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分岐・鹿王院樹
黒猫はかく語りき(side鍋島真)上
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どんな顔をするのかな、と少し興味があった。
「やぁ」
金網のフェンス越しに話しかけた僕に、彼、鹿王院樹は露骨に嫌な顔をした。
夏休みが始まって1週間。
僕は高校三年生で、夏を制するものは受験を制す、いわゆる受験の天王山ってかんじ。でもまぁどうせ附属の大学に行くんだからあんまり関係ない。僕の成績はとってもいいから、学部も希望が通るだろう。
フェンス越しに敵意を振りまいている、Tシャツにサッカー用のハーフパンツ、手にはキーパーグローブの彼は中学二年生、強豪のウチでキーパーでレギュラー。まぁU15代表だもんね、そりゃそうだ。
意志の強そうな眉がしかめられ「何の用です」ととっても冷たい声で言われた。
「あは、少しお話したくてね」
「俺の方に話はありませんが」
「キミの、とってもとってもとっても大事なイイナズケの華ちゃんのことだよ」
彼の目が少し揺らぐ。
(かわいいねぇ)
剃刀とかつて言われた女傑の孫。
いずれあのグループ全てを引き継ぐことが運命付けられ、半ば帝王学に近い育てられ方をされつつも、まぁ、まだ14歳の男の子だ。大事な大事なだあいじな女の子の名前を出されればこんなに動揺しちゃう。
「練習終わったら、あとで高等部のカフェテリアまでおいで」
「……、わかりました」
逡巡しつつ、彼はそう答えた。
僕は鼻歌を歌いながらカフェテリアへ向かい、アイスコーヒーだけ買った。
いちばん人目に付かない席を独占する。窓際で、柱の陰で、ソファがいい感じで、眠くなっちゃうよね。
暫くそうやってウトウトしていると、ふと人の気配がしてそちらを見上げる。
女の子だ。
(ええと、誰だっけ)
高等部からの一般入試組で、まぁそこそこのお家の子で(ご両親が医者だったかな?)とても真面目で、真面目だから僕にすっかりハマっちゃった真面目ちゃん。
(名前がなぁ)
思い出せないまま、にこりと笑うと彼女は硬い声で言う。
「真くん、あたし、彼氏できたの」
「へぇ?」
僕は片眉を上げた。
「そうなの? おめでとう」
「おめでとう、って……それだけ?」
「ウン」
僕は首を傾げた。きっと彼女は引き止めて欲しかった。嘘だって分かってても、行かないでくれって僕に言って欲しかったんだろうなぁ。
(言わないけど)
だって困らないし。
グラスのアイスコーヒーは全く口をつけてないのに、氷がほとんど溶けていた。
そんなに寝てたかな、なんて思いながらにこり、と笑う。
「お幸せに」
「……そうやって生きていくの?」
「ん?」
「そうやってこれからも、世間斜めに見て、自分は賢いんだって、周りを馬鹿にして、そうやって生きていくの?」
「ウン」
相変わらず僕は笑う。
だって何も困らないし。
「そんな僕にハマっちゃった癖に? ハジメテまで捧げちゃってさ、勿体無かったね?」
彼女は頰を朱に染めて、大きく平手打ちをしてきた。
ぱしん、という音とともに頬に痺れる痛み。
ハジメテの痛みと、どちらが痛いんだろう。男だから分からない。
また、僕は微笑む。
「気は済んだ?」
「あんたなんか、絶対誰にも愛されない」
僕は微笑む。
(知ってるよ)
なんでそんな当たり前のことをわざわざ言うんだろう、と不思議な気持ちになるけれど、それを問いただそうとした時には、彼女の姿はもう無かった。
代わりに立っていたのは、さっきまで爽やかな汗を流してたキーパーな彼。わざわざ制服に着替えちゃってさ、真面目なこと。
「やぁ」
「……いつもあんなことを?」
「まぁ」
僕は肩をすくめる。
僕の噂話でも聞いたかな。まぁ噂もなにも、ほぼ本当のことだ。
でも一点だけ言わせてもらうならば、僕は"彼女をとっかえひっかえ"してるわけじゃない、もっとライトな関係を求めてるし、女の子(あるいは女の人)にもそれは伝えてるのに、勝手に向こうで期待して舞い上がって、そして勝手に思いつめて、ある日逆上していなくなる。その繰り返し。ほんとヒトって身勝手だよね。
「モテる男は辛いのさ」
それに対して返事をすることもなく、鹿王院樹は僕の正面に座る。
「で、なんの話ですか」
