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真実を求めて④~旅たちのとき~

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 リビングに降りると,母さんがせわしなく動いていた。何やら持ってきたその手には革製のかばんがあった。中にはなにやら荷物がパンパンに詰められて今にもはちきれそうである。

「はい。これ持っていきなさい。」

ドスン,という音とともに目の前には保存のきく携帯食料や回復薬,切り詰めれば食費だけで半年はもちそうな金貨が別の小袋に入れられて置かれた。さすがに驚いて数秒間声も出なかった。

「なんでこんな・・・・・・。いつの間に・・・・・・。貰えないよこんなの」
「だてにあんたの母親10数年やってないわよ。中途半端な気持ちなら絶対に旅になんて出す気はなかったけど,・・・・・・血は争えないからね。うだうだ言ってないで持っていきなさい。親が出したものをもらって,健康に生きることが一番の親孝行だよ」


今日は強気な気持ちで母さんに話をするつもりだった。少しでも気の弱いところを見せたら絶対に許してくれない。旅に出ることはおろか,森で修業をすることでさえいい顔をしない人がどうして「旅に出たい」という言葉を受け入れてくれるだろうか。自分は信用されていない。いつまでも守られる存在で,みじめで,ちっぽけで力のない子ども。そう思われていると思っていた。だから,認めてくれなかった時には黙って出ていこうとさえ考えていたのだ。それなのに・・・・・・。
 急に目の前の景色が歪んだようで視界が悪くなった。あとから降りてきたジャンも,母さんの表情もとらえきれない。窓から爽やかな風が入ってくる。その風が頬を撫で,ひんやりとした感触を感じて初めて涙を流していることに気付いた。

「母さん・・・・・・。」
「なーに泣いてんの。情けない。あんたそんなんで大丈夫なの? 私なんて,あんたぐらいの年にはもう立派に世界中を走り回って好き勝手やっていたわ。いつだって一人じゃないし,あんたにはジャンだっている。だから大丈夫。特に心配はしていないわ」

母は背中をさすりながら,「ただね」と続けた。

「旅に出るということはいつだって危険と隣り合わせなの。気を張って,ろくでもない死に方するんじゃないよ。やるべきことをやってきなさい。やりきりなさい。あんたの夢をかなえてきなさい」

背中を強くたたかれ,むせそうになった。肩をもって顔を見つめられると,なんだか照れ臭くなった。もう,寂しさも後ろめたさも孤独感もない。なんだってうまくやれそうな気がした。
 瞳から落ちて乾きかけた涙を拭うと,一つ大きく深呼吸をした。これから始まる旅立ちに大きく期待をして胸を膨らませ,こぶしを強く握った。



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