【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
5 / 702

悪役令嬢はプチパニック

しおりを挟む
「おー、めっちゃ来よる」

ばしゃばしゃと勢いよくやってきては、パクパクと口を開け、次々にエサを食べていく錦鯉たち。
アキラくんは次々にエサを放っては、ご満悦な表情を浮かべていた。

「あんな、鯉は喉に歯ァがあるんやで」

おじさん(アキラくんいわく、"管理人")は、楽しそうに餌やりをするアキラくんを眺めて楽しそうに話し出した。

「えっほんまに!? ノド?」
「ほんまほんま。ほんで、ものすごい力が強いんや。10円玉くらいなら曲げられるらしいで」
「めっちゃ強いやーん! やばっ」

アキラくんは(何が嬉しいのかよく分からなかったが)おじさんから聞いた鯉ウンチクで更にテンションを上げていた。

(小学生男子ってかんじー。可愛い)

私はその様子が、なんだか微笑ましくて、つい一歩引くように眺めていた。

「華ちゃんはやらんの?」

おじさんは私にも餌やりを勧めてくれたが、私は「眺めてるだけで楽しいから、その分アキラくんにさせてあげてください」と遠慮した。中身はアラサーですからね?

おじさんは、にこりと笑ったあと、呟くように言った。

「アキラくんの表情が、あの女の子たちと居る時と全然違うなぁ」
「あの女の子たちって、……ああ、なんかキャピキャピ言ってる?」
「キャピキャピって……、今日日の若い子でも使うんだねぇ」

(ウッソ、キャピキャピって、死語?)

ウフフ、と笑ってごまかす。切ない。

「まぁ、その子たちやね。アキラくん、大人びた態度で相手してるけど、目ぇ死んどるもんな」
「目が」
「せや。やから、華ちゃんおってくれてほんまに良かったと思うで、おじさんは」
「そう、ですかねぇ。私、アキラくんに助けられてばかり、で」

ハイテンションのアキラくんを眺めながら、2人で並んで話す。

「友達なんて、そんなもんやね」

おじさんは微笑んだ。

「支えられてるようで、支えてるんやね」

私もつられて微笑み返した。
その時だった。

「華ちゃん」

担当の看護師さん、田中さんがひょいっと顔を見せた。

「親戚の方がいらしてるよ……って、院長。何してはんのですか」
「餌やりや」

ちょっと口を尖らせたおじさんを二度見する。

(い、院長!?)

そんなお偉いカンジの方だったなんて。

「仕事してください」
「もうちょいしたらな……華ちゃん、行っといで」
「えっ何々!? 華どこ行くん」

アキラくんが鯉から目を離してこちらを勢いよく振り向いた。

「なんか、お見舞いっぽい」
「あ、ほんま? ほなまた後でな、部屋行くわ」
「うん」

軽く手を振って、田中さんについて歩く。

(おじさん、院長先生だったんだ……、白衣着てないから、お医者さんとも思わなかった)

先入観って面白いなぁ、などと考えつつ、田中さんの後を緊張しながら歩く。

(おばあちゃん、なのかな。ゲームと同じルートを歩むの、かな)

ゲームでは、さんざん甘やかされてワガママお嬢様になった華は、許婚の男の子に近づくヒロインが許せずに、ヒロインに対し様々な嫌がらせを行ってしまう。それが故に、放校の上、家を勘当されてしまっていた。

(露頭に迷う、つまりは破滅エンド……これは避けたいっ)

実は前世でも結構トラブルは多かったのだ。
特に恋愛関係は。

(ずっと付き合ってると思ってた人に「ごめん、結婚するからもう会えない」とか!  付き合った途端に「実は嫁と子供いるんだよね」とか!  なぜか私いつも気がついたらセカンド彼女になってたのよね……)

悲しい過去である。
その度に暴飲暴食に走り、そしてまたダイエットに励む日々。

(だから!  今世はトラブルなく、普通に、ふっつうに過ごしたい)

そう決意しつつ、田中さんに続いて病室に入った。
ベッドサイドの椅子に、上品な女性が腰掛けていた。

(……?  おばあちゃんにしては若い?)