「飲み物くらい注文してきたらどう? 長い話になるかもよ」
「いえ、大丈夫です」
「そ? ならこれドーゾ。口つけてないよ」
僕が氷の溶けたアイスコーヒーを勧めると、樹クンはちらりと一瞥しただけですぐに口を開いた。あは、さすがにイラナイかな、美味しくなさそうだもんね。
「簡潔にお願いします。俺は忙しい」
「忙しい、忙しいねぇ……学校行って部活して、試合こなして選抜の練習にも参加して、海外遠征まであって。空き時間には家業のお手伝い、だもんねぇ、忙しいよねぇ。愛しの華ちゃんとデートする時間なんてあるのかな?」
「……話がないなら帰ります」
「ストップストップ、ごめんごめん。ちゃんと話すから。ね?」
腰を浮かしかけた彼は、無表情でまたソファにすわる。まったく性急だなぁ、若さってこんな感じだっけ? まぁ僕もまだ17なんだけどね、じきに18歳になるけれど。
「まぁこないだのことはさ、やりすぎたと思うよ。もっと慎重に行くべきだった」
「……その件ですか?」
「や、ま、それだけじゃないんだけど。ねえ考えてくれた? あの子の自由意志について?」
「……まぁ」
考えたんだ。すっげー素直。
僕はついつい笑いそうになるのを我慢する。帰られちゃ困る。
「もしあの子が他の誰かを選んだらどうするの」
「……その時は、俺は身を引くと思います」
「案外素直。なんで?」
「……他の誰かを想う彼女の傍にいるなんて、地獄でしかないからです」
(言い切るねぇ)
僕は口笛なんか吹きたくなる。我慢するけど。
だから僕は教えてあげる。
「でも君はその地獄を耐えなきゃいけないかもしれない」
「……どういうことです?」
「いやまぁ、別に華ちゃんに誰か好きな人ができたとか、そんなことを聞いたとかじゃないんだ。だからその目をやめて、怖いなぁやだなぁ」
「……そうですか」
少しほっとする表情になって、ほんとコイツ可愛らしいなぁって思っちゃう。
「あのね、僕が華ちゃん気に入ってるのはほんと。僕は僕なりに、彼女を守ろうとしてるんだから」
「……どういうことです」
いいね、嫌いじゃない、そういう顔。真剣だね。
「単刀直入に言うね。キミの前に、あの子の結婚相手として名前が出ていたのはうちの父親だよ」
そう言って僕は、できるだけ優雅に見えるように微笑んだ。
「やぁ」
金網のフェンス越しに話しかけた僕に、彼、鹿王院樹は露骨に嫌な顔をした。
夏休みが始まって1週間。
僕は高校三年生で、夏を制するものは受験を制す、いわゆる受験の天王山ってかんじ。でもまぁどうせ附属の大学に行くんだからあんまり関係ない。僕の成績はとってもいいから、学部も希望が通るだろう。
フェンス越しに敵意を振りまいている、Tシャツにサッカー用のハーフパンツ、手にはキーパーグローブの彼は中学二年生、強豪のウチでキーパーでレギュラー。まぁU15代表だもんね、そりゃそうだ。
意志の強そうな眉がしかめられ「何の用です」ととっても冷たい声で言われた。
「あは、少しお話したくてね」
「俺の方に話はありませんが」
「キミの、とってもとってもとっても大事なイイナズケの華ちゃんのことだよ」
彼の目が少し揺らぐ。
(かわいいねぇ)
剃刀とかつて言われた女傑の孫。
いずれあのグループ全てを引き継ぐことが運命付けられ、半ば帝王学に近い育てられ方をされつつも、まぁ、まだ14歳の男の子だ。大事な大事なだあいじな女の子の名前を出されればこんなに動揺しちゃう。
「練習終わったら、あとで高等部のカフェテリアまでおいで」
「……、わかりました」
逡巡しつつ、彼はそう答えた。
僕は鼻歌を歌いながらカフェテリアへ向かい、アイスコーヒーだけ買った。
いちばん人目に付かない席を独占する。窓際で、柱の陰で、ソファがいい感じで、眠くなっちゃうよね。
暫くそうやってウトウトしていると、ふと人の気配がしてそちらを見上げる。
女の子だ。
(ええと、誰だっけ)
高等部からの一般入試組で、まぁそこそこのお家の子で(ご両親が医者だったかな?)とても真面目で、真面目だから僕にすっかりハマっちゃった真面目ちゃん。
(名前がなぁ)
思い出せないまま、にこりと笑うと彼女は硬い声で言う。
「真くん、あたし、彼氏できたの」
「へぇ?」
僕は片眉を上げた。
「そうなの? おめでとう」
「おめでとう、って……それだけ?」
「ウン」
