【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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悪役令嬢、新幹線に乗る

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 5月下旬、午前8時半に新横浜から乗り込んだ新大阪行き新幹線、その白とブルーの車体が名古屋を過ぎたあたりで、私はひたすらにスプーンをそれに叩きつけていた。

 がちがちがちがちがち。

「あああ着いちゃうう京都ついちゃううう」
「……念のために聞くがな、設楽、それなにやってんだ」
「アイスを食べようとしてます」
「俺の認識だとな設楽、その硬さはアイスじゃねぇ、氷だ」

 向かい合わせにされた2つのシート、つまり4人がけの席の通路側で、私はひたすらにアイスを食べようと躍起になっていた。
 窓側に座るひよりちゃんと、その向かいの秋月くんは爆睡中。楽しみで昨日はなかなか眠れなかったらしい。
 私の向かいの黒田くんは呆れたように私の手元に目線をやる。

(さすが、巷で噂のガチガチアイス)

 新幹線のアイスは硬い、溶けない、しかし美味しいとの噂を聞いてから、ずーっと食べたかったこのガチガチアイス。食べられるくらいに溶けるまで、15分くらいかかるらしい。

(ほ、ほんとに硬い。硬すぎる)

 しかしお口にいれると、ふんわりバニラ味でものすごく好み。

(帰りはこれ、出発してすぐ買うべきね)

 うんうん、と頷き手の体温でアイスを溶かす作戦に出る。
 当たり前だが、冷たい。
 いやでも、あと30分でこれを食べなくてはならない……がまん、ガマンよ華、これはアイスを食べるための試練……。

「つめたっ」
「アホか」

 黒田くんは私の片手を取ってぎゅうっと握った。

「つめてー」

 面白そうに笑う。

「貸してみろ」
「ん?」

 黒田くんはアイスを受け取ると、プラスチックのスプーンですくう。ちょっと硬そうだけど。

「案外いけんじゃねぇか、ほら」

 スプーンを私に突き出す。

「食え」

(食え、とは……これは俗に言うあーんして、では)

 ぽかんとしていると「もう米原過ぎたぞ京都着くぞ」と脅された。米原は滋賀県だ。もう京都まであと一息。
 ぱくり、とアイスをひとくち。

(あまーい、おいしーい)

 にっこりしてしまう。
 それを見た黒田くんは妙な顔をしていた。なんだ失礼だな。
 しかしその瞬間、さっと顔が青くなる。

(しまった!)

 黒田くんはモタモタしている私を見るに見かねて、というところだろうけれど。

(黒田くんには好きなひとがいるはずっ)

 同じクラスだったら、これ、見られてたかも!?
 思わずキョロキョロとするが、誰もこちらに注意を払っている様子はない。それぞれ寝たり、遊んだり、お菓子を食べたり、お喋りしたり、と小学生が集まった車内はかまびすしい。
 ほっ、と息を吐いて黒田くんに小声で告げる。

「好きな人に見られちゃったら大変だよ? 勘違いされるよ?」
「あ?」

 黒田くんは数秒ぽかんとした後「あー、つか見られてるなある意味」と普通に言った。すごく普通に。

「み、見られてたらまずいんじゃ」
「うるせえ食え」

 黒田くんは次々に私の口にアイスをねじ込んでくる。

(うう、甘いよう、美味しいよう)

 三分の一くらい食べたところで、私でもいける硬さになり、アイスを返してもらう。

「うう、ありがとう……美味しかった」
「や、こちらこそってやつだな」

 その返答を不思議に思い首をかしげると「餌付けみてーで面白かった」と笑われた。
 ぷうと口を尖らせる。

「仲良いですねぇ」

 のんびりした男の人の声に振り返る。

「相良先生」

 5年生からの持ち上がりだった担任の先生は、4月半ばから産休に入っている。その代理で来た先生がこの人だ。若い男の人で、親しみやすいかんじ。通称「さがらん」。
 約1ヶ月この先生と過ごしてみて思うのは、彼はとっても生徒思いの素晴らしい教師だということ。

(ただ、ものすごーく、おっちょこちょいなのよね)

 給食の容器をひっくり返したのも一度二度ではない。お陰で全校放送で余ったおかずを分けてもらうのにも、すっかり慣れてしまった。

(なぜかまた学級委員になった私が、放送担当なのよね)

 そのせいで私は「おかずハンターの設楽」と言う謎のあだ名で全校的に有名になってしまった……私ひとりで食べてる訳じゃないんだからね!?

「もうすぐ着きますからね、大友さんたち起こしてあげて……、ほらそこ! 騒がない!」

 ひとつひとつの班を見て回っていたらしい。
 ふと、先生が斜めがけしているビジネスバッグが気になった。

「? 先生、それなんですか? 重そう。席に置いといたらいいのに」

 私がそう言うと、相良先生はびくり、と肩を震わせて振り返った。
 そして苦笑いして、こっそりいう。

「実はね。これ、個人情報」
「個人情報?」
「ほら、家庭訪問あったでしょ。あれのね、報告書なんだけど……終わらなくて」
「え」
「ノートパソコンにデータ入れて、全員分、持ってきちゃった……」

(こ、個人情報を! このご時世に! 持ち歩く!)

 なんと危険な……。

「落とさないでくださいね」
「大丈夫大丈夫。ほらこの通り」

 先生はビジネスバッグの肩掛け部分をぎゅうぎゅうとひっぱる。丈夫アピールらしい。

「じゃ、荷物もまとめて、すぐ降りられるようにしておいてね。アイスはまぁ、慌てないで」

 そう微笑んで先生が通り過ぎていくと、黒田くんは「さがらん、あれ落としそうだよな」と呟いた。

「え、縁起でもないことを」

 そう言って私は笑う。

 しかしまさか、それが本当になるとは、この時はまだ夢にも思っていなかったのだ。
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