少年剣士、剣豪になる。

アラビアータ

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第十四話

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 コジロウは、ナタリーとの出来事について語り終わった。ルークは、溜息を付いて、

「僕がこんなに情けなくて弱いから、ナタリーにいつも心配かけちゃうんです。どうにかして家に帰って貰いたいなぁ…」
「そうか。だがルーク殿、それは煩悩というものだ。男子が一度、求道の旅に出たなら女子おなごは忘れるのが定め。酒、色恋、賭博、蓋しこれらは全て求道の妨げだ。此処は堪えて、己の剣を磨くのだ。心配致すな。ナタリー嬢は、女性の身では驚くほどの腕前、そう簡単に斬られはせぬ」
「そうなんですか? コジロウさんがそう言うなら…」

 ルークは、自分より遙かに錬磨された名剣客に認められたナタリーに、内心嫉妬しながらコジロウを見た。その面は色白で、痩身長躯の美は、剣士というより書生である。しかし、こう面と向かい開き直って見ると、卓越した身体の作り、全てを映す千磨の鏡のような涼やかな眼は、常人ならざる威風を醸し出している。
 コジロウは、さて、と席を立ち、懐から銭の入った袋を取り出した。

「荷物を少し開かさせて頂いたが、路銭が殆ど無いではないか。少ないが、これを足しにし給え。拙者はそこらの路傍でも寝られるが、君には辛かろう。では、拙者は行かせて頂く」
「あ、待って下さいっ。お願いしたい事が」
「お願いとは何か」

 短いが流れる水の如き語韻を含んだ一言。ルークは、半ば聞き惚れたが、口を開いて、勝負がしたいと願った。しかし、コジロウは首を振り、

「駄目だルーク殿。君は先程、何の手練れも無い町人に為すがままにされ、危うく殺され掛けたではないか。まだまだ未熟という他ない。充分に錬磨した後で無ければ、仇討ちは出来ぬ。君に敵意は無いが、勝負となれば情けは無い。だが、いつか君が全き自信とそれを裏付ける確かな腕前を持った時、拙者は喜んで勝負致す」
「本当ですかっ。いつでも何処でも良いんですね、きっとですよ」
「うむ。だが、拙者も剣の修行旅の道中ゆえ何処かに居を定めて、君を待つわけには参らぬ。そうだ、拙者の故郷では金打《きんちょう》で堅い約束を交わすのだ。ルーク殿、剣の鯉口を切り給え」

 ルークの抜いた剣とコジロウの刀が交差し、灯火と月明かりがそれを煌めかせた。閃光が走り、二人の心に堅い約束が交わされた。
 天地神明への誓文よりも重い、男同士の金打。此処に、これ以上無く堅い誓いが結ばれたのだ。
 ルークは、自身の心に激励の炎が燃え盛るのを感じた。彼は、コジロウの言動から、その水の如き涼やかな雰囲気からは想像も出来ぬ、炉鉄のように熱い義、盤石の如きほまれの心を感じていた。

 ――それから三ヶ月後、ルークはクレムラートの王都、ボンフルトにいた。そこまでの道中、特に彼は災難に遭うことも無く、至極平和であった。
 しかし、ルークを楽しませないのは、ナタリーの消息が依然として知れぬ事であった。街道を行く者に尋ねてみれば、この先で見たと言われ、先を急げばもう発ったと言われる。
 さながら糸で隔てられているかのようである。結ばれてはいるのだが、近付こうとすれば遠ざかる。遠ざかれば近くにいる。互いに思い合ってはいるのだが、すれ違う。

 そんな事でナタリーを捜すという目的もあり、ルークは二月ふたつき前から王都のとある道場に身を置いている。しかし、どうも思わしくないので、この頃はまた旅に出て名人とナタリーを捜そうか、などと思い悩んでいる様子であった。

「そう焦っても、腕は上がらないよ。王都は広いから気長に良い先生でも捜しなよ。そうだ、気晴らしに船遊びにでも行こうよ。俺の友達が、皆を集めて宴会をするって言ってるから」

 そう言ったのは、彼の下宿先になっている道場主の息子、カールであった。彼の父親は、息子より一つ下のルークをどら息子の手本にでもしようと、ルークの逗留の願いを快諾したのだ。
 ルークは、カールの誘いに口では承諾しておきながら、いざ時間になると姿を見せない。訝しんだカールが彼を捜しに行くと、道場の方から気当て声が聞こえる。
 またか、と半ば呆れつつカールが覗いて見ると、体術の名人であるという道場の用心棒ジンを相手に、ルークが汗みどろに揉み合っている。

 躍り掛かったルークの身体は、ジンのすくいに掛けられて鞠のように放り投げられ、彼が跳ね起きてもその度に投げつけられる。
 まだまだ、とルークが向かっていこうとするのを、カールは、

「それまでっ。二人とも辞めろっ。ルーク、皆待ってるぞ」

 カールが良いしおに組手を引き分けたので、二人は互いに一礼した。
 カールは、ルークに冗談半分で、

「それにしても口惜しいな。ルークはどうしてそんなに弱いんだよ。熱いのには驚くけど、まだ声も低くなりかけだし、身体も小さいし。早く腕を上げないと」
「何を言うのですか坊ちゃん。ルーク君は技こそ備わりませんが、こう熱心なら私などすぐに追い越しますよ」

 気の毒そうに謙遜する用心棒を見て、カールは、うーん、と首を傾げて面白そうに、

「でも、こう並んだ姿を見ても、ルークとジンさんじゃ骨格からしてえらい違いだ。どう見ても、恋愛演劇の主役って感じだよ。一緒に歩いてるとすれ違う女が、ひそひそ声で噂するんだよ。体術と剣術は水と油なんだからどうしようもないだろ」
「確かにカールの言うとおりだよ。でも、こう五十日も体術が破れないんじゃ、剣術も上達しないよ」

 と、ルークは道場を出、カールと共に彼の友人の元へ向かった。その道中でも、涼み船の享楽などは頭にない様子で、ひたすらに剣術と体術の工夫に頭を廻らせている。カールは、そんな一念な様を見て、気を紛らわそうと冗談など笑い話などするが、どうも上の空な様子。

「やあ、カール、待っていたぞ。ルークも偶には少し肩をほぐさないとな」

 船のじくに立っていたカールの友人は、彼らを見るとすぐに纜綱もやいづなを解いて、使用人に船を漕がせた。
 今しも紫紺の空が、満々と天に満ち、川の水も紺色に染められている黄昏時である。岸には宿酒場の外灯、川には船同士の灯火が光を触れ合わせ、歓談の声に川鼓、仄光で薄金色になった川を行く貴族のお忍び船もある。
 酒と云っては香りにも咽せるし、元来小食なルークは、歓談するだけして、やがて一人、船縁に凭れるようにして、夏の美景に本来の性分を出し、うっとり見惚れていた。
 するとそこへ、目の前を流れる渡し船、身を乗り出す人影が不意に、

「ルークッ」

 と、言う女の声。聞き慣れた声にルークは、はっとして前を見、半身を乗り出した。しかし向こうは下りでこちらはのぼり、見る間に見る間に離れていく。
 しかし、声を上げた女の容貌は、ルークの瞳にはっきりと映った。首元まである紅髪を夜風に吹かせ、夜闇に冴える凜たる佳人――それはナタリーに違いなかった。
 ナタリーの方も、彼を見たらしい。再び声を掛ける間もなく船が離れるので、空しく互いに見送るばかりであった。

「ようようルーク。武芸一辺倒かと思ったら、結構やることやってるんじゃないか」
「誰なんだよ、今の。教えろよ畜生」

 と、満面を蟹のように赤くした酔っ払い共は、ルークの様子を見て、どっと囃した。ルークは、満面に朱を注いで必死にあれこれ言い訳などしていた。

 しばらくすると、にわかに冷たい風が吹き込んできた。いつの間にか、あれほどの船が幻のように姿を消し、人声もしない真っ黒な寂寞せきばくになってしまった。

「どうしよう、暴風報せの鐘を聞き逃したみたいだよ。どうしよう? 」

 ルークは顔を青白くして、慌てた様子でカール達に尋ねるが、普段から命知らずな度胸試しをして親の悩みの種である十代共、ましてや大酒を加えて気を大きくしている様子。弱虫だな、とルークを笑い、更に宴に興じる。
 
 そこへ、川上から帰りを急いでくる一艘の大船があった。灯りを伏せているので、誰が乗っているのか解らない。
 ルーク達の内、一人が立って、誰だ、と呼ばわった。答えの代わりに飛んできた一矢はその者の喉笛に食い付き、身体はたまらず川に没した。
 それっ、と闇に紛れた敵船はルーク達が乗る船に突っ込んだ。あっと揺り動かされて驚く途端に、わっとばかりに敵方は乗り込んできた。

「誰だお前らはっ」

 と、立ち塞がったカールの友人は、ぎらと光った長剣に首を飛ばされてしまった。ばらばらと躍り込んできた敵兵、手に手に剣を抜き払って、

「縄張り荒らし共っ。命は貰ったぞっ」

 と、口々に叫んで斬り込んできた。カールは、彼らを見て、あっと驚き

「お前らはこの前のっ」
「そうだっ。人様の縄張りで変な悪戯したがって。許さねえぞっ」

 カール達は十数日前、今襲い掛かって来た荒くれ共の縄張りで、取引の妨害をしたのだが、荒くれ共はその口封じを今夜しにきたのだ。それ自体は驚いた事でも無いのだが、先頭の男を見て、ルークは愕然とした。
 その男は、道場の用心棒ジンであったのだ。
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