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分岐・鍋島真
雀蜂(side真)
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目の前を雀蜂が通り過ぎていく。僕はただそれを目で追った。
黒と黄の警戒色。ただソレは僕には興味がないようで、生垣の、鮮やかなピンクの花に躰を埋めていった。黄色い花粉が揺れて、蜂の躰に降り注いだ。
この昆虫は、顔に似合わず花の蜜が好きらしい。もっとも幼虫は、肉食らしいのだけど。
さて、と僕は蜂から目をそらす。
炎暑、というのか。アスファルトが溶けそうな暑さ。セミさえも鳴かない。
(やだねぇ)
そう思いつつ、わざわざ歩いて出かけたのには理由がある。
「え、真さん」
「やぁ華チャン、暑いねぇ」
わざとらしく手をあげると、華チャンは警戒心MAXの顔で僕を見上げた。
この場所で最初に華チャンを見かけたのは、夏休みに入ってすぐのことだった。学校の夏期講習の帰り、15時くらい。家のクルマで通りがかった時、華チャンがフラフラと歩いているのを見かけたのだ。運転手サンについ「ちょっと止まって」って言っちゃうくらい、なんだか僕は、そう、僕らしくなかった。
白いワンピース。飾り気のない、これもまた白い日傘。背中に背負う鞄は黒。
(塾帰りかな)
千晶がぽろ、と華ちゃんは夏休みも忙しそうだから、ともらしたことがあった。
(毎日ここを通るのかな)
同じ時間に?
僕はほんの少し、思考する。調べれば分かること、でも分かって行動したんじゃツマラナイ。
あの子の瞳を思い出す。
14歳の少女の瞳は、時に僕を苦々しく見つめることがあった。そんな時の表情は、そう「生意気な」って言ってるカオ。もっと具体的に言うならば「年下のくせに生意気な」?
(僕の方が年上なのに)
ともすれば、あの子は僕を子供を見る目で見ている時があるのだ。
(なんでかなぁ)
どうでもいい、と切り捨てることとできたはずだ。他人が僕をどう見ようと、そんなの関係ない。
でも僕は、とっても興味が湧いてしまった。
僕の家が常盤や鹿王院なんかとドロドロしてることとか、昔の因縁だとかそんなもの置いておいてーー。
(僕は君にとっても興味があります)
目の前で訝しそうに僕を見る女の子に、心の中でそう告げた。
「ねぇ彼女、今暇? お茶しない?」
僕がそう言うと、華チャンはふすす、と吹き出した。
「なんですか、それ」
なんだ、こういうノリ好きなの?
彼女の一面を知って僕は少し愉快になる。なんでそう思うのかは、ほんとに分からない。それは僕を苛立たせるし、なんならこの子をイジメ倒したくなる。
だから、僕はこの子といて凄く楽しいし面白いんだけど、同時にものすごくイライラして嫌な気持ちになる。自分の感情を上手く把握できないのが、こんなにストレスだなんて。
だから、僕は少し華チャンにつきまとってみることにした。自分の感情がなんなのか、ハッキリ把握しておきたくて。
そんなわけで、僕はわざわざこの炎天下、以前華チャンを目撃したこの場所をストーカーさながらにウロウロしていたのだった。
「そこのカフェいかない?」
「うーん、嫌です」
即答だなぁ。僕は笑っちゃう。
「僕暑い中いて体調悪いんだよね」
「はぁ、お一人でどうぞ」
「倒れたりしたら誰が千晶に連絡してくれるのさ」
「いやそう言われましても」
「ひとでなし」
「いや、ですからね」
「見殺しにするの?」
「ですから」
「あそこのカフェ、多国籍でね」
「……はぁ」
「バインフラン食べたことある?」
「?」
「ベトナムスイーツ。美味しいよ」
「ど、どんなやつですか」
美味しいものに目がないってことは、この子が小学生の頃から知ってる。
「秘密」
僕は唇の前で人差し指を立てた。
「それは食べてのお楽しみ」
華チャンはほんのしばらくの間だけ、目をウロウロさせて「それ食べたら帰ります」と小さく言った。ほんとチョロい。僕は笑いをこらえるのが大変だった。怒って帰っちゃったら大変だ。もう少しお話したいからね。
(いや、しかしまー、樹クンも大変だねぇ)
こんなに綺麗なお花、ほっといたら虫だらけになっちゃうじゃん。
(まぁ現状そうなのかもなんだけど)
例えばそう、……雀蜂、とか?
