【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・鹿王院樹

いじめの現場

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 私の言葉に、樹くんはすこし眉間にしわを寄せてスマホを示した。

「これを」
「動画?」
「とっさで、うまく撮れなかったのだが。音声は入っていると思う」

 言われた通りに動画を見ると、東城さんがニヤニヤと笑っている。ひよりちゃんは、顔を青くして、俯いていた。
 動いているため、はっきりは映っていないけれど……。

"あそこにあるリップ。とってきて"
"……やだ"
"ちゃんとしなかったら、アンタの友達に同じことさせる"
"え"
"設楽さんだっけ? 3組の。あの子、ぽーっとしてるし、いじめがいありそう"
"や、やめて"

 私は目を見開いた。
 まさか、私をダシにしてるだなんて!

「この店は防犯タグが付いていたので、諦めたようだ。別のところに移動すると言っていた」

 確かにお店から、東城さんはひよりちゃんを引きずるように出てきた。その後を、東城さんの取り巻きが続く。

「……許せない」
「どうする」
「決まってるでしょ」

 私は樹くんを見上げる。

「ぶっ潰ス」
「ふ」

 なぜか樹くんは吹き出した。

「なるほど、手伝おう」
「ありがとう」
「礼など」

 樹くんは笑った。

「華の役に立てたらそれで嬉しい、俺は」

 相変わらず優しいなぁ、と私は頷いて、早足で東城さんとひよりちゃん達を追いかける。
 追いついて、東城さんの腕を掴んだ。

「ねぇ、私の友達に何してくれてんのよ」
「……は?」
「は、華ちゃん!?」

 振り向いた東城さんは思いっきり顔をしかめて、ひよりちゃんは驚いた顔で。
 私は東城さんから、ひよりちゃんを奪い返す。

「全部聞いてたからね!?」
「あは」

 東城さんはニヤニヤと笑う。

「聞いてたからなにー?」
「え」
「せんせーとか大人に相談してもムダだよ、ショーコなんかないでしょ」

 くすくす、と笑う東城さんたち。

「ふざけてただけだよね、ね?」

 東城さんはふと、目から笑みを消して冷たい目でひよりちゃんを見る。口元にだけは笑みを浮かべて、首を傾げた。

「ね、ひーよーりー、ちゃん?」

 ひよりちゃんは、びくりと肩をゆらした。

(この子達)

 私は、ひよりちゃんの手をぎゅっと握って、じっと彼女達を見つめる。

(こういうの、慣れてるんだ)

 ゾッとした。この子達にとって、こんなのは遊びの一環でしかない。
 前世でもこういうタイプの子いたけど、ここまで振り切れてた子はいなかった。

「自分のやってることが最低だとは思わないの?」
「え? あはは、思わない」

 東城さんは笑う。

「だってぇ、ムカついたんだもん」
「は?」
「あのさぁ」

 東城さんはすこしイラついたように話し出した。

「ドラマとかでさ、主人公いじめられたりするじゃん? それはあたしも可愛そうだなって思う。だって主人公は悪くないじゃない?」

 私は眉をひそめた。

(一体、なんの話を)

「でもさぁ、この場合はさ、ひよりちゃんが悪いんだよ。あたしたちをムカつかせたんだから、それは償ってもらわなきゃ」
「と、東城さんっ」

 ひよりちゃんは半泣きで言う。

「わたし、何かした……?」
「はー? え、そういうとこ」

 くすくす、と取り巻きさんたちも笑う。

「なんか、そういうとこ、何となくムカつく」
「なんとなくでヒトの友達に手ェ出さないでくれる!?」

 私が強く言うと東城さんは怯まず睨み返してくる。

「つか、設楽さん部外者じゃん。首突っ込んで来るなよ、このブス」
「部外者!? 友達だよ! 当事者だよ」

 てかブスってなによ、ブスって!
 一応悪役令嬢スペックで顔面レベルは高い(はず)なのに、事あるごとになんやかや言われるのは、あれですか、やっぱり中身の残念アラサーが滲み出てますか……?

「あ、そーう? じゃあ設楽さんも同じ目にあってもらうけど」
「好きにしたら! 私はそんなことで潰れない」

 アラサーなめんなよっ。

「へぇ? どうかしら?」

 東城さんは酷薄に笑う。

「あとで泣いて謝っても知らないわよ」
「やってみなさいよ」

 私は笑ってみせる。

「この、性格ブス!」

 一応さっきの「ブス」のお返し。

「はぁ?」

 眉を寄せる東城さんに、私は胸を張ってみせる。そして、手を胸にあてて言い放った。

「潰せるもんなら、潰してみなさい! 正々堂々、受けて立つわよ」

 ふん、と鼻息荒く口を真一文字に結んでいると、頭に軽い衝撃があった。

「わ」
「潰されては困るな、俺の許婚が」

 樹くんだった。手の形的に、多分軽くチョップされた。

「黙ってみていたら、全く」

 呆れた顔で、少し笑われる。
 東城さんの取り巻きさんたちが「え、だれ」とざわつく。彼女たちが前髪を直したりしてしまっているのは、イケメンを前にしてつい無意識にしてしまう行動なのだろうか……。
 彼女たちのことは一切意に介さず、樹くんは続けた。