僕は首を傾げた。きっと彼女は引き止めて欲しかった。嘘だって分かってても、行かないでくれって僕に言って欲しかったんだろうなぁ。
(言わないけど)
だって困らないし。
グラスのアイスコーヒーは全く口をつけてないのに、氷がほとんど溶けていた。
そんなに寝てたかな、なんて思いながらにこり、と笑う。
「お幸せに」
「……そうやって生きていくの?」
「ん?」
「そうやってこれからも、世間斜めに見て、自分は賢いんだって、周りを馬鹿にして、そうやって生きていくの?」
「ウン」
相変わらず僕は笑う。
だって何も困らないし。
「そんな僕にハマっちゃった癖に? ハジメテまで捧げちゃってさ、勿体無かったね?」
彼女は頰を朱に染めて、大きく平手打ちをしてきた。
ぱしん、という音とともに頬に痺れる痛み。
ハジメテの痛みと、どちらが痛いんだろう。男だから分からない。
また、僕は微笑む。
「気は済んだ?」
「あんたなんか、絶対誰にも愛されない」
僕は微笑む。
(知ってるよ)
なんでそんな当たり前のことをわざわざ言うんだろう、と不思議な気持ちになるけれど、それを問いただそうとした時には、彼女の姿はもう無かった。
代わりに立っていたのは、さっきまで爽やかな汗を流してたキーパーな彼。わざわざ制服に着替えちゃってさ、真面目なこと。
「やぁ」
「……いつもあんなことを?」
「まぁ」
僕は肩をすくめる。
僕の噂話でも聞いたかな。まぁ噂もなにも、ほぼ本当のことだ。
でも一点だけ言わせてもらうならば、僕は"彼女をとっかえひっかえ"してるわけじゃない、もっとライトな関係を求めてるし、女の子(あるいは女の人)にもそれは伝えてるのに、勝手に向こうで期待して舞い上がって、そして勝手に思いつめて、ある日逆上していなくなる。その繰り返し。ほんとヒトって身勝手だよね。
「モテる男は辛いのさ」
それに対して返事をすることもなく、鹿王院樹は僕の正面に座る。
「で、なんの話ですか」
「飲み物くらい注文してきたらどう? 長い話になるかもよ」
「いえ、大丈夫です」
「そ? ならこれドーゾ。口つけてないよ」
僕が氷の溶けたアイスコーヒーを勧めると、樹クンはちらりと一瞥しただけですぐに口を開いた。あは、さすがにイラナイかな、美味しくなさそうだもんね。
「簡潔にお願いします。俺は忙しい」
「忙しい、忙しいねぇ……学校行って部活して、試合こなして選抜の練習にも参加して、海外遠征まであって。空き時間には家業のお手伝い、だもんねぇ、忙しいよねぇ。愛しの華ちゃんとデートする時間なんてあるのかな?」
「……話がないなら帰ります」
「ストップストップ、ごめんごめん。ちゃんと話すから。ね?」
腰を浮かしかけた彼は、無表情でまたソファにすわる。まったく性急だなぁ、若さってこんな感じだっけ? まぁ僕もまだ17なんだけどね、じきに18歳になるけれど。
「まぁこないだのことはさ、やりすぎたと思うよ。もっと慎重に行くべきだった」
「……その件ですか?」
「や、ま、それだけじゃないんだけど。ねえ考えてくれた? あの子の自由意志について?」
「……まぁ」
考えたんだ。すっげー素直。
僕はついつい笑いそうになるのを我慢する。帰られちゃ困る。
「もしあの子が他の誰かを選んだらどうするの」
「……その時は、俺は身を引くと思います」
「案外素直。なんで?」
「……他の誰かを想う彼女の傍にいるなんて、地獄でしかないからです」
(言い切るねぇ)
僕は口笛なんか吹きたくなる。我慢するけど。
だから僕は教えてあげる。
「でも君はその地獄を耐えなきゃいけないかもしれない」
「……どういうことです?」
「いやまぁ、別に華ちゃんに誰か好きな人ができたとか、そんなことを聞いたとかじゃないんだ。だからその目をやめて、怖いなぁやだなぁ」
「……そうですか」
少しほっとする表情になって、ほんとコイツ可愛らしいなぁって思っちゃう。
「あのね、僕が華ちゃん気に入ってるのはほんと。僕は僕なりに、彼女を守ろうとしてるんだから」
「……どういうことです」
いいね、嫌いじゃない、そういう顔。真剣だね。
「単刀直入に言うね。キミの前に、あの子の結婚相手として名前が出ていたのはうちの父親だよ」
そう言って僕は、できるだけ優雅に見えるように微笑んだ。
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