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分岐・黒田健
ヒロイン(謎)との遭遇
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「え、そうなの」
帰りのバスで思わずそう言って、黒田くんと橋崎くんの顔を見る。
「練習試合では、黒田くんの方が負け無し?」
「そーなんだよ、華ちゃん。この空手ゴリラ本番に弱いのよきっと。ま、最近観に行ってないけど、わたし」
ひよりちゃんは「ね」と黒田くんを見て、黒田くんは「まぁな」と言った。いまいち表情は読み取れない。
そしてヒラヒラと手を振りながら、橋崎くんが話を引き取る。
「そうなんスよ~、多分俺ね、本番チョー強いんす! 練習試合では、ひゃくぱー黒田に勝てないっスもん」
「普段手ェ抜いてんじゃねーだろうな、お前」
「そんなキヨーじゃないの知ってんだろ」
憮然とした橋崎くんに黒田くんは笑う。
「わーってるよ」
帰りの電車。友達と来ていたという橋崎くんも、なぜか途中まで一緒に帰ることになって同じ車内。ちゃっかり千秋ちゃんの横に座っている。
千晶ちゃんは車窓から海を眺めていた。興味がないのか、極力関わりたくないのか、真さんで手一杯なのに更にめんどくさそうな人が増えてアンニュイなのか、……おそらくその全部だろう。
「本番になるとっすね、なんかこう、ぐっとなるんスよ!」
「ぐっとって何だよ、ぐっとって」
「集中力っつうんすかねー?」
橋崎くんは首をかしげる。
「なーんか、動きが見えるんすよ」
「あ、分かる」
そう答えたのは野球少年な秋月くんだ。
「あ、打てるなって時は分かるもん、なんとなく」
「そういうもんか」
へぇ、と黒田くんは腕を組む。
「俺は修行が足んねーな」
「山だ、黒田、お前は山へ行け。滝行してクマとかと戦っとけ」
橋崎くんが笑って言って、ちょうど私達は電車を降りる。橋崎くんは乗り換えで、都内までもどるらしい。
「じゃあまた」
改札の前で、橋崎くんは千晶ちゃんの手を取って熱い目をして言う。
「またはないです」
冷ややかな千晶ちゃん。
「そう言わず! まずはお友達からっ! あ、そうだ試合! 試合来てくださいっス!」
「いかないです」
千晶ちゃんが目を細めた時、可愛らしい声がした。
「て、てっと、どうして鍋島千晶といるの?」
「げっ」
橋崎くんは、千晶ちゃんを背中に隠すようにしてその女の子と対峙する。
ふわふわの明るい髪の、まるでお人形さんみたいなその子は。
(……石宮瑠璃!)
千晶ちゃんの目が大きく見開かれて、食い入るように自分の"ゲーム"の主人公を見つめた。
「てっと、何か意地悪されてるの?」
心から言っているのが分かる口調と、トーンで瑠璃は言う。
「されてねーよ、なんでいるんだよ」
「鎌倉に瑠璃のおばあちゃんちがあるの、知ってるでしょ」
「知らねーし」
めんどくさそうに眉をしかめる橋崎くん。それを不思議そうに、本当に不思議そうにみた瑠璃は、ゆっくりと私たちに視線を送り、それからハッとしたように息を飲んだ。
「な、なんで悪役令嬢が揃ってるの?」
そして千晶ちゃんと橋崎くんの間に入り込み、両手を広げて「てっとに手を出さないで!」と叫ぶ。
千晶ちゃんは押されてフラついて、私と黒田くんがとっさに支えた。
(千晶ちゃん)
そっと顔を見ると、ひたすら呆然と瑠璃を見つめている。
「は? お前やめろって、またその妄想話かよ。俺の友達の彼女さんとその友達だぞ、失礼はやめろ、マジで」
橋崎くんが瑠璃を取り押さえるように手首を掴むと、瑠璃は振り向いて首を振る。
「ほ、ほんとだもんっ」
瑠璃はうるうるとその大きな瞳に涙を湛えた。
「その子たちは悪役令嬢で、る、瑠璃とか他の子たちをいじめるんだよ!」
そして、びしり! と私たち"悪役令嬢"3人を順番に指差していく。
「この子も! この子も! この子も! そうなの!」
「知らねーよ」
橋崎くんはぼりぼりと頭をかいて「あーもう、しゃーねー、コレ回収します」と私たちに頭を下げた。
「千晶さん、ほんとすんません」
「……あ。はい」
腰をほとんど直角に折って謝る橋崎くんに、千晶ちゃんはなんとか返事をする。が、やはり心あらずな感じ。
