【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・鹿王院樹

中学編エピローグ

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 当初「利用されていただけ」と思われていた石宮さんだけど、実のところ女子中学生の誘拐にかなり深く関わってたみたいで、警察に連れていかれたまま、どうなったかよく分からない。

「あの子が誘い出してたの?」

 千晶ちゃんの入院してる病院、その一室で、私はお見舞いのリンゴを剥きつつ、言った。

「うーん、えっとね。……あ、うさぎ」
「お見舞いといえばこれでしょ」

 お皿にうさぎ型に剥いたリンゴを並べる。

「いただきます」

 千晶ちゃんは上品にリンゴを口にする。

「美味し」
「でしょ、宮城のね、亘理のりんご。蜜がすごくて……は、いいんだけど、まさか石宮さんが主犯?」

 あの子、そこまで悪辣なことは考えられそうにないんだけど……。
 なんて思っていると、千晶ちゃんはフルフルと首を振った。

「結局は利用されてただけ、なんだけど。ただ、あの子が他の子たちを誘い出してたみたいなの。SNSのメッセージとかでね」

"あなたは特別に選ばれています"

 そんな風なメッセージ性をこめた、甘い文言で(もちろんそれは"教団"の人たちが考えた文章だったらしいけど)。
 一見すればただの中学生同士のやりとりに見えるメッセージのせいで(石宮さんはこまめにアカウントも変えていた)教団と行方不明との関連に気づかれるのが遅れた、とのことだった。

「でも、みんな無事でよかったね」
「精神的には、どうか分からないけど」

 千晶ちゃんは少し遠い目をする。

「そういえば、なんであの人たち、私まで攫おうとしたのかな」
「多分わたしのせい……わたしが、華ちゃんに色々話していると思われたんじゃないかな。わたし攫ったのも、華ちゃん攫おうとしたのも、口封じのためだから」
「えっ」

 私は血の気が引くのを感じた。

「口封じ……!? 千晶ちゃん、こ、殺されなくて良かった、ほんと」
「不思議だよね、すぐ殺せば良かったのに」
「こ、怖いこと言わないで……」

 私がひゃあ、と千晶ちゃんを見つめた時、コンコン、とノックが響いた。

「はい?」
「ちあきちゃーん」

 がらり、とドアを開いたのはひよりちゃん。

「調子どう?」
「あ、ひよりちゃん」

 ひよりちゃんはドーナツの箱と花束を持っている。

「あ、思ったより顔色良かった」
「そもそも入院の必要ないと思うのよねー……」

 千晶ちゃんは苦笑した。真さんの大騒ぎで結構無理やり入院させられたからなー……。

「どーぞ、ドーナツ。華ちゃんのぶんもあるよっ」
「ありがと! うわこれ、並ばなかった?」
「今日はそんなにだったよ」

 有名店のドーナツ! 遠慮なくご相伴にあずかっちゃう。えへへ。

「あ、あのさ」

 ひよりちゃんは、少し目をキョロキョロさせてそわそわしだす。

「今日、真さんって来るのかなぁ?」
「えーっと」
「あ、違うの」

 ひよりちゃんはぶんぶん、と手を振った。

「わたし振られたの」

 私たちは固まって、それから目を見合わせた。

「ええええええ!?」
「い、いつの間に!?」
「てか、え!? 真さんに!?」
「もー、ほかに誰がいるの~」

 ほんの少し、ひよりちゃんは目を伏せて笑った。

「あのね、……本気で好きになりそうな人がいるから、女遊びやめるって」

 千晶ちゃんが「ぎゃあ」って顔でわたしを見て、私はぶんぶんと首を振った。なにそれ知らない。きっと別の人! だといいなぁっ! ていうか、きっとそう!

「というわけで、会っちゃうと気まずいのです」
「あ、うん……えっと、多分もう少しで来るかな」
「あー、じゃあやっぱ早めに帰るね、ごめんねお見舞い一瞬でっ」

 ひよりちゃんはサッと立ち上がって手を振った。

「じゃあ、……あ、初詣いける?」
「うん、そこまでには退院してるはず」
「おけ! 無理はしないでほしいけど」
「ありがと」
「じゃーねー!」

 元気に手を振って、ひよりちゃんは部屋を出て行った。

「い、いつの間にって感じなんだけど……」
「クリスマスイブだもんね、明日」

 クリスマス目前だもの。告白もしたくなる、よねぇ。

「あーあ、イブだってのに入院かぁ」
「明日も来るよ、私」
「いいよ」

 千晶ちゃんは悪戯っぽく、笑った。

「樹くんとラブラブデートなんじゃないの?」
「ら、ラブラブて」

 私は一瞬赤くなって、それから両頬を軽く叩いた。ぺちん。

「え、どしたの」
「んーん、なんでも」

 だって樹くんとの関係は、きっと期間限定だから。
 いつか、樹くんに本当に好きな人ができた時、「悪役令嬢」みたいにならないで、きちんと気持ちよくお別れできるように、私は時々こうやって気合を入れ直しているのだ。えい、って。

