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8(中学編)

おとうとの入学式

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「圭くん、おめでとう!」

 私はその日、学校から帰るとすぐにリビングに飛び込んだ。

「おかえりなさい」
「あ、ハナ、おかえり」

 私をみてそう言うのは、敦子さんと圭くん。
 真新しい"学園"の中等部の白いブレザーを着た圭くんは、ほんの少しだけお兄さんになった気がする。まだまだ小さくて華奢だけど。

「やっぱり似合うね」
「そう?」

 圭くんは少し嬉しそうに、くるりと回ってみせる。超可愛い。さすが私のおとうと。まだ制服に着られてる感はあるけど。

「入学式、どうだった?」
「イツキがキャーキャー言われてた」
「なに、それ」

 圭くんは肩をすくめた。

「ザイコーセー挨拶? あれがイツキだったの。そしたら周りの女子みんなテンション上がっちゃって怖かった」
「あは、人気ありそうだもんねぇ」
「ヨユーだねハナ、イイナズケのヨユー?」
「? 別に余裕ってわけじゃ」
「余裕に思っていい」

 突然会話に割り込んできたのは、我が許婚殿の声だった。

「あれ、樹くん来てたの?」
「ご挨拶だな華」

 微苦笑して私の頭をぽん、と撫でてから前を通り過ぎる樹くんは、制服も着こなしちゃってるし、相変わらず背も高い。変声期もほとんど過ぎたのか、"ゲーム知識"の高校生樹くんにどんどん近づいてる気がする。

「圭、入学祝いだ」
「わ、イツキありがと」

 小さな包みを嬉しそうに受け取る圭くん。

「ちょ、待って、私も用意してるっ」
「華、夜のお食事で渡すんじゃなかったの」

 敦子さんが呆れたように笑う。

「だって」
「ハナ、おれ夜のお食事の時でいい。楽しみはとっとくタイプだから」

 そう言ってにこりと笑う圭くんに、私はふにゃりと「そうー?」と返事をした。樹くんが呆れたように笑う。
 いつもの私たち。

 圭くんが"学園"に通うことに決まったのは、圭くんがウチに来て直ぐのことだった。
 圭くんのスケッチブックを見た敦子さんが、しばらく考えた後にぽつりと言ったのだ。

「圭、あなた、青百合に通いなさい」
「「あおゆり?」」

 私と圭くんが同時に聞き返すと、敦子さんは「あのねぇ」と言った。

「圭はともかく、あなたは知ってなさいよ、自分の許婚の通う学校でしょ」
「あ」

 私はちょっとぽかん、とした。

(そんな名前だったんだ、あの学園)

 少なくとも"ブルーローズ"に学園の名前は出てきていなかったし、改めて樹くんに学校の名前を聞くこともなかった。

「えへへ」
「まったく」
「ねぇアツコさん、おれ、ハナと同じ学校がいい。それにそこ、多分カトリックでしょ」
「なんで分かるの、圭くん」

 "ゲーム知識"で学園の様子を知っている私でさえ、なんとなくキリスト教系の学校かなぁ~くらいのイメージしかない。

「青も百合も、マリアさまをイメージしてるから。プロテスタントではあまり重要視してないんだ、マリアさま。尊敬はしてるけど」
「ふうん?」

 よく分からないけど、そういうものなのかな。

「別にカトリックになりなさい、ってわけじゃないのよ。あたしだって卒業生だけど、ウチだって臨済宗だし。あのね、あなたきっちり美術の専門の教師から指導を受けた方がいいわ」
「絵の?」
「こんなこと言うと申し訳ないけれど……一介の小学校教員にどうこうできる才能じゃないわよ、これは」

 敦子さんはスケッチブックを見た。

「あの学園には、その辺りに関しては一流どころが揃ってるわ。美術部自体のレベルも相当高かったはず。思い切り絵が描けるわよ、あそこなら」
「そうなの」

 私は圭くんとスケッチブックを交互に見た。

(ゲームでは、きちんと小学生から学園に通ってた)

 だからこそ、なのか、関係ないかもしれないけど、"ゲーム"における高校生圭くんは絵で才能を認められていた。

「……圭くん、青百合、通おう」
「え、やだ。ハナも来てくれるならいいけど」
「私、圭くんの才能をそんなとこで潰したくない」

 潰れるような才能でもないかも、しれないけれど。

(思い切り絵が描ける、そんな環境にいたほうがいい)

 じっと圭くんの、綺麗な目を見つめる。圭くんは一瞬たじろいで、しかしその後「思い切り絵が描ける」という誘惑に抗えないように「……そうする」と頷いたのだった。
 そうして初等部から転入し、そして今日、無事に中等部へ入学したのだった。

「でも半分くらい今まで通りのメンバーだし、そんなに変わらないかんじ」

 エスカレーター式だと、そんな感想になるのかも。

「高校は一気に人数が増えるからな。また雰囲気も変わるらしいぞ」

 樹くんはちらり、と私を見た。

「華はどうするんだ。高校は」
「えーと」

 私は首を傾げた。

「まだハッキリ決まったわけじゃないけど、」

 と、都内にある進学校の名前を告げる。私立の女子校。

「難関だな」
「そうなのー」

 週に2回、塾に通いだした私である。

「まだC判定」
「華なら大丈夫だろう」
「そうー?」
「まぁ、できれば同じ学校に通ってみたかった、というのはあるが」

 樹くんは肩をすくめる。

「ごめんね?」
「謝ることでもないだろう」

 樹くんは笑う。

「華の人生だ」
「うん」

 この人と本当に結婚したら、幸せなんだろうなぁと思うことがたまにある。

(でもそれは、きっと私じゃないんだろうなぁ)

 高校で出会うヒロインちゃん、かもしれないし、別の人、かもしれないけど。

 樹くんの将来の伴侶さん、樹くんはきっと良き伴侶になりますよなんて、先輩ヅラして考えてみたりした。
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