【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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悪役令嬢はおまじないをする

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(そ、そうだよ、弟的存在、いたよ!)

 しまった、すっかり忘れていた。
 義理というか、確か遠縁の子を敦子さんが引き取ってくるんだっけか……?
 ゲームでは、華に疎まれて、邪険にされて、散々な扱いを受けていたような。

(え、いつウチに来るんだっけ? 千晶ちゃんなら分かるかな?)

「……設楽?」

 黒田くんの声で現実に戻る。

「あ、ごめん考え事」
「大丈夫か?」

 心配げに覗き込まれる。

「うん、元気元気」

 ガッツポーズを作って言うと、「無理はすんなよ」とわしゃわしゃと頭をかき回された。

「あ、ありがとう」

 気がつくと教室には2人きりになっていた。

(あれ、なんか緊張しちゃう)

 私が勝手にどきまぎしていると、黒田くんはノートを広げ、淡々と説明しだす。 

(どっちが大人だか分かんないな、これ)

 苦笑しながらその説明を聞いた。

「とりあえず、だいたいのまとめと下書きはできてるから。清書だけ頼むわ」
「了解……、てかこんなに任せちゃってごめんね。大変だったんじゃない?」
「だから謝ることじゃねぇって」

 にやりと笑って言う黒田くん。

(オトコマエだなあ……)

 半ば感心しつつ、作業を始める。
 レイアウトなどの相談をしつつ、もう一息で作業終了というところだった。

「ところで、な……」
「ん?」

 珍しく何かいいよどむ黒田くんを、私は首を傾げ見つめた。

「あー」

 髪の毛をガシガシとかき回した後、「よし!」という謎の気合を入れて黒田くんは口を開いた。

「昨日の、許婚うんぬんってやつ、アレはお前の希望でそうなったのか?」
「……希望?」

 首をかしげる。

「だからつまり、……設楽があいつのことを好きで許婚になったのかってこと」
「あー、そういうわけではないよ」

 私はゆるゆると首を振った。どう説明したものか。
 もちろん、好きは好きだけど、親友としてというか。そもそも、中身はアラサーだし、小学生を恋愛対象に見てはない、と思う。

「なんだかよく分からないんだけど、多分、おばあちゃん同士が友達だから、かなぁ?」

 (……どうなんだろ、ほかに理由はあるのかな)

 "ゲーム"では、華の一目惚れで無理矢理、許婚になったはずなんだけど。

「……それだけで?」
「うん」
「嫌とか言えなかったのか?」

 黒田くんの声が少し硬くなった。

(? どうしたのかな)

「最初はね、嫌って言ったけど、却下されちゃった。でもね、お互い別に好きな人が出来たら解消するって感じだから」
「……あ、そうなのか」

 少し、拍子抜けしたようなトーンの黒田くん。

「うん。そんな感じ。大人がどう考えてるか知らないけど」

 昨日の、意味深な敦子さんが思い浮かぶ。

「それに、樹くん、いい子だし。私がイヤって言ったら無理矢理結婚とかしないよ。てか、向こうに先に好きな人、できるかもだし」

 モテそうだもんな、樹くん。

「じゃあ、設楽が仮に……例えばだな、好きな人ができて付き合う、とかになったら」
「解消するんじゃないかなぁ」

(ん? 解消だよね? 樹くんの言ってた、好きな人できたら考える、ってそういうことだよね?)

 私が首をひねっていると、黒田くんはどことなくホッとした様子で「そうか」と呟いた。

「心配してくれたの?」

 私が意に染まない結婚をさせられる、と思ったのだろうか。

「心配っていうか、……まぁ大体そんな感じだな」
「あは、ありがとう。私、なんかいつも心配かけてる気がする」
「俺が勝手に気にしてるだけだから、気にすんなよ」

 にかっ、と笑い、そして真剣な目で続けた。

「それと、……昨日、設楽が言ってたやつ。辛い時とか悲しい時とか、そういう時はどんどん頼ってくれていい。むしろ頼ってくれた方が嬉しい」

(……!  なんていい人……!)

 私が目を見開いて感動していると、黒田くんは「ただ」と続けた。

「ただ?」
「うん、ただ……俺も頼みがあって」
「なに?  なんでもいいよ。他ならぬ黒田くんだもん、なんでも言うこと聞くよ」
「……お前、それ俺以外に言うなよ」
「なんで?」
「なんででも。……で、頼みってのは、俺が気合入れて欲しい時とかに、抱きしめろとは言わねーから、なんかこう、気合い入れて欲しいっていうか」

 急に照れたのか、歯切れが悪い。

(黒田くんが、めずらしー)

 ちょっとニヤニヤしてしまう。

(空手の試合が近い、とかかな? なんで私なのかは分かんないけど……)

 ひよりちゃんや秋月くんじゃダメなのかな、と考えて、あの2人じゃ身近すぎて気恥ずかしいのかな、とも思う。

(ん、きっとそうかも)

 ならば、一肌、脱ぎましょう。

「いいよ」

 微笑んでそう返事をして、ふと気づく。

「あ、でも私、頑張ってる人に頑張れっていうの苦手なんだよね……」

 だって、黒田くん、空手すごく頑張ってるらしいし。

「オトコはな、もうこれ以上頑張れねーって時でも頑張ってって言われると、もう一踏ん張りできる生きモンなんだよ」
「えー、でもなぁ、無理して欲しくないしなぁ」

 うーん、と頭をひねる。

「あ、そうだ。ならおまじないでもいい? さっきの、ひよりちゃんとの話じゃないけど」
「おまじない?」
「うん、母さんが小さい頃してくれたおまじない」

 母さんとは、前世の私の母親のことだ。
 ふと懐かしく思い出す。
 もう会えない、愛しいひとたち。

(男運はクソ悪かったけど、他の人にはほんと恵まれたもんな)

 少し切ない気持ちになりつつ、黒田くんの手を両手で握りしめる。それから、お互いのおでこをコツン、と合わせた。

「黒田くんのお願いが、ぜんぶ叶いますように。なーむー」

 言い終わって、パッと手とおでこを離すと、黒田くんは真っ赤になって私を凝視していた。

(あら、やりすぎた?)

 おでこコツンはやりすぎだった、かもしれない。

(でもこれがおまじないの作法だしな)

「……なーむーってなんだよ」
「やだった?  別のにする?」
「……いや、これでいい」

 そう言って黒田くんはまた、ニカッと笑うのだった。

「超気合い入った。サンキューな」
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