「まぁ、華らしいが」
「……あは?」

 笑って返すと、樹くんは東城さんにスマホを示した。

「証拠とはこれでいいか?」

 樹くんがスマホで録画していた一部始終の再生ボタンを押す。

"あそこにあるリップ。とってきて"
"や、やだ"
"ちゃんとしなかったら"

 動画はもう一つ。

"でもさぁ、この場合はさ、ひよりちゃんが悪いんだよ。あたしたちをムカつかせたんだから、それは償ってもらわなきゃ"

 こっちはばっちり顔も映っている。

「え、なに勝手に録画、盗撮じゃんっ」
「知るか」

 樹くんは東城さんたちを見下ろして言った。

「盗撮だろうがなんだろうが、これが証拠なのは変わらんだろう」
「てか、アンタ誰よ」
「華の許婚だ」
「いいなずけっ!?」

 驚いてそう叫んだのは、横にいたひよりちゃん。

「えっ、あれ、この人、そうだったの!?」
「あ、うん、まぁ、それはそうとして」

 私は慌てて手をぶんぶんと振る。

「東城さんっ、証拠っ」

 樹くんのスマホを指差した。

「証拠、あるんだけどっ」
「だから何? 先生にでも言いつける? それとも親?」

 東城さんが怯んだのは本当に一瞬で、すぐに態勢を立て直してきた。

「だからさ、あたしたち仲良しじゃん? ふざけてただけじゃん」

 ねー、ひよりちゃん、と言い添える東城さん。

「仲良しなオトモダチ同士のおふざけの、ちょっとしたスパイス? そんな感じ? いちいち部外者が首を突っ込まないで」

 きっ、と樹くんを睨みあげる東城さん。それを樹くんは冷たい目で見ながら、口を開く。

「俺は門外漢だから、詳しいことは分からんが、オフザケだろうが何だろうが、こういった行動は法に触れるのではないか? それがオフザケで済まされるものなのかは、裁判官に判断してもらおう」
「裁判……、え?」

 ぽかん、と樹くんを見上げる東城さん。

「うちで懇意にしている弁護士の先生がいる。相談してみよう」
「え? は? そんな大事にする問題? こんなの。あたしたち、コドモだよ? 相手にされないって」

 バカにするように笑う東城さんだけど、少し引きつっている。取り巻きさんたちに至っては、お互いに不安そうに顔を見合わせていた。

「相手にされないかどうか、それはお前が決めることではない」

 樹くんは冷たく言う。

「では、後は弁護士を通して連絡する。行こう、華。ええと大友だったか?」
「え、あ、はい」
「華の友達なら、俺の身内だ。いいか」

 樹くんは東城さんを軽く睨む。

「俺は身内に手を出されたら容赦せん。覚えておけ」

 そして私の手を取り、さっさと歩き出す。私はひよりちゃんと手を繋いでいるので、私を真ん中に3人で仲良くおてて繋いで、みたいになってしまった。

「なんだこれ」

 私が思わず呟くと、ひよりちゃんは「て、いうか」と言って立ち止まった。私たちは手を離す。

「ひよりちゃん?」

 顔を覗き込んで名前を呼ぶ。

「は、華ちゃん」

 ひよりちゃんはぽろり、と泣き出した。

「ありがとうぅ~、こ、怖かったの」
「ひよりちゃん」

 私はひよりちゃんをぎゅうっと抱きしめる。

(怖かったよね)

 怖かったに決まってる。あんな悪意には、初めて触れたのだろう。

「もう大丈夫だよ」

 私、結局何もしてないけどね……、神様仏様樹様、というか、弁護士様?
 樹くんのことだから、今日中にでも連絡を取ってくれるだろう。
 ぽんぽん、とひよりちゃんの頭を撫でる。大丈夫大丈夫、と言いながら。
 歩いて行く人たちがジロジロと見るけれど、気にならない。それより、ひよりちゃんのケアの方が大事。
 樹くんが、少し移動して人目にあまりつかないように盾になってくれた。

「でも、助けてって言って欲しかったな」

 優しく言うと、ひよりちゃんはまたポロポロと泣いた。

「う、うん、ごめん」
「何かあったら絶対に言って」
「う、うん」

 しゃくりあげながら返事をしてくれて、私はほんの少しだけ安心する。
 まだ何も終わっていないのだけれど、とりあえずは、ね。
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