【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・鹿王院樹

突入(side真)

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「キミね、鹿王院の跡継ぎなら腹芸のひとつ、できなくてどうすんのさ」
「……勉強になりました」

 僕が微笑むと、樹クンは少し眉毛を下げてたから笑ってしまう。まったく、素直なんだから!
 カフェテリアへ入ると、遠目に、ボディーガードだっていう男と華チャンはくっついて一緒にスマホを覗き込んでいた。

「へぇ~」

 僕はついそう言ってしまう。

「なんかいい雰囲気? 華チャンて年上好きなのかな~」

 わざとそう言って樹クン見上げると、まぁ思った以上に辛そうな顔をしてる。

(独占欲の塊みたいだよね)

 だって、今までコイツは何だって手に入ってきた。本人なりに努力も重ねてきたんだろうけど、そもそものスペックが高いんだよな~、ほんとズルい。

(だから)

 初めてなんだよな、多分。コイツの思う通りにならない出来事って。人間の感情相手だもんね、自分の努力でどうこうできるものじゃない。あは。ウケる。
 僕が思わずクスクス笑っていると、樹クンはほとんど無表情で見下ろして来た。

「ねえ、樹クン? さっき華チャンの話聞いてたっていう県警のヒトってすぐ連絡取れるのかな?」
「あ、はい」
「じゃあ連絡して、さっきの教会の場所。石宮も確保」
「……は」
「なに?」
「いや、やけに冷静だな、と」
「冷静じゃなきゃいけないんだ」

 僕は教えてあげる。しょうがないな、本当に鹿王院の跡取り? まっすぐに育てられ過ぎじゃない?

「冷静さを失うとだいじなものも失うよ?」
「……はい」

 ほんとに僕って親切だ。

「華」

 そんな僕を尻目に、樹クンはさっさと2人の席に向かう。さっさと引き離したいんだろうなぁほんと、焼き餅焼きさんめ。

「あ、樹くん、どうだった」

 華チャンは立ち上がる。ボディーガードさんも立ち上がって会釈してきた。

「真さんが聞き出してくれた」

 樹クンが経緯を説明して、それから県警に連絡を取るために電話をかける。

「こちらでも調べるだけ調べてみたんだけど」

 ボディーガードさんはスマホをかざす。

「これ、昔の同僚に頼んで送ってもらった衛星画像」
「昔の同僚?」

 なにしてたんだろ、この人。
 なんとなく目つき的には……そうだな、人殺してそう。
 僕がにっこり笑うと、ボディーガードさんもニコリと笑った。わぁ食えない感じのヒトだ。

「ここを見て欲しいんですが。例の教団の神奈川支部です」
「クルマ?」

 施設を上から撮った画像。その駐車場らしきところに、黒い車が止まっていた。

「先程この子を拉致しようとした何者かが乗っていたのと、同じクルマです」

 ボディーガードさんは、淡々と言う。

「さっきの車はナンバーは隠されていましたが、まぁ十中八九、間違いないかと」
「なるほどねぇ」

 僕はうなずく。ま、あの子とあの教団がクロなのは間違いなさそうだけど、物的証拠があるに越したことはない。

「真さん」

 電話が終わった樹クンが僕を呼ぶ。

「とりあえずここで待機しておいてください、だそうです。いまこちらに向かっているらしくて」
「そ? じゃあお茶でもしてる?」

 正直、そんなことしてる心の余裕はないんだけど。冷静に、なんて偉そうに樹クンには言ったくせにね。

(千晶)

 僕の、たった1人の妹。あの家族の中で唯一、僕に笑いかけてくれた存在。

(絶対に許さない)

 あの女も、"教団"とやら、も。
 じきに県警の刑事さんだって人が駆けつけてくれたけど、その時にはもう瑠璃は姿を消していた。

「行かなきゃ? そんな風に言ってたの?」
「は、はい」

 瑠璃と同じクラスの女子は頬を赤く染めながら言う。

「お願いが通じたから、すぐにお礼を言わなきゃ、って。お昼休み始まってすぐ、教室を」
「ふうん。ありがとね、教室戻っていいよ」

 僕は微笑む。

「とても助かったよ」

 女の子は赤くなる。いつも通り。
 女の子がカフェテリアから出て行って、僕は顎を手に当てて考える。

(どちらが早い?)

 このまま県警から連絡を待つのか。
 待ったにしても、警察があそこに踏み込むのは何時くらいかな? 今から令状をとってーー僕は時計を見る。もうすぐ13時。

(取れるのか?)

 決定的な証拠は無い。裁判官が判子を押すかな? 強制捜査には裁判官の判子が必要。もし何もなければーー判断ミスがあれば。すなわちそれはその裁判官自身のミス。責任問題だ。それも宗教相手に。渋るだろうなぁ。

(クソジジイ達の助けは期待できない)

 あの人たちは、本当に千晶に冷たい。いくら、"血の繋がりがない"からって。
 ……僕だけでも、あそこに殴り込みかけちゃう?

「あの」

 華チャンが口を開いた。

「その施設、行ってみません?」
「素直に入れるとは思わんが」

 樹クンは渋い顔になる。でも僕は、これから華チャンが言うセリフを予想できる。できればそれはしたくない、と思ってはいたけれど。

「私が囮になれば」
「華!?」

 案の定、樹くんはすごいカオしちゃってる。本人の申し出なのに。

「だ、だって私のこと攫おうとしてだでしょ、ってことは私が行けば開けてくれるじゃない」
「ダメだ。危険すぎる。警察が動くのを待とう」
「それじゃ遅いかも」

 華チャンはぎゅう、っと眉をしかめた。

「石宮さんが施設に向かったんでしょう? 何をするかわからない」
「だが!」
「千晶ちゃんが無事か確かめるだけ、だよ」
「じゃあこうしよう」

 僕はあくまで「華チャンの提言を受けての意見」を述べる。

「僕と樹クンで、石宮さんに華チャン連れてきましたって言って訪ねよう。華チャンは石宮さんに謝りたいとか言ってくれたらいいよ。そして向こうの動きを見て、だけど、千晶のことを探る。その間、絶対に華チャンから僕らは離れない。それでおーけー?」
「ですが」
「そうしましょう」

 華チャンはキッパリと言う。

「このまま動かないでいるのも無理です。急いだ方がいい、と思います。もし私たちが危険な目に会えば、それはそれで警察を呼ぶ口実になります」

 どこにいるか分かってるのに、と華チャンはまっすぐ言う。
 僕は微笑む。

「大丈夫、君のことはちゃんと守るから」

 ぽかんとされたけど、本気だよ。
 僕は微笑んだ。
 千晶と別の意味で、どうやら僕は君が好きみたいなんだよね。

(千晶を助け出す。華チャンは傷つけさせない)

 今回はこれが主眼。大丈夫、できるさ。僕は何だってやれる。出来る。

(そう思わなきゃ、生きてこられなかった)



「なるほど石宮瑠璃さんが」

 "教団"の案内係だって男は微笑んで言った。実のところ、案外すんなり案内された僕たちは、僕と樹クンで華チャンをがっちりガードして、正門から建物へ向かう。敷地内には、四階建てのビル一棟と、その横に教会。
 ボディーガードさんは別行動。あの人なんでもできるんだなぁ、いいな、ああいう部下すごい欲しいんだけど。

「来られていますよ」
「そうですか」

 僕はテキトーに相槌を打った。

「彼女は、この教団について、何か?」
「いえ、詳しくはなにも」
「では簡単に」

 そう言って男は僕たちを応接室みたいなことに通した後、勝手に説明を始めた。聞いてもないのに。コーヒーくらい出してくれたっていいのに。

「じきに破滅が来るのはご存知ですね? ハルマゲドン」

 しらなぁい。僕はにこりと笑って先を促す。

「ヨハネの黙示録に、こうあります……"日の出る方から来る王たち"と。"東方の日出づる国"は、ヘブライ語で"ミズホラ"と呼ぶのです。日本の古名は、豊葦原瑞穂みずほの国。さらに"大和"は"ヤ・マト"であり、神の民をあらわすのです」

 うーん、7割くらい聞いてなかった。それでも男はベラベラ喋る。

「このように、日本とは選ばれた地なのです。さらに、禁教時代に耐え忍び信仰を守った隠れキリシタンの裔たる我々の教祖さまは」

 延々と喋る。うるさいなぁ。ボディーガードさんまだかな、とちょっと目を細めていると、やっと火災報知器が鳴った。

「え、あれ、なんでしょうか」
「火事ですかねぇ」

 僕が言うと「ちょっと見てきます」と男は部屋を出て行った。

「防災意識がなってないよね」
「正常性バイアス、でしたっけ」

 樹クンはそう返す。華チャンがぽかんとするので、ちょっと説明。

「こういう火災報知器とか鳴ってもさ、まぁ自分は大丈夫だろうとか、今回は大丈夫だろうとか、そんな風に思っちゃうことだね」

 さっきの人みたいに、と僕は言う。

「本来なら僕たちを避難誘導すべきじゃない? なのにしてくれないからさ、僕たちは勝手に避難しだしましたよーって感じで、さ、行こうか」

 部屋の外に出ると、白い煙が広がっていた。

「本当にこれ無害なヤツなんですかねぇ」

 華ちゃんは顔をしかめる。

「まー、キミの担任さんが言うんだからそうなんじゃない?」

 まぁその辺、信用してよさげだよね、あの人は。

「しかし、思ってたより広いね、ここは?」
「どの辺にいるのかな、千晶ちゃん……」

 僕らは施設内をウロウロするけど、なかなか見つからない。
 時折、そこかしこから「火元見つかったか!?」なんて声が聞こえてくる。

「119を」
「バカなことを、羊達が見つかっていいのか」

 信者たちの声に、僕らは顔を見合わせる。

(羊……ね)

 やっぱり、ここのどこかに、千晶たちは監禁されてる、っぽい。

(どこだ?)

 千晶をさらったのは、きっと千晶がここと中学生たちの失踪の関連に気づいたから。千晶はおそらく、この施設を遠巻きにでも見ていたんだろうと思う。そこに石宮が現れたから、あの優しい、ひどく優しい千晶のことだ、ここには近づくなと石宮に注意でもしたんだろう。それを、石宮は教団側に漏らして……。

「……あ」
「どうしたんです?」

 訝しげな二人。

「あっは、そうだーー教会だ」

 石宮は言っていた。千晶は「悪役」なのだと。罪は償わなければならないと。罪を懺悔するのは、教会だ。
 建物の外に出て、教会へ走る。

「こっちには何もないみたいだね」

 ボディーガードさんがいつのまにか合流してた。

「残るはあそこ、だよ」
「言われなくても」

 僕たちは教会の重厚な扉を押し開ける。

「千晶ちゃんっ!」

 華ちゃんが転がり込むように走って入って、千晶に抱きついた。

「は、華ちゃん?」

 千晶は足こそ自由だったものの、目隠しをされて両手を縛られていた。そしてぽつん、と祭壇に座り込んでいた。ステンドグラスから差し込む光で輝く、聖母マリア像、そのすぐ下に。
 華ちゃんが目隠しを取ると、千晶は目を見開いた。

「……お兄様」
「やあ千晶、少し顔色が悪いね」
「ご心配を……って、華ちゃん! 助けて!」
「え、なに、もう大丈夫だよ。すぐに逃げるよ?」
「違うの、石宮さんが危ないの!」
「え?」
「このままだとあの子、殺されちゃう!」
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