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分岐・山ノ内瑛

穴だらけの推理

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 その日の昼休み。
 
「雪だねー」
「積もるんかな」

 銀色の空からは、白い雪がふわふわと散り落ちる。私たちはそれを眺めながら、校舎の壁に寄りかかり、くっついて過ごしていた。

「積もったら雪だるま作りたい」
「こっちって積もるん?」
「んー、あんまり。山側行けば積もるかもだけど」

 私は首をひねる。
 太平洋側なので、基本的に暖かいのだ。

「神戸もそうやな。山側は積もるけど」
「……見に行きたいねぇ」
「……そのうち行こうや」

 アキラくんはぎゅっと私の手を握った。

「北のほうって、なんか駆け落ち感あるやんな?」
「ふふ、あるかも」

 こつん、とおでこを合わせる。お互い冷えてるのが分かる。

「こんな寒いとこいたら、風邪、引いちゃうかな」
「せやからバスケしよって」
「肉離れなる」
「ならへんよ」

 くすくす、と笑い合っていると、悲鳴のような声が響いた。

「し、設楽華っ!」

 びっくりしてアキラくんにくっつきながら、その声の方を見やる。

(ーー石宮さん?)

 アキラくんは私を庇うように一歩前へ出た。

「は、離れて。山ノ内君から」

 石宮さんは、両手を握りしめ、必死の形相だ。その瞳には(なんていうか、かえって恐ろしいことに)悪意なんか見当たらなくて、本気でアキラくんを心配している色が浮かんでいた。

「……は? なんやねん、俺、アンタ見たん初めてやけど」

 アキラくんは言う。

「なんや指図される覚えはないねんけど?」
「そ、その子は悪役令嬢なんだよっ!?」
「はぁ?」

 アキラくんは呆れた声で返す。

「なんやって?」
「悪役令嬢! 悪いんです! 悪なんです!」

 涙目になりながら、石宮さんは訴える。

「何を言うとるか訳分からんわ」
「わ、分かってもらえないならっ」

 石宮さんはきゅっ、と唇を噛み締めた。

「証拠を示すまでっ」
「証拠ぉ?」

 アキラくんがそう言って、私はぱちくり、と石宮さんを見つめた。

(証拠、……って、なにの?)

 首をひねる私に、石宮さんは言い放つ。

「こ、ここであなたを断罪しますっ、設楽華っ! もちろん、その悪の、罪の、氷山の一角であろうとは思うのですがっ」

 氷山の一角って、……私、どんだけ悪人なの?
 少し乾いた笑みが出てしまう。そんな私をキッと睨みつけ、石宮さんはびしりと人差し指を私に突きつけた。

「ま、松影ルナちゃんを殺したのはあなたね?」

 思ってもいなかったその名前に、私はピシリと固まる。ーー松影ルナ?

「る、ルナちゃんと小学校が同じだった、って子から、聞きましたっ。あなたは、ルナちゃんとトラブルになってたって。ルナちゃんは、あなたを許さないって、何度も言ってたって」

 私は目を見開く。

「調べたところによりますとっ、ルナちゃんが家からいなくなったのは夜8時前後っ。あなたはそれくらいの時間にルナちゃんを呼び出して、海へ行き、そして殺したんだわ! そして久保とかいう人も殺して、罪をなすりつけた! そうに違いない、んですっ」

 自信満々、というかむしろ自慢げ、と言ってもいいかもしれないその表情。ふん、と得意げに鼻息をついて、石宮さんは手を腰に当てた。

「さあ、設楽華、懺悔なさい! 悔い改めるのですっ」

 私は言葉が出ない。心の中にいろんな感情が渦巻く。そんな私を見て、アキラくんは頭を撫でてくれた。

「めんどいのに絡まれてんなぁ、華」
「ほえ!? め、めんどい、とは何ですっ!?」

 石宮さんは心外そうに言う。

「あー、えっと、アンタ」
「石宮ですっ」
「そうか、石宮さんな」

 アキラくんは私の手を握ってから言う。ぎゅう。私はそれだけで安心する。

「なぁに山ノ内くん」
「てかマジ、なんで俺の名前知ってんねん。っつうのはさておいてやな、華が夜にその、松影ルナか、そいつ呼び出すんはムリや」
「なんで?」

 きょとん、と可愛らしく首を傾げる瑠璃。自分が間違っている、なんて露ほども考えたことのない、そんな顔。

「華は日が落ちたら外に出られへんねや」
「え?」

 ぱちり、と石宮さんは目を見開いた。

「せやから無理やで」

 淡々と、いっそ冷たく言うアキラくんに、石宮さんは「ふんふん」と頷いた。

「……ふうん、な、なるほどねっ」
「なにがなるほどやねん」

 アキラくんは眉間にシワを寄せる。

「そ、そういうアリバイ工作ね、設楽華っ!」

 またもや、ピシリと私に人差し指を突きつける石宮さん。

「アリバイぃ?」
「そう、そういう設定にしておけば、自分が呼び出したと思われないと考えたに違いないわ!」

 うん、きっとそうよ! と自分で何度もうなずく石宮さんに、アキラくんはひとつ大きなため息をついて、それから口を開いた。

「もう、俺、アンタのその推理か? マジどうでもええねんけど……まぁ教えといたるわ。その日、そいつが殺された日な、華は8時過ぎまで俺といたわ。せやから8時に電話は無理や」

 それから私に笑いかける。

「なぁ、華。俺ちょうどそん時、華のおでこにちゅーしてたやんな」

 こんな風に、と言いながらアキラくんは私のおでこにキスをした。

「え、よく覚えてるね?」

 私は思わずおでこを押さえながら、アキラくんを見る。

「あんなゴーカな玄関、初めてやったから……って、そんなんはええねん。アリバイ工作もクソもないねん、そもそものアリバイがあんねん」
「……え?」
「もう行ってもらえへん? 華と過ごすきっちょーな時間潰されたくないねんけど」

 アキラくんはしっし、と手で追い払う仕草をした。

「あんま俺を怒らせんといてや」

 更に一歩、アキラくんは前に出たのでその表情は見えない。
 でも、石宮さんが少し怯えた表情をしたので、もしかしたら怖い顔をしているのかも。

「俺な、ねーちゃんらに女子には優しくせぇ言われてんねん。言いつけに背きたくないねん、早よどっか行け」
「ふえ、で、でも」
「どっか行け言うてんねん」

 アキラくんの声が低くなる。
 びくり、と石宮さんは肩をゆらして「あ、諦めませんからっ」と言い残し、走っていった。

「アキラくん」
「華」

 アキラくんは振り向いて、私をぎゅうっと抱きしめた。

「すまん、華のこと、ヒト殺し扱いなんかされて、つい、俺」

 キレてもうた、と小さく言う。

「ううん、ありがと、庇ってくれて」
「ん」

 当たり前やんけ、とアキラくんは私のおでこにまたキスをする。

「せやけど何なんや、あいつ」
「……うちのクラスの転校生」
「は!? 同じクラス!?」
「……うん」

 私は少し気が重くなりながら答えた。

「同じクラス」
「激ヤバやん、なんかされたらすぐ言うんやで華。相良サンにも相談しとき」
「ん、そうする」

 私は微笑んでアキラくんを見上げるけど、アキラくんは不安そうに眉をしかめたまま、私を見つめるのだった。
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