「な、なんで信じてくれないのてっと!? あ、わ、分かった、言うこと聞かないと瑠璃に何かするって、そう言うこと言われたんでしょ!?」
「言っわれってねーし、ほんっとなんだよお前のその妄想癖、ほんともう人前でそれ辞めてくれ」
橋崎くんは瑠璃の腕を掴むようにして、乗り換えのホームへ向けて階段を降りていく。
「千晶さんっ、試合来てくださいねっ」
最後に振り返りそう言うと、瑠璃は「て、てっと!? なに言ってるの!?」とひどく狼狽して叫んだ。
「え、なに、あの子。めっちゃ怖いんだけど」
ひよりちゃんが端的に感想を言い、私も心の中で大きく同意した。
(でも、ルナほどの狂気は感じない)
瑠璃の言動は、本当に橋崎くんを心配しているものだというのが、その声や仕草から伝わってきた。
まぁ、橋崎くんにとってはありがた迷惑っていうか、なんていうか、うん、ただの妄想癖ある怖い子なんだけど。
「大丈夫、千晶ちゃん?」
まだ立ちすくむ千晶ちゃんの顔を覗き込むと、千晶ちゃんは「あ、うん」と眉間に指を当てた。
「クッソめんっどくせーな、ってなってただけ……」
「千晶ちゃん、キャラ、キャラ」
相変わらずキャラ崩壊しがち。
(でも気持ちはわかる……)
あのエキセントリックさで関わってこられたら精神的にキツイ。
(それよりなにより)
真さんがどう動くか。
ヒロインパワーで瑠璃を好きになる、っていうのは無いと思う。実際攻略対象の橋崎くんですらあの態度なんだし。
(と、なると)
千晶ちゃんに、万が一、万が一また危害を加えるようなことがあれば、真さんは今度こそ瞬時に動くだろう。
ルナに対して「いーろーいーろーと」考えていた様々なことを実行する危険性すらある。
私と千晶ちゃんは目を合わせ、うなずきあう。とにかく「関わらない」しか、ない。私たちと、瑠璃自身の身の安全のためにも。
にも関わらず、この少し後、あの子はグイグイと私たちに関わってくるようになるのだった。ものすごく斜め上な考え方と方法で。
帰りのバスで思わずそう言って、黒田くんと橋崎くんの顔を見る。
「練習試合では、黒田くんの方が負け無し?」
「そーなんだよ、華ちゃん。この空手ゴリラ本番に弱いのよきっと。ま、最近観に行ってないけど、わたし」
ひよりちゃんは「ね」と黒田くんを見て、黒田くんは「まぁな」と言った。いまいち表情は読み取れない。
そしてヒラヒラと手を振りながら、橋崎くんが話を引き取る。
「そうなんスよ~、多分俺ね、本番チョー強いんす! 練習試合では、ひゃくぱー黒田に勝てないっスもん」
「普段手ェ抜いてんじゃねーだろうな、お前」
「そんなキヨーじゃないの知ってんだろ」
憮然とした橋崎くんに黒田くんは笑う。
「わーってるよ」
帰りの電車。友達と来ていたという橋崎くんも、なぜか途中まで一緒に帰ることになって同じ車内。ちゃっかり千秋ちゃんの横に座っている。
千晶ちゃんは車窓から海を眺めていた。興味がないのか、極力関わりたくないのか、真さんで手一杯なのに更にめんどくさそうな人が増えてアンニュイなのか、……おそらくその全部だろう。
「本番になるとっすね、なんかこう、ぐっとなるんスよ!」
「ぐっとって何だよ、ぐっとって」
「集中力っつうんすかねー?」
橋崎くんは首をかしげる。
「なーんか、動きが見えるんすよ」
「あ、分かる」
そう答えたのは野球少年な秋月くんだ。
「あ、打てるなって時は分かるもん、なんとなく」
「そういうもんか」
へぇ、と黒田くんは腕を組む。
「俺は修行が足んねーな」
「山だ、黒田、お前は山へ行け。滝行してクマとかと戦っとけ」
橋崎くんが笑って言って、ちょうど私達は電車を降りる。橋崎くんは乗り換えで、都内までもどるらしい。
「じゃあまた」
改札の前で、橋崎くんは千晶ちゃんの手を取って熱い目をして言う。
「またはないです」
冷ややかな千晶ちゃん。
「そう言わず! まずはお友達からっ! あ、そうだ試合! 試合来てくださいっス!」
「いかないです」
千晶ちゃんが目を細めた時、可愛らしい声がした。
「て、てっと、どうして鍋島千晶といるの?」
「げっ」
橋崎くんは、千晶ちゃんを背中に隠すようにしてその女の子と対峙する。
ふわふわの明るい髪の、まるでお人形さんみたいなその子は。
(……石宮瑠璃!)
