10 / 702
2
悪役令嬢、自画自賛する
しおりを挟む
「あら似合う」
「これ敦子の十三参りの時の振袖?」
「そうそう、華、アタシより似合ってるわよ」
「ほらこれも髪にどう?」
「あら素敵! ほら華」
桜もすっかり散って、そろそろツツジが見頃になってきた、四月下旬のとある晴れた日。
敦子さんに呼ばれてリビングに向かうと、八重子さんも来ていた。
そして、きゃあきゃあと盛り上がりながら、寄ってたかって赤い振袖を私に着付けしていくのでした。
(えっ何、なになに、何が起きてるの!?)
「華ちゃん色白だから、こういう赤似合うわねぇ」
そう言われて、混乱しつつも姿見を見ると、うん、可愛いんじゃない?
ちょっと自画自賛。
(でもまぁ、"華"は元から美人さんだから、大抵のものは似合うよなー)
前世平凡顔の私は、そんな嬉しいんだか悲しいんだか分からない感想を抱く。
可愛らしい手毬菊が散らされた赤い振袖、帯は黄緑地に金糸で彩られた、桜の模様。髪には造花のかんざしが揺れていた。
ついでに赤い手毬を持たされて、壁際に立たされ(なぜか)撮影会が行われた。
おばさまたちの喧騒がひと段落ついた時、やっと私は疑問の声を発することができたのだった。
「あの、……ところで私はなぜ振袖に…?」
「やだ敦子言ってないの」
「あら言ってなかったっけ?」
敦子さんはきょとん、と私を見つめた。それから、にっこり笑って小首をかしげて。
「今日お茶会あるから手伝って」
……語尾にハートマークが見えた気がした。
「お、お茶会……?」
「そう、ほら、お点前ちょうだい致します~~ってやつ。知らない?」
「えと、それは分かりますけど」
「私の中高とお世話になった茶道部の顧問の先生がね、米寿を迎えられて。お祝いをしようということになったのよ」
懐かしいわ~、もう何十年前かしら! とはしゃぐ敦子さん。……この人、本当は何歳なんだ。
「それで、私達の代が中心になってお祝いの席を設けたの。そのお手伝い。ね?」
にこりと笑う敦子さんに、私は否応なく頷くしかなかったのでした。
「あ、そうそう。その手毬あげるわ。私作ったんだけど、いつ作ったんだかも忘れたし」
「え、手作り?」
すごっ、と手毬をしげしげと眺める。
「そういうのにハマってた時期があってね。普通に遊んでくれていいわよ、普通のボールみたいに」
「や、汚すとかはちょっと」
それは気がひける。綺麗な手毬だし。
「そう? ふふ、まぁそれ今日のお着物にも合ってるし、とりあえず持っていきましょう。暇があれば遊んでいいわよ」
「はーい」
(手毬遊びか~~。前世ではしたことないけど……おセレブの皆さまは小さい頃そういうので遊ぶのかしらねぇ)
益体も無いことを考えつつ、敦子さんに続いて玄関に向かう。
今日の野点のお茶会は立礼席というもので、良くお寺なんかで見かける、椅子に腰掛けてお茶をいただけるカジュアルなやつらしい。
敦子さんたちが立てたお茶を、お客さんのところに運ぶのが私の役目だ。
「ここでやるんですか?」
「そうそう」
「敦子さんすごい身内の軽いやつって」
「身内だけのカジュアルなお席よ?」
車に乗せられて、横浜までやってきたかと思うと、名前だけは知っているような高級ホテルの前に立っていた。
「かじゅある」
高級ホテルの日本庭園でやるお茶席をカジュアルといわない……おかねもちこわい……
しぶしぶ、敦子さんの後に続いてホテルの自動ドアを通る。
(うう、絨毯がフカフカだよう)
慣れた様子で庭園へ向かう敦子さんの後について歩いていると、突然敦子さんが立ち止まった。
そしてなぜか、少し面白そうに笑ってから、歩いてきた女性に声をかける。
「あら静子先輩」
「あらあっちゃん、お久しぶり!」
そう言って笑う女性は、深緑の訪問着がよく似合う、上品そうな人だった。
「ご無沙汰しております」
敦子さんはそう言って、またニヤリと笑う。
(なんなんだろ?)