僕が笑うと、華チャンは眉をしかめた。
「なにか企んでます?」
「企んでないよー」
笑ってみせるけど、華チャンは警戒心を解かないままにそのプリンに手をつける。僕の前には至って普通のアイスコーヒー。
「バインフランってプリンだったんだね」
「え、知らなかったんですか?」
「うん、甘いの嫌いだから」
「じゃあなんで、バインフランで誘ったんですか」
「華チャンに話しかける前に店頭のメニューみてて、なんか面白い名前だったから」
なんとなく、と言うと華チャンは毒気を抜かれた顔で「でも美味しいからいいです」と呟いた。
「プリンに氷を乗せるという発想はありませんでした」
「……それ、合うの?」
「美味しいですけど」
華チャンはプリンを僕の目線から庇うようにする。
「あ、あげませんよ?」
僕は何度か瞬きして、それから爆笑した。こんなに笑うのいつぶりだろ!?
「え、ま、真さん?」
「ご、ごめんね、あっは、はは、いや必死な顔してたから、華チャン。つい」
あはは、と笑いながら言う。華ちゃんは憮然とした表情を隠そうともしない。あーあ、ほんと面白いよこの子。
「はーあ、ねぇ、呼び捨てにしてもいい?」
「は? いやですけど」
「いいじゃん、華」
「私、拒否しましたよね!?」
「拒否権はないよ」
「質問する意味!」
「儀礼的なものだよ」
「意味がわかりませんっ」
ぷんすか、と怒る華に僕はほんの少し首を傾けて微笑みかける。
「華」
「だから嫌なんですって」
思いっきり眉をしかめてる華はとても可愛い。大変魅力的です。
(君といたら分かるかな?)
この感情の意味が。
窓の外を雀蜂が飛んでいく。僕はそれを目で追って、その間も華はプリンから目を離さない。
けど、甘い。
僕は一瞬の隙を見てスプーンを強奪、プリンをひとくち口に運ぶ。
「うっわ、甘、ムリ」
「ちょ、えー! もう」
僕はプリンをコーヒーで流し込む。なにこの甘いの。甘っ。
「うう、一番楽しみにしていたカラメルと氷の部分を……」
「あっは、ごめんね」
僕が笑うと華はむくれた。あは、ぶっさいく。
「……、私、やっぱ真さん嫌いです」
「わーい僕も君といるとイライラするよ! 気があうね!」
華は呆れたように僕を見る。
その美しい虹彩の向こうで、少女ではない誰かが「このクソガキ」と呟いている、僕はそんな気がしてしょうがない。
黒と黄の警戒色。ただソレは僕には興味がないようで、生垣の、鮮やかなピンクの花に躰を埋めていった。黄色い花粉が揺れて、蜂の躰に降り注いだ。
この昆虫は、顔に似合わず花の蜜が好きらしい。もっとも幼虫は、肉食らしいのだけど。
さて、と僕は蜂から目をそらす。
炎暑、というのか。アスファルトが溶けそうな暑さ。セミさえも鳴かない。
(やだねぇ)
そう思いつつ、わざわざ歩いて出かけたのには理由がある。
「え、真さん」
「やぁ華チャン、暑いねぇ」
わざとらしく手をあげると、華チャンは警戒心MAXの顔で僕を見上げた。
この場所で最初に華チャンを見かけたのは、夏休みに入ってすぐのことだった。学校の夏期講習の帰り、15時くらい。家のクルマで通りがかった時、華チャンがフラフラと歩いているのを見かけたのだ。運転手サンについ「ちょっと止まって」って言っちゃうくらい、なんだか僕は、そう、僕らしくなかった。
白いワンピース。飾り気のない、これもまた白い日傘。背中に背負う鞄は黒。
(塾帰りかな)
千晶がぽろ、と華ちゃんは夏休みも忙しそうだから、ともらしたことがあった。
(毎日ここを通るのかな)
同じ時間に?
僕はほんの少し、思考する。調べれば分かること、でも分かって行動したんじゃツマラナイ。
あの子の瞳を思い出す。
14歳の少女の瞳は、時に僕を苦々しく見つめることがあった。そんな時の表情は、そう「生意気な」って言ってるカオ。もっと具体的に言うならば「年下のくせに生意気な」?
(僕の方が年上なのに)
ともすれば、あの子は僕を子供を見る目で見ている時があるのだ。
(なんでかなぁ)
どうでもいい、と切り捨てることとできたはずだ。他人が僕をどう見ようと、そんなの関係ない。
でも僕は、とっても興味が湧いてしまった。
僕の家が常盤や鹿王院なんかとドロドロしてることとか、昔の因縁だとかそんなもの置いておいてーー。
(僕は君にとっても興味があります)
目の前で訝しそうに僕を見る女の子に、心の中でそう告げた。
「ねぇ彼女、今暇? お茶しない?」
僕がそう言うと、華チャンはふすす、と吹き出した。
「なんですか、それ」
なんだ、こういうノリ好きなの?
