がまっすぐに僕を見る。
「でも、先生が選べるのは一人だけだと思います」
その言葉に、胸が苦しくなった。
「だから、先生に選んでほしい」
陽太が続ける。
「俺たちの中から、誰か一人を」
奏が小さくうなずく。
「もちろん、今すぐじゃなくていいです」
颯真が優しく言う。
「先生のペースで」
湊が微笑む。
「考えてください」
蒼が静かに言った。
「俺たち、誰が選ばれても、恨みっこなしです」
怜央が言う。
「だって、俺たちは友達だから」
陽太が笑う。
「先生が幸せなら、それでいい」
奏が囁く。
「でも、諦めるわけじゃないです」
颯真が言う。
「全力で、アプローチします」
湊が続ける。
「覚悟してください、先生」
蒼が本を開きながら言った。
六人が僕を見つめる。その目は、真剣で、温かくて、熱を帯びていた。
「わ、わかった……考えるね」
僕はそう答えるしかなかった。
六人が帰った後、一人になった部屋で天井を見上げた。
選ぶ。
誰か一人を。
怜央、陽太、奏、颯真、湊、蒼。
六人とも、大切だ。でも、恋愛対象として見ることができるんだろうか。
「俺は、どうしたいんだろう」
自分の気持ちが、わからなかった。
ただ、一つだけ確かなことがある。
彼らの想いは、本物だということ。
そして、僕も――。
僕も、六人のことが、大切で仕方ないということ。
「これから、どうなるんだろう」
不安と、期待と、戸惑いが入り混じった感情を抱えて、僕は目を閉じた。
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