女性は苦笑いしつつ、言葉を返してきた。
「ほんとに。今日は紗江子先生のお祝いだから、あっちゃんいるかなと楽しみにしてたのよ」
「他の方もいらしてて?」
「ええ、何人かお会いして……そちらは?」
にこり、と私を見て微笑むご婦人。挨拶して良いものか迷って、とりあえずぺこりと頭を下げた。
「華です」
敦子さんがそう紹介してくれた。
「ああ! うん、思ったより元気そうで良かったわ」
そう言って、優しそうな目線を向けてくれた。少しほっとする。
「こんにちは、鹿王院と言います。はじめまして、ええと?」
(ろ、ロクオウイン……!? こりゃまたオカネモチそうなお名前ですこと)
ついそんな風なことを考えてしまう。いや、根がド庶民だからですね……。
「あ、華です。設楽華、といいます。よろしくお願いします」
「ふふ、しっかりしてるのねぇ。おいくつ?」
「今年11歳になります」
「じゃあ五年生ね。ウチの孫と同いだわ」
「樹くんね、ふふ、お元気?」
(イツキ?)
イツキ……なんだっけ、聞き覚えのある名前だ。前世にそんな知り合いいたかな?
「元気も元気。小学校でサッカークラブ入って、朝から晩までよ。すっかり日焼けしちゃって。今日来てるの。後でご紹介するわね」
「楽しみにしてますわ。じゃあ、私達準備があるから失礼させていただきますわね」
「ええ、楽しみにしてますわ……本当に」
微笑み手を振る静子さんに、私はぺこりと頭をさげて歩き出す。と同時に、背中をつぅっと冷や汗が流れた。
(……思い、出した。イツキ。樹。鹿王院樹。これあのゲームのキャラクターだ)
ゲーム内での「悪役令嬢」華の許嫁。
もちろん攻略対象……マジですか。
(あー、許嫁なんかにされないよう、気をつけておかなくちゃ)
はぁ、とため息。
(敵は増やしたくない。平穏無事に生きていきたい)
それだけが望みなのになぁ。
私は足取り重く、敦子さんに続くのだった。
「これ敦子の十三参りの時の振袖?」
「そうそう、華、アタシより似合ってるわよ」
「ほらこれも髪にどう?」
「あら素敵! ほら華」
桜もすっかり散って、そろそろツツジが見頃になってきた、四月下旬のとある晴れた日。
敦子さんに呼ばれてリビングに向かうと、八重子さんも来ていた。
そして、きゃあきゃあと盛り上がりながら、寄ってたかって赤い振袖を私に着付けしていくのでした。
(えっ何、なになに、何が起きてるの!?)
「華ちゃん色白だから、こういう赤似合うわねぇ」
そう言われて、混乱しつつも姿見を見ると、うん、可愛いんじゃない?
ちょっと自画自賛。
(でもまぁ、"華"は元から美人さんだから、大抵のものは似合うよなー)
前世平凡顔の私は、そんな嬉しいんだか悲しいんだか分からない感想を抱く。
可愛らしい手毬菊が散らされた赤い振袖、帯は黄緑地に金糸で彩られた、桜の模様。髪には造花のかんざしが揺れていた。
ついでに赤い手毬を持たされて、壁際に立たされ(なぜか)撮影会が行われた。
おばさまたちの喧騒がひと段落ついた時、やっと私は疑問の声を発することができたのだった。
「あの、……ところで私はなぜ振袖に…?」
「やだ敦子言ってないの」
「あら言ってなかったっけ?」
敦子さんはきょとん、と私を見つめた。それから、にっこり笑って小首をかしげて。
「今日お茶会あるから手伝って」
……語尾にハートマークが見えた気がした。
「お、お茶会……?」
「そう、ほら、お点前ちょうだい致します~~ってやつ。知らない?」
「えと、それは分かりますけど」
「私の中高とお世話になった茶道部の顧問の先生がね、米寿を迎えられて。お祝いをしようということになったのよ」
懐かしいわ~、もう何十年前かしら! とはしゃぐ敦子さん。……この人、本当は何歳なんだ。
「それで、私達の代が中心になってお祝いの席を設けたの。そのお手伝い。ね?」
にこりと笑う敦子さんに、私は否応なく頷くしかなかったのでした。