(時々辛くなるけど)

 でも、それ以上に私は幸せだから。
 「今」を樹くんと一緒に過ごすことができるのが、とても幸せだから。

「デートなんかしないよ。敦子さん帰国するし、その準備」
「えー、そうなんだ。でも敦子さん帰ってくるの、楽しみだね?」
「うん」

 何から話そう。何から話を聞こう?

(私、恋をしてるの)

 切ないけど、幸せな恋。
 そんな話は、聞いてくれるかな。

「あのさ」
「ん?」

 千晶ちゃんがスマホを握って、少し困った顔をしている。

「ち、中学生くらいの男の子って、何もらったら嬉しいんだろう?」
「……んっ?」

 私は千晶ちゃんのスマホを覗き込む。
 通販サイトのそれは、スポーツ系のショップだった。タオルとか、カバンとか。

「……誰宛て?」
「あの、……橋崎くん」
「えっと、千晶ちゃん助けてくれたあの子だよね」

 表参道のカフェで石宮さんを「回収」して、教団では千晶ちゃんを助けてくれた男の子。
 千晶ちゃんが"悪役令嬢"なゲーム"サムシングブルー"の攻略対象、だったらしい。道理でイケメン……。

(イケメン?)

「ん? もしや千晶ちゃん?」
「や、助けて、くれたし、お礼っ!? それ以上の意味はないよっ」
「素直になりなよー」

 うふふ、なんて言ってからかってると、コンコン、とまたもやノックの音が。

「あ、お兄様かな。どうぞ?」

 千晶ちゃんがそう言うと、入ってきたのは噂をすれば影、というか。

「あ、うっす。大丈夫っすか?」
「はははは橋崎くん」
「……、こないだも聞いたけど、なんで俺のこと?」
「あ、えっと、そのー、あ、空手! 空手の試合観に行って」
「え、そうなんすか?」
「黒田くんの試合で」
「あ、マジっすか! 黒田の友達! ……黒田にも謝んなきゃっす。ほんと、俺の幼馴染が迷惑おかけしました」

 深々と頭を下げる橋崎くん。

「は、橋崎くん。あそこでも言ったけど、橋崎くんが謝る必要性はないんだから」
「そうは言うっすけど」
「あの……あの子と、付き合ってる、とか?」

 それなら分かるんだけど、と小さく千晶ちゃん。その言葉を、橋崎くんは大きく手を振って否定した。

「んなワケないっす! ほんと、ただの幼馴染っていうか、元々近所なだけで……ただ、昔なんか俺がしでかしたらしくて、そのせいで親が俺がアイツから目を離したり、アイツが何かしでかしたりするとイイカオしないんすよ」
「え、……大変、だね?」
「や、でも……、今回はさすがに俺の親もアイツ見限ったっつーか……」

 大きく報道されたし、石宮さんのご両親は肩身がせまいだろうなぁと思う。ご近所の人にはそういうのって、バレるもんね。匿名報道でも、気づいたら噂になってたりする。

「でも俺、……ほんとに恋愛感情とかは一切ないんすけど。アホみたいっすけど、親みたいに見限るみたいなんは、できねーんす」

 情みたいなもんっすかね、と苦笑いする橋崎くんに、千晶ちゃんは言う。

「いいと思う」
「え?」
「誰か1人でも、そんな人がいてくれたら、あの子もやり直せると思う」
「……そっすかね」
「うん。何かあれば言って。手伝うよ」
「え。そんな、これ以上ご迷惑は」
「いいの」

 千晶ちゃんは微笑んで首を傾げた。
 橋崎くんは息を飲んで、赤くなる。

(おやおや?)

 すっかり蚊帳の外だけど、私は少しにやりとしてしまう。これって、これって?

(これってどうなんでしょ?)

 私はにんまりと笑う。
 初詣のお願いは、恋愛成就なのかな、千晶ちゃんは?
 そんなことを考えながら、私は自分で剥いたリンゴのウサギさんをもりもり食べる。

(あ、プレゼント買いに行かなきゃ)

 クリスマスデートはないけれど。
 でも、クリスマスパーティはしようね、って樹くんと約束したのでした。
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