千晶ちゃんの目が大きく見開かれて、食い入るように自分の"ゲーム"の主人公を見つめた。
「てっと、何か意地悪されてるの?」
心から言っているのが分かる口調と、トーンで瑠璃は言う。
「されてねーよ、なんでいるんだよ」
「鎌倉に瑠璃のおばあちゃんちがあるの、知ってるでしょ」
「知らねーし」
めんどくさそうに眉をしかめる橋崎くん。それを不思議そうに、本当に不思議そうにみた瑠璃は、ゆっくりと私たちに視線を送り、それからハッとしたように息を飲んだ。
「な、なんで悪役令嬢が揃ってるの?」
そして千晶ちゃんと橋崎くんの間に入り込み、両手を広げて「てっとに手を出さないで!」と叫ぶ。
千晶ちゃんは押されてフラついて、私と黒田くんがとっさに支えた。
(千晶ちゃん)
そっと顔を見ると、ひたすら呆然と瑠璃を見つめている。
「は? お前やめろって、またその妄想話かよ。俺の友達の彼女さんとその友達だぞ、失礼はやめろ、マジで」
橋崎くんが瑠璃を取り押さえるように手首を掴むと、瑠璃は振り向いて首を振る。
「ほ、ほんとだもんっ」
瑠璃はうるうるとその大きな瞳に涙を湛えた。
「その子たちは悪役令嬢で、る、瑠璃とか他の子たちをいじめるんだよ!」
そして、びしり! と私たち"悪役令嬢"3人を順番に指差していく。
「この子も! この子も! この子も! そうなの!」
「知らねーよ」
橋崎くんはぼりぼりと頭をかいて「あーもう、しゃーねー、コレ回収します」と私たちに頭を下げた。
「千晶さん、ほんとすんません」
「……あ。はい」
腰をほとんど直角に折って謝る橋崎くんに、千晶ちゃんはなんとか返事をする。が、やはり心あらずな感じ。
「な、なんで信じてくれないのてっと!? あ、わ、分かった、言うこと聞かないと瑠璃に何かするって、そう言うこと言われたんでしょ!?」
「言っわれってねーし、ほんっとなんだよお前のその妄想癖、ほんともう人前でそれ辞めてくれ」
橋崎くんは瑠璃の腕を掴むようにして、乗り換えのホームへ向けて階段を降りていく。
「千晶さんっ、試合来てくださいねっ」
最後に振り返りそう言うと、瑠璃は「て、てっと!? なに言ってるの!?」とひどく狼狽して叫んだ。
「え、なに、あの子。めっちゃ怖いんだけど」
ひよりちゃんが端的に感想を言い、私も心の中で大きく同意した。
(でも、ルナほどの狂気は感じない)
瑠璃の言動は、本当に橋崎くんを心配しているものだというのが、その声や仕草から伝わってきた。
まぁ、橋崎くんにとってはありがた迷惑っていうか、なんていうか、うん、ただの妄想癖ある怖い子なんだけど。
「大丈夫、千晶ちゃん?」
まだ立ちすくむ千晶ちゃんの顔を覗き込むと、千晶ちゃんは「あ、うん」と眉間に指を当てた。
「クッソめんっどくせーな、ってなってただけ……」
「千晶ちゃん、キャラ、キャラ」
相変わらずキャラ崩壊しがち。
(でも気持ちはわかる……)
あのエキセントリックさで関わってこられたら精神的にキツイ。
(それよりなにより)
真さんがどう動くか。
ヒロインパワーで瑠璃を好きになる、っていうのは無いと思う。実際攻略対象の橋崎くんですらあの態度なんだし。
(と、なると)
千晶ちゃんに、万が一、万が一また危害を加えるようなことがあれば、真さんは今度こそ瞬時に動くだろう。
ルナに対して「いーろーいーろーと」考えていた様々なことを実行する危険性すらある。
私と千晶ちゃんは目を合わせ、うなずきあう。とにかく「関わらない」しか、ない。私たちと、瑠璃自身の身の安全のためにも。
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