「あ、そうそう。その手毬あげるわ。私作ったんだけど、いつ作ったんだかも忘れたし」
「え、手作り?」
すごっ、と手毬をしげしげと眺める。
「そういうのにハマってた時期があってね。普通に遊んでくれていいわよ、普通のボールみたいに」
「や、汚すとかはちょっと」
それは気がひける。綺麗な手毬だし。
「そう? ふふ、まぁそれ今日のお着物にも合ってるし、とりあえず持っていきましょう。暇があれば遊んでいいわよ」
「はーい」
(手毬遊びか~~。前世ではしたことないけど……おセレブの皆さまは小さい頃そういうので遊ぶのかしらねぇ)
益体も無いことを考えつつ、敦子さんに続いて玄関に向かう。
今日の野点のお茶会は立礼席というもので、良くお寺なんかで見かける、椅子に腰掛けてお茶をいただけるカジュアルなやつらしい。
敦子さんたちが立てたお茶を、お客さんのところに運ぶのが私の役目だ。
「ここでやるんですか?」
「そうそう」
「敦子さんすごい身内の軽いやつって」
「身内だけのカジュアルなお席よ?」
車に乗せられて、横浜までやってきたかと思うと、名前だけは知っているような高級ホテルの前に立っていた。
「かじゅある」
高級ホテルの日本庭園でやるお茶席をカジュアルといわない……おかねもちこわい……
しぶしぶ、敦子さんの後に続いてホテルの自動ドアを通る。
(うう、絨毯がフカフカだよう)
慣れた様子で庭園へ向かう敦子さんの後について歩いていると、突然敦子さんが立ち止まった。
そしてなぜか、少し面白そうに笑ってから、歩いてきた女性に声をかける。
「あら静子先輩」
「あらあっちゃん、お久しぶり!」
そう言って笑う女性は、深緑の訪問着がよく似合う、上品そうな人だった。
「ご無沙汰しております」
敦子さんはそう言って、またニヤリと笑う。
(なんなんだろ?)
女性は苦笑いしつつ、言葉を返してきた。
「ほんとに。今日は紗江子先生のお祝いだから、あっちゃんいるかなと楽しみにしてたのよ」
「他の方もいらしてて?」
「ええ、何人かお会いして……そちらは?」
にこり、と私を見て微笑むご婦人。挨拶して良いものか迷って、とりあえずぺこりと頭を下げた。
「華です」
敦子さんがそう紹介してくれた。
「ああ! うん、思ったより元気そうで良かったわ」
そう言って、優しそうな目線を向けてくれた。少しほっとする。
「こんにちは、鹿王院と言います。はじめまして、ええと?」
(ろ、ロクオウイン……!? こりゃまたオカネモチそうなお名前ですこと)
ついそんな風なことを考えてしまう。いや、根がド庶民だからですね……。
「あ、華です。設楽華、といいます。よろしくお願いします」
「ふふ、しっかりしてるのねぇ。おいくつ?」
「今年11歳になります」
「じゃあ五年生ね。ウチの孫と同いだわ」
「樹くんね、ふふ、お元気?」
(イツキ?)
イツキ……なんだっけ、聞き覚えのある名前だ。前世にそんな知り合いいたかな?
「元気も元気。小学校でサッカークラブ入って、朝から晩までよ。すっかり日焼けしちゃって。今日来てるの。後でご紹介するわね」
「楽しみにしてますわ。じゃあ、私達準備があるから失礼させていただきますわね」
「ええ、楽しみにしてますわ……本当に」
微笑み手を振る静子さんに、私はぺこりと頭をさげて歩き出す。と同時に、背中をつぅっと冷や汗が流れた。
(……思い、出した。イツキ。樹。鹿王院樹。これあのゲームのキャラクターだ)
ゲーム内での「悪役令嬢」華の許嫁。
もちろん攻略対象……マジですか。
(あー、許嫁なんかにされないよう、気をつけておかなくちゃ)
はぁ、とため息。
(敵は増やしたくない。平穏無事に生きていきたい)
それだけが望みなのになぁ。
私は足取り重く、敦子さんに続くのだった。
40
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる