【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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関西弁イケメン少年と災難

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 ちなみにアキラくんが巻き込まれたトラブルとは、こんな感じのものだった。

 数時間前。
 検査検査検査~~!  で、すっかり嫌になって病室でふて寝をしていると(個室なのにテレビすらなくて暇だったというのもある)中庭から、キャアキャアという黄色い声が聞こえてきた。

(なんだあ?)

 ちらり、と覗き込むと、松葉杖の男の子を数人の女の子たちが取り囲んでキャイキャイと騒いでいた。

(は、はーれむ)

 松葉杖の男の子は入院しているのだろう。女の子は見舞客だろうか。男の子は、少し迷惑そうに眉をひそめてはいるが、笑顔で対応している。

(イケメンってのは子供の頃から大変なのね~)

 私は窓から離れて、ベットにごろんと横になった。

(いつまでこんな日が続くのだろう)

 なにもわからない。
 先生たちも看護師さんたちも、曖昧に誤魔化すばかりだ。

 誰か面会やお見舞いに来る、ということもない。

(……あ。そうだ、"華"って、おばあちゃん以外に身寄りがなかったんだっけ)

 確か、そんな設定だった。

(その"おばあちゃん"も来てないって、どういうことなんだろう)

 というか、そもそもの話だが、全く現実感がない。

 砂を食べているような。
 水の中で目を開けているような。
 皮膚に1枚、薄い膜が張っているようなーー。

 ひどく、酸素が、薄いような。

(暗くなってきたな)

 ちょっと苦笑してしまう。

「……気分転換でもしよう」

 そうしよう、と1人で言って1人で答えて(虚しい)病院内を散策することにした。

 と言っても、同じ階の談話室覗いて、ナースステーションの横をふらりと通り、エレベーターホールに置かれていた、小さな熱帯魚の水槽をぼうっと眺めるだけ。

 透明な水の中を、一匹だけでヒラヒラと泳ぐ、濃い藍色の魚。
 綺麗だけど、なんだか寂しい。

「戻ろ」

 気分転換になったんだか、なってないんだか。

 部屋の前まで戻り、ドアを開けようとした矢先、背後から不規則な足音がした。
 松葉杖をついて歩くような。

 思わず振り向くと、少し離れた角を、松葉杖をついた男の子が曲がってくるところだった。

 その表情は、ひどく苦々しいもので。

「……ほんっま、あいつらシツコイねん」

 思わず吐き出したであろう一言は、思わず同情してしまう響きがあった。

(あ。さっきのハーレム?  の子)

 間近で見ると、なるほどイケメンだ。キャイキャイ騒がれるのも分かる。

 1人で納得していると、男の子が曲がってきた角の向こうから、大騒ぎしている女の子の声がしているのが聞こえた。

「ゲッ、もう追いつきよった」

 その男の子の声に、私は思わず吹き出してしまう。
 私の声に気づいた男の子は、キッと私をにらんだ。

「……ごめん」
「何が面白いんや」
「いやほんとごめん、お詫びに」

 私はカラリとドアを開けた。

「どうぞ」
「は?」
「早くしないと、追いつかれちゃうよ?」

 男の子は一瞬眉をひそめた後「背に腹はなんちゃらや」とブツクサ言いながら部屋に入った。私もすぐに続く。

 ドアが閉まるとほぼ同時に、部屋の前の廊下を女の子たちがワアワアと移動していった。

「危機一髪?」

 微笑んで見せる。

「……せやな」

 男の子はふう、と息をついて部屋のソファにぽすんと座った。

「で、何目的なん」
「は?」
「何が目的で助けてくれたんやって聞いてるんや」
「や、特に……ないけど、まぁ笑っちゃったお詫び」
「ほーん?」

 男の子は首を傾げた。

「女子にそんな反応されたん初めてや」
「は?」
「俺、自分でゆーのもなんやけども、オトコマエやん?」
「う、うん」

 自信家だ。

「しかも、スポーツも得意やねん。大抵こなすねん。1番はバスケやねんけどな」
「はー」
「やから、すごい寄ってくるわけや。さっき追いかけてきてた、見舞いに来てた集団もその手のヤツらなんやけどな。アレしてあげたんやからデートしてだの、コレやったったんやから付き合えだの」
「……小学生で!?」

 私は思わず叫んだ。

(えええ~~、ジェネレーションギャップ?  それともこの子の周りがおませさんなだけ?)

 目を白黒させて男の子を見つめていると、男の子はプハッ、と笑って手を横に振った。

「や、ごめん、あんたそんなん無さそうやな」
「ないないない、下心ない、捕まる」

(小学生相手にそんな感情抱きませんて)

 全力で手を振る。

「あは、捕まるてなんやねん」
「あー、つい?」

 アラサー的思考が、つい口をついて出てしまった。

「何がついやねん」

 しかし男の子はすっかり機嫌が直ったようで、笑顔で部屋をくるりと見回した。

「個室やん。ええ部屋やな」
「そう?  テレビもないよ」
「あ、ほんまや。暇やなこんなん」
「暇なの。ヤバイよ」
「マンガ貸したろか?」
「ほんと?」

 私は思わず満面の笑みを浮かべる。
 男の子はぱちぱちと瞬きを数回した後、急にテレたように「……ええで」と呟いた。

「けど、あいつらまだウロついてるやろうから、もうちょいしたらやで」
「いいよ、それまでここでお喋りしてようよ、ええと、なに君?」

 にこりと笑ってそう言うと、男の子は「アキラや」と笑って教えてくれた。

 それからしばらく取り留めの無い会話をして、2人で病室を出た。アキラくんの部屋にある漫画を借りるためだ。

「まだアイツらうろついてるかも知れへんから、目立たんとこ通って行くで」
「うん」

 アキラくんが発見したという、細い通路やら配膳室の裏手やらを通りつつ、隣の病棟へ向かう。

 その道中、「私の記憶」の話をしてーー
アキラくんの骨折のことを聞いたのだった。

 そして、ちょうど私がアキラくんを撫でた時だった。

 私が入院している棟の裏手、室外機が置いてある、人通りなんか全くなさそうなちょっとしたスペースで、看護師さんたちがヒソヒソと話しているのが聞こえた。
 というか、聞こえてしまった。

「華ちゃんやろ。302の」
「そう。どないするんやろ」
「ほんまに。ええ子やのにな」
「お母さん亡くならはったんやろ」
「搬送先、ウチちゃうけどな。即死やったみたいやで」
「そうかぁ……いつ伝えんのやろ」
「そら様子見てやろけど」

 看護師さんたちは、ぼそぼそと話しつつ遠ざかっていった。

「……華」

 アキラくんが、ほんの少し低い位置から気遣わしげに私の顔を覗いてきた。
 安心させるように微笑んでみせる。

「大丈夫、どうせ覚えてないし」

 半分本音で、半分建前。

 感情が現実に追いついてくれない。

(まぁ、ゲーム知識で、華に身寄りがないのは知ってたけど)

 少し肩をすくめて、もう一度アキラくんを撫でる。

(本音を言えば、覚えていないことに申し訳なさは感じるけれど……でも)

 どこまでもリアルじゃない。
 他人事のような感覚。

 だから平気。

「私は大丈夫。だから、そんな悲しい顔をしないで」
「……無理すなや」
「うん」
「さっきも言うたけど、なんかあったら言うてくれてええからな」
「ありがと」

 お礼を言うと、アキラくんはにかっ、と快活に笑って私の手を握った。元気づけるように。

「めっちゃおもろい漫画あんねん」
「ほんと?  楽しみ」

 私たちは手を繋いで、廊下をゆっくり歩いた。
 松葉杖のアキラくんに合わせるという意味もあったし、それに私は少しばかり、ゆっくり誰かの温もりを感じていたかったというのもある。


(……ああ、なんだか、重い)

 何が、かは分からない。
 けれど、ひどく薄い現実感が、かえって私の心に重圧感をもたらしていた。
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