彼女の一面を知って僕は少し愉快になる。なんでそう思うのかは、ほんとに分からない。それは僕を苛立たせるし、なんならこの子をイジメ倒したくなる。
だから、僕はこの子といて凄く楽しいし面白いんだけど、同時にものすごくイライラして嫌な気持ちになる。自分の感情を上手く把握できないのが、こんなにストレスだなんて。
だから、僕は少し華チャンにつきまとってみることにした。自分の感情がなんなのか、ハッキリ把握しておきたくて。
そんなわけで、僕はわざわざこの炎天下、以前華チャンを目撃したこの場所をストーカーさながらにウロウロしていたのだった。
「そこのカフェいかない?」
「うーん、嫌です」
即答だなぁ。僕は笑っちゃう。
「僕暑い中いて体調悪いんだよね」
「はぁ、お一人でどうぞ」
「倒れたりしたら誰が千晶に連絡してくれるのさ」
「いやそう言われましても」
「ひとでなし」
「いや、ですからね」
「見殺しにするの?」
「ですから」
「あそこのカフェ、多国籍でね」
「……はぁ」
「バインフラン食べたことある?」
「?」
「ベトナムスイーツ。美味しいよ」
「ど、どんなやつですか」
美味しいものに目がないってことは、この子が小学生の頃から知ってる。
「秘密」
僕は唇の前で人差し指を立てた。
「それは食べてのお楽しみ」
華チャンはほんのしばらくの間だけ、目をウロウロさせて「それ食べたら帰ります」と小さく言った。ほんとチョロい。僕は笑いをこらえるのが大変だった。怒って帰っちゃったら大変だ。もう少しお話したいからね。
(いや、しかしまー、樹クンも大変だねぇ)
こんなに綺麗なお花、ほっといたら虫だらけになっちゃうじゃん。
(まぁ現状そうなのかもなんだけど)
例えばそう、……雀蜂、とか?
僕が笑うと、華チャンは眉をしかめた。
「なにか企んでます?」
「企んでないよー」
笑ってみせるけど、華チャンは警戒心を解かないままにそのプリンに手をつける。僕の前には至って普通のアイスコーヒー。
「バインフランってプリンだったんだね」
「え、知らなかったんですか?」
「うん、甘いの嫌いだから」
「じゃあなんで、バインフランで誘ったんですか」
「華チャンに話しかける前に店頭のメニューみてて、なんか面白い名前だったから」
なんとなく、と言うと華チャンは毒気を抜かれた顔で「でも美味しいからいいです」と呟いた。
「プリンに氷を乗せるという発想はありませんでした」
「……それ、合うの?」
「美味しいですけど」
華チャンはプリンを僕の目線から庇うようにする。
「あ、あげませんよ?」
僕は何度か瞬きして、それから爆笑した。こんなに笑うのいつぶりだろ!?
「え、ま、真さん?」
「ご、ごめんね、あっは、はは、いや必死な顔してたから、華チャン。つい」
あはは、と笑いながら言う。華ちゃんは憮然とした表情を隠そうともしない。あーあ、ほんと面白いよこの子。
「はーあ、ねぇ、呼び捨てにしてもいい?」
「は? いやですけど」
「いいじゃん、華」
「私、拒否しましたよね!?」
「拒否権はないよ」
「質問する意味!」
「儀礼的なものだよ」
「意味がわかりませんっ」
ぷんすか、と怒る華に僕はほんの少し首を傾けて微笑みかける。
「華」
「だから嫌なんですって」
思いっきり眉をしかめてる華はとても可愛い。大変魅力的です。
(君といたら分かるかな?)
この感情の意味が。
窓の外を雀蜂が飛んでいく。僕はそれを目で追って、その間も華はプリンから目を離さない。
けど、甘い。
僕は一瞬の隙を見てスプーンを強奪、プリンをひとくち口に運ぶ。
「うっわ、甘、ムリ」
「ちょ、えー! もう」
僕はプリンをコーヒーで流し込む。なにこの甘いの。甘っ。
「うう、一番楽しみにしていたカラメルと氷の部分を……」
「あっは、ごめんね」
僕が笑うと華はむくれた。あは、ぶっさいく。
「……、私、やっぱ真さん嫌いです」
「わーい僕も君といるとイライラするよ! 気があうね!」
華は呆れたように僕を見る。
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