誰だろう、といぶかしんでいると、その人はにこりと微笑んだ。

「来るのが遅くなってごめんなさい、私は常盤敦子といいます。あなたのお祖母様の従姉妹にあたります」
「……おばあ、ちゃんの、いとこ?」
「とりあえず、座ってちょうだい。長くなりますからね」

私がベッドに腰掛けると、田中さんは病室から出て行った。

(2人ってなんか、気まずい)

そんなに近い親戚でもないみたいだし、とチラリと敦子さんを見上げる。

「事情はおおむね了解しています。……記憶がないのですって?」
「はい」
「……そう。では簡単に説明するわね。あなたの……お母さんは、その」
「あっ、えと、亡くなったのは知ってます」
「そう、なの?」

常盤さんは驚いたように目を見開いた。
その瞳が気遣わしげに揺れて、ああこの人は優しい人なんだな、と感じた。

「はい。お父さん、がいないことも」
「……そうですか」

常盤さんは髪をかきあげ、少し迷ってから「では、単刀直入に」と前置きしてこう続けた。

「あなたのお母さんは、あなたのお父さんと駆け落ちをして結婚しました」
「か、駆け落ち?」
「そう。あなたのお祖母様は、結婚を許せば良かった、と最期まで悔やんでらっしゃいました」
「さいご、って」
「昨年、鬼籍に入られています」
「きせき?」
「……亡くなられたということ」

(………えええええええええ!?)

私はプチパニックに陥って、両手で顔をおおった。

(えっえっじゃあそもそもゲームのシナリオ展開と違うくない!?  どういうこと!?)

「なので、私のところまであなたの話が来るのに時間がかかってしまって。……不安だったでしょう」

そう言って、常盤さんは私の手をぎゅっと握った。

「できれば、あなたを私の孫として引き取りたいと思っているのだけど」
「……あ」

(もしかして、ゲームの華の祖母、もこの人?)

だとしたら、これはゲーム通りの展開なのかもしれない。
けれど。

(他に、選択肢はきっとないのよね)

華には、他に身寄りはないのだから。

「で、きれば。お願いしたいです……」

消え入りそうな声でそう告げると、常盤さんは「嬉しいわ」とニコリと笑った。

「ただ、ここからは引っ越すことになります」

(え、そうだっけ。あのゲームの舞台ってどこなんだろ)

私が首をかしげると、常盤さんは「鎌倉です」と言った。

「鎌倉って、えっと、神奈川」

前世で一回、観光に行ったかな、レトロな喫茶店のプリンが絶品だったのよね、などと考えていると、突然ガラリ!  と扉が勢いよく開かれた。

「あかんあかんあかーーーんっ」

アキラくんだった。

常盤さんは驚いた表情で見つめている。

「嫌や華、引っ越さんといてや!  退院したら遊ぶ言うたやないか」
「あ、アキラくん」

聞いていたのか。
とりあえず駆け寄る。

「せや、うち来たらええわ。大家族やから、華ひとりくらいかまへん」
「そ、そういうわけにもいかないんじゃないかな」

首をかしげる。
アキラくんは、ひどく悲しげな顔をした。

「せっかく友達になれた思うたのに」

(そ、そんな顔をされるとっ)

精神的アラサーの身からすると、小さい子をいじめているような錯覚におちいる。

「じゃっ、じゃあアキラくん!  文通しよ!」
「文通?」
「うん。私たくさん手紙書くよ。だからアキラくんもたくさん手紙書いて」
「……分かった」
「ね」

にこっと微笑むと、アキラくんはなんとか納得したようにうなずいた。

「……お友達、作るの上手いのねぇ」

それを見て、常盤さんは感心したように呟いていた。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました

もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない

As-me.com
恋愛
完結しました。 自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。 そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。 ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。 そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。 周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。 ※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。 こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。 ゆっくり亀更新です。